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だいたい週1のペースで、アフリカンダンス仲間たちとスタジオをとって踊っているのですが、最近、準備体操に、私がリードしてヨガをやり始めた。リードってむずかしい。「ここでなんて言おう。。。」などと言葉を選んでいると、自分の呼吸が止まってしまう。研究しよう。いっしょにやっているメンバーの中で、子持ちなのも三十路なのも私だけというのは知っていたけど、いつものメンバーのYが、なんと、まだ18歳で高校生ということがわかり、みんなビックリ。制服着た写真を見せてもらっちゃった。もしかしてもしかしなくても、ワタシよりも11歳の娘との方が年が近いなぁ。CoCoちゃんて、ぜんぜん高校生でもいけるで~!(←そんなこと、断じてありませんが。)なーんて言ってくれちゃったけど、そんな言葉も普通ならうれしいのかもしれないけれど、最近はフクザツです。というのも、ワタシの仕事というのは、「若くみえる」というのがハンデになりがちなのを感じているから。ま、私は私。虚勢をはって、「どこにもいない私」を演じてても仕方がない。私の尊敬する大好きな先生がいつも言っているのだが、「目の前に100人いたら、俺のことを『コイツおもろいやつやな~』と思ってくれるやつが、100人のうち1人いたら、それでいい。」中身では手を抜かず、私なりのスタンスでやる。要はただ、それだけだ。
2006.01.30
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PCのハードディスクを変えたのと、給与計算ソフトを新しくしたのとが重なって、仕事が停滞。。。うぅううう。 間に合わない。ほかにもいろいろ重なって、こないだはついにダウン。寒気がする。やけに無気力。もしかしたら鬱というのは、こんなかんじか。ふだん元気な方なので、自分の体調のギャップにはすぐ気づく。。とにかく、やる気が出ない。様々な不安や後悔に、つつつーっと涙が。これはつまり、腎臓が弱ってるっちゅうことだ。 こちら、参考。→ 心はからだ、からだは心。この本、友人たちに「貸し出しの長い旅」に出そうと思いつつ、もうちょっと、もうちょっと・・・と手元におき、何度も開いてしまっている。 おもしろい。 もぉ、笑える!!! そして、元気が出る。きのうも車の中で一人、読みながら、ヒャッヒャッヒャ~!と大笑いしていた。マドレボニータの吉岡マコ先生も大絶賛されています。言葉もたくさん引用してくださってるので、ぜひのぞいてみてください。こちら、とか、こちらなど。「オニババ」の本を読んで、「なんとなく本当のことを言ってる気がする」などとついウッカリ思っちゃった人から、「なーんか消化不良」だった人、「読んだ後、胸焼けがした」人まで、この部分のエッセーだけでも読んでみてね☆私ってば、ちょっと値段のはる本なので、自分の本をなるべくたくさんの人に貸し出そうと、線を引かずに無理して読んでいたのだが、もう限界。線をひきはじめちゃいましたよん。できたら、自分の手元に1冊おいておくことをおススメします。心と体にぐ~~~んと効く1冊だと思います。(癒しとかじゃなく。)「かけがえのない、大したことのない私」 田中美津氏の言葉は今までも好きだったけど、この本は「自分で治す冷え性」とか「いのちの女たちへ」などなどを足して2乗にしたら、あらま、ポピーの花が咲いちゃった。ってかんじに色気にあふれる本です。 さて、ワタシはといえば、「さささ、腎臓、腎臓♪」と、腎臓を温めながら布団にくるまって3時間ほど寝て、大好きなカフェオレをいれ、サルサをかけて、PC作業にカムバック。それにしても、セクハラという言葉も、DVという言葉も、ダンジョキョウドウサンカクという言葉もなかった時代。「女が女として生きれないで、妻として、母として生きれるわけがない。」から始まったというリブ。人によっていろんなリブがあるのでしょうが、田中美津氏の「リブは肉体。」という言葉は、ストレートに響いてくる。ワタシもささやかながら身体感覚、これからもがっちり大事にしたいと思いました。定住の家を持たねば朝に夜に マジョルカの薔薇 シシリーの花
2006.01.29
今度は、育ててくれた祖母の思い出(母方)。この日の渋柿が、こんな風にできあがりました。100個くらい干したのに、出来上がる前についついこどもたちとつまんでしまうので、ちょっと減っちゃったのですが。今年は寒がきついので、きれいに粉が吹いてくれた。でも祖母の味に仕上がったのは、10個のうち1個かな・・・。干し柿は市販のものもいろいろありますが、私は未だかつて、祖母が作った干し柿以上のものは食べたことがない。外は甘い粉が吹いて、中はトロ~リとやわらかい。。。山梨の私が育った家には、庭に甘柿の木が2本。渋柿の木が1本。畑に渋柿・甘柿合わせて4~5本の柿の木があった。お世話になった方々に差し上げるために、毎年家族で1日がかりで700~800個の渋柿の皮をむいた。そして、軒下に一斉に干してから後は、祖母の担当。晩秋から冬にかけて、日差しや寒さ加減を見ながら、手で揉んで、家に取り込み、箱に並べて粉が吹くのを待つ。その1つ1つの行程のちょうどよいさじ加減は、今は亡き、祖母しか知らない。私もあと40年くらい毎年作っていたら、いつかは祖母のようなものが作れるようになるのかな。それは煮物でも漬け物でもなんにでも言えるのだけど。祖母の、対象をまんべんなく慈しむようなあの手つきが、私にもいつかできるようになるのだろうか。
2006.01.19
先日、四つ葉プロジェクトの杉山さんのお話を宇治まで聴きに行って来ました。1日目は、男女共同参画センターと子育て支援団体との共催。「男女共同参画」という言葉には、本当に勝手な、アラっぽい失礼なレッテルで申し訳ないと思うのですが、どうしても、女性も男性もバリバリ企業戦士として働ける社会を目指そうとなりがちな印象があり、私はどちらかというと避けてしまっていたところがあります。(なんといっても、2人で1.5人分稼ぐ暮らしを志向してきてしまっていたので。笑。)でも今回訪れた宇治の男女共同参画センターの資料は、男性女性に限らず多様な生き方や権利を大切にした視点で、とてもよくできていて、うーん、「男女共同参画」。これからはちゃんと把握していこう。と、多少先入観を持ってしまっていたことを反省。一方「子育て支援」という言葉も、支援されるだけの「可愛そうな存在」で終わるのは何か違うというところがあり、今ひとつピンとこない言葉だった。でも、この両者が結びつき、目指すところを実現していく必要があるという視点。 これには、とても共感しています。それは、育児に絶対的に必要な、育てる側の自尊感情を保持するためにも、なくてはならない視点だと思うから。今回の講演会は、宇治市で男女共同参画センターと子育て支援が共催で実現した、初めての企画だそうで、その意味でもすばらしい企画でした。(主催者の迫さん、本当におつかれさまでした!)《子育て支援》×《男女共同参画》から生まれるものをめざしたい。そのためには、基盤整備。(杉山さんのお話より。)★理由を問わない一時保育の必要。母親が仕事に就きたくても、1人になれる時間がない限りは仕事も選べない。仕事につくきっかけも、スキルも得られない。★子育て支援センターなどと、男女共同参画センターや、ハローワークとの連携。そこで行われる内容としては、実践型プログラムが必要になる。企画立案力 実行力 コミュニケーション力 マネージメント力 コーディネイト力 等々を身に付けられるようなプログラム。その他少子化対策として、女性の妊娠・出産、子どもの月齢・年齢に合わせた育児支援・親支援制度が必要になる。そのためには、制度を知り、制度を作れる市民。文句を言うだけじゃなくて対案を作り、自分もその実現に向かって責任を担おうとする市民。→ 教育が変わる必要性。。。ふむふむ。北欧で使われているという教科書は、けっこう衝撃。・・・教育といえば、以前、「軍隊のない国コスタリカ」という映画で見たコスタリカの教育も印象的。自分の頭で考え、自分の言葉でしゃべる訓練が、そのまま授業になっていた。そしてここからは、翌日行われた関西四つ葉プロジェクトの交流会の話。関西の子育て支援グループなどの方々がたくさん集まっていました。私は今まで近所にそういうものがなかったこともあり、子育てサークルというものに所属したことがなかったので、(あ、あるか。もう卒業しましたが自然育児友の会も子育てサークルですね。)、すごく新鮮でした。サークルや子育て団体のNPOが、虐待防止に役に立つというのは、本当にそうだと思います。当事者だからこそできることが、たくさんあるだろうと思う。相性などもあると思うので、いろんなサークルやノウハウが生まれて、それぞれがネットワークを組み、刺激しあったりして、活性化していくといいなと思いました。家までが遠いので、保育園の迎えのために途中で抜けさせていただいたのですが、ああいった活動自体が、やり方によってはですが、上記の母親の就労のための実践型プログラムにもなりうるんじゃないか・・・などと考えながら帰りました。ちなみに、今回大笑いしたことは、一日目の夜、急遽参加できることになった三度笠さんが、なんと、杉山さんの大学時代のサークルの後輩なのだそう。それがわかったとたん、2人の会話は急に、漫才調へと急変!「ぜんぜん気づかないまま、私、すご~くエライ人のお話だと思って、真剣にメモっちゃってたじゃないですか!!!」という三度笠さん。横で見ていた私は、お腹が痛くなるくらい笑わせていただいちゃいました。
2006.01.14
きのうの日曜日は、頼まれて、近所に住む産後2カ月の夫妻ポールとメリッサのところへ、ボールとテルミーを持って手伝いに行った。赤ちゃんはアダムくん。2カ月。かわいい~メリッサは両手の腱鞘炎がひどくて、背中もかちんこちん。おまけに乳首に白斑もできていて、レメデイも飲んでいた。ポールはウインクして、「『リハビリ』と言うとメリッサはやらないだろうから、『遊び』ということにして。」ふむふむ、なるほど。「メリッサ、Let's dance with me!」ボブ・マーリーをかけて、バランスボールの上で踊るメリッサのうれしそうな顔ったら!アダムくんはぐっすり眠ってたので、メリッサだけバランスボールに乗ったまま、しばし、3人でディスコタイム~♪(ときどき、つっこみをいれながら・・・)ポールもほ~んと、うれしそうだった。CoCo~、これをもって病院に売り込みに行ったほうがいいよ。ビデオも作って、アメリカにも広めてください!!! ↑ なはは(・v・)ゞ メリッサにテルミーとマッサージをし、骨盤呼吸法を教えると、そのまま「眠い~・・・」と言って、アダム君といっしょにfall into sleep されました。ポールはさっそくその場で、PCでバランスボールを注文していました☆
2006.01.09
ところで、お釈迦様は、約2400年前、つぎのように申されました。「他の作と不作を観るべからず。ただ、己の作と不作のみを観るべし」と。
2006.01.08

花の美しさがあるのではない。ただそこに美しい花があるだけだ。ふだんテレビを見る習慣がないので、お正月というのは、のんびりテレビを見れるのがうれしいです。今年は、BSの「白州正子の愛した日本」を満喫しました。白州正子というと、なぜかいつも10年前に亡くなった父方の祖母を思い出す。いっしょに暮らしたことはないけれど、なぜか濃い~い記憶が多い。明治生まれで、世田谷の一代の財閥の娘ながら、結婚後山梨に疎開してからは、保険の外交員をしながら苦労して5人の子どもたちを育てた話を、大人達から何度も聴かされていました。でも記憶の中の祖母は、いつもチャーミングに笑っている。粋な着物や洋服、小物、コーヒーとタバコが大好きで、家の中でもいつもおしゃれな帽子をかぶっていた。女学校のときに不良して、映画を見に行ってしかられた話もよくしてくれた。私が22歳で、進路も中途半端に出産を決めたときも(しかも未婚)、無条件に、祝福と喜びと励ましの手紙を送ってくれたっけ。茶目っ気たっぷりのウインクといっしょに。祖母が亡くなってもうすぐ10年。おばあちゃん、あのときの初ひ孫も、1月3日で十一歳になりました。大きな目は、あなたゆずりです。
2006.01.06

あけまして おめでとうございます!今年のお正月は、鳥取県にある田んぼに囲まれたつれあいの実家で過ごしてきました。鳥取へ発つ前の御元日。娘と2人で歩いて、近所の八幡さんに行ってきました。年末に娘が突然、着物が着たいな~と言い出してくれたおかげで、除夜の鐘を聴きながら、長襦袢をチクチク・・・。初めて自分で着物を着てみました。ほんとにささやかですが、夢が1つ叶いました。お太鼓はまだ1人で結べないので、つれあいに助けてもらっちゃいましたケド。。。帯は、10年前に亡くなった祖母の形見です。
2006.01.05
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