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延光寺前の民宿は廃業した宿もあるらしく、アサヒ健康ランドもとっくの昔に潰れていました。平田の町での泊り客が少なくなったのでしょうか。納経所の人のおススメは『国民宿舎 椰子』だそうですが、遍路道からはるかに外れているので歩き遍路にはあまり魅力的ではありません。私はこの後、宿毛駅まで歩く予定だったのでPM16:15に延光寺を出ました。今日見かけたお遍路さんたちは、それぞれ宿に入ってしまったのか一人も見当たりません。延光寺から宿毛方面へは緩やかな下り坂になっていて、楽でした。ちょうど2時間歩いて、土佐くろしお鉄道宿毛駅に到着。駅前にはベスト電器もうどん屋もあってまあまあ賑やか。利用するしまんとブルーライナーは宿毛駅からも出ていますが、窪川からの往復割引にしたかったので、始発の宿毛駅から終点の窪川駅まで土佐くろしお鉄道に乗ります。それにしても駅窓口、改札もこの時間ですでに無人。駅構内の物産店も19時前には閉店し、大きな駅の割には閑散としています。人もいないので靴と靴下を脱ぐと、足は白くふやけていました。足の乾燥をしながら、駅の図書館の本を読みながらお菓子を食べながらまったりと過ごします。私の他に乗るのは高校生ばかり。高校生に混じって、1両しかない土佐くろしお鉄道に乗り込みます。JR尼崎での鉄道事故のときに、土佐くろしお鉄道の事故写真をよく見ましたがここがそうだったんだ~と思いました。電車は1時間半ほどかけて窪川駅へ走りました。窪川の駅・・・これがまたJR線とくろしお鉄道と隣合せに並んでいますが、どっちも小さい駅で駅前と言っても開いてるお店も無くまた時間をつぶすのに苦労しました。自販機のココアを飲んで温まったりして、駅の待合室で過ごします。しまんとブルーライナーにやっと乗り込むと、乗務員さんが「荷物を持って乗るんでしたら、一番後ろの席も空いてますよ」と言ってくれたので、後ろの席にしてもらいました。何度もバス旅をしていますが、インターネットで予約すると必ず一番前か2番目の真ん中の席になるのは何故でしょう?!後ろの席は揺れが大きいけれど、荷物置き場もあってすごくくつろげました。ただ、三宮で降りるのが私一人なので、到着したらアナウンスはしませんので自分で降りてきてください。もし寝過ごしていたら、起しに行きます・・・ということでした。それで朝方4時くらいからはずっと眠れず、下車する4:50まで緊張していました。JRの始発がAM5:30過ぎだったので、とりあえず朝マックしようと24時間営業のマクドナルドへ。こんな時間(AM5:00前です)でも「いらっしゃいませ♪」と明るくスマイルの店員さん。客はいないだろうと階下に下りると、若いバンド風のグループとか、長イスに寝転がってる会社員のおじさんとか、酔っ払った女の子とかがいっぱいいました。お遍路帰りのマックの午前5時、かなり強烈でした・・・。【歩行距離・時間】 通算21日目 計:40.5k宿 ~ 河内神社 9.5k:2時間河内神社 ~ 三原村役場 11.5k:2時間30分三原村役場~ 延光寺 11.5k:2時間30分延光寺 ~ 宿毛駅 8.0k:2時間
2008年04月28日
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いさりびで一緒だったお遍路さんはみんな足摺の金剛福寺へ向かう人ばかり。AM6:00からの朝食で、隣に座った女性のお遍路さんと話してみると、この方だけが延光寺組でした。この女性、夕べの食事時間に遅れてきたと思っていたら、一日でいさりび~金剛福寺を打ち戻ってきたそうです。結構な健脚でいらしゃる。それを聞いておじさま方は、「今夜もう1泊お願いします」と打ち戻る気満々で出発されました。AM6:45、いさりびのご主人に見送られ宿を出発。数日前からの天気予報で、この日は雨だと決まっていました。宿を出た時は今にも降りそうな曇り空だったのに、途中でもうパラパラと雨が降り出しました。リュックにザックカバーを被せていたので、傘をさして歩きます。下ノ加江川に沿って歩いていくと、五味橋のたもとで足摺はっとで同宿だった元人事部長さんに再会しました。今日は雨だし、この道が一番近くて、解りやすくて、楽であろうということでした。AM8:50、河内神社の横の建物の庇に入って休憩。↓河内神社この21号線は道幅も広くないしカーブも多いので、車はほとんど通らず歩くには良い環境です。AM10:00に芳井の休憩所に到着。元人事部長さんの他に、夫婦遍路1組が先に休憩中でした。ここは民家の納屋にテーブルやイスを並べて開放してあり、今日のような雨の日は濡れずにゆっくり休憩できて本当に有り難いです。トイレも借りられるようになっています。重ねて有り難いことです。イスに腰掛けやれやれと思っていたら、続々とお遍路さんが立ち寄ります。あの健脚な女性お遍路さんや、もう1組夫婦遍路が加わり賑わいます。私は20分ほど休憩してから出発しました。次の休憩所はAM11:20に下長谷公会堂の屋根つきベンチ。ここでこのあいだ買ったばかりのポンチョを着てみました。大阪の船場センター街にある釣具やで見つけた白っぽい半透明のポンチョ。長さも充分あり、着心地もなかなかよくてすっかり気に入りました。雨で体が冷えていたので、ポンチョを羽織ったらちょうどよい暖かさです。ほどなく天満宮が見えてきました。意外にも桜が残っていました。天満宮にもトイレがあったので、すかさずトイレタイム。トイレ棟の脇にはなぜかカルーセルが放置されてます。雨に濡れながら笑ってるような小さい木馬がいたいけでした。小さいカルーセルとお別れして、三原村に入りました。お昼の時間が過ぎていくので、三原村役場の屋根つきバス停でお昼ご飯にしました。宿からお接待いただいたお弁当は、焼きおにぎりでした♪醤油味のしっかり染みた焼きおにぎりの他に、じゃこ天やいかなごの天ぷらまで添えてありました。むっしゃむっしゃ食べていたら、電動カートに乗ったおばあちゃんが前を通り過ぎながら「頑張ってね~」ちょっと恥ずかしかった・・・・。腹ごしらえの後、また元気に歩き出します。次の休憩所を目指して。PM13:15清水川荘前のへんろ小屋で休憩。清水川荘へ渡る釣り橋がいい感じです。ここからはダムのほとりを、またもくもくと一人で歩きます。平田町に入ったところで、元人事部長さんと合流。長い車道に飽きてきたころだったので、喋りながら歩けました。平田駅を左折し暫くいくと、あった!スリーエフ。元人事部長さんには先に行ってもらい、スリーエフのトイレを拝借。そしてPM15:40、遂に高知最後の札所【39番:延光寺】にたどり着きました。龍宮城から鐘を背負ってきた赤亀がお出迎え。本堂も立派なものでしたが、私はその本堂の上に乗っている瓦が気になりました。虎に龍に、勇ましい感じがしました。↑大師堂ちょうど団体さん2組とかち合って、ポンチョ着たままでリュック背負ったままで、せわしないお参りになってしまいました。雨のせいで参拝者はそそくさとお寺を後にしますが、こんなのもあるんです。↓『目洗いの井戸』この泉の水で目を洗うと、目に良いとされています。PCを扱うようになってみるみる視力が落ちているので、念入りに洗って視力回復祈願!納経を済ませて境内に戻ると、団体さんも他のお遍路さんも誰もいなくなっていました。静かな境内をもう一度眺めてから、一日降り止まない雨の中で今回の巡拝を終えました。
2008年04月23日
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釣り宿は朝が早い!いくらでも早い朝食にしてもらえるようです。しかしゆっくり目のAM6:30から朝食にしました。ある会社の人事部に勤められていた男性(仮名:元人事部長さん)と車遍路のご夫婦と一緒です。元人事部長さんはこのまま東側の窪津を戻って、安宿に宿泊するそうです。車遍路のご夫婦はいっきに39番へ走られるそうです。私のコースは西側の土佐清水を経由して途中で以布利へ抜け、大岐浜から久百々のいさりびに宿泊予定。AM7:10宿を出発。バス通りをしばらく歩いて遍路道に入りました。石垣が組んである民家の間を下っては上り、左手に海を見ながら進みます。急な階段を上がって、不意に車道に出たところが松尾でした。(AM8:00)松尾の集落を過ぎ、民宿つりの里の横を続くへんろ道に入っていきます。ちょっとした山道。↓喫茶アネモネという看板が何度も出てくるのが面白いです。ここらへんはずっと椿の道が続いているのに。↓椿園への道国道へ出ると港が見えたので、やった!清水港!と喜びましたがそこは大浜でした。国道沿いに『土佐の名水』を見つけました。ただし、「滅菌してないので生水は飲まないように」という看板がありました。道路沿いには「宗田節」と書いてあるダンボール箱がいくつもあって、食品工場では魚を加工しています。宗田鰹という魚を鰹節にしているのですが、おびただしい量の薪も見かけたのでこれで燻しているのでしょう。作業をしている方々は忙しそうだったので、宗田節について尋ねることができずに通り過ぎました。(AM9:20)足摺黒潮市場でトイレ休憩。(AM10:50~11:05)ここまでトイレがなくて焦りました。小さくて軽いものを買物、宗田節(削り節)とはらんぼの塩焼き。「はらんぼ」とはマグロでいうトロの部分、鰹のはら身のことだそうです。土佐清水のT字路から以布利への道に右折します。すぐにスリーエフ(コンビニ)が目に入りました。小腹がすいてきたので、爆弾おにぎり・クロワッサン・ヨーグルトを買いました。店の外には『お遍路さん専用ベンチ』があるので、そこに座ってまだ温かい唐揚入り爆弾おにぎりをパクつく。珍しいことに、おにぎりや惣菜をスリーエフの店内で手作りしていて出来たてでした。エネルギー補給を済ませ、旭町の小峠を歩きます。橋の欄干が・・・魚でした。車通りの多いこの道ですが、もう藤の花も咲いていました。途中地元のおばあちゃんから道を教わりながら窪津の分岐を過ぎ、民宿旅路の前まで来ると記憶が甦りました。この先は一度歩いてきた道なのでもう安心です。桜並木もきれいで、膝も痛くないし気分が良いです。波音が聴こえてくるので、海岸も近い。大岐の浜への「はまみち」看板を見つけました。ロープまで付けてある急勾配の坂道をそろそろ下りると、靴脱ぎポイントに出ました。わざわざ靴を脱ぐのも面倒くさいな、と少し上流を見ると渡れるように石組みがあります。ありがたくその道を渡りました。砂浜に数人の靴跡はあるものの、海岸には誰も見当たらず貸切状態。歩いてきた道、誰もおらずこれから歩く道、誰もおらず思い切り写真なんか撮ってみたり、金剛杖を使ってビーチコーミングしながら渚を歩いたり。砂浜にも小さい黄色い花が咲いていて、健気な印象を受けました。海っていいな~~~。この海岸の北側には公衆トイレやシャワー棟が完備してあります。はまみちからこの公衆トイレへ上がって、橋を渡れば321号線へ突き当たります。昨秋に泊まった大岐マリンの前を通りかかったので、冷たいものでも飲もうと立ち寄りました。いつきてもここは掃除が行き届いてます。海の見える席に座って、「暑い日にはピッタリ」とコメントされた飲物をオーダー。バナナとソフトクリームとアイスコーヒーをmixしたシェイク。色は良くないけど、バナナの風味が美味しいドリンクでした。「去年の秋にこちらにお世話になった者です。年賀状ありがとうございました。」と告げる。「やっと足摺から、打ち戻ってきました~(笑)」シェイクを飲み終えると若い奥さんが緑茶を運んできてくれました。「窪川でお財布を拾われた方ですね。」「はい、無事に持ち主に戻りました。」そして「サーフィンしませんか?」とまた誘われました。「是非、また改めて伺います。」と約束しました。店を出る時に飴玉を一握り持たせてくれました。有難う~駐車場から見える景色を眺めながら、こんなきれいな海を守っているのはローカルの人達なんだなぁと思いに耽ってしまいました。(PM14:30)そこから民宿いさりびまでは40分足らずで到着。通された部屋は1階の10帖の座敷、大きな神棚と床の間付きに一人です。時間も早かったので洗濯をしている間に、民宿の下の海に下りてみました。秋に間崎の食堂に立ち寄った時に、「山八」の奥さんが「いさりびさんの前に岩場に下りられる道があるのよ」と言っていました。橋が渡してあって、ロープまで付いてる~ ウケました。いつもなら突端まで行ってしまう私ですが、民宿のつっかけを履いてきてたし何かあるとお遍路が続けられなくなるので、眺めるだけに止めます。潮風も爽やかで、気持ちのよい夕暮れです。ここでもまた物思いに耽る・・・。部屋に戻って荷物を広げ、寝転がったりしているとお風呂の順番がまわってきました。お風呂は別棟にあるのですが、これがすごい。オーシャンビューの桧風呂。窓辺で立ち上がると、車道から丸見えなのでギリギリのところを中腰で移動。お風呂に浸かりながらの絶景風呂で疲れを忘れました。夕食は食堂で他のお遍路サン達と一緒にいただきました。私以外は、年配の男性の一人歩きの人ばかり。(3人)ご飯をよそってくれたり、お茶を注いでくれたり、優遇されました。食事の後、あの立派な部屋の隅に洗濯物を干しまくり、布団を敷いて明日の準備をしました。寝る前に外へ出て、また海を眺めると遠くに灯台がチカチカ点滅するのが見えました。窪津あたりかと思うので、足摺灯台ではないのでしょう。【歩行距離・時間】 通算20日目 計:24.0k宿 ~ 松尾 5.0k:50分松尾 ~ 清水T字路 8.5k:2時間20分清水T字路~ 大岐海岸 6.5k:1時間10分大岐海岸 ~ いさりび 4.0k:40分
2008年04月21日
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入野からPM12:57の電車に乗り、中村にはPM13:08に到着。同じ電車の中に高校生くらいの女の子5人組が乗っていて、中村駅で降りました。女の子達の話では、駅から出たとこのうどん屋さんの手前のハンバーガーショップが美味しいらしいです。PM13:45発の足摺岬行き西南交通バスに乗車。バスは四万十川沿いの道路を走ります。ドライブイン水車の前を通って、安宿・久百々・大岐マリン・旅路の宿をあっという間に過ぎて、以布利から土佐清水に抜けます。中の浜辺りからは狭い道だというのに、バスはどんどん走っていきます。離合の難しい細い道では、対向してくるバスを待ったりしながらの105分のバス旅でした。ちなみに中村駅から足摺岬までのバス料金は、1,930円でした。(2008年4月現在)久々の38番:金剛福寺は境内の工事もすっかり終わって、庭園が完成していました。↓手水鉢に親子亀↓大師と亀の前に納経所↓多宝塔↓本堂↓愛染堂↓干支本尊お砂踏み場↓またまた足摺岬の灯台を眺めに↓またまた記念撮影(セルフタイマー使用)↓またまた灯台の下に行ってみる今回は足摺七不思議の続きも探しました。(全部は見つけられませんでした)『ゆるぎ石』親孝行者がこの岩を押すと、揺れて上に乗っている小石が落ちるが、親不孝者が押しても岩は動かず石も落ちない。『亀石』亀そっくりな大石。人間の手が加わった痕跡がないそうです。亀は『亀呼び場』の方向を向いている。『潮の満干の手水鉢』手水鉢状の岩の窪みに溜まった水が、潮の干満にあわせて増えたり減ったりする。海面ははるか下にあるのにとっても不思議です。遊歩道に誘われるように白山洞門へ。道が急なところもあり、足場には注意が必要です。白山洞門へ下りる急勾配の階段自然が作ったハート型にも見える洞門です。穴の向うを貨物船が横切るのが見えました。観光で来られたご夫婦がちょうど歩いていらっしゃって、お遍路してるの?とか色々質問されました。そしてカメラのシャッターを押してもらい、「この先も頑張ってね!」と応援してくれました。ここの前にはレストハウスの廃屋みたいながらんどうの建物があって、ちょっと不気味でした。暗い時間だと怖い場所です。ゆっくり海を眺めた後で、白山洞門の階段を直登すると車道に出ました。目の前が『白皇神社』です。境内は桜の花びらの絨毯でした。ここの狛犬、お化粧してるの? 本日の宿【はっと足摺】は観光センターのバス停の前、解りやすくていいです。お部屋は1階の101号室、鍵付き・TV付き・エアコン付き、トイレも洗面所も近くて嬉しい。私が一番のりで宿入りしたみたいでした。(PM16:45)宿の奥さんが温かい緑茶とお茶菓子を部屋に運んでくれました。一息入れてお風呂、洗濯。いよいよお待ちかねの夕食です。今夜は釣り客の男性1名、歩きお遍路の男性1名、と私でした。(後に飛び込みの車お遍路のご夫婦が1組追加)食事処で3人で海の幸を頂きました。今日はたまたま姿造りにしたよ、とご主人。他にも蕗の炊合せや鰤のトロ身の塩焼き、わかめのお吸物など、どれも美味しいお料理でした。ご主人のお話も面白く、私が「船、大好きなんです。免許も持ってます。船酔いしないんです。」と話すと「明日の朝、乗るか?」だって。すごく乗りたかったけど、今はお遍路中なので今度釣りに来た時にでも・・・ということになりました。先週NHKのニュースで足摺に竜巻が起き、車のガラスも割れるほどだったと聞いていたので、竜巻のことを尋ねました。玄関前に止めていた軽トラが竜巻に押されて、隣の観光センターの大駐車場の向うまで移動していた。屋根瓦が全て浮いてしまっている。ということです。これから修理しないといけないのだとか、災難です。【歩行距離・時間】 計:19.0k 伊与喜駅 ~ 入野駅 19.0k:3時間50分
2008年04月20日
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前回の区切りから早、5ヶ月も経ってしまいました。春を待って久々に第8回目の四国入り・・・。今回の行程は前回の山に迷い込んだトラブルで時間切れとなり、泣く泣く電車に乗って移動した土佐くろしお鉄道の『伊与喜』から『入野』までを歩き直す。『入野』から電車で『中村』まで移動し、西南交通のバスで足摺岬へ向かい岬で1泊。足摺岬より、続きの戻り打ちで久百々で1泊、翌日に39番:延光寺を打つ。延光寺より宿毛まで歩き、くろしお鉄道の宿毛駅から帰宅。という計画。仕事が終わって家に帰り、夕食の準備・おにぎり作り・入浴を済ませ、遍路の最終準備。三宮バスターミナルPM23:36発のしまんとブルーライナーに乗車。このバスは去年乗った時からダイヤ改正されていて、以前より50分遅く出発し、40分早く到着するようになりました。おかげで始発の土佐くろしお鉄道に乗れるようになりました。バスが順調に走り、予定より3分ほど速く着いたので走り込むこともなくAM6:04の窪川発の電車に乗りました。そして苦い思い出の残るこの伊与喜の駅のホームに立つ。あぐり窪川でのトイレ休憩の時に、トレパンに着替えていたので準備OKです。何よりも自分の膝が治ったのかがず~っと気がかり、私の心を映したように空はどんよりと曇っていて、道路も乾ききっていません。不安なまま国道へ踏み出す・・・・。(AM6:30)しばらく歩いたところで地図を見てみると、早速へんろ道ではないほうの国道を歩いていることに気がつきました。『しまった!』と思ったけど、戻る気分でもなくそのまま国道を歩く事にしました。佐賀漁港への看板↓AM7:10土佐佐賀駅を通過、これよりへんろ道に入ります。民家の間の道路を歩いていたら、地元のおばあちゃんに「(時間が)早いね~」と声をかけられました。このあたりの家には、壁や軒下にお決まりのデザインがあるようです。黒くて四隅にアールがついた長方形の模様。↓この様式はこの後もあちこちで見られました。へんろ道沿いに新旧差のある2軒の民宿の前を通過して、佐賀漁港↓看板によると『幡多十景・鹿島が浦』近江八景は聞いたことありますが、ここには十景もあるんですね。入江にある鹿島を望む展望所にて、景色を眺めながらの小休憩。(AM7:40)ここからは室戸岬も足摺岬も見えるそうですが、今日はあいにくの曇天で見えず。しかし、残りの九景は何処なんだろうと、とっても気になる私でした。その先には佐賀公園という素晴らしく広くて綺麗な公園がありました。私の故郷の隣にも佐賀県がありますが、同じ佐賀、そして佐賀には同じ鹿島という名前の町もあるのが奇遇です。公園の桜もまだまだきれいでした。途中へんろ休憩小屋がありました。だんだん天気も回復して、日陰のない国道は暑くなってきます。土佐東寺庵の休憩所は、本日はお休みでした。へんろ地図の『レストラン木の香』は廃業していました。洒落たログハウス風なのに惜しいです。ここらへんが「うみのおおむかえ」、王を迎えたんだろうと想像しました。さらに浮鞭(うきぶち)という変わった名前の町を過ぎたら、左手に入野の海岸が広がります。『道の駅ビオスおおがた』にはAM10:20に到着。思ったより早く着きました。11時までモーニングメニューがあったので、ひまわり食堂のトーストセットで休憩しました。お客さんはちらほら、地元の方がモーニングを食べに来られているみたいです。食堂を出て物産館を眺めるも、お遍路中は荷物を増やせないので土産も買えません。ここのお弁当やお寿司は安くて、とても美味しそうでした。外のテーブルで2人のお遍路さんに会いました。私は入野まで、すぐそこなのですが一緒に歩く事にしました。(PM12:00)↓入野松原を歩く。↓右が野宿の若いお遍路君。一日に40~60キロでも歩くという。1巡を30日切るのが目標だそうです。しゃがんで写真を撮ってるのが、3巡目のおじさん遍路さん。おじさんのリュック・菅笠風帽子・ポーチ・チョークバッグはお誂えで揃ったもの。白い帆布製の特注品だそうです。なかなかこだわりがあって、格好良いです。サーフィンしている入野の海を眺めながら歩くうちに、分岐にきていました。彼らは四万十川に向けて、私は入野駅へゆくのでここでお別れしました。記憶をたよりに松原を突っ切り、無事入野駅に到着。以前は気がつかなかったけど、入野駅に吊るしてある大きな篭!クジラでも捕まえるのかな~。
2008年04月18日
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4月8日は、お釈迦様のバースディ♪この日が仕事の休みと久しぶりに合って、京都の妙心寺の花祭りを見物できました。花祭りは、仏生会(ぶっしょうえ)、灌仏会(かんぶつえ)とも呼ばれるそうです。ここの花祭りは2回目で、4~5年ぶりです。朝の10時前には仏殿の中を大勢の僧侶がお経を唱えながら練り歩きます。その後、仏殿の前に花で飾られた小さなお堂が祀られました。花は椿が多かったです。10時から13時までは妙心寺の塔頭で精進料理教室があっているので、その用事を済ませ花祭りのお堂を見に行くと、お堂はあるのにお釈迦さまは不在。「あれ?もう終わり???」と立ち尽くしているとお寺の方が出てきて「お釈迦様は昼休みで休憩中です。もうすぐ出てみえるので、お迎えに行ってまいります。」と言って奥へ。5分後、係員がお釈迦様を連れて戻られました。後ろから甘茶の入ったヤカンを持った人も現れ、お立ちになった足元の桶に甘茶を注ぎます。「さぁ~、どうぞ」と言われ3番目に並んでいた私は甘茶をすくってお釈迦様にかけました。熱々のお茶で、釈迦像からは湯気が立ちのぼって温泉に入浴してるような感じです。すごく熱そうです。数人が甘茶をかけて拝んでいたら、係員がおもむろに賽銭箱から硬貨を取り出して釈迦像の前に並べました。!!!そうだ、お賽銭を上げていなかった。それからは参拝者はみんな忘れずにお賽銭をあげていきました。私も遅ればせながら、そっと硬貨をお堂に納めました。↑誕生してすぐ7歩あるき「天上天下唯我独尊」と言われたとか。天と地を指差していらっしゃいますが、私にはサタデーナイト・フィーバーにしか見えません。この日仏殿の扉も特別に開けられていて、普段は見ることのできない堂内のお釈迦様を拝む事ができました。なんでも手には蓮の花を携えておられて、そのような釈迦像は珍しいとのこと。遠くからなのではっきりとは見えませんでしたが、美しいお姿でした。さて、妙心寺の南門から出て東側に花園会館という建物があります。宿坊のある塔頭とは別に、団体客にも対応できる大型宿泊施設を完備しています。1階には土産物屋やレストランも入っていて、たまにふらっと立ち寄ります。売店には白い作務衣も販売していて『お遍路さんの時にピッタリだな』と心の中でつぶやいたり。そんな私のおすすめは手拭です。境内にある法堂の天井画【八方睨みの龍】がプリントされたもの。渋いです。それから歩いて龍安寺にも行ってみました。有名な石庭を眺めて、帰りがけに係りのおばさんに「花祭りのお堂はどこかにありますか?」と尋ねると・・・「ウチはやってない、関係ないから」のように言われました。お釈迦様と関係ない仏教ってあるのでしょうか?!龍安寺も同じ臨済宗・妙心寺派なのでは???という疑問だけが残ります。お寺は全部が全部、花祭りするものでもないんですね。
2008年04月08日
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