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イラク邦人人質事件で、武装グループ「サラヤ・ムジャヒディン」は、解放した高遠菜穂子さん(34)ら3人に次のような内容の声明文を手渡した。「日本は米国による最初のテロであるヒロシマ、ナガサキの被害者である。我々はそのような国の人々に対し、イラクから撤退することを求める」。米国のテロの被害者として日本とイラクを同列に置く内容だ。私は正直、イラク人が原爆について言及したことをとても奇異に感じた。だがアラブ人にとって、日本という国は、米国の核兵器の犠牲になったかわいそうな国だと映っているらしい(「日本はどう報じられているか」石澤靖治編)。あのビンラディンも9・11前、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」のインタビューで、「米国こそ核兵器を保有し、極東のナガサキ、ヒロシマで人民を攻撃した」と語っていた。さらに思い起こせば、9・11直後、アラブ世界で「日本赤軍犯行説」がまことしやかに広まったが、その理由も「日本は米国に原爆を投下されたことへの復讐をした」というものだった。アラブ人たちのこうした日本観を知って初めて、あの声明文の意味が分かる。私は以前から、一般民衆を殺すために核兵器を使った米国は、人道の罪で裁かれるべきだと思っていたから、今回の事件は渡りに船だ。ムジャヒディンたちも、どうせアルジャジーラにビデオを送りつけるのなら、「米国こそ原爆を投下した人道上の罪で裁かれなければならない。日本は3日以内に東京裁判のやり直しを求めるデモをしろ」と訴えればよかったのだ。そうしたら日本での受け止め方も、自己責任うんぬんではなく、米国批判に向かったかもしれない。ところで、ちょっと話はそれ、先の著書「日本はどう報じられているか」についてだが、これはタイトルを「日本をどう報じているか」にすべきだ。内容は英仏独米中韓のそれぞれの国のマスコミが日本についてどう報道しているかを紹介したものだが、日本に短期間だけ出張し、大きな特集を組む海外メディアの論調が正確であるわけがないし、ジャーナリストがステレオタイプの報道を好むことくらいどこの国民だって知っている。それぞれの国のジャーナリストの力量をこそ問うべきで、報じられる側が卑屈になる必要などさらさらない。
April 24, 2004
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「発明対価は604億円」。今年1月の東京地裁判決で、青色発光ダイオードを発明した元日亜化学社員、中村修二(現カリフォルニア大サンタバーバラ校教授)に巨額の報奨金が支払われることになった。印紙税が足りなかったため、実際に受け取る額はその3分の1の200億円に減額されるが、それでも空前の額だ。中村が「超共産主義」と罵倒してきた平等主義の日本企業もこれで目を覚ますことだろう。世界知的所有権機関(WIPO)によると、03年の特許国際出願数は、日本が、全11万件余のうち1万7千件を占め、世界で2番目に多い。今後、中村のように優秀な頭脳が次々と海外に逃げ出してしまっては、技術大国も長続きするか怪しい。そのことに気づいてか、各企業は慌てて、大発明に対してボーナスで報いる制度をつくっている。三菱化学は最高2億5000万円というし、オムロンは1億円、三共6000万円、ソニー2000万円という具合だ(「発明報酬」岸宣仁著)。技術者という職業がようやく社会から認知され始めたといっていい。一会社員の田中耕一さん(現島津製作所フェロー)がノーベル賞を受賞した02年は、男の子が将来なりたい職業で「学者・博士」が一位になった(第一生命保険調査)。今回の中村の巨額発明報酬により、今後ますます技術者という職業が子どもたちの注目を引くことになりそうだ。目標は野球やサッカーの選手たちの年俸だ。プロ野球選手の平均年俸は約3500万円。サッカーのJリーグ選手も2000万円程度ある。スポーツ選手は一般的に寿命が短いから高額で当たり前だという指摘もあるが、サラリーマン技術者も歳を重ねると管理職として棚上げされるため、寿命は決して長くない。トップ級の選手を例に取ると、野茂英雄が900万ドル(約9億4千万円)、松井秀喜が700万ドル(約7億3千万円)、イチローが約650万ドル(約6億8千万円)。サッカーの中田英寿は半年間で69万ユーロ(約9300万円)。中村の今回の裁判は、イチローが大リーグ生活を100年間続けてやっと手にできる収入を、一技術者が得られることを示したわけだ。
April 21, 2004
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カジュアル衣料専門店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは、1年半前に鳴り物入りで参入した野菜・果物の販売事業から撤退することを決めた。2000年の秋冬1シーズンだけで、フリース2600万枚売った急成長会社だっただけに、「調子に乗ったから」という向きがないでもない。だが、品質管理から生産・販売まですべてを自社で完結する新スタイルで旋風を巻き起こしたパワーを信じ、今後も応援を続けたい。野菜事業で失敗はあったものの、業績は悪くない。数日前に発表された2月中間決算によれば、売上高が前年同期比10・6%増の1829億円、経常利益は同67・7%増の391億円。年間トータルで経常利益1000億円超だった、あのブーム期が異常だったと思えばいのだ。ユニクロは99年秋の原宿出店の衝撃と、フリースの成功で「一発屋」のイメージがあるかもしれないが、下積み期間が意外と長い。親父の紳士服店を受け継ぎ、広島市中区にユニクロ1号店を出したのが84年。それ以来、「1勝9敗」(柳井正著)という圧倒的負け越しだった。NYにデザイン会社をつくって失敗したり、商標使用差し止め中の子供服販売会社を買い取ってしまったり。「スポクロ」「ファミクロ」というスポーツマンやファミリー向け出店でつまづいたこともあった。英国進出ではニーズをつかみきれず、開店早々21店舗のほとんどで閉店を余儀なくされた。今回の野菜販売でもしかり。それでも、失敗と分かったらすぐ撤退する勇気を持ち合わせている。そして、「オリンピック」と名付けた世界市場を目指す戦いをさらに夢見る。柳井は「目標は大きくなければ前進しない」が持論だ。社風も独特だ。4半期ごとに人事考査し、年収は300万円から3000万円までさまざま。社内組織図はめまぐるしく変わり、会議で発言しない人には「次は出ないでいい」とはっきり言われる。こうしたやり方で、カジュアルウェア市場をオセロのように一気に「ユニ黒」色に染めてきた。その後一時的に劣勢になったが、また業界をあっといわせる奥の手を見せてくれるに違いない。
April 20, 2004
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きょう「天空の城ラピュタ」(宮崎駿監督)を観た。かつて圧倒的武力を誇りながら滅んでしまった天空の城「ラピュタ」について、主人公の少女シータは最後、こう叫ぶ。「どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ」。人はどんなに力を持っても、思い上がったら最後。それが分からないのが、いまのイスラエルだ。きのう、イスラエルはハマスの指導者ランティシをミサイル攻撃で殺した。約1か月前には、前の指導者ヤシンを同じようにミサイルで殺している。さらにイスラエルは「次はアラファトを狙う」と公言している。とても信じられないのは、イスラエルは、武力でパレスチナ過激派勢力をねじ伏せれば「もうイスラエルには戦っても勝てない」と考える現実派たちが出てくるだろうと踏んでいることだ。力任せの争いには終わりがない、という人類が長い歴史で学んできたことがなぜイスラエル人には分からないのだろう。まさか、ラピュタの末裔たちと同じように自分たちは「選ばれた民」(旧約聖書)だと今でも思っているわけではあるまい。天空の城ラピュタが上映されたのは1988年だった。長く世界の平和に影を落としてきた「冷戦」が終結したのは、そのすぐ後のことだ。だが、冷戦後10年以上経過したいまも、シータのメッセージが過去のものでないことに私は失望を禁じ得ない。
April 19, 2004
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なぜ1990年代、日米逆転が起こったのか。なぜ日本はその後、「失われた10年」を過ごさざるを得なかったのか。90年代、米国は世界のIT技術や商習慣について、標準化、同一規格化を進めた。「グローバリゼーション」という名を冠し、説得力を持たせたが、中身は米国に都合のいいルールの押しつけだったすぎない。振り返ってみると、バブル前まで、世界経済はうまく機能していたといっていい。日本は絶好調だったし、欧州も復興中だった。韓国、台湾、東南アジアも調子は上向いていた。中国やインドがやや乗り遅れていたに過ぎない。そこに突然、地盤沈下気味だった米国が、自己流を押しつけてきた。日本は、新ルールの後発組だっただけでなく自由競争の下地がなかったため、最初から勝ち目がなかった。ふらついている間に米国に食い物にされた。破綻銀行を買い取って2200億円もうけたリップルウッドや、三菱自の子会社化に虎視眈々のクライスラーなどは、混乱期に土足で踏み荒らしていった企業たちだ。仏ルノーとの提携によって再生に成功したかに見える日産自動車だって、いまのトヨタや本田など自動車メーカーの好業績を見れば、数万人ものリストラが必要だったのか、と疑ってしまう。先日、マレーシアの元首相マハティールの著書「日本人よ。成功の原点に戻れ」を読んだ。マハティールは「茶髪の日本人を見ることはつらい」ともらすほどの古き良き日本の理解者だ。マハティールは、「バブル経済崩壊後、日本はグローバルゼーションの藁をつかんでしまった」とこぼし、日本に対する忠告として「まずは米国化を防ぐことだ。日本人の超米国寄りの姿勢はあばたもえくぼ的、一途な恋を連想させる。米国も誤りを犯すことを、日本人は客観的に悟るべきだ」と訴えている。日本人が終身雇用や年功序列といった日本的商習慣に胸を張っていたのはほんの15年前にすぎない。当時、不況だからといって中高年のクビを簡単に切ってしまうような社会をわたしたちは求めていただろうか。日本はいまようやくグローバリゼーションに慣れ、経済も少々上向き始めた。米国流のグローバリゼーションが日本にもたらしたものは何だったのか検証し、米国に対して反撃するには今しかない。
April 18, 2004
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3月下旬、小泉首相は「どの地域でもテロが起こる可能性はある。国民の皆さんも日頃から外出する際に心構えを」と呼びかけた。もし、3年前、首相がこう呼びかけざるを得ない事態を招くと分かっていたら、国民はこの首相を選んでいただろうか。日本人は、米国人と違ってどこの国へ行っても愛される(ときには幼稚でバカにされる)国民だったはずだ。私が以前、イスラエルを旅したときも、日本人といえばいつもフリーパスだった。今回の人質事件でも、犯行グループは声明文のなかで「日本の国民はイラク国民の友人だ。我々イスラム教のイラク国民は、あなたたちと友好関係にあり、尊敬もしている」と書いている。それなのに、いまや日本国内にいてさえ外国人から命を狙われるようになった。小泉首相は国民に「テロとの戦い」を求めているが全くナンセンスだ。テロをあおってきたのは小泉首相が盲信する米国であり、米国がひとり、テロとの戦いの矢面に立てばいいのだ。いまや、テロリストとは米国なのかイラク武装勢力なのか分からないくらいだ。テロ国家・米国との戦いを理由にイラクから撤退するという選択だっていまやありうべし、だ。日本ではいま、2000人を超える住民が「憲法の平和的生存権が侵害された」として国を相手に訴訟を始めている。ひとたび日本がテロの標的になれば、生存権をめぐる国民の動きは止まらなくなるだろう。米国への追従外交はすでに曲がり角に来ている。米国流の価値観の押しつけ、いわゆる「グローバリズム」は、民主主義やチョコレート、ハンバーガーを教えてくれたころは良かった。米国自身が劣勢になり、日本異質論を持ち出して盛んにバッシングしてきたころもまだ我慢した。高飛車に自由競争を訴え、日本の銀行を買い叩いてもわたしたちはじっと耐えた。だが、大量破壊兵器を最も持っている米国が「大量破壊兵器を隠し持っている」という理由で他国を侵略したり、世界最大の温暖化ガス排出国であるくせに、京都議定書を反故にしたりする身勝手な姿勢は、人として到底許せない。おまけにテロの脅威までグローバル化し、自らの責任を棚に上げて「一緒にテロと戦おう」と眉間にしわを寄せる米大統領の姿は、こちらが見ていて恥ずかしくなるくらいだ。「そこまで付いていけない」と、仏独ロは米国にそっぽを向け始めた。日本にとって、米国は以前は頼れる国だったかもしれないが、2代目ブッシュが登場して以降、とても喧嘩っ早く、欲張りで、我が物顔な国に成り下がった。米国追従はいまや日本の国益ではなくなったことに早く気づくべきだ。
April 15, 2004
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米国内ではいまごろになって、「なぜ同時多発テロが防げなかったのか」という議論が百出している。矢面に立たされているのはもちろん大統領ブッシュだ。事件直前の01年8月6日、ハイジャック・テロが迫っていることを指摘したCIA文書(タイトルは「オサマ・ビンラディン、米本土攻撃を決意」)を握りつぶしていたらしいことが分かってきた。米国民は、ブッシュがどこか胡散臭いと感づき始めたようだ。ギャラップ社の世論調査では、イラク撤退を求める声が28%に急増した。思い起こせば、同時多発テロの直後、米国内にいたビンラディン一族24人の国外脱出を認めたころからおかしかったのだ。当時、民間旅客機だって自由に飛べなかった米国上空を、ビンラディン一族の自家用ジェット機だけ飛んでいたのだ。ビンラディン一族とブッシュ家が25年以上にもわたって石油にまつわるビジネス取引があったと、その後判明した。また、テロ実行犯のほとんどがサウジアラビア人だったのに、ブッシュはテロ直後、なぜかその隣国である「イラクとの関連を探せ」と周りに指示していたことも最近暴露された。そのサウジ王家とは、ブッシュ・パパの時代から兵器取引で付き合いが長い(「おい、ブッシュ、世界を返せ」マイケル・ムーア著)。わずか5階建てのペンタゴンに旅客機をぶつけるなんていう芸当は、たとえば、サウジの空軍基地にような場所で軍事訓練を受けなくては習得できない、とは思わないのだろうか。当初流布した米国内のパイロット学校で学んだという仮説は、今思えば、出来過ぎた話だった。「大量破壊兵器を隠し持っている」とあらぬ疑いをかけられ、一方的に攻められたフセインこそ、いい迷惑だ。大量破壊兵器が見つからないと、ブッシュは次に「サダム・フセインは脅威だったんだ」と、とても一国を攻撃する理由にはあたらないことを言い始めた。こんな頭のおかしい男を野放しにしていいのだろうか。実は、ブッシュは最初から、あのテロについて気づいていたのではないか。もちろんあんなにひどい被害が出るとは思っていなかったに違いないけど。そして、イラク攻撃の口実をつくって地元テキサスの兵器産業をもうけさせ、同時に石油利権も手に入れる・・・。そんな二流の評論家が訳知り顔で言いそうな筋書きさえ本当に描いていたのではないか、と思えてくる。フセインを軍事裁判にかける前に、まずブッシュをこそ法廷に引きずり出すべきだ。他国の領土を侵略した罪は、ヒトラーや東条英機とどこが違うのか。
April 14, 2004
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先の週刊文春騒動は新聞を読んでも全然理解できなかった。田中真紀子の長女の私生活を扱った記事の差し止めについて、裁判所の判断が二転三転し、結局、東京高裁は、私人のプライバシーと表現の自由をてんびんにかけ、差し止め決定を取り消して決着した。新聞各社は、文春の記事がプライバシーを侵害していると判断し、記事内容を伏せたまま解説やら社説やらを展開したため、記事内容を知らない読者には全くちんぷんかんぷん。朝日新聞が社説で「メディアが表現の自由の名の下で、私人に痛みを強いて我慢せよと迫る。そんなことではとても市民の共感を得られないだろう」などと書いても、読者は共感も反発もできない。おまけに、出版前夜の差し止めという一大判断をした当の裁判官(45)がどんな人なのか、という読者が当然知るべき内容もほとんど報じられていないようだ。今回の騒動では、読者の「知る権利」はまったくカヤの外に置かれたといっていい。裁判官の件については、雑誌が詳報して補ってくれた。ある雑誌は、この裁判官は反マスコミの急先鋒でいつか差し止めてやろうと手ぐすねをひいていたところに今回の差し止め請求がやってきたと紹介。別の雑誌は、この裁判官はバランス感覚があり、ちょっと変わった裁判官が出した奇をてらった決定などと考えないほうがいい、という内容を載せていた。最近、公人のプライバシー侵害問題だけでなく、各マスコミが一斉に取材に押し掛けるメディアスクラムも問題視にされ、メディアへの風当たりが強い。メディアを管理するメディアが存在しないため、やりたい放題だ。とくに、雑誌記者の強引さは現場では有名で、新聞側としては、メディアを一括りにされてはかなわないという意識が強い。今回の騒動は、こうした業界内の対立が問題を複雑にした印象だ。
April 4, 2004
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先日、東京地裁でオウム真理教の教祖・麻原に死刑が言い渡された。地下鉄サリン事件からすでに9年。事件被害者約60人ほどへのインタビューをまとめた「アンダーグラウンド」(村上春樹著)を先日読んだ。テレビ画面を通して知ったつもりでいた事件現場が、実は、全然別のものだったことに驚かされた。12人が死に、5500人以上が負傷した大事件だから、現場はよほど大混乱だったのだろうな、と思っていたが、実は、多くの人はいつも通り、電車を降り、改札を抜け、会社に向かっていた。そしてその途中で「きょうは晴れているのになぜか暗く感じるな」とやっと異常を察知し始めたのだ。周りで救急車のサイレンの音が響いていても、その音と自分の様態の変化とがなかなか結びつかない。爆発テロ事件と比べて、事件の大変さが分からないから、周囲の反応もにぶかったようだ。倒れている人は酔っぱらいと勘違いされたというし、病院に行っても「異常なし」と診断された。丸の内線では、サリンの液体で汚れたままの車両が死者1人、負傷者約350人を出すまで、折り返しまでして延々と走り続けた。事件発生当時は、テレビ画面に映ったほど「大事件」ではなかったところに生物兵器の恐ろしさがある。このインタビューが、ドイツ在住の日本人演出家によって舞台化されることになった。建設工事が中断したままになっているベルリンの地下鉄駅「国会議事堂前」で今年6月、上演されるという。
April 3, 2004
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新年度が始まった。政府は04年度のGDP成長率を1.8%程度と予想している。民間予想も概ね2%以上。GDPが成長しないとダメなように世論誘導してきたメディアは「不況脱出へやっと道筋がついた」と浮かれている。だが、GDPを国の発展と結びつける考え方はもう古い。GDPという指標は本来、国の豊かさとは関係がない。森林を伐採したり、二酸化炭素を放出したりしても割り引かれることはない一方、公害を発生させた場合の治療費や、荒らした土地の改良費といった負の生産活動はしっかり数字を積み増しされる。見方を変えれば亡国の指標だとさえいえる。バブル最盛期の80年度後半、日本はGDPを積み上げる一方で、ゴミ排出量を5年間で15%も伸ばしたのがいい例だ。経済学の祖、イギリス人のアダム・スミスが「国富論」(1776年)を書いたのは、まだ産業革命が緒についたばかりのころだった。その後、「資源には限りがある」ということが分かってきたが、経済学者たちはそれに即した新しい経済指標を提示してこなかった(「エコロジカルな経済学」倉坂秀史著)。だから、役人たちがいくら「循環型社会」を唱えても、インセンティブが働かないため、エネルギーベースで約1割分しか再利用が進まないのだ。温暖化の原因といわれる二酸化炭素の大気中の濃度は、アダム・スミスの時代は280ppmだったが、2000年はそれを3割も上回る369ppmにのぼる。我々がいま、「息苦しい」のは、無能な経済学者たちのせいなのだ。金科玉条のGDP値さえ正確に予想できず、税金で食わせてもらっている経済学者は即刻クビ!独立行政法人だなんて生ぬるいことを言っている場合じゃない!
April 1, 2004
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