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気付けば11月も今日がラスト。今年は特に後半が早かった。もう少し進んでいるはずの仕事がいくつもある。風邪で頭が回っていないせいか、なんだか自分だけ取り残されているような感じすらする。やりたいことは多く、気が焦るばかり。残りひと月、少しでも冷静に進んでいきたい。
2007年11月30日
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よりによって風邪をひいたっぽい。今週は土曜日も仕事が入っている。先日、ゾクゾクきた段階で葛根湯とビタミンCを摂取したのだけど、少し遅かったみたい。作業があって帰宅が遅かったし、明日も早く出なければならない。それなりに気の張った毎日だったはずなのに、いったいなんでこのタイミングで? という感じ。インフルエンザも流行っているそうで、注意しつつ今週をなんとか乗り切りたい。もう少しだけ頑張れ自分。
2007年11月29日
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*この方法を試みられてもシャックリが止まらなかった場合、なんら責任は持てません。ご使用の際は、各自の判断と責任でお願い致します。今朝、久しぶりにシャックリが出た。シャックリは体にとってどういう意味があるのか、未だに謎。筋肉痙攣みたいなものなんだろうか? どういう時に出るのか、自分のことでもよく分からない。シャックリが出る度に、なんか久しぶりにシャックリした、と思うから頻度は決して高くないはず。シャックリの止め方には口伝というか各家の伝承というか、なんか独特な物があって面白い。以前に、どういう止め方だったか忘れてしまったので残念なんだけど、友人と旅行に行ったときに同室の三人が三人とも違う止め方を口にしたので、結構面白かった覚えがある。私が最初に母(だったと思う)に教えられた止め方は、極めてシンプル。ひたすら息を止める。母は「シャックリが百回出ると死ぬ」とか脅すので、結構必死になって息を止めていた記憶がある。シャックリよりも息をしない方がよっぽど死に近づくと思うのだが、当時から頭が悪かったのでそんなことには気付かなかった。ちなみに、この方法でシャックリが止まったことは一度もない。小学生くらいの時、何かで読んで知った方法を今でも使っている。これは効果抜群で、今までほとんど全勝を収めている。やり方はコップ一杯の水を、コップの奥の縁から飲むと文章で書くと非常に分かりにくい。普通にコップから飲むときは、当たり前だけど、手前側にある一番近い縁から飲む。極端な姿勢で説明すると、顔が天井を向いて反っくり返る姿勢になるはず。「風呂上がりに牛乳を飲むときの正しい姿勢」を想像してもらえれば、きっと分かりやすいと思う(そんなものが共通認識されているかは知らないけど。でも片手を腰に当てて飲むあのやり方は、広く知られている気がする)。それに対して、コップの奥から飲むときは、前屈するような格好になる。というか、そうしないととても飲めない。コップの中の水が少なくなるにつれて、どんどん前掲していく。非常にマヌケなので人前でおいそれとできないのが欠点だが、きちんと止まる。本当なんです。
2007年11月28日
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今日は教室がお休み。ただ、ダラダラとPCに向かっていたら、家に着いた時間は教室があるときとほとんど変わらなかった。気分転換もかねて、今は以前に教室で習ったペンケースをちょこちょこと作っている。ひとまず復習することが目的ではあるけれど、つくる以上は手を抜かないでやりたい。使っているのは、以前ハンズメッセで安売りしていた革で、これまたクロムなめしみたいだ。少しカーブを切ったら、表皮のようにはがれた部分があって驚いた。教室で使っている革はタンニンなめし。詳しい違いは分からないが、コバ(裁断面)の処理などは同じではないらしく、なんだか上手くいかない。せっかく買った革だし、と思って使ってはいるものの、知識も技術も足りないのが悲しい。あれこれとやってみたが、余計に汚れてしまいそうなので、あまり進まなかったがひとまず打ち止めにした。以前に買った一枚革もクロムなめしで、良く分かっていないうちに大きな買い物をしてしまったと少し後悔しているところ。でも、これはこれできっと勉強にはなるのだろう(と思うことにしている)。今、気になっている技術が「絞り」というやつで、どうも革に形付ける操作をこう言うらしい。下の写真のような感じ。通っている教室の先生も、この技術で作ったと思われる美しい一本ざしのペンケースがある。本当に綺麗で、このところ教室に入る時と出る時、数秒間見入っている。カリキュラムには無いが、一通り最後まで通いきる事ができたら、この技法についても教えてもらえないか聞いてみたい。だいぶ先の話ではあるけど。ひとまずは、今習っている技術をもうちょっとモノにすることが先決。気長に頑張ろう。
2007年11月27日
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連休中に読み終えた本。草莽枯れ行く舞台は幕末、相楽総三が主人公。維新の志士たちのなかでは印象が薄かった人物だが、組織によらず、志に殉じる草莽として非常に魅力的に描かれていた。本書のもう一人の主人公として、清水の次郎長が出てくる。海道一のやくざ者、という認識しかなかったが、相楽を上回る男っぷりを魅せる。フィクションだと思っていたら単に同時代の人物どころか、史実でも山岡鉄舟と意気投合したりしていたらしい。北方謙三の描く男の姿には憧れる。憧れるけれど自分には絶対なれない人物が、フィクションとはいえ氏の小説にはたくさん出てくる。登場人物の多くの人生は洗練されたものではないが、それでも格好いい。西郷隆盛や岩倉具視が、底の見えない指導者として不気味に描かれているのも良かった。とくに、益満休之助が良かった。相楽や山岡鉄舟をはじめ周りの人間を見ながら、自分は彼らのようになれないともがく。一度は酒におぼれた。それでも最後は総三の死を引き受け、新しい心の置き所を見つけている。やっぱり格好いい。六百五十ページを超える本書だが、テンションが落ちないまま読み終えた。
2007年11月26日
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今日届いた本。ペン!ペン!ペン!ファウンテンペン!恥ずかしい話、万年筆の事を英語でファウンテン・ペンという事を始めて知った。持っている万年筆と言ってもラミーの一番安いやつだし(気にいってるけど)、コレクターになるには躊躇してしまう世界。そんな万年筆ど素人が購入していい本なのかは分からないけど、結果としては買ってよかった。構成は見開きで、基本的に万年筆を愛する人のエッセイが一ページと、話題にあがっているお気に入り万年筆と、その万年筆で書いた原稿が一ページ。感想、といいつつ全部読んでいない。でも、読まなくても十分楽しい。文章を書かれた方には申し訳ないけれど、見ているだけで十分楽しい。写真がなんと言っても綺麗。ページの構成がペンと文章で絶妙にマッチしていて、パラパラとめくっているだけで楽しくなる。万年筆とその筆跡が、美しいレイアウトで全頁にわたって同時に見られるというのは見事としか言いようが無い。ペン先のアップあり、ボディの細密写真ありと、統一感がありながらも単調ではない写真群は、本当に本の作り手が万年筆を愛しているのだなぁと思わせてくれる。こういう写真を見ていると、無条件で欲しくなるのでそこが難点といえば難点。
2007年11月25日
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先日、浅草橋に買い物に行った。教室で作っているときにはとにかく必死で、ノートは取っているものの急速に忘れていく。前回作ったペンケースが結構気に入っているので、復習がてら作ってみようと思っている。革関係のお店が浅草橋には多い。徒歩20秒くらいの位置で並んでいる二件のお店がある。一件目で革を見て、あまり気に入ったのがなかったので、隣にあるもう一件に入った。革を見ていると、私が最初に入ったお店で革を買ったらしいカップル(買い物袋で分かった)に店主が話しかけた。「あの店の革は気をつけた方が良いよ。気をつけた方が良い」とおじさんはレクチャー(?)を始めた。二人は神妙な顔で話を聞いていたけど、私はなんだか気分が悪くなって、そそくさと店を出てしまった。扱っている品物は同じだし、いわゆるライバル店なのはよく分かる。でもお客さんに聞かれてもいないのに、そんな事を言う理由がよく分からない。解釈次第なんだろうけど、注意を促すというよりは他店を貶めているようにしか聞こえなくて、良い感じはしなかった。商売のやり方としては「アリ」なのかもしれないけど、釈然としない。買ってもいない私は客ですらなく、だからこんなところでグチグチ書く資格も必要も無いんだけど。結局、一駅隣の秋葉原に行って、以前に牛革を買ったお店で目当ての物を購入した。
2007年11月24日
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日記のコメント欄を、外部書込み禁止にしていた。理由は、あまりにもサイトの宣伝の貼り付けがひどいから。1ヶ月ほど前から、こっそりと外部書き込みを可能に戻しているけれど、不思議と宣伝が無い。書き込み不可にしている間に楽天さんが何かをやってくれたのか、それともしばらく書き込めなかったので、宣伝する方が見限ってくれたのか。いずれにしても、変なことに気をそがれないのは嬉しい。しばらくはまた規制なしの初期状態でやってみよう。
2007年11月24日
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このところ、あまり落ち着いて小説を読んでいない。寝る前が読書タイムだけど、1ページも読まず眠りに落ちている事が多い。移動が多いと、むしろ読書が進む。先週までは電車にのる機会が結構多く、そんななかで読み終えた一冊。杖下に死すハードボイルド作家というのが北方謙三氏の一般的な代名詞になるのだと思う。ただ、個人的には歴史小説の方がしっくりくる。いわゆる「ハードボイルドもの」も数冊読んだけれど、ピンと来なかった。杖下に死すの舞台は、大塩平八郎の乱。ただ、大塩平八郎はあまり出てこず、一人の武士と大塩の息子が中心になっている。ストーリー上のどんでん返しや大きな転換は印象に残らない。その意味では静かな小説だと思う。ただ、穏やかな川の水面下では水が激しく流れているように、人物の心の機微がとても伝わってきた。革命の裏側でうごめく人々の思惑が絡み合うところなど、とても丁寧に描かれていたと思う。もちろんフィクションなんだけど、実際にそうだったのでは、なんて読みながら何度も思った。終わり方が、本当に良かった。
2007年11月23日
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楽天日記を書いていると、時々アフェリエイとの成果をお知らせするメールが届く。今月も先月も、100ポイントくらい付いている。一ポイント一円だし、ささやかなもの。それはいいのだけど、ショップ別成果というところで確認してみると、リンクを貼ってもいないショップで商品が売れた事になっていて、しかもそれが毎度の事だったりする。不思議でしょうがない。場合によっては、リンクを何も貼らなかった月に報酬が付いていたりもして、微々たる物だけど、あんまり得した気分にはならない。不可思議な感じの方が強い。楽天さんがやっている、ある種のサービスみたいなものなんだろうか?かなり不思議。
2007年11月22日
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溜めてしまいがちな家事のひとつにアイロンがけがある。やっと終わって、その後で革包丁を砥いだ。食器なんかはすぐに洗わないとますます面倒になることをさすがに学習したので、使い終わったらすぐ、がそれなりに(あくまでそれなり)身についている。部屋の掃除は、きちんとやるのは週末くらいだけど、割と苦にならない。革包丁を研ぐのは好き。アイロンがけだけはどうもダメで、他の洗濯物は畳んでしまってあるのに、シャツだけが部屋の中に何枚もぶら下がっている、という光景が自分の部屋のデフォルト。恐らく、選択が終わった時点である種の達成感があるのがいけないのだと思う。すぐに着ないし、腐ったりしないし、後でいいやと思ってしまう。アイロンをかけること自体は別に嫌ではなく、始めてしまえば無駄にきっちりやりたくなる。タイトルを忘れてしまったけれど、村上春樹の確か短編のひとつに出てくる主人公が、自分で決めたアイロンがけの手順を踏まないとちゃんとできない、という人物だったのを思い出した。そういえば、自分もいつの間にか決っている。順番を変えても、出来上がりは多分一緒だと思うけど。疲れたのでさすがに寝てしまおう。一昨日まで金曜が休日なのを忘れていて、本当は嬉しいはずなのに、一週間が短くなったみたいで何故か損した気分がずっとしている。
2007年11月21日
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昨日は鞄教室の日。作業は、現在作っているセカンドバッグのパーツと、裏地の豚革の切り離し。ボーッとしていたわけではないのだけど、先生の指示を無視して全然違うサイズで裏地を切り離すというとんでもないミスをした。先生は「ボールペンでサイズを写す」としか言っていないのに。しかも自分のノートにもそうやって書いてあった。一枚、革を無駄にしてしまった。注意力が散漫になっていて、情けない。仕事が終わってから教室に行くせいか、時々まったく頭が回らなかったり、同じ事を何度も先生に確認してしまったり、なんてことがあって困る。特に終わり頃に型紙を作る作業が苦手で、以前は「25ミリ+9ミリ」を計算するのに2分くらいかかった。計算に時間がかかるのはいいけれど、革の裁断を間違えるのはショックがでかい。一度失敗すると必要以上に慎重になるので、その後の作業は何度も型紙やノートを見返しながら、恐る恐るといった感じで進めていった。今回も好きではない剥きの作業があって、この時に使うガラス板が出てくる度に気分が暗くなった。嫌な気持ちを抑えておけなかったらしく、先生に「分かりやすく顔に出ますね」と言われた。いやだって難しいんですよ。先生は見本を見せてくれるのだが、その時はすごく簡単そうに見える。実際、数回刃を動かすだけで綺麗に先端ゼロになる。ところが、自分がやるとその20倍くらいの回数、刃を動かしても、全然ダメ。人間として革剥きに必要な何かが欠落しているのでは? とさえ思う。革包丁が切れないのかと言えばそんなことはなく、普通の裁断では力を入れずに手前に引くだけで綺麗に切れた。この包丁は革剥きの時だけ切れなくなる(ソンナワケナイ)。以前にもらった端革があるので、練習しないとダメみたいだ。とりあえずは、宿題として持ち帰ってきた裁断面の仕上げを連休中に終わらせたい。それからはめったやたらと剥いてみよう。
2007年11月21日
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書店に入ったら、表紙に「手帳」の文字があったので買ってしまったリアル・デザインの1月号。特集は「2008年のビジネス手帳」というタイトルだったけど、さすがにデザインをうたった雑誌のせいか、おしゃれな革の手帳がいくつも掲載されていた。ただ、今回はなんか中途半端というか、少ないページに色々なものを詰め込んであるので写真が小さいし、不完全燃焼感がある。もっとじっくり見たいというか、類書(Note & Diary style bookとか)に比べると今ひとつ。ペンケース特集があったのは良かった。見開き二ページだけだったけれど、載っていたのは全て革製。ペンケースが最近気になっているので、じっくりと見入ってしまった。特集として面白かったのは「バーティカル手帳特集」。いろんな種類が知らぬ間に出ていたんだなぁ。あと蛇腹のバーティカルにも1ページ割かれていて、時代は縦だな、とちょっと思った。
2007年11月19日
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菱キリという道具がある。普通のキリが丸なのに対して、菱キリは、文字通りひし形をしている。実際にはオイルストーンと耐水ペーパーを使って、楕円形をした両刃の刀のように仕立て直す。革を縫う時は、まず「菱目打ち」という道具で目印を付けて、ここに菱キリで穴を貫通させながら糸を通していく。指をガイドにして革に当て、位置を決めて穴をあける。それから一本の糸の両端に針がついたものを、交互に穴にくぐらせる。縫う時には、両手に一本ずつ針を持って、さらに右手に菱キリを持つ。これがどうにも手に馴染まなかった。針を使っている最中は右手の空いた指で持っておいて、縫い終わって次の穴に行くときは針と菱キリを持ち帰る感じ。どうしても菱きりが手の中で踊ってしまい、いっそ毎回机に置いてしまいたいと思っていた。自分の手は小さいので、もしかしたらその性かも、と思ったこともある。教室でいつも隣に座る方が居て、この方は作っている作品から自分よりも半年分くらい先に入ったと思うんだけど、同じ様な事を質問されていた。手が小さいのでしょうか、という事だったけど、先生の答えは「別にそんな事はないでしょう」だった。今週の鞄教室で、あまり自分が菱キリをもてあましていない事に気づいた。ちょっと手に馴染んだようす。一時期は柄の部分を切り落としてしまおうかとも思ったが、体の方が何かを掴んだみたい。もちろん、まだ先生のようにはいかない。一度だけ先生が縫う見本を見せてくれたことがあったが、リズミカルかつ正確だった。先生が仕事をする様子を丸一日ビデオで撮影したものがあったら、飽きずに何回も見てしまう気がする。先生のようにはなれないだろうけど、ひとつ階段を上がったようで少し嬉しい。合計何段あるのか分からず、上りきれない気もするけど、たぶん一つは上がれた。
2007年11月16日
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忙しいとかさんざん書いておきながら、合間を見てCADの勉強をしている。建築図面用のソフトだけど、目的は革細工の型紙作りのため。もちろん手書きでも何の問題も無いが、PC上でできるならその方がいいかな、と漠然と思ってはじめた。ネットでレザークラフトをやる方のサイトなど見ていると、意外に「型紙のためにCADを使っている」という方が多い。この方たちみたいに凝ったものを作るようになるのはまだ先だと思うけど、毎日好きな時に革に触れるわけでもないし、だったらCADを勉強してみるのもいいのでは、と思ってはじめた。ソフトはいろいろあったけれど、とりあえずフリーで、良く名前があがっているJW_CADというやつにした。ダウンロードしてみていじってみると、これが全然分からない。自分がこれまで触った事のあるソフトウェアと全然操作系が違って、何をどうしていいのか全く分からなかった。あまりにどうしようもないので、書店で本を購入。はじめて学ぶJw_cadという本。表紙には初心者マークと一緒に「この本は、CADを始めたい、CADで図面を書きたい、そんな人が、 最初に手にして、本当によかったと必ず思ってもらえる、そんな本です」と大きく書いてある。本の帯ではなく、表紙の中央に。「そんな人が」のそんな人はまさに自分なので、そのままレジに持っていった。1週間ほどかけて、ちょこまかと進めていった。自分がこれまで手にしたソフトウェアの解説本の中で、群を抜く分かりやすさだった。操作が上手くいかないときに欄外を見ると、「○○という状態になってしまう人は、△△ページを参照」と書いてある。つまづきやすいところに絶妙にアドバイスがあり、しかも同じ事をしつこい位何度も書いてある。この本の出版社とJW_CADの関係はいまいち分からないが、このソフトを普及させよう、という意欲がそのまま現れていて、やりながら感動した。簡単な図面ならかけて、寸法なんかも入れられるようになった。もちろん、建築系の人が実務に使うのだったら、この本では足りないだろう。でもそんなに複雑なものは多分書かないので、自分はこの本をあと数回繰り返せば、必要な事はだいたい出来るようになる気がしている。「本当に始めて触る人向けの本」というのを、初めて読んだ。本書の最後には、もう少し色々学びたい人向けの本が紹介されていて、そちらに進もうか迷う。本屋で立ち読みしたら、さすがに手ごわそうだ。絵がすさまじく苦手なんだけど、そんな自分に部屋の間取り図なんかが描けてしまって、ちょっと楽しい。本来の目的から外れて、CADそのものをもう少し勉強してみようか、なんて思い始めていて、我ながら呆れる。今日は一つ、懸案事項が片付いたので気分が軽い。明日からまたやることがあるけれど。
2007年11月15日
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検見川送信所の保存運動について、建物の保存活動に携わる建築家の方にお話を伺う席に同席させて頂いた。以下は、その個人的なメモ。そもそも建築を巡る知識がほとんど無いので、間違っている可能性あり。その場合は、すべて私の誤解または無理解によるものです。東京女子大を見学した後は、杉並たてもの応援団の方に案内いただいて、建築家の方に検見川送信所保存運動についてのご意見を伺いに行った。そもそも、今回の目的はこちらだった。久住浩さんはじめ送信所を知る会の代表三名になにも考えずについて行ってしまった。たてもの応援団の方も、僕を紹介するときにちょっと悩まれていた様子。もうちょっとよく考えて行動しましょう>自分。目的を端的に言えば、最初に久住さんがおっしゃった「送信所を保存するためにはどうしたらよいのか」を、実際に各所で保存活動に関わっている方に伺う、ということに尽きる。送信所をめぐる現状など説明しながら、お話をうかがった。■送信所として文化財(市か、県か国かはとりあえずさておき)を考えている様子。ところが、文化財に登録されると、今度は建物の「利用・活用」に対して制限がかかるとのこと。また自治体も、文化財にはなかなかしたがらない事が多いそうだ。というもの、平たい表現を使うなら文化財指定は「未来永劫、保存責任を我々が持ちます宣言」のようなもの。天災なども含めて破損した場合、補修責任も自治体となる。特に、昭和以後の建築で文化財に指定されているものは、非常に少ないらしい。■そもそも文化財の種類お話に出てきた中で「文化財」という言葉のつくものが三つ出てきた。正直、厳密な違いがよく分からないのだけど、・文化財=県指定や国指定などがある・登録文化財=広く浅くを目的・地域文化財=もっと狭い地域に限定?みたいな感じらしい。文化財登録を狙うと、例えば固定資産税の減免や補助金など、財政的なメリットがあるらしい。ただ検見川送信所は市が保有しているので、財政的なメリットが自治体には生じないとのこと。「宣言」としての意味合いは強いが、どうかな、と仰っていた。ちなみに、国の重要文化財として昭和以後の建造物は、4件ほどしかないそうだ。この中で、保存だけでなく、利用や活用を考えるなら地域文化財をとりあえず目指したらどうでしょう、と仰っていた。■建築保存運動関連全然知らなかったが、建築関連で保存運動に関わったり要望書を出したりする組織というのが、三つほどあるらしい。・建築学会・建築家協会・dokomomo_japanなんかよく分からなかったが、各所から要望書などを検討してもらうことが可能な様子。■地域差お話の中で面白かったのが、政治活動との距離の難しさと、その地域差。先の検見川送信所を知る会では、市議の方が党派に関係なく参加されていて、素人ながらすごいなぁと思った。また地元の町内会の方もいらしていて、地域との結びつきも感じた。建築家の先生が活動されている東京では、地域にももちろんよるが、町内会というのがそれほどしっかりしていないらしい。だから署名運動などを積極的に行うそうだ。また、議会で会派が拮抗しているので、特定の政治家にお願いすると、かえって難しくなるということも仰っていた。保存のために行う共通事項はきっとあるのだろうが、地域で進めるのであれば各所によってずいぶん色合いが異なるんだなぁ、と興味深く思った。
2007年11月14日
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先週の日曜日、検見川送信所を知る会の久住浩さんにお誘いいただいて、東京女子大学にアントニン・レーモンドの建築物を見学に行ってきた。案内をして下さったのは杉並たてもの応援団の方。東京女子大は学園祭の最中で、折しも中庭ではミスコンが催されている最中だったが、それに目もくれず建物を見て回るという謎な集団となった。レーモンドという人は知らなかったが、フランク・ロイド・ライトの元で学んだ人だという。ライトについても帝国ホテルを設計した人、ぐらいの知識しかないが、ずいぶんライトの影響が強かった人のようで、漠然と知っているライトの建築物の影響が東京女子大の中にある建物にも見て取れた。写真は女性学研究所。外国人講師の宿舎でもあるそうだ。まあでも、僕の知っているライトのイメージというのは「なんか水平線が強調されている」くらいでしかないんだけど。キリスト教系の学校ならではの礼拝堂。広くはなかったが、石造りで荘厳な雰囲気があった。写真を撮って良いのかよく分からなかったけれど、注意書きもなかったのでシャッターを押してしまった。振り返ると、立派なパイプオルガンがあった。キャンパス全体は、高さが抑えられていて広々としていた。全体的に調和が取れている感じで、都内の大学といえばごちゃごちゃしているもの、というイメージを覆された。それとも女子大はだいたいこんな雰囲気なんだろうか? おいそれと入れるところではないので、よく分からない。中々入れない女子大の由緒ある建物を、詳しい方の説明付きで見学する、というなかなか無い体験だった。
2007年11月14日
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昨日は鞄の教室だった。現在はセカンドバッグを作っている。先生によれば、鞄の構造がほぼ含まれており、これを作り終えると基本的なことが理解できる、とのことだった。前回までにやったのは、型紙を写して最初の革を切り出すところまでと、「先端をゼロ」に漉く作業を少し。。今回は革の両端の「先端をゼロ」にする作業の続きから。この「先端をゼロ」という表現は、教室に通う前にネットで色々調べていてよく目にした不思議な表現の一つだった。革の裏、少し内側から裁断面に向かって、斜めに薄くしていく作業を指している。端っこで厚みが「ゼロ」になるので、こういうらしい。約四ヶ月教室に通って「先端を5」とか「そこの先端は8くらいで」なんて言葉は聞かないので、ゼロにするのが一般的なんだろうか。初めて習ったのは前回のペンケースを作るときのくるみボタンだったが、先生に「これから良く出てきますから」と言われた。この作業は本当に苦手。自分ががさつで不器用なのは理解しているので、失敗しないかと必要以上に慎重になる。だから、時間がかかる。昨日も一時間近くかかったが終わらず、見かねた先生が見本を見せてくれた。包丁が切れなくなってきたと思っていたのだが、僕の包丁を使った先生は二回刃を動かしただけであっさり終わらせた。なんか納得いかない。お前を研いだのは僕なのに、と包丁に言いたい気分だった。昨日の作業は、二枚の革を貼り合わせて縫うところまで。写真だと分かりにくいが、今回の革は紺色。宿題として持ち帰ってきた。このパーツ、大体この部分だろう、という予想はついているのだけど、厳密には分かっていない。縫い始めと終わりの糸の処理はしなくて良い、と言われ首をかしげていると、先生に「どうせ後で隠れますから」と言われた。何がどう隠れるのか、全然分からない。どうしても頭で先に理解したいクセがある。これまでも、よく分からないまま進めていたら、最終的には全てが合理的に出来ていることが分かる、なんて事が何度かあったので、あまり詳しく聞く必要は無いんだと思う。この教室にして良かったと思うことの一つは、先生が言葉で説明出来ることはちゃんと教えてくれる一方で、練習や慣れが必要なことははっきりとそう指摘してくれること。頭でっかちになりがちな自分には本当にありがたい。ひとまずは、次回までに少しずつでも宿題を進めていこう。普段の教室は緊張感があって三時間があっという間に過ぎるけれど、昨日は終盤がなんか和やかな雰囲気だった。もしかしたらいつもそうで、自分だけ必死になっているから気付いてなかっただけかもしれない。後片付けをしていたら、教室で一緒の人に「ブログ見つけました」と突然言われてもの凄く驚いた。しかも綺麗な女性の方だったので、その後の受け答えがシドロモドロになって我ながら無様だった。せめてお礼ぐらいは言うべきだった。情けない。帰りの電車で、恥ずかしすぎるのでブログのデータを全て削除して無かったことにしてしまおうと思ったけど、よく考えたら来週の教室でまたお会いするので、全然無かったことにならなくて意味がない。動揺しすぎ。見つかるものなのか、と思ってグーグルに単語を何通りか入れてみたら、一ページ目にリンクが表示される場合もあったりで、さらに驚いた。
2007年11月14日
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まだ職場にいます。ちょっとこなせない量の仕事が詰まっていて、今週を無事に乗り切れるか、よく分からない。明日(というか今日)は鞄の教室がある。難しい「漉き」の作業があって、練習用に革の切れ端をもらってきたのだけど、全然練習できなかった。せめて家に帰ってから、包丁だけは研いでおきたい。
2007年11月12日
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昨日出掛けた時、駅についた瞬間にSUICAを忘れた事に気づいて、一瞬硬直してしまった。切符を買えば何の問題も無いのだけど、なぜか損をした気分になる。忘れた理由は明確で、これまではサイフの中に他のカードと一緒に入れていたのが、カードケースを作ってからSUICAだけ別に持つようになったから。カードケースの方が乗り降りが楽なのは確かで、便利に使っている。ただ、まだサイフとカードケースの両方を持つことが自分の中で習慣になっていない。持っていること自体が楽しくなる革小物、というのをいつか作りたいなぁなんて漠然と思う。次は、教室で習ったペンケースの復習をする予定。いくつか、新たな道具を買ってこなければ。
2007年11月11日
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今週はあっという間に過ぎ去っていった気がする。人と会って打ち合わせをすることが多かったからかもしれない。普段は割りと一人でパソコンの前に座って作業をしている時間が長い。自分の作業だけをやっている時に比べて、当然予定は立たなくなるし、打ち合わせが終わったらおわったで、またやる事が増える性もあると思う。年末、年度末に向けて、ちょっとイレギュラーな仕事が増えている。大体この時期になると周囲も慌しくなるので毎年の事とはいえ、予測がつかないのは人にとってストレスなんだなぁ、というのが改めて良く分かる。気分と行動の切り替えは、自分にとって本当に大きなテーマ。実戦の中で、自分なりの「ハック」みたいなものを見つけるしかないんだろうなぁ。全然話が変わるけど、どこかのニュースサイトで、単語の最後に(笑)を付けて楽しむことが流行っている、という記事を読んだ。自分でちょっとやってみると、それらしい言葉がまったく説得力なくなってしまうので面白い。ライフハック(笑)時間管理と手帳術(笑)革鞄(笑)メタボリック(笑)こんな感じに、軽くなんでもいなしながら毎日を過ごすのが、実は一番いいのかもしれない、なんてちょっと思った。行住坐臥(笑)
2007年11月10日
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取り壊し危機にある検見川送信所を巡るイベント「ほぼ満月ただの月見@検見川送信所」に参加した時のことを、思い出しながら書いていたのだが、少し間が空いてしまった。記憶も薄れてきたし、個人的な感想に過ぎないとはいえ余りいい加減なことを書くと主催者の方に迷惑がかかるかもしれないし、ひとまず今回でラスト。懇談会で印象に残ったもう一つの話は、送信所OBの方の自己紹介だった。講演会でもOBの方がお話をされて、その方とは別の方だとその時から思っていたのだけど、もしかしたら同じ方なのかもしれない。■アンテナその方が送信所に勤めていた頃、閉鎖や取り壊しとは行かないまでも、トラブルはあったのだという。近隣住民とのトラブルがその一つで、土地を巡るものだったようだ。送信所には、大きな電柱が何本も立っていたそうだ。この話はメールマガジン検見川送信所J1AA通信で連載されていた小説で知った。所員の方が書かれた自伝を元にしたものであり、物語風に脚色をされているのでかえって読みやすい。かなり大きな鉄塔で、現在のJRや京成電車からも見えたのだとか。お粗末というか、国が買っていた土地はこのアンテナが立っているまさにその部分だけで、周囲は売りに出されたらしい。送信所としては、高圧電流の流れる鉄塔の周囲に民家というのは危険だと当然考える。「今後、絶対にトラブルが起きるから、土地を抑えるべきだ」「ただ土地を買い占めるだけでなく、公園などにして地元の方と共存を図るべきだ」こういう意見が、すでに昔から出ていたそうだ。お話を聞いた限り、国の反応も、地元民の方の反応も、あまり良いものではなかったらしい。当時、どういうやり取りがあったか、知る余地はないし、OBの方も誰かを貶めるような表現は決してなさらなかった。ただ、現在の状況を見れば、所員の方が提案されたとおりにならなかった、という結果だけは分かる。■違和感その方は、当日の活動に関して「違和感を感じる」と仰っていた。勝手に推測するなら、自分たちが送信所稼働中には働きかけを行い、結局閉鎖され、今頃になって住民主導で保存運動などされても、という事だと思う。分かる気がする。関係ないのだけど、いくつか世代的な話も会の最中には出ていて「最近の若い世代は」なんて言葉が出ると、間違いなく会場で若い方から数えて数人以内に入る自分はドキリとしていた。「今の若い方は送信所のことを全く知らない」と言われて、確かに全く知らなくて仰るとおりだったけど、なんか違和感を感じた、というのは私の話なのでどうでもいい。OBの方は、保存運動自体には反対されていない。むしろ、送信所勤務時代の事を語るときの表情は、どこか誇らしげだった。古き良き時代、なんて言葉はふさわしくない厳しい時代だったのだと思う。でも、間違いなくOBの方にとっては輝かしい人生の一部なんだろう。保存するのは建物だけれど、その中で働いてきた人がいた、周囲に住んで送信所を見てきた人がいる、それを忘れては絶対にいけないな、と漠然と思った。■結局、自己紹介を最後にする羽目になって、当然素人なのでまともな事は全く言えず、あっさりと終わらせて日本酒を頂いたりしていた。色々と感じたり思ったりする事はあって、結論としては参加して良かった。早くも当日から次への動きが出ているようで、私としてはただただ保存活動が成功することを祈るのみ。中途半端だけど、とりあえずこんな感じだった。
2007年11月09日
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革の裁断面のことを「コバ」というらしい。漢字でどう書くのが正確なのかよく分からない。とあるネットショップのサイトでは「木端」と書かれていたが、なんか違う気がする。それとも木工用語でもともとあって、革製品にも持ち込まれた用語なんだろうか?このコバの処理は、出来上がりに大きく影響するそうだ。習ったのは「切り目本磨き」という方法で、紙ヤスリと布海苔で仕上げていく方法。時間も労力もかかるけど、頑張って仕上げると綺麗になるので、わりと好きな作業でもある。話が少し変わって、革の鞣しには大きく分けて2種類あるらしい。タンニン鞣しとクローム鞣しで、タンニンは植物成分を使って鞣す一方、クロムの方は工業化学製品で鞣す。実際にはこの中にも色々なやり方があるようで、混合鞣し、なんていう両者を併せたものもある様子。奥が深い。教室で現在まで使っている革は、タンニン鞣し。使い込むと革の風合いが変化する、個人的にはまさに「革」という感じのする鞣し方。その分、傷がつきやすいとかあるみたいだけど。自分で買ってきて今回カードケースを作ったのは、クロム鞣しだった。この鞣しだと、習っているコバの処理方法ではどうも綺麗にならない。逆に毛羽立って汚くなってしまう。ネットで色々やり方をあさったりして、まあいいか、という所まではこぎ着けられた。教室ではいずれクロム鞣しの革も使う様子で、その時にどうするのかが今から楽しみ。毎日チェックしているプロの鞄職人さんのブログがいくつかあるのだけど、その中の一つに「クロム鞣しの○○という革について、コバ処理の良い方法を見つけた」といった内容があった。プロになっても、使う革によってその都度工夫がいる様子。奥が深い、でも憧れる職人の世界、といった感じ。もしかすると、確固たる方法は無いのかも知れない。以前も先生に革の厚みについて質問したら「手で触って、0.1ミリ厚くしたりもします」なんて言われたことがあった。奥が深すぎ。
2007年11月09日
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なんか慌ただしい。師匠が走り回る月は、いったいどうなってしまうのだろう。こういう時のために時間管理を学んだはず。結局、一つずつ確実にこなしていくしかない・・・・・・のだけど、ちょっと進めている作業に変な間が空いてしまったので、逃避がてら更新。現在通っている教室は、第1から第3週まで。ということで先月は2週間もあいた。色々と忘れてしまいそうなので、最初に作ったカードケースを、自分で購入した革で作ってみた。音の出る作業もあるし、帰宅してから行うのであまり時間が取れなかったりで、結構な時間がかかった。ただ、教室で理解したつもりのことが改めて良く分かったりと、勉強にはなった気がする。全く同じ型紙で3つ。二つ折りで、中にはポケットが二つの非常にシンプルな形。左から順番に、糸の色が「えんじ」「白」「紺」になっているが、この順に作った。なんつーか、縫い目がガタガタで、自分でイライラする(笑)さすがに三作目の紺糸になると、多少ましになってくる。人間、進歩するものだなぁ。ちょっと角度を変えて、一番へたくそなエンジ糸が奥になるように。写真でとるとそれっぽく見えるのが不思議だ。この場合、写真の腕が下手なのは幸いする。教室で使っている革とは質感からなにから全然違って、同じ革なのに勝手がずいぶんと違った。勉強になった。けど難しい。革はまだたくさんある。ということは、たくさん失敗できるのだ、と前向きに考えることにした(決して安くはないんだけど。しかも牛さんに申し訳ない)。いつか、人にプレゼントしても恥ずかしくないようなものを作れるようになるのが、ささやかな目標。
2007年11月09日
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