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心を 静めてくれる 場所へ・・・もともと気の強い妹。私の態度を見て、母とは何の関係もない会話をしている時に、思い出したかのように倍にしてつっかかるようになった。旦那さんには、私と同じ年の兄がいる。思春期の頃には暴力が耐えなかったらしい。問題の姉と兄を抱える、いい子ちゃんの妹といい子ちゃんの弟。さぞかし分かり合えたことであろう。帰り際、母は旦那さんに「あんなん(私のこと)でごめんね~。」と申し訳なさそうに謝っている。1時間後、「ありがとう!」と電話口から妹の大きな声が漏れる。なんてよくできた妹。・・・当たり前のことか。わかっている。悪いのはすべて尚。甘え続けているこの私。誰にも非はない。私が母と仲良くすればいい、ただそれだけのこと。私は高校生の頃を発端に母に対して不信感を抱き始め、元来あまり感情を口に出す性格ではなかったので、「これが嫌。止めてほしい。」ときちんと伝えることができずに日々が過ぎた。日に日にうっぷんは蓄積されていき、ついに沸点に達し、我慢の限界を通り越してしまい、『無視』という最大の自己主張に行き着いた。本心を語ることは、決してない。MSになったことをきっかけに完全な無視に発展した。長い年月。よく、何も事件を起こすことなくここまで生活してこれたと思う。目を合わす。会話をする。・・・どれだけ勇気のいることだろうか。なんて難しい。自分でもできたらどれだけ楽かと思う。正直、少し距離を置いてみないと母のありがたみはわからないだろう。一度離れてみたい。でも・・・、私はどこへ行くの?行く所なんてないじゃない。母に食べさせてもらってる身なんだから。だったら、だったらちゃんと母と向き合いなさいよ!自分の気持ちの食い違いを十分理解しているだけに、自分が情けなくて仕方がない。昨日は久しぶりに泣いた。妹夫婦が帰ってくると、必ず泣いている気がする。
2010/10/31
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一面 霧だ今日は、妹夫婦が家に来ていた。ほとんど帰って来ないが、たまにこうして二人で来る。私は母とまったく口をきいていないし、目も合わせていない。妹とは話しをするが、母のいる前で声を発するのは嫌。だから私はいつも、一緒に食卓を囲むとか、わいわいと話しをするとか、そんなことには一切加わらない。今日は出かける予定があって出かけていたが、用事はすぐに済み、帰ろうと思えばいつだって帰れる状態だった。だけど、なかなか帰れない。気が重い。足が重い。ブラブラと時間を潰した。身体が疲れてしんどくなったので、帰った。3人で晩ご飯を食べていた。気まずい。私は他の部屋へ逃げ込み、二人の帰りを待つ。妹が部屋に来た。口に出しては言わないが、「いいかげんにしたら?」と言わんばかりの表情をしている。旦那さんはおとなしい人なので、あえて何も言ってこない。自分が嫌になる。と同時に、妹夫婦のことも嫌になる。母は妹夫婦がたまに帰って来ることをとても心待ちにしているが、私はおっくうでたまらない。
2010/10/30
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サンキュー良い経験をさせてもらった。多発性硬化症(MS)を発病してからの私には、なくてはならない経験だった。気持ちよく終えられた。社会復帰を果たせた。これを糧に、また一歩先を目指して歩んでいきたいと思う。ちゃんとさよならしてきたよ。サンキュー。
2010/10/29
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むろん むろん病気を回復に向かわせるものは、医者でも、薬でもなく、自分自身の『こころ』。プラス、病気を回復に向かわせた『こころ』作りのお手伝いをしてくれたパートナーの存在。多発性硬化症(MS)になり、自分を責め続け、それでもやっと夢や希望を見出し始めた頃、ふと現れた。まるで映写機に映し出したかのように、私の気持ちをなんとも自然に汲み取ってくれた。私は恋愛体質でもないし、実際に病気になってからはもう恋愛はないだろうと思っていたし、特にそんな人はいらないと思っていた矢先の出来事だった。私たちはどこか似ていたのかもしれない。今では、精神的な支えになってもらっている。病気を一人で回復に向かわせることには限度がある。病気を患っている人には、わかってくれる人なら誰でもいい、必ず、パートナーと呼べる存在そのものが必要なんだと思う。
2010/10/28
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むろん病気を回復に向かわせるものは、医者でも、薬でもなく、自分自身の『こころ』。
2010/10/27
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夢 馳す 想い多発性硬化症(MS)を患ってから、左足が右足より若干前に出にくい。足全体と、左脇腹と背骨の間にこぶし大ほどの大きさでしびれがある。足のしびれは後遺症だが、背中のしびれは筋肉疲労ということだ。お散歩する時、左足を前に出す時に右腕を意識的に大きく振ると、左足がちゃんと前に出てくれて、背中のしびれも少しましになることがわかった。以前は背筋もしゃんと延びなかったが、徐々に姿勢も良くなってきているので、今は姿勢良く歩くことと、右腕を大きく振ることを心がけている。
2010/10/26
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なりたい わたしに なろう今月で辞めるバイトの面接では、病気のことは一切言わなかった。見た目は至って普通。健康そのもの。誰が私を見て難病患者だと思うだろうか。言わなかったというより、言わなくて当たり前と言った表現の方が近いかもしれない。でも、度々「言っていれば採用された?」と感じることがあった。そこで、思った。「私は多発性硬化症(MS)をいう難病を患っていると言ってみようか・・・。」今まで患者側の立場からの考えでしか物を考えてこなかった私には、到底未知の世界。相手は、一体どんな反応を示すのだろうか。難病患者なんて煩わしい問題には巻き込まれたくない?それか、私が職場の方の考え方を作るきっかけになる?答えは真っ二つに分かれるだろう。ただ、とにかく、「隠さずに言う」というよりかは、ありのままの私を同志として受け入れてもらいたいという気持ちが強い。病気が原因で採用されなければ、それは私が行く職場ではなかったところだと諦め、次の面接では一度言ってみることにしようか。
2010/10/25
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あ、お星様だパートナーは、「自分は生かされてる」と言う。未熟な私には、まだその意味はわからない。
2010/10/24
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雨波紋身体は、日に日に回復に向かっている。心も多発性硬化症(MS)を患う以前より、遥かに整っている。ただ、母との二人生活は苦痛極まりない。私は母と上手くいっていない。会話もしない。私が拒絶している。母との生活はいつまで続くのだろうと考え始めると、もう出口が見えないほど愕然とする。
2010/10/23
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無邪気に 笑える 幸せ昨日は地元の友達とご飯を食べてカラオケに行ってきました。来月には中学校の学年同窓会もあります。6クラスありましたが、先生も3人来てくださるとのこと。やっぱり地元の友達とは一番気兼ねないお付き合いが続いています。普段は特に連絡をするわけでもありませんが、たまに集まると想い出話や近況報告が尽きません。温かい絆を感じます。
2010/10/22
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緑の におい今月末でバイトを辞める。去年の夏から勤めてきた。残り後10日。良い経験をさせてもらった気持ちを込めて、悔いのないように勤め終えたいと思う。
2010/10/20
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かきかた えんぴつ B2007年6月に多発性硬化症(MS)を発病した時、おへその少し下辺りから足の先まで激しいしびれが襲い、日に日に歩けなくなっていった。私はこのまま歩けなくなるのではないかと、本気で思い悩んだ。だけど、月日は流れ、今こうやって普通の生活が送れるようにまで回復した。いや、とても元気。バイトもできている。当初のしびれ度合いを100%とすると、今は20%ほど。しびれていることに変わりはなく、日によっては足が上手く前に出にくい日もあるが、そんなもの到底耐えられる範囲内。どうってことない。私はつくづく運がいいと思う。再発という再発もない。これからも自分を信じ、周りの人よりかはゆっくりだとは思うが、一歩一歩着実に生きていきたいと思っている。
2010/10/19
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レトロカフェにて今日は、バイト先のすぐそこに見つけたカフェに行ってランチを食べてきた。少し時間が遅かったせいか、お客さんは一組しかおらず、ほぼ貸し切り状態。レトロな仕立てになっている店内で、テーブルも椅子もすべて種類がまちまち。どこに座ろうか目移りしたが、真っ白の背もたれのある深めのレザーソファーを選んだ。カツサンドとドリンクを注文した。パンはカリカリでお肉はやわらかく、とってもおいしい。食後は読書に耽ってリラックス。落ち着いた時間を過ごすことができた。また行こう。
2010/10/18
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思い思いに 過ごす 癒しの 空間ピアノの発表会が無事に終わって1ヶ月。ピアノをまったく弾かずにいましたが、ついに弾きたくなってきたので、1ヶ月ぶりにピアノの蓋を開けてみました。若干ほこりがかぶり、しーんと静まりかえって無表情な私の相棒(笑)「発表会までよくがんばって動いてくれたね」、「ゆっくり休まったかな?」、「また練習するからフル回転してね」のあいさつをして、ほこりをきれいにふき取りました。次に弾きたい曲の候補は、もうすでに何曲かあります。さて、芸術の秋。楽しいピアノを再開しようかな。
2010/10/17
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愛されてる 実感今日は、たくさん寝て、ゆっくり読書をして、お茶を飲んだ。とっても有意義で楽しい一日になった。こうやって一日をただただ静かに過ごしていると、感謝の念が噴水のように湧き出てくる。
2010/10/16
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なるかな? なるかな? そう、なるかな?とにかく、自分で自分の体温調節が上手くできず、夏には全身大量の汗をかいていた。冬は冬で、満員電車や暖房の効きすぎた建物に入ると、これまた滝のような汗。熱い食べ物や辛い食べ物を食べたりはしない。年中薄着だった。手足の裏も、年中べたべたと汗をかいている。これはずっと幼い頃から。幼稚園や小学校の頃、「ぬれてる」と言われ、隣の子と手を繋ぐのが嫌だった。私のプリントだけいつも汗ででこぼこしている。それがなんと、長年の悩みだった手足の裏の汗を最近かかなくなってきている。自分でもかなり不思議。なんで?と問われても、上手くは説明できない。ただ、医師に尋ねてみたところ、どうも、自律神経のせいだったのではないかということ。ということは、知らず知らずの内に、自律神経も整ってきているらしい・・・。自分が一番驚いている。病気になる以前よりも体調が良くなってきているなんて。こういう事実を目の当たりにすると、真剣に、病気も克服できるような気がしてならない。
2010/10/15
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こころ、からだ、わたし。ねぇねぇ、文句ばっかり言ってると、そんな顔になっちゃうよ?
2010/10/14
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わたぼうしに 包まれた 想い出多発性硬化症(MS)を患った私に、ピアノの先生は、度々、「外に出なさい。出ないとダメ。」と言った。それはもちろん、足が動かずしんどい時に出ろという意味でも、足のリハビリのために出ろという意味でもなく、「外に出ると必ず何かの発見があるから」という意味から。「あ、いいお天気。」「あ、飛行機が飛んでる。」「・・・○○ちゃん元気かな?メールしてみようかな?」「今日は○○が食べたいな。」「あ、いつの間にか結構歩いてる。」確かに、外に出るとあれこれと発見がある。些細なことでも、たったそれだけでも励みになったりもする。外の空気を吸って、日の光を浴びるだけで、生きてる実感を味わえる。家にいては、思い浮かぶことすらない。それならいっそのこと出てしまった方が、自分も元気になって、すがすがしい気持ちで帰って来れる。よく考えてみると、私はそうやっていろんな発見をしてきたんだと思う。
2010/10/13
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それって、すごいことなんだよ。私の知らないところで始まってた。多発性硬化症(MS)になったことがきっかけ。私、パートナーがいます。
2010/10/12
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すきま風が 心地良いねいくら体調が整ってきたとはいえ、やっぱり今年の夏は暑かった。自分ではご飯も食べているつもりだったけど、多発性硬化症(MS)を発病する以前から比べると、いつの間にか7キロ近くも減っている。これだけ異様な暑さで足の調子が悪くならなかったのは、自分でも素晴らしいと思う。でも、やっとやっと、秋らしく過ごしやすい気候になってきた。こうなると、お散歩に行きたいな、カフェに行きたいな、美術館に行きたいな・・・と、意欲が沸く。今の時点だけでも、行きたい場所が山ほど頭に浮かぶ。うん、少しずつ行ってみよう。そしてまた、いろいろと蓄えよう。
2010/10/11
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和み温泉に行ってきた。多発性硬化症(MS)になってからは初めての温泉。足のしびれが悪化しないかと不安だったから、先に手湯・足湯をして身体を慣らしてから、露天風呂に入った。たった1分ほど湯船につかっただけだけど、とてもとても気持ち良かった。身体がほかほかになり、肌もつるつる。おかげさまで足も大丈夫。すごくよく眠れた。
2010/10/10
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年輪ピアノの先生が長年されてきた発表会は、本当に地味なもの。「プログラム○番・・・、」と、名前と曲名のアナウンスの後、静かに舞台に進み、曲を披露する。食事や花束やプレゼントはなし。最後に集合写真に収まるだけ。そういう発表会が、先生の発表会。でも、近年、子どもの数は減り、保護者が求めるものは様変わりしたと先生は言う。もっとフランクで、重々しくないエンターテナーのような発表会。子どもも楽しくピアノを教わらないとすぐに辞めていく。ということは、必然的にそういう教え方をする先生の元に生徒が集まるということ。自分はもう古いと言う。そこで、来年はホールも変えて、サロンのような、軽食を食べながらの発表会にしようかと言い始めた。いろいろと会場も探し、なるべく現代の風潮に合う形式に変えて行こうとしている。でも、私は、それには頑固として反対。いくら保護者のニーズが様変わりしたとしても、時代が変わったとしても、必ず先生の方向性に共感して、いつまでも慕ってくる保護者はいると思う。現に私がそう。そんな遊びのような感覚でピアノを続けてはいないし、軽食を食べながらバックミュージックのようにしか耳に残らない演奏をするのなら、私は出演を拒むかもしれない。言った。「このままでいいと思います・・・。」私は先生のスタンスを一貫して守り続けてほしい。それが先生だとも思う。
2010/10/07
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それで いいの? それって、あなたの 望んでること?無事にピアノの発表会が終わった。さて次はバイトだ。去年の夏に始めて、休むことなく行っていたバイト。徐々に自分の考え方との食い違いが生じるようになってきたため、10月末で辞めることにした。多発性硬化症(MS)になり退職した後、少しずつ仕事を探し始めて決まった時は、とっても嬉しかった。また社会に復帰して仕事ができるとは、なんてありがたいと思った。責任感を持つ、仕事を任される・・・、勤務日数も勤務時間も少ないが、それでも自分の身体に合わせた働き方で、心が元気になっていった。でも、だんだん疑問が沸くようになってきた。「本当に今の尚に必要な仕事なのだろうか・・・?」多発性硬化症(MS)という難病を患った私を生かせるとは、どう考えても思えない。私はやっぱり、この経験を生かせて、さらに夢に繋がるような仕事に就きたい。変わらず、そう思う。もちろん、今のバイトは私を社会復帰に導いてくれた。そういった意味では、今後の私にとっては必ず必要としていたものだった。だけど、人は、その場に留まり続ける生き物ではない。生きていれば、誰だって成長する。その場その場に応じて、自分の気持ちに偽ることなく進んでいけたら、こんなに素晴らしいことはないと思う。だから、私は次のステップへ進むことにする。
2010/10/06
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白玉だんご髪を切った。15センチほど切った。ものすごく軽い。足どりも軽くなった気がする。部屋の掃除をするみたいに、記憶がいつの間にか薄れてくるみたいに・・・、ずっと伸ばしてきた髪を切ることって、大事なことだなと思った。
2010/10/05
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リラックス ゾーン今日は、この辺では有名な定食屋さんへ行ってきた。かやくご飯と天ぷらそばの定食を食べて、ものすごく幸せな気持ちになった。おいしかったなー(笑)
2010/10/04
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蛍11月で30歳を迎える。30年生きてきた中で、私にとって大きな出来事が3つあった。高校生の時、いまいち仲のいい友達ができず、夢も見つけ出せず、アトピーがものすごくひどくなり、母がC型肝炎になり、大切な人を突然亡くし・・・、いろんなことが急に重なってしまい、まだ幼かった私には受け止めることができずに不登校・うつ・引きこもりになった。大学2回生の時、なんとかピアノの道に進もうと、うつから這い上がって大学に進学して落ち着いてきた頃に、父が突然倒れて亡くなった。大学を中退して働こうとも考えたが、なんとか無事に大学を卒業することができ、心からやりたいと思える仕事に就き始めた頃、多発性硬化症(MS)を発病した。特に、うつになった時とMSになった時は果てしないどん底を味わい、「なんで?」の連続だった。何もかもが嫌になり、すべてを投げ出してもう終わりたいと思った。だけど、こうやって振り返ってみると、なかなかおもしろい人生を歩んできてるように思う。誰もまねしたくてもまねできない道だったように思う。そんな自分が、今は結構好き。
2010/10/03
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うたた寝去年は一年間で100冊近い本を読んだ。多発性硬化症(MS)になり、自分の価値が見出せずに途方に暮れていた私には、本の世界に浸ることが現実逃避だった。読んでいた本も、自己啓発本がほとんど。無理にでも自分を納得させるには、これしかなかった。でも今は、そんな時期を経て、そんなもの読まなくても、私は私としてこの世に生きている。まだ生まれてきてよかったとは思えないが、これからをがんばって生きていこうと自然に思える。今は、読書の時間だった時間は笑顔の時間。夢に向かってあれこれ考えを巡らす、幸せのうたた寝時間。
2010/10/02
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きっと、あなただけ。「人は過去へもどることも、また過去へもどろうとしてもいけない― 人生は前へ進むことだということ。 ほんとに、人生って“一方通行”なんです。」
2010/10/01
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