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「寄る年波はあらそえず、」「詩というものは、声によって表現される場合、それをはっきり理解するためと同様に、聴く者に神聖な注意力を要求する」「日の光にめぐまれず、森の奥でむなしく枯れてゆき、花を結ばずにほろびてしまった草木を詩にうたってやってくださいな」「この世間はあたしに酷なようにあんたにも冷酷よ」「はやくへだたりを飛びこえなさい」「文学のほうの成功は孤独のうちに暮し、辛抱づよく苦労をかさねてえられるものですよ」「教育なんて、なんの役にたつ?頭のなかをごじゃごじゃにするだけじゃ」
2025/01/31
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いや、背中の湿疹は明らかに良くなっている。そう確信するまでさほど時間はかからなかった。カレンダーでホルモンの周期と照らし合わせてみても、湿疹が良くなっていることに間違いはない。私がこう判断する理由は別にもう一つあった。そう、膝の湿疹である。残るは背中と膝だけだったが、膝までもが良くなっていたのである!両膝の湿疹はかなりひどく、松の木肌のような、魚の鱗のような、爬虫類のような、と言いますか、膝を付いて座るなど到底できるはずもないほどに悪化していた。松の木から樹液が垂れるように黄色い汁が出てきて、プンと鼻をつく腐臭を放っていた。レギンスには大きなシミができ、ベリベリ剥がすことが非常に痛く、この上ない苦痛だった。いつだったか、あまりに耐え難いものだから、ついに血迷ってステロイドを塗ってしまった。数ヶ月間塗り続けて僅かな心身の休息を挟んだのち、ステロイドを辞めたら忽ち元に戻ったので、再び耐え忍んでいた、という状況だった。ところが、黄色い汁が突然引いた。腐臭もない。我が膝をまじまじと見る。驚きを隠しきれなかった。その数日前、ダメだやっぱりもう一度ステロイドを塗ろうと決意し、薬局でステロイドを買ったばかりだったのに。皮肉なもんである。
2025/01/30
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11月初旬、つまり食欲が落ちたと同時に甘いものの量も減ってちょうど1ヶ月が過ぎた頃、ふと身体の異変を感じた。あれ?湿疹が少しマシかもしれない。ジュクジュクして黄色い汁が出る感じがなく、乾燥してきた。かさぶたも浅くなっているような?私は、女性の月々のホルモンによる周期によって、いわゆる一般の女性たちがむくむ時期に、湿疹が膿む傾向にあった。これまで女性特有のむくみで悩んだことはあまりなく、例えば朝起きたら顔がパンパンだとか夜足がパンパンだとかいう表現の仕方をよく聞くが、それよりも私の場合は、湿疹が膿むか膿まないかの状態でホルモンの周期を知る。それが習慣だった。はて?今はむくむ時期じゃないからか?それか、長かった夏がようやく終わって秋が来て汗をかかなくなったからか?なんだか自分でもよくわからず、判断がつきかねた。最初の感想は、このようにぼんやりとしたものだった。
2025/01/29
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「要するに、外交術にもっともたけた人とは、一見この人がきりまわしているような事件で、その流れに溺れてしまわず頭だけはちゃんと出して泳いでいるといった人間のこと」「だが悩むのも楽しいんだ」「学者らしい人は自分の孤独な住居に愛情をもつものだ」「僕はもう一時間多くねむるべきだったんだ。まだ九時半なんだから。それに日曜日なんだ。昨日だってやはり僕には日曜日だった。日曜日が多すぎる」「<理解するとはそれと同等になることだ> ラファエル」「自分の内部の底なしの空虚さ」「天才一人にたいして千の凡人がいる」
2025/01/28
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ただ、最初は疑心暗鬼だった。まさか甘いものを週7から週1、2に減らしただけで、8年半も長引いて悩まされていた湿疹がいとも簡単に引いていくなんて、そんな嘘のような話があるだろうか。だが、これは正真正銘ホントらしかった。調べてみると、砂糖は“炎症を引き起こさせる物質”と書かれている。炎症…なるほど…。きつねにつままれたような気持ちだった。詳しい経緯はこうである。
2025/01/27
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あっぱれ、背中のど真ん中にあった大きな湖のような湿疹が治ったのである!8年半前に自分治療日記を始めた。アトピーとヘルペスと難病と、私はいろいろと不調を抱えていた。毎日1時間ほど半身浴をし、靴下やレギンスなどをたくさん履いて下半身を温め、常に頭寒足熱の状態にして血行を良くすることによって長年の老廃物を出し切ろうと意気込んだ。すぐに全身がひどい好転反応の湿疹に覆われるようになった。それはそれはびっくりするような惨事だった。顔、頭、耳、腕、手、胸、股。順々に全身を巡った。当初は外出すらままならず引きこもりを余儀なくされた。背中も驚くほどにひどかった。爛れて黄色い汁が出て巨大なかさぶたがへばり付き、下着とくっつくから背もたれにもたれかかることもできず、猛烈にヒリヒリ痛いしかゆいし、もうなんだか、この世のものとは思えない代物だった。顔、頭、耳、腕、手、胸、股に関しては、いつしか長い歳月を経て、一つまた一つとゆっくりゆっくり完治して健康を取り戻していった。が、背中は、ここ数年はかなり良くなり完治が近いような気はしていたものの、結局、体調や季節の影響でダラダラとぶり返しを繰り返し、延々と停滞し、もう一生治らないんじゃないかとさえ思ったものだった。それが、毎日の甘いものを週に一回もしくは二回ほどに減らした途端に、あからさまにスーッと引き始めた。ずっこけた。実に8年半続いた末の、大団円である。
2025/01/26
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1/11、およそ8年半続いた背中の湿疹が、治った。
2025/01/25
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近頃、街を歩いていても、オシャレだなと思う人は滅多に見かけなくなった。今はファストファッションが主流。みんながみんな無難に走り、昔のように個性を押し出した目立った格好をすることすら憚られる時代だ。が、先日とてもオシャレにアクセサリーを付けこなしている女性を見かけた。60歳ほどだろうか。容姿はさほどなんと言いますか、至ってどこにでもいる一般の日本人女性。どちらかと言うと地味で、ショートカットに眼鏡をかけて子供が巣立った主婦という感じだった。が、手元の指輪が目を引いた。5つほど付けていたが、ゴールドもありシルバーもあり、大きめのカラーストーンが付いたものもあって実に華やかだった。特に高級ブランドということではないと思うけれど、間違いなく本物だった。どれもが喧嘩せず、そのセンスには光るものを感じた。そして目を少し上へ向けると胸元にはロングネックレスが揺れている。茶色のタートルネックセーターに映えて品が良い。久しぶりに素敵だなと感じる人に出逢えた。アクセサリーのオシャレにこだわるって、なんだか贅沢だ。私も真似したくなった。
2025/01/24
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毎年1月には干支展へ行っている。某美術館が開催しているのだが、これを見ないことには一年が始まらないと言っても過言ではない。必ず行く。とっても楽しい。先日嬉々として出かけてきた。今年は巳年だから巳尽くしの展覧会な訳だが、舌を出したヘビの水墨画の掛け軸や印籠に象嵌してあるもの、頭にヘビを乗せた仏像、ぐるぐると幾重にも彫が施してある大きな壺など、何やら愉快でおもしろかった。ヘビは実は神様で縁起物。良い一年になるかしら。
2025/01/23
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「<横になりたい、ねむりたい…おお!どうしたっていうんだろう。横になりたい、ねむりたい…>」「ひとりでものを考えるのには好都合な孤独を味える、四角い浴槽」「青春時代の習癖は老年期には力をましてよみがえってくるものだ」「いつも無い物ねだり」「苦痛は彼女の顔に悲しみのヴェールをかけた」「じっさい人にはわからぬ、自分にだけとっておくべき感情がある」「高貴な魂はいつも不幸をも一つの徳だと考えがちである」「猫は何を見てるのかしら?」
2025/01/22
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2025年は自分治療日記を完結させたいというのが目標だが、もう一つ、今年は、これまであまり興味のなかった美術展にも行きたいと思っている。敢えて観てこなかった現代美術などを観て視野を広げたい。冬眠している感性を呼び覚ます為に。
2025/01/21
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半身浴をし始めて8年と半年。8年半だなんて…。言葉が出てこない。
2025/01/20
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何かが変わり始めた10月。チャンスは突然訪れた。暑さ、老化、心身の影響、これらが原因で食欲が落ち、大好きな甘いものですらいらなくなった訳だが、間違いなくコーヒーを辞めてからの4年の歳月を経て、これに継ぐ一つ次のステージへと歩を進める時期がやって来たのだった。このふいに目の前に現れた甘いものを減らせるチャンスをみすみす棒に振るなんて、そんな馬鹿な事はすまい。波に乗ろう。乗った。と、この“嘘のようなホントの話”、実はここからが本題です。この、甘いものの量が、つまり砂糖の量が減ったことによって、私の身体にある思いも寄らない劇的な変化が現れることとなったのである。ついに書きたくてうずうずしていたことの始まり始まり。
2025/01/19
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11/7の日記参照10月、食欲は落ちていた。堪える長引く暑さと老化と心身の影響により、急にのどにつっかえて食べられなくなった。暑くて毎日アイスクリームを食べてしまい、良くないなとわかりつつも辞められなかったそのアイスクリームでさえも、欲しなくなった。甘いものは別腹だった私にとっては、この状況は結構な弱りようであった。だから、甘いものの量を減らしたいという長年の目標が僅か半月で、つまり10月半ばには達成された。拍子抜けだった。コーヒーを辞めた時と同じく、スッと何の苦痛も感じずに。要するに、私は食べ物への興味が失せ、口に食べ物を入れることそのものがしんどくなったのであった。結局甘いものは週に一回か二回食べるだけになり、もちろんそれは今現在も継続中である。そもそもコーヒーのように完全に辞めるつもりはなく、ほどほどに楽しみたかったので、これぐらいの量で十分満足している。それもこれもすべては暑さのせい老化のせい。?もとい、暑さのおかげ老化のおかげ。
2025/01/18
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機が熟したので、予告通りそろそろ連載を始めようと思います。えー、私、ずっとずっと甘いものの量を減らしたいと思っていた。コーヒーを辞めて早4年が過ぎ、自然とチョコレートも食べなくなり、次の課題は間違いなく甘いものだと。だが、恥ずかしながら、幾度となくチャレンジしたもののすべてが失敗に終わっていた。情けない。だって、日々の楽しみが甘いものを食べることしかなかったのだもの。それがなんと、僅か半月で達成しました。ちょっとこの日記は長くなります。
2025/01/17
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「そこで道はおしまいになっていた」「もし変ったところがあるとしたら、ただ、前よりも悪くなっていただけだった」「手前から免(まぬか)れるこたあ出来ねえのか?手前を振り棄てっちまうこたあねえのか?」「二度と戻れぬ旅に出発だ」「我慢がならないほどねむい。この世の中なんていうのは馬鹿げている」「『三つの誓い』一、道心ある人となります(仏さまのようになろうとすること)一、能く行い能く言う人となります(良い事を行い、正しい主張ができる出来る人となります)一、一隅を照らす人となります(自分のいる場所で一生懸命に生き、無くてはならない人になります)」
2025/01/16
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これは私の解釈だが、歳を取ることって『階段を一段トンと降りること』だと思っている。身体のどこがというより、全部が、とにかくあらゆるすべてのことが、若い頃のようにはできなくなる。頭のてっぺんから足の先まで。体力だって続かなくなるし、内臓も弱ってくるし、思考も諦めが大きく占めるようになってくる。それを私は階段を一段降りることと解釈した。今後一段、また一段と降りてゆく訳だが、今44歳の私は、まぁ二段ほど降りたかなという印象だ。自分が立っているその階段で、いかに心穏やかに前向きに生きられるか ー 。それが常に“今”をよりよく生きる上での肝だと思う。30代の頃、おそらく私は人生で今が一番幸せだろうと思ったものだったが、それはちゃんと当たっていたと思うな。
2025/01/15
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コーヒーを辞めて丸4年が過ぎた。最後の最後の〆で喫茶店で至福の一杯を堪能した後、特に禁断症状が出ることもなくスッと辞められ、その後は一切飲みたいとも思わなくなっていた。が、どこからともなく漂ってくるコーヒーの香ばしい香りは良い匂いだった。私は匂いに敏感だが、辞めた後でもそれは決して苦手な匂いではなかった。それが、最近はコーヒーの香りですらちょっとしんどい。香水や柔軟剤のように息を止めたくなるほどではないとは言え、瞬時に身体が受け付けない香りだ、と察知するようになってしまった。自分の明らかな変化を感じる。人間の体は7年サイクルだとか。まだ4年だから完全には入れ替わっていないけれど、これは良い兆候だと解釈をしてもいいのかしら。
2025/01/14
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2007年から下半身がしびれたままなので、日々“歩く”ということを考えながら歩いている。右、左。そしてまた右、左。無意識で歩くということはおそらくしていない。常に頭で考え足に集中している。そうしないと、特に左足がもつれて上手く前へ出てくれないから。でも、そのおかげで、歩き方や姿勢をとても意識するようになった。腰の辺りから大股で足を突き出す、かかとから着地する、背筋を伸ばしてスッと一本の軸を作ってその上に頭がポンと乗っているようにする、など。つまりはその方が足が軽く進んで歩くのが楽になるのである。せせこましく歩いたり猫背になればなるほどどんどん足に負担がかかってゆき、悪循環に陥ることを学んだ。
2025/01/13
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「彼は野望を失っていた。自分の境遇をよくしたいとも思わなかった」「私はどこで間違えたんだろう?」「何もかもが済んでしまうと、彼は自分の部屋へ戻って、悲しそうに、なすこともなく、そこに腰をおろし、絨毯の模様を見たり、小さなストーヴの後ろの壁にとりつけられた亜鉛(トタン)の火障(ひよけ)に見える鋲(びょう)の数をかぞえたりした」「お茶は疲れたとき、ほんとに利き目のあるものですわ」「ああ、ほんとうに、物事を成行に任せて、出来るだけ楽をするほうがいい」「この世はそれほど愉しいものじゃない」「遠近法の不調和」
2025/01/12
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外食でカレーを食べ、ついには外出する時にタートルネックセーターまで着た。これまでの私には絶対にあり得なかったこと。急激な変化を遂げた年末だった。要するに私は歳取った。老いぼれた。今年45歳になるんだってさ。
2025/01/11
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鼻とのどを保護しておきたいので、家ではずっとネックウォーマーを付けている。引っ張って伸ばして鼻も覆うことによって、常に潤いを保つ。かなり前の話だが、極寒の朝、たった一度だけ鼻をすすったら、それだけで風邪を引いた。自分でも驚いた。え、たった一秒で!?それ以来鼻をすするという行為は絶対にしないと決めている。粘膜は乾燥させない。それに尽きる。
2025/01/10
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初めて外食でカレーを食べたとか、初めてタートルネックセーターを着たとかほざいて飛び上がって喜んでいるが、なんのことはない、ただただごく普通に、ようやく人並みの生活を手に入れることができただけの話である。私は。皮肉にも更年期によって。小学生の頃は手の平の汗が止まらなくて私だけプリントは濡れて波打っていた。中学生の頃から紫外線が苦手になっていつも顔が真っ赤だった。その後はアトピーの猛烈な悪化と、自律神経失調症のような症状に悩まされ冬でもダラダラ汗が流れた日々。これは44歳にして初めて訪れた幸せだった。私にこんな毎日が待っていただなんて!だいぶん遅かったけれど、兎にも角にもこの喜びをぐっと噛み締めている私だ。
2025/01/09
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もんじが、まだまだちっちゃい頃、「尚、なんで一緒にご飯食べへんの?」と聞いた。ママのばぁばの家へ遊びに来ても、尚は出かけてしまっていないから。少し大きくなって、もんたが、「尚、いつもおらんやん。どこ行ってるん?」と聞いた。ママのばぁばの家へ遊びに来ても、尚はいつも出かけてしまっていないから。もんじは頭がしっかりしているから、早い内からなんとなく諸事情を汲み取ったらしく、その一度きりで一切聞かなくなったが、純粋な子供らしい子供のもんたは、その後も繰り返し訝しんだ顔をして「尚いつもおらんし」と言った。ママのばぁばの家へ遊びに来ても、尚は今やめっきり見かけない。ばぁばと一緒に住んでいるはずなのに、ばぁばの家にはいない人、となった。春には6年生になるもんもん。二人とも懐いてくれているけれど、家族の中で、どこにも属することのない、放浪者で風変わりな尚という存在を一体どう解釈しているのだろうか。
2025/01/08
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どうにもこうにも苛立ちが収まらなかったので、某カフェへ行ってきた。どこにでもあるチェーン店だが、高架下にあるので薄暗く、尚且つ頭上を電車がゴトンゴトンとひっきりなしに走るものだから、なんだか異国情緒漂って私はこの場所が大好きなのだった。妙に居心地が良い。深呼吸して精神を鎮める。反省する。私は限りなくわがままだ。今後この点を改善しなければならない。私は一人ひっそりと身を潜めて生きていくしかないのだから。そして思いを巡らせる。昨今4月はもう暑いので、私が活動できる月日は極めて短い。また夏には杖が欲しいと思うほどに足は弱るだろうから、足が比較的楽に動くうちにやりたいことをやっておこう。頭の中でいくつか候補を挙げる。3月までが限度か。と考えるとあと少ししかないな。
2025/01/07
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「悲しそう」「悲しいからさ!」「分っていれば迷わない」「穴でも掘って誰にも見られずに生きたいわ」「象を見習うべきだ」「象は不幸なときには自分から姿を消す」「彼の几帳面で、頑固な、のろくて悠長な性質は、新しい環境に順応することを拒んだ」「彼女の一日は、いくらよく見ても、長い、楽しみのないものだった」「でも生活が快適ならそれでいいじゃない」「死ぬ前父は苦しんだのかしら」
2025/01/06
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半身浴をし始めて8年と5ヶ月と半月。年が明けた。私、爬虫類が好きだからヘビも好き。模様がかっこいい。風邪やインフルエンザが流行っているらしいけど、この半身浴を始めてから一度も風邪を引いていない。つまりまもなく8年半も。すごいよね。紛れもなく半身浴は私の生活の要だ。これからも粛々と続けてゆこう。11月だったか、将来の夢『恐竜博士』のもんじは、恐竜検定とやらを受験した。見事合格!やったね、もんじ♪正月は妹家族が帰省していたので、年始早々逃亡していた。いい加減うんざりする、何歳になってもこの妹家族に振り回されっぱなしの自分に。私は世界一のアホだ。元はと言えば、母を無視し続けている私が悪いのだから文句は言えまい。そういう情けない人生だったということだ。
2025/01/05
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「自分自身に対する ー 怨恨は、尽きるところを知らなかった」「望まれずにやってき、悲しまれずに去った、」「ばら色の曙のような 子供時代ともいつしか別れ、」「飢えたその胸は 一生何時(いつ) 満たされることがあろうか」「難船して、行方知れず」「“目にするものは聞くよりひどい”」「何か 身体も ものうくなり、ぶらぶら病(やまい)にとりつかれ、何時とはなしに弱ってきて、やがては仕事も出来なくなり、引籠り勝ち、坐り勝ちに暮していたが、ついには床を離れ得ぬ身となった」
2025/01/04
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毎日ただただ漫然と生きているだけだから今年の目標なんて一つもないけれど、強いて挙げるとするならば、8年半近く続いている『自分治療「更新」のお話』を完結させたいということ。
2025/01/03
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年が明けても私自身はなんにも変わらない。引きこもりの無意味でくだらない毎日さ。
2025/01/02
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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。みなさんにとって素敵な一年になりますように。
2025/01/01
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