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2022/08/23
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カテゴリ: 2020〜日々の諸々

老いを自覚する日々の中で一番変わったと思うこと、それは、直感だけでは日常生活を送っていけやしないということ。

私は若い頃から感を頼りに生きてきて、高校へ行かなくなったのもそうだったし、難病になってとっさに予防治療はしないという選択をした時もそうだった。

理屈ではなかった。

感覚だけ。

なぜかと問われると言葉に窮する。

それが私の人生を拓く鍵だったと思っているし、人生において結局頼りにできるもの、それは自分の感だけだと自負していた。





それが、更年期が始まってから様変わりした。

例えば美術館へ行く時。

以前ならば今日はここへ行く、とピンと感が働いた美術館へ足取り軽く出掛けていたものだが、悲しいかな、今はそうはいかなくなってしまった。

まず、期限を確認する。

そして期限が間近に迫っているものから先に行く。

なぜって、気分がまったく乗らず塞ぎ込んでもたもたしている内に会期が終わってしまうかもしれないという不安が頭を掠めるから。

なんと、私がこんなことを考えるようになるとは、天と地がひっくり返ったも同じである。

感のひったくれもない。

わざと自らの感を握り潰してしまっている。

おそらく、そもそも老いで鈍くなってきた感なのに、更にこの鈍い感をもそっちのけにして行動しなければならなくなってしまった現実が否応なしに覆い被さる苦悩が、私を悶々とさせる原因だったのだろう。





変わりたくない。

でも、老いには勝てず、なんとか折り合いを付けて寄り合い、認めるしかない。

もはや感などと言っていられないのである。

このせめぎ合いの中で苦しさを感じてしまい、しんどかった。

41 歳前半の半年間ほどは、初めて経験する体そのものの未知の不調に加え、こういう心の変調期ものしかかっていたのだと思う。

実に順応し切れなかった。

頭が体の老いには追っ付かなかった。

でもこれは仕方のないこと。

諦めるしかない。

時計の針は右へしか回らないのだから。






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最終更新日  2022/08/23 07:19:08 PM
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