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最近では、原材料をきちんと見るようになっている。もうスイーツはたまにしか食べないのだから、ちゃんと良いものを体に摂り入れたい。栄養学なんぞはさっぱりわからないが、カタカナの長ったらしい文字がダラダラと続くものは、それだけで体に良くないものだということぐらいはわかる。なるべく少ない材料でできた素朴なスイーツを探す。これも私にとっては大きな変化だと思う。
2026/04/30
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コーヒーを辞めてから知らぬ間に来月で5年半、コーヒーは私の生活の中に存在し得ないものと相成った。あの頃が懐かしい。とは言え、4年目ぐらいまでは、まだどこからか漂ってくる芳しい香りは良い香りだと感じていた。さて、甘いもの。摂取量は激減したが、コーヒーのように完全に断つことは考えておらず、今後もたまには楽しんでいきたいと思っている。ところが、最近は頭と体のズレが甚だしい。おいしそうと思い、買ってみる。食べてみる。うーん、甘過ぎる、あんまりおいしくない。ということを毎度繰り返す。頭では食べたい。でも食べたら後悔する。期待を裏切られ落胆。トホホ。それならいっそのこと食べなきゃいいじゃないか、スッパリともう食べないと断言すればいい、と思われるだろうが、それではちょっぴり悲しい。まだ甘いものに多少の興味はあるし、和菓子ならおいしいと思うから。と言う風に、なんだか甘いものに対してズレが生じ、悶々とすることが増えている。
2026/04/29
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しゃべることを仕事としている人。この人たちを私は心の底から尊敬する。よく頭が回るなと思う。どうすれば次々と言葉が奔り出てくるのか?不思議でならない。私はせっせと文章は書くけれど、耳では言葉はあまり理解できていないので、できる限り文字にしていただきたい。音には過敏な割に、おそらくその声音にばかり興味が惹かれていると思われ、言葉そのものには驚くほど鈍感なのであった。
2026/04/28
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閉経が近いとは言え、まだ月経はあるので、PMS(月経前症候群)も感じているけれど、若い頃のような大波ではなくなったと思う。今はごく軽い小波のPMSという感じだ。この世の終わりのような絶望感に苛まれるでもなし、ひどく過食になるでもなし、巨大なヘルペスができるでもなし。更年期で鈍感になったことが影響して、一年を通してだいぶん精神が一定になってきたなという印象を受けている45歳春。
2026/04/27
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立派な一軒家を建て、太陽光発電まで付け、1、2年前だったか“ちょっと良い車”に買い替え、北から南まで日本全国あちこち遊び回ることに精を出し、旦那さんは趣味の物などをひとしきり買い込み、ヒゲ脱毛をし、人付き合いも頻繁で、何やら羽振りのいい暮らしをしているようだったが、いざお姑さんがこんなことになって先行きがまったく見通せず、人間という生き物は煎じ詰めると皆トントンに終わるんじゃなかろうかと、そんな風に空を見上げ思い巡らせるゴールデンウィーク初日。ところで、お姑さんはまだ博多の病院に入院されているが、そもそも熊本出身である。もしかすると心の底では、こちら関西ではなく、故郷に帰りたかったのかもしれない。本能的にそういうことってあると思う。ふとそんなことを考えた。
2026/04/26
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春は花粉の季節で湿疹が出る。梅雨は皮膚がジメジメして湿疹が出る。夏は汗で湿疹が出る。秋は急に汗をかかなくなって湿疹が出る。冬は極度の乾燥で湿疹が出る。それに加え、私の場合月経前後には湿疹が膿む。結局年中湿疹に悩まされている。
2026/04/25
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直感やら感覚やらで人生を歩んできた私にとっては、自然の中に身を置くことはやっぱり必要なのだと感じる。パワーの源。が、どうしても歩くのは遅いので人の倍時間がかかってしまうことは否めない。さて、黙々と歩を進める中で、私は一体何を考えているかというと、もっぱらこのブログのことである。ずっと頭の中で文章を組み立てている。今のこの経験をどういう言葉と表現で表したらより伝わるか。あーでもないこーでもないと練る作業が続く。文章は一方通行だと言う人がいるが、私はそうは思わない。きっと何かを感じ取ってくれている方はいるはず。と、そう信じたい。
2026/04/24
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「このままにさせておいてくださいませんこと。私たち仕合せなんですもの」「はてさて、いつもきまって気持の高ぶりが身のあだとなる」「銃の筒先の方向を見あやまっていたのではないか」「社会のやり方は海に似ている。何かかわったことが持ち上っても、すぐまたもとの水準に帰り、きまった動きを取り戻し、そして深刻な利害の波の起伏が変災の跡を消してしまう」「最後までその人らしく生き抜く ー それが尊厳ある死なのです」「<未知のものへの挑戦は自由であることの証しだ> フランシス・フォード・コッポラ」「これ以上の未来が見えない」
2026/04/23
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「人間はいつ死ぬかわからない。人間の心はいつかわるかわからない」「人に意見を求める習慣が聡明というものであり、二流人物の実力はこうしてたくわえられる」「もう泣こうにも泣けない」「しばらく待つのだな」「とても待てん。どっちかきめるのに現在この瞬間しかないのだ」「両天秤というやつはずいぶんけんのんだ」「やがてすぐにおそいかかろうとしている嵐にはてんで気がつかなかった」「自分の鎧には孔なんぞあきっこないと思い込んでいる」「彼の予感はいちいちもっともだった」
2026/04/22
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以前からいつか行ってみたいと恋焦がれていた寺へ行ってきた。ひどく遠かった。ひどく疲れ果てた。でも、「貴重な経験になった」この一語に尽きる旅だった。まず本堂に入り御本尊に手を合わせる。美術館の説明書きと同じで、最近では寺の方のお話も大方理解できるようになっているので、ふむふむと聞き入る。こんなにも保存状態が良いなんてロマンを感じるなぁ。その他いくつもお堂があったので順番に見て回った。さて、一通り見終わったかと思ったところで、その向こうに険しく急な階段が伸びているのが目に入った。ちらと小耳に挟んだところによると、360段もの階段を登った先に一つだけポツンとお堂が建っているとのこと。はて…、行くか戻るかは私次第だが、階段を見ると登らなきゃならない衝動に駆られるのはなぜか…。むずむずしたのは僅か1秒、すぐにGOと心は決まった。電車とバスを乗り継いで(バスはなんと一日に7本のみ)、遠路遥々えっちらおっちらやって来た訳だ。二度と、再びこの地に立てる保証はない。行くっきゃないだろう。いざ出発。楽勝さと思ったのも束の間、すぐに心臓の鼓動は速くなり、体の芯から熱くなってゆく。数段登っては立ち止まって腰を伸ばし、また数段登っては立ち止まって腰を伸ばしを繰り返す。早くも登ろうと決心したことを後悔し始めるが、鶯の澄んだ鳴き声に誘なわれながら、一段一段踏み締めて登って行った。幸い日は陰っていた。手にぶら下げていた日傘を杖にしつつ登り続け、汗をかきかきヒーヒー言いながらやっとの思いでてっぺんへ。頂上着いたー!そこには納付所(つまり御朱印を書いてくれたりお守りが買える社務所)があり、ニコニコと柔和な笑顔を称えた若坊主がちょこんと腰を下ろしていた。何とも言えず心からホッとし、やり遂げた感に満ち溢れる。お堂は意外にも簡素で、内部立入禁止だったが、ここまで来てここの空気を吸えたことがご利益だろう。足がしびれている私だってやればできるじゃないか。で、この世の摂理、登ったら降りなきゃならぬ。この階段は凸凹の石段だったが、とにかく足元が悪く、非常に間隔の狭い階段だったので、今にも前へつんのめっていきそうな錯覚に陥りおっかない。私、これ踏み外したら真っ逆様に転がり落ちてお陀仏だな、と用心しつつそろりそろりと降りる。ようやく後3分の1ほどで此岸かというところまで降りた辺りで、昼間っから一杯ひっかけていそうな陽気な3人連れのおっちゃんが前から登って来た。まだかかる?と聞くので、こっからです(まだまだ本番はここからですよという意)と返事するとガハハと笑って過ぎてった。どうにかこうにか無事に降りて来られたが、もう膝が笑ってガクガクし、疲労困憊。帰りの電車の中ではこっくりこっくり船を漕いで居眠りしてしまった。それにしてもがんばったと思う。ただただ足を一歩ずつ前へ出すということをひたすらに続けさえすれば、登って降りて来られるんだ。ところで、さっきの若坊主は、来る日も来る日もこの360段の石段を行き来しているのだろうか。想像しただけで降参と言いたくなるが、いやはやご苦労様でございます。そして後日もう一つ。2年ほど前からいつか行こうと考えていたハイキングコースも歩いてきた。某有名神社の裏手に広がるS字カーブがくねくねと続く緩やかな小道を30分ほど上がる。実は以前この神社までは来たことがあったのだが、運悪く突然の大雨に降られ、ハイキングは危険だと思い引き返したのだった。今日こそは。険しい勾配ではないので、なんとも歩きやすかった。すれ違う方たちとこんにちはと挨拶し、気持ちいい。途中で何度か座って休憩しつつ、なんなくゴールまで辿り着いた。ヤッホー!見晴らし台があり気分爽快。桜のお花見は、病院と重なってしまいなんだかしんどくて行けなかったから、その分、より一層充実した旅になったと思う。まるで絵に描いたような景色。この先どんどん階段が細くなっていきます。新緑のハイキングコース。一人旅、ゴール。
2026/04/21
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半身浴をし始めて9年と9ヶ月。日差しがかなり強くなってきた。既に日傘なしでは歩けない。手ぶらで出かけられる日が年々短くなっている。最近の新聞も様変わりしましたね。どんどんSNSのようになっていきますね。ま、若いだろう人が書いているんだから仕方ないですけどね。裏のお宅が取り壊し中で、電気ドリルでコンクリートを砕いているので毎日地響きして家が揺れている。爆音で外界の音がまったく聞こえぬ。いつまで続くのか…。花粉症が落ち着いた。2026年の病院も無事に終わり、肩の荷が下りた。先日寺へ行って来て(後日の日記参照)ちょっと元気になった。私を取り巻く“気”が入れ替わったのがわかる。もんもん、晴れて中学生になったよ。
2026/04/20
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どうでもいい話なのだが、先日の病院でのこと。院内にコンビニがあり、その前にテーブルやら椅子やらが並べられているので、誰でも気軽に休憩することができるスペースがある。大体おにぎりやパンなどの軽食を摂っている方がほとんどで、検査などによって食事の時間制限もあると思われ、皆サッと食べサッと去ってゆく。そんな中、ある一人のおばあちゃんが、黙々とカレーライスをコネコネコネコネと捏ねくり回していた。しかも大盛りサイズを。パッケージの蓋にそう書かれてある。1.5人前はあると思われるそのカレーを、一心不乱に掻き混ぜているスプーンの動きに私の目ん玉が連動し、吸い寄せられるようにしばし見入ってしまった…。おばあちゃん。おそらく80代。よくがんばっても70代後半。介助人の姿はなく一人で座っていらっしゃる。と、カレーライスにばかり気を取られていたが、ふと目を上げると、へ?おばあちゃんパジャマ着てる?ということは入院中なのだろうか。あれは確か11時半頃だったと思うが、病室のお昼ご飯は?抜き足差し足忍び足でこっそりと抜け出て来たの?時間が経てば経つほどあのおばあちゃんのことがおもしろくなって来、なんだか私もあのおばあちゃんのように自由に生きようと思ったのだった。
2026/04/19
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ところで、映画やドラマなどで、『手術中』という赤いランプが光って手術が始まり、ランプが消えて手術が終わるという描き方をするが、こちらMRI室では、それが『磁気発生中』の文字に取って代わる。私はいつもこの『磁気発生中』の赤いランプがピカッと付くと、なんとも言えない空恐ろしい気持ちになり身震いするのだが、これはきっと私だけではあるまい。
2026/04/18
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クロワッサンが好きだった。以前このブログでも紹介したが、いくつかのパン屋のクロワッサンを食べ比べしたりして、パンの種類の中では一番の好物だった。が、最近はまた味覚が少し変わったらしく、クロワッサンの表面に塗られているテラッと光るバターでさえちょっと油っこい。これは老化のせいもあろう。詰まるところ、甘いものを減らすに連れて真っ先に欲しくなくなったクリームの油分と同じことだと思う。それが、私の揚げ物などが胃にもたれるようになってしまった老化の進行と相まって、より拍車をかけた格好になったと思われる。もちろん良い方向へという意味だけれど。なるほど。甘いものが減ると、クロワッサンの表面のバターなどという、普段気付きもしない油分にも敏感になるんだな。意外な発見を我が体を通してひしと痛感している。
2026/04/17
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だんだん胃も老化してきた。揚げ物がちょっともたれるね。あーあ、エビフライなんかは大好きだったのに残念だな。
2026/04/16
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今日は、今思うことを少し。病院へ行くということは、つまりは治療を勧められるのは当然のことであり、それは重々承知している。それが医者の役目である。私は、父が亡くなった時の年齢である53歳までなんとか踏ん張って耐えて、父の目には世界はどう映っていたのかを見ることだけを目標にして生きている。もしちゃんと53歳まで生き長らえられたらば、それはもう私の人生の到達点であり、その後どうなったってこれっぽっちの後悔もない。だから、病院へ通うのも53歳で終えようかと、漠然とではあるが今はそう考えている。発病時の主治医を除き歴代の主治医とは平行線を歩んできたが、私が病院へ行くことを辞めてしまえばそれが私の最大級の予防治療への抵抗であり、頑としたNOの意思表示を示したことになるだろう。今後何と言われようとも予防治療はしないのだ。それだけは天と地がひっくり返ろうとも変わることはない。ずっと言い続けているが、私は命を歪めることなく、生まれ持った自然の体のまま全うしたい。これが私の生きる道。
2026/04/15
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「“私はこういう人生になった”」「波は運命で、人間がそれにうまくのれると何んでも思ったように気持よくゆくが、一つのり損(そこな)うといくらあせっても、あわてても、思ったように進むことが出来ない。賢い人だけが次の波を待つ。そして運命は波のように、自分達を規則正しく、訪れてくれるのだが、自分達はそれを千に一つも生かすことが出来ないのだ」「お互い感化され、感化した」「私は知らぬ神に祈ります。泣いて祈ります。少しでも希望がありますように」「私は静かに門のそとに立って戸の自(おの)ずとあくのを待ちたくも思いました」「僕は一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む。これが神から与えられた杯(さかずき)ならばともかく自分はそれをのみほさなければならない」「生まれたものは死に、会うものは又別れる」
2026/04/14
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主治医は威圧的だ。私は権力者だぞ、という歯向かうことを許されない刺々しさが目の奥に宿っている。野心家でもある。トップの座を狙っていることは、当初から見え見えだった。昨年は副部長だったのに、ついに部長まで登り詰めた。次は何を企んでる?
2026/04/13
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先週造影剤を注射して頭部MRIを撮り、今週診察へ行ってきた。この一年で病変は増えていないとのこと。毎年一つや二つ増え続けていたので、やったー!(もしかしてスイーツ減らしたことと関係ある?)去年と同じく、認知機能は衰えていないかというテストをし(むしろ去年よりも成績は良かった)、「私は予防治療を勧める立場ですが、しないんですね?」「はい」とものの”二文”で意思確認も済ませ、また一年後の予約ですんなり終了する。ホッ。ただ、市が実施している一般的な健康診断だけは受けるようにと強い口調で言われてしまった。うーん、そうは言われても。なんでも、主治医自身が、“自分の患者に急に「癌になりました」などと告げられたら嫌だから”なんだってさ。いやいや、それはあなたの都合でしょ。健康診断を受けるかどうかを決めるのは、あなたじゃない、私。1週間前に思わず撮った桜の木の下に再び立つ。儚い、もう散り始めだ。
2026/04/12
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くも膜下出血で倒れて1ヶ月になります。未だ博多の病院に入院していて、こちらへ戻ってくる目処は立っていません。医療費すごい額なんだろうな…。ずっとICUに入ったままだし、手術2回もしたし。不謹慎だけど、ふとそんなことを考えてしまいました。おそらく、お金に異様なまでの執着と厳しさを持つ妹は、尚の事ジリジリしているはずです。と、お姑さんは若い頃からずっと株をされていたらしいのですが、いや、なんというか、数十年かけて将来の自分の医療費をせっせと稼いでいたのかと思うと、株で儲けるって一体何なんだろうと悲しくなってしまいます。宝くじなどもそうですが、出所のよくわからない大きな収入って、私は不気味だと思っています。ある意味、意義ある遣い方じゃないかと割り切ってしまえばそれまでですが、ついつい自分は貧乏で良かったなと、そう思わずにはいられません。
2026/04/11
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日本人は、どこもかしこも定規を当てたようにまっすぐ並んでますね。ちょっとでも順番抜かしされようものなら目くじら立てて怒って。皆仮面を被って無表情を装っているけれど、あなたの心の声はすべてお見通し。こちら関西。せっかち文化だからだろうか。前にも書いたように思うけれど、私には外国人のようにゆったりと適当に並ぶ感じとダルさが心地良い。そんなこと気にも留めたことがないと思われる方が多いかもしれないが、この“前へ倣え”のようにきっちり並ぶという行動が、以前から私はまま辛い。
2026/04/10
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今思うと、私の場合は、チョコレート中毒などの砂糖依存が体を悪くした原因だったのだろうなと振り返る。どう考えても遥かに度を越した量を摂取していたし、今となっては、それを平気で食べ続けられていた自分を恐ろしいとさえ感じる。体が狂っていた。1年を経てそう思えるようになったということは、少しずつ体が正常に戻ってきたという証だと思う。
2026/04/09
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早いもので1年が過ぎたが、砂糖の摂取量の激減はもちろんのこと、もう一つ大幅に減ったものがある。そう、それは油分の摂取量。これは砂糖の影に隠れていたが、驚くほどの量だと思う。この1年で、めっきりパンというものを食べなくなった。その中でも特に菓子パンは本当に食べていなくて、食べるならたまにあんぱん。サンドイッチは時々ランチで食べるけど、日常的ではない。それとアイスクリーム。これは何度も書いているが、夏に毎日食べていたことを振り返ると、目を剥くほどの減り様である。だってこの一年でおそらく2個だもの。更に、生クリームなどのクリームが重い(英語のheavyという単語がふっと浮かぶほど)というか、ちょっと気持ち悪くなっているので、洋菓子もほとんど食べていない。最近の私がスイーツと呼ぶものと言えば、もっぱら和菓子である。で、このパン類やアイスクリームや洋菓子に含まれる油分。これは知らず知らずの内に相当の量を摂取していたと思われる。私はとにかく砂糖を減らしたかったので、油分のことなどこれっぽっちも頭になかったのだが、蓋を開けてみれば結果こうなっていた。いやね、私マラソン選手のような体型になってしまって久しいが、それでも年相応にいろいろと弛んできていて、下っ腹が出てきたり、腰やお尻の辺りがもたついたり、要するに“おばさん体型”へと向かっていたのである。ところが、1年を経て、気が付けばこの醜かった贅肉が落ちているような気がするのであった。きっとこれは砂糖のみならず油分の減少までもが影響していると確信している。なんだか思いも寄らないことが次々と目の前に現れる月日だったが、この先どんどん歳を重ねるに辺り、やっぱりこの作戦は私にとっては然るべき道だったのだと、恥ずかしながらも胸を張っている。
2026/04/08
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母との二人暮らしが本当にしんどい。元気ですよ、母は。もう80歳手前ですけど、足腰丈夫で毎日家の中をバタバタと走り回ってらっしゃいます。声も大きく、近所のおばさんたちと井戸端会議をしていても、聞こえてくるのは母の声だけ。習い事をいくつもしていて楽しそうです。作品がどんどん溜まっていきます。ご飯も作っていただいてありがたい限りです。それに引き換え、日に日に衰えてゆく私と言ったら。今日は一日耳鳴りがひどかった…。出るのはため息ばかりなりけり。
2026/04/07
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このブログで何度書いたか知れない。私の夢は、「青森のねぶた祭りを見に行くこと」。20歳の頃から抱き続けている夢である。どうしても自分の目で生の迫力を感じたいという夢を捨て切れないまま、こうして空な歳月だけが流れ去った。毎年頭を掠めるも、すぐに却下という結論に至っていた。8月なんて夏真っ盛りで外出は過酷極まりない。(こちら関西在住なので)そして遠い。だが一方で、今年の自分が一番若いのだと思うと、行くなら常に今年しかない、という相反する結論にも至るのであった。夏じゃなければ少しは見込みもあろうが、こうやって老いる毎に一つまた一つと夢を失ってく。あゝ、一日だけ翼が生えてくれないものかしら。
2026/04/06
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半身浴をし始めて9年と8ヶ月と半月。今年は花粉の量が多いと言われていたが、確かに私の症状も例年よりひどいなという印象。鼻と目が辛い、顔もかゆい。お花見シーズン。毎年ウキウキワクワク楽しみにしていたものだが、生きる気力が失せ、それに伴いありとあらゆる関心も失せ、今年は行かないかなと思っていた。が、病院へ向かう道々ちょうど7分咲きほどでとてもきれいだったので、しばしお花見を楽しんだ。気持ちいいね〜。今からMRIがんばるぞ、の一枚。
2026/04/05
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身体が弱ってきていることをつくづく実感する日々。既に日差しが強いから日傘を差しているけど、日に当たるとドッと疲れる。調子が悪い。目が眩しくてクラクラする。気分も悪い。たぶん軽い熱中症のような感じになるのだと思う。更年期でしんどくて毎日引きこもって外に出ないものだから、身体がびっくりしている。どこまでも悪循環。
2026/04/04
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「いつ何時、もし出血したらどうしよう」と不安なので、外出する時は必ずナプキンを付け続けている。が、安心の為とは言え、ナプキン代も馬鹿にならないのが本音。
2026/04/03
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月経が終わった時にいつも感じることがある。あ、体が歪んでるな。人間の体の中央に位置する骨盤が開いたり閉じたりするのだから無理もない。そういう時は自分整体で体の歪みを整える。本来あるべき場所に戻す。すると私の場合、楽に歩けるようになる。内に入って丸まっていた骨盤がスッと立つような感覚になり背筋が伸びるからか、鈍かった足が軽やかに動く。月経中は調子が悪いものだが、物理的に体が歪むから平衡が取れず調子が悪くなるんだ、とも思う。
2026/04/02
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行動範囲が、どんどん狭くなっている。そもそも出かけることがうんと減ったし、趣味である美術館も少しずつ興味が薄れてきたということもあり、悪循環に陥った顛末である。決まったところへ出かけ、ふらりと気分転換して帰ってくる。これだけじゃあなんだか味気ない。ということで、お昼を食べる時は、入ったことのない飲食店にしようと自分なりのルールを作った。汗が出なくなったので、格段に入ることができる飲食店が増えたのである。文句ばっかり言ってないで少し視点を変えてみようじゃないか。先日は、鉄板の上でグツグツしているデミグラスソースのかかったオムライスを食べてみた。いや〜こんなものまで食べられるようになって、年齢と時代に合った楽しみ方を模索するのも結構良い。
2026/04/01
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