普通の人は「雑念」に対しては無意識ですが、「雑念」を問題視している人はことさらそこに注意を向けています。
もともと「雑念」は台風などと同じ自然現象です。
台風などの自然現象は人間の力ではどうすることもできないということがよく分かっています。台風をコントロールしたいと考える人はいません。
しかし「雑念」に対してはそのようには考えていないのです。
普通は目の前の出来事に対応して、様々な感情が湧き起こるようになっています。とらわれている人は、「雑念」を忌み嫌っていると同時に、「雑念」を意志の力で自由自在にコントロールしようとしています。
時間とエネルギーを投入して不可能を可能にしようとしています。
仮に「雑念」がなくなって、目の前の家事や仕事に集中するどうなるのか。
神経が一つのことに固着されるということになります。
人間は心臓が停止して血液が流れなくなると死んでしまいます。
また、水の流れを止めてしまうと、水が淀んで藻が生え雑菌が増えて異臭を放つようになります。
これと同じように、感情の流れが止まってしまうと、観念と行動の悪循環が始まります。
これを精神活動の面から見ると、精神の緊張状態から、弛緩状態に陥ってしまうことを意味しています。
精神が弛緩状態になると精神活動が停滞し、覇気がなくなります。
ですから、精神衛生上、「雑念」はむしろどんどん発生させたほうがよいのです。
そういう状態を森田理論では「無所住心」と言います。
集中したいときに「雑念」が湧いてくるのはどんな時でしょうか。
まず、目の前のことに興味や関心が持てないときです。
例えば読書をしているとき、興味や関心がない部分では、様々な「雑念」が湧き上がってきます。
ところがそのまま読み進めていると、急に興味や関心があるところに差し掛かると「雑念」は霧散霧消してしまいます。
つぎに、他のことで注意を引くようなものが現れたときです。
または気になる問題や課題を抱えているときです。
これは昆虫が触覚を使って四方八方に神経を研ぎ澄まして生活しているような状態となります。
一時的にきちんと注意を向けて問題確認をおこなう。
別段問題がなければ、すぐに次の気になることに注意を移していくことが望ましいのです。
車の運転をする人は無意識のうちに、次々と注意を向ける場所を切り替えているはずです。
緊張状態の中で、一旦注意を向けて、問題がなければ次の気になることに注意を移していくことを繰り返しています。
雑念にとらわれて本来の目標や目的を見失ってしまうことは本末転倒となります。雑念はつきものと考えて上手に付き合うことが大事になります。
そして目標や目的から目を離さないようにしたいものです。
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