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旦那は、仕事から帰るときに必ず連絡してくる。 その時の声で、心の調子が分かる。 つい先日。 「今日はムカついたから、帰ったら走る!」 と旦那が言った。 今日は絶不調。心は雷雨、そして強風が吹き付けている。 誰かが側で息を吸うだけでもきっとイラつくレベルなのだろうと思う。 帰ったら走る!は非常に健全な発散方法だ。 以前は、私に八つ当たりをしながら愚痴りまくるという選択しかしなかった。 雷雨、強風の時はそりゃ誰だって愚痴りたくもなると思う。 しかし、旦那の場合は晴れていても曇りでも、雨でも雪でも毎日愚痴ざんまい。転職しても変わるはずがない。 本人は無自覚に、被害者眼鏡をかけている。 私は愚痴のゴミ箱か! 目の前の現実は、ただ起きているだけで。 捉え方を選択しているのは自分なんだよ! 繰り返し、控えめに優しく感情を込めずに愚痴の度に何度も伝えた。 負のエネルギーはせっかく大きいのだから。向ける先をきちんと考えれば、実りになるよ!とも。 そして、私は旦那の気分とは関係なく毎日を楽しく過ごしていたら。 いつの間にか愚痴を言わなくなった。 そんなこんなで平和ボケしていたところに。 今回、久しぶりの嵐がきたのである。 ひとりで走り、無事に帰宅した旦那。 「いや、凄いな。負のエネルギーは。気がついたら4キロ走ってた。まだ完全に心が整った訳ではないけれど、少しはおさまった」 と言った。 夕食をとりながら、ムカついた出来事の話を聞いたのだが。昔と話し方が変わっている事に気がついた。 状況の説明だけを淡々としている。 あの人の性格はこうだからとか、この前俺がこう言ったからだなどの妄想(私からすると)が一切入っていなかった。 イライラするときは、疲れてるんだよー 息抜き、サボり、自分を労ってー と声をかけた。 「多分、明日の朝もずっと考えるんやろなーオレ」と肩を落としていた。 翌日。 「今から、帰るよ!」 と元気な声で連絡があった。晴天だ。 帰ってきて話を聞くと。 職場に到着し、ムカついた相手に今日1日どんな態度で対応しようかと考えていた時に。 私の言葉が降りてきたのだそうだ。 「相手がどうしようと関係ない。 自分がどうしたいかなんだよ。」と。 そして。 なんと相手に「昨日は余裕がなくてイライラしてた。ごめんね。」と伝えたのだそうだ。 その時。 相手から返ってきた言葉も、態度も。 いつもと何にも変わらないのに。 全然、気にならなかったのだそうだ。 (いつも、言い方や態度がムカつくらしい) ただ、自分の思いを伝えるだけで満足して。 さらに自分の心がすごく、すごく楽になってびっくりしたと言っていた。 今までは、自分のプライドや相手の出方が気になって仕方がなかったけれど。 何もかも捨ててしまったら。 心地よい選択肢があるのだと知ったそうだ。 今までにない展開で、私の方がびっくりした。 本当は、謝りたかったんやね〜 それに気がついて素直にすぐ行動できるってすごい! と私の感想を伝えた。 私の言葉が降りてきたと旦那は言うけれど。 その言葉も、意味も。 自分自身の深い、深い所で。 いつもちゃんと分かっていて。 最高のタイミングで、思い出しただけ。 自分が起こした、奇跡、現実なのだ。 この日も。 子供と一緒に走りに行ったのだが。 少ししか走れなかったーと言って帰ってきた。 やはり、負のエネルギーは力強い。 毎日奇跡を見せてくれる家族に。 沢山の人達に、感謝。
2021.09.29
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「ひとくちだけ。」 なぜこんなに幸せで美味しく感じるのだろう。 もちろん、家族だけにしかお願いできないが。「ひとくちだけちょうだい!」と私は家族にいいまくる。ひとくちだけの誘惑に勝てない。私は、自分の子供より子供なのだ。 「全部自分で食べようと思ってる時にさ〜ひとくちだけってムカつくんだよね〜 自分の分も買えばいいじゃん!とらんでよ!」 もちろん子供達から非難される。 それを見て、旦那はニヤリと笑っている。 「お母さんは、若い頃からそうだった。楽しみにしているものほど、ひとくちちょうだい!と欲しがる。本当にムカつくよな〜」 「ひとくちちょうだい」に関しては、もちろん5対1の構図になる。その状態を、旦那はニヤニヤしながら楽しんでいる。 結局、私が興味を示しそうなものは私の分も買う事となり。少し食べて満足した残り物は、子供達がウキウキしながら分けて食べている。 私の「ひとくちだけちょうだい!」から引き起こされていた我が家の不調和は、これで解決した。 私が小さい頃。ソフトクリームを食べていると、祖母から「ひとくちちょうだい」と言われていた。 ひとくちは、もうひとくちとなり。 そして結局3口くらいは食べてしまう。 「自分も、買えばいいやん!」 私も、真剣に抗議していた。 美味しいソフトクリームを独り占めできるチャンスなのに、大人がそれを奪うのだ。 私は、「ひとくちちょうだい」の被害者の気持ちもよく分かる。 しかし。 大人になると、あんなに独り占めしたかった美味しいソフトクリームも。 独り占めして、全部食べなくても満足することにある日気がつく。 ソフトクリームは、食後の別腹で味わうのが一番いい。 祖母が私から奪っていた3口くらいが、心も体も満足する最高の量なのだと最近実感した。 家族は私を甘やかす。 ソフトクリームが食べたい!と言えば買い与えられ。 3口ほど食べた残りのソフトクリームを、子供達みんなで分けて食べてくれる。 私が残す事を計算したうえで、自分は他の味をチョイスできてラッキー!な捉え方の子もいれば、仕方なく食べているという子もいる。 そんな家族の配慮の元、幸せの3口が実現していたのだが。 つい最近、旦那と2人の時に美味しそうなソフトクリームと出会ってしまった。 非常に悩んだ末に、覚悟を決めて買った。 旦那は一切食べない為、ひとりで食べなければならない。 夕日とソフトクリーム。 いい写真が撮れたなーと思う。 美しい夕焼けを見ながら、必死に食べた。 ソフトクリームが溶ける速度に負けてしまうと、悲惨な事になる。 写真なんか撮ってる場合ではなかった。 どうにかこうにか、無事に全部食べ終えた。 そして、子供達に「今まで、最高に美味しい3口の奇跡を本当にありがとう」と感謝した。 これから旦那と2人で出かけるときは、ソフトクリームを見ないようにするし、子供達も一緒にいる時は、より丁寧に3口だけしか食べないけれど買ってもいいかとちゃんと聞くようにしようと思った。 子供達は、段々自分達の世界が広がってゆき。 親と出かける回数も減ってくる。 すでに、高校生の娘は。 買い物にさえ滅多についてこない。 私がソフトクリームを味わう機会もこれから減る一方なのだろうなぁと沈む夕日を見ながらしんみりした。 ただ。 溶けて流れていくソフトクリームの速度に。 負ける事なく完食するというポテンシャルを秘めているとは自分でも思ってもみなかった。 ソフトクリームを一人で食べる機会はもうないと思うが。 無理かもなーと思うことにチャレンジしてみることも悪くないなぁと思った。
2021.09.27
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家族の中で、私の味覚だけが元に戻らない。 常に口の中が苦い気がしていて、全く感じない味もある。 周りの人からは、 「食事の支度が大変でしょう」 と言われるのだが。 え?そうかなぁ。私、大変なの?と心の中で思っている。 味覚が完全に戻ればもちろん嬉しい。 突然、味覚の鈍い世界にきてしまい、新しい世界を観察するのに夢中な私。 大変だと思う暇なく、心は呑気に過ごしている。 こんな時に限って。 年に数回しかない、私のおやつを作りたい!という欲望がムクムク湧いてくる。 決して、上手に作れないし失敗ばかりなのだが。 OK、分かった!作ってみなよ!と心の声に応える。 Youtubeで、ワクワクするレシピを検索。 週1のペースで作ってしまった。 おやつを毎週作るなど、私にとってはハードルが高すぎる。 味覚のない世界にきた私、なかなかチャレンジャーだなと思った。 最初の週は、双子の兄が苦手なチョコを使った「バナナタルト」 次の週は、弟が苦手なチーズケーキ風味の「低糖質チーズケーキ」(脂肪0のヨーグルトと卵とラカントだけでできる)を作った。 なぜ、子供の苦手なやつ作るんだよーと自分でも思うのだが。ワクワクするレシピを優先してしまうのが私。 バナナタルトは、あっという間に無くなった。 チョコが苦手な双子の兄も、 「このチョコは、美味しい!」 と言っておかわりした。 低糖質チーズケーキは、表面が盛大に割れたうえに水分が染み出し悲惨な結果となった。 双子は、 「お母さん、ごめん、この味無理」 といつも通り正直に申告して一口でやめた。 旦那は、 「え?しっかり味するし、新しい食感じゃん」 と言い完食。 娘は、冷静に 「何を間違ったんだろうね」 と言った。 食べ盛りの末っ子は、 「うん!美味しい!僕、おかわりしたい!」 と言い出した。 みんなの本心が、どうなのかは分からない。 無理して食べていたり、次の成功に向けてのアドバイスをくれようとしていたり。 正直に感想を述べると同時に、ちゃんと自分自身の事も大切にしている姿を見せてくれたり。 私にとっては、どの言葉、どの対応にも大きな愛情を感じて。寝る前に心がジーンとした。 今までの私ならば、おやつ作りは失敗か成功かだけで判断していた。 家族が沢山食べていれば、成功。 そうでなければ、失敗。 味覚の鈍い世界にきたことで。 成功でも失敗でも。 結果はどっちでもいい。 いつもそこには、愛情が存在しているのだと改めて実感した。 なんでも美味しい!という食べ盛り、食いしん坊の末っ子が。 食事の味付けが不安定な事に気が付いたのか。 味覚の鈍い私に変わって、味見係に立候補してくれた。 味見には多すぎる量を器によそい。 必ず双子にも食べさせているのを知っている。 感覚が独特な双子は、食感や味によって苦手なものが多い。 末っ子は、自分がどう思っているのかあまり口にしないのでよく分からないが。 私のことをよく観察しているなと思う。 わがまま放題の私は、今日も家族や周りの人達に助けられ、支えられて生かされている。 本当にありがたい。 味覚の鈍い世界にすら、感謝。
2021.09.19
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双子と末っ子が、 「さっさとやることをやろう!」 と声を掛け合い、夕食を食べ終わるとすぐ後片付けを始めた。 皿を洗ったり、麦茶の補充をしたり、ゴミを出しに行ったり。 ははーん。 寝る前にゲームをしたいのだなと察知し、旦那と顔を見合わせた。 我が家では、ゲーム機を鍵付きのスーツケースに入れて私達の寝室に保管している。 ゲームをする時は、必ず親と交渉する必要があるのだが。 自分達の役割を終わらせて、私の当番の洗濯までしといたよ!と満足気に寝室に現れた双子と末っ子。 前日、前々日にも2〜3時間ゲームをしていた。 あすは、月曜日。 時間は21時をまわっている。 どうするかな〜と旦那を見ると、 「今日は、お母さんに全て任せるよ!」 と言われた。 いつもは、旦那が子供達と交渉する事が多いのだが。 なんとなく、私の心が10分!10分!と言っている。それに従ってみることにする。 「10分だけなら、やっていいよ」 そう言うと。 子供達は、交渉をすることもなくゲーム機を持ってやった!とばかりにリビングへ向かっていった。 「10分とかありえんやろ。お前は鬼か!洗濯物もやってきたのにさ〜。10分って言うくらいなら、ダメと言った方がよかったやろ〜」 信じられないという顔の旦那。 私も、10分と告げるのは初めてだ。 10分後、子供達はゲーム機を返しにきた。 旦那が、 「10分じゃ、何もできなかったやろ〜」 というと。 「10分で、出来るところまでやった!楽しんだ!ありがとう!」 と言って、さっさと寝に行ってしまった。 旦那はポカンとしている。 そして、なぜ10分で満足したのかと私に聞いてきた。そんなの、私にも分からないけれど。 やりたい!という情熱が最高潮の時に。 それが叶うという満足感は、時間のものさしでは測れないのかもね〜と答えた。 これだけやっても、10分しか思いが叶なわない!と考えてやるか、今日は10分間思いが叶った!楽しむぞ!と考えるか。 どう捉えるかで、満足感は変わる。 これだけの辛い努力をしたから、思いが叶って嬉しい!辛い努力に見合うだけの喜びが欲しい! と旦那はよくいうのだが。 その辛い努力の過程を。 どれだけ面白おかしく解釈して,楽しむか。 そうやって思いが叶った時には。 条件なんて何もいらないという事を私は体験している。 ただ、思いが叶った事が嬉しく、それで満足なのだ。 旦那が私にゲーム交渉を任せ、何故か子供達は交渉せず、生まれた10分間のゲームで満足するいう奇跡。 今後、10分間という時間を告げることはないし、子供達も交渉しないという事はないと思う。 色々な事が重なって生まれた奇跡だった。 そして、旦那はまた私の「気まぐれ」に付き合わされたのだと感じているに違いない。 実際にそうなのだけれど。 私の見ているおもしろおかしい世界では。 10分間とかありえんやろ。最低1時間はさせてあげたいやろ!という私の思考を採用せず。 心が10分!10分!と叫ぶので。 それを採用した結果、奇跡の10分間が生まれて。 そして、それは私にも、旦那にも影響を与え。 新しい変化をもたらしてくれる奇跡の10分間なのだと勝手に思っている。
2021.09.13
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「こんなに愛情を伝えているのに、なぜ伝わらないのか。送る愛情がまだまだ足りないのだろうか。だから、自分に返ってこないのだろうか。」 これは、旦那が私に投げかける言葉だ。 一緒に散歩していても。 旦那は、私の事を常に気にかけているのだそうだ。 私が心から楽しんでいるか、何か我慢していることはないか、危険な事がないのか、そんな事を考えているのだと言う。 だから、景色を楽しむこともできない。 目にうつるものが、頭に入ってこないのだそうだ。 その気遣いには、感謝しかない。 ただ、その行為が大きな愛情であると言われると違和感がある。 この形での愛情が欲しいのだ!と言われると、私にとってはとても苦しい。 全ての瞬間を。 自分以外の相手に意識を向けて生活するという世界は。 相手の反応次第で、受け取る愛情の量が、増減してしまうのだろうか。 まずはその気遣い、愛情、意識を。 自分自身に向けて欲しいと感じる。 自分自身を、自分の愛情で満たせば、とめどなく愛情が自分の中から湧き出てくる。 イメージは、源泉掛け流し状態だ。 自分自身を満たしてもなお、溢れ出し流れていくものは。周りに伝わり循環していくのだと私は感じている。 誰かに貰わなくても。自分の周りには、常に愛がただあるのだという事に気がつく。 旦那の機嫌が悪かったとして。 それは、私のせいではない。 きっかけが、私とのやりとりであったとしても。 自分の機嫌が悪くなる物事の見方、解釈を選んでいるのは本人なのだ。 旦那から受け取る愛情に、旦那の機嫌は1ミリも関係がないし、機嫌が悪いからといって愛情が減っているとも思わない。 私の場合、旦那と一緒に散歩をする時は。 旦那の気配を感じながら、自然を観察し、風を感じてキラキラするものを追いかけている。 私が、楽しそうにしている姿が好きだからいつも見ているんだよ!と言われれば。 それは、とても嬉しい。 しかし旦那が私に投げかける言葉は。 私が心から楽しんでいるのか、我慢してないか。愛情が足りているのか、なぜ、私の愛情が返ってこないのかという事だ。 私の見ている世界では。 相手が我慢しているのか、心から楽しんでいるのかという事はあまり気にならない。 本人が、楽しいとは言えない感情を味わっていたとしても。その感情を、その時に感じたくて味わっているのだと思っているからだ。 私は、愛が自分の目の前を素通りしたりしないと思っているし、ただそばにいるだけで愛情を感じている。 気になって仕方がないとすれば。 相手の問題ではなく。 我慢して、楽しめず、愛情が足りてないという自分自身の心の叫びなのだろうと思う。 「もっともっと自分を愛してよ!我慢しないでよ!他の人ばかり優先しないで、自分を大切にしてよ!」 相手の気持ちを尊重し、気遣いができることは素晴らしい事だと思う。 けれど、バランスが大切だ。 犠牲的に相手に尽くすことは、自分の負担にもなるし、実は相手にも相当な負担を与えている。 私からの愛情が足りていないという気持ちには寄り添い。 なぜ、そう感じているのかという「不安」の種を旦那は自分で見つけていかなければならない。 私には、その種がいつ撒かれたものであるのか分かっていた。 幼い頃まで遡る必要があることも。 それを、自分自身で体感し、腑に落とす日がくるまで。ただ静かに寄り添い、今まで見守ってきた。 そして、ついに時が来た。 旦那の準備が整ったのだ。 コロナに家族全員が罹患した、自宅待機中の出来事だった。 私との何気ない会話の中でその種が撒かれた瞬間を、旦那がはっきり認識したのだ。 自分でいきついたのだ。 私は涙が溢れて止まらなかった。 私がその「種」に気づいてから、10年以上の歳月が流れていた。 これまでも、さらっとたくさんのヒントを何度も何度も投げかけていた。 何も変わっていないように見えていた旦那。 見えないところで、少しずつ少しずつ毎日変化していたのだ。 その人にとって、完璧なタイミングで訪れる奇跡を目の当たりにした。 あぁ、私は。 日常に潜む、この奇跡を体感したいのだなと思った。 心が震える感動をくれた旦那,この世界に感謝。
2021.09.09
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私は、大人になるまで不思議と痛み止めを飲むような出来事に遭遇してこなかった。 生理痛もなければ、頭痛持ちでもない。 骨折や怪我とも無縁。 人生で初めて、市販の痛み止めを使ったのは30代。生まれて初めて偏頭痛を経験した時だった。 飲んですぐ、全身に蕁麻疹。喉が浮腫んで呼吸困難。血圧が急激に下がっているのか身体中の穴からすべてが吹き出す。 嘔吐、下痢、鼻水、涙、冷や汗。。 アナフィラキシーショックだった。 妊娠中に手術をする事になったり、長期間の入院の中で、痛み止めの座薬や筋肉注射を経験したのだが。どれも使ってはならない事を証明する事になってしまった。 アレルギーの反応が出るたびに。 「あ、死ぬかも。。」と思う。 コロナ陽性が確定すると、それ以降病院で診察を受けられない。 今回のPCR検査も、市外の病院を指定された。念のため、前もって持病の喘息の薬も出してもらうようお願いした。 唯一飲める痛み止めの「カロナール」も処方されたのだが。 かかりつけの病院では、いつも200gの錠剤を1回2錠飲むように処方される。 しかし、今回500gの錠剤が1回1錠で出されていた。 私の体重であれば、もちろん問題ない。 普段、カロナールが出されても極力飲まないため、あまり気にしていなかった。 しかし。。 今回、38℃を超える熱が8日間続き体力的に厳しかった。水分を取るのがやっと。 体の痛みが激しく、痛み止めを使用した。 どうしても我慢できない時に、1日1回だけ。 完治するまでに3回使った。 発熱から8日目。痛み止めを寝る前に飲んで。 冷や汗が出ている事に気がついた。 薬を飲んで明らかにおかしかったのだが。 頭がボーっとして気がつかない。 そして、倒れた。 身体中の穴から、色々なものがでる。 冷や汗、涙、鼻水。。 胃の中は空っぽ。吐くものは何もないのに,何度も何度も嘔吐した。 下からは、水のような下痢が止まらない。 息も苦しい。 旦那を呼ぶために、壁を叩くのが精一杯だった。 私はしゃべれないし、意思の疎通が全く取れない。 旦那も熱はないものの、コロナと戦っている。 家族全員、体調不良なのだ。 普段の旦那なら気がついたかもしれない。 しかし、体調不良の旦那から見える私は。 激しい嘔吐と下痢。そして脱水。8日間熱が下がらないという事だけ。 保健所に連絡し、旦那が伝えたのはそれだけだった。 救急車を呼んでも、その状況では搬送されないし、朝になったらコロナの患者でも見てくれる病院を担当が探してくれると思いますと言われ電話を切られた様子だった。 嘔吐と下痢は、コロナでよくみられる症状らしい。 「コロナが重症化するのではなくて,アレルギーで死ぬんだな」と思った。 朝まで5時間以上ある。 血圧が急激に下がっている時の症状だし、多分アレルギーだと自分では思っているけれど伝えられない。 朝、再度保健所に連絡した旦那。 そして、また言われる。 救急車が来ても、血中酸素濃度が95では搬送されないし、今日、診察してらえる病院もない。 自宅で様子を見てくださいと。 もう記憶もないが、午前中旦那に「血圧を測って欲しい」とやっと伝える事ができた。 倒れてから、7時間以上経過していた。 「血圧が低い!」 と言い、何度か測り直していた。 以前、病院でアレルギー反応が出た時に。 血圧が低すぎて測れなかった事がある。 やっと測れた時の血圧は、上が70と下が35だった。そこから回復したものの、血圧はその後1週間ずっと低いままだった。 結局、薬のアレルギーかもしれないと伝えられたのは昼過ぎで。 それから、保健所に何度も連絡してくれるも。 その度に同じ事を何度も説明して、折り返しの連絡を待つだけという時間だけが過ぎた。 そして、体力的にもギリギリだった私達は保健所に電話をする事を諦めた。 倒れてから、ベットから体を起こすことも、ひとりでトイレに行く事さえできなくなった。 それでも、きっとアレルギーは軽症だったのだ。 アナフィラキシーショックであったならば、おそらくもうこの世にいない。 幸運にも、蕁麻疹が出なかった。 自宅待機期間が過ぎるまでは、結局、病院へ行くことはできなかった。 少しずつ、少しずつ自力で回復し。 感染から半月経過した今。 やっと少しだけ家事ができるようになった。 夕食だけをなんとか作れる感じだ。 仕事復帰は、まだまだ遠い。 コロナに感染するということは。 いつでも病院で診察を受けられるという安心、安全を手放さなければならないという事だ。 かかりつけの病院で、いつもの薬が貰えて。 アレルギーがあるにも関わらず、安心して処方される薬を飲めるという日常は奇跡だったのだと思い知った。 今までの、私の身体の安心と安全は。 沢山の人達の支えと、奇跡の積み重ねの結果だったのだ。 目の前の現実は。 全く変わらないように見えて、実はいつも絶え間なく変化している。安心と安全は常に脅かされているのかもしれない。 朝、窓から差し込む朝日を見て感動する。 今日も様々な奇跡の積み重ねの結果、生かされているのだと感じるからだ。 これからも、コロナとは共存して生きていくしかない。人の命がいつ尽きるのかなど、誰にも分からないのだ。 コロナに感染した事が原因かも知れないし、そうでないかも知れない。 ただ、今日1日を。 苦しい、辛い、楽しい、今の一瞬の感情を存分に味わって。 そして、様々な形で関わってくれる人達に。 心から感謝をしたい。 生かされる最後の日まで、懸命に生きたい。 今、恐怖と戦っている人達も。 そして、その恐怖の発散の標的となっている人達も。 どうか、自分をいたわって。 平穏な気持ちになれる一瞬が、常に散りばめられていますように。
2021.09.06
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我が家では、インフルエンザにかかる順番が決まっている。 一番体の丈夫な娘が外からもらってきて、一番軽い症状で済ませてしまう。 そして、末っ子、双子、旦那の順番で罹患する。 家族の看病をしなければならない私が倒れる訳にはいかないので。 娘が発熱した時点で、症状はなくとも「葛根湯」を飲み始める。 だからなのか、私はインフルエンザにかからない。 しかし。コロナはそうはいかなかった。 娘が発熱した時。 かかりつけの先生から、コロナの抗原検査できるから、やってみる?と言われた。 念のためにくらいの軽い気持ちで検査を受けた。 陽性反応が出た時の先生の慌てようから、先生も陽性が出るとは思っていなかったのだなと思った。 娘が発熱した時点で、家族も自宅待機をしていたのだが。誰も娘がコロナに感染しているとは思っていなかった。 PCR検査の結果は、翌日先生が電話で知らせてくれた。保健所がパンクしている事は知っていたのだが。実際に連絡が来たのは、感染が分かってから4日後だった。 娘の発症から1週間後、やっと家族もPCR検査を受けられる事になった。 1階と2階で生活スペースを完全に分けて隔離していたにも関わらず。 PCR検査をするその日の朝までに家族全員が発熱した。 順番は、いつものインフルエンザの通りだった。 いつもと違うのは。私も感染したこと。 娘は1日で熱が下がり、末っ子と双子の兄は2日、双子の弟と旦那は微熱が2日ほど出た。 熱はなくとも全身の倦怠感、体の痛み、味覚障害等があり。 普段じっとできない元気な子供達ですら、4日ほど寝て過ごした。 倦怠感や体の痛みは、熱がなくとも体感39℃の発熱に匹敵するものだったようだ。 最後に罹患した私は38℃以上の熱が8日間下がらなかった。 旦那は2回目、私は1回目のワクチン接種を控えた時期に我が家に訪れたコロナ。 そして、やっぱり私には。 少数派が経験するであろう出来事が待っていた。
2021.09.03
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友人が、 「コロナウイルスに感染する確率って、交通事故で死ぬ確率よりも低いから予防接種は受けない」と言った事があった。 実際、現在の新型コロナ累計感染者数は151万人ほど。 季節性インフルエンザは、毎年1200万人の感染者(10人に1人)が出ていたと考えれば。 インフルエンザの予防接種を毎年受けない人にとっては、ほぼ他人事の話なのかも知れない。 私の人生は。 どちらかと言えば、いつも少数派に属してきた。 自然妊娠で双子を授かる確率は、6パーセント。 妊娠の度に3ヶ月を超える入院、母体搬送されたり、双胎間輸血症候群を発症したり。 RSウイルスで同時期に子供4人全員が入院したり。 確率にするとどれくらいなのだろうか。 とにかく、いつも少数派。特に医療に関わる事については、医者から奇跡と言われたり、不運と言われたり。 友人にも子供が3人いるが。 医療に関わる事に関しては、何の心配もなく過ごしてきている。 そして、きっとこれからもそういう世界で生きてくのだと思うしそうあって欲しい。 そして。お盆が過ぎた頃。 我が家には、やっぱりコロナが訪れた。 私は、そういう世界で生きている。
2021.09.02
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