読書日和 ~Topo di biblioteca~

読書日和 ~Topo di biblioteca~

2006.02.05
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確信したときから、いつか、いつか聡子の口からもう一度清顕の存在と
その転生についてどう思うかを聞きたい、と願っていたような気がする。

それなのに…四部作を締めくくるこの終わり方をどう捕まえればいいのだろう。
この謎かけを、どう考えればいいのだろう。

輪廻転生の謎を見つめ、問い続け、挑戦した本多も、
既に死を目前にしていて、答えを見出すまでの時間はもはやない。
もちろん、この物語を綴った著者もいない。
この結末について問える人はもう何処にもいない。
ものすごい虚無感、喪失感に眩暈を憶えながら、
ただ三島の言葉の、表現の美しさだけが確かなものとして、そこに留まっている。

春の雪 奔馬 暁の寺 天人五衰

 この物語で七十六歳になる本多は、清顕、勲、月光姫の転生と思われる
 十六歳の少年安永透を養子に迎え入れる。
 世俗的な教養を施し、凡庸な青年に育て上げることにより
 二十歳で夭折する運命から救おうとするのだが…。

ここにきて、ずっと鮮烈な生を見せつけられてきた本多が初めて
“転生”に抗おうと試みる。
老いたことによって得た財や、知識や、世渡り、醜さを持って対抗しようとする。
…その根源にあるものは「嫉妬」だ。
清顕や勲のような生き方を許されなかった自分自身に対する挑戦。
なのに、透を手中に収めようとする一方で、彼が清顕たちのような
死を迎えることを期待していたりもする…この矛盾!

一方の透も、自意識については本多に負けず劣らず強く認識していて
次第に養父となった本多を憎むようになっていく。
この両者の拮抗の果てにあるものは…。

ああ、「転生」とは何だったのか。
昴を思わせる、三つの黒子とは何の印だったのか。
ましてこの物語が著者の遺作なら、何を伝えたかったのか…。

答えが知りたければ、繰り返し自分で読み解いていく他ないのでしょうね。

一読しただけの読者に、それがわかるようなら評論家も研究者もいらないし。
けれど、他者から与えられた解答にすんなり納得できるような
物語でないことだけは、わかるから。





この四部作を読み終えて感じるのは、テーマは難解かもしれなくても
用いられる言葉の、表現の美しさにすっかり虜になってしまったってことです。

読む、というよりも美しい言葉の一つ一つ拾い上げていく感じ。
いったいどうすればそんな表現を紡ぎ出せるのか、知りたくてたまらなくなる。

一方では、“過剰に装飾された文章”などと批判を被ってもいるようですが
私にはそう思えなかった。
三島由紀夫を読んだあとに、いったいどんな本を読んだらいいのか
見当もつきません。
どんな小説も、読む前から負けてしまうことが明かだから。

四部作の中で最も印象的なのはやっぱり『春の雪』です。
最初に読んだ、という鮮烈さもありますが、その時代背景や設定が
三島由紀夫の文章に一番よく似合っていました。

続く『奔馬』も良かった。
三島その人を思い起こさずにはいられない、結末の一文は決して
忘れられないでしょう。

『暁の寺』は前ニ作に比べるとずっとトーンが落ちてしまう。
難解さと、本多・その周辺に存在する人々の老いの醜さに思わずため息がー。

そして『天人五衰』は…。
本多の老獪さと、安永透の手記との対比に緊張感があって読み甲斐があった。
安永透の持つ美しさや内にある「悪」には清顕を思わせる部分があって
最後まで惑わされる上に、その結末は…よくも悪くも期待を裏切るものでした。

輪廻転生について考えることは、「生」について考えること。

紛れもないフィクションであるにもかかわらず、つい計算してしまってる
自分がいる。
もしも、清顕の魂が二十年の周期をもって、今も転生を繰り返して
いるのだとすれば…現在12、13歳くらいの年齢になっている筈だ、なんて。


素材上
春の雪
素材下
design by sa-ku-ra*

昨年、『春の雪』が映画化されましたが、こうして四部作を読み終えてみると
全然物足りない内容だった、と思えてきます。

清顕の夢の内容をすべて違えてしまっていることや、
決して聡子が言う筈のない台詞などは、この物語(原作)に対する
冒涜じゃ~とまで思えて来た…

映像が美しかった、と思えるだけに無念ですー。

いや、「豊饒の海」から万人が納得のいく結論を引き出そうとすること自体
難しい挑戦なんだろうから…とは思うけども、うむむ。

いつか、叶うなら…“完璧な”映像化作品を観てみたいものです。








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最終更新日  2006.02.05 17:15:47
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