JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 予約時に保養所から確認の電話があるけど…
JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2019.02.09
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次





松並木が再び始まり、前方に「酒匂歩道橋」が。



『道祖神』。



右手に『長楽寺』。
国道1号線、酒匂県営住宅交差点から東約30m、北約100mに御影石の門が。
勧学山修行院と号し、開山は応永十五年(1408)、浄土宗の寺。



奥に『本堂』。
門を入ると正面、ツツジの参道の先にマキの木を配した入母屋造の本堂が。
棟に二つの浄土宗の宗紋・月影杏葉が輝き、向拝は欅の柱、梁、虹梁、海老虹梁で構成。
虹梁は唐草のレリーフが彫られ、欄間には大胆な彫りの飛竜がしつらえられていた。
また、海老虹梁にも唐草のレリーフが彫られ、両側を獅子鼻が支えていた。



『上輩寺』
上輩寺は品山浄土院と号し、開山は他阿真教、開基は酒勾右馬頭、永仁五年(1294)起立。



法然上人像か?



『本堂』。



境内横に銀杏の巨木は。



『小田原市指定天然記念物 上輩寺の乳イチョウ』。
垂れ下がったものは乳柱と呼ばれているらしい。



イチョウは乳柱が多く独特な樹形で飯泉の勝福寺、城山の光円寺と並ぶ小田原三大イチョウの
一つでもある。高さ 15m  胸高周囲 5m、樹齢約600年、室町時代の生まれと。



『かながわの名木100選』プレート。
このイチョウの傍(写真右)に三基の五輪塔が並んでいた。地元の豪族、酒勾一族の墓と伝わると。



コンビニの店頭にはサンタと雪だるまが。



次に浄土宗光明院『大見寺』を訪ねる。
新編相模風土記によると大見寺は「光明山無量院と号す、天文三年(1534)僧退堂、
小菴の古跡に就て起立す、境内に小島氏の墳三あり、各五輪なり」という。



『山門』



背の高い石仏像。



『六地蔵』
生前の行為の善悪のいかんによって,人は死後に,地獄,畜生,餓鬼,修羅,人,天という
六道の境涯を輪廻,転生するといわれるが,そのそれぞれに,衆生救済のために配されていると。
写真右から檀陀,宝印,宝珠,持地,除蓋障,日光の6地蔵をいうと。



『本堂』
境内の植木の手入れ中であった。



大見寺境内の本堂前には川辺氏代々の墓が並び、おくに円柱の上に
仏様が蓮華座の上に腰掛けたような石柱が。
これは川辺家当主川辺清兵衛家次墓で当時の繁栄ぶりが残されていた。



『小島家の宝経印塔・五輪塔』
中央の白い塔の左が宝経印塔のようだ。



『小島家の宝経印塔・五輪塔』説明板。
「小嶋家は酒匂の旧家で、江戸時代は名主や組頭もつとめた家柄。
右側の宝篋(ほうきょう)印塔は、徳治三年(1308年)銘の墓石で、小嶋家の祖先である
左衛門入道の墓。なんと今から700年前、鎌倉時代初期の墓だという。
左の宝篋印塔は、天文二十一年(1552年)銘の墓石。
小嶋家の中興の祖である小嶋行西(ゆきにし)の墓。戦国時代の墓ということになる。
向かって左の墓地の五輪塔は、天正二年(1574年)銘の墓石で、小嶋行西の子、
左衛門太郎正吉の墓と考えられるもの。後北条氏治下の時代になる。」



『五輪塔』。

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横から。



『小嶋家由来』



本陣を営んでいた『川邉家』と刻まれた石碑も。



「ゆりかご園」と表札のかかった古い長屋門。



川辺家の門。



児童養護施設「ゆりかご園」の敷地になっていた。



『酒匂不動尊』。



不動堂の右側には『酒匂不動延命水』があった。
「ここは明治二十一年行者海老原師により酒匂水行堂水修行道場として開かれました。
この延命水は地下より湧き純粋清冽にして霊験有。どなた様も自由にお使い下さいませ。」

「酒匂不動延命水」の画像検索結果

そして日本橋まで(から)81Km。



次に右側奥に日蓮宗 神力山『法善寺』。



日蓮宗の寺であるが、元は真言宗の寺であったと。



『本堂』。
寺縁起に永享十一年(1439)、法善入道と云われる中野禅門がここに真言の庵を結び、
十九年後、伯父にあたる本法院日敬聖人の教えにより号を神力山として日蓮宗に改宗したと。



『浄行菩薩(じょうぎょうぼさつ)さま』。
水をかけて「南無妙法蓮華経」と唱えると、ケガレを除き病を治してくださると。



見事な『宝経印塔』?と『神力山法善寺縁起』。



『扁額』の文字は?



日本橋から81Km。



左手に日蓮宗『妙蓮寺』。
本堂は明治43年に火災により焼失。縁のあった善行寺(横浜市)が本堂建替えを行うとのことで、
旧本堂を譲り受け移築した。大正12年の関東大震災で倒壊したが、昭和2年に再建された。
そして一昨年10月、本堂新築落慶法要が執り行われた。「高祖日蓮大聖人降誕八百年」
「妙善寺開創四百五十年」という節目を迎える大事業にて新築されたと。



左手にあったのが『栄柳山 本典寺』。
享禄年間(1528年‐1531年)より 法燈継承する歴史ある寺。



境内の墓地。



樹齢500年を超える大きな御神木(タブの木)。



『南無妙法蓮華経』と刻まれた2つの石碑。



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                 ・・・​ つづく ​・・・






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Last updated  2022.08.18 07:08:49
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