JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2026.04.01
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カテゴリ: 国内旅行
式台(しきだい)越しに「中の口」の展示を見るために靴を脱ぎ上がる。



江川家案内 」、 「江川家」平面図 。 



江川住宅平面図(現在) 」 
1 全体構造の特徴
この平面図は、江川邸の典型的な「土間中心型農政官邸」の構造を示しています。
主な特徴は次の通り。
・中央に広い 土間(どま)
・土間の周囲に 畳敷きの居室
・奥に 公式・接客空間
・横に 台所や作業空間
つまり 行政・生活・作業が一体化した屋敷 となっています。
2 中央の「土間」
図の中央にある大きな空間が
土間
役割
・炊事
・作業
・荷物搬入
・家人や農民の出入り
特徴
・地面が土のまま
・天井が高い
・太い梁で構成
・江川邸の土間は特に大きく、
 代官所の実務拠点として使われました。
3 台所
土間の一部に
かまど(竈) が描かれています。
これは
・薪で炊飯
・大量の食事を作るためのものです。
江川家は家族だけでなく
・役人
・家臣
・使用人
が多く住んでいたため、 大規模な台所設備 が必要でした。
4 畳の部屋(座敷)
図面には
・十八帖
・十帖
・八帖
・六帖
・四帖
などの畳数が書かれています。
役割は次のように分かれます。
表向き(公式空間)
・大広間
・来客接待
・役人の会議
奥向き(生活空間)
・江川家族の居室
・寝室
・私的空間
江川家は幕府代官だったため、屋敷には 公式の応接空間 が必要でした。
5 「式台」
図の入口側には 式台(しきだい) があります。
式台とは武家屋敷の正式な玄関です。
特徴
・身分の高い客が上がる場所
・武士の礼法に基づく入口
つまり代官屋敷としての格式を示す場所。
6 江川邸の歴史的意味
江川家は
・江戸幕府の 韮山代官
・伊豆・相模などを支配
・砲術や海防政策にも関与
特に有名なのは
江川英龍(えがわ ひでたつ / 太郎左衛門)
です。
功績
・韮山反射炉建設
・西洋砲術導入
・黒船来航時の海防政策
つまりこの屋敷は
幕末日本の近代化の拠点の一つ
でもありました。
7 この平面図のポイント
① 土間の巨大さ
② 梁組の構造
③ 武家玄関(式台)
④ 大広間の畳配置
⑤ 台所の竈
これらを見ると
「行政+武家+農村」の生活が一体化した屋敷
であることが分かるのであった。



「江川邸」に関する基礎知識
◇国による指定◇
1.建物
 ①主屋=重要文化財(昭和33年指定)
 ②書院・仏間・東蔵 等計12棟=重要文化財(平成5年指定)
 →これらの建物群を総称して
 「重要文化財江川家住宅」と呼ぶ。
2.土地
 ①敷地及び周辺地=史跡(平成16年指定)
  江戸時代を通じて、幕府韮山代官役所としての役割を担い、
  明治維新後も韮山県庁・足柄県韮山支所・静岡県韮山出張所等、
  明治時代半ば頃まで伊豆地方の中心的行政機関であったことから、
  「史跡韮山役所跡」に指定された。
  指定面積は、約28,900平方メートルにおよぶ。
 ②仏間 ※非公開
  江戸時代末期の建物。茅葺。
  仏間と呼ばれているが、主屋南側の別棟になっていて、
  渡り廊下でつながっている。
  桁行4間半(約8.2m)、梁間3間(約5.5m)
 ③表門・裏門・土塀・板塀
  表門は幕末期、裏門は**文政6年(1823)**の建物。
  表門は3間1戸の薬医門。
  裏門からは、正面に富士山を望む。
 ④土蔵(東蔵・南米蔵・北米蔵・武器庫)
  西蔵は幕末期、東蔵は慶応3年(1867)、
  南北米蔵は明治初期の建築。
  ※東蔵は非公開。
  西蔵・武器庫の内部は非公開。
  南北米蔵は内部も展示スペースとして公開。
 ⑤鎮守社 ※非公開
  主屋南西側の山腹に鎮座し、
  天神と八幡神を祀っている。
  江戸時代中期の建物。茅葺。
 ⑥内庭
  主屋南側に池を配した庭園がある。
  いわゆる「韮山竹」の生育地もこの庭の一角にある。
  通常は非公開だが、
  年に2度、新緑と紅葉の時期に期間限定で公開している。
◇建物の概要◇
1.主屋
 ①主屋全体
  桁行13間(南北、約24m)、梁間10間(東西、約18m)、棟高約12m。
  原型となる建物は、およそ400年前に建てられたと推定されている(ただし、柱や梁
  などの部材には室町時代に遡るものもある)。その後、何度か大規模な改造・修築が
  行われ、現在の形となった。
 ②主屋内部
  北西部の土間は7間四方(49坪、約161㎡)の広さがある。土間の南側には式台と
  中の口・台所があり、東側に塾の間・玄関・使者の間・控えの間がある。
  さらに、主屋南側(非公開)には時計の間・九重の間・茶の間・納戸がある。
2.付属の建物
 ①書院 ※非公開
  江戸時代後期に建てられたと思われる。
  西側で主屋と接続している。
  桁行7間(約12.9m)、梁間4間(約7.3m)、寄棟造、茅葺。





海防を建議、世界遺産の韮山反射炉を建設、品川台場を建築、日本初の洋式帆船ヘダ号の建造を指揮、
パン祖ともいわれる。
坦庵公と一緒に撮影しませんか?
邸内でしたらどこでも持ち出し撮影できます。 
使い終わりましたら、もとへ戻してください。」


西蔵
西蔵は木で造られた蔵。幕末に建てられた肥料蔵とのことで、特徴は四方の壁がやや内側に
倒れるように傾斜した「四方転び」と呼はれる造りです。そのため、正面から見ると
将棋の駒のように見えるので、「駒蔵」とも呼はれるようですが、何よりも揺れに
強い耐震構造の蔵です」と。



南側への連絡口か?



この鉄製容器は?



様々な写真や絵画の展示が。



江川太郎左衛門栄龍の似顔絵。

江川英龍公を広める会 | 伊豆を知的に楽しむサイト

ハンドタオル  坦庵の書・江川家の家訓 」。



坦庵の書・江川家の家訓 」。



「江川コレクション EGAWA COLLECTION」 ​👈️リンク が並ぶ。 



「江川栄龍をめぐる人脈やエピソード」。


重要文化財指定書 江川家関係写真 四百六十一点


高札(こうさつ)
高札は、幕府や藩が法令や禁止事項をこのような板に墨で書き民衆に知らせるものである。
基本的なものは、正徳元年(一七一一)に出された親子兄弟札、毒薬札、駄賃札、キリシタン札、
火つけ札などである。
これらの札は、幕府や藩の権威を示すものであり、高札場といわれる一段高くした掲示台を
作り、屋根をつけ柵で囲い、村の出入り口や交差点など人目につきやすい場所に建て、
その維持管理は村の責任とされた。なお、当時は字の読めない人のため、村人に読み聞かせる
のも名主など村役人の仕事であった。
ここに展示してあるものは正物元年に掲示されたもので、長い間、風雨にさらされていあたが、
墨が防腐剤の役目をして文字の書かれた部分だけ浮き出ている。」



「高札場」に掲げられた「定」の写し書きが並ぶ。
上部 「定

一 毒薬ならびに似薬種売買の事禁止す
  もし違犯の者あるはその罪重かるべし
  たとひ同類といふとも申し告げざるの
  罪をゆるされずと御褒美下さるべき事
一 似せ金銀売買一切に停止す もし似せ金銀
  あるは金座銀〔つば〕相あらためくし
  はつしの金銀も是又金座銀座へつかはし
  相改むべき事
  惣じて似せ物すべからざる事
一 寛永の新銭、金子、売買に四貫文、売分に二貫文たるべし 
  御料私領共に半貢収納等にも御定の如くたるべき事
一 新銭の事銭座の外一切鋳出すべからざる事
一 新作のたし〔か〕ならざる書物商売ならざる事
一 諸職人、ひそかに作料、手間賃等高直に
  すべからず、諸商売物或は不当に買直し〔?〕をし或はいい合せて高直にすべから
  ざる事
一 何事によらず諸約をなし徒党を結ぶべからざる事
右条々これを相守べし もし相背くにおいては罪科に行はるべきものな也                                   正徳元年五月日 奉行 」 

意味は
『定
一 毒薬や、薬に似せた偽物の薬を売買することを禁止する。もし違反した者がいれば、
  重い罪に処する。  
  たとえ仲間であっても、違反者を見つけたのに役所へ届け出ない者は罪を免れない。
  逆に、届け出た者には褒美を与える。
一 偽金や偽銀の売買はすべて禁止する。  
  偽物と思われる金銀があれば 江戸の 金座・銀座(貨幣検査機関) に送って  
  調べさせること。疑わしい金銀も同様に検査すること。          
  とにかく 偽物は作ってはならない。
一 寛永通宝などの銭や金貨の交換比率は幕府の定めたレートで行うこと。  
  幕府領でも大名領でも年貢の納入などはすべて幕府の定めた貨幣基準で行うこと。
一 新しい銭は銭座(幕府の鋳造所)以外では絶対に作ってはいけない。
一 内容が確かでない新作の本を商売として売ってはならない。
一 職人が勝手に作業料や手間賃を値上げしてはいけない。  
  商人が買い占め、価格のつり上げ、談合をしてはならない。
一 どんなことでも、人々が結託してグループを作り、価格や商売を操作してはいけない。
以上の条文を守ること。もし違反すれば、法によって処罰する。
                   正徳元年(1711)年五月日  奉行』



「定」 




一 蒲原より   
 吉原迄    人足賃銭
 荷物壱駄   百五拾五文   
 乗懸荷人共  同断
 から尻馬壱疋 百文

 あふつけハから尻に同じ   
 重き荷物ハ本駄賃銭同 □べし夜
 通し急に通る    □ハから尻に
 乗共本駄賃を同じ□べし
 人足壱人   七拾四文  
由比迄   
 荷物壱駄    四拾四文    
 乗懸荷人共   同断
 から尻馬壱疋  三拾文   
 人足壱人    弐拾弐文  
泊々にて木賃銭   
 主人壱人    三拾五文
 召仕壱人    拾七文
 馬 壱疋    三拾五文
右之通過取之若於相背ハ可為曲事者也 
正徳元年六月  奉行」 
『定 蒲原宿から吉原宿までの料金
荷物1駄(馬1頭分の荷)  運賃 155文 
人が馬に乗る場合や荷物を載せる場合も料金は 同じ(155文) 
荷物を積まない馬(空馬)料金  100文 
追加規定 
「あふつけ」(馬の横につける軽い荷)料金は 空馬と同じ 
重い荷物は通常の駄賃(155文)と同じ料金 
夜通しの急ぎ輸送の場合  空馬に乗った場合でも本駄賃(155文)を取ってよい 
人夫1人の運搬賃 74文
蒲原から由比まで(1宿分)
荷物1駄           44文 
人が乗る場合も 44文 
空馬                30文 
人夫                22文
宿泊料金 ※木賃=素泊まり宿  
旅人 35文 従者 17文 馬の宿泊 35文
以上の料金を守ること。もし違反して高く取った場合は処罰する。
正徳元年(1711)6月 奉行』



富士川の渡し船(渡船)の料金を定めた 江戸時代の公告。


現代語の意味
富士川の渡し船について
今年(巳年)7月から、次の卯年6月までの 10年間 渡船の料金を 4割増し とする。
その料金は次の通り。
渡るもの    料金(1文=20〜30円くらい)
旅人                      40文
荷物(1駄)         40文
手荷物                   40文
老人          20文
馬1頭          20文
そして
右の通り料金を取ること。
もしこれに違反する者があれば処罰する。
年代
最後に 天明五年巳六月 とあるので 1785年(江戸時代中期)の公告。
この高札の意味
これは富士川の渡し場の「公定料金表」です。
江戸時代、川には橋が少なく、東海道、中山道などでは 渡し船が重要な交通手段でした。
そのため幕府が料金の取り立て方法を決めて、高札場に掲示しました。
なぜ「四割増」か
当時よくある理由は
・川の氾濫対策
・渡船場の修理
・人夫の賃金上昇
・川の流路変化
などで、期間限定の値上げをすることがありました。
この高札は「10年間だけ料金を4割上げる」という告示。
実は富士川は東海道最大の難所
江戸時代、東海道では
三大難所
・箱根
・大井川
・富士川
と言われることもありました。
特に富士川は流れが速い、増水が多いため、渡船制度が重要でした。



一  人たるもの 五倫之道 正しくすべき事、
一  鰥寡・孤独・廃疾のあわれものを 憫むべき事、
一  人を殺し、家を焼き、財を盗む等之悪業、あるましく事、
〇〇 太政官」
各文の意味
① 人たるもの 五倫之道 正しくすべき事
意味
人は、五倫(ごりん)の道を正しく守ること。
五倫とは(儒教の基本道徳)
・父子の親(親子は愛情をもつ)
・君臣の義(主君と家臣は義を守る)
・夫婦の別(夫婦はそれぞれの役割を守る)
・長幼の序(年長者を敬う)
・朋友の信(友人同士は信義を守る)
👉 要するに 社会の基本的な人間関係を正しく守れという意味
② 鰥寡・孤独・廃疾のあわれものを憫むべき事
鰥(かん):妻を亡くした男
寡(か):夫を亡くした女
孤独(こどく):身寄りのない人
廃疾(はいしつ):身体に障害や病気を持つ人
憫む(あわれむ):思いやる・助ける
意味 👉弱い立場の人や困っている人を思いやり、助けること。
③ 人を殺し、家を焼き、財を盗む等之悪業、あるましく事
意味
人を殺すこと 家に火をつけること 財産を盗むこと
などの悪事をしてはならない。
つまり
👉 犯罪の禁止
全体の意味(まとめ)
この高札は、非常に簡潔に言うと
明治政府の三つの基本道徳
・人間関係の道徳(五倫)を守れ
・弱い人を助けよ
・犯罪をするな という内容。
最後の「太政官」とは
太政官
明治初期の日本の最高政府機関で、現在で言えば
内閣+中央官庁にあたる組織。
この高札の歴史的意味 江戸時代の高札 は主に ・キリシタン禁止 ・一揆禁止 ・治安規定 など
でしたが、 明治政府の高札 ・儒教道徳 ・社会秩序 ・国民道徳 を教えるものになったのだと。


妻籠宿の高札場の写真



当時の面影を残す 板張りと囲炉裏のある台所



先代の生き柱
現在は腐食してきたので新しいものと交換してあるが、古いものは写真で分かるが
土間から下が痩せ細くなっており時代の経過を感じることができる。
建てるうえで力学的にには必須の柱ではないが歴史と伝統を物語る存在として、
大切にされていた。」と。



「奉差上一札之事
             略
右之もの儀御吟味筋被為在人牢被仰付
罷在候所病気ニ付出牢療養之儀嘆願候所
願之通郷宿江御下被成下置難有仕合奉在候
然ル上者親類組合之者共附添罷在療養
差加全快次第御届可奉申上候親類
組合村役人一同連印預證文泰差上候所
如件
元治元子年十年
             略」 
意味は
『この書付を差し上げます(正式な申請・誓約書)』
この者は取り調べ中で、牢に入れられておりますが
病気のため、牢を出て療養したいと願い出たところ
願い通り、郷宿(地元の宿)へ下げ置かれ(出牢許可され)ありがたく存じます
その上は、親類や組合の者が付き添って療養させます
全快次第、必ず届け出ます
親類・組合・村役人が連名で保証書を提出します
以上の通り
元治元年(1864年)十月』
この文書は
👉「病気の罪人を一時的に牢から出す代わりに、親類と村が連帯保証する制度」
を示しています。



・「風躰」のよくない者を差し押さえ届書



牢抜捕縛再牢抜人引渡し請書
      元治元年(一八六四)
韮山の牢屋



35代当主・8代韮山代官英毅公の時の役所勤務規則
一   役所出勤の者は元〆手代を除いて当番を極め、当番は朝五っ時(午前八時)
      に役所の人口などの〆切り木を外すこと。
   旦し役所の鍵は当番が預かり、七っ時(午後四時)に退出する時翌日の当番へわたすこと
一 各は出勤したら帳面に自分の名前を書き、押印すること
   但し病気や都合で出勤できない場合は、その旨を当番に断りの手紙を出し、当番は
   そのことを記載しておくこと
一 四つ半時(午前十一時)に食事のために退席するので、その時は当番が居残りとなって
  処々の戸締まり、湯呑所の者へよくよく確認してから退出すること
  九つ半時(午後一時)に出勤し、七つ時(午後四時)に退出すること。
  もっともその日の仕事によって変わることもある
   但し翌日の当番は居残り戸締まりをして、湯呑所へ届け退出すること
   当番でないときの出退勤も同様にすること
一 七つ時退出する前、当番は日記・御用留・廻状留・文通留等その日の勤務内容を
  記載した帳面を提出すること
   但し御用繁多の時は夜分に持ち帰って仕事をするように。
一 夜中に急御用状が到来したり、そのほか急ぎの仕事が入ったりした場合、
  元〆と当番に知らせ、郷宿(村から役所へ取り次ぎの場所)、そのほかへも通知すべし
   但し当番は名札を役所の入口へ掛けて置くこと
一 夜中は役所内の戸締まりを怠りなく心がけ、火の元等に気をつけ、
  出役部屋においては乱雑にならないようにして無用の者等の出入は禁止
  部屋待の者共には注意するように
一 諸帳面・箪笥のは元〆役が預かること。
一 紙の遣い払いは自分用の詰所の箪笥に人れて置いて、鍵は当番が預かり
  入用にしたがってその時々に差し出すこと、退出時には鎖をかけ錠をすること
  但し遣い払い帳を仕立ること、毎月未に勘定をすること
一 湯呑所に郷宿のほか他所の村役人を入れないこと
  但し、これとわかるよう入口へ建札をすること
一 出張から戻った時は勘定仕上げ、三日以内に提出すること
  但し、帰着後すぐにできない事情がある場合は理由を言って延長もできる
  卯
   三月」



巳御年貢皆済目録 」 



巳御年貢皆済目録
弘化三年(一八四六)

皆済(かいさい)とは「みなすんだこと」、
即ち完納の証明で、年貢(悦金)の内訳が記されている。
代官所より村に当てられたものである。」



嘉永3年(1850)代官江川氏手付・手代一覧
※手付 幕府から御家人を派遣。給与は幕府から支給。代官の下で事務を行う。
   手代 身分は農民・町人。代官の下で収税、その他雑務を行った。
   書役 書類の記録・整理を行う。手代見習い的地位。

「韮山県の領域」 


代官の仕事
江戸時代の代官は、幕府・諸藩の直轄領を支配する地方官で、幕府の場合は勘定奉行に所属し、
旗本が任せられました。年貢の徴収、司法検察を主務に天領の民政の安定にあたりました。
江川氏の管轄地域・・・預り地を含め最大約10万石
役所 韮山役所・・・伊豆の国市韮山・・・伊豆、駿河国の内駿東郡・富士郡を管轄
   江戸役所・・・江戸本所、のち芝新銭座(港区浜松町)・・・
          武蔵(東京都・埼玉県、神奈川県東部)
          相模(神奈川県)・甲斐仙梨県)を管轄
出張陣屋・・・三島陣屋(享和の頃まで定詰手代1人、のち韮山からの出役)
(谷村【山梨県都留市】屋・松岡【富士市】屋も置かれたことがある)」 
◯年貢の徴収、輸送管理
◯浦方の管理   浦方分一取立盻味 廻船入津・遭難船の吟味
◯街道の管理   嘉永3年「支配御用留」によると東海道藤沢宿・箱根宿・三島宿・原宿・
         吉原宿の管理、
          甲州道中日野宿・八王子宿・駒木野小仏宿・小原宿・与瀬宿・吉野宿・
          関野宿の管理
          関所の管理運営(武州多摩郡駒木野・小仏関所)
◯伊豆七島の管理
◯河川・湊の管理 河川の普請等勘定奉行へ意見を付けて具申 
◯湊明台の管理  川奈・石廊崎
◯御林の管理   天城山・富士山・箱根山・田中山御林等
◯事件の犯人探索、裁判
◯牢屋の管理   韮山牢


史跡韮山役所跡空中写真(中央の建物は重要文化財・江川家住宅) 」 
韮山役所跡 は戦国時代から明治時代中頃まで、地方政治の中心となった場所です。
江戸時代に代官を務めた江川氏は、中世から続く古い家柄で、戦国時代には、戦国大名
北条氏に仕え、後に徳川家康に仕えました。
江川氏は、韮山と江戸に役所を設け、伊豆・駿河・相模・武蔵、時には甲斐にまでまたがる
最大10万石ほどの幕府の土地を、江戸時代を通じて支配してきたのです(天領支配)。
このように長期間地域支配と行政の中心となった場所は、全国的にもまれです。
国重要文化財(建造物)の江川家住宅、国重要文化財の韮山代官江川家関係資料(歴史資料)、
江川家関係写真(歴史資料)などが現在まで保存されています。
江川邸とその一帯の敷地は、平成16年(2004)9月「韮山役所跡」として国の史跡に
指定されました。

韮山役所跡 文化遺産オンライン

韮山代官支配関係図 」。
韮山県の概要
廃藩置県「前」の1868年に、明治政府によって設置された最先端の県。
しかし、3年後に第1次府県統合によって廃止される。
代官所(=県庁)は、現在の " 伊豆の国市韮山韮山1 " に置かれた(韮山の中の韮山!)
初代知事は本で初めてパンを焼いた男 "江川英龍"の五男、「江川英武」



韮山県は、慶応4年(1868年)に駿河国、相模国、武蔵国、甲斐国内の幕府領・旗本領
および伊豆国一円(伊豆諸島も含む)を管轄するために明治政府よって設置された県。
管轄範囲は現在の静岡県、神奈川県、埼玉県、山梨県、東京都多摩地域にあたる。」



廃藩置県から神奈川県域の確定まで
1871年の廃藩置県直後、神奈川県域には小田原・荻野山中・六浦・神奈川の4つの
行政区分がありました。
その後、韮山県が誕生したいっぽうで、11月には4行政区が神奈川と足柄の2県に集約。
さらに、府県統合で足柄の旧相模国地域が神奈川県に編入、多摩3郡が東京へ移管される
などして現在の神奈川県域が誕生したのだと。

1871年(明治4)年9月 小田原県と神奈川県の2県に

⏬️
1871年(明治4)年11月14日 足柄県と神奈川県に大別される
1871年(明治4)年11月14日の第一次府県統合により神奈川・六郷・韮山・小田原・
萩野山中県を廃止し、神奈川県と足柄県を設置された。
高座郡の藤沢宿は当初足柄県に入っていたが、高座郡は外人遊歩区域内のため、神奈川県に
編入された。 また、11月県知事を県令と改称し、初代県令に陸奥宗光(むつむねみつ)がなった。

廃藩置県から神奈川県域の確定まで

1876年(明治9)年4月18日 足柄県の旧相模国域が神奈川県に編入される。
1893年(明治26)年4月1日 三多摩が東京へ移管され現在の姿に。

廃藩置県から神奈川県域の確定まで


                                ・・・もどる・・・



                  ・・・つづく・・・



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