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昨日は、新潟で知人と飲み会。撮るタイミングを逸したワザとらしい写真はその時のものである。もちろん、酒は〆張鶴の夏に出る吟醸(生貯蔵酒)である。性懲りもなく飲むのには一応わけがある。これが自分にとって日本一の酒ではないかと思えた時があったからだ。暑い夏の日。土曜日。お昼頃ダラダラ起床。風呂上がり。冷蔵庫に冷やしたこれとグラス。キュッと一杯。まあ、同じ酒でも飲むシチュエーションが違えば、同じ結果にはならないことは理解している。物好きな方がおられたら、来年にでもやってみてください。ぶっ倒れない程度に。
2007年10月31日
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昨日は、一人家で飲んだのである。最近は、飲み屋で飲む機会が増えている。まあ、いろんなお酒の種類が試せる、肴がすぐ選べる、など良い点も多いのである。が、一人で入るのは、さすがにおっくうだ。だから、家で静かに飲むのも悪くない。フラフラ帰れない、ということは絶対にないのも利点だ。夜半、簡単な肴で飲む。酒は、新潟県上越市の「かたふね ひやおろし」(特別本醸造生詰)である。総じて、越乃かたふねは、辛口ながら飲み口のよい優しい酒で、しみじみ・ほのぼの旨い。中でも、ひやおろしは最もその感じが強いように思う。確か、秋・冬限定だったような気がする。家飲みの最も良いところ。すぐ布団が待っている。
2007年10月30日
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椎名誠著 『麦酒主義の構造とその応用胃学』、集英社文庫。小説でもない、エッセイでもない、笑いと奇妙な想念がないまぜになったシーナワールド。元々相当「怪しい」人なのである。まず、書いたもののどこまでが実際あったことで、どこまでが創作なのかが「怪しい」。そして、なぜこの中身でこのタイトルなのかが、まったく「怪しい」。・・かつてぼくは「怪しい」とう言葉が大変に好きだった。 いや、今でも充分に好きなのだが、好きなあまり少々頻繁に使いすぎたような気もして、 このごろは使うのを注意している。自己規制というようなものだ。・・などと言いながら、「怪しい」理屈を述べる。土砂降りの雨の中、規則通りに、熱心に樹木に水をやる「正しい」公園管理の人々。そうじ中の私語厳禁ということで、生徒たち全員がマスクをさせられる「正しい」中学校。「怪しい」の対極であるはずの「正しい」も、実は充分に「怪しい」のだと言う。うーん。まったく油断のならないおやぢである。
2007年10月29日
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休みの日だから、家で音楽など聴くのである。一青窈さんとか、元ちとせさんとかなども好きである。どうせおやぢは演歌だろ、などのステレオタイプな言い方はいい加減絶滅してほしい。今日は、竹内まりやさんである。彼女の歌は優しい。彼女の歌が癒し系である理屈として、完璧な鼻濁音で歌われるからだ、という人がいる。「がぎぐげご」を鼻にかかったように言う伝統的な言い方である。確かに、その点では一青窈さんとか元ちとせさんとは違う。ただ、それだけではないだろう。それ以上に、彼女がそれぞれの年代で残してきたものが、みんなを安心させてきたのではないか。あー、おやぢの戯言、どうでもいいことだなぁ。今から静かに聴く。竹内まりや 『Denim』
2007年10月28日
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また、やってしまった。昨日も飲んだ挙げ句、まともに電車で帰れなかった。ふーっ。だが、今反省しても、明日にもまたやってしまうかなとは思う。飲むとお気楽な性分は未来永劫変わらない。昨日は送別会で、思いの外、たくさん飲みましたとも。記憶にある分だけ。新潟県の「清泉」、多分本醸造。愛媛県の「石鎚」、多分純米系。山口県の「獺祭」、純米吟醸。そして、純吟の無濾過生酒の封切り。多分、季節商品?獺祭の無濾過生酒は、とても飲み口がよくて好きだなぁ。その後、つまるところ、乗った電車で行きすぎて、さらに戻る電車では戻りすぎ、電車のあるうちに、着くべきところに着けなくなったのである。振り子の行き先は振り子にしかわからない。酔っぱらいおやぢも同じだ。
2007年10月27日
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高倉健さん。昔から映画以外ではあまり露出しなかった感じがする。もちろん、強烈に存在感のある俳優だが、素顔はあまりイメージできない。無口で、何となくストイックに道を極める生き方なのかなぁ、みたいに思っていた。・・よく、僕は無口な男、寡黙な奴とか言われますけれども、 自分ではそんなふうに思ったことはないですね。 ラジオ番組でも台本なしで結構喋ってますから、 自分ではそれほど無口だとは思いません。・・へーっ。・・言葉はすくない方が、自分の思いはむしろ伝わるんじゃないかと思っています。・・でも、そうなんだ。やっぱり。この本では、30年以上スキューバダイビングをしている1級小型船舶操縦士の免許を(おそらく)持っている大学時代にお米を黙って拝借した等々があきらかになって、すこーし人物が見えてくる。それにしても、高倉健さんの日本語はキレイだと思う。話し言葉も文章も。高倉健著 『旅の途中で』、新潮文庫。ラジオ番組を元に書き下ろされた高倉健さんのエッセイ集。
2007年10月26日
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今でも、すべてのおやぢの好物が2次会のスナックだとは思わない。誰にだって自分の好き好きがあるはずなのだ。・・・最初の会の跳ねた後、ある先輩の「行こう!」が発端だった。おやぢにとって断ることは許されない人だった。小さな川沿いの建物の二階にその店はあった。だが、5-6人だったと思うが、水割りで乾杯した後は、一人取り残された。当時、ウィスキーの独特な香りとドライな飲み口があまり好きではなかった。だから、手持ちぶさたな感じがしていたのだ。「どうぞ」ママさんが、おやぢの前に持ってきてくれたのは、お銚子とぐい飲みだった。絶句。初めて入ったスナックで、しかも頼んだわけでもないのに日本酒が出てくる・・・それは、まったく想定できていなかった。・・・その後、足繁く通うしかなかった。飲み代も安かったし、雰囲気も好きだった。何よりも、この店が、おやぢには得難いもののように思えた。もちろん、なぜ?と聞いたことはある。まともな答えが返ってきたことはなかった。だから、いまだに理由を知らない。
2007年10月25日
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くどいなぁ、とは思うが続ける。別の本で、山口瞳さんが、盃での酒の飲み方を解説されておられる。・・そうやって盃を持ったら、これを唇に近づける。そうして、ヒトサシユビとオヤユビの中間のところから飲むのである。この際に、舐めるようにではなく、盃の中の酒を口の中に放り込むようにして飲む。これが正解である。これが見た目のキレイな酒の飲み方である。・・やってみると分かるが、こうやって飲むと、向かいあっている相手から盃がかくれるようになって、粋なのだろう。ただ、山口さんも、普段はオヤユビに近いところで飲んでいたそうである。ちなみに、こっちのおやぢもオヤユビ派だ。・・礼儀とかマナーとかいうものは、知っていてそれを行なわないところに妙諦がある。知らなければいけない。しかし、それを常に実行する必要はない。・・なるほど。さすがである。しかし、カッコいい飲み方も、大きなぐい飲みなんかでマネしたら、確実にぶっ倒れるから気をつけるべし。山口瞳著 『礼儀作法入門』、新潮文庫。人生の先輩が後輩に送る人生の副読本。
2007年10月24日
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山口瞳ほか著 『諸君、これが礼儀作法だ!』、新潮文庫。たくさんの皆さんが、オトナの礼儀と作法の極意を教えてくれる得難い一冊。特に山口瞳さんのお言葉。・・新入社員諸君!これからは仕事で酒を飲む機会が多くなるが、心の奥底に「見た目に美しくないことは悪である」という信念があれば大きな過ちを犯すことがない。・・心の持ちようにおいて「美しさ」あるいは「美しくなさ」の基準を持て、ということだと思う。先輩として、新人さんに暖かく伝える、ホントに美しい教えだ。おやぢにだって、いつもの与太話じゃなくて、たまにはビシッと説教の一つもしてみろよ、と言われた感じで、結構くるものがある。・・お酒は一人で、または気のあった友人たちと飲むべきものである。そうでない酒は、すべてまずい。・・まったく熱烈に激しく同意。やはり、山口さんは、酔っぱらいおやぢの鏡だったのだなぁ。つくづく。
2007年10月23日
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みかんが色づきはじめた。植物は強い。まあ、もらった苗を適当に植えたものではあるが。せいぜい、アゲハの襲撃から守ってあげるくらいが、おやぢの仕事である。何はともあれ、毎年キチンと実をつけるのは大したものだ。もちろん、プロじゃないから味がどうのこうのじゃない。・・・手をかけてあげなくちゃな。
2007年10月22日
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鯨統一郎著 『浦島太郎の真相』、KAPPA NOVELS(光文社)。日本酒をワイングラスで出す(!)という日本酒バーを舞台に、持ち込まれた事件を難なく解いていく謎の美人大学院生、桜川東子(はるこ)。唖然とする常連おやぢども。8つのミステリ部分と、それにまつわるおとぎ話の新解釈と、なぜか昔のTV番組話とが語られる一冊で三倍美味しい構成。前作もそうだったと思うが、全く律儀な著者で、楽しめる。話の中で、常連おやぢどもはいろいろな日本酒を飲むので、それはそれで酒好きには楽しかったりする。ただし、東子は「春霞」だけのようである。これは、秋田の酒なのかなぁ。飲んだことがない。そして、話の終わりには決まって、「あとには空になった一升瓶が残されている」、という。要は、実はウワバミ娘だな。お近づきになりたいか、・・・大いに迷う。
2007年10月21日
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昨夕は友人と飲み屋でミーティング。いや、もちろん単なる懇親会です。前から飲みたかった「浦霞」純米辛口をいただいたのである。浦霞の他のものは何回か飲んだことはあったが、これははじめて。総じて、浦霞は穏やかなイメージがあったのだが、これは最初グッとくる。だが、食べながら飲むにはちょうどいいくらいなのかもしれない。友人は、いも焼酎なんぞを飲んでいた。ホントにうまいのか?それにしても、テーブル一杯に肴を頼まないと気が済まないのは、おやぢどもの悪癖かもしれない。お互い、いい加減学習しないとなぁ。とりあえず、冷静な友人のおかげで、昨日はサッサと撤退。帰りの電車の中では、妙な着ぐるみのお姉さん二人。すっかり目立ってました。友人いわく、ハロウィンの仮装ではないか、と。へー。よく知らないし、興味もないのだが、子供がお菓子をもらうってやつじゃなかったっけ。世の中、変われば変わるもんだ。
2007年10月20日
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乾くるみ著 『イニシエーション・ラブ』、文春文庫。おやぢだって、このくらいの本は読むのだ。そして、おやぢが、この半年で最も驚いた本。青春小説のようなミステリー、あるいはミステリーのような青春小説。実際、どっちだろう?きっと、恋愛小説だ、と思っていた。詳しくは書けないが、終わりの2行で状況が全く変わってしまう。えっえっえっ「必ず二度読みたくなる」と絶賛されたようだが、頭の巡りの悪いおやぢには何度読んでも分からなかった。シラフなのに、いったい・・・最終的には、たくさんある解説サイトの情報でようやく理解できたのも悲しい。だが、そんなことでイチイチめげちゃいられない。旅はつづく。
2007年10月20日
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新潟市の「鶴の友」。しゃくなことに、新潟市のおやぢどもは晩酌として普通に飲むという。しかし、新潟市周辺以外では、あまり売っていない酒である。頭が高い、ヒカエオロォー。これをおいてある居酒屋は見識が高い、とあの達人・太田和彦さんも書いておられるのだ。辛口だが、淡麗だけでは片づけられない飲み口がある。だから、食中酒としてとてもよいものだと思う。写真は「上々の諸白」。飲んでみました友。さりげなく香り、さりげなく飲めてしまう、ある意味アブナイ酒。気分も上々。
2007年10月19日
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齋藤孝著 『グッとくる「はげまし」言葉』、文春文庫。みんなが「はげまし」を渇望している。今どきの「ゆる~いはげまし」を排除して、手加減無用、ビリビリ感満載のグッとくる「はげまし」言葉集。星一徹とか浮浪雲なんかも励ましてくれるのである。なかでも、立川談志の説教。いいなぁ。・・酒は「人間を駄目にするもの」じゃあなくて、酒は「人間というものは元々駄目なもんだと教えてる」んだよ・・元々駄目なら、これからはよくなっていくしかないだろ、って言っているように聞こえる。そうか。酒はプラス思考の飲み物なのだ。それで行こう。じゃが、おやぢの理論武装も小人には通じんじゃろなぁ。
2007年10月18日
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むかしむかしのこと。直す気あるんですか、と医者にひどく怒られたことがある。生来いい加減な性格もあり、生活は不規則のまま、言いつけは守らない・・・もっとも、それができてたら、ここに来ちゃいないさ。さんざん絞られた挙げ句、トボトボ帰るしかなかった。「だいじょうぶですよ。」付き添いの看護師が、ドアの前で聞こえるか聞こえないかの小声で言った。ニコッ、と。よほど暗い顔をしていたのかもしれない。その後無事だったことにこじつけるつもりはないし、根拠もない。それでも、白衣の天使のおばさんは存在していたのだ、と思うことにしている。
2007年10月17日
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立ち飲み研究会著 『立ち飲み屋』、ちくま文庫。立ち飲み屋に足繁く通う酒徒が、体力・気力にものを言わせた実地見聞録を含む労作。世の中、ホントに奇特な方々もおられるものである。主要な立ち飲み屋100か所余り(!)に出没した蓄積だという。そして、立ち飲みの作法と礼儀につき9箇条も述べているので、興味ある方は買って読んで研究すべし。曰く。・・普通の居酒屋で飲むのと違って、立ち飲み屋はダラダラ飲むところではない。・・日本酒ならコップ酒で2,3杯キュッキュッと引っかけて帰る、というのが常道である。一杯の酒をチビリチビリ、などは無粋というもの。うーむ。やっぱり厳しいおきてがあるのだなぁ。いつものおやぢなら一発レッドカード、出入り禁止。ふーっ。
2007年10月16日
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先週末は、出足が遅かったにもかかわらず、飲み屋でいつもの調子でダラ飲み。 気がついたら、○○線の本日終了のアナウンスが・・・ ああ、またやってしまったーという、真に迫ったドラマがあったのかどうかは、ご想像にお任せする。飲んだのは越後・塩沢の「鶴齢」。普通の本醸造を冷やしたもの。多分、4-5年振り位だと思う。前の印象は薄かったのだが、今回は、飲み口がまろやかな感じで、値段の割に普通に旨いと思った。ま、単に懐具合との相関関係かもしれない。純米系無濾過もあるようだから、チャンスがあれば飲んでみよう。・・電車のあるうちに。
2007年10月15日
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杉浦日向子著 『一日江戸人』、新潮文庫。2005年に急逝された時、おやぢはとても悲しい気持ちになった。ちょっとシャイで、ほのぼのとしたお姿がしのばれます。 合掌。ともあれ。「コメディーお江戸でござる」の解説などでもおなじみだった著者が、江戸人について語る。絵や漫画も豊富な絶好の入門書。多分、深い洞察が隠されている。特に、時代物に興味のある方には、とてもお勧めできるものだ。中で、酒についても語る。変わり酒の「鮭酒」は結構いける。作り方はいたって簡単。漫画つき。 (1)甘塩鮭を薄く切り (2)ゆっくりカリカリになるまで炙る (3)熱燗を注いで1,2分後に飲む!鯛酒よりウマイ肴いらずの天下一品酒!!、という。チャレンジ精神旺盛だったであろう、著者は尊敬されるべきだ。「朝もよし、昼なおよし晩もよし、飯前飯後その間もよし」(呑兵衛)I miss you.おもしろい時代だな。
2007年10月14日
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前のやつは、思ったまま書いてるなぁ。酔っぱらいは人を直情的にしてしまう。ところで、我が家のさるぼぼ様はお三方と言ったが、先ほどの調査の結果、もう二方おられました。第四に、馬鹿なおやぢの失礼の段に成り代わって頭を下げておられる白川郷出身のお方。第五に、何やら奥ゆかしい笠かぶりのお方。ふーむ、不思議だ。私が来ていただいたのは、最初のお三方だけなのだが。なぜ増殖なされたのであろう。さては家人か・・・疑惑が・・・それにしても、飛騨の花酵母、飲みたいぞ。懲りない・・・
2007年10月13日
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今日も酔っぱらいおやぢだが、今日はまじめに言いたいことがある。ホームを見てもらえば分かるが、自分は「さるぼぼ」が大好きだ。一つは自分の車にぶら下がっていただいてるお方。二つは玄関のケースに鎮座されてるお方。三つ目が、この写真のお方。で、言いたいのは、地元の某氏から赤くないお方がいるとお聞きした。万が一、白いお方とか、青いお方がおられるとしたら、それは酒飲みにとってアブナイ色でしょ。自分はそこいらの出身じゃないし、しかも現認はしていないのである。だけど/だから、問う。伝統ある地方でなぜそんなものが売られることがあるのか?以下の順に回答を求める。(1)Y君。君の嫁の意見もききなさい。(2)高山の人。(3)飛騨の人。(4)岐阜県の人。いつでもかかってきなさい。
2007年10月13日
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ある日の午後、近くのスーパーにいたのだが、家人に頼まれた買い物は、意外と探しにくいものだった。ふと、横を見たら、ちっちゃな女の子が、なぜかしっかり私のズボンを掴んでいた。接近遭遇・・・若いお母さんが飛んできて、スミマセン、スミマセンと謝るのだが、はぁ、いえ、とか不細工な返事しかできない。 お母さん、おチビさんは、うろつき回って、転んで、泣くのが仕事でしょ。 私の足で良かったらいつでもどうぞ。言えるわけがない。それこそ、怪しいおやぢになってしまう。ただ、確か、この光景には既視感がある。いつもそうだったような気がする。だから、驚きはなかったのかもしれない。
2007年10月12日
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開高健著『知的な痴的な教養講座』、集英社文庫。開高さんは1989年に亡くなって、この本のオリジナルは1990年に出たということである。そうすると、同じ空の下の空気を一緒に吸っていた時期が結構あったことになる。酒については、なかなか強烈だ。・・君にとっていいか悪いか、好きか嫌いか、これだけだ。それがアルファであり、オメガなんである。・・先制パンチ一発、という感じか。・・どれを飲んでみても、ただひとつ越乃寒梅タイプの酒があるだけなんだな。違いは極めて微差でしかない。日本の酒飲みたちはこの微差を楽しんでいるのかもしれないけども、日本酒そのものは、もっといろいろな味を生み出せるはずだ。・・彼は、日本酒のことを「ライスワイン」とも書いている。当時、そんな言い方が一般的だったか、記憶はない。自分の意見を言い切っちゃうところなぞ、何やら酔っぱらいおやぢの臭いがぷんぷんする。人のことは言えないが。好きか嫌いかが、はっきりする本だと思う。そういえば、むかしむかし、友人が「開高は面白いぞ、読んで見ろ」と、しきりに言っていた。確か、この本ではなかったが。スマヌ、友よ。約束は当分果たせそうもない。
2007年10月11日
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今日は、事情により、朝からテンションがいやになるほど低い。だから、愚痴っぽくなる。時々、自分などにも訊かれるのだ。「今まで飲んだお酒の中で何が一番ですか?」、と。一体全体、何を言わせたいのかなあ、と思う。多分、答えはその場しのぎのいい加減のことしか言ってないと思う。それは確信犯。愚問だということを自覚すべきだ。それでもなおかつ、答えを求めるならば、まず、自分の一番を伝えるのが最低限の礼儀ってもんだ。そういうことならば・・・議論に応じる・・・かもしれない。
2007年10月10日
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ちょっと前の話題で書いた「天狗舞」。記憶が正しければ、かれこれ3年は飲んでいなかったと思う。ということで、実は、先週の金曜日、久しぶりに飲みに行ったわけである。山廃純米を、ヒヤで。やはり、ガツンときた。この色、このコク、この酸味。とてもなつかしく感じられた。多分、そうしょっちゅう飲まないことは変わらないだろう。ただ、この酒が好きだという人間を、結構嫌いじゃない、とは思う。そういうこと、だ。
2007年10月09日
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村上康成著『フライフィッシャーマンの絵本』、税込み1,365円、小学館。(リンク先に絵がなかった。自前の写りの悪いものでスマヌ)著者は、自然派アーティストであり、たくさんの絵本の作家でもある。そのアウトドア系のライフスタイルは、自分とは大きく違うもののように見える。それでも、彼の描く動物の絵(特に魚と鳥)には完璧にやられた。いい年してなぜ絵本?という感じだが、こういうのは琴線の問題だからしょうがない。その上に、だ。・・スッとお酌が入る。お米が、世界中で一番おいしい水に生まれ変わった、その搾りたてをチュルリ。香り立つ、この世の春。正調、桜、サクラ。・・こうかかれて、シンパシーを感じない日本酒飲みなどいない。そして、それが正調のおやぢというものだ。なにしろ、読み方・見方はその人次第。不思議な広がりを持つ、大人のための絵本。正調、桜、サクラ。まあ、もっとも今は秋だが。
2007年10月08日
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毎日バスを利用する生活だった。バスは不思議な乗り物だ。人との距離感が独特で、タクシーほど近くなく、電車ほど無機質ではない。時として、見る必要のない人間性が垣間見えてしまうのもユニークだ。おばあさんが、「ありがとうございます」などと言いながら降りていくのをよく見た。何気ないが、感謝の言葉を、誰でも簡単に口に出せるものではない。そして、希に若い女性も「ありがとうございます」と言って降りていく。おやぢには、それが、カッコよくてすごくまぶしく感じられた。だからどうだということではない。だけど、一日の始まりは得した気分だった。・・・思うのだが、飲み屋でもどこでも、世の中、バスに乗る位の人間の関係性って多くないか?
2007年10月07日
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若山牧水著『新編みなかみ紀行』、岩波文庫。酒を愛し旅を愛した歌人・若山牧水の紀行文集。旅の詩2篇併収。牧水に酒はつきもので、別の本ではあるが、とても有名な歌もある。 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれこの本は、画像とかおもしろい格好の写真が載っていて、好きな人は好きだと思うが、何だー、と思う人は歯牙にもかけないだろう。だから、万人にお勧めできるものではない。その牧水が、晩年まで愛誦した詩は、永井荷風訳ボードレールの「旅」の一節であったという。行かむがために行く者こそまことの旅人なれ心は気球の如くに軽く身は悪運の手より逃れ得ず何の故とも知らずしてただ行かむかな行かむかなと叫ぶふーむ、ただ行かむかな、行かむかな、である。そこに山があるから登る、そこに酒があるから飲む、みたいなものなのだな、とおやぢは解釈したりするのである。彼が生きていた時代(1885-1928)の酒がどのようなものであったかは知らない。ただ、彼が現在の酒を飲んだら、どう思うかは聞いてみたかった気はする。
2007年10月06日
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日本人は米だー。そう実際に叫んじゃったらアブナイから、もちろん、心の中で思うのである。消費は一貫して右肩下がり、と一言で片づけられ、自給できる大切な食料という言葉がむなしい。ついでに、酒米も米だー。などと、柄にもなく力説してみるが、もちろん、農水省の回し者なわけじゃない。ただ、もうちょい米を食って、もうちょい日本酒も飲めば、もうちょい良い方向に行くんじゃないかな、と思ったりしただけである。以上、前置き。今年も、新潟の知人から新米が届いたのだ。玄米だから、必要な分だけ都度、近くのコイン精米機で精米するのである。毎年この季節が楽しみだし、米だけは贅沢だよなあ、とは思う。いまさら家人の食材加工能力を論評する気もないが、粗食のお供に効果は絶大ということは、まあ、言えそうだ。食欲の秋は、多分メタボのお友達。
2007年10月05日
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太田さんついでに、太田和彦著『超・居酒屋入門』、新潮文庫。著者は、初めての居酒屋での実技とは、おおよそ以下のようなものだと述べる。1.身なりはこざっぱりする。2.なるべく、古くて小さい店を選ぶ。3.開店早々を狙う。4.カウンターは避けて、あまり上等な位置でないテーブル席につく。5.まず、ビール。6.この店の実力をあらわす季節の一品を見抜き、それを中心に全体の流れを組み立てる。7.酒は2本程度、混み具合を見てさっさと切り上げる。うーむ、奥深い。それぞれに理由があるのだ。いつもダラダラ適当に飲んでいる我が身には冷や汗ものではないか。店にとって、「本当の常連さん」と「常連扱いしてほしがる客」とは明確に異なる、という指摘もシビアである。つまりは、ただの酔っぱらいおやぢで終わるか、立派な酔っぱらいおやぢになれるかは、本人の学習能力次第、ということだ。
2007年10月04日
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偏在記憶?とでもいうのだろうか。先週、若い友人たちと某居酒屋で懇親会をしたのだった。その際、一人が、自分の酒歴の最初は「天狗舞」の安い酒だったよなー、みたいな話になったのだ。山廃系みたいなコク・ガツン系(情けない語彙でスマヌ)がベンチマークになると、他はちょっと物足りない、みたいな感じで。その時、みんなで飲んでいたのが「五凛」の純米という初めての酒。気になって後で調べてみたら、なんと「天狗舞」の酒蔵で造っている別グレードというではないか!不思議といえば不思議なな巡り合わせ。軽めな印象で、とても兄弟とは思えなかったのだ。初めてついでに「石鎚」という愛媛県の酒も。これは純米系の無濾過と店の人が言っていたように思う(酔っぱらいの耳は信用できんけどね)。ただ、この酒について、先ほどの友人の「これじゃ、だめだよー」という評は伝えたい。これは誤解の無いように補足しておくと、あまりにも飲み口が良くていくらでも飲んじゃうから、というのが理由だそうだ。あー、その他何を飲んだのかあまり記憶がありまっせん。他の話も覚えていません。お勘定、何のこと?毎度のこと。
2007年10月03日
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『新明解国語辞典(第6版)』、三省堂。いわゆる「新解さん」。国語辞典のくせに、既に何冊も研究の書が出ていて、いまさらという感じもするのだが。手元にあるのが最新の第6版である。試みに、【酒(さけ)】を引いてみると、米・こうじで醸造した、わが国特有のアルコール分を含む飲料。適量を過ごすと酔う。日本酒。[広義では、洋酒・ビールなどをも含む]となっている。米・こうじが原料の伝統清酒(つまり純米酒)以外は認めないという立場は、広辞苑(手元の第4版)とも共通するからひとまずおくとしても、酔うという「適量」とは一体いかなる量なのか?適量でなければ酔わないのか?非常に興味深いところである。さらに、用例を見ると、酒と女に溺れるとある。何故、酒だけでなく「女」が加味された上で溺れないといけないのか?他にも、結構「女」が出てくるところを見ると、新解さんは、きっと女に恨みがあるに違いない、と誰かが言っていた気がする。不思議だ。
2007年10月02日
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太田和彦著『ニッポン居酒屋放浪記・立志編』新潮文庫。この後に『疾風編』、『望郷編』と続く3部作。居酒屋好きのおやぢ必読の書。酒蔵の数は毎年減る一方だから、とりあえあず、今のうちにいろんな酒を飲んでおこうという日本酒好きな人間はそこそこいると思うのだ。だが、酒もさることながら、それに見合う肴や雰囲気を提供できる真っ当な飲み屋も減る一方だから、今のうちに行かねば、と気づいた著者の先見の明、やはりただ者ではない。まさに、ノーメル文学賞級の天才と言うべきであろう。よって、著者は日本全国各地の居酒屋に出没し、誠心誠意(?)飲みまくる。ただし、前記の高邁な理想のためなのだから、断じてただの酔っぱらいおやぢではない、のである。それにしても、太田さんの懲りないおやぢっぷり、あこがれです。すべからく、お金と時間と健康に余裕のある居酒屋好きは見習うべきなのである。
2007年10月01日
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