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「変だとも思わなかったのだろうか」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。こうしているうちに、気分はいくらかよくなったけれど、二十日過ぎ頃、あの人は、御嶽詣で大和国吉野郡金峰山に参拝と言って急いで出発する。幼い子もお供で一緒に行く事になったので、いろいろと準備して送り出し、その日の暮れには、わたしも元の家の修理が終わったので、引っ越す。供に連れていくはずの人を残して行ったので、その人たちと引っ越しした。それからというもの、まだ気がかりな子どもまで一緒に行かせたので、 どうか無事でありますようにと心の中で祈り続けていた。七月一日の夜明け前に子どもが帰って来て、父上は帰りましたなどと話す。 この家は遠くなったから、しばらくは訪ねてくるのも難しいと思っていた。ところが、昼ごろ、あの人が不自由そうに足を引きずりながら見えたのは、どういうことだったのだろうと思うが山道で足をくじいたのかも知れない。 その頃、帥殿の北の方は、どうしてお知りになったのだろう、 あの手紙はあそこからとお聞きになって、六月まで住んでいた所に、わたしがいると思われて、そこへ届けようとなさった。だけど、使いが間違えて、もう一人のお方の所へ持って行ってしまった。あちらでは受け取って、どうも変だとも思わなかったのだろうか。 返事などなさったと人づてに聞いたが、北の方の所では、その返事が、もう一人のお方からと聞いて、つまらない歌なのに、届け先を間違えた。なんともばつの悪い奇妙な思いがしたが、そのまま過ぎ去ってしまった。
2018.11.30
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「北の方のご兄弟の入道の君の所から」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。秋の風が吹けば、垣根の荻(おぎ)が、あなたの嘆きに応えるように、葉音を立てるたびに、ますます目が冴えて眠ることができず、夢でも左大臣さまにお逢いになることもなく、長い秋に一晩中、鳴いている虫のように、こらえきれないで忍び泣きをされていると、お察ししますが、わたしもまた、大荒木の森の下草の実と同じように、涙に濡れていることをご存じでしょうか、それから、後ろのほうに、 やど見れば 蓬の門も さしながら あるべきものと 思ひけむやぞ お邸を見ると 蓬(よもぎ)が生い茂り 門も閉ざしたままですが、こんなにあれるとは 思ってもみませんでしたと書いておいた。そのままにしておいたのを、前にいる侍女が見つけて言い出す。 ほんとうにお心のこもったお手紙ですね。これをあの北の方さまに、お見せしたいものですなどと話し出すが、どこからとはっきり言ったら、気が利かないし、みっともないわということで、紙屋紙に書かせて、立文(たてぶみ)にして、削り木(皮をはいだ白木)につけた。 紙屋紙(こうやがみ)とは平安時代、紙屋院で製した上質の紙のこと。どちらからと聞かれたら、多武(とう)の峰からと答えなさいと教えた。多武の峰とは飛鳥時代に斉明天皇が道教の宮を築いたと日本書紀にある。北の方のご兄弟の入道の君の所からと使いに言わせたかったからだ。あちらの人が受け取って奥に入った間に、使いは帰って来てしまった。あちらで、どのようにご判断なさったかはわからない。
2018.11.29
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「胸が張り裂けるように嘆いて」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。その五月まで閏(うるう)が二度もあり、重ねた衣の袂(たもと)は、身分の上下を問わず、涙で腐ってしまうほどで、まして父上を、慕っていらっしゃる大勢のお子さまたちは、それぞれに、どんなに涙で濡れていらっしゃることでしょう。四方に別れる群鳥(むれどり)のように、お子さまたちはそれぞれ、散り散りに古巣を離れ、わずかに幼いお子さまが残られても、なんの甲斐があるだろうと思い乱れていらっしゃることでしょう。言うまでもなく、左大臣さまは九重の宮中だけは住み慣れて、いたでしょうが、同じ九という数とはいえ、今は遠い九州の地で、二つの島(壱岐と対馬)を寂しく眺めていらっしゃることでしょう。左大臣さまのご不幸を一方では夢かと言いながら、もう逢うことが、できないと、嘆きを重ねて、尼になられたのでしょうか。海人(あま)が舟を流して途方に暮れるように、どんなに寂しく、物思いに沈んで毎日をお過ごしのことでしょう。去ってもまた帰って来る雁のように、仮の別れなら、あなたの寝床も、荒れることはないでしょうが、ただ塵ばかりが虚しく積もるばかりで、流す涙で枕の行方もわからないことでしょう。今は涙も尽きてしまった六月、木陰で鳴いている蝉のように、胸が張り裂けるように嘆いていらっしゃることでしょう。
2018.11.28
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「物思いがちな五月雨の頃になると」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。わたしの容態は変わらないままなので、病気平癒の為の祭やお祓いを、大げさではなく、少しずつ行ったりしてると、六月の末になった。少し気分がよくなった頃に、帥殿(そちどの)の北の方が尼になられた。帥殿の源高明の正妻なので尼と聞くと、とてもお気の毒なことと思う。 西の宮のお邸は、帥殿が流されて三日経った日に、すっかり焼けてしまい、北の方は、桃園のお邸に移り、ひどく悲しみにくれていらっしゃると聞く。とても悲しく、私の気分もすっきりしないので、静かに横になっていると、あれこれ思うことが多いので、書き始めると、それはとても見苦しくなる。 今となっては、こんなことを言っても、どうしようもないのですが、思い出してみると、春の末に、源高明の追放で花が散ったと例えられ、 騒いでいたのを、お気の毒なことと聞いていたうちに、深山の鶯が、声を限りに鳴くように、西の宮の左大臣さまも泣きながら、どんな前世の、宿縁なのか、今はこれまでと、愛宕山を目指してお入りなったと聞く。その事が世間の噂にのぼり、非道な仕打ちと、嘆きながら、隠れて、いらっしゃったのに、とうとう見つかってしまい、流されてしまわれた。騒いでいるうちに、辛いこの世も四月になると、鶯の代わりに、山ほととぎすが鳴くように、左大臣さまを偲んで泣く声が、どこの里でも絶えることがなく、まして物思いがちな五月雨の頃になると、苦しいこの世に生きている限り、誰一人袂(たもと)を濡らさない人はない。
2018.11.27
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「後悔し胸を痛めるにちがいない」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。わたしがいなくなった後でさへ、あの子を冷淡に扱う人がいたら、きっと恨めしく思うことでしょう。これまで長い間、わたしたちを最後までお世話してはくださらないと思いながら、お見捨てにならなかったお心を拝見していますので、どうかこの子をよくお世話してください。先立つ時にはこの子ことをお頼みしてなどと思っていたとおり、このようになってしまったので、この子のことを末長くお願いします。誰にも言わない二人だけの歌を交わして、わたしが面白いなどと、申し上げたことも、忘れないでいてくださるでしょうか。今は具合が悪く、お会いして申し上げる時もありませんので、 露しげき 道とかいとど 死出の山 かつがつ濡るる 袖いかにせむ 死出の山道は一段と露の多い道と聞いていますが、もう今から、早くも涙に濡れるわが袖を、どうしたらいいのでしょうと書いた。私の亡きあとに、僅かな事も間違えないように、学才を充分、身につけなさいと母が言い残しておいたとあの子に仰せくださいと、したためて、封をして、その上に、四十九日がが終わってから、殿に御覧に入れるようにと書いて、傍の唐櫃(蓋のついた箱)に、にじり寄って入れたので、見ている人は変に思うかもしれないが、病気が長引いたら、こういうことさえ書けなくなって、きっと後悔し胸を痛めるにちがいないからである。
2018.11.26
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「あの世から心配し続けるでしょう」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。あの人との仲がよくなることはないとばかり思っているわたしなので、少しも命が惜しいわけではないが、この一人息子はどうなるだろう。などとそのことばかり思い続けていると、涙を抑えることができない。いくら隠そうとしてもやはりどこかおかしく、いつもの気分とは違う。わたしの様子が外に現れるものだから、あの人が優れた僧などを、呼んだりして祈らせてみるが、いっこうに効きめが現れないので、 このまま死んでしまうかもしれない。急に死期が来たらと不安になる。あの人が中々来ないので、このまま死んだら、悔しくてならない。せめて命のあるうちにあの人が来てくれたら、思っていることを、話すことができるのにと思って、ひじ掛けに寄りかかって書いた。 長生きできるとおっしゃり、私も添い遂げたいと思っていましたのに、いよいよ命の限りが来たのでしょうか、不思議と心細い気持ちばかり。長生きすることは全く思わないので、少しも命が惜しい事はないのですが、ただ幼いこの子の将来ばかりが、とても気がかりでならないので、あなたのご機嫌が悪いのを、あの子は辛いと思っているようなのです。特別に大切なことがない時には、不機嫌なご様子を、お見せにならないでください。わたしはとても罪深い身ですから、 風だにも 思はぬかたに 寄せざらば この世のことは かの世にも見む風でさえ物思いのない所に吹き寄せてくれないでしょう。そうなると、この世で気がかりなこの子のことを あの世から心配し続けるでしょう。
2018.11.25
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「心細く悪い事ばかりを思ってしまう」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。あの人は、わたしが病気で精進潔斎(けっさい)中ということで、いつものように通って来てくれず、新しい家を造るというので、そこへ行き来するついで、立ったままで、具合はどうなんだなどと言う。あの人は、ことのついでに見舞うので、気が弱くなったような気がして、 命は惜しくないものの、わたしはあの人の心をつかみかねていた。惜しからで 悲しきものは 身なりけり 人の心の ゆくへ知らねば命よりこの身の辛さと悲しく思っている夕暮れに、あの人は、新邸からの帰りに、蓮の実一本を使いに持ってこさせた。 暗くなったから、伺わない。これは、あそこのだよ。見てごらんと言う。返事には、ただ、生きていても死んでいるようですと申し上げてと、侍女に言わせて、物思いに沈んで横になっていると、あの人が言う所の、とても素敵な邸を、私の命もわからないし、あの人の心もわからないから、早く見せたいと言っていたのも、それっきりになると思うのも悲しい。 花に咲き 実になりかはる 世を捨てて うき葉の露と われぞ消ぬべき 花が咲いて実がなるというのに わたしはこの世を捨てて蓮の浮き葉の露のようにはかなく消えてしまうだろうなどと思うほど、何日経っても同じ容態なので心細く悪い事ばかりを思ってしまう。
2018.11.24
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「何の病気だろうかひどく苦しい」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。時しもあれ かく五月雨の 水まさり をちかた人の 日をもこそふれ 心細く思っている時に、こんなに五月雨が降り続き、水かさも増してきました。遠くにいらっしゃるあなたが、帰ることもできないで、何日も経ってしまうのが辛いことですと送った。こんな雨つづきの私も泣いてばかりの折、あなたが遠いところに、行ってからもう何日もたちますと言って送った歌に返事が届いた。ましみずの ましてほどふる ものならば おなじ沼にも おりもたちなむ 真清水のようにあなたが泣いて泣いて、沼の水かさがまして、何日もたつなら私も山寺から下りて行ってあなたと同じ沼にいましょう。精進なんかやめてあなたの所へ降りて行こう一緒に暮らそうと言う意味かも。などと言っているうちに、閏(うるう)五月になった。 月末から、何の病気だろうか、どことなく、ひどく苦しいけれど、 内心はどうなってもいいとばかり思ってしまう。 命を惜しがっているなどと、あの人に思われたくないと、ひたすら我慢しているけれど、周りの人々は放っておけなくて、密教の芥子焼(けしや)きのような護摩を焚き祈祷をしてくれるが、やはり効きめがないままに、時間ばかりが経っていくばかりだった。
2018.11.23
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「山寺で物思いにふけっていると」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。左大臣(源高明)さまは愛宕(あたご)にいらっしゃるとか、 清水(きよみず)ではないかなどと大騒ぎしていたようだった。 だが、ついに探し出されて、流されたと聞くと、どうしてこれほどと、思うほどひどく悲しく、事情に疎いわたしでさえこうなんだから、事情を知っている人で、涙で袖を濡らさない人は誰一人いないだろう。たくさんのお子さまたちも、辺鄙な国々にさすらうことになって、行方もわからず、散り散りにお別れになったり、あるいは出家なさるなど、聞けば聞くほど、すべて言葉にできないほど痛ましいことだった。左大臣さまも僧になられたが、無理に太宰権師(ごんのそち)に左遷して、九州大宰府に追放となった。その頃は、この事件の話題で日々が過ぎた。じぶんの身の上だけを書く日記には入れなくてもいいことだが、悲しいと、身にしみて感じたのは、ほかならないわたしだから、書き記しておく。 閏月(うるうづき)の前の五月、五月雨(さみだれ)の降る二十日過ぎの頃、物忌(ものいみ)にもあたっていて、長い精進を始めたあの人は、山寺に籠もっていて、雨がひどく降って、物思いにふけっていると、 妙に心細い所でなどと書いてあったのだろうか、その返事は。 時しもあれ かく五月雨の 水まさり をちかた人の 日をもこそふれ
2018.11.22
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「ほんとうに大変な事になってしまった」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。苦し紛れの洒落に、青い紙を柳の枝に結びつけてさし出した。適当な品物がすぐに思い浮かばなかったのだろうかと思う程だ。山風の まへより吹けば この春の 柳の糸は しりへにぞよる 山風が前から吹いているので、この春の柳の枝は後ろの方にばかり、なびいています。わたしたちは後手組を応援していますと書いた。 返歌は、それぞれにしてきたけれど、忘れてしまうほどの、ありふれた歌ばかりだったが、その一つはこんな歌だった。 かずかずに 君かたよりて 引くなれば 柳のまゆも いまぞひらくる いろいろと味方になってくださっているので、柳の芽が開くよう、心配なく勝負に挑むことができますというような歌だった。 試合は月末頃にしようと決めていたのだが、世間では、どんな重い罪を、犯したというのだろう、人々が流されるというとてつもない騒動が、勃発して、小弓の試合は行われずそのままになってしまった。 二十五、六日頃に、西の宮の左大臣(源高明)さまが流されてしまった。 様子を拝見しようというので、都は大騒動で、西の宮へ人々は走って行く。 ほんとうに大変なことだと思って聞いているうちに、左大臣さまは、誰にも姿をお見せにならないで、逃げ出してしまわれた。
2018.11.21
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「小弓の試合をすることになった」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。翌日、わたしの所とあちらのお方の所と、下人の間でもめごとが起きて、面倒なことがいろいろあったが、あの人はわたしに同情してくれた。気の毒がっていいたが、すべて住まいが近いから起こったことだ。転居は失敗だったと思っているうちに、また転居をすることになった。私は少し離れた所に移ったが、あの人はわざわざ来るという感じで、行列を立派にして、一日おきに通って来ると言っていた。今までの、はかない今の気持ちからすると、これでも満足すべきなのか。だが、やはり、錦を着てとは違うが、故郷の元の家に帰りたいと思う。 三月三日、節句のお供え物など用意したのに、お客さまが中々来ない。何とも寂しいということで、侍女たちが、あの人の従者たちに歌をおくる。桃の花 すきものどもを 西王が そのわたりまで 尋ねにぞやる 桃の花を浮かべたお酒を飲んでくれる風流な人たちを捜しに、そちらに使いを出します そちらはまさに西王母の園で、桃の節句に、ふさわしい人がいらっしゃるでしょうからなどと冗談で送った。 さっそく連れ立ってやって来た。お供えのお下がりを出して、酒を飲んだりして一日を過ごした。二十日頃に、この従者たちが、前後二組に分かれて小弓の試合をすることになった。お互いに、練習などといって騒いでいる。後手組の人たちが全員、ここに集まって練習をする日、侍女に賞品をねだったようだった。
2018.11.20
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「あの人は今を時めく権勢の人」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。はかない日々を過ごしながらも、また新しい年の元旦になった。 何年間もなぜか、お参りをしないから、こんなに不幸なのかしらと思う。起きてにじり出るとすぐに、今年だけでもなんとか不吉な言葉を避けて、運試しに神社へお参りをしましょうと話した。その言葉を妹が、まだ横になりながら聞いていて話し出した。 天地を袋に縫ひて幸を入れて持たれば思ふことなしと言寿歌を唱える。言寿歌(ことほぎうた)とは宮廷において同一の歌が繰り返し誦詠された。それに加えてわたしなら、三十日三十夜は、わがもとにと言いたいわと。などと言うと、前にいる侍女たちが笑って、そうなれば理想的ですねという。いっそこれをお書きになって、殿にさし上げられたらと言う。すると、横になっていた妹も起きて、それはとてもいいことという。どんな修法より効果があるのではなどと笑いながら言うので、そのまま書いた。子ども(道綱)に届けさせたところ、あの人は今を時めく権勢の人で、たくさんの人が年賀に参上して混み合って、宮中にも早く参内しなければと。とても忙しそうだったけれど、こんな返事をくれた。年ごとに あまれば恋ふる 君がため うるふ月をば おくにやあるらむ あなたが言う「三十日三十夜」では あなたの恋心が年ごとに、余ってしまうから 閏月(うるうづき)をおいてるかもしれないねとある。
2018.11.19
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「かげろうのようにはかない日記」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。案の定、思った通り酔っ払って、歌いながらもどって来た。そして、牛に車を掛けろと騒いで、今から都へ帰るという。わたしは疲れていて、とても辛かったのに、牛車に乗って、ひどく苦しい思いをしながら都に帰って来た。 夜が明けると、大嘗会の御禊の準備が迫ってきていた。あの人が、ここでしてもらうのは、これこれと言うので聞いていた。 わたしは、わかりましたと言って、結局大騒ぎをしながら行った。当日は、格式通り威儀(いぎ)を正した車が次々と続いて行く。雑用を務める下仕えや男の従者の手振りなどが付き従って行くので、まるで晴れの儀式にわたしも加わっているような気がして華やかである。月が変わると、大嘗会の下検分だと騒ぎ、わたしも見物の用意などして、暮らすうちに、毎年、年末にはまた新年の準備などするようになる。こうして年月は過ぎていくが、思うようにならない身の上を嘆き続けて、新年になっても嬉しくなく、相変わらずはかない身の上を思う。わたしの人生は、あるのかないのかわからないようなもので、まるでこれは、かげろうのようにはかない日記ということになるだろう。
2018.11.18
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「きっと酔っ払うほど飲まされる」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。お揃いでお越しと聞いて、あいにくめぼしい物がない日でとある。ここにいらっしゃっているのに気付かず失礼しました。すぐにお伺いして、お詫びをなどと言って、単衣(ひとえ)を脱いで、祝儀として与えた。使者は、単衣を肩に掛けたまま舟で帰って行ったようである。また大納言さまから、鯉(こい)や鱸(すずき)などが、次々と届けられたようであるが、その場にいた風流な男たちは、すでに酔っていて集まって来て、とても素晴らしかった。お車の月の輪の飾り物に、日が当たって輝いて見えたのはとでも、言っているようで、車の後ろの方に花や紅葉が挿してあったのだろうか。良家の子息と思われる人が、やがて花が咲き実がなるように、近いうちにご繁栄が実現なさるこの頃ですねと言っているよう。後ろに乗っている人もあれこれ返事をしているうちに、向こう岸の大納言さまの所へ皆一同に舟で渡って行くことになった。 きっと酔っ払うほど飲まされるぞということで、酒飲みばかりの、男たちを選んで、あの人が連れて川を渡って行く。川のほうに車を向け、牛車の前の棒を踏み台の上に乗せる台に、立てかけさせて見ていると、二艘の舟を漕いで渡って行った。
2018.11.17
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「紅葉のとても美しい枝につける」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。牛車を舟に担ぎ入れて、大きな掛け声をかけて棹さして渡す。それほど高貴な身分ではないが、卑しくない良家の子息たちや、なんとかの丞(じょう)の君などという人たちが、車の轅(ながえ)や鴟(とび)の尾(お)の間に入って渡って行く。轅は牛につなぐ棒。鴟は牛車の後方に突き出ている二本の棒のこと。日差しがわずかに漏れて、霧がところどころ晴れていく。向こう岸には、良家の子息、六衛府の次官などが連れ立って、こちらを見ている中に立っているあの人も、旅先らしく狩衣姿である。何となくいつもとは違う姿に、あの人だけが引き立って見えるようだ。岸のとても高い所に舟を寄せて、ただひたすら担ぎ上げる。轅(ながえ)を簀子(すのこ)にかけて車を止めた。 精進落としの用意がしてあったので、食べたりしている時に、川の向こうには兼家の叔父の按察使(あぜち)大納言の所領があった。 大納言さまは、この頃の網代をご見物に、こちらにきていますと、ある人が言うので、挨拶に伺わなければなどと話し合っていた。 大納言さまから、紅葉のとても美しい枝に、氷魚(ひお)や、雉(きじ)などをつけて、ご一緒にお食事でもどうですかと来られた。
2018.11.16
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「心の中で数えながら待っていた」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。どうしたのだと、供の者が尋ねると、殿は、昨日の夕方六時ごろに、宇治の院にご到着なさり、お帰りになったかどうか、確認して迎えに。 などと、ご命令になりましたと言う。先払いの男たちが、 早く車を進ませろなどと指図をするが霧が立ち込め早く進めないようだ。 宇治川に近づくころ、霧が立ち込め通ってきた道が見えないくらい。車から牛をはずして二本の長い棒の轅(ながえ)を下ろし牛を休ませる。あれこれ川を渡る準備をしているうちに、大勢の声がして、 車と牛を繋ぐ轅(ながえ)を下ろして、川岸に立てろと叫ぶ。霧の下から例の網代(あじろ)も見えており、なんとも言えない風情がある。あの人は向こう岸にいるのだろう。まず、このように書いて渡す。 ひとごころ 宇治の網代に たまさかに よるひをだにも たづねけるかな 通い婚という結婚形態のため、貴方の心が辛く思われます。わざわざ私を迎えにいらっしゃったのではなく、宇治川の網代に、たまにかかる氷魚をごらんに来られたのでしょう。ほんとうは 会いに来てほしい気持ちを歌にしている。舟がこちらの岸にもどって来るときに、あの人の返事が、 帰るひを 心のうちに かぞへつつ 誰によりてか 網代をもとふ あなたの帰る日を心の中で数えながら待っていた。あなた以外の誰のために網代を見に来たりするのでしょう。
2018.11.15
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「ひたすら夜の明けるのを待った」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。薄紅色の薄物の裳(も)をつけると裳の紐が交差して、朽葉色の着物に、調和した感じがするのも、とてもおもしろく思われる。朽葉色(くちばいろ)とは、くすんだ赤みがかった黄色のこと。物乞いたちが、食器や鍋などを地面に並べて座っているのも、何ともあわれでならない。卑しい者の中に入ったような気がして、お寺に入ったら、かえって清々しい気分が得られないような気がする。眠るわけにもいかず、かといって忙しいわけでもないので、じっと聞いていると目の見えない人で、それほどみじめそうでもない人が、人が聞いてるかもしれないとも思わないで、大声で願いごとを、お祈りしているのを聞くのも、かわいそうで、ただ涙ばかりがこぼれる。こうして、わたしは、もうしばらくここにいたいと思うが、夜が明けると、供の者たちが騒いで出発させる。帰りは人に知られないようにしているのに、あちこちで接待をして引きとめるので、にぎやかに日が過ぎてゆく。三日目に京に着く予定だったが、日がすっかり暮れてしまったので、山城国の久世(くぜ)の三宅(みやけ)という所に泊まった。ひどくむさくるしい所だったが、夜になってしまったので、ひたすら夜の明けるのを待った。まだ暗いうちから出発すると、黒っぽい人影が、弓矢を背負って、馬を走らせて来る。少し遠くで馬から降りて、ひざまずいている。よく見ると、あの人の随身(ずいじん)である供の者だった。
2018.11.14
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「格段に風情があるように見える」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。しばらくして、手紙を捧げて持ってくる人がいる。そこに立ち止まって、 お手紙ですと言っているようだ。見るとあの人からだった。 どうしているのか、心配でならない。少人数で出かけたが大丈夫かな。以前言っていたように、三日間籠るつもりなのか。帰る予定の日を聞いて、せめて迎えだけでもと書いてある。返事には、 椿市という所までは無事に着きました。この際、もっと深い山に入りたいと、思っているので、帰る日は、いつとまだ決めていませんと書いた。 あそこでやはり三日もお籠りになるのは、よくないですなどと相談して、決めているのを、使いが聞いて帰って行った。 そこから出発して、どんどん進んで行くと、これという見所のない道も、山深い感じがするので、とても趣深く水の音が聞こえる。あの有名な杉も空に向かって立ち並び、木の葉は色とりどりに色づいている。川の水は石のごろごろしている間を、勢いよく流れていく。夕陽が射している景色などを見ると、涙がとめどなく流れる。ここまでの道は格別景色がよくもなかった。紅葉もまだだし、花もみな散り、枯れた薄だけが見える。これまでと違って格段に風情があるように見える。車の簾(すだれ)を巻き上げて、下簾を開けて見ると、旅で着くたびれた着物が、色艶がなくなったように見える。
2018.11.13
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「人それぞれに悩みがあるだろうか」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。破子(弁当)などを食べて、舟に車を担いで乗せて川を渡り、どんどん進んで行き、これが贄野(にえの)の池とか、あれが泉川などと言いながら、水鳥が群がっていたりする。何気ない景色が、心に染みて感慨深くおもしろく思われる。ひっそりした旅なので、何かにつけて涙もろくなる。その泉川(いずみがわ)も渡って、橋寺という所に泊まった。酉の時(午後六時前後二時間)ごろに着いて、車から降りて休んでいると、調理場とから切った大根を柚子の汁であえたものを、まず出してきた。このような旅先ならではの体験をするのは不思議に忘れがたくおもしろい。夜が明けると、川を渡って行き、柴垣がめぐらしてある家々を見て、 かもの物語(散逸物語)の家は、一体どれだろうなどと思いながら歩いた。そのような事を思って歩いているととても風情がある。今日も寺のような所に泊まって、翌日は椿市(つばいち)という所に泊まる。次の日、霜がとても白いのに、参詣に行ったり帰ったりするのだろうか、脛(すね)に布きれを巻いている人たちが、騒いでいるようである。蔀(しとみ)を上げた所に泊まって、湯を沸かしたりなどしている時に、様々な人が行き来している姿を見て人それぞれに悩みがあるだろうかと思う。
2018.11.12
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「しばらく眺めていても飽きない」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。ここ数年、長谷寺にお参りし願(がん)を立てている。 毎月、長谷寺へお参りしたいが思い通りには行けないのが現状だ。来月にはと先延ばしになっていたが、やっと九月に出かける事に決めた。あの人は、十月には大嘗会(だいじょうえ)の御禊(ごけい)があり、わたしの所から女御代(にょうごだい)が立たれることになっている。女御代(にょうごだい)とは、あの人、兼家の娘の超子のこと。賀茂川の河原で行うみそぎの儀式が終わってから私と一緒にと言う。私には関係ないことなので、密かに決めてしまっていた。調べると予定の日が凶日なので、門出だけは法性寺のあたりにして、翌日の夜明け前に出発して、正午ごろに宇治の院に到着した。 向こうを見ると木の間から川面がきらめき、しみじみとした思いがする。 目立たないようにと思って、供の者も大勢は連れて来なかった。わたしのような人でなければ、どんなに賑やかだろうと思う。車の向きを変え、幕などを張って車の後ろに乗っている人だけを降ろして、車を川に向けて、簾を巻き上げて見ると、川には網代が一帯に仕掛けてある。行き交う舟もこんなに多いのは見たことがなかったので、しばらく眺めていても飽きなく、すべてが趣深くおもしろい。後ろの方を見ると歩き疲れた下人たちが、貧弱そうな柚子や梨などを、大事そうに手に持って食べたりしているのも、興味深いと眺めていた。
2018.11.11
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「一晩中歌を詠み交わした」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。寝苦しいものが身にしみてわかりました。この返事が届いた。さもこそは ちがふる夢は かたからめ あはでほど経る 身さへ憂きかなおっしゃるとおり夢違えは難しいでしょうが、長くお逢いできないで、日数が経っているわたしまで辛くなってきますと文を遣わせた。その文に対して、折り返し文が届いた。あふし見し 夢になかなか くらされて なごり恋しく 覚めぬなりけり 長く逢えないなんて、わたしは夢であなたにお逢いしています。でも夢だから気持ちがぼんやりして名残り恋しく、いまだ覚めることが、できないので、現実にはお逢いできないのですと書かれている。文を書き、使いの者に遣わせた。こと絶ゆる うつつやなにぞ なかなかに 夢は通ひ路 ありといふものを お逢いすることが絶えている現実は何でしょう。かえって夢には通う道があるといいますのにと書いて手渡した。急ぎ文が届いた中に、お逢いすることが絶えるとはどういうことですか。ああ、縁起でもないと初めに書かれており、 かはと見て ゆかぬ心を ながむれば いとどゆゆしく いひやはつべき あれがあなたのお住まいと見ることができる近くにいながら、川に隔たれたように伺うことができないで辛いのに、こと絶ゆるなど、と不吉な言葉で言わないでくださいとあった返事に、渡らねば をちかた人に なれる身を 心ばかりは ふちせやはわく 来てくださらないので、遠く隔たっているわたしですが、心だけは川の淵瀬と関係なく、あなたの所に通っています。などと、一晩中歌を詠み交わした。
2018.11.10
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「朝起きた時には覚えてたはずの夢」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。ちょうどその時、わたしの住まいのほうで、あの人の声がするので、 ほら、ほら、などとおっしゃるが、聞かないでいると、 坊やの兼家が宵のうちから、眠たがっているように聞こえますから、きっと、だだをこねられますよ。さあ、早くとおっしゃる。 乳母のわたしがいなくても大丈夫ですと言って、ぐずぐずしていると、家の者が来て、貞観殿さまにしきりに催促申し上げるので、のんびりもしていられず帰ったが翌日の夕方、貞観殿さまは参内された。 五月に、先帝の喪が終わって、喪服を脱ぐ除服のために貞観殿さまが、退出なさるので、この前のように、わたしの所にということだった。 不吉な夢を見たなどと言って、あの人の邸に退出なさった。その後も、しばしば悪い夢のお告げがあったので、夢たがえの方法でも、あればいいのに、悪い夢を見た時、禍を避けるために祈った。 などと話されていたが、七月の月がとても明るい夜に、こう話された。見し夢を ちがへわびぬる 秋の夜ぞ 寝がたきものと 思ひ知りぬる 朝起きた時に覚えたはずの夢の物語りをいつしか忘れてしまっている。悪い夢の夢違えができないで、困っている秋の夜長が、どんなに、寝苦しいものか身にしみてわかりました。この返事が届いた。
2018.11.09
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「わたしが気にするはずはないのに」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。お客さまの貞観殿さま宛のあの人の手紙を、間違えて持って来た。手紙を見ると、ありきたりの内容ではなく、近いうちに伺いたいと。私ではないと思う人があなたの近くにいるかもしれないのでなどと。 ふだん親しくしているので、こんな事も平気で書くのだろうと思うと、そのまま見過ごすことはできず、とても小さい字で書き留めた。 松山の さし越えてしも あらじ世を われによそへて 騒ぐ波かな あの人がそちらへ伺っても、わたしが気にするはずはないのに、じぶんが浮気者だから、よけいな気をまわしているのですねと書いて、 あちらのお方にお渡ししてと言って使いを返した。ごらんになると、すぐにお返事がある。 松島の 風にしたがふ 波なれど 寄るかたにこそ たちまさりけれ 松島の波が風の吹く方向に打ち寄せるように、兄はあなたに心を、寄せているから、わたし宛の手紙があなたのところに届いたのです。なぜならば、わたし以上に思っているからでしょう。 この貞観殿さまは、東宮の親代わりとしてお仕えしていらっしゃるので、翌日の夕方には、宮中に参内なさらなければならない。 このままお別れするのかしらなどと言われて、何度も少しの間だけでも、 とおっしゃるので、宵の間に急ぎ参上された。
2018.11.08
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「片恋はどんなに辛いでしょう」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。かたこひや 来るしかるらむ やまがつの あふごなしとは 見えぬものから 片足が尰(こい)浮腫んだ状態になるのは、どんなにか苦しいでしょう。山里の男なら朸(おうご)荷物を肩にかつぐ棒がないとは思えないのに、お会いする機会がないとも思えないのに、片恋はどんなに辛いでしょう。などと申し上げると、海藻の干したものを短く切ったのを束ねて、天秤棒の先につけ、さきほどのかいくりの荷物と取り替えて担わせ、細かったほうの先にも別のこぶをつけて、それも前よりも、大きなこぶにしてお返しになった。朸(おうご)天秤棒のこと。山賤の あふご待ちいでて くらぶれば こひまさりける かたもありけり 山里の者がやっと朸(おうご)を手に入れてみると、前よりもさらに、尰(こい)こぶが増えています。やっと恋しい人に逢って比べてみますと、あなたのおっしゃる片恋よりも、さらに勝っている恋もあるのです。陽も高くなり、あちらではおせち料理などを召し上がっているようで、こちらも同じようなことをして、十五日にも例年のごとく餅粥を食べたりで、三月になった。餅粥(米・粟・黍・小豆など七種の穀類を煮たもの)お客さまの貞観殿さま宛のあの人の手紙を、間違えて持って来てしまった。
2018.11.07
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「そこにあった色紙に和歌を書いて」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。十二月の末頃に、貞観殿さまがわたしの邸の西の対に宮中から、退出して来られた。大晦日の日になって、追儺(ついな)をして、災いを追い払おうというので、まだ昼のうちから、がさがさばたばたと、騒ぐものだから、つい一人で笑ったりしてしてしまっていた。貞観殿とは、平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つ。夜が明けて元旦になると、昼頃、お客さまの貞観殿さまのほうは、年賀の男客など訪れてこないので、のどかである。わたしも同じで、隣のあの人の邸の騒ぎを聞きながら、待たるるものは。あらたまの 年たちかへる あしたより 待たるるものは 鶯の声新しい年に改まった、その朝から、ひたすら待たれるのは鶯の鳴く声である。元旦の朝の晴れ渡っているのは気持ちがいい。大晦日の、それも除夜の鐘の音に向かって高まっていた世間の物音が、この朝ばかり申し合わせをしたかのようにいっせいにひそまって明ける。あの動から静への移り変わりが、何とも言えない快よさで迎えられるように、青空の正月にもまた、その都度の新鮮さがある。まして、朝のうちに、鶯の鳴き声を聞こうものなら、めでたさもひとしおに思われる。などと言って笑っている時に、そばにいた侍女が、手慰みに、かいくりを、糸でつないで贈物のようにして、木で作った下僕の人形の片足に、こぶのついているのに担わせて、持ち出してきたのを引き寄せて、そこにあった色紙に和歌を書いて端を人形のすねにはりつけ、貞観殿さまにさし上げたが、その和歌は、、。
2018.11.06
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「満足しているようだと思っている」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。先帝の四十九日が終わって、七月になった。殿上にお仕えしていた兵衛佐(ひょうえのすけ)は、まだ年も若く、悩みなどありそうもなかったのに、親も妻も捨てて、比叡山に登って、法師になってしまい、その妻がまた尼になったと聞く。これまでも文通などしていた仲なので、とてもかわいそうで意外だったからお見舞いをする。 おくやまの 思ひやりだに 悲しきに またあまぐもの かかるなになり奥深い山に入られた兵衛佐さまのことを思うだけでも悲しいのに、あなたまでが尼になってしまわれたとは。姿は変わっても筆跡はそのままに、返事をくださった。 山深く 入りにし人も たづぬれど なほあまぐもの よそにこそなれ 山深く入った夫を追って尼になりましたけれど、女では比叡山に登れなく、今でもやはり遠く隔たったままですとある。とても悲しい思いだったが、中将になったとか三位になったなどと、喜びが重なったあの人は、離れて住んでいては、いろいろと支障があり、都合が悪いので、近くにふさわしい家を探し、私をそこに移らせて、あの人も世間の人も、私が満足しているようだと思っているのだろうか。
2018.11.05
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「憂き身も一緒にお墓に入りたい」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。五月になった。十日過ぎた頃に、帝(村上天皇)がご病気ということで、大騒ぎしているうちに、まもなく二十日過ぎにお亡くなりになった。東宮が、すぐに代わって帝の位につかれる。東宮亮(とうぐうのすけ)だったあの人は、蔵人頭(くろうどのとお)になった。目まぐるしく動いて、帝が亡くなられた悲しみは外向きのことで、あの人の昇進の喜びばかりが聞こえてくる。お祝いに来る人の応対などして、少し人並みになった気がするが、満たされないわたしの気持ちは以前と同じだが、今までと打って変わったように身の回りが騒がしくなってきた。帝のお墓のことなどを聞くと、帝の寵愛を受けていらっしゃった方々は、どんなに悲しんでいらっしゃるだろうとお察し申し上げた。しみじみとした思いになるが、しだいに日数が経って、兼家の妹に、いかがお過ごしでしょうなどとお見舞い申し上げたついでに歌を詠む。世の中を はかなきものと みささぎの うもるる山に なげくらむやぞ 世の中の無常を知って、亡骸の埋もれているみささぎの山を思って、お嘆きのことでしょう。山とは天皇,皇后,太皇太后,皇太后を葬る所。 おくれじと うきみささぎに 思ひ入る 心は死出の 山にやあるらむ 亡くなった帝に後れないと、この憂き身も一緒にお墓に入りたいと、思っている心は、もう死出の山に入っているのでしょうか。
2018.11.04
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「できないことはないのですね」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。三月の末頃に、卵(かりのこ)(雁・鴨・軽鴨類の卵)が見えたので、 これを十ずつ重ねることをなんとかしてやってみようと思った。手慰みに、生絹(すずし)の糸を長く結んで、卵を一つ結んではくくり、結んではくくりして、ぶら下げてみると、とてもうまくつながった。九条殿の女御さまの藤原師輔の娘、怤子。兼家の妹の所にさし上げる。これといったことも書かないで、卯(う)の花に結びつけた。ただ普通のお手紙で、端に、卵を十個重ねるのは難しいと言われます。が、なんとか、このよう に重ねることができました。そのお返事は。数知らず 思ふ心に くらぶれば 十重ぬるも ものとやは見る 数限りなくあなたを思っている私の心に比べると、十(とお)重(かさ)ぬるも十個重なった卵などどれほどのことでもありません。返事をしたためた。思ふほど 知らではかひや あらざらむ かへすがへすも 数をこそ見め どれくらい思ってくださっているかわからなければ甲斐がありません。ぜひその数を見てみたいものです。その後、その卵は、五の宮さまの、村上天皇の第五皇子、守平親王。後の円融天皇に献上なさったと聞く。
2018.11.03
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「独り寝のような状態で過ごした」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。九月の末に、ある所に同じようにして参詣した。幣帛(へいはく)の供物は二串ずつ、下の御社には、 かみやせく しもにやみくず つもるらむ 思ふ心の ゆかぬみたらし御手洗川の流れが滞るように、私の思いが叶わないのは、神さまが、遮ってらっしゃるからでしょうか、それとも私の心の拙さからでしょうか。さかきばの ときはかきはに ゆうしでや かたくるしなる めな見せそ神いつまでも色が変わらない榊の葉に、木綿垂を結びつけてお祈りします。どうか神さま、わたしにだけ辛い思いをさせないでください。いつしかも いつしかもとぞ 待ちわたる 森のこまより 光見むまを いつだろう、いつだろうと待ち続けています。森の木の間から神さまの恵みの光が射してくるのを。木綿襷 むすぼほれつつ 嘆くこと 絶えなば神の しるしと思はむ 木綿襷(ゆうだすき)心が解けないで嘆く、こんなもの思いがなくなったら、神さまにお祈りしたしるしがあったと思いますのになどと、つぶやいた。 秋が終わって、冬は月初めだと思うとすぐに月末になり、身分の上下に、関係なく忙しく過ごしているようなので、あの人も来てくれず、わたしは独り寝のような状態で過ごした。
2018.11.02
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「まだご利益がないような」 「Dog photography and Essay」では、愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。早いもので季節は秋、九月になって、あれこれ思う。 外の景色はさぞ素晴らしいことだろう。どこかにお参りしたい。このはかない身の上もお祈りして変えようと決めて、密かに、以前より決めていたある所にお参りに出かけた。一串の幣帛(へいはく)に、このような歌を書いて結びつけた。幣帛(へいはく)とは、神道の祭祀において神に奉献する捧げもののこと。まず下(しも)の御社(みやしろ)に、 いちしるき 山口ならば ここながら かみのけしきを 見せよとぞ思ふ 霊験あらたかな神の山の入口ですから、この下の御社で、霊験をお示しくださいますようお願いします。次に中(なか)の御社(みやしろ)に、 いなりやま おほくの年ぞ 越えにける 祈るしるしの 杉を頼みてわたしは稲荷山を信じて多くの年を過ごしてきました。家に持ち帰って植えて枯れなければ福がくるという杉の木に期待をかけて。上(かみ)の御社(みやしろ)に、 かみがみと のぼりくだりは わぶれども まださかゆかぬ ここちこそすれ 上中下の神々にお祈りしようとして、上ったり下りたりするのは、辛いけれど まだご利益がないような気がします。
2018.11.01
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