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「若宮の参内を心待ちにして」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。若宮の成長---若宮の成長も早く、すでに「あ」とか「う」などと声をお出しになるので、帝が、若宮の参内を心待ちにしていらっしゃるのも、うなずける。中宮さまの前の庭の池に、水鳥が日に日に多くなっている。水鳥をを眺めながら、中宮さまが宮中へお帰りになる前に雪が降ってくれれば、この庭の雪景色は、どんなに素敵だろうと思っているうちに、ちょっと実家に帰っていた間、二日ほどして雪が降るなんてとても嬉しい。なんの見どころもない古里の木立を見ると、憂鬱な思いが乱れて、夫の死後数年来、ただ茫然と物思いに沈んで暮らし、花や、鳥の、色や声も、春から、秋に、移りかわる空の景色、月の影、霜や、雪を見ても、ああ、そんな季節になったのだなぁと気づくだけで、いったい私はどうなるのだろうと思う。
2022.11.30
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「原本を実家から取り寄せた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。中宮さまが筆や墨や髪をくださったのを、女房たちは大げさに騒いで、いつも奥のほうにいるくせに、こんな仕事をするとはと咎める。でも殿は墨挟(短い墨を挟む道具)、墨、筆など沢山下さった。 じぶんの部屋に、隠しておいた物語の原本を実家から取り寄せたのを、中宮さまの所へ行っている間に、殿がこっそりやって来て探し出されて、内侍の督(ないしのかん)の殿(道長次女妍子)に渡してしまわれた。なんとか書き直した本は、みな紛失してしまって、手直ししていないのが出まわって、気がかりな評判がたったことだろう。物語とは源氏物語のことで、原本、清書本、自分の部屋にあった本や、なんとか書き直した本がこのときに存在していたことを思わせる日記だ。
2022.11.29
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「書写を依頼する手紙」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。御冊子(みそうし)づくり---十一月中旬 中宮さまが内裏へお帰りになる日が近くなったけれど、女房たちは行事が続いてゆっくりする日もないのに、中宮さまは物語の冊子をお作りになるという。夜が明けると、わたしはすぐに中宮さまと対座して、色とりどりの紙を選んで、物語の原本をそえて、書写を依頼する手紙を書いてくばる。一方では書写したものを綴じたりして過ごす。どこの子持ちが、こんな冷える季節にこんなことをするものかと殿は、中宮さまにおっしゃったが、上等の薄紙や、筆、墨など、持ってきて、硯まで持ってこられ、中宮さまがそれをわたしにくださった。
2022.11.28
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「宮も娘としてふさわしい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。わたしは父として宮にふさわしいし、宮も娘としてふさわしい。母も幸福だと笑ってる。きっとよい夫を持ったと思ってるだろうなと、ふざけられるのも、深酔いのせいと見受けられそう思うほどである。冗談だけでたいしたこともないので、不安な気持ちはしながらも、結構なことと思う。これを聞いていらっしゃった北の方は、聞きづらいと思われたのか、退席なさるようすなので、見送りしなさいと言われる。母が恨んではいけないなとも言って、殿は急いで中宮の御帳台の中を通り抜けられ、娘とはいえ中宮の御帳台の中を通り抜けるなんて、宮はさぞ無作法だと思われるだろうが、この親がいたから、子も立派になったのだよと、独り言をおっしゃるのを、女房たちは聞き笑っている。
2022.11.27
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「歌は心にかけている若宮のこと」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。殿はうまく詠んだなと二度ばかり声に出して詠われて、すぐにこう詠まれた。あしたづの よはひしあらば 君が代の 千歳の数も かぞへとりてむあしたづは葦の生えた水辺の鶴。わたしに鶴のように千年の齢があったなら、数えることができるのにと。あれほど酔っていらっしゃるのに、歌は心にかけている若宮のことなので、その気持ちがわかる。このように殿のようなお方が若宮を大切になさるから、すべての儀式も箔がついて立派に見えるのだろう。千年でも満足できない若宮の繁栄が、わたしのような数にも入らない(取るに足らない)者にも、思いつづけられるのである。宮さま、聞いていますか、上手に詠みましたよと、殿は自画自賛した。
2022.11.26
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「私たち二人の袖をつかんで」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。八千歳(やちとせ)の君が御代---なんだか怖い事になりそうな酔いかたなので、宴が終わるとすぐに、宰相の君と言い合わせて、隠れようとする。東面の間に、殿のご子息たち(頼通・教通)や宰相の中将(道長の甥、藤原兼隆)が入り込んで、騒がしいので、二人は御帳台のうしろに隠れていると、殿が几帳を取り払って、わたしたち二人の袖をつかんで座らせられた。祝いの歌を一首ずつ詠め。そうしたら許してやるとおっしゃる。うるさいし怖いのでこう詠む。 いかにいかが かぞへやるべき 八千歳の あまり久しき 君が御代をばいかにに誕生五十日目をかけ、幾千年にもわたる若宮の御代をどうして数えることなどできましょうと。
2022.11.25
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「聞きづらいふざけたこと」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。南の階下から殿の前に行ったのを見て、内大臣はわが子が道長から杯を受ける光栄と父に対する礼儀をわきまえた行動に感激して酔い泣きなさる。権中納言(藤原隆家)は、隅の間の柱の下に近寄って、兵部のおもと(菊の着せ綿のあの中宮女房)の袖を無理矢理引っ張っているし、殿は殿で聞きづらいふざけたことをおっしゃっている。この日記で注目すべき事柄は、「源氏物語」がすでに藤原公任のような官人にも知られていたことで、紫の上などの名前が出ていることだ。
2022.11.24
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「杯をと殿がおっしゃる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。自分のしてきたことを振り返る内省的な紫式部が、酒の席で話しかける。藤原実資に注ぐ式部の視線は好意的であり、阿諛追従(あゆついしょう)のはびこる宮廷の中で、理非曲直をわきまえた人物である。阿諛追従とは相手の機嫌をとり、気に入られる為に媚こびへつらい従うこと。左衛門の督(藤原公任か)が、失礼だが、この辺りに若紫はおられますかと、几帳の間からのぞかれる。源氏の君に似てそうな人もいないのに、どうして紫の上(光源氏の妻のひとり)がいるのよと、聞き流していた。三位の亮(藤原実成)、杯を受けろなどと殿がおっしゃるので、侍従の宰相(藤原実成)は立って、父の内大臣(藤原公季五十二歳)が、そこにいらっしゃるので、敬って前を通らないようにしている。
2022.11.23
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「気取っている人よりも」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。私はみんなが酔っ払っているから誰とは気づかれないだろうと思って、右大将にちょっとしたことを話しかけてみたところ、当世風に気取っている人よりも、右大将は一段と立派でいらっしゃるようだ。祝杯がまわってきて賀歌を詠まされるのを気になさっていたが、このような祝いの席でよく口になさる千年(ちとせ)万代(よろずよ)のお祝い歌ですまされた。鍋島本の神楽歌には、千歳法(せんざいのほう)とあり、本に千歳千歳千歳や千歳や千年の千歳や。末に万歳万歳万歳や 万歳や 万代の万歳やとある。
2022.11.22
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「右大臣は六十五歳といいお年」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。右大臣が近寄ってきて、几帳の垂れ絹の開いた部分を引きちぎって酔ってお乱れになる。右大臣は六十五歳といいお年なのに、つつき合っているのも知らずに、女房の扇を取り上げ、聞きづらい冗談なども多くおっしゃる。中宮の大夫が盃を取って、右大臣の方へ出ていらっしゃった。催馬楽の美濃山(みのやま)を謡って、管弦の遊びもほんの形ばかりだが、とてもおもしろい。そのつぎの間の、東の柱下に、右大将(藤原実資、権中納言正二位五十二歳)が寄りかかって、女房たちの衣装の褄や袖口の色を観察しておられるのは、ほかの人とはかなり違っている。
2022.11.21
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「東の妻戸の前まで」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。献上物は宮中の台盤所に持っていく筈だが、明日から帝の物忌みという事で、今夜のうちにみな急いでかたづけてしまう。中宮の大夫が、中宮の御簾のところへ来て、上達部を御前に召しましょうと啓上なさる。お聞き届けになったというので、殿をはじめとして、上達部は皆参上なさる。寝殿正面の階段の東の間を上座にして、そこから東の妻戸の前までお座りになっている。女房たちは、廂の間に二列三列に並んで座らされた。御簾を、その間に割り当てられて座っていた女房たちが、近寄って巻き上げる。大納言の君、宰相の君、小少将の君、宮の内侍というふうに座っておられる。
2022.11.20
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「若宮に五十日の餅を差し上げる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。赤色の唐衣に、地摺の裳をきちんとお召しになっていらっしゃるのも、もったいなくしみじみと見える。中宮さまは葡萄染めの五重の袿に、蘇芳の御小袿をお召しになっている。殿が若宮に五十日のお餅を差し上げなさる。上達部たちの席は、例によって東の対の西廂である。殿のほかにもうお二人の大臣(右大臣藤原顕光と内大臣藤原公季)も参上なさっている。渡り廊下の橋の上に行かれて、また酔い乱れてお騒ぎになる。折櫃物(おりびつもの)や籠物(こもの)など、殿のほうから殿の家司たちが取り次いで献上したものを、高欄に沿って簀子に並べてある。松明(たいまつ)の光でははっきり見えないので、四位少将などを呼び寄せて、紙燭(しそく/こよりに油をしみ込ませた灯火)をつけさせて人々は献上物を見る。
2022.11.19
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「まるで雛遊びの道具のよう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。若宮のお給仕役は大納言の君で、東側寄りに供えてある。小さなお膳台、いくつかのお皿、お箸の台、洲浜(巌、鶴、松などの祝賀の景物をあしらった飾り物)なども、まるで雛遊びの道具のように見える。そこから東にあたる廂の御簾を少し開けて、弁の内侍、中務の命婦、小中将の君など、主だった女房だけが、お膳を取り次いでさし上げる。奥にいたので、詳しくは見ていない。この夜、少輔(しょう)の乳母が禁色の着用を許される。きちんとした様子をしている。若宮をお抱きして、御帳台の内で、殿の北の方がお抱きになりにじり出ておられる灯火に照らされたお姿は、格別に立派である。
2022.11.18
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「女房たちが着飾って集まる」「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。御五十日(いか)の祝い---十一月一日 誕生五十日目のお祝いは、十一月一日だった。子供が生まれて50日目に行った祝いで例のように、女房たちが着飾って集まった中宮さまの御前の様子は、絵に描いた物合せ(歌合・花合・絵合・具合・扇合など、左右に分かれて物を出し合って優劣を競う遊戯)の場面によく似ていた。御帳台の東の中宮さまの御座所の脇に、御几帳を奥の御障子から廂の間の柱まで隙間もないように立て、 南面の廂の間に中宮さまと若宮のお膳をお供えしてある。その西側寄りの中宮さまのお膳で、例によって沈の折敷(おしき)等、あれこれの台であろう。そちらのことは見ていない。お給仕役は宰相の君讃岐で、取り次ぐ女房も、釵子(髪に挿す飾りの金具)や元結などをしている。
2022.11.17
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「公卿たちが座り込まれる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。きょうの尊さはなどと、催馬楽をいい声で謡われる。夜が更けるにつれて、月がとても明るい。格子の下をはずしなさいよと、お二人は責められるが、ひどく品格をさげてこんなところに公卿たちが座り込まれるのも、こんな場所とはいえ、やはりみっともない。若い人なら道理をわきまえないでふざけていても、大目に見てもらえるだろうが、どうしてわたしがそんなことができるだろう、不謹慎だと思うので、下格子ははずさないでいる。紫式部はいつも自分の年齢や身分をわきまえて物事を理性的にまた批判的に見る性質だから、上達部や殿上人とのつきあいも消極的になる。
2022.11.16
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「宮の内侍の部屋に立ち寄る」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。妻戸の辺りも、若宮の産湯を使っていて湯気に濡れて、人音もなかったのでこちらの渡り廊下の東の端にある宮の内侍の部屋に立ち寄って、ここにいらっしゃいますかと声をかけられる。さらにこの宰相(中宮の亮)はわたしのいる中の間によって、まだ桟(さん)のさしていない格子を押し上げて、いらっしゃいますかとおっしゃったが、出ていかないでいると、今度は中宮の大夫(斉信)が、ここでしょうかとおっしゃるのさえ、聞かないふりをしている。それも、もったいぶっているようなので、ちょっとした返事などをする。お二人とも、なんの悩みもなさそうな様子である。宰相(実成)は、私には返事をされないで、大夫(斉信)を特別に待遇されるなんてよくないよ。こんなところで、上官と差をつけるなんてあっていいのと、とがめる。
2022.11.15
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「御前のありさまは申し分ない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。宮中の人事は後宮女房の推挙がかなり有効であったらしい(枕草子)この文末の残念なことが多い(ねたきこと多かり)こともそれに関連づけて解すべきか。このごろの中宮さまの部屋の設備は、お産のために簡素であったが、また元に戻って、御前のありさまは申し分ない。ここ数年来待ち遠しく思っていらした皇子誕生が思いどおりになって、夜が明けると、殿の北の方もすぐに若宮のところへやってこられて、大切にお世話なさる。その華やかで盛んな様子は、格別の趣である。中宮の大夫と中宮の権の亮---日が暮れて、月がきれいで風情あるころに、中宮の亮(すけ 藤原実成)が、だれか女房に会って、特別に昇進(正四位下から従三位)したお礼を中宮さまに言ってもらおうということなのだろうか。
2022.11.14
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「人びとがお礼の拝舞をする」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。親王家の別当になった右衛門の督が拝舞なさる。この方は中宮の大夫である。次が中宮の亮で、加階した侍従の宰相で、次々に人びとがお礼の拝舞をする。帝が中宮さまの御帳台にお入りになり間もないうちに、夜も大分更けました。御輿を寄せますと騒ぎ立てるので、帝は御帳台から出て行かれた。御産剃(うぶそ)り、職司(しきし)定め---十月十七日 翌朝、帝から中宮への後朝の文使いが、朝霧もまだ晴れないうちにやってこられた。わたしはつい寝過ごして、それを見なかった。今日はじめて若宮のお髪(ぐし)をお剃りになる。行幸の後でということだったので、今までお剃りにならなかったのである。 また、その日に、若宮付きの家司や別当や侍者などの職官が決まった。私はそのことを前もって聞いていなかったので、残念なことが多い。
2022.11.13
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「帝は御簾の中にお入りに」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。今さら言うことでもないが、殿ご自身も、きょうの行幸をありがたく思っておられるのは、たいへん素晴らしいことである。殿は、あちらの方へ出られる。帝は御簾の中にお入りになって、右大臣を御前にお呼びになる。右大臣は筆をとって加階の名簿をお書きになる。中宮職の役人や、この邸の家司(親王・摂関・大臣家などの家政をつかさどる者)のそれ相当の者は、みな位階が上る。頭の弁(源道方四十歳)に命じて、加階の草案は、奏上されるようである。 親王宣下(せんげ)という若宮の慶祝のために、道長一門の公卿たちが、お礼の拝舞をする。拝舞は、宮中で、叙位、任官、賜禄の際などに、謝意を表して左右左を行う礼である。藤原氏であっても、家門の別れた人たちは、その列にも立たれなかった。
2022.11.12
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「天皇の御前で管弦の遊び」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。思い出して言うのを、不吉な涙もこぼしかねないので、人々は面倒な事だと思って、特に相手にしないで、几帳を隔てているようである。ほんとうに、その時はどんなだったのでしょうなどとでも言う人がいた。筑前はすぐに涙をこぼしてしまい天皇の御前で管弦の遊びがはじまって、興がのってきたときに、若宮の声がかわいらしく聞こえる。右大臣(藤原顕光)が万歳楽が若宮の声に和して聞こえると言う。座を盛り立てて左衛門の督(藤原公任)などは、万歳、千秋と声をそろえて朗詠し、ご主人の大殿(道長)は、これまでの行幸をどうして名誉なことと思ったのか、きょうのような光栄があったのにと、酔い泣きなさる。
2022.11.11
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「舞人が舞台から退場するとき」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。長慶子(ちょうげいし 唐楽の曲名)を舞楽が終わり、舞人が舞台から退場するときに演奏して、楽船が築山の先の水路を漕ぎめぐってゆくときだんだん遠くなっていくにつれて、笛の音も、鼓の音も、松風も、一緒に響きあってとても趣がある。 とてもよく手入れされている遣水が、気持ちよさそうに流れ、池の水波がさざめき、なんとなく肌寒いのに、帝は袙(あこめ)をただ二枚だけお召しになっている。左京の命婦はじぶんが寒いものだから、帝にご同情申し上げるのを、女房たちは秘かに笑う。筑前の命婦は、故院がご在世のときには、このお邸への行幸は、実にたびたびあったことです。故院(円融天皇の女御で一条天皇の母の詮子。道長の姉のこと)
2022.11.10
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「人より一段と引き立つように」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。帝が御簾の外に出られてから、宰相の君は戻ってきて、あまりにも間近で、恥ずかしかったと言って、ほんとに赤くなってる顔は、上品で美しい。着物の色合いも、この人は人より一段と引き立つように着ておられる。三種の神器は、日本神話の天孫降臨の時に邇邇芸命(ににぎのみこと)が天照大神(あまてらすおおみかみ)から授けられた八咫鏡(やさかのかがみ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)のこと。日本の歴代天皇が継承してきた。宰相の君に式部はとりわけ心ひかれる。管弦の御遊び、人々加階(かかい)----同日の夜 日が暮れてゆくにつれて、楽の音がとてもおもしろい。上達部が帝の御前に伺候なさる。万歳楽(まんざいらく 随楽の曲名)、太平楽(たいへいらく 唐楽の曲名)賀殿(かてん 唐楽の曲名)などという舞曲(ぶきょく 舞踏のリズム曲)
2022.11.09
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「帝にお膳をさし上げる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。帝にお膳をさし上げるとの事で、筑前と左京が一髻(ひともと)の髪上げをして、内侍が出入りする隅の柱の所から出てくる。これはちょっとした天女である。一髻(ひともと)とは、頭の頂に髷(まげ)を一つ丸くむ結うこと。左京は柳の重ね袿の上に青色の無紋の唐衣、筑前は菊の五枚重ねの袿の上に青色の唐衣、裳は共に地摺り(生地に文様を摺り出した布帛)の裳である。給仕役は橘の三位で青色の唐衣に、唐綾の黄色の菊襲の袿が表着である。この人も一髻の髪上げをしている。柱の陰で、よくは見えない。殿が若宮を抱かれて帝(一条天皇)の前に出られる。天皇が若宮を抱かれたとき、少々泣かれた声がかわいい。弁の宰相の君が、お守り刀を持って進み出られる。母屋の襖障子の西の方、殿の北の方がおられる所に、若宮をお連れなさる。
2022.11.08
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「女絵の美しいのにそっくり」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。このようにみんなが精一杯身なりをつくろい、お化粧して、負けないように飾りたてているのは、女絵の美しいのにそっくりで、ただ老けているとか若いとか、髪が衰えているとか生き生きしてるかのちがいだけが、目につく。これでは顔を隠した扇からのぞいている額が、不思議に上品にも下品にも見せてしまうものだ。こういう中にあって優れていると目につく人こそ、とびっきりの美人なのかもと思ってしまう。 行幸以前から、内裏女房で、中宮さまにも兼ねて仕えている五人は、こちらへ参上して伺候している。五人のうち内侍が二人、命婦が二人、給仕役が一人の五人である。
2022.11.07
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「袿は織物の紋様は用いていない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。大海の模様を擦った裳の水の色は華やかで、くっきりしていて、裳の大腰の部分は、固紋(かたもん 織物の紋を人を浮かさないで固く織る)を多くの人はしている。袿は菊襲の三重や五重で、織物の紋様は用いていない。若い女房たちは、五枚重ねの菊襲の袿の上に唐衣を思い思いに着ている。上は白で、中は蘇芳色、下は青色で、袿の下の単衣は青いのもある。また、菊の五重襲は、一番上が薄い蘇芳色で、次々と下に濃い蘇芳色を重ねている。五重襲の間に白いのを混ぜているのもあるが、すべて配色に趣きのあるのだけが、気がきいているように見え、言いようもなく珍しく、大げさに飾った扇などもいくつか見え、普段くつろいでいると時には、整っていない容貌がまじっていれば見分けがつくものだと感じる。
2022.11.06
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「濃い紅葉薄い紅葉と混ぜあわせた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 御簾の中を見わたすと、禁色を許された女房たちは、例によって青色や赤色の唐衣に、地摺り(じずり 白地に模様を摺りつける)の裳をつけ、表着(うわぎ)は、すべて蘇芳色の織物である。ただ馬の中将だけが葡萄染(えびぞ)めの表着を着ていた。打衣(うちぎぬ)などは、濃い紅葉薄い紅葉といろいろ混ぜあわせたようで、打衣の下に着ている袿などは、例によって梔子(くちなし)襲の濃いのや薄いの紫苑(しおん)襲、裏が青の菊襲、あるいは三重襲などを着たり人それぞれである。襲(かさね) 袍(ほう)の下に重ねて着た衣服。下襲(したがさね)。綾織物を許されていない女房で、例の年輩の人たちは、唐衣は平絹の青色、あるいは蘇芳(すおう 黒みを帯びた赤色のこと)色など、重ね袿はみな一様に五重で重ねはすべて綾織である。
2022.11.05
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「黄茶色と白のだんだら染め」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。青色の無紋の唐衣に、裾濃(すそご 裾の方が濃い染色)の裳をつけ、領巾(ひれ 婦人が正装の時、肩に掛けた細長く薄い布)と裙帯(くたい 装飾の紐)は浮線綾(ふせんりょう 織り糸を浮かせて模様を織った綾織物)を櫨緂(はじだん くすんだ黄茶色と白のだんだら染め)に染めている。表着(うわぎ)は菊の五重(いつえ)、掻練(かいねり/のりを落として柔らかくした絹織物)は紅で、その姿や振る舞い、扇から少しは、ずれて見える横顔は、華やかで清らかな感じである。弁の内侍(べんのないし 鎌倉時代初期の女流歌人。藤原信実の娘は御璽(みしるし)(三種の神器の一つ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の箱を捧げ持つ。紅の掻練に葡萄染めの綾織の袿、裳と唐衣は前の左衛門の内侍と同じである。
2022.11.04
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「身分に限度があるにつけて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。高貴な人々に交じっての宮仕えも、身分に限度があるにつけて、本当に容易いことでないと担ぐ人を見る。人並みに扱われない御輿を担ぐ人の苦しげな姿に人間共通の苦悩を見る。物語作家ならではの透徹した眼である。御帳台の西側に帝のご座所を設けて、南廂の東の間に御椅子(ごいし)を立ててあるが、そこから一間おいて、東に離れている部屋の境に、北と南端に御簾を掛け仕切って、女房たちが座っている。その南の柱の所から、簾を少し引き上げて、内侍(ないし)が二人出て来る。その日の髪上げした端麗な姿は、唐絵を美しく描いたようである。左衛門の内侍が御剣(草薙剣 くさなぎのつるぎ、三種の神器の一つ)を捧げ持つ。
2022.11.03
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「一緒に髪をといたりする」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。あちらの内侍の督(ないしのかん/道長の娘妍子きよこ)の所では、女房たちの衣裳なども中宮さまの方よりかえって、たいそう立派に支度されるらしい。 明け方に、小少将の君が実家から帰ってこられた。一緒に髪をといたりする。例によって、行幸は八時だといっても、遅れて日中になるだろうと思い、ついグズグズしたり、平凡な扇なので、別にあつらえたのを、持ってきてほしいと待っていたところ、行幸の太鼓の音を聞いて、あわてて御前に参上するのもみっともないことである。 帝の御輿を迎える船楽(ふながく)が、とてもおもしろい。御輿を担ぎ寄せるのを見ると、担ぐ人が、身分が低いながら、階段を担ぎ上がって、ひどく苦しそうにうつぶせているのは、どこがわたしの苦しさと違っているのかと思う。
2022.11.02
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「明け方から女房たちは化粧」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。土御門(つちみかど)邸行幸(ぎょうこう)---十月十六日の一条天皇行幸の当日、新しく作られた船を、殿は池の水際に寄せてごらんになる。土御門とは、平安京大内裏外郭東面の上東門の異称で、また、西面の上西門を西の土御門と称し、築地 (ついじ) を切り抜いただけで、屋根のないところからいう。竜頭(りゅうとう)や鷁首(げきしゅ 龍頭船と一対となり、王侯貴族の儀式、社寺の祭礼などに船楽を奏する船。水難を防ぐ意味で、船首に想像上の水鳥の鷁の彫刻をつけたもので、船は生きている姿が想像されるほどで、鮮やかに美しい。 行幸は朝八時頃ということで、明け方から女房たちは化粧をして用意をする。上達部(かんだちめ 摂政・関白・太政大臣・左大臣・右大臣・大納言・中納言参議、および三位以上の人の総称)の席は、西の対屋なので、こちらの東の対のほうはいつもどおりで騒がしくない。
2022.11.01
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