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こんにちは!最近、共同リトリーバルという形で時々みんなで救出活動に行くようになりましたね。
私自身、リトリーバルをしてどんなメリットがありましたかと人から聞かれることがあります。そんな時、私は、一種のボランティア活動みたいなものですねと答えることにしています。
実際そうなのです。基本的には、救出活動というのは、死後に向こうの世界でフォーカス23や信念体系領域と呼ばれるところに囚われてしまった人々を救出するものですから、我々のC1の生活において目に見えるような形で急に何か良いことが起こるようになったりということは基本的にはないわけです。たとえば急に金回りが良くなったりといったことはないわけです(笑)。
それでも、自己満足でもいいから何か人の役に立ちたい、そう思って私は日々救出活動をしています。
救出活動を通して学んだことはたくさんありますが、技術的にはヘミシンクでの知覚能力・探索能力が大幅に向上したことです。あとは、C1での生活を充実して過ごせるようになったことです。よい意味で取り越し苦労をしなくなりましたし、何に対しても以前より前向きに取り組めるようになってきました。
また、人には言えない苦労なども人間ですからあったりしますが、そういったものも素直に受け入れられるようになりましたし、精神的・肉体的に体調を崩すということもなくなってきました。
もっとも、それは救出活動に限らず、ヘミシンクワーク全般の効能とでもいった方が正確かもしれませんね。ただ、私にとっての救出活動は、ヘミシンクでのさらなる旅を続けていくにあたってのきっかけになったことは間違いありません。そして、今でもその旅は続いています。
ブログの更新回数は最近減りましたが、ブログを更新しない日も、ほぼ毎日ヘミシンクをしています。たいていは「創造と具現化」を聴いていますね。もちろん、C1での生活をより充実したものにするためです。
ところで、みなさんは、もうブルースモーエンさんの「死後探索マニュアル」をお読みになられましたでしょうか?
あの本を私が初めて読んだのは、去年の暮れのことでした。まだ邦訳が出る前だったのですが、本の存在を知って待ちきれなくて原書のまま読みました。たぶん3回くらい繰り返して読んだと記憶しています。
内容的にはすばらしく、それまでに私が救出活動のセミナーで学んだ方法をより具体的かつ適切に補完してくれるものでした。
過去の私のブログでご紹介している救出活動の方法については、私がセミナーで学んだこと、そしてブルースモーエンさんの本(「死後探索」、死後探索マニュアル」)を通して学んだことをベースに、私自身で独自に応用した方法を加えたものとなっています。
もし今救出活動をさかんにされている方で行き詰っておられる方、もしくは、これから救出活動を学んでみたいという方がおられましたら、もしよろしければ私の過去ブログを読んでみていただきたいと思っています。今年の1月から2月初旬にかけて、そして、4月以降ではグループリトリーバルという形でより多くの参加者を募って救出活動を行っています。
特に、1月から2月にかけて行っていたものは、ヘミシンクセミナーで教えられているやり方、そして、ブルースモーエンさんが教えられているやり方に忠実に従ったものです。
セミナーに行ったり、ブルースモーエンさんの本を読んでも、なかなかいざ自分が救出活動をするとなると、どうやったらいいのか分からない時があります。私もそうでした。幸いにも、私は救出活動専門のセミナーに参加する機会があり、そこでモンロー研究所の公式トレーナーに救出活動の技法を深く学ぶ機会がありました。
そのセミナーで学んだことを生かしつつ、ブルースモーエンさんの本に書かれていることでちょっとわかりにくいテクニックなども、積極的に自ら実験を重ねてブログで紹介しています。
あとは、知覚の仕方についても、ちょっとしたコツがあるのですが、それらも救出活動の話の中に織り交ぜて説明させていただいています。ぜひご覧いただければと思います。
さて、今回は、上でご紹介したブルースモーエンさんの本の中から知覚向上のためのヒントになりそうなところをご紹介したいと思います。以下、「死後探索マニュアル」(ブルースモーエン著、坂本政道監訳、ハート出版)249頁からの抜粋です。長くなりますが、とても重要だと思われることが書かれてありますので、そのまま引用します(下の図を参照しながらお読みください)。
「私が物質的な世界を超えて知覚するのを学び始めたころ、犯してしまった大きな過ちのひとつは、自分の見た映像の質こそが、見ているものの正しさや真実性をはかる基準になるのだと信じ込んだことだった。
私は、非物質的な世界でも、自分が普段物質的な世界で見ているのとまったく同じようにものが見えるはずだと考えた。そして、3Dのホログラムのようなフルカラーの映像以外は、本当のことではない無用のものとして、すぐに捨ててしまったのだ。
私は長いことかかって、ようやく気づいた。
非物質的な視覚というのは、ひとつの連続体であると説明するのが最適であり、映像の質は、その映像から得られる情報の質とはまったく相関しないのだ。
連続体の一方の端では、私たちの見るものは、物質的な肉体の目を使ってみるものとほとんど区別できない。
この連続体の反対側では、私は、「何も見えなかった」と言いたくなるところだが、それでも小さな男の子が自転車に乗って、指導から表の通りに出て行くのを見たと「わかった。」
視覚的には、私が見ているのはただの真っ黒だけなのだが、それでも男の子が表通りのほうから振り向いて、家の玄関ドアの前に立つ母親を見ていたのがわかる。
男の子は母に手を振っていて、トラックが来ているのが見えなかった。
私はこうしたことをどれも見たわけではない―ただ黒い闇を見ていたのだが―しかし、トラックが男の子を轢き殺してしまったとわかる。
何ひとつ見たわけではないが、それでも、見えたいたらどんなふうだったかわかったのだ―母親の着ていたホームドレスのスタイルや色に至るまで。そういうわけで、私は非物質的な視覚の連続体で、反対側の端を「わかる」としたのだ。
ときには、ほんの短い瞬間、母か父の写真のような、ひとつのイメージが見えることもある。そして、すぐにまた、ただの暗闇になってしまう。これはごく普通のことだ。
私はそういうことが起こると、非物質的な視覚の連続体のうち「わかる」の方の端を使い始めていい、というしるしだと受け止める。
体験のその時点から、私はほかにも一瞬のイメージが見えるかもしれないし、そうではないかもしれない。短い映画のクリップが見えるかもしれないし、そうではないかもしれない。
しかし、自分が連続体のどこに位置していようとも、裏づけのとれる正しい情報を手に入れられるのだと、経験から証明されている。
私たちの知覚が「非物質的な視覚の連続体」のどこにあるかは、一回一回のエクササイズや経験のたびに変化しうる。時には映画を見ているような感じかもしれないし、時には見えるのは真っ暗闇だけ、ということもある。
時間がたつにすれて、「連続体」のうち3Dのほうの端に向かって進んでいくのを期待するのは、ごくあたりまえのことかもしれない。
私の経験からすると、それは間違いだ。でなければ、あなたはその能力を開発できないし、私のようにのんびり練習しているわけにはいかないだろう。
視覚化の練習によって、「連続体」のそちら側の端で知覚を使うことが増加するかもしれないが、だからといって、裏づけのとれる正しい情報を集められる経験ができるとは限らない。非物質的な視覚を開発するということは、肉体の目と同じようにものを見る能力を開発する、というよりむしろ、自分の「知覚者」が観察しているものに気づけるようになる、ということなのだ。」
今読み返しても、この本はやはり素晴らしい本だと思います。上にご紹介させていただいた部分は、以前この本を読んだ時にはそれなりに印象には残っていたのですが、当時はまだ自分自身の体験がそれほど深いものではありませんでしたので、読んでも「ふーん、そんなものなのかな。」程度にしか思えませんでした。
しかし、今あらためて読み返してみると、まさにブルースモーエンさんのおっしゃる通りであり、何も付け加えることはないと実感しています。向こうの世界を知覚するというのは、たとえば「見る」ことを例にとってみても、このように連続性のある知覚状況の中で「はっきりとクリアに見える」、「クリアではないが見える」、「うっすらと見える」、「なんとなく見えるような気がする」、「まったく見えないが存在は感じられる」というように、連続性をもった状況にあり、その時々のコンディションによって自分がどの状況に置かれているのかは、様々なのです。
ブルースモーエンさんは、まさにそれを言おうとしています。これに気づくだけでも、今まで自分が単なる妄想に過ぎないと切り捨てていた体験も、実は妄想ではなくちゃんとした非物質界での体験であることがわかってきます。逆に言えば、そのことに気づけるかどうかが、ヘミシンクでの体験を深めるうえで極めて重要になってきます。
毎回寝てしまうか、寝ないけれども何も見えないという方がもしおられましたら、是非上でご紹介したブルースモーエンさんの「知覚の連続性」について、参考にしていただければと思います。
普段は公開しない曜日ですが、なんとなく公開したくなりましたので、最近、救出活動について思うこと、そして、ブルースモーエンさんの言う「知覚」についてお話しさせていただきました。
