F&Bハーレクインパラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 9
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 2
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 4
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 0
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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『済まない、渋滞にはまってしまって遅くなって・・』前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、青年はそう言って椅子に腰を下ろした。「じゃぁ、メンバーが揃ったから自己紹介しようか!」合コンの幹事の合図で、自己紹介タイムが始まった。「真宮瑞姫です。T女子大声楽科です。」「瑞姫ちゃんって言うんだ、可愛い~! 今いくつなの?」「18です。」瑞姫は緊張で喉が渇き、グラスに注がれたミネラルウォーターを一口飲んだ。(何だか、緊張する・・)今まで恋愛経験もないので、何を話したらいいのか解らなくなり、瑞姫は額から汗が出てくるのが解った。『大丈夫?』ゆっくりと彼女が顔を上げると、そこには先程の青年が心配そうに瑞姫を見つめていた。宝石のような蒼い瞳は、優しい光を帯びていた。『ええ、こういった場所は初めてで・・』『そうか、わたしも初めてでね。わたしはユリウスだ、宜しく。』『瑞姫です・・』差し出された青年の手を、瑞姫は恐る恐る握ると、彼は笑顔でその手を包み込むように優しく握り返してきた。 合コンは盛り上がり、終盤にさしかかろうとしていた。『この後でもし時間があるんだったら、2人でお話ししませんか?』『え・・でも・・』瑞姫が突然の誘いを断ろうとすると、テーブルの下から蓉子が彼女の足を蹴った。彼女が蓉子を見ると、彼女は“行け!”と目で瑞姫に合図を送って来た。『じゃぁ、お言葉に甘えて。』『そうですか、良かった。』青年は笑顔を浮かべた。「瑞姫、何かいいカンジじゃない彼と! あの人素敵だし、逃がしちゃ駄目よ!」レストランから出ると、蓉子はそう言って瑞姫の肩を叩いた。「少し、お話しするだけだから・・」「まぁ、頑張りなさいよ!」(頑張れって、何を?)蓉子の言葉に首を傾げながら、瑞姫は青年―ユリウスとともに店を出た。『これから何処行く? この時間帯なら何処の店も閉まっているだろうし、申し訳ないがホテルの部屋でもいいかな?』「はい・・」初対面でいきなり、彼が泊まっているホテルの部屋に行く―その意味は、恋愛に疎い瑞姫でも解った。『あの、わたし・・男性とはまだ・・』瑞姫が処女である事を遠回しに告白しようとすると、青年は人差し指を彼女の唇にあてた。『そんな事はしないよ。』青年はスーツの胸ポケットから携帯を取り出して、誰かにかけていた。数分後、2人の前に黒塗りのリムジンが停車した。『さぁ、乗って。』『は、はい・・』青年の後に、瑞姫がリムジンに乗り込むと、運転手がドアを閉めて滑りだすように走り出した。 リムジンに揺られて何分か経った頃、リムジンは帝国ホテルの正面玄関の前で停まった。『あの・・こちらに泊まっていらっしゃるんですか?』『泊まるっていうよりも、暮らしている方が正しいかな。』先にリムジンから降りた青年は、瑞姫をエスコートした。『ここだよ。』最上階のスイートルームの扉を開けると、ソファに座っていた黒髪の青年が不機嫌そうな顔をして彼らの方へと歩いて来た。「ルドルフ様、お帰りなさいませ。」「シリル、まだ起きていたのか?」「ルドルフ様、そちらのご婦人と何をなさるおつもりなのですか?」黒髪の青年はエメラルドの瞳で、ちらりと瑞姫を見た。「シリル、お前が思っているような事はしない。ただ彼女と話すだけだ。」青年がそう言うと、黒髪の青年は少し不満げな顔をしながらも、彼に背を向けてリビングルームから出て行った。
2012年03月20日
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瑞姫が大学に入学して数週間が経ち、GWを前にキャンパス内に少し浮かれた空気が流れ始めていた。「ねぇ瑞姫さん、あなたは彼氏作らないの?」「彼氏? 今は忙しくてそんな事考えてる暇ないわ。」キャンパス内のカフェでランチを取りながら瑞姫がそう答えると、蓉子は溜息を吐いた。「駄目よ瑞姫さん、恋をしなくちゃ。もしかして、まだ処女なの?」蓉子の問いに、瑞姫は思わずコーヒーをむせそうになった。「何でそんな事聞くのよ? そりゃぁ、今まで男性と付き合った事はないけど・・」「やっぱりね。」「そういう蓉子さんはどうなのよ? わたしにそんな事聞くんだから、当然彼氏くらい居るわよね?」「まぁね。居たわよ、数ヶ月前には。でもそいつ、優柔不断でね、こっちから振ってやったわ。」自分の恋愛話を話しながら、蓉子は本題に入った。「ねぇ瑞姫さん、今週末空いているかしら?」「ええ、空いているけど・・」「じゃぁ、合コンに行かない? 丁度メンバーが足りないところだったのよ。」「合コンだなんて・・わたし一度も行った事ないし・・」「大丈夫よ、わたしがついているわ! だから行きましょう!」半ば強引に蓉子に押し切られるように、瑞姫は合コンに初めて参加する事になった。 一方、数週間前にコンビニで瑞姫と会った金髪の青年は、T女子大から少し離れたK大学でキャンパスライフを満喫していた。ウィーンから遠く離れたこの国では、移動するときはSPが付くという不便さはあるものの、一学生として自由気ままに生活を送ることは生まれて初めてだった。(このままずっとここに住んでもいいな。)青年がそう思いながら芝生の上で寝転び読書をしていると、急に誰かが本を取りあげた。「ルドルフ様、こちらにいらしゃったんですね。」「なんだ、お前か。」青年は呆れ顔で黒髪の青年を見た。「“なんだ”ではないでしょう? いきなりウィーンを離れるとか言い出したかと思ったら、こんな所で呑気に学生気分を味わうなど・・一体何をお考えになられて・・」「いいだろう、別に。それにここではわたしのことは、“ユリウス”と呼んでくれと言っただろう、シリル。」黒髪の青年―シリルの抗議を途中で遮り、青年はそう言って蒼い瞳で彼を見た。「ルドルフ様、いつまでこんな生活を・・」「黙れ。」「いいえ、黙ってません! 大体あなた様は・・」シリルが再び小言を始めようとした時、2人の元1人の学生が駆け寄ってきた。『ユリウス、ここに居たのか。』『どうした?』『実は・・こんな事頼みにくいんだけど、今夜合コンのメンバーが足りなくてさ、参加してくれないかなぁ?』『面白そうだな、是非参加すると伝えてくれ。』「ルドルフ様、なりませんよ!」シリルがそう言って怒りで顔を赤く染めるのを青年は無視して、彼を芝生に残して校舎内へと向かった。 その日の夜、都内某所にあるイタリアンレストランに、瑞姫と蓉子の姿があった。「本当にいいのかしら、こんな所で・・」「何言ってるの。さぁ、行くわよ!」蓉子は瑞姫の手を引っ張ると、奥の席へと向かった。「お待たせ~!」「蓉子、待ってたわよ~!」数人の女子学生と男子学生が向かい合わせに座っていた。「今日のメンバーはこの人達だけなの?」「いいえ、1人遅れてくるわよ。あっ!」女子学生の1人が突然叫んだ方向を瑞姫が見ると、靴音を響かせながら1人の青年が癖のある金髪を揺らし、彼女達の方へとやって来た。
2012年03月20日
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瑞姫が上京して一週間後、彼女が通うT女子大の入学式があり、瑞姫は晴れの日に用意していたスーツに袖を通してキャンパスを歩き始めた。(いよいよ、大学生活が始まるんだわ・・)瑞姫が講堂に入ると、そこには今年度の新入生が既に座っていた。彼女は適当に空いている席に腰を下ろした。「あなた、どちらからいらしたの?」「北陸からよ。」瑞姫がそう答えると、突然話しかけてきた女子学生は少し馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべ、「それじゃぁ田舎者ってことね。」彼女の言葉を聞いて瑞姫は怒りが胸の中に渦巻いたが、新しいスタートを踏み出す時に感情を露わにしてはいけないと思い、平静を装った。「あら、じゃぁあなたは生粋の江戸っ子というわけ?」「べ、別にそういう意味でお尋ねしたんじゃないわ・・」「そうでしたの。ではあなたは江戸っ子ではない、というわけね。」瑞姫の言葉に、女子学生は顔を真っ赤にして俯いてしまった。 その直後入学式が始まり、新入生達はガイダンスが行われる大教室へと移動した。「ねぇあなた、お名前は? わたしは安原蓉子(やすはらようこ)というの、宜しくね。」キャラメルブラウンに染めたショートボブの髪を揺らしながら、1人の女子学生がそう言って瑞姫に微笑んだ。「真宮瑞姫よ、こちらこそ宜しく。」「さっきの、痛快だったわね。あなた大人しそうに見えたのに、はっきりと言いたい事を言うものだから驚いてしまったわ。」「わたし、嫌味ったらしい方には意地悪してしまうのよ。それも思いっ切りね。」瑞姫はそう言って笑うと、蓉子は彼女につられて笑った。「面白い方ね、あなた。仲良くなれそうだわ。」「ええ。」蓉子という友人が出来て、瑞姫は大学生活を楽しくスタートさせた。 入学式が終わって数週間はガイダンスや健康診断などがあり、講義が始まったのは4月の中旬だった。「瑞姫さんは声楽科よね? わたしは英文学科だから、教室は別々になるわね。」「ええ。でもお昼は一緒に取りましょうね。」「解ったわ。じゃぁね。」 蓉子と別れ、瑞姫が講義のある教室へと入ると、そこには入学式のとき講堂で自分を“田舎者”と呼んだ女子学生の姿があった。「あら、あなたも声楽科だったのね。」女子学生はそう言って不快そうに鼻に皺を寄せたが、瑞姫は彼女を無視した。「皆さん、この度はご入学おめでとうございます。今日は自己紹介を兼ねて皆さんに好きな歌を歌っていただきましょう。」教室に入って来た女性講師の言葉に、新入生達の間でざわめきが起こった。―そんな・・急に・・―何も用意してないわ・・―どうしよう・・「どなたかいらっしゃらないの?」講師の声が教室中に甲高く響いたが、誰も立ち上がろうとしなかった。「まぁ、今年度の新入生の方はやる気がない方達ばかりなのねぇ、がっかりだわ。」「先生、わたくしが歌います。」そう言って瑞姫はさっと立ち上がり、ピアノの前へと立った。「あなた、お名前は?」「真宮瑞姫と申します。」「何か歌えるのかしら?」講師の目は美しく輝きつつも、瑞姫に実力があるのかどうか品定めするかのような目つきだった。「ええ。『椿姫』の“乾杯の歌”を。」「では早速聞かせて貰うわね。」講師はピアノの前に座ると、“乾杯の歌”を弾き始めた。瑞姫は心を無にして、美しいソプラノで“乾杯の歌”を歌いあげた。「真宮さん、素晴らしかったわ。」講師はにっこりと瑞姫に微笑んだ。「ありがとうございました。」瑞姫は彼女に向かって頭を下げると、席へと戻った。「次はそうね・・佐伯さん?」講師に指名された女子学生の顔が蒼褪めているのを見て、瑞姫は少しスカッとした。
2012年03月20日
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「お嬢様、おはようございます。」瑞姫がスーツケースを引きながらダイニングルームに入ると、そこには湯気が立ち上る焼き立てのオムレツと、香ばしいコーヒーの匂いが漂っていた。「おはよう。」「お早いご出発ですね、お嬢様。顕枝様や旦那様にはご挨拶してゆかれないのですか?」瑞姫にそう言って声を掛けたのは、真宮家の執事・夕霧であった。銀縁眼鏡の奥に光る黒真珠の瞳は、まっすぐに主に向けられていた。「ええ。その為に早起きしてきたのよ。漸くこの家から離れることだし、静かに新天地へと旅立ちたいの。」「そうですか。」夕霧は言葉を切り、黙々と瑞姫に給仕をした。「ありがとう、美味しかったわ。ではわたしはもう行くわね。見送りは結構よ。」瑞姫はさっと椅子から立ち上がると、自分に向かって礼をする夕霧の横を通り過ぎると、一度も振り返らずに18年間生まれ育った家を後にした。 バスから降りて、瑞姫は地元駅のプラットホームで電車を待っていた。波の音が遠くから聞こえ、もう二度とここには戻らないと決めた彼女は、目を閉じて波の音を聞いた。電車がプラットホームへと滑り込み、瑞姫はさっとそれに乗り込んだ。(向こうでどんな生活が待っているんだろう?)新生活への期待と不安に胸を膨らませながら、車窓を流れる故郷の海を瑞姫は眺めていた。『東京、東京です。お座席にお荷物を置き忘れのないよう・・』(寝ちゃった・・)在来線と新幹線を乗り継いだ片道3時間半の旅は、瞬く間に終わった。「ここね・・」品川駅を出て瑞姫が向かったのは、これから新生活を送る下宿先のマンションだった。まるで一流ホテルのロビーを思わせるかのような高級感を漂わせるエントランスを通り過ぎ、エレベーターに乗って部屋がある7階へと向かった。カードキーを挿し、部屋の中へと入ると、そこには既に荷物が届いていた。(あと一週間で入学式か・・)額の汗をタオルで拭いながら荷解きを終えた瑞姫は、入学式の日が来るのを楽しみにしていた。 シャワーを浴びた後、彼女は腰まである長い髪をシニョンに結えると、部屋着で近くにあるコンビニへと向かった。野菜サラダとパスタを買い、瑞姫はマンションの部屋で新生活への祝杯をコーラで挙げた。「ん・・」新しい部屋で初めて一夜を明かした瑞姫は、欠伸を噛み殺しながらマットレスの上から起き上がり、カーテンを引いて朝日を全身に取りこんだ。「いらっしゃいませ~」コンビニの中へと入ると、店員が笑顔を浮かべながら瑞姫を出迎えた。適当に店内を巡っていると、瑞姫は1人の青年とぶつかってしまった。「あ、すいません・・」『大丈夫?』瑞姫がぶつかった相手に謝ると、彼はすらりとした長身を屈めて、蒼い瞳で彼女を心配そうに見つめていた。『ええ、大丈夫です。』『そうですか、良かった。』青年はそう言って、瑞姫に優しい微笑みを浮かべた。『では、わたしはこれで・・』クイーンズイングリッシュで青年に礼を言うと、瑞姫は彼に背を向けてレジで会計を済ませ、店から出て行った。『今日は良い出逢いをしたな・・』青年はぼそりと呟くと、コンビニから出て行った。「ルドルフ様、こちらにおられましたか。」ルドルフがコンビニを出て近くを歩いていると、黒髪の青年が彼の元へと駆け寄ってきた。「どうした、シリル、そんな慌てた顔をして。」「どうしたじゃないでしょう! 勝手にホテルを抜け出してどちらへ行かれたのかと思ったら、このような所に・・誰かに拉致されたら・・」美しい眦を上げると、黒髪の青年は一方的に捲し立てた。「シリル、そんなに怒鳴るな、頭が痛くなるだろうが。」癖のある金髪を鬱陶しそうに掻き上げると、黒髪の青年に向けて彼は溜息を吐いた。
2012年03月20日
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真宮家真宮瑞姫(まみや みずき)私立の女子大に通う18歳。中学時代、宝塚を目指していたことがある。継母・顕枝(あきえ)とは反りが合わず、大学進学時に家を出た。真宮顕枝(まみや あきえ)瑞姫の継母。自分の息子・真珠よりも聡明な瑞姫に嫉妬し、彼女を疎ましく思っている。真宮栄祐(まみや えいすけ)瑞姫の実父。仕事人間で、家庭の事は一切顕枝に任せきりでいるものの、瑞姫の事を何かと気に掛けてくれている。真宮真珠(まみや まじゅ)瑞姫の義理の弟。天真爛漫な性格。宵宮家宵宮亜鷹(よいのみや あたか)瑞姫の許婚で、瑞姫の兄代わり。実の妹同然に瑞姫を可愛がっているが、恋愛感情はない。宵宮優貴(よいのみや ゆき)亜鷹の異母妹。わがままな性格で、瑞姫に対して良い感情を持っていない。宵宮和輝(よいのみや かずき)宵宮家当主で、亜鷹と優貴の父。宵宮節子(よいのみや せつこ)優貴の実母。和輝とはかつて愛人関係にあった。ハプスブルク家フランツ=カール=ヨーゼフオーストリア=ハプスブルク帝国皇帝。皇太子である1人息子・ルドルフとはことごとく対立している。エリザベートフランツの妻で、オーストリア=ハプスブルク帝国皇后。伝統と格式を重んじる窮屈なウィーン宮廷を嫌い、放浪の旅を繰り返している。ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ=フォン=オーストリアフランツ=ヨーゼフの嫡子で、オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子。母・エリザベートの美貌を受け継いだ美青年。日本滞在中に瑞姫と知り合い、恋に落ちる。マリア=ヴァレリールドルフの妹。ゾフィー大公妃ルドルフの祖母。王族としての誇りを持ち、尊大な性格の持ち主。その他シュティファニールドルフの「花嫁候補」の1人で、ベルギー王国王女。ベルギー王族の出であることを鼻にかけ、眉は薄く、ぼさぼさの金髪で肥満体。マリサルドルフの「花嫁候補」で、エリザベート皇后の遠縁の娘。6ヶ国語を操り、MBA(経営学修士)を持つ才媛。安原蓉子(やすはら ようこ)瑞姫の友人。シリルウィーン宮廷付司祭。ルドルフとは幼馴染。
2012年03月20日
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2011年9月。 ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラは、夫・リヒャルトの立ち会いの下で男児を無事出産した。皇位継承者の誕生に、国民達は喜びに沸いた。「可愛らしいですね。」「ああ。」難産の末に男児を産んだセーラは、疲労困憊しながらも夫に微笑んだ。生まれた男児はガブリエルと名づけられ、両親の愛情に包まれてすくすくと育っていった。幸せの只中に居た2人は、この時黒い影が自分達に忍び寄っていることにまだ気づいていなかった。 2018年9月28日。 ローゼンシュルツ王国の首都・リヒトにある白鳥宮にて、ガブリエル皇子の7歳の誕生パーティーが賑やかに行われていた。「ガブリエル、何処に居るんだ?」「ガブリエル様、どちらにおられますか~!」「ガブリエル様~!」父や世話係達がパーティーの主役を探している頃、当の本人は母・セーラの部屋へと向かっていた。セーラの部屋は、白鳥宮から少し離れた翡翠宮にあった。「母上!」「ガブリエル、来たのか。」ガブリエルが母の翡翠宮に入ると、母は中庭で剣術の稽古中だった。「母上、お身体のお加減はもういいの?」「ああ。それよりもガブリエル、パーティーの主役がこんな所に居てどうする? 早く行きなさい。」「でも・・」「大丈夫、わたしは後で行くから。」そう言ってセーラは、渋る息子の頭を優しく撫でた。「じゃぁ、後でね!」笑顔で自分に向かって手を振る息子に、セーラは笑顔で手を振り返した。「セーラ様、そろそろお時間です。」「解っている。」剣術の稽古を終えたセーラはシャワーを浴び、身支度を終えると愛息子の誕生パーティーへと向かった。「ガブリエル様、誕生日おめでとうございます。」「ガブリエル様、おめでとうございます。」「ありがとう・・」次々と祝辞を述べてくる貴族達に向かって、ガブリエルは子どもながらに必死に愛想笑いを浮かべた。「誕生日おめでとう、ガブリエル。」セーラはそう言って息子に微笑むと、彼を抱き締めた。「ありがとう、母上!」「ガブリエルは相変わらず甘えん坊だな。将来が思いやられる・・」息子が母親にベッタリなのを傍目で見ながら、リヒャルトは溜息を吐いた。「なんだ、嫉妬しているのか?」「わたしはそんな訳では・・」リヒャルトがそう言った時、突然パーティー会場が爆音と炎に包まれた。「う・・」リヒャルトは低く呻きながら、ゆっくりと菫色の瞳を開いた。「なんだ、これは・・?」彼の目の前に広がっていたのは、優美な白亜の王宮が崩れ去り、瓦礫の山と化した無残な姿と、血の海だった。 その中に、全身蜂の巣となったセーラとガブリエルの姿があった。セーラは、しっかりとガブリエルを抱き締めていた。リヒャルトは突然の妻子の死と目の前に広がる惨状に、ただ呆然とするばかりだった。「セーラ様・・?」彼がゆっくりと妻子の元へと向かおうとした時、眩い閃光が彼の視界を遮った。 この日、テロリストが白鳥宮を襲撃し、死者は186人にも上った。その中には、セーラ皇太子とガブリエル皇子も居た。唯一の生存者であるセーラ皇太子の夫・リヒャルト=マクダミアは全身火傷を負い、4日後に敗血症にて死亡。この襲撃事件は“白鳥宮の悲劇”と呼ばれ、ローゼンシュルツ王国は再びテロの嵐に襲われ、中世以来600年以上続いた立憲君主制は廃止され、輝かしい王朝の歴史に幕を閉じた。 血で血を洗う内戦の末、共和国としてローゼンシュルツが生まれ変わったのは“白鳥宮の悲劇”から12年後の2030年の事だった。悲劇の舞台とされた白鳥宮は、忘れてはならぬ悲劇の歴史として保存され、そこには事件で犠牲となった者たちへの慰霊碑が建立され、かつて白鳥宮の庭園に咲き誇った白薔薇が毎日国民達によって供えられていた。「わたしは麗しき薔薇をこの手で摘み取ってしまった。この罪は一生消えないことだろう。」事件の首謀者であるテロリストは、処刑前夜に看守にそんな言葉を残していた。幾度もテロと戦争の嵐が吹き荒れ、侵略された王国は、共和国へと生まれ変わり、国民達は平和な日常を取り戻しつつあった。 しかし平和が訪れても、亡くなった者達は永遠に戻って来ない。麗しき薔薇達は散り、その花は永遠に咲く事は叶わない。白鳥宮の前に建つ慰霊碑には、今日も誰かによって供えられた白薔薇の花束が美しく咲き誇っていた。慰霊碑には、王国を心から愛し、変革しようとしていたセーラ皇太子とリヒャルト、そして2人の息子、ガブリエル皇子が描かれた肖像画が嵌めこまれてあった。かつて王家の花とされていた白薔薇は、今や悲劇の花として世界中で知られる花となった。 ローゼンシュルツ王家の皇妃達に代々受け継がれていたダイヤモンドとエメラルドのブローチは、スイスのレマン湖畔にある修道院内に展示されており、祝福と歓喜に満ちたセーラの胸元を飾っていたブローチは、悲劇の象徴として哀しくも美しい輝きを放っていた。―FIN―ほのぼのラストかと思いきや、何とも後味の悪いラストになってしまいました。読者の皆様、すいません。戦争の愚かさ、亡くなった命と引き換えに生まれ変わった国。悲劇の歴史の象徴として最後にあのブローチを登場させました。にほんブログ村
2011年04月18日
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2011年5月、ブタペスト。新緑薫る季節に、2組のカップルがマチャーシュー教会で結婚式を挙げようとしていた。 Aラインの純白のウェディングドレスを纏い、白いレースのヴェールで顔を覆った瑞姫オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子妃と、白い軍服を纏ったルドルフ皇太子がゆっくりと祭壇へと向かう。 彼らの背後には、純白のマーメイドラインのドレスを纏ったローゼンシュルツ王国皇太子・セーラと、白いタキシードを長身に包んだリヒャルトは、幸せそうな笑顔を浮かべていた。 2組の幸せそうなカップルの結婚式が、粛々と行われた。「まぁ、見てくださいな、あなた。セーラの幸せそうな顔・・」アンジェリカはそう言って隣に座っている夫を見たが、彼は終始仏頂面だった。「皇太子妃様、万歳!」「オーストリア、万歳!」「セーラ様、万歳!」「ローゼンシュルツ、万歳!」マチャーシュー教会から出た2組のカップルを乗せた白亜の馬車が教会を離れゲデレー城へと向かう凱旋パレードでは、オーストリア=ハプスブルク帝国民とブタペスト在住のローゼンシュルツ国民達が、それぞれの国旗を振りまわしながら歓声を上げた。「皆さん、わたし達の結婚を祝福してくださっているようですね。」「ああ。」セーラはそう言うと、胸元を飾るダイヤとエメラルドのブローチにそっと触れた。「ルドルフ様とミズキ様も、お幸せそうで何よりだ。」自分達の前方を走る馬車に乗っているもう1組のカップルの笑顔を思い出しながら、セーラは愛しい夫の顔を見た。「セーラ、リヒャルト、結婚おめでとう。」2組のカップルの結婚披露宴にて、アンジェリカが嬉しそうに花嫁衣装に身を包んだセーラの元へと駆け寄った。「そのティアラ、良く似合ってるわ。」「ありがとう、母上。」 セーラの頭を飾るティアラは、ローゼンシュルツ王国の皇妃や皇女、皇太子妃から中世の頃まで代々受け継がれてきた名品だった。 繊細なカメオ細工が施され、周囲を真珠とエメラルドを鏤めたそれは、シャンデリアの下で美しい輝きを放っていた。「セーラ様、リヒャルト様、ご結婚おめでとうございます。」「ありがとうございます、ミズキ様。」「リヒャルト様と、末永くお幸せに。」「ありがとうございます、ミズキ様。」セーラの元に、挨拶を終えた瑞姫とルドルフがやって来た。「これから色々と大変でしょうけど、お二人ならどんな困難も乗り越えられると思うわ。」「ありがとうございます。ただひとつ心残りなのは、今この場で養父に自分の花嫁姿を見せられないことです。」5歳の頃からセーラを実子のように育てていた養父は、数年前に鬼籍に入ってしまっていた。「きっと天国から、あなた方の幸せな姿を見守ってくださっていることでしょう。」「ええ・・」結婚式が行われた翌週末、ローゼンシュルツ王国皇帝夫妻と、セーラ皇太子とリヒャルトは、王室専用の豪華客船でナポリ港から出航し、母国へと帰っていった。「あのお二人、幸せそうでしたわね。」「ああ。」ナポリ港から出航した豪華客船をオペラグラス越しに見た瑞姫とルドルフは、溜息を吐いた。「ねぇあなた、またあのお二人といつか遠乗りや狩猟を楽しみたいわね。」「そうだな。もう風が冷たくなったから、部屋に入ろうか。」燦々と輝く太陽に背を向けた瑞姫達は、部屋の中へと消えていった。セーラとリヒャルト、瑞姫とルドルフ様の結婚式を書いてみました。次回が最終回です。にほんブログ村
2011年04月16日
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(こいつ・・あの時の・・)「お久しぶりです、セーラ様。いつぞやは失礼な事を・・」ハンナはそう言って、セーラの視線に気づき彼に向かって頭を下げた。「着替えを持って参りました。」ハンナが用意したのは、胸に白薔薇のコサージュが付いたワインレッドのドレスだった。「ありがとう。」「母のドレスなんです。きっとセーラ様に似合うかと思いまして・・」ハンナからドレスを受け取ったセーラが着替えを終えて衝立の陰から出て来ると、ヒメルは歓声を上げた。「良くお似合いですよ。」「そうですか。ではわたしはこれで。」「ドレスはクリーニングを終えた後、お届けいたします。」ハンナはそう言って頭を下げた。「セーラ様、そのドレスは?」セーラをパーティー会場で待っていたリヒャルトは、彼が纏っているワインレッドのドレスを見た。「着替えを借りてきた。汚れたドレスは後でクリーニングして返すとあのメイドが言っていたが、本当に返すかどうか・・」「ヒメルとかいう少年はどうでしたか?」「余り良く解らない奴だったな。もう帰るか。」「ええ。」リヒャルトとセーラは、何ひとつ収穫を得られないままハイゼルフ子爵邸を後にした。「ねぇハンナ、そのドレスどうするつもりなの?」リヒャルトとセーラを乗せた馬車が子爵邸を出て行くのを窓から見ていたヒメルは、そう言ってメイドを見た。「クリーニングしてお返しいたします。」「それじゃぁつまんないよ。僕がこれを着てセーラ様に会いに行こうかな。驚くだろうね、きっと。」ヒメルは口端を歪めて笑ったが、その目は笑っていなかった。 翌日から、セーラとリヒャルトは結婚式の準備に追われ、セーラはウェディングドレス選びの為にプラハ市内のブライダルサロンに来ていた。「セーラ様はAラインよりもマーメイドラインのドレスがお似合いですね。」「そうか? マーメイドラインだとウェストが目立つんだが・・」「一生に一度の結婚式ですから、あなたの美しさを引き立てるドレスをお決めになってください。」そう言ったリヒャルトは、嬉しそうに恋人を見ていた。「じゃぁマーメイドラインのドレスにしようかな。」セーラはカタログを閉じると、そう言って店員を呼んだ。「かしこまりました。仮縫いなどで少々お時間がかかりますが、宜しいでしょうか?」「構わない。」「お色直しの回数はいかがいたしましょう?」「まだ決めてないが、それは両親と相談する。」サロンを出たセーラは、馬車に乗り込むと同時に溜息を吐いた。「ただ神の下で永遠の誓いを交わして終わり、という訳にはいかないのだな・・」「結婚は2人だけのものですが、ひっそりと内輪で挙げる式にはどうやらいないようですね。」「ああ。それに結婚式を間近に控えているというのに、婚約者からは婚約指輪ひとつも貰っていないしな。」セーラがわざとらしく溜息を吐いてリヒャルトを見ると、彼はスーツのポケットから何かを取り出した。「わたくしと、結婚してくださいませんか?」リヒャルトは長方形の箱を開けると、そこにはダイヤモンドのエンゲージリングが入っていた。彼はそれを箱から出すと、セーラの左手薬指に嵌めた。「イエスだ。但し、浮気したら殺されると思え。」「解りました。」リヒャルトは苦笑しながら、セーラを見た。「セーラ、久しぶりね。リヒャルトも。」「母上。」プラハ城へと帰ると、そこにはアンジェリカが立っていた。「お久しぶりです、皇妃様。」「あなた達はいずれこうなるかと思っていたわ。」やっとセーラの母親が登場。次回はセーラとリヒャルト、瑞姫とルドルフ様の結婚式です。にほんブログ村
2011年04月16日
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カレル大学で開かれたチャリティファッションショーから数日後、セーラの元にハイゼルフ子爵から園遊会の招待状が届いた。「ハイゼルフ子爵といえば、かつて栄華を誇った名門貴族だというが、今や没落寸前の貧乏貴族になり下がったと聞く。」「ええ。ですが園遊会を開く余裕がおありのようで。」セーラは入院していた時に病室を訪れたハンナというメイドの存在が気になり、ハイゼルフ子爵の園遊会に出席する事にした。「結婚式の準備で、色々と忙しくなるな。」「ええ。アンジェリカ様がアルフリート陛下を説得してくださって良かったです。あれ程反対されていた陛下があっさりとわたくし達の結婚を許してくださったのは、何か裏があると思うのですが・・」リヒャルトがそう言って眉間を揉むと、セーラは溜息を吐いた。「別にそんな事を考えなくてもいいだろう。これから結婚式の準備に追われるんだからな。その後は出産準備に取りかからなければならないし。考えただけで頭が痛くなりそうだ。」「そうですね。安定期に入ってから結婚式を挙げるか、それとも出産後に挙げるかは、後で考えるとしましょうか。」「安定期に入ってからだ。出産後は育児に追われて結婚式の準備どころではなくなるからな。」「そうですね。」恋人達は互いの顔を見合せながら、笑い合った。 ハイゼルフ子爵の園遊会は、没落寸前まで落ちぶれてしまったものの、かつての名門貴族としての栄華を感じさせる豪華なパーティーで、ボヘミアやオーストリアの貴族達を楽しませた。「ハイゼルフ子爵は何処に?」袖口と襟元にレースがふんだんに使われた蒼のモスリンのドレスを着たセーラは、帽子のつば越しに招待客の中からハイゼルフ子爵の姿を探そうとした。その時、彼は誰かにドレスを掴まれた。振り向くと、そこには金髪の少年が立っていた。歳の頃は13,4位か、アイスブルーの瞳を輝かせながらセーラを見つめていた。「あなたが、セーラ皇太子様ですね?」「ああ、そうだが。」「初めまして、わたしはヒメル=ハイゼルフと申します。以後お見知りおきを。」「あなたが、ハイゼルフ子爵ですか。随分とお若いですね。」「ええ。先代である父が数年前に亡くなって、爵位を急遽継がねばなりませんでしたから。」そう言って子どもらしい笑みを口元に浮かべているヒメルだったが、彼が視線をセーラからリヒャルトへと移した時、急に彼の顔が険しくなった。「あの方は?」「これは、わたしの婚約者であるリヒャルト=マクダミアです。」「婚約者ですか・・?」「ええ。どうかなさいましたか、子爵?」「いえ、何でもありません。それよりもセーラ様、後で2人で色々とお話しを・・」ヒメルが一歩下がってそう言った時、ウェイターがバランスを崩し、シャンパングラスをセーラのドレスに掛けてしまった。「申し訳ございません!」「いえ、お気になさらず。リヒャルト、行くぞ。」「はい。」セーラがリヒャルト共に子爵邸の中へと入ろうとすると、ヒメルがセーラの手を掴んだ。「わたしが案内致します。セーラ様、参りましょうか。」「ではお言葉に甘えて。」(この餓鬼、一体何を考えている?)ちらりとリヒャルトの方を見たセーラは、彼が静かに頷いていたのを確かめると、ヒメルとともに子爵邸の中へと入った。「汚れを落としますので、ドレスを脱いでください。」「はい。」化粧室に置かれた、金箔を使った豪奢な衝立の陰に隠れたセーラは、ドレスを脱いだ。「失礼致します、旦那様。」ドアが開き、誰かが入って来る気配がした。「お客様のドレスの染みを取ってくれ。それと着替えのドレスを。」「かしこまりました。」セーラがそっと衝立の陰からヒメルの方を見ると、そこにはあのメイドの姿があった。ひょんなことで、実の両親からリヒャルトとの結婚の許しを得たセーラ。これから式の準備に忙しくなりそうですね。そして、あのメイドと、クソ生意気な貴族の少年が登場。そういえば、瑞姫とルドルフ様が出ていない(。゚ω゚) ハッ にほんブログ村
2011年04月15日
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「とにかく、わたしはリヒャルトとお前との結婚には反対だからな!」「そうですか。どうぞあなた方はぎゃぁぎゃぁ騒いで居て下さい。わたしとリヒャルトの居ない所でね。」「お前は親に向かって何て言葉を吐くんだ!」「顔を合わせば一方的に自分が言いたい事を捲し立てる父上が、何をおっしゃいますか!」セーラとアルフリートの口論が、一般病棟の廊下にまで連日響き、その度に患者達は何事かとVIP病室の方をちらちらと見ながらひそひそと囁き合っていた。「セーラ様、陛下、もうその辺になさいませ。毎日顔を合わせれば喧嘩ばかりなさっては、セーラ様のストレスが溜まります。陛下、どうぞお引き取りを。」「わかった・・」アルフリートは不快そうに鼻を鳴らしながら病室から出て行くと、セーラは溜息を吐いた。「全く、頭が痛い・・」「お水をお飲みになってくださいませ。アルフリート陛下は一方的過ぎますわね。セーラ様の意見も聞かず、リヒャルトとの結婚を反対されるなど・・弟はセーラ様の結婚相手として相応しいですわ。一体何が気に入らないのでしょう?」「さぁ・・長い間生き別れていて、実の両親と暮らし始めたのはほんの数年間だから、余り父上達が何を思っているのかが解らない。だが、親は常にこの幸せを優先しようと思うのは正しいかもしれないな。」セーラは水を飲むと、ベッドに横たわった。「セーラ様、退院後の予定ですが、カレル大学でチャリティファッションショーへのご出席はどうなさいますか?」「勿論出席するに決まっているだろう。ヒールのある靴も履き慣れてきたし。」「そうですか。英国時代には、貴婦人姿がさまになっておられたと未だに噂されておりますよ。」「まぁ、あれも良い経験になったな。色々と苦労したが。」「セーラ様を支持される国民は多いですわ。貴族階級のみならず、労働階級からもセーラ様を次期皇帝にと望む声がありますし。」「ふぅん、そうなのか。それよりも、ミズキ皇太子妃様とルドルフ皇太子様は仲睦まじいご夫婦だな。わたしとリヒャエルも、ああなりたいが・・」「ミズキ皇太子妃様はウィーン宮廷に入られてまだ日が浅く、色々と苦労されているそうですが、ルドルフ皇太子様がバッグアップなさっておられますからね。セーラ様と弟も、近い内にお二人のような仲睦まじい夫婦になれますわ。」セーラは、レイチェルの言葉に笑顔を浮かべた。 数週間後、カレル大学で開催されたチャリティファッションショーで、モデルとして出席したセーラは、素肌に緋のドレスを纏いランウェイを颯爽と歩いた。豊かなブロンドの髪を波打たせ、真珠色の肌に緋のドレスがよく映え、照明によって彼の全身は宝石のように美しく輝いた。ファッションショーには、ファッション界の名士達や高級ブランドデザイナー達が出席しており、セーラの艶姿に彼らは酔いしれ、何も飾らず自分らしさを身に纏ったプリンスの姿に感銘を受けていた。「セーラ様、素晴らしかったですよ。」「ありがとう。」ファッションショーが大盛況に終わった後、セーラは舞台裏で労いの言葉を掛けてくれた恋人に微笑んだ。「最近体調の方はいかがですか? 怪我の事もありますし・・」「大丈夫だ。久しぶりにハイヒールを履いて疲れてしまったがな。」セーラはそう言ってハイヒールを脱ぐと、足首をマッサージしながら溜息を吐いた。「余り無理をなさらないでくださいね。あなた1人のお身体ではないのですから。」「ああ、解っている。全く、お前はいつも小言ばかり言うな。」セーラはリヒャルトの小言にうんざりしながらも、彼と共に過ごせる時間が嬉しくて仕方がなかった。両親への説得はまだ時間がかかるかもしれないが、セーラはリヒャルトと結婚して幸福な家庭を築きたかった。かつて、横浜の孤児院で養父に愛情深く育てられ、幸福であった幼少時代のような、愛に満ちた生活をセーラはいつしか夢見ていた。レイチェルの正体が明らかに。ちょっとブラコン気味なレイチェル。にほんブログ村
2011年04月13日
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「皇帝陛下には困ったものですわね。」アルフリートを病室から追い出したレイチェルは、そう言ってセーラを見た。「コーヒー、お淹れいたしますわね。」「あ、ありがとう・・」突然事務的な態度を崩したレイチェルに、セーラは戸惑いを隠せなかった。「陛下はいつまで経っても子離れなさいませんわね。弟と結婚したら婿いびりをなさるかもしれませんわね・・」「弟って、じゃぁ君は・・」セーラはそう言ってレイチェルを見ると、彼女は照れ臭そうに笑った。「自己紹介が遅れましたわ、セーラ様。わたくしはリヒャルトの異母姉・レイチェルと申します。」「リヒャルトに腹違いの姉が居るなんて、聞いていなかったが・・」「わたくしも、長年異母弟の存在を知らずにおりました。リヒャルトの母親が悋気の強い性格で、わたくしの母を屋敷から追い出したものですから、彼の父親もわたくしの存在を知りませんでした。」「そ、そうだったのか・・」突然レイチェルがリヒャルトの異母姉と知り、セーラは暫し頭がぼうっとした。「い、今お母さんはどうしているの?」「母は、数年前に亡くなりました。丁度リヒャルトの母親もお亡くなりになったので、旦那様とわたくしは実の親子として漸く名乗りを上げることが出来たのです。」「へぇ、そう・・」リヒャルトとレイチェルは昨夜、普通に接していたが、その裏では色々と複雑な感情を互いに抱いていたに違いないと、セーラは彼女が淹れたコーヒーを飲みながら思っていた。「失礼致します。」セーラがコーヒーを飲んでいると、病室に1人のメイドが入って来た。「あの、どちら様ですか?」「申し遅れました、ハイゼルフ子爵家から参りましたハンナと申します。以後お見知りおきを。」「は、はぁ・・」「あら、ハイゼルフ子爵家といえば、数年前に宮廷から追い出された挙句、領地を没収された貴族と同じ家名ですわね? まだメイドを雇う経済的余裕がお有りになられるだなんて・・」「あらあら、そちらこそマクダミア公爵が外に産んだ女が、何故皇太子様のお傍にお仕えしているのかしら?」2人のメイドの間に、バチバチと見えない火花が散り始めていた。(一体俺はどうすれば・・)「セーラ様、お加減はどうですか?」リヒャルトが病室に入ってくると、ハンナと名乗ったメイドがそそくさと病室から出て行った。「ハンナ、どうだった?」「思っていたより守りが堅いです。あの姉弟は一筋縄ではいきませんから。」「そうだな・・」ハンナと話していた相手は、肩越しにセーラの病室を見た。「あの2人が居る以上、セーラ様と2人きりで話せる事はできません。」「急ぐ事はない、ハンナ。徐々に策を練り上げて行く方が良い。」「はい、旦那様。わたくしは旦那様のおっしゃる通りに致します。」「お前は良く働いてくれるな、ハンナ。」ハンナはにっこりと自分に仕えている相手を見下ろした。 そこには、金髪に灰青色の瞳をした少年が立っていた。「必ずセーラ皇太子と会わせてよね、ハンナ。頼りにしているよ。」「はい・・旦那様・・」少年はコートの裾を翻すと、病院の廊下を颯爽と歩いていった。「全く、手のかかる坊やだこと・・」そう言ってハンナは、溜息を吐いた。「没落寸前の嫡子として、家も財産も売り払い、残ったのは気位の高さだけとは・・皮肉なものね・・」彼女は口端を歪め、病院から出て行った。「ハンナ、遅かったね。」「申し訳ありません、旦那様。」「早く帰ろう。」「ええ・・」(愚かな子ども・・この子を地の底に叩きこむのは、このわたくし・・)また謎のメイド登場。にほんブログ村
2011年04月12日
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翌朝、セーラは何かと自分に対して事務的な態度を取るメイド・レイチェルに少しストレスを感じていた。「セーラ様、お口をお開けください。」朝食が病室に運ばれて来た時、レイチェルはそう言ってスプーンでスープを掬い、それをセーラに食べさせようとした。「赤ん坊じゃあるまいし、これ位は出来る。」セーラがそう突っぱねると、レイチェルは不服そうに溜息を吐くと、病室から出て行った。(食事なんて1人で出来るのに。一体彼女は何を思ってやってるんだろう?)何故リヒャルトはあんな変わり者のメイドを雇ったのだろうと、セーラは首を傾げながらスープを飲み始めた。 幸い傷は大したことはなかったし、数週間で退院できるだろうと医師から言われていたので、出来る事ならセーラは大部屋に移りたかったが、一国の皇太子である彼が個人の我が儘を通せるほど甘くないということを嫌でも知っていた。「セーラ様、皇帝陛下がお見えになられました。」「皇帝陛下が? お通ししてくれ。」「かしこまりました。」フランツ=カール=ヨーゼフ帝の耳にも、今回の事件が届いたのだろうか。多忙な彼が自分に見舞いに来るなど珍しいなとセーラは思いながらパンを食べていると、病室に入って来たのは実父でローゼンシュルツ王国皇帝・アルフリートだった。「セーラ、身体は大丈夫なのか?」アルフリートはそう言うなり、ベッドで上半身を起こしている息子に勢いよく抱きついた。「お前が撃たれたと聞いて、議会を中止させてプラハまで来たんだ。無事で良かった!」「陛下、セーラ様はまだ本調子ではございませぬゆえ。」息子の無事を知り、涙を流して熱い抱擁をするアルフリートに向かって、レイチェルはピシャリとそう言うと、セーラを見た。「おお、済まぬ! それよりもセーラよ、お前の縁談相手には会ったか?」「会っていませんが。それよりも父上、このような忙しい時期に、わざわざプラハまでおいでとは・・母上は何も言わなかったのですか?」あの日以来、“影の支配者”とまで呼ばれるようになった母皇妃・アンジェリカの事をセーラが聞くと、アルフリートは苦笑いを浮かべながらこう答えた。「アンジェリカは数日後お前に会いに来る。国に戻ったら結婚式の準備やお前の快気祝いのパーティーの準備で忙しいから、プラハに居る間は親子水入らずで過ごしたいと思ってな。」「結婚式とは、一体何の事ですか? わたしはリヒャルト以外誰とも結婚する気はないと申した筈でしょう?」セーラがそう言って冷たい目で父親を見ると、彼は口ごもった。「お前ももう30だ、セーラ。結婚適齢期をとうに過ぎているし、お前と同年代の相手を見つけるのも簡単な事ではない。早くお前には身を固めて欲しいと思っているんだよ。」アルフリートの言い分も解るし、子を心配する親心も解るが、一方的に自分の結婚を決めてしまう両親に嫌気が差した。「父上、わたしはリヒャルトの子を妊娠しております。」「それは・・冗談ではないのか?」鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔を浮かべながら、アルフリートはセーラを見た。「ええ。リヒャルトはわたしと結婚すると申しておりますし、わたしも彼との結婚を望んでいますので・・」「ならん、ならんぞ! 婚前交渉などもっての外だというのに、妊娠した上にお前がリヒャルトに結婚を迫るなど、あってはならん事だ、恥ずべき事だ!」暫くして状況を呑みこめたアルフリートはセーラの言葉を聞いた途端、烈火の如く怒った。「今は21世紀、婚前交渉など交際しているカップルの間では当たり前ですし、順序は違えども妊娠して結婚するなんて事はもう珍しくも何ともありません。新しい時代に生きているというのに古い時代の価値観を持ち出さないでいただきたい!」「何と言う事を・・」アルフリートがセーラに手を挙げようとすると、レイチェルが咄嗟に彼を押さえた。「陛下、ホテルにお戻りください。セーラ様を暫くお独りにして差し上げてください。」セーラと目が合ったレイチェルは、そう言った後口元に笑みを浮かべた。謎のメイド・レイチェル。セーラの実父、アルフリートさんが登場しました。にほんブログ村
2011年04月12日
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「何を余所見しているのです!」 瑞姫の鋭い突きを、令嬢は辛うじて受けることしかできず、あっという間に彼女は壁際まで追い詰められた。 鬼神の如く剣を振るう瑞姫の漆黒の瞳は、禍々しい黄金色へと変化していた。「ひぃ・・」令嬢は泣きベソを掻きながらも、必死に反撃しようとしたが、瑞姫はそんな彼女の小さな勇気をも挫いた。瑞姫の一撃で令嬢の手から剣が弧を描き大理石の床に突き刺さった。彼女はドレスの裾をたくし上げ、令嬢を蹴飛ばし彼女の上に馬乗りになって鋭い剣の切っ先を向けた。「良く回るお前の舌は剣の前では役に立たなかったようね?」口端を歪めて瑞姫は令嬢に向かって笑うと、彼女は涙を流した。「お、お許しを・・」「お黙り、この脆弱者が!」瑞姫は泣き叫ぶ令嬢を無視すると、鋭い刃を彼女に向かって振り下ろそうとした。「やめないか、ミズキ。彼女を許してやれ。」ルドルフはそう言って、剣を振り下ろそうとする瑞姫の手を握った。「命拾いしたわね?」興を削がれ、瑞姫はつまらなそうに舌打ちした。「妻が乱暴な真似をしてすまないね?」ルドルフはちらりと令嬢を見ながら彼女に微笑むと、彼女は頬を赤く染めた。「ウィーン宮廷で生き残りたければ、噂をばら撒くその舌を引っ込めておくんだね。さもなくばわたしの妻が君の舌を引っこ抜く時が来るだろう。」耳元で彼女に甘い声でそう脅すと、ルドルフは瑞姫の元へと戻った。「これで暫く、余計な噂を広げようとする者は居なくなるでしょう。」「ああ。でもかなり派手にやり過ぎたんじゃないか?」「いいじゃありませんか、あんな者達を黙らせるくらいなら。」瑞姫はそう言って扇子の陰で笑い始めたが、その目は全く笑っていなかった。彼女を怒らせると怖いと、ルドルフが実感したプラハの夜は静かに更けていった。 一方、プラハ市内の病院にあるVIP専用病室で、セーラは呆れた顔でリヒャルトを見ていた。「お前、プラハ城に戻らなくていいのか?」「そうですね・・ずっとあなた様のお傍についているのも限界がありますし。」「失礼致します。」ドアがノックされ、病室の中に入ってきたのは、白いエプロンに青いワンピースを着たメイドが入って来た。「セーラ様、こちらがあなた様が入院なさっている間の世話係の、レイチェルです。レイチェル、くれぐれもセーラ様の世話を怠らないように。」「かしこまりました、リヒャルト様。」そう言ってメイドはリヒャルトに頭を下げると、ちらりとセーラを新緑の瞳で見つめた。「初めてお目にかかります、セーラ様。心からあなた様にお仕え致します。」「よ・・宜しく・・」セーラは何処か事務的な態度のメイドを見ながら少し戸惑っていたが、わざわざ忙しい時間を割いてプラハに来てくれたのだから、文句は言えまい。「ではわたくしはこれで。レイチェル、後は頼んだぞ。」「はい。」リヒャルトが病室から出て行くと、セーラは溜息を吐いてベッドに寝転がった。「セーラ様、早くお休みになられてください。夜更かしなさるとお身体に差し支えますので。」「わかった・・」(何だか慇懃無礼なメイドだな・・)レイチェルと退院するまで彼女と一緒に過ごすのかと思うと、セーラは気が沈みそうになった。 病院を出てプラハ城へと向かっているリヒャルトは、病院で預かったセーラのバッグの中で、彼の携帯が振動していることに気づいた。『もしもし?』「貴様は誰だ?」相手はリヒャルトの質問に答えずに通話を切り上げた。リヒャルトは携帯の電源を落とし、バッグの中へとしまった。漆黒の闇に包まれてゆくプラハの街を、フロックコートの裾を翻しながらリヒャルトはカレル橋を渡り始めた。その先には、荘厳なプラハ城が聳え立っていた。にほんブログ村
2011年04月11日
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数分後、“オディール”はセーラ皇太子暗殺未遂の容疑でチェコ警察に逮捕された。そのセーラ皇太子は、プラハ市内の病院で一命を取り留め、彼が宿していた小さな命も無事だった。「う・・」「セーラ様、お気づきになられましたか?」「リヒャルト・・済まないな・・」「何をおっしゃいます、セーラ様。あなたがご無事で良かった!」リヒャルトはそう言うと、セーラに覆い被さって泣いた。「殿方って、あんなにお泣きになるものなのね。」病院から出た瑞姫がそうぽつりと呟くと、ルドルフは苦笑しながら馬車へと先に乗り込んだ。「リヒャルト殿は、セーラ様を本当に心の底から愛しておいでだ。」「そうですわね・・セーラ様は幸せ者ですわ、愛して下さる方が傍に居て。」「わたしでは不満か、ミズキ?」「いいえ。」瑞姫とルドルフは互いの顔を見合せると、唇を重ねた。「舞踏会は中止になるかしら? あんな事があったのだから当然だと思うけれど・・」「さぁな。父上にはこの事を報告したし、まだ安心できないから警備を怠るなと城内の者には伝えている。」ルドルフはそう言って溜息を吐いた。今夜プラハ城で開かれる予定だった舞踏会を急遽中止にすることを、ルドルフの一存では決められなかった。現に、ルドルフの父・フランツ=ヨーゼフは、セーラ暗殺未遂事件の報告をルドルフから聞いても、“予定通りに舞踏会を開け”とウィーンからの電報で言ってきたのだから。 セーラが不在のまま舞踏会が開かれる事で、何か嫌な予感がしたルドルフだったが、瑞姫にはそんな事は言えなかった。「あら、今夜はセーラ様はいらっしゃらないのね?」「何処へ行かれたのかしら?」「あなた、ご存知ないの? セーラ様はリヒャルト様に横恋慕した女に撃たれたそうよ。」「なんでもその女の方がセーラ様よりも先にリヒャルト様の方をお慕いしていらしたとか・・」「それを横からセーラ様が掠め盗ったということなの?」プラハ城の大広間で開かれた舞踏会では、噂好きの貴婦人や令嬢達が根も葉もない噂話をひそひそと囁き始めているのを聞いた瑞姫は、怒りが沸点に達しそうだった。彼らは何も知らないで、無責任な噂話をこの場で広め始めようとしている。そんな事はさせるものか―瑞姫は彼女達の元へと近寄ると、その中の1人の肩を叩いた。「ちょっと、そこのあなた。」「まぁ皇太子妃様、何か?」振り向いた彼女に、瑞姫は右手に嵌めていた長手袋を投げつけた。「あなたはこの場で、わたくしの友人の名誉を汚しました。よって決闘を申し込みます。」瑞姫の凛とした言葉に、先ほどまでざわついていた大広間がしんと水を打ったように静かになった。「そんな・・決闘など・・」「手加減はしていただかなくても結構よ。誰か、剣を!」突然の事に戸惑う周囲を余所に、ルドルフは苦笑しながら友人達とその光景を遠巻きに見ていた。「止めなくてもよろしいのですか?」「ミズキはやると言ったら聞かない性格だ。彼女達を黙らせるには絶好の機会だとは思わないか?」やがて彼女達の元に二振りの剣が渡され、互いに背を向け十歩歩き始めた。―まさか本気で皇太子妃様は決闘をなさるおつもりで?―なんという方なのかしら・・瑞姫が十歩目で振り向くと、そこには恐怖で蒼褪め、剣を握り締めて震える令嬢の姿があった。彼女は周囲に助けを求めるように目を泳がせたが、その時瑞姫の剣の切っ先が令嬢が持っていた剣に触れ、彼女は悲鳴を上げた。「何を余所見しているのです!」瑞姫さん、キレる。まぁ、決闘相手にされたお嬢様も気の毒だと思いますけれど、瑞姫さんにコテンパンにされるといいと思います(←オイ)にほんブログ村
2011年04月11日
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聖ヴィトー大聖堂から出たリヒャルトは“オディール”をすぐさま追ったが、コルセットでウェストを締めあげられた上に裾の長いドレスを纏い、踵の高い靴を履いている彼女は、どんどんリヒャルトとの間に差が開き始めていた。(くそ、逃げ足が早い!)リヒャルトは舌打ちしながら、護身用の拳銃を取り出し撃鉄を起こした。余り人を傷つけたくはなかったが、止む終えぬ状況というものがある。リヒャルトが“オディール”の右肩に狙いを定めて引き金を引こうとしていると、不意に彼女が振り向いて不敵な笑みを口元に湛えた。 その瞬間、リヒャルトの視界が怒りで赤く染まった。「銃声が聞こえたわ!」「一体何事かしら!?」「随分と近かったような・・」女官達の話を聞いた瑞姫とルドルフが聖ヴィトー大聖堂の方へと向かうと、そこには胸を撃たれ担架に乗せられたセーラの姿と、慌てふためくフィリップの姿があった。「フィリップ、何があった?」「あの女性が突然、セーラ様を撃ってきて・・リヒャルト様が・・」ルドルフは嫌な予感がして、妻と共にリヒャルトの姿を探した。 彼は、“オディール”に向かって銃を向けたまま、菫色の瞳を怒りで滾らせながら彼女を見ていた。「よくも・・よくもセーラ様を!」「殺したいのなら、殺しなさい。」「貴様!」リヒャルトは床に銃を投げ捨てると、“オディール”の首を右手で締めあげてその身体を宙に浮かせた。「お前は一体何を企んでいる、吐け!」「光は闇に呑まれるだけ・・ただそれだけの事。」リヒャルトは空いている手で“オディール”の右肩を握り潰すかのように掴むと、彼女は手負いの獣のような叫び声を上げた。「吐け、吐かぬか!」“オディール”は一瞬口元に笑みを浮かべると、リヒャルトに向かって唾を吐いた。リヒャルトは彼女の身体を地面に叩きつけ、彼女の上に馬乗りとなって万力のように彼女の首を締めあげた。「リヒャルト殿、止めないか!」「こいつが・・この女が、セーラ様を!」怒りで正気を失ったリヒャルトは、止めに入ろうとしたルドルフ達を睨み付けると、間髪いれずに“オディール”の頬を拳で殴った。彼女の端正な美貌がリヒャルトに殴られる度にいびつに歪み始め、口端や鼻から出血し、その血が大理石の床を赤く染め始めた。「この女を殺しても、セーラ様は喜ばないぞ!」「止めないでください、わたしはこの女を殺す!」ルドルフの背後で静観していた瑞姫がつかつかとリヒャルトの方に近づくと、彼の頬を平手で打った。「いい加減になさい! あなたが今彼女を殺したら犯罪者になりますよ! そうなって苦しむのはセーラ様と生まれてくるお子様なのですよ! この者にはしかるべき場で裁かれて貰いますから、安心なさい!」「皇太子妃様・・」瑞姫の言葉を聞いたリヒャルトが漸く“オディール”から離れると、瑞姫は夫の方を振り返り、こう言った。「サーベルをわたくしに渡して下さい。」「ミズキ、何をするつもりだ?」「早く、渡して下さい。」ルドルフは腰に帯びているサーベルを瑞姫に渡すと、彼女はその二本の長剣を地面に交差するように突き刺し、“オディール”の首を固定した。「フィリップ、警察に連絡を。セーラ皇太子様を殺害しようとした犯人が居ると。」「はい・・皇太子妃様。」フィリップが慌てて身を翻して廊下の角へと消えてゆくのを見送った瑞姫は、腰を屈めて“オディール”の耳元でこう囁いた。「逃げられると思ったら大間違いですよ。」“オディール”の勝利に酔っていた蒼い瞳は、瑞姫の言葉で瞬時に恐怖へと彩られた。怒りにまかせ、“オディール”に拳を振るうリヒャルト。恋人が目の前で撃たれたのだから、当然と言えば当然ですが、殺人犯にはならなかった。どんな時でも冷静に事態を見極めようとしている瑞姫は、静かに“オディール”に向かって怒りをぶつける。感情をむき出しにした“怒り”よりも、感情をむき出しにせず静かに“怒る”方が怖いと思うのですが。“絶対零度の笑み”とか、一見微笑んでいるようにいるけれども、笑ってはいないとか・・。瑞姫の怒り方は、間違いなく後者の方に当てはまりますね。ルドルフ様も、時折熱くなりがちですが、冷静沈着な性格なので、同じ怒り方ですかね。にほんブログ村
2011年04月10日
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ルドルフ達を乗せた蒸気機関車がプラハ駅へと着くと、乗客たちは一斉に降り始め、出口へと向かって行った。「セーラ様、お足元にお気をつけてください。」「ありがとう。」一等車両から先に降りたリヒャルトは、そう言ってさっと主に手を差し出した。セーラが辺りを見渡すと、乗客達も駅員たちもみなヴィクトリア朝時代の服装をしている。まるで、ヴィクトリア朝時代にタイムスリップしたかのような感覚にセーラは陥った。セーラは汽車が吐き出す煙の向こうに、人影が見えたような気がした。「セーラ様、どうされましたか?」「いや・・何でもない。」目を擦り再度人影を見ようとしたが、それはすぐに掻き消えた。「セーラ様、外へと参りましょう。」「ああ、解った。」駅からセーラ達が出ると、そこには瑞姫とルドルフの姿があった。「さぁ、参りましょうか?」「ええ。」四頭立てのハプスブルク家紋章付の馬車と、ローゼンシュルツ王家の紋章付の馬車が蹄の音を響かせながら、一路プラハ城へと向かった。「馬車に乗ったのは初めてだが、少し揺れるな。」「ええ。それよりもプラハ城に行かれる前に、何処か寄りたい所でもありますか?」「いや・・プラハ城に着いたら聖ヴィトー大聖堂に行きたいんだが、いいか?」「わかりました。」2台の馬車はやがて、カレル橋を渡り始め、プラハ城へと入っていった。「ルドルフ皇太子、わたくしとセーラ様は聖ヴィトー大聖堂へと参ります。昼食会の時間には間に合うようにいたしますので。」「解りました。フィリップ、セーラ様達を聖ヴィトー大聖堂へとご案内しろ。」「はっ!」フィリップとセーラ達の姿が廊下の角へと消えると、ルドルフは溜息を吐いた。「ミズキ、“オディール”は昼食会に現れるか?」「さぁ、わかりませんけれど・・ご挨拶に来たのだから、現れるでしょうね。」ルドルフと瑞姫が汽車の中で話した“オディール”の行動を思い出していると、瑞姫は視線の隅に喪服姿の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。「あら、オディールさんではなくて?」「皇太子妃様、御機嫌よう。」“オディール”はそう言うと、瑞姫に向かって優雅に礼をした。「セーラ様を探していらっしゃるの?」「ええ。少しセーラ様とお話ししたい事がありまして・・」「彼ならお部屋で休まれていると思うわ。」瑞姫の言葉に、“オディール”の顔が少し曇った。「ミズキ、どうしてあんな嘘を吐いたんだ?」「セーラ様とあの方を会わせてはいけないかと思いまして。」 フィリップの案内で聖ヴィトー大聖堂へと向かったセーラは、首に提げていたロザリオを握り締めると、祭壇の前に跪き、天におわす父なる神に向かって静かに祈りを捧げた。フィリップとリヒャエルは、聖堂の入口に立っていた。「セーラ皇太子様は、一体何を祈っていらっしゃるのでしょう?」「さぁ・・それはセーラ様にしか解りません。」リヒャルトがそう言った時、聖堂へと向かってくる靴音が聞こえた。「矢張りここに居たのね、オデット。」リヒャルトとフィリップが振り向くと、そこには黒いベールを被った女性―“オディール”が立っていた。「セーラ様、お逃げ下さい!」リヒャルトがセーラに向かって叫ぶのと同時に、“オディール”がドレスの胸元を破り、そこから拳銃を取り出した。「漸く復讐の機会が訪れた。神から遣わされた光の皇子よ、闇に呑まれるがいい!」銃声とともに、セーラが胸に紅い華を散らせて祭壇の前に倒れた。「誰か救急車を!」「衛兵、あの女を捕えよ!」「セーラ様!」 怒号が聖堂内に響く中、司祭がセーラに人工呼吸を施しているのを見たリヒャルトは、“オディール”を追った。外伝第13話です。“オディール”がとんでもないことを。セーラは助かるんだろうか?にほんブログ村
2011年04月09日
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自分の前に突然現れた、セーラ皇太子と同じ顔をしたオディールと名乗る女性を、瑞姫は品定めするように見た。(この方、何か企んでいるわ・・)「初めまして。ごめんなさい、わたくし少し驚いてしまって・・」「まぁ、何かわたくしの顔についていますか?」「いいえ。ただセーラ皇太子様と瓜二つの顔をなさっているから、てっきり・・」「良く言われますのよ。皇太子妃様、プラハ城での舞踏会は是非出席致しますわ。」「あら、そんな事をわたくしたちに伝えに、この汽車に?」「まぁ、それもそうですけれど・・わたくしには、まだ用事がありますの。」そう言って笑ったオディールの瞳にまた、あの妖しい光が揺らめいていることに瑞姫は気づいた。「そうなの。色々とお忙しいのね。」「ええ。ではわたくしはこれで。」オディールは笑顔を崩さずに、瑞姫達の前から下がった。「勘の鋭い女・・一筋縄ではいかないね。」自分の客室へと戻る最中、オディールはそう呟き舌打ちした。「あなた、あの方ですけれど・・さきほどわたくし達に挨拶に来られたオディールという方・・」「セーラ皇太子に似ていたな。」ルドルフは妻の言葉に相槌を打ち、彼女を見た。「ええ、まるで実のご兄弟のようだわ。セーラ様には確か、双子の弟君がおられたとか・・」「確かに居たが、その弟君は数年前に死んだ事になっている。」ルドルフは瑞姫にそう言うと、ウィーンを発つ前に側近の者から渡された書類を彼女に見せた。それは、セーラ皇太子の双子の弟・ミカエルに関する報告書だった。「数年前にローゼンシュルツで起きた白薔薇革命によりセーラ皇太子の弟・ミカエルは離宮で起きた自爆テロにて死亡とここには書いてあるが、その事実が確かなものではない。遺体が未だに発見されていないからな。」「もしかしたら、あのオディールという女性は、死んだ筈のミカエルという可能性も?」「有り得るかもしれないな。現在ローゼンシュルツ王国の情勢は数年前の革命前後より安定しているとはいえ、常に国民はテロリストの陰に怯え、我が帝国と同様に長年続いた階級制度による歪みが生じ、貧困層による暴動や凶悪犯罪が増えつつある。そんな中でミカエル生存が国民に伝えられたら、セーラ皇太子は廃嫡されるだろう。」「そんなに、深刻な状態なんですの?」「ああ。ミカエルは貧困層を長年支援してきたから、革命でその死を報じられてもなお彼を慕う者が多く居ると聞く。それとは対照的にセーラ皇太子の評判は余り良くないらしい。その原因は皇太子が外国籍であるからだとか・・」「ローゼンシュルツの国民は、排他的な方が多いと聞きましたけれど・・セーラ皇太子様は先の内戦時で暗殺を逃れる為に日本人神父の養子となったことを彼らは知っているのでしょうか?」「そんな深い事情を知っていたとしても、次期皇帝が母国を捨て海外に逃亡したというのは、自分達を見捨てたのと同じ事。セーラ皇太子はその汚名を返上する為に今回の欧州視察に命を懸けているのだそうだ。」「複雑ですわね・・」瑞姫は夫の話を聞き、いかにセーラ皇太子の前に数々の困難が立ちはだかっているのかを初めて知った。「わたくしは、皆様に認められるかしら?」「認めるさ。わたしがお前を、ハプスブルクの皇太子妃であることを認めさせてやる。」ルドルフはそう言うと、瑞姫をそっと抱き締めた。「何も心配する事はない、ミズキ。わたしがついている。」「ええ、あなた。」もう瑞姫は、独りで戦う事はない。夫という強力な味方がついた今、何としてでも自分をハプスブルクの皇太子妃として世間が認めるまで、頑張らなければならないと彼女は奮起した。(わたくしはこの人と、戦い続ける。独りでは決して勝てない戦いに、彼と共に手を取り合い、逃げずに立ち向かってみせる。)その心はセーラ皇太子も同じだろうと、瑞姫は思っていた。彼もまた、人生の伴侶となるべき男が居るのだから。 それぞれの想いを乗せた汽車は、やがてプラハへと着こうとしていた。次回からプラハ編スタートです。外伝なのに長く続きそうな予感・・にほんブログ村
2011年04月08日
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セーラとリヒャルトが乗っている一等車両には、もう1組乗客が居た。「ねぇ、ここに“オデット”が乗っているって、本当なの?」 宝石のように美しく煌めく蒼い瞳で、喪服を着た女性がそう言って向かいに座る長身の男性を見た。「ああ、それにこの車両にはオーストリアのルドルフ皇太子夫妻もご乗車している。」「ふぅん。確かルドルフ皇太子の妃はミズキとかいう日本人女性だったね? ホーフブルクで開かれた舞踏会では、“オデット”と親しい様子が見られたって、ハンナが言ってたよ。」女性は黒繻子の扇子を開くと、口端を上げた。「“オデット”に会いに行こう。それと、ミズキ妃にもご挨拶しないとね。」彼女が立ち上がると、耳朶を飾る真珠の耳飾りがシャラリと揺れた。「わたしも行きます・・」「お前はここに居なよ。どうせ足手纏いになるだけなんだからさ。」客室の扉を開けた女性は振り向きざまに男にそう言って笑うと、“オデット”の元へと向かった。「そうですか・・あのサリームに息子が居たとは・・」「俺も初めてその事を知って、驚いたさ。貴賓室で先程会ったが、まだまだ青臭い餓鬼だった。周りに依存し、頼る事でしか生きられない、礼儀知らずな奴だった。あんなのがもしあの王宮内で暮らしていたのなら、あいつの性根は腐りきることだろうよ。」滅多な事で他人の悪口を言わぬセーラにしては珍しくサリームの息子に対して毒を吐いているので、リヒャルトは驚愕の表情を浮かべながらも彼の話に耳を傾けた。「セーラ様がそんな風に毒づいておられるお姿は初めて見ました。まぁ、自分で何も考えようとしない者にはそれ相応の罰が下ることでしょう。」「あの餓鬼を冷たく突き放して正解だったな。母親が謂れのない中傷を受けて精神を病んだ事には同情するが、初対面の相手に礼を尽くさぬ相手に情けをかける余裕などない。」セーラがそう言って溜息を吐いた時、不意に客室の扉が開いた。「ふぅん・・数年前はお人よしだったのに、今ではすっかり傲慢で冷酷になったものだね、“オデット”?」衣擦れの音を立てながら、喪服姿の女性が滑るようにして客室に入って来た。「お前は・・」リヒャルトとセーラは、彼女の顔を見て険しい表情を浮かべた。「そんなにわたしに会いたくなかったの? それはそうだよね、誰が好きこのんで悪魔の娘に会いたい人なんて居る訳ないよねぇ、王女様?」黒繻子の扇子を持った女性は、自分と同じ顔をしているセーラに向かって微笑んだ。「どうしてお前が此処に居る、“オディール”?」「生きているからさ。それよりも妊娠したんだってね、おめでとう。」女性―“オディール”はゆっくりとセーラに近づくと、彼の頬に優しいキスを落とした。震える彼の耳元に、“オディール”はそっと囁いた。「わたしが居る限り、お前は絶対に幸せにはなれない。」彼女はさっとセーラとリヒャルトに背を向けると、優雅な足取りで客室から出て行った。「どうしてあいつが・・何故今更になって・・」「セーラ様、落ち着いてください。あいつはもう死んだのです。」リヒャルトはそう言うと、恋人の手を優しく握った。「確かに、あいつは死んだ。だが、あいつはまだ生きている。俺が鏡を見ればあいつと同じ顔がある・・」「あなた様はあいつとは顔は同じですが全く違います。わたしがあなた様の事を一生お守り致します。」「ありがとう、リヒャルト。」 一方セーラ達の客室から出た“オディール”は、ルドルフ達の客室の扉をノックした。「どなた?」瑞姫が扉を開けると、そこにはセーラと同じ顔をした喪服姿の女性が立っていた。「初めまして、皇太子妃様。わたくしはオディールと申します。以後お見知りおきを。」そう言って優雅に微笑んだ女性の瞳が、妖しく煌めいたのを瑞姫は見逃さなかった。少し間が空いてしまいましたが、外伝11話です。セーラ達の前に現れた、“オディール”。セーラと同じ顔をした“オディール”は、『白鳥の湖』に登場する悪魔の娘からとりました。にほんブログ村
2011年04月07日
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「お前達の目的は何だ? 金か?」「今にも自分を殺そうとしている奴にそんな事を聞くなんて、大したタマだなぁ、皇太子様よ。」リーダー格の男はセーラの首筋にナイフを押し当てたまま、そう言って笑った。「修羅場を幾つも潜って来たんでね。それで、お前達の目的は?」「リシェーム王国のサリームを知っているな?」「サリームか・・懐かしい名だな。」セーラはゆっくりと目を閉じ、数年前に起きた、忘れたくても忘れられない事を思い出した。砂漠の王国・リシェームに拉致されたセーラは、白亜の王宮の奥深くの後宮で囚われ、国王アルハンに凌辱された。セーラを拉致したのは、アルハンの息子で第1皇子であったサリームだった。彼は、セーラを父親の貢物として密かに武装組織を雇い、英国に滞在していたセーラを拉致した上に、滞在先であったヘルネスト伯爵家令息ロバートと、令嬢エリザベスの命を奪ったのだ。サリームはあの日から反国王派によって公開処刑されたと聞く。何故ここで彼の名が出てくるのか。「サリームは確か数年前に死んだ筈。死者が俺に何の用だ?」セーラがそう言って口端を上げて笑うと、男は彼の言葉で鼻を笑った。「お前に用があるのは、サリームの息子だ。」「息子?」サリームに息子が居るという話は、初耳だった。「ああ。その息子がお前に会って話したいとな。」「たったそれだけで、大勢の乗客を危険に晒したのか? サリームは自己中心的で傲慢な男だったが、不幸にも息子にもその性格が受け継いでしまっているらしいな。」「おしゃべりはもう終わりだ。サリームの息子は貴賓室で待っている。」数分後、セーラは男達とともに貴賓室に入ると、真紅のチンツ張りのソファに座っている1人の少年がセーラの姿を見るなり立ち上がった。「お前が、セーラ皇太子だな?」「初対面の相手に対して失礼な物言いだな。父親そっくりだ。傲慢で強欲で、最期は非業の死を遂げた哀れな父親に良く似ているな。」セーラがそう言って笑うと、少年はきっと彼を睨んだ。「父は国の為に尽くした。それなのにあんな死に方をするだなんて、俺は納得していない!」関節が白くなるほど拳を固めた少年の顔は、怒りと悲しみに満ちていた。「俺と何を話したいんだ?」「俺と母をローゼンシュルツ王国へ連れて行け。数年前のあの日から、母は謂れのない誹謗中傷を受けた末に精神(こころ)を病んだ。もうわたしはあそこでは暮らせない。」「そうか。だがお前の頼みは聞けないな。自分の名を名乗らず、一方的に自分の要望だけを伝える餓鬼を相手にしている程、こちらも暇ではないのでね。」「じゃぁどうしろっていうんだ!」「それは自分で考えろ。本当に母親を守りたいのなら、他人に頼らず己でその方法を考えてみることだな。話は以上だ。」美しいレースの扇子をパチンと閉じたセーラは、さっとソファから立ち上がり少年に背を向けた。「あんな風に冷たく突き放していいのか? あいつ、真剣だったぜ?」「言っただろう、餓鬼の面倒をみる暇はないと。それにあいつは周りが自分達を助けてくれると思っている。傲慢な考え方を捨てねば、あいつは何も変わらない。もう話は終わったのだから、俺と乗客たちは解放してくれるんだろうな?」「ああ。」男がナイフをセーラの首筋から離すと、セーラはリヒャエルが待つ客室へと戻った。「セーラ様、ご無事でしたか!」「心配を掛けてすまないな、リヒャルト。餓鬼の我が儘に少し振りまわされただけだ。」「そうですか。お怪我がなくて良かったです。」リヒャルトの頬を撫でたセーラは、宝石のように煌めく菫色の瞳を見つめた。この瞳に恋焦がれ始めた時は、いつだったのだろう。ほんの少し前の事なのに、まるで遠い昔のようにセーラは思えてならなかった。第10話です。セーラの前に現れた謎の少年。初対面の相手に対して尊大な態度を取っている彼の名は、次回で判ります。にほんブログ村
2011年04月05日
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一部性描写が含まれますので、苦手な方は閲覧なさらないでください。「セーラ皇太子の客室は何処だ?」「21―Dだ。」「チッ、少し遠いが、獲物は仕留められるな。」密かに一等車両に乗り込んできた数人の男達は、セーラとリヒャルトの客室へと向かい始めた。彼らの目的地である客室の中では、セーラがリヒャルトの股間に顔を埋めていた。「いけません、セーラ様・・このような場で・・誰かに見られでもしたら・・」リヒャルトは羞恥で顔を赤く染めながらセーラを退かそうとしたが、セーラは彼のものを口に含んだまま離そうとしない。セーラは舌でリヒャルトのものを愛撫すると、それがやがて容量を増してゆく感覚がしてますますそれを奥までくわえこんだ。「セーラ様・・」自分を時折上目遣いで見つめる恋人の顔がとても艶やかで、リヒャルトは低く呻いて彼の口に己の欲望を吐きだした。「も、申し訳ございません!」ポケットチーフを取り出したリヒャルトは、慌ててセーラの口端を汚す白濁液を拭った。「そんなに俺に舐められて感じたの、リヒャルト?」セーラはそう言って妖艶な笑みを恋人に浮かべた。「あなたも大胆なことをなさる。こんな人目のつくような場所でなさるとは。」リヒャルトが溜息を吐くと、セーラは彼の隣に座った。「昨夜の火照りが鎮まらなくて、ついな。リヒャルト、本当にわたしと結婚してくれるのか?」「わたしはあなたには絶対嘘を吐きませんよ。たとえどんな困難がわたし達の前に立ちはだかろうとも、あなたを愛し守ります。」「ふん、どうだか。」リヒャルトの言葉を聞いても、セーラはそれに不服そうな顔をしていた。数年前、彼と初めて会った時はまだ皇族としての自覚も何もなく、自分に対してはいつも敬語で話していたが、今では高飛車な物言いだけでなく、皇族として相応しい立ち居振る舞いを身につけている。セーラが皇太子として認められるまでの数年間は、短いようで長く感じた。その間セーラは様々な困難に襲われ、砂漠の王宮で囚われたこともある。幾度も身が引き裂かれるような思いをした末にセーラと結ばれた。「セーラ様は、わたしの事をどう思っていらっしゃるのですか?」「どうって・・そんな事、言わなくても解るだろう?」セーラは突然リヒャルトからそんな事を尋ねられ、少し戸惑った。リヒャルトの事は心から愛しているし、その事を彼に直接伝えなくても彼は解ってくれるだろう。「気持ちを言葉にしなければ解らない場合もあります。」「リヒャルト、俺はお前の事を愛している。絶対にお前の手を離すつもりはないからな。そ、それに、責任を取って貰わないとな!」「はいはい、解っておりますよ。」リヒャルトはそっとセーラの顎を持ちあげると、己の唇とセーラの唇を重ねた。セーラの唇は昨夜も味わったが、一度味わったら病みつきになってしまうほどの感触だった。舌でセーラの口腔内を犯しながら、昨夜の情交を思い出したリヒャルトはセーラの華奢な腰を弄り始めた。「こんな所で、駄目・・」「今更何をおっしゃる。わたくしをその気にさせたのは、あなた様でしょう?」そう言った彼は、セーラを座席に横たえるとドレスの裾を捲り、その中に潜り込もうとした。その時、一等車両の廊下から突然銃声がした。「一体何が・・」セーラがさっと座席から立ち上がった時、勢いよく客室の扉が開いた。「やっと見つけたぜ、セーラ皇太子。」薄汚い服を着た数人の男が客室に入って来たかと思うと、その中のリーダー格と思しき男がセーラの手首を掴むと、彼の頸動脈にナイフを突き付けた。「ちょっと俺らに付き合って貰うぜ、皇太子様。」「お前達、一体何者だ?」「別に名乗るほどの者じゃねぇよ。」「そうか、丁度退屈していたところだ。」ナイフを突き付けられているというのに、セーラは泣き喚きも命乞いもせず、淡々とした口調でそう言うと笑った。(セーラ様・・)(リヒャルト、今は動くな。)やがて賊達はセーラと共に客室から出て行った。第9話です。突然客室に乱入した男達の目的とは?にほんブログ村
2011年04月05日
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翌朝、ダイニングへと現れたセーラとリヒャルトの顔は、何処か嬉しそうだった。「おはようございます、皇太子様、皇太子妃様。」「おはよう、セーラ様、リヒャルトさん。今日はいい旅行日和になりそうね。」「ええ。」この日、ルドルフ達は蒸気機関車でプラハへと向かう事になっていた。「プラハまで汽車に乗って旅行なんて、まるでヴィクトリア朝の頃に戻ったようですわね。」「ああ。今回の旅はヴィクトリア朝貴族の旅行気分を楽しむというテーマだからね。」ルドルフはそう言って紅茶を飲んだ。「セーラ様、お加減はいかがですか?」「大丈夫だ。つわりは軽いからな。まぁ、昨夜は余り眠れなかったが・・」「申し訳ございません、セーラ様。」「別に謝る事はないだろう? 俺としては余計なストレスが減ったから良かった。」セーラはそう言ってにっこりと笑うと、リヒャルトは頬を赤らめた。「全く、あんな事で顔を赤くするだなんて、お前が以外と繊細だったとはな。」部屋へと戻ったセーラは、クスクスと笑いながらリヒャルトを見た。「そんなに笑わないでください、セーラ様。旅行のお支度はもう出来ましたか?」「ああ。行こうか。」ドレスの裾を摘み、セーラはスーツケースを持って部屋から出ようとしたが、それをリヒャエルが制した。「妊婦は重い物を持ってはなりません。わたくしが持ちます。」「過保護だな、お前は。これ位どうってことないのに。」セーラは溜息を吐きながら、部屋から出て行った。 ウィーン西駅のプラットホームには、ヴィクトリア朝に活躍した蒸気機関車が煙を吐きながら停まっていた。その中に次々と、フロックコートやバッスルドレスなどのヴィクトリア朝のファッションを纏った老若男女達が乗り込んだ。この日、ヴィクトリア朝時代のファッションを身に纏い、ヴィクトリア朝の蒸気機関車に乗ってプラハへと向かうという企画が1日限りで行われた。この面白い企画に集まった市民達は、初めて見る蒸気機関車に興奮し、乗車する前まで携帯電話のカメラやデジタルカメラで記念撮影を行っていた。その中で一番華やかなのは、上流階級のみが乗車することを許されたラピスラズリブルーに塗装された一等車両だった。「女装はもうされないのかと思いましたが、違ったようですね?」「別に、辞めるとは言っていないからな!」顔を赤くしてリヒャルトの言葉に反論するセーラは、薔薇色のドレスを纏い、同系色の帽子には羽根飾りが付いていた。「良くお似合いですよ。寒色系のドレスもお似合いですが、暖色系もお似合いです。けれどもブルー系のドレスの方が、あなたの怜悧な美貌を引き立てるかもしれませんね。」「褒めているのか貶しているのか、どっちなんだ?」「それはあなた次第ですよ、セーラ様。」「ふん・・」リヒャルトとともに一等車両へと乗り込んだセーラの姿を、数人の男達が見つめていた。「あれが、セーラ皇太子か・・」「俺達も乗り込むぞ。」「ああ。」「こちらです。」リヒャルトが客室のドアを開けると、セーラはさっと椅子に座って溜息を吐いた。「やっと2人きりになれましたね、セーラ様。」リヒャルトはそう言うと、セーラと向かい合わせの席に腰を下ろした。「リヒャルト、これからどうする? 国に戻ったら色々と・・」「わたくしと結婚して下さい、セーラ様。」セーラは驚きで目を見開きながら、恋人を見た。「本気で、言っているのか?」「わたしは一度も、あなたに嘘を吐いたことがありません。」リヒャルトはそっと、セーラの頬を伝う涙を拭った。やがて汽車は甲高い汽笛を鳴らしながら、ウィーン西駅から離れ一路プラハへと向かった。外伝第8話です。ウィーンからプラハへと向かう汽車の中で、何かが起こるかもしれません。にほんブログ村
2011年04月04日
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「ん・・」 自分の腕の中で眠っているセーラが身じろぎし、リヒャルトはくすりと笑いながら彼の寝室へと向かった。「これはこれは、誰かと思ったら。」リヒャルトの前に突然、軍服を纏った1人の男が現れた。「どなたですか? 初めて見るお顔ですね。」リヒャルトがそう言うと、男は突然笑い始めた。「俺の事を知らないとは、おめでたい奴だ。あんた、リヒャルトっていったよな?」男の視線がリヒャルトからセーラへと移った。「ふぅん、これが俺の縁談相手か。別嬪だなぁ。」「今何と、おっしゃいました?」リヒャルトの眦が上がるのを見て、男は嬉しそうな表情を浮かべながら次の言葉を継いだ。「ああ、言ってなかったっけ? セーラ皇太子に縁談があること。その相手が俺。」「貴様が、セーラ様の縁談相手だと?」セーラの縁談は、リヒャルトにとっては寝耳に水の話だった。セーラは現在30歳で、結婚適齢期をとうに過ぎていたが、一体本人も知らぬ内に何時からそんな話が持ち上がったのだろうか。「アンジェリカ皇妃様からウィーンに居る息子と会って欲しいと頼まれてね。まぁ一度も会わずに結婚するよりは、相手と会って居た方がいいかなぁと思って来たんだけど、まさかあんたと一緒とはね。」そう言った男は敵意を隠そうとせずにリヒャルトを見た。「リヒャルト、どうした?」「セーラ様・・」セーラは低く唸ると、ゆっくりと蒼い瞳を開けて恋人を見た。「降ろしてくれ。」「かしこまりました。」リヒャルトはそっとセーラを降ろすと、彼はドレスの裾を捌くと男の前に立った。「お前は何者だ? どうやってここに入って来た?」「あなたが、セーラ皇太子様ですね?」リヒャルトと接している時の態度とは全く違い、男はそう言ってセーラの前に恭しく跪いた。「お初にお目にかかります、皇太子様。わたしはアリョーシャ=バラノフと申します。以後お見知りおきを。」「バラノフ・・大方母上達から頼まれたのか、わたしとリヒャルトとの仲を引き裂くようにと?」「まさか、とんでもない。わたしはあなたとお会いする為だけにウィーンに来ました。」「そうか。ではアリョーシャ、母上達に伝えておけ。わたしはリヒャルトと別れるつもりはないと。行くぞ、リヒャルト。」セーラはそう言うと、男の横を通り抜けて客室へと入った。「そういう事ですので、お引き取り下さい。」リヒャルトが口端を上げて男を見ると、彼は怒りで顔を赤く染めて何か言おうと口を開こうとしていたが、その前にリヒャルトが彼の鼻先でドアを閉めた。「母上達も俺の知らない内に縁談を決めるとは、良くやるな。お前、一体母上達に何か恨まれるような事をしたのか?」セーラは客室に入るなり、結い上げていた髪に挿していた髪飾りを乱暴に抜き取り、頭を振った。「わたくしは何もしておりませんよ。それにしてもあの男、あの様子だとセーラ様の事を諦めていないようですね。」「諦めさせるさ。それにしても21世紀になってコルセットを締める必要が何処にあるんだ? 苦しいったらありゃしない。」「それもそうですね。ではドレスを着るのはもう止めにいたしましょうか?」「どうしようか今考え中だ。」リヒャルトによってコルセットの紐を緩められ、セーラはほっと溜息を吐きながらソファに横たわった。「そんなお姿だとお風邪を召しますよ。」「はいはい、わかったよ。シャワーを浴びて来る。」セーラは溜息を吐くと、浴室の中へと入って行ったので、リヒャルトも慌てて彼の後を追った。「別に入って来なくてもいいのに・・」「たまにはよろしいでしょう?」なかなか上手く話が繋げられなかった・・。リヒャルトの前に恋敵登場。にほんブログ村
2011年04月02日
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「少し夜風に当たっておりました。」セーラはそう言ってルドルフに微笑んだ。「セーラ様、何か我々に隠していることはありませんか? たとえば、リヒャルト殿との関係について。」ルドルフの言葉を聞いたセーラの顔が、僅かに強張った。「・・鋭い方ですね、あなたは。」セーラは溜息を吐くと、バルコニーから遠くに見えるウィーンの街並みを眺めた。「リヒャルトとわたしが恋人同士として付き合うようになったのは、数年前からです。わたしがローゼンシュルツ王国の皇太子として認められるまで、様々な困難を乗り越えなければなりませんでした。」「存じておりますよ。」セーラの波乱万丈ともいえる半生は、ルドルフのみならず世界中の人々が知っていた。「リヒャルトと紆余曲折を経てわたしは結ばれましたが、その際実の両親は彼に『セーラが皇位を継承する日まで手を出さない』という誓約書を彼にサインさせたのです。彼らにとってわたしは死んだと思っていた息子が生きていた喜びとともに、息子を奪ったリヒャルトへの憎しみが湧きあがったのでしょう。」そう言ったセーラは一旦言葉を切ると、そっと下腹を撫でた。「正直、医師から妊娠を告げられたわたしはリヒャルトへの怒りと、今後の生活への不安で頭が混乱して、腹の子をどうすべきなのかをまだ決めていません。わたしの妊娠を両親が知れば、リヒャルトは最悪死刑台に上がることになるでしょうし。」「死刑台とは大袈裟な。21世紀の現在に於いて、婚前交渉などは当たり前になりつつあるのに、子の恋愛にいちいち目くじらを立てる親が居るなど・・」「馬鹿馬鹿しい、とお思いでしょう? 両親はわたしへの想いが強過ぎて、それがわたしの足かせになっている事に気づかないのです。リヒャルトとわたしが交際している事を知った時、彼らは烈火の如く怒りましたから。」セーラの話を聞いたルドルフは、ローゼンシュルツ皇帝夫妻が何故彼に過保護になっているのかが解らなかった。 長年生き別れていた息子と漸く共に暮らせる喜びは解るが、成人した子どもをおのれの支配下に置くなど、正気ではない。「リヒャルト殿は、何と言っているのですか?」「まだ何も言って来ませんが、彼は産んで欲しいと思っているようです。舞踏会の後、2人で今後の事を話し合うつもりです。」「そうですか・・」ルドルフがちらりと大広間の様子を見ると、リヒャルトが数人の女性に囲まれていた。「失礼。」セーラはバルコニーを後にすると、リヒャルトの方へと向かった。一方リヒャルトは、突然数人の女性に囲まれ、戸惑っていた。「ねぇリヒャルト様、少しお時間ありましたら、わたくしと・・」「ずるいわ、抜け駆けなんて。わたくしが先よ!」「いいえ、わたくしよ!」耳元でぎゃぁぎゃぁ煩く喚く彼女達を鬱陶しく思いながらも、リヒャルトはどう彼女達に声を掛けたらいいのか判らずにいた。「リヒャルト、何をしている!」鋭い声がしてリヒャルト達が振り向くと、そこには眦を上げ険しい表情を浮かべているセーラが立っていた。「セーラ様。」「全く、油断も隙もないな。来い、話がある。」有無を言わさずグイッとセーラに腕を掴まれ、リヒャルトは半ば引き摺られるようにしながら大広間から出て行った。「リヒャルト、お前は俺の事をどう思っているんだ?」「どうって・・わたしはあなた様の事を心から愛しております。たとえ順序が違っても、いずれあなた様と生涯を共にするつもりでおりました。」「そうか。では俺が妊娠せず、俺に縁談が持ち上がれば、お前はさっさと尻尾を巻いて逃げる訳か?」「そんな事は・・」「すまない、リヒャルト。どうしてこんな事しか言えないんだろう。優しい言葉を掛けようとしたのに・・」セーラは壁際に凭れかかりながら、溜息を吐いた。「疲れた・・俺を部屋まで運べ。」「かしこまりました。」リヒャルトはそう言うと、軽々とセーラを横抱きにしながら廊下を歩き始めた。外伝第6話です。リヒャルトとセーラ、些細なことで喧嘩を。妊娠中はストレスが溜まるから、ついリヒャルトにあたってしまったんでしょうね。でもリヒャルトはセーラには甘いです。にほんブログ村
2011年04月01日
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「セーラ様、今宜しいでしょうか?」リヒャルトがそう言って客室のドアを叩くと、中から気だるい声が返ってきた。「入れ。」「失礼致します。」リヒャルトが客室に入ると、セーラは天蓋付きの寝台の上でゆっくりと上半身を起こしたところだった。「お身体の方は大丈夫ですか?」「ああ。それよりもリヒャルト、これからどうする?」宝石のような蒼い瞳でセーラはリヒャルトを見つめながらそう言うと、彼はセーラの手を握った。「セーラ様、あなたはどうなさるおつもりですか?」「まだ解らない。さっき妊娠を知ったばかりだし。」セーラは溜息を吐くと、前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。「そうですよね。今後のスケジュールも調整しなければ。今夜の舞踏会は欠席致しましょうか?」リヒャルトの提案に、セーラは首を横に振った。「無理をしなければ大丈夫だ。リヒャルト、お願いがある・・」セーラはそっとリヒャルトの耳元で何かを囁いた。「ねぇ、今夜の舞踏会にセーラ様はご出席なさるのかしら?」「さぁね。もしご出席なさるのなら、黒い燕尾服姿なのかしら、それとも華やかなドレス姿なのかしら?」「わたくしは燕尾服姿のセーラ様を見たいわ。」「わたくしはドレス姿よ。何でも、英国では美しい貴婦人姿をご披露されたとか・・」女官達は今宵開かれる舞踏会の事で色々と盛りあがっていた。「あの人達、楽しそうね。」ヴァレリーは呆れ顔で女官達を見ながら、隣を歩いている幼馴染を見た。「まぁ、セーラ様は色々と魅力的な方だからね。ルドルフ兄様と彼は気が合いそうだね。」「ええ。それに義姉上様とも仲が良いみたい。セーラ様は日本人だからね。」「セーラ様が?」「あら、知らなかったの? セーラ様の国籍は日本で、幼少期から数年前まで日本でお育ちになられたそうよ。」「へぇ、そうだったの。」自分の言葉を聞いて感心したような顔をした幼馴染を見て、ヴァレリーは溜息を吐いた。「今夜は盛況ですね、ルドルフ様。」「ああ。余程皆ローゼンシュルツの客人に会いたいらしい。」皇帝主催の舞踏会に出席していたルドルフと瑞姫は、大広間を埋め尽くす貴族達を見ながらそんな事を話していた。「リヒャルトさん、何かわたし達に隠している事があるのかしら?」「ああ。だが他人の事に口出しするのはナンセンスだ。2人の問題は彼らで解決するしかない。」「そうですけれど・・」瑞姫が尚もルドルフに言い募ろうとした時、彼女の視界の隅に糖蜜色の輝く髪が映った。―あれが、セーラ様・・―噂通りのお美しい貴婦人だこと・・―隣の方も素敵だわ・・胸元が大きく開いた薔薇色のバッスルドレスを纏ったセーラの姿は、優雅な貴婦人そのものであった。その傍らには、長身を燕尾服に包んだリヒャルトの姿があった。「皇太子様、皇太子妃様、今宵は舞踏会にお招きいただきありがとうございます。」セーラはそう言ってルドルフ達に向かって優雅に挨拶をした。「セーラ様、わたくしより何百倍も美しいわ。」「そうですか? この色は幼いかと思っていたのですけれど、そうおっしゃっていただけて嬉しいです。」瑞姫の言葉にセーラはにっこりと微笑んだ。「あの2人、問題がなさそうに見えますね。」「ああ・・」踊りの輪へと加わるセーラとリヒャルトの姿を見ながら、ルドルフ達は彼らが抱えている問題が何なのかが未だ解らずにいた。曲が終わると、セーラは人気のないバルコニーへと向かい、溜息を吐いていた。「どうなさいましたか?」突然背後から声を掛けられ振り向くと、そこにはルドルフが立っていた。外伝第5話です。舞踏会でのセーラの女装姿を書いてみました。ああ、やっぱりドレスはいいわ。にほんブログ村
2011年03月31日
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ダイニングに入ってからはじめはぎこちなかった瑞姫達とセーラ達であったが、セーラが共に日本出身だということを知った瑞姫は、嬉しそうな顔をしてセーラに日本の家族の事を話したりしていた。「日本では警官をなさっていたのね。」「ええ。わたしはリヒャルトが職場に訪ねてくるまで自分が一国の皇太子だということを知りませんでしたし、その上実の家族の記憶まで失っていました。」セーラはそう言うと、ワインを一口飲んだ。「そう・・じゃぁ、あなたにとって皇族としての生活を送るのは、大変だったでしょうね。わたくしも今は慣れない環境の中で苦労しているわ。」「最初の内は解らないことが多すぎてパニックになりそうでしたけれど、リヒャルトがいつも傍に居てくれたのでもう慣れました。」「まぁ、リヒャルトさんとは仲が宜しいのね。」瑞姫は意味ありげな視線をセーラの隣に座っているリヒャルトへと投げかけると、彼は少し咳払いしてワインを一口飲んだ。「皇太子妃様だって、皇太子様がいらっしゃるではありませんか? それにお子さんもいらっしゃる。」「ええ。遼太郎と言ってね、今6ヶ月なのよ。初産であの子を産んだ時はもう痛くて堪らなくて、死にそうだったけど、夫が立ち会ってくれていたから良かったわ。産んだ時も大変だけど、育てるのも大変。こちらの都合も考えずに赤ん坊は1日中泣くから、寝不足になりがちで。でも夫がいつも支えてくれていたから。多分一人だと気が狂ってしまったかもしれないわね。」瑞姫が初めての育児についての苦労を語っていると、セーラが突然呻いて下腹を押さえた。「セーラ様、大丈夫ですか!?」「誰か、お医者様を!」先程まで和やかな雰囲気に包まれていた会食は、急に殺伐とした慌ただしさに包まれた。「セーラ様、大丈夫かしら? 急に苦しまれて・・」「大丈夫だ。」ルドルフと瑞姫は、用意された客室で医師の診察を受けているセーラの身を案じていた。数分後、客室からリヒャルトが出てきた。「リヒャルトさん、セーラ様のご容態は?」「大丈夫です、落ち着かれました。」「セーラ様に一体何があったのです?」瑞姫の問いに、リヒャルトは少し躊躇った後に口を開いて瑞姫とルドルフにこう告げた。「セーラ様は、わたしの子を宿しておいででした。」「え?」瑞姫はリヒャルトの言葉が俄かに信じられず、驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。セーラは何処からどう見ても男性だったが、男であるセーラが妊娠するなど生物学的に不可能な事である。瑞姫の視線に気づいたリヒャルトは、溜息を吐いて次の言葉を継いだ。「セーラ様は皇太子妃様、あなた様と同じお身体をしておられるのです。」「わたしと・・同じ身体?」「ということは、セーラ皇太子は・・」「そういう事です。実は今回の視察前からセーラ様は度々体調を崩された事がありまして・・まさかそれが妊娠初期の症状だったとは考えもせず、不覚でした。」リヒャルトはそう言うと、眉間を揉んだ。「リヒャルトさん、セーラ様があなたの子を妊娠して、流産しかけたということ?」瑞姫がリヒャルトに問いかけると、彼は無言で頷いた。「セーラ様のお身体の事は、セーラ様ご自身やセーラ様の主治医やわたくしをはじめ、ごく一部の者しか知りません。今まで隠し通してきましたが、妊娠となると・・」「何か問題でもあるの? 皇位継承に纏わる事?」「ミズキ、それくらいにしておけ。リョータロウの所に行こう。」「え、ええ、そうね・・」瑞姫はルドルフに促され、壁にもたれかかるようにして溜息を吐いているリヒャルトを残して息子が待つ自室へと向かった。(ローゼンシュルツで、一体何が起きているのかしら?)外伝第4話です。セーラの秘密と衝撃の事実が明らかに。リヒャルトはどうするのか・・にほんブログ村
2011年03月31日
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「セーラ様、お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」「大丈夫だ。長旅の疲れが出ただけだから。」 ローゼンシュルツ王国専用機がウィーン国際空港の滑走路に着陸した際、ローゼンシュルツ王国大使・リヒャルト=マクダミアは、主であるセーラ皇太子の顔色が悪いことに気づいた。 欧州視察が決まった7週間前、セーラはしばしば体調不良を訴え、床に臥せりがちだったことをリヒャルトは懸念し、今回の視察を中止か延期しようとセーラに話したが、彼は頑として首を縦に振らなかった。―皇族としての公務は果たす。そう言った主の横顔がどこか蒼褪めていた。視察団にはセーラの主治医が同行しているので、後で彼の体調について尋ねてみよう―リヒャルトがそう思った時、セーラが立ち上がる気配がしたのでリヒャルトはさっと席から立ち上がり、彼の手を取った。「ありがとう。」「参りましょうか。」セーラとともにタラップへと下りたリヒャルトは、リムジンへと乗り込んだ。「そういえば、ウィーンはマリアがかつて留学した所だったな。」ウィーンの街中を走るリムジンの窓から見える景色を眺めながら、不意にセーラがぽつりとそんなことを呟いた。「ええ。」「俺は、実の家族の事を思い出せなかった。マリアは俺を探していたのに、俺はそれを知らずにいた・・いや、知らんふりをしていた。だからあんなことに・・」「止してください、皇女様の死はあなた様の責任ではありません。」リヒャルトはそう言いながら、そっとセーラの手を握った。「そうだな、過ぎた事を振り返っても仕方がない。」セーラはリヒャルトの肩に自分の頭を預けた。絹糸のようなセーラの金髪を肩に感じたリヒャルトは、それを優しく梳いた。 初めて出逢った頃、彼の髪は首の後ろで切り揃えられていたが、今は背中辺りまで伸びている。時折太陽の光によって、彼の髪が宝石のように輝くさまを、リヒャルトはうっとりとした様子で眺めていた。「セーラ様、もう間もなくホーフブルクに着きます。」「わかった。」セーラはそう言って、リヒャルトを見つめると自分の唇を彼の唇に重ねた。リヒャルトはセーラの華奢な身体を包み込むように抱き締め、彼の唇を貪った。「急にどうなさいました?」「別に。」2人を乗せたリムジンはミヒャエル門をくぐろうとしていた。 一方、瑞姫は自室でルドルフと結婚披露宴の事で話し合っていた。「披露宴はいつにします?」「そうだな、来月ブタペストで国際会議がある。ゲデレー城で行うのが良いだろう。」「そうですね。それよりも皇族の結婚式や披露宴って、こんなに準備が大変だなんて。」瑞姫はそう言って深い溜息を吐いた。「ミズキ、お前がハプスブルク家の一員として受け入れられようと隠れた努力をしていることは知っているし、そんなお前を心から尊敬もしている。余り思い詰めて身体を壊さないようにしてくれ。」ルドルフは瑞姫の頬に軽くキスをすると彼女に微笑んだ。「ありがとう、ルドルフ様。あなたが居るから、わたしはここで頑張れるんです。」「皇太子様、皇太子妃様、セーラ皇太子様がご到着されました。」ドアの向こうで女官の声が聞こえ、2人は姿勢を正した。 リムジンからローゼンシュルツ皇太子一行が降り立つと、ホーフブルク宮にはフランツ=ヨーゼフ皇帝一家が彼らを出迎えた。「セーラ皇太子様、ようこそウィーンへ。」ルドルフはそう言ってセーラ皇太子に手を差し出した。「ルドルフ皇太子、わざわざお出迎えいただいてありがとうございます。今回の滞在が互いの良い思い出となりますように。」セーラはルドルフの手を握って、彼に微笑んだ。「セーラ皇太子様、ご紹介いたします。妻のミズキです。」「お初にお目にかかりますわ、セーラ様。」ルドルフ皇太子の隣に立っている黒髪の女性がそう言ってセーラに微笑んだ。「今後とも宜しくお願い致します。」挨拶を済ませたセーラとルドルフ達は、ダイニングへと向かった。外伝第3話です。もう1組のカップル、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラとその側近リヒャルトです。セーラはある秘密を抱えております。にほんブログ村
2011年03月30日
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ルドルフと入れ違いに、彼の弟であるマリア=ヴァレリー皇女が瑞姫の元を訪れた。「あなたが、お兄様のお嫁さんとなったのね、ミズキ?」「お久しぶりです、ヴァレリー様。」先程まで椅子に座っていた瑞姫だったが、ヴァレリーの姿を見るなり彼女はさっとそこから立ち上がり、優雅な礼を彼女にした。背筋を伸ばし、優雅な彼女の礼は、物心ついた頃から皇族として厳しいマナーを叩きこまれたヴァレリーでさえもうっとりするほど美しいものだった。「ミズキ、最近どう? 何か困った事はない?」「ええ。ルドルフ様がわたくしを支えてくださいますし、お義父様達もわたくしに良くしてくださいます。」「そう、良かったわ。日本でお兄様と新婚生活を満喫したいというのに、いきなりウィーンに連れて来られて、しかも乳飲み子を抱えて知り合いも誰も居ない環境の中で子育てするなんて、ストレスが溜まってどうにかなってしまうのではないかと、心配していたのよ。」ヴァレリーの言葉に、瑞姫は笑っていたが、その笑みはどことなしか引きつっているのを、ヴァレリーは見逃さなかった。「ヴァレリー様、ルドルフ様から結婚披露宴をしようと言われました。何でも、お義父様がわたくし達の結婚を認めてくださらないようでして・・」「まぁ、お父様があなたにそんな事を!?」「ええ。わたくしはルドルフ様を愛しておりますし、ルドルフ様もわたくしを愛してくださっております。日本の家族はわたくし達の結婚を心から祝福してくださいましたけれど・・皇族の一員としてわたくしを迎えて下さることは、お義父様にとって難しいのではないかと・・」瑞姫はそう言うと、深い溜息を吐いた。「お義姉様、そんなに落ち込まないでくださいな。わたしはあなたを、お兄様の妻として心から歓迎しているのですよ。」気落ちしがちな瑞姫を、ヴァレリーはそう言って励ますと、義姉の顔に笑顔が戻った。「やっぱりわたくしには無理かもしれないわ、ハプスブルク家の・・皇室の一員になることなんて。周りの皆さんはわたくしが男の子を産んだから、わたくしのことをハプスブルク家の皇太子妃として認めざるおえないんでしょうけど・・」「お義姉様・・」「ヴァレリー、これからも宜しくね。」「ええ、お義姉様。」ヴァレリーと瑞姫が手を握り、和やかな空気が部屋に流れている中、部屋のドアを誰かがノックした。「失礼致します、皇太子妃様。」「お入りなさい。」ドアが開き、年若い女官が部屋に入って来た。「明日、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラ様がお見えになられますと、陛下からのご伝言です。」「そう。もう下がってもいいわ。」女官が部屋を出て行き、瑞姫は椅子に腰を下ろした。「ローゼンシュルツ王国の皇太子様が、急にこちらに来られるだなんて・・何か深い事情がお有りなのかしら?」ヴァレリーの言葉に、瑞姫は首を傾げた。「ローゼンシュルツ王国の皇太子が、明日ウィーンに?」「ああ。数年前の皇位継承者争いが終結し、セーラ皇太子が初の欧州視察としてウィーンを訪れる事になった。セーラ皇太子様をお迎えするにあたって、準備は万全に整えなければならん。ミズキとの披露宴の準備も忙しいのに、済まないな、ルドルフ。」「いいえ。一度セーラ皇太子様とはお会いしてみたいと思っていたので、今回のご訪問を心待ちにしておりました。」ルドルフはそう言ってフランツに笑みを浮かべると、閣議室に集まっていた官僚達は互いの顔を見合わせた。「セーラ皇太子様が急遽ウィーンをご訪問されるだなんて、まだあちらは情勢が不安定なのでしょうか?」ルドルフの副官であるフィリップは必死に上司に追いつきながら、素朴な疑問を口にすると、彼はそれを鼻で笑った。「他国の事に口出しするのは控えた方が良いぞ、フィリップ。」「は、はいっ!」「何をボヤボヤしている、早く来い!」足早に廊下を歩くルドルフの後を、フィリップは慌てて追った。外伝第2話です。義姉妹となったヴァレリーと瑞姫。以前から関係が良好なので、ヴァレリーとしては兄の再婚になんら抵抗なく受け入れてます。バツイチ子持ちのルドルフ様と出来ちゃった結婚した瑞姫は、皇室側から見ると世間体が悪いことだと捉えられてしまうかもしれませんね。今や、出来ちゃった結婚は当たり前の風潮となっているんですが・・どうなんでしょうかね、実際は?にほんブログ村
2011年03月29日
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瑞姫がルドルフと結婚し、オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子妃となってから1ヶ月が過ぎた。「結婚披露ですか、父上?」「ああそうだ。日本でミズキと挙式をしたが、お前とミズキの結婚が世間で何と呼ばれているのかを知っているのか?」皇帝フランツ=カール=ヨーゼフはそう言うと、溜息を吐いた。その表情からして、ルドルフは瑞姫との結婚が周囲から快く思われていないことを薄々と気づいていた。 世界を冠する帝国の皇太子であるルドルフが選んだ結婚相手は名家の貴族令嬢でもなく王族でもない、唯の東洋娘なのだ。瑞姫の実家は旧華族であり家柄としては何ら問題ないように見えるが、欧州の名家・ハプスブルク家の前では無力も同然なのだ。しかもルドルフには離婚しているとはいえ、ベルギー王女・シュティファニーという正妻がおり、彼女との間には皇女エリザベートをもうけていた。それにも関わらず、何処の馬の骨とも知らぬ東洋娘と結婚した上に子どもまで産ませた皇太子の醜聞をこぞってマスコミは面白おかしく書き立てていた。「ミズキはお前の妻としても、ハプスブルク家の嫁としても申し分ない。周囲の雑音を止める為にもいいと思うが?」「そうですね・・」瑞姫は異国の地で皇族としての公務と、初めての育児に奮闘している。夫として、父親としてルドルフは彼女に常に寄り添い、彼女を支えてゆきたいと思っていた。「ミズキに、この事を話してきます。」ルドルフはそう言って皇帝の私室を出ると、皇太子妃の私室へと向かった。「ふぇぇんっ!」「よしよし、泣かないの。」目を開けるとともにまるで火がついたかのように顔を赤くして泣き叫ぶ息子の元へと瑞姫は慌てて彼をベビーベッドから抱き上げると優しい声であやし始めた。日本からウィーンに来てから1ヶ月が過ぎたが、遼太郎の夜泣きが最近酷くなっているように瑞姫は感じていた。昼間も瑞姫の姿が見えなくなると激しく泣き叫び、ルドルフや乳母達がどんなにあやしても瑞姫が抱いてやるまで泣き止むことがなかった。環境の変化から来るストレスなのだろうか、もうすぐ離乳食を始めようとしている時期に漸く夜泣きが落ち着いてきたというのに、まるで生後一週間を過ぎた頃に戻ってしまったかのようだ。おむつは濡れていないし、母乳は数時間前にあげた。「大丈夫、大丈夫だからね。」瑞姫は我が子に声を掛けながら、じっと彼を見つめて小さな身体を揺さ振る。手足をバタつかせて泣きじゃくっていた遼太郎は、漸く瑞姫の腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。「ミズキ、入ってもいいか?」ルドルフがそう言って妻の部屋に入ると、彼女は今日も息子を抱いて窓辺に立っていた。「また泣いていたのか、リョータロウは?」「ええ。最近夜泣きもするようになって・・この子なりにストレスを感じているのでしょうか?」「そうだろうな。ミズキ、最近眠れているのか? 少し顔色が悪そうだ。」ルドルフがちらりと瑞姫を見ると、彼女は溜息を吐いて夫を見た。「遼太郎の夜泣きが激しくて、ゆっくり眠る暇もなくて。」「ミズキ、こんな大変な時期になんなんだが、結婚披露宴をしないか?」「披露宴、ですか?」夫の言葉を聞いた瑞姫は、驚きで目を見開いた。「ああ。日本では挙式や披露宴を内輪でやったが、父上はそれではご不満の様子だ。」「お義父様、てっきりわたし達の結婚を認めてくださったのかと思っていらしたのに・・」驚愕から失望の表情を浮かべる妻に、ルドルフは何と声を掛けたら良いのか判らぬまま、彼女の部屋を出た。「ルドルフ様、こちらにいらしていたのですか?」背後で突然声を掛けられ、ルドルフが振り向くと、そこには1ヶ月前に王宮で行儀見習いに来た女官が立っていた。「どうした、何か用か?」そう言って女官を見ると、彼女は恥ずかしそうに俯いてルドルフの元から走り去って行った。(一体何なんだ・・)2011年3月10日に全212話で完結した「lunatic tears」の番外編です。ルドルフ様と瑞姫が結婚し、ウィーンで暮らし始めていた時期のお話です。わたしがこのブログに連載している「宿命の皇子 暁の紋章-闇と光-」の主人公・聖良(セーラ)も登場いたします。ぼちぼちと、書いてゆきます。にほんブログ村
2011年03月29日
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2060年6月14日。 この日ウィーン、ホーフブルク宮では、ルドルフと今は亡き彼の妻・瑞姫の金婚式が行われた。81歳となったルドルフは足腰が弱り、杖が手放せなくなるほど体力が衰えていたが、その蒼い瞳だけは美しい輝きを失っていなかった。「お父様、大丈夫ですか?」「ああ。それよりももう金婚式か・・ミズキと結婚したての頃は毎日が楽しくて仕方がなかった。だが子どもが産まれ、お前達が独立したのを見届けた後には、ミズキはなくてはならない存在になっていたんだ。だがもう、彼女は居ない・・」「お父様・・」アイリスはルドルフが今どんな思いでこのパーティーに出席しているのかが解り、泣きそうになった。「アイリスとユナに、渡したいものがある。」「解ったわ。」パーティーが終わった後、アイリス達はルドルフの部屋へと入ると、彼は机の上に瑞姫の宝石箱を置いていた。「お父様、お母様の宝石箱をどうして持っているの?」「わたしはもう若くないから、お前達にミズキの宝石を形見分けしておこうと思ってな。宝石箱の中で埃をかぶるよりもお前達に譲る方が良いからな。」「そう。」瑞姫の宝石箱から、ルドルフは彼女が愛用していた真珠のネックレスはアイリスに、アメジストとダイヤモンドのネックレスはユナに、ルビーのイヤリングは遼太郎の妻・アレクサンドラにそれぞれ譲った。「わたくしが、こんな大切なものを頂いていいのですか? わたくしは、赤の他人ですのに・・」「何を言う、アレクサンドラ。ミズキは生前、お前を実の娘のように可愛がっていたし、わたしにとっては娘同然だ。」「ありがとうございます、お義父様。」アレクサンドラはそう言うと、涙を流してルドルフに抱きついた。瑞姫の皇太子妃時代からのワードロープや貴金属類は全てチャリティーオークションに出品し、その収益金を全て慈善団体や病院、学校、孤児院等に寄付した。彼の手元に残ったのは、瑞姫の婚約指輪と結婚指輪だけだった。「ミズキ、これだけは残しておいたよ。わたし達を繋ぐ絆だからね。」ルドルフはそう呟くと、ゆっくりと目を閉じて永遠の眠りに就いた。「お父様も、逝ってしまわれたわね。」「ああ。でも2人はこの帝国を庇護する守護天使になったんだ。100年経っても見守ってくれるよ、この国を。」「そうね・・」喪服を纏い、遼太郎達はカプツィーナ教会に仲良く眠る両親の棺を見ると、そこから静かに立ち去った。 オーストリア=ハプスブルク帝国史上、国に尽くし民を深く愛した皇帝・ルドルフと、その妻・瑞姫は、死して尚全国民に愛されている。彼らが暮らしていたホーフブルク宮殿の一角には、ルドルフと瑞姫の部屋があり、そこには彼らの肖像画とツーショット写真などが展示されていた。そしてその隅には、ルドルフと瑞姫の結婚指輪が寄り添うようにして飾られている。100年以上経っても彼らへの愛と功績が衰えぬのと同じように、かつて彼らの指に嵌められていたダイヤは、往時の輝きを未だに放ち続けていた。 かつて歴代の皇帝とその一族が住んでいたホーフブルク宮は神聖ローマ帝国以来約1200年余り敷いて来た王朝の終焉とともに、博物館となり、世界中から観光客が押し寄せる程の人気スポットとなった。中でも、ルドルフ皇帝夫妻の部屋は一番人気があり、彼らの結婚指輪を見た恋人達は永遠に結ばれると言う言い伝えがあり、パワースポットとしても有名である。 永久の輝きと共に、ルドルフと瑞姫の物語は決して色褪せることはないだろう。 ―完―(c)Abundant Shineにほんブログ村
2011年03月10日
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「どう、お母様の容態は?」ユナはそう言って病院の待合室のソファに座る義妹を見た。「今夜辺りが峠ですと、お医者様がおっしゃられて・・今、病室にはお義父様が付き添っておられます。」アレクサンドラは泣き腫らした目元をハンカチで拭いながら、ユナを見た。「信じられません・・数日前は元気でしたのに、どうして・・」「お母様はきっと、お兄様をあなたに任せても大丈夫だとわかったからよ。あなたがお兄様を支えてくれると悟ったから・・」「そう、ですか・・」ユナはそっと、アレクサンドラの肩を叩いた。「あのね、わたしあなたに少しお話ししたいことがあるの。カフェで話しましょう。」「はい・・」ユナとともに病院内のカフェへと移動したアレクサンドラは、そこで彼女から驚きの事実を知らされた。「お義姉様は、陛下の実のお子様ではない・・」「ええ。わたしと姉のアイリスは、お父様とは実の親子ではないの。父親は今何処で何をしているのか解らない・・でもお父様とお母様は、わたし達を育ててくれたわ。」ユナはそう言うと、そっと左手薬指に嵌められた真新しい結婚指輪を見下ろした。「アレクサンドラ、あなたの気持ちは解るし、お母様が居なくなってしまうのは悲しい事よ。でも、今はお父様とお母様の2人きりにさせてあげて。」「わかりました・・」「もう遅いから、帰りましょう。」2人はさっと椅子から立ち上がると、カフェから出て行った。 一方、ルドルフは病室でベッドに横たわる瑞姫の手を握り締めていた。どんなに話しかけても、彼女は何も答えてくれない。彼女の命は、刻一刻と尽きようとしている。「ミズキ、わたしはお前を失ったら、どうすればいいんだ・・?」ふと涙で曇った蒼い瞳を窓の外へと向けると、空には紅い月が浮かんでいた。そういえば、瑞姫と初めて会った日の夜、空には血のような紅い月が浮かんでいたっけ。あの頃は己の義務を果たす事だけで精一杯で、心は荒れ果てる寸前だった。だが瑞姫と出逢い、その乾き切ろうとしていた心に一滴の涙が落とされ、彼女と共に生きることで、この世界に生きている価値というものを実感した。魂の片割れである彼女が死んでしまうのが、堪らなく嫌だった。「ルドルフ・・様・・?」我に返ったルドルフの手を、瑞姫が微かに握り返してくる感触がして、ルドルフは窓から瑞姫へと視線を移した。 そこには、金色の瞳で自分を見つめる妻の姿があった。「ミズキ、どうしてお前はわたしよりも先に逝ってしまうんだ?」「ごめんなさい・・わたしはあなたと会えて幸せでした。わたしの肉体は滅んでも、わたしの魂はあなたの心に置いて逝きます。」「そうか・・」ルドルフは涙を流しながら必死に瑞姫に微笑もうとしたが、笑顔が上手く作れない。「ルドルフ様・・子ども達を・・」「ああ、解った・・解ったから・・」瑞姫はゆっくりと、黄金色の瞳を閉じて涙を流した。2030年5月14日午後10時22分。オーストリア=ハプスブルク帝国皇妃・ミズキは最愛の夫・ルドルフに看取られ、39歳の若い命を終えた。葬儀に参列した40万人にものぼり、長年に渡り国を陰ながら支えて来た彼女の死を悼んだ。紅き月の夜に逝った妻の事を、ルドルフは毎日思い出しながら金婚式の日を迎えた。にほんブログ村
2011年03月10日
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「あら、どうなさったの、シャルロッテさん?」取り巻きの1人がそう言ってシャルロッテを見ると、彼女はわざとらしく嘘泣きした。「わたくしのお気に入りの、アルハンブラのネックレスを失くなってしまったの!」「まぁ、なんてこと・・」“アルハンブラ”といえば、フランスの宝飾店・ヴァンクリフ&アーペルのネックレスで、大変高価なものだった。「何処で失くしたの?」「確か、お手洗いに立った時に洗面台に置いてきたと思うの・・」「そう、じゃぁみんなで手分けして探しましょう!」取り巻き達によって、ピクニックに参加した皆がシャルロッテのネックレスを探し始めた。「ねぇ、早くこのネックレスを受け取りなさいな。」カタリーナは悪魔の笑みを浮かべながらそう言って、ネックレスをアレクサンドラに握らせようとした。「どうして・・どうしてこんな事をするの?」「決まっているじゃない、あなたを陥れる為よ。あなたがいなくなれば、わたくしがヨウ様の花嫁となれるわ。さぁ、ネックレスを取りなさい!」「嫌よ、あなたに振り回されるのはもううんざり!」アレクサンドラはそう叫ぶなり、カタリーナがネックレスを握っている手を高く掲げ、生まれて初めて出した事がない大声を出した。「ネックレスはここにあるわ!」アレクサンドラの声で、シャルロッテ達が2人の元へと駆け寄って来た。「どうしてあなたが、わたくしのネックレスを持っているの!?」シャルロッテが鬼女のような恐ろしい形相を浮かべ、カタリーナに詰め寄った。「わたしは・・」「この方は、わたくしにネックレスを受け取るように脅して、わたくしを泥棒と仕立てようとなさったのよ!」「そんな、出鱈目ですわ! この方はライバルを蹴落としたいだけなのよ!」カタリーナがそう吼えてアレクサンドラを睨みつけたが、彼女は臆することなく次の言葉を継いだ。「わたくしの針箱から待ち針を抜いてアイリス様のドレスに刺してわたくしの所為にしたり、わざとわたくしにぶつかってユナ様のウェディングドレスを汚そうとしたり、卑劣な事をなさっているのは何処のどなたなの?」「何て方・・」「スペイン王女ともあろう方が・・」「恥知らずもいいところだわ・・」侮蔑の表情を浮かべたシャルロッテ達を、カタリーナは睨み付ける気力すらなく、力無く地面にへたり込んでしまった。シャルロッテはカタリーナの手からひったくるようにしてネックレスを奪い取ると、二度と失くさないように首に提げた。「あなたって、本当に怖い方ね。ぞっとするわ。」ピクニックで起きた“ネックレス窃盗未遂事件”は、カタリーナの卑劣さと高慢さ、悪辣さを露呈するものとなり、彼女はウィーン宮廷ばかりではなく、欧州社交界からも追放され、実家であるスペイン王家も彼女を切り捨て、残りの余生を修道院で過ごすことになった。自業自得、因果応報―カタリーナは皮肉にも、輝かしい女性としてではなく、悪女として歴史に名を残すことになってしまった。一国の王女の失墜から半年後、デンマーク王女・アレクサンドラとオーストリア=ハプスブルク帝国皇太子・遼太郎との華燭の典がアウグスティーナ教会で行われた。純白の花嫁衣装に身を包んだアレクサンドラに、凛々しい軍服姿の遼太郎はキスをした。「おめでとう、遼太郎。アレクサンドラさんとお幸せにね。」「ありがとう、母さん。」「これから宜しくお願い致します、お義母様。」「ええ、これからも宜しくね。」瑞姫はデンマークから来た義理の娘に優しく微笑んだ。欧州の社交界から姿を消し、山奥の修道院で隠遁生活を余儀なくされたカテリーナ王女とは対照的に、アレクサンドラは王女としての栄光をその手で掴み取り、幸福の頂きに立っていた。「これで、もうわたしには心残りはないわ。」そう微笑んだ瑞姫は、結婚式の数日後に突然倒れ、危篤状態に陥った。にほんブログ村素材提供:空に咲く花様+
2011年03月09日
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「良いお天気だこと。」「ええ、本当に。ピクニック日和ね。」翌朝、アマーリエとアレクサンドラ達は、ウィーン郊外の森林公園にピクニックに来ていた。そこには遼太郎と、アイリスとユナが居た。瑞姫もピクニックに参加する予定だったが、体調を崩して欠席することになった。「皇妃様、お身体大丈夫かしら?」「大丈夫だと陛下がおっしゃっておられたけど、今朝見舞いに伺った時、皇妃様のお顔の色が優れなかったわ。」「色々とあって、少しお疲れなのよ、きっと。」他の花嫁候補生達はそう言いながら、サンドイッチを摘み、魔法瓶に入れたコーヒーを飲みながら談笑していた。 彼女達から少し離れたところで、スペイン王女・カタリーナはぽつんと独りで昼食を取っていた。昨日ユナから激しい叱責を受けたばかりか、未来の舅となるルドルフにも嫌われ、王女としてのプライドを打ち砕かれたカタリーナは、急に鳴りを潜めたかのように大人しくなり、1日の大半は部屋に居て読書やインターネットをして過ごしていた。これまでカタリーナから陰湿な嫌がらせを受けていたアレクサンドラにとって、彼女の変化は好ましいものであったが、もしかしたら彼女はわざと大人しい振りをしているのかもしれないと思った。「アレクサンドラさん、どうしたの?」「いえ、何でもありませんわ。」「ねぇ、カタリーナ様最近大人しくなられたのではなくて? 一体どうしたのかしら?」そう言って花嫁候補生の1人であるシャルロッテがちらりとカタリーナを見た。「ええ。ユナ様に叱責された上に陛下にまで嫌われたんですもの。そりゃぁ応えるわよね。」シャルロッテの言葉に、彼女の取り巻きがすかさず相槌を打った。「まぁ、あの方が裏で何を考えているのではないかと疑うわね。」「そうね。」やがてシャルロッテ達はカタリーナ王女の悪口大会を始めたので、アレクサンドラとアマーリエはそっと彼女達から離れた。「嫌ぁね、あの人達。」「あんな方達、相手になさらなければよろしいんですわ。」アレクサンドラはそう言ってユナを見た。「ユナ様、結婚式はいつですの?」「そうねぇ、来月の14日かしら。お母様の体調が良くなり次第、彼のご家族と食事会を開くことになっているのよ。」ユナはそう言うと、目に突き刺さりそうだった前髪を掻きあげた。彼女の左手薬指には、ブルガリの婚約指輪が光っていた。「これから色々と忙しくなるけれど、何故かストレスが溜まらないのよ。」「きっと彼の愛に包まれているからですわ。」「そうかしらね?」ユナはそう言って2人に微笑んだ。「さてと、そろそろ後片付けしないとね。」「ええ。」ユナ達が帰り支度をしていると、カタリーナがアレクサンドラの肩を突然叩いた。「ねぇ、少しお話ししないこと?」「はい、いいですけど・・」何故か嫌な予感がしたのだが、アレクサンドラはカタリーナとともに少し離れた木の傍に移動した。「あなたに、お願いがあるの。」「お願い、ですか?」カタリーナはにっこりとアレクサンドラに不気味な笑みを浮かべると、黒蝶貝のネックレスを彼女に見せた。「これ、シャルロッテ様の・・」「これをわたくしのバッグに入れて、ネックレスが盗まれたと騒ぎなさい。」「え・・」アレクサンドラがカタリーナの言葉の真意を探り始めた時、シャルロッテの悲鳴が聞こえた。「わたくしのネックレスがないわ!」にほんブログ村
2011年03月09日
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ユナから叱責を受けた後、スペインのカタリーナ王女が部屋に引き籠ったまま出てこないことを、アレクサンドラは女官達の噂話で知った。「余程ユナ様から叱られたのが応えたのでしょうね。」「ええ。何て言ったってカタリーナ様は意気揚々とハプスブルク家の皇太子妃となられる為にウィーンに来たというのに、陛下にも皇妃様にも嫌われてしまったのでは、話にはならないわよね。」女官達はそう言って笑いながら、それぞれの持ち場へと戻って行った。あの高慢なカタリーナが部屋で落ち込んでいる姿などアレクサンドラは想像できなかったが、あんなにユナから叱責されて激しく狼狽していたのだから無理はないだろう。「アレクサンドラさん、こちらにいらしたのね。」不意に肩を叩かれてアレクサンドラが振り向くと、そこにはベルギーのアマーリエ王女がマフィンを片手に微笑んでいた。「アマーリエさん・・それは?」「明日ピクニックが開かれるでしょう? その為にマフィンを作ってみたから、あなたに試食して欲しくて。」「よろしいのかしら?」「良いに決まっているじゃないの。さあ、召し上がって。」アレクサンドラはアマーリエからマフィンを受け取ると、それを一口齧った。「美味しいわ。」「ありがとう。それよりも明日の準備はなさっているの?」「いいえ・・色々とあったから、疲れてしまって・・」カタリーナの執拗な嫌がらせを受け、身も心も疲れてしまったアレクサンドラは、ピクニックが明日にあることすら忘れてしまったので、その準備すらしていなかった。「そう。ならわたくしと一緒に材料を買いに行かないこと? 24時間営業のスーパーなら、品数が豊富だし。でも新鮮なものを使うなら、市場が良いわね。」「お言葉に甘えさせていただくわ。」アレクサンドラの言葉に、アマーリエは微笑んだ。それから2人は、ウィーン市内にある24時間営業のスーパーへと入った。カートを仲良く連れたって押しながら、アレクサンドラとアマーリエは互いの趣味や家族の事を話した。「わたくし、ウィーンに来て同年代の方とお話しで来て嬉しいのよ。リセには通っているんだけれど、そこでは色々と気苦労が多いのよ、解るでしょう?」アマーリエの言葉に、アレクサンドラは静かに頷いた。 物心ついてから王族としての責務、淑女としてあるべき立ち居振る舞い、行儀作法などを叩き込まれ、周囲には常に家庭教師をはじめとする大人達が居て、同年代の子どもと遊んだ事もなかった。アレクサンドラには3人の兄が居たが、男同士の結束が固く、彼らはアレクサンドラを無視して勝手に遊んでいた。アマーリエも、身勝手な兄が居ても心優しい姉は居なかったし、リセでは数人の友人達に恵まれたものの、腹を割って話し合える存在ではなかった。 初めて彼女達は、ライバルでありながらも同年代の友人と巡り合えたのである。「もう市場が閉まる時間だわ。」「そうね。」スーパーで精算した商品をマイバッグに詰め、アレクサンドラとアマーリエはスーパーを出て市場で食材を選んだ。「今日はとても楽しかったわ。」「わたしもよ、アマーリエ様。」「“様”づけはやめてよ、名前だけで呼んで。わたしもアレクサンドラと呼ぶから。」「そうね、アマーリエ。」アレクサンドラとアマーリエはホーフブルクに着くまで、2人は互いの顔を見合わせながら笑い合った。「さてと、頑張ってサンドイッチを作りましょう。」「ええ。」厨房で他の花嫁候補生達が明日のピクニックに持参する料理を作っている中、アレクサンドラとアマーリエはライバルではなく友人として和気藹藹な雰囲気の中でサンドイッチ作りに励んだ。「なんだか、あなたとは仲良くなれそうね。」「あら、わたしもそう思っていたのよ、アマーリエ。」にほんブログ村
2011年03月03日
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「わたしは、ユナ様のウェディングドレスを汚そうなんて思って・・」「嘘おっしゃい、あなたはユナ様のお幸せそうな顔を羨んでいて、わざとよろけた振りをしてドレスを汚すだなんて、恐ろしい方!」カタリーナはそう大声で張り上げながらアレクサンドラを見た。「陛下、わたくしはユナ様を傷つけてはおりません! どうか信じてくださいませ!」アレクサンドラは必死にルドルフに訴えると、彼は静かに頷いた。「あなたがそう言うのなら、信じよう。ユナ、何があったのか話しなさい。」「はい、お父様・・」ウェディングドレスを汚されたショックから未だ立ち直れないユナは、しゃくり上げながらルドルフに数分前に起こった出来事を話し始めた。 数分前、ウェディングドレスの仮縫いを終え、それを試着していたユナの元に突然、カタリーナがアポイントも無しに部屋に入って来た。「まぁ、お美しいドレスですわね。まるで雪の妖精のようですわ!」あからさまに自分に媚びへつらうカタリーナ王女の態度にユナが眉を顰めていると、部屋のドアがノックされた。「どなた?」「アレクサンドラです、ユナ様。」「入って頂戴。」「失礼致します。」アレクサンドラが部屋に入ると、そこには自分を目の敵にしているカタリーナ王女がしきりにユナのウェディングドレスを褒めそやしていた。彼女の姿を見た途端、アレクサンドラは何やら不吉な予感がした。「アレクサンドラさん、申し訳ないのだけれど、アイスティーを持ってきてくださらない? 喉が渇いてしまって。」「はい、わかりました。」アレクサンドラはテーブルの上に置かれているアイスティーが入ったグラスを手に取ると、そっとユナの元へと向かった。「あら、ごめんなさい。」ユナに無視されたカタリーナはそう言ってわざとアレクサンドラにぶつかった。「あっ」アイスティーのグラスを慌てて押さえようとしたアレクサンドラだったが、遅かった。茶褐色の液体が白絹の布地に染み込んでゆくのを、彼女は唖然と見つめるしかなかった。「お父様、どうかアレクサンドラさんをお責めにならないで。彼女は故意にわたしにぶつかってドレスを汚した訳ではないのですもの。」「わかった。ではカタリーナ王女、あなたが散々喚いた事は真っ赤な嘘だな?」「そ、そんな・・わたくしは真実を述べたまでで・・」ライバルを蹴落とし、己の罪をアレクサンドラに擦り付けようとしていた目論見が外れ、カタリーナは激しく狼狽しながらルドルフの言葉に反論しようとしたが―「お黙りなさい! これ以上あなたの嘘物語など聞きたくはありません! あなたのような女の顔を見るのはもううんざりです!」温厚なユナは初めて声を荒げてカタリーナを叱責し、キッと黄金色の双眸で彼女を睨み付けると、彼女はメドゥーサに睨みつけられ石化したかのようにその場に呆然と立ち尽くしてしまった。「お父様、このような女をさっさとホーフブルクから追い出してくださいませ! 周りにストレスを与えるような女は、オーストリアの皇太子妃に相応しくありません!」ルドルフとユナに睨まれ、カタリーナは漸く覚束ない足取りで部屋から出て行った。「どうやらカタリーナ王女は周囲から甘やかされて育ったようだ。」ルドルフは溜息を吐くと、アレクサンドラを見た。「あのような者と親戚になるのは真っ平御免だが、アレクサンドラさんのような方がリョータロウの嫁に来てくれると助かるんだが。」「は、はぁ・・」アレクサンドラはどうしていいかわからなかったが、カタリーナがルドルフの不興を買ってしまったことだけは解った。「アレクサンドラさん、陛下に気に入られて良かったわね。」アレクサンドラがユナの部屋から出ると、ベルギーのアマーリエ王女がそう言って彼女に微笑んだ。彼女の瞳には、優しい光が宿っていた。にほんブログ村
2011年03月03日
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アイリス皇女のドレスに数本の待ち針が突き刺さっていたことは、瞬く間に宮廷中に広がった。「一体誰がそんな酷い事を・・」「恐ろしい事・・」「アイリス様がお怪我をされていなくて良かったわ。」女官達はそう言いながら昨夜、アイリスに嫌がらせをした犯人が誰なのかとヒソヒソと話していた。「まぁ、あなた達また噂話をしているの?」突然背後から声がして女官達が振り向くと、そこには昨夜の事件の被害者であるアイリスが立っていた。「いえ、わたくし達は・・」「こんな所で油を売っていないで、さっさと自分の持ち場にお戻りなさいな!」アイリスがそう女官達を一喝すると、彼女達はそそくさと彼女の前から去って行った。「全く、女の噂好きは嫌になるよな?」アイリスと女官達の一部始終を見ていた蓉は、そう言って口笛を鳴らしながら階段から降りて来た。「ヨウ兄様、あの人達の話を聞いていたの?」アイリスは溜息を吐きながら次兄を見た。「まぁな。誰がお前のドレスに針を刺した犯人か、あいつら探偵気取りで話してたぜ。お前、犯人捜しはしないのか?」「する訳ないでしょう、そんな下らない事。あれは誰かを陥れようと狡猾な罠を犯人が仕掛けたに違いないわ!」「そう言いながら自分で推理してるじゃないか、アイリス。もし犯人が判ったらどうするつもりだ?」「さぁね。それよりもお母様はどちらにいらっしゃるの?」「母さんなら今頃、父さんとお楽しみ中さ。」蓉は口端を上げて笑った。 スイス宮にあるルドルフの寝室で、瑞姫は夫の下半身を口と手で愛撫していた。あの事件の後遺症で下半身不随となり、セックスが出来なくなったが、せめて彼のものを口と手で慰めたかった。「ミズキ、もういい。」ルドルフは自分のものをくわえる瑞姫を押し退けようとしたが、彼女は執拗に舌で愛撫を繰り返し、彼が絶頂に達すると満足気な笑みを浮かべた。「あなた、随分と溜まっていたのね?」「そんな事を言うな。それにしてもアイリスのドレスに針が刺さっていた事件だが・・」「犯人はもうわかっているのよ、わたし。でもあなたには教えないわ。」瑞姫はそう言うと、夫にしなだれかかった。「意地悪だな、教えてくれたっていいじゃないか?」「駄目よ。楽しみがなくなるでしょう?」瑞姫がルドルフに嫣然と微笑んだ時、外から衣を裂くような凄まじい悲鳴が聞こえた。「何かしら?」「お前は此処に居ろ、わたしが見て来る。」ルドルフはさっとガウンを羽織ると、寝室から出て行った。「何事だ?」悲鳴がした方へと向かうと、そこには純白のウェディングドレスを纏い、両手で顔を覆ったユナと、呆然と立ち尽くしているデンマーク王女・アレクサンドラの姿があった。「お父様・・わたしの、ウェディングドレスが・・」ユナのしゃくり上げた声に、ルドルフは初めて彼女の花嫁衣装に茶褐色の染みが広がっていることに気づいた。「一体どういう事だ、アレクサンドラ王女? 今ここで起きた事をあなたの口で詳しく説明して貰おうか?」氷のような冷たい光を湛えたルドルフの蒼い瞳に睨まれ、アレクサンドラは恐怖でその場から動けなかった。「わ、わたしは・・」「アレクサンドラ王女は、ユナ皇女様にわざとぶつかってウェディングドレスを台無しになさったのですわ!」アレクサンドラが口を開いて言葉を紡ぐ前に、カタリーナ王女が声高にそう叫ぶと、彼女を指した。 カタリーナの蒼い瞳は、ライバルを蹴落としてやろうという嗜虐的な光で残酷に輝いていた。にほんブログ村
2011年03月03日
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遼太郎の花嫁候補生達は、朝食の席でさりげなく彼に自分をアピールしていたが、彼の視線は常にアレクサンドラに注がれていた。(どうしてリョータロウ様はわたしの事をご覧になっているのだろう?)凡庸な容姿を持っている自分を穴が開くほど見つめて彼は何が面白いのだろうか―アレクサンドラはそう思いながら、俯き加減で朝食を食べていた。「リョータロウ、そんなにアレクサンドラさんを見つめては失礼でしょう? 彼女だって困っているではないの。」「ごめん、母さん。昨夜蓉が変な事を言うものだから・・」「まぁ、蓉ったら。兄におかしな事をまた吹き込んだのね?」瑞姫はちらりと蓉を見ると、彼はバツが悪そうな顔をした。「やだなぁ、母さん。俺は母さんが気に入っている子はデンマークのアレクサンドラ王女だって兄さんに伝えただけさ。あと、高慢ちきな女は止めておけって忠告したよ。」蓉はそう言ってチラリと自信満々に彼に向かって微笑んでいるカタリーナを見た。「高慢ちきな女ですって? そんな方、この中にいたかしら?」「あら、長旅でお疲れのお母様にごまを擦ろうとしていた方がいらしていたじゃないの、お母様?」アイリスがコーヒーを飲みながら、ちらちらとカタリーナを見た。そこで漸く彼女は、自分が好ましくない事で話題にされていることに気づき、怒りで顔を赤く染めた。「ああ、そういえばいらしたわねぇ。わたくし、嫌な方は記憶から削除するようにしているのよ。」朗らかに笑う瑞姫を見て、カタリーナは耐えきれずにダイニングから出て行った。「あら、どうされたのかしらあの方。気分でも優れないのかしら?」「さぁね。ヨウ兄様はどうお思いになって?」「多分部屋で荷物を纏めているんじゃないかなぁ?」蓉はそう言って口端を歪めて笑った。 カタリーナは自室で荷物を纏めながら、面前で侮辱された悔しさで歯ぎしりした。(悔しい、美しいこのわたくしがあんな地味な女に負けるだなんて!)輝くような美貌を持ち、周囲からちやほやされて育てられてきたカタリーナにとって、瑞姫や蓉に侮辱されたことは大いにプライドが傷ついた。だがこのまま荷物を纏めてスペインに帰国するなんて、自分の負けを認めるようで嫌だった。ライバルは徹底的に蹴落とさなければ。(わたしは世界で一番美しいのよ! あんな女に負けるものですか!)手鏡に映る自分の顔に惚れぼれしながら、カタリーナは憎しみに満ちた蒼い瞳を滾らせながら部屋から出て行った。 午前中は花嫁候補生達同士の“親睦会”が開かれ、カタリーナやアレクサンドラ達はそれぞれ紅茶を飲みながら互いの粗を密かに探し合っていた。「ねぇカタリーナさん、あなたまだこちらにいらっしゃるの? 朝食の席であれほど侮辱されたのだから、てっきりお帰りになられるのかと思っていたのだけれど。」アレクサンドラの隣に座っていたアマーリエ王女は涼しい顔でそう言うと、カタリーナを覗く花嫁候補生達はくすくすと笑った。「あんな事で落ち込むなんて、とんでもないわ。アレクサンドラさん、少し針箱をこちらに貸して下さらない事?」「え、ええ・・」昨夜の事もあってか、突然親しげに自分に話しかけて来たカタリーナをアレクサンドラは警戒したが、躊躇い無く彼女に針箱を差し出した。「ありがとう。」カタリーナは皆が見ていない隙にアレクサンドラの針箱からさっと数本の待ち針を抜くと、何食わぬ顔で彼女に針箱を戻した。 “親睦会”が終わった後、カタリーナはそっとアイリスの部屋へと忍び込み、彼女のクローゼットの中から今夜の舞踏会にアイリスが着るロイヤルブルーのドレスの裏地にアレクサンドラの針箱から抜き取った数本の待ち針を刺して部屋から出て行った。「痛っ!」その夜、舞踏会が始まる前にアイリスがドレスを着ようとした時、彼女は突然走った激痛に顔を顰めた。「アイリス様、どうなさいましたか?」「ドレスを着たら急に・・」「失礼致します。」アイリスのドレスを女官達が調べると、裏地には数本の待ち針が刺さっていた。写真素材 ミントBlueにほんブログ村
2011年03月02日
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「アレクサンドラ、あなたとお話しできて嬉しかったわ。今日はもう遅いからお休みなさい。」瑞姫はそう言ってアレクサンドラを見ると、彼女は静かに頷いた。「お休みなさいませ、皇妃様。」優雅に膝を折って礼をした彼女は、瑞姫の部屋を辞した。その華奢な背中を見送りながら、瑞姫は昔の事を思い出していた。「アレクサンドラさん、少しお話しがあるの、いいかしら?」アレクサンドラが瑞姫の部屋から出て来たところを、カタリーナはそう言って彼女の腕を掴んだ。「な、なんでしょう?」怯えた目で自分を見つめる彼女に、カタリーナは少し嗜虐的な気分になった。「あなた、皇妃様に気に入られたからって良い気にならないでね? わたくし達とは違って、あなたは卑しい生まれでありながらお情けで王女様となられたのだから、その辺のことは少し弁えてくださいな。」カタリーナの言葉を聞いたアレクサンドラの顔からみるみる血の気がひいていった。「お話はそれだけですわ、御機嫌よう。」嬉々として床に座り込むアレクサンドラを残し、カタリーナは自分の部屋へと向かった。その一部始終を、密かにアマーリエ王女が見ていた。「兄さん、どの子を選ぶつもりなんだ?」「どうしたんだ、蓉? 急にそんな事を聞いて。」 同じ頃、弟・蓉とその恋人であるセシェンとともに彼の部屋でポーカーをしていた遼太郎は、不意に話を振られたので弟を見ると、彼はにやにやと笑っていた。「いやぁ、兄さんがどんな子をお嫁さんにするのかと思ってさ。その中には俺の許婚だったアマーリエ王女様がいるし。セシェン、お前はどんな子を兄さんが選ぶと思う?」「そうですね、リョータロウ様なら皇妃様に似た方をお選びになられる事でしょうね。」「おいおい、やめてくれよ2人とも。僕はまだ結婚なんて考えていないのに。それに母さんに似た奴なんているのか?」「いるに決まっているさ。デンマークのアレクサンドラ王女を母さんは会ってすぐにお気に召したそうだし。まぁ彼女、見た目は地味だけれど性格は良さそうだ。」蓉はそう言って夜食のサンドイッチを頬張った。「リョータロウ様もそろそろそういう時期を迎えられたのですから、もう諦めた方がよろしいのでは?」「セシェン、蓉、他人事だと思ってお前達面白がっているだろう?」「まぁね。ひとつ忠告しておくけど兄さん、スペインのカタリーナっていう高慢ちきな女はやめておけよ。ああいう女は大抵ヒステリー持ちだ。」「女はみんなヒステリーじゃないか。でも母さんがヒステリーを起こしたところを見た事がないな。」「そりゃぁ、父さんが浮気をしても男の甲斐性としてそれを黙認しているからさ。父さんの前妻とは違って、器が大きいからね。兄さん、結婚は一生を左右するものなんだから、嫌だって言ってる暇はないさ。」「そうは言ってもなぁ、僕はまだ21だ。早すぎる結婚は不幸を招くとは思わないか? 父さんは22で結婚したけど、相手はまだ16だったっていうじゃないか?」「父さんは父さん、俺達は俺達さ。大体母さんは19で父さんと出来ちゃった結婚したんだから。幸せなんて人それぞれさ。」「随分生意気な口を利くようになったものだな、お前は。昔僕の後をついて回ってビービー泣いていた癖に。」「そんな事、忘れたね。」蓉はいたずらっぽい笑みを遼太郎に浮かべると、彼に見せつけるかのようにセシェンと濃厚なキスをした。(全く、目のやり場に困るよ・・) 翌朝、遼太郎は初めて朝食の席で自分の花嫁候補生達に会った。「リョータロウ様、初めまして。わたしはアレクサンドラと申します。」そう言って優雅に自分に礼をしてみせたダークブランの髪をした少女に、遼太郎は好感を抱いた。(この子が、アレクサンドラ王女か・・蓉が言った通り、良い子なのかもしれない。)にほんブログ村
2011年03月02日
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L.A.で聖のアカデミー賞受賞を見届け、ウィーンへと戻った皇帝夫妻を待っていたものは、皇太子・遼太郎の花嫁候補である数人の少女達だった。彼女達はデンマークやスペイン王家など、欧州各国の王族の出身者達であり、彼女達の望みは遼太郎の心を射止め、ハプスブルク帝国皇太子妃という地位を得ることであった。 19歳で皇太子であったルドルフと結婚し、彼との間に実子・養子を含めて7人の子に恵まれ、今やオーストリア=ハプスブルク帝国皇妃として確固たる地位を築いている瑞姫に気に入られることこそが、花嫁候補生達にとってのスタートでもあった。「皇妃様、皇帝陛下、長旅お疲れ様でございました。」開口一番そう言って瑞姫に声を掛けたのは、スペイン王女のカタリーナであった。彼女は何としても未来の姑に気に入られたい一心で、瑞姫に労いの言葉を掛けたのだが、彼女はそれを無視してカタリーナの隣に立っている少女に声を掛けた。「あなた、お名前は?」「え、え~と・・あの・・」突然皇妃に話しかけられ、口をもごもごとさせながら恥ずかしげに俯く少女の肩を、そっと瑞姫は優しく叩いた。「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。リラックスなさい。」「アレクサンドラと申します、皇妃様。」「デンマークの方ね。女官達からあなたのお噂は聞いていたわ。天真爛漫でいて、とても気配りのできる方だと。」瑞姫はそう言うと、目の前でオドオドとした表情を浮かべているダークブラウンの髪を結い上げた少女を見た。「でもわたし・・人前では上手く話せないんです。その所為で、みんなから馬鹿にされるし・・」「まぁ、そんな事言わないで。このわたくしだって昔はあなたのように毎日怯えていたものよ。」瑞姫の言葉に、少女―アレクサンドラの顔に笑みが広がった。「アレクサンドラ、あなたとお話がしたいの。わたくしの部屋に来て下さらないこと?」「は、はい!」長年憧れていた人から声を掛けられただけではなく、会話をする機会に恵まれるとは、アレクサンドラにとっては嬉しい事ばかりだった。「元気な方ね。わたくし、妙にかしこまった方よりも素を出していらっしゃる方が好きなの。」瑞姫はちらりと唇を噛み締めて悔しがるカタリーナを見ながら言うと、さっと彼女から視線を逸らした。「今夜はもう遅いから、皆さんお休みなさいな。アレクサンドラ、わたくしとともにいらっしゃい。」「はい、皇妃様。」アレクサンドラはそう言うと、瑞姫に向かって微笑んだ。カタリーナを含む残りの花嫁候補生達は、呆然としながら廊下に立ち尽くしていた。「あの、本当にわたしのような・・地味なわたしと、お話しするのですか?」皇妃の部屋に入るなり、アレクサンドラはそう言ってドアの近くから一歩も動く事が出来なかった。「まだそんな事を言っているの? わたくしはあなたの事が気に入ったのよ。さぁ、こちらにお掛けなさいな。」瑞姫は異国の王女に優しく声を掛けると、彼女に微笑んだ。「あなた達はさがっていて頂戴。わたくしはアレクサンドラと2人きりで話したいから。」「はい、皇妃様。」女官達が部屋を出て行き、気まずい沈黙が部屋の中に流れた。「ねぇアレクサンドラ、わたくしと陛下の馴れ初めを聞きたい?」「はい、お聞きしたいです。」「そう・・話せば長くなるけれど、あなたがそうしたいというのなら、話すわ。」瑞姫はそう言って、紅茶を一口飲んだ。「わたくしと陛下・・ルドルフ様と出逢ったのは、わたくしが18の時。人に追われ振袖姿で木に登って猫のようにそこに隠れていたわたくしは、バランスを崩して木から落ちたの。でもそんなわたくしを受け止めてくださったのがルドルフ様だったという訳。」「まさしく、運命の出会いですね。」瑞姫の話に、アレクサンドラは瞳を輝かせながら彼女の話が終わるまで聞いていた。にほんブログ村
2011年03月02日
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アメリカ・ロサンゼルス。 今年も名だたるハリウッドスター達が、アカデミー賞授賞式へと出席する為、会場であるコダック・シアターへとレッドカーペットの上を歩きながらファン達にサインや握手をしながら入ってゆく。その中でまた1人、リムジンから降りて来た若手俳優の登場に、ファン達は一際歓声を上げた。黒い燕尾服に長身を包み、背中まである金髪をポニーテールにしながら、彼はエメラルドの瞳を煌めかせながらファン達に向かって手を振っていた。 彼の名は、聖。幼い頃母親に捨てられ、父方の祖母から虐待を受けた彼だったが、養父母であるオーストリア=ハプスブルク帝国皇帝夫妻から愛情を受けて育ち、単身渡米し、俳優としての人生をスタートさせた。 何の援助もコネも無く、ゴキブリの巣になっているボロアパートの一室で極貧生活を送りながらアルバイトに精を出し、オーディションを何度も受けた。なかなか機会が巡ってこなかった時期に、ひょんなことで応募したある映画のオーディションに合格し、スクリーンデビューを果たした。その映画は、虐待を受けた子ども達の心の傷と再生を描いたもので、聖の迫真の演技は観客を魅了し、彼はアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。 オスカーを取るまでオーストリアには帰らないと誓い、渡米してから1年が過ぎた。どんな結果が出たとしても、オスカーを獲るまでは家族の元へ帰らないつもりだった。夢にまで見た舞台に立てられただけでも、聖には嬉しかった。「ヒジリ。」背後から聞こえが声に聖がゆっくりと振り向くと、そこには養父母の姿があった。「父さん、母さん。」「聖、漸くこの日が来たわね。」瑞姫はそう言って、聖に微笑んだ。「ああ。」 養父母とともにコダック・シアターの中に入ると、授賞式が始まった。授賞式も終盤にさしかかり、今年のアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた俳優の顔写真が画面に映り、発表の時を迎えた。『今年のアカデミー賞助演男優賞は、ヒジリ=フランツ!』自分の名を呼ばれたことを知った聖は、驚愕の表情を浮かべながらゆっくりと壇上へと上がった。「おめでとう。」「ありがとう・・これまでわたしを支えてくださった家族やマネージャー、素晴らしい映画を作ってくださったスタッフの皆様に感謝いたします!」聖は涙を流しながら、オスカー像を掲げた。客席には、義理の息子の勇姿を見て涙するルドルフと瑞姫の姿があった。「聖、おめでとう。」「おめでとう、ヒジリ。」「ありがとう、父さん、母さん。」授賞式の様子を、遼太郎と蓉はウィーンで観ていた。「聖、おめでとう。」「やっと夢が叶ったな。」2人の兄達は、画面に映っている聖に向かってワインを高く掲げた。「ヒジリ、これからもお前を応援してるからな。」「ありがとう、父さん。その言葉だけでも嬉しいよ。」授賞式後のパーティーで、聖は1年振りに再会したルドルフと瑞姫と楽しい時間を過ごした。「母さん、身体の方はどう?」「ええ。大丈夫よ。聖、これから忙しくなるでしょうけど、身体には気をつけるのよ。それと、初心を忘れずにね。」「わかったよ。父さん達も、身体に気を付けてね。」聖は養父母を交互に抱き締めた。「聖が立派に成長して良かったわ。亜鷹兄様にも見せたかった・・」「ああ。」ウィーンへと帰る専用機の中、ルドルフと瑞姫は共に手を繋いで眠った。にほんブログ村
2011年02月25日
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突然の悲劇に見舞われた瑞姫は、家族の協力の下リハビリに励んだ。 だがそれは、出口の見えない暗いトンネルを永遠と歩き続けなければならないほどの、辛い作業でしかなかった。感覚のない足で立つどころか、誰かの助けがなければ身体を起こす事も出来ない状態の自分に、瑞姫は半ば自暴自棄になった。「あなた、このまま死なせて頂戴。もう良くならないのなら、このままわたしを殺して!」リハビリを終えた夜、瑞姫はそう言って事件以来病室に付き添ってくれているルドルフに向かって叫んだ。「馬鹿な事を言うな、ミズキ! お前はきっと良くなる!」「いつになったら良くなるというの? わたしの足はもう動かないのよ! あなたはそれでも私と共に生きるというの?」「わたしにはお前しかいないんだ! お願いだから、そんな悲しい事を言わないでくれ、頼む・・」ルドルフの悲しみに歪んだ顔を見た瑞姫は、彼と共に泣いた。 寝息を立てている妻の手を握りながら、ルドルフは医師と交わした会話を思い出した。「皇妃様の病状ですが、暫定的ですがリハビリを続ければ病状が回復する可能性があります。それまでは家族が支えてください。」「はい・・」突然の悲劇に見舞われ、生きる気力を失くしつつある瑞姫の姿を見て、事件前の溌剌とした彼女に戻って欲しいとルドルフは心の底から願っていた。(ミズキ、わたしがお前を支えてやるから・・だから、諦めないでくれ。)ルドルフは瑞姫の手を握り締めたまま、いつの間にか眠ってしまった。 翌朝、ルドルフは何かを引っ掻くような音で目を覚ました。「ミズキ?」ベッドに居る筈の瑞姫の姿が無いことに気づいたルドルフは、血相を変えて彼女を探した。瑞姫は病室のドアを何かに取り憑かれたかのように爪を立てて必死にそれを引っ掻いていた。「ここから出して、ここから出してよ~!」悲痛な泣き声とともに瑞姫は爪に血が滲んでいるのにも構わず、ドアを無我夢中で引っ掻いた。「やめろ、ミズキ!」瑞姫を抱き抱えたルドルフは、暴れる彼女を何とかベッドの上に寝かせた。「もうこんな所に居るのは嫌! あなたと子ども達の元に帰りたい!」「ミズキ・・」剥がれかけた爪から血が滲んだ両手で顔を覆うと、瑞姫は癇癪を起こした。「大丈夫だ、ミズキ。わたしが居るから。」 瑞姫の入院生活が長引く事に比例して、ルドルフの疲労も徐々に蓄積されていった。忙しい公務の合間を縫って妻の介護や赤ん坊である麗の育児に追われ、ルドルフの睡眠時間は徐々に減ってゆき、身体はもう限界に達していた。 そんなある夜、とある企業の創立記念パーティーに出席していたルドルフは、突然眩暈に襲われてその場で倒れた。「父さん、大丈夫?」病院で目を覚ましたルドルフは、遼太郎と蓉の姿を見ると、ゆっくりとベッドから起き上がった。「こんな所で寝てられない・・ミズキがわたしを待っている。」「母さんなら大丈夫だよ。父さん、余り寝ていないんだからゆっくり休んでよ。」遼太郎の言葉に従ったルドルフは、ゆっくりと目を閉じて休んだ。「父さんが倒れたって、大丈夫なの?」兄から連絡を受けて病院に駆け付けた蓉がそう言って彼を見た。「過労だって。母さんの介護と麗の育児で疲れが溜まっていたからな。これからは家族で協力していこう。」「うん。」 出口の見えない暗いトンネルを今自分達は歩いているが、いつか出口が見えてくる―遼太郎達は、そう信じながらルドルフと共に瑞姫を支えた。「ミズキ、おはよう。」「おはよう、あなた。今日はとっても気分が良いわ。」瑞姫はそう言って、ルドルフの頬を撫でて彼に微笑んだ。「今日はいい天気だから、散歩しようか。」「ええ。」にほんブログ村
2011年02月24日
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セシェンと蓉が翌朝王宮に戻ると、そこには瑞姫と女官達が彼らの帰りを待っていた。「お帰りなさい、蓉、セシェン。あなた達と話したいことがあるの。」「わかったよ、母さん。」瑞姫達と共に彼女の部屋に入った蓉とセシェンは、瑞姫と向かい合わせに座った。「話ってなに?」「アマーリエ王女との縁談だけど、白紙に戻すことにしたわ。」「え・・」蓉は瑞姫の言葉が信じられないといった表情を浮かべながら、彼女を見た。「昨夜お父様と話をしたわ。わたしがお父様に蓉の事を許してやって欲しいと説得したのよ。そしたら、許してくださったわ。」「そう。じゃぁ、父さんは俺とセシェンの事を知っているんだね。」蓉の言葉に、瑞姫は静かに頷いた。「蓉、セシェン。あなた達の人生はあなた達のものよ。結婚は人生の一大事だから、本人同士が納得すべきものであればわたしはいいと思っているの。不幸な結婚をして後悔させたくないからね。」「ありがとう、母さん。」蓉は瑞姫を抱き締めると、彼女はそっと息子の広い背中を撫でた。「2人とも、幸せにね。」「ありがとうございます、皇妃様。」2人が部屋を出ると、蓉とセシェンは手を繋ぎながら廊下を歩いていた。「あら、お兄様。」麗をあやしながら、樹が2人の方へと歩いて来た。「おはようございます、イツキ様。」「おはよう、セシェン。お母様とお父様に認められて良かったわね。」「え、ええ・・」セシェンはそう言って樹から目を逸らした。「蓉お兄様、また後でね。」「ああ。」樹が去った後、セシェンはほっと溜息を吐いた。「どうしたんだ?」「なんだか、イツキ様はわたしの事を快く思っていないようです。」「気の所為だよ、そんな事。それよりも父さんにちゃんと報告・・」蓉がそう言った瞬間、廊下の先で銃声と悲鳴が聞こえた。「何だ、今の音は!?」「父さん、行ってみよう!」銃声を聞きつけた蓉とルドルフ、セシェンが銃声がした方へと駆けつけると、そこには血の海が広がっていた。 銃撃を受けた瑞姫付の女官が数名、胸を撃たれて大理石の床に転がっており、一目で彼らは死んでいると蓉は判った。「ミズキ、何処に居る!?」ルドルフが半狂乱になって瑞姫を探していると、窓際近くに血の海の中で蹲っている彼女の姿を見つけた。「ミズキ、しっかりしろ!」ルドルフが瑞姫を揺さ振ると、彼女は苦しそうに咳き込んだ。「ルドルフ様・・」「死ぬな、死ぬなミズキ!」必死に妻を励ましているルドルフの傍らには、銃弾を浴びて息絶えている樹の姿があった。「樹が・・わたし達の娘が、死んでしまった・・」「大丈夫だ、お前は助かる。助かるから・・」蓉とセシェンは、呆然とその光景を眺める事しか出来なかった。 凶弾に倒れた瑞姫は一命を取り留めたが、脊椎を激しく損傷し車椅子生活を余儀なくされた。「ミズキ、わたしだ、わかるか?」ルドルフが病室で目覚めた瑞姫の手をそっと握ると、彼女はゆっくりと目を開けてルドルフを見た。「あなた、わたしもう歩けないの?」瑞姫の言葉に、ルドルフは力無く頷いた。「イツキの事は、残念だ。」夫の言葉で、瑞姫は全てを悟った。彼女は彼の胸に顔を埋めて嗚咽した。にほんブログ村
2011年02月24日
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ベルギーから戻った蓉からメモを受け取った翌日、セシェンは彼が居るマイヤーリンクの狩猟小屋へと向かっていた。そこはかつて、蓉の父・ルドルフが所有していたもので、ルドルフが蓉の成人祝いに狩猟小屋を彼に贈ったのだった。蓉はストレス解消の為、狩猟のシーズンになると1人でマイヤーリンクで毎年過ごしているが、父との衝突が起きて以来、彼はウィーンに戻るなり家族と顔を合わせることもなく、すぐさまマイヤーリンクへと向かった。彼は暖炉に燃える薪をじっと見つめながら、足を組み変えた。ベルギーでアマーリエ王女と一度会ったが、彼女は友人としては良い付き合いが出来ると思ったが、人生の伴侶―妻として共に生きるには無理だ。彼女がもし、自分が同性愛者だと知ったら、父と同じように偏見と侮蔑の籠った真紅の瞳で見るのだろうか。同性愛者と両性具有者といったマイノリティーに属する者達に対する社会的権利が得られるようになった今日でさえ、未だ彼らは偏見と差別の目に晒されている。 カトリック圏が多い欧州に於いて、蓉を含む同性愛者達は白眼視され、時に虐殺の対象となった時代があった。それは今でも変わらない。(セシェン・・)ふと蓉の脳裡に、中東の国から来た異国の少年の姿が浮かんだ。 争乱の絶えぬ祖国から離れ、風習も宗教も知らぬ異国で家族も友人も居ずに宮廷で暮らす彼が最初哀れに思えて、蓉は彼に話しかけると、たちまちセシェンと意気投合し、友人として付き合うようになった。彼と一線を越えたのは昨年の、今日のような吹雪の日だった。 あの衝突が起こる前に、ルドルフとの間でぎくしゃくとしていた蓉は閉塞感に耐えきれず、セシェンを誘ってこの狩猟小屋へと来たのはいいが、寒波の影響で車が動かせず、一夜を共に過ごすことになったのだった。1個のパンを2人で分け合う内に、どちらからともなく互いに唇を塞ぐと、後は流れに任せるようにして肌を重ねた。「ヨウ様、お待たせいたしました。」不意にドアが開き、毛皮のコートを纏ったセシェンが部屋に入って来た。「よく来たね。」「あの、本当にアマーリエ様とご結婚なさるんですか?」「さぁ、解らないな。彼女は友人としては最高だが、妻には出来ない。その意味、判るだろう?」蓉の言葉に、セシェンは頷く事しか出来なかった。 今彼がどんな気持ちでこんな寂しい場所に居るのかが、セシェンには解っていた。意に介さぬ結婚を強いられようとしている蓉の心が、折れる寸前であるということを。「お前は、これからどうするつもり? ウィーンを離れるの?」「いいえ。わたしには帰る場所がもう、ありません。それはリーシャ様がわたしの手を離された時から解っておりました。」「そう。それじゃぁ俺も、君の手を離さないようにするよ。俺達の恋が、悲劇に終わらないように。」「ええ。」セシェンはにっこりと蓉に微笑むと、彼に微笑み返した。「ヨウは何故あんな陰気な所が好きなんだろうな?」ルドルフはそう言って溜息を吐くと、隣に座っている妻を見た。「あなただってあそこが好きでしょう? それよりもアマーリエ王女はどうでしたの?」「彼女は嫁として迎えるには申し分ないよ。ただ、彼女の兄に多少問題がありそうだが。」「そうですか。レオンハルト王子とアマーリエ王女との間には以前良からぬ噂が流れたこともありますし・・急ぐ必要はないんじゃないかしら?」瑞姫がそう言ってルドルフを見ると、彼は少し不機嫌そうな顔をした。「そうだな、あんな無礼者が親戚になるなんて想像するだけでも身の毛がよだつよ。」「あなた、蓉のことが心配なの?」「答える必要はない。」「意地っ張りね、あなたって人は。」瑞姫はそう言うと、ルドルフにしなだれかかった。にほんブログ村
2011年02月22日
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アマーリエ王女と蓉は、女官達が用意してくれた紅茶とクッキーを楽しみながらそれぞれ互いの趣味などについて話していた。「ヨウ様は、和楽器をお弾きになられるの?」「ええ。母が嫁入りのときに持ってきた筝を時々触る程度ですが。何でしたら今度お聞かせ致しましょうか?」「まぁ、是非お聞きしたいわ。その時はウィーンにいらしても宜しいかしら?」アマーリエ王女はちらりと蓉の隣に座っているルドルフを見ると、彼はにっこりと微笑んだ。「ええ、勿論構いませんよ。妻にもあなたを紹介したいので、大歓迎です。」「そう・・嬉しいですわ。」アマーリエ王女がそう言って紅茶を一口飲んだ時、部屋に突然蒼い軍服を纏った青年が入って来た。 ヘーゼルの短い髪を靡かせ、翠の瞳を煌めかせながら彼はアマーリエ王女と蓉を見た。「アマーリエ、何処に行ったのかと思ったら、こんな所に居たのか。」「あら、お兄様。ノックをしてくださいな。ヨウ様、こちらは兄のレオンハルトですわ。」「初めまして、ヨウです。」蓉が立ち上がって青年に向かって右手を差し出したが、彼は顔を強張らせたままその手を握ろうとはしなかった。「ふぅん、君がヨウか。噂は聞いているよ。何でも、妻子持ちの男に迫って誑かしたとか? 綺麗な顔をして、やることはやるよね?」あからさまなベルギー王子の嫌味に蓉は動じなかったが、彼の隣座っていたルドルフが荒々しく椅子を引いて立ち上がった。「ベルギー王家の一員ともあろう者が、無礼な口を利くとはな。これだから田舎者は無教養だから困るな。」「田舎者とは失礼な。女性問題が絶えなかったあなたには言われたくはありませんね。」「何だと!?」ルドルフの顔が怒りで赤く染まり、蒼い瞳で射るようにレオンハルトを見ると、彼はそれに怯むことなく睨み返してきた。「お兄様、ノックもせずに入って来て何かわたくしにご用なの? なければ後でお話をお聞きいたしますわ。」険悪な空気を感じ取ったのだろう、アマーリエ王女はそう言ってレオンハルトに退室をさりげなく促すと、彼は舌打ちして部屋から出て行った。「随分と無礼な兄上が居たものですね。あなたとは大違いだ。」レオンハルトの登場により気分を害しているルドルフは、憮然とした顔をしてアマーリエ王女に対して嫌味を言うと、椅子に腰を下ろした。「兄の事はわたくしに免じて許してくださいませ。兄とわたくしは2人きりの兄妹でしたから、急にわたくしの縁談が持ち上がって気に入らないのでしょう。」「まぁ、彼とは親戚にならないのだからいいですが。」「父さん、機嫌直してくれよ。すいません・・」「いえ、こちらの方に非があるのですから、謝るのはわたくしの方ですわ。」アマーリエ王女と蓉は次に会う約束を取り付け、彼は父・ルドルフとともにラーケン宮を後にした。「全く、同じ血を分けた兄妹でありながらあんなに性格が違うとはな。まぁ、アマーリエ王女はハプスブルク家の嫁としては申し分ない。」「父さん・・」ウィーンへと帰る機内で、レオンハルトの事で未だに不機嫌なルドルフを見て、蓉は溜息を吐いた。「ねぇ父さん、アマーリエさんは良い人だけれど、結婚は出来ない。」蓉の言葉に、ルドルフは何も返さなかった。 一方ウィーンでは、セシェンがルドルフと蓉の帰りを待っていた。「また兄様の帰りを待っているの?」背後から肩を叩かれて振り向くと、そこには樹(いつき)が立っていた。「はい。」「あなたって、本当に蓉兄様の事が好きなのね。お父様はあなたの事を嫌っているようだけれど。」「ええ・・」セシェンがそう言った時、ルドルフと蓉が向こうから歩いて来たので、彼は2人に軽く会釈した。蓉はすれ違いざまに、そっとセシェンの手を軽く握ると去っていった。 自室に戻ったセシェンは、そっと蓉から渡されたメモを開いた。“明日の午後2時に、いつもの場所で。”にほんブログ村
2011年02月21日
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「蓉とちゃんと向きあってよ、父さん! そうしないとあいつ駄目になっちゃう!」遼太郎の言葉に、ルドルフは全く耳を傾けようとしなかった。「あいつはまだ部屋に引き籠っているのか?」「ああ。それがどうしたの?」「あいつに縁談があってな。近々ベルギーにあいつを連れて行くことになった。」「そんな・・父さん、まだ蓉に結婚なんて早いだろう!」「あいつは結婚したら、男を誑かすことなどしないだろうよ。これはもう決まった事だ。」遼太郎は淡々とした口調で弟の縁談を自分に告げる父の顔が冷たいことに気づき、いくら母や自分達が彼を説得しても蓉の縁談は本人とは関係なしに進んでしまうだろうと思った。「相手は?」「今年16歳になるアマーリエ王女だ。写真を見るか?」ルドルフは縁談の話になると急に上機嫌になり、机の上に置かれている釣書を遼太郎に手渡した。 中を開くと、そこにははにかんだ笑みを浮かべた金髪の姫君が映っていた。宝石のような美しい真紅の双眸からは、柔らかい光が放たれているかのように見えた。「どんな方なの?」「朗らかな性格だそうだ。ヨウはわたしに似ているから、彼女ならあいつを陰に日向に支えてくれることだろう。」「もし、蓉がこの縁談を断ったら?」「それは出来ないと言っただろう? たとえあいつが男を愛しているとしても、わたしは絶対に認めない。リョータロウ、お前も良い年だからそろそろ身を固めないとな。」「そんな・・まだ僕は結婚なんか考えていないよ。」ルドルフの執務室から出て行った遼太郎は、溜息を吐きながら廊下を歩いた。「皇太子様。」遼太郎が背後を振り向くと、そこには薔薇色のドレスを着たセシェンが立っていた。「どうしたの、セシェン?」「あの、ご結婚なさるというのは本当ですか?」「今は結婚しないよ。」「そう・・ですか・・」遼太郎の言葉に、セシェンは安堵の表情を浮かべた。「ヨウ様は、どうされておられますか?」「あいつなら、まだ部屋で休んでいるよ。肋骨が折れていたからね。父さんも酷い事をするよね・・」遼太郎は溜息を吐いてセシェンを見ると、彼は陰鬱な表情を浮かべていた。「ヨウ様は、望まぬ結婚をなさるのでしょうか? そうなさったら、不幸な結果を生んでしまうのに・・」「君は優しいね、セシェン。不幸な結婚をしてしまった事を、父さんはもう忘れてしまっているんだよ。蓉に、自分と同じような目に遭わせようとしていることもね。」ルドルフが蓉に縁談のことを話すと、彼はそれを拒否した。「父さん、俺は誰とも結婚したくない。お願いだからやめて!」「ヨウ、お前の我が儘が通る程、世間は甘くないんだ。」「父さんは最初の結婚が幸せじゃなかったって言ってたじゃないか!」「わたしとシュティファニーとの結婚は失敗に終わった。ヨウ、アマーリエ王女と一度会ってみろ。」「わかったよ・・会うだけだよ、いいね?」数日後、蓉は肋骨の傷が癒えぬまま、ルドルフと共に縁談相手のアマーリエ王女に会いにブリュッセルへと向かった。「アマーリエ様、ヨウ様がお見えになられましたよ。」女官の声で、部屋に入って来た蓉を見ようと、アマーリエ王女は読んでいた本から顔を上げた。最高級のピジョン・ブラッドのような美しい真紅の双眸に、蓉は一瞬にして魅せられた。「初めまして、蓉です。」「アマーリエです。お会いできて嬉しいわ。」そっと蓉がアマーリエの手を握ると、彼女ははにかんだような笑みを浮かべた。にほんブログ村
2011年02月19日
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「ねぇ、陛下が昨日ヨウ様を・・」「ええ、知っているわよ! なんでも、ヨウ様が妻子ある男を誑かしたとか・・」「まぁ、本当なの!?」「昨日は大変な騒ぎだったわよ。陛下はゴルフクラブでヨウ様を容赦なく打ち据えられたし、皇妃様が慌てて間に割って入ったものの陛下の怒りが収まらなかったとか。」「それにしてもヨウ様が同性愛者だっただなんて・・そろそろ適齢期なのにどうするのかしら?」「さぁ・・ただ陛下はヨウ様の事をここから追い出すおつもりらしいわよ。」今日もまた、女官達が廊下で噂話に花を咲かせているのを、遼太郎は聞いてしまった。 昨日の出来事は、瞬く間に女官達によって広まってしまい、蓉は自室に引きこもり、ルドルフは蓉への怒りが収まらず彼を皇籍から抜こうとしている。遼太郎は、弟が同性愛者であった事を知っても何も驚きはしなかった。物ごころついた頃から共に今日まで過ごしてきたので、弟の初恋相手が同性だったとしてもそれは当たり前だと思っていた。だが、周囲の者はそうは思わないらしい。「お兄様、こちらにいらしたの?」制服姿の樹がそう言って遼太郎の方へと駆け寄って来た。「樹、学校はどうしたんだ?」「今日は短縮授業だから早く終わったの。蓉兄様は?」「あいつなら部屋で休んでいるよ。暫くそっとしておいてやろう。」「ええ。」樹は少し不服そうな様子だったが、自分の部屋へと向かった。 遼太郎が蓉の部屋へと向かうと、瑞姫が溜息を吐きながら全く手がつけられていない食事が載せられたトレイを見ていた。「母さん、蓉は相変わらずなの?」「ええ。昨夜から何も食べていないのよ。わたしが話しかけても何も答えない。もう、どうしたらいいのか解らないわ・・」瑞姫はそう言って涙を流した。「母さん、部屋で休んで。僕が話してみるよ。」「そう、お願いね。」瑞姫の姿が廊下の角に消えて行くことを確かめた遼太郎は、ゆっくりと蓉の部屋のドアを叩いた。「蓉、いるのか?」「兄さん・・入って。」遼太郎が蓉の寝室には入ると、彼は呻きながらベッドから起き上がった。端正な顔のところどころには、ルドルフから受けた打擲の痕が痛々しく残っていた。「大丈夫、痛くないか?」「うん・・でも脇腹が痛くて堪らなくて・・息を吸うだけでも苦しいんだ。」蓉はそう言って脇腹をパジャマの上から擦って顔を顰めた。「ちょっと見せて。」パジャマの上着を捲ると、脇腹は異様なまでに赤紫色に腫れあがっていた。「肋骨が折れているかもしれないから、病院に行こう。」「そんな・・大したことないって。」「大したことあるって! 早く行かないと手遅れになるよ!」遼太郎が蓉を連れて病院へと向かうと、そこで蓉が肋骨を骨折していることがわかった。「暫く安静してくださいね。」診察室から出た蓉は苦しそうに息を吐いた。「大丈夫か?」「脇腹がまだ痛いよ。」「家に帰って休め。」「ごめん兄さん、迷惑かけて・・」蓉は痛み止めを飲んでベッドに横になって目を閉じた。「父さん、話があるんだけど、いい?」「ヨウは今どうしている?」「寝てるよ。あいつ、肋骨が折れてたから病院に連れて行ったよ。父さん、肋骨が折れるまで殴るようなことを、あいつがしたっていうの?」「お前は何も解っていないんだ。わたしは正しいことをしただけだ!」「体罰が正しいの? 蓉は深く傷ついているんだよ!?」遼太郎はそう言ってルドルフを睨んだ。にほんブログ村
2011年02月18日
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「違うよ、父さん。俺とあの人は真剣に愛し合っているんだ。誤解しないで・・」蓉がそう言ってルドルフに近づこうとした時、鈍い衝撃が頬に走った。「お前は、何ということをしてくれたんだ!」ルドルフは汚物を見るかのような目で蓉を睨み付けると、彼の胸倉を掴んだ。「やめて、ルドルフ様、やめてください!」ルドルフの怒声を聞きつけた瑞姫が、慌てて2人の間に割って入った。「離せミズキ、こいつはハプスブルク家の恥だ!」「やめてください、暴力だけは!」瑞姫は自分を振り払おうとするルドルフを必死に抑え、呆然としている蓉を見た。「父さん・・?」いつもルドルフの事を、蓉は心から尊敬していた。自分を心から愛してくれている父の事を。だが、今自分の前に立っているのは、そんな父ではなかった。同性愛者である自分を心底蔑んだ目で自分を見つめている唯の男だった。「お願い、そんな目で見ないでよ・・」蚊の鳴くような声で蓉がそう言うと、ルドルフはそれを聞いて鼻で笑った。「わたしが今、どんな思いでいると思う? 自慢の息子が同性愛者だと知って絶望している父親の気持ちが、お前に解るというのか!?」「そんな・・」ルドルフの言葉を聞き、蓉は目の前が真っ暗になった。もうそれ以上彼の言葉を聞きたくなくて、蓉は堪らず部屋を飛び出した。「ヨウ、待て!」「ルドルフ様、お願いですからあの子をそっとしておいて!」「そっとしておけだと? お前はあいつが道を踏み外すところをわたしが黙って見ていろとでも言うのか!?」怒気を孕んだ蒼い瞳でルドルフが瑞姫を睨み付けると、彼女はルドルフを見た。「そんな事を言っていません。あなたは蓉の話をちっとも聞かず、自分の意見を押し付けてばかり! お願いだからあの子の話を聞いてあげて。あの子を否定するということは、わたしを否定するということと同じなのよ!」妻の必死の訴えにも、ルドルフは耳を貸そうとはしなかった。「これ以上お前の戯言に付き合っていられるか!」ルドルフは瑞姫を乱暴に振り払うと、部屋から出て行った。「待って、あなた!」瑞姫が必死にルドルフの後を追うと、彼は蓉を庭園にある東屋から引き摺りだしているところだった。その片手には、ゴルフクラブが握られていた。「父さん、止めて!」「煩い!」怒りで興奮したルドルフは、ゴルフクラブを振りあげると、それを蓉の顔めがけて思い切り振りおろした。唇が切れ、口の中に鉄錆の味が広がるのを蓉が感じたのも束の間、ルドルフに髪を掴まれ彼は情け容赦なくゴルフクラブで打ち据えられた。「止めて、止めて頂戴! それ以上したら蓉が死んでしまうわ!」瑞姫はそう叫ぶと蓉を包み込むように抱き締めた。「そこを退け、ミズキ! お前も殴られたいのか!?」「いいえ、退きません! 実の息子に何て酷い事を!この子は人様のものを盗んだり、命を奪ったりしていないのに!」「わたしにはわたしのやり方があるんだ、お前は口を出すな!」「やめろよ父さん、やめろったら!」遼太郎がルドルフの背後に回り、ゴルフクラブを彼から奪った。「この親不孝者め、わたしは絶対にお前を許さないからな!」ルドルフは遼太郎に引き摺られながらも、地面に蹲る蓉に向かって悪態を吐いた。「母さん、俺は悪い事なんかしてないのに・・」「解っているわ、蓉。あなたは何も悪くない。それはわたしが一番知っているわ。」自分の胸で嗚咽する息子の髪を、瑞姫は何度も何度も梳いた。「蓉兄様は?」「今落ち着いて眠っているわ。」アイリスはドア越しに寝台に横たわる蓉を見た。「お父様、酷いじゃない! あんなに蓉兄様を殴るだなんて・・」アイリスは涙を堪えながら、蓉の部屋を出た。(父さん、どうして・・)父に殴られたショックと、何よりも父に拒絶された心の痛みに、蓉は涙を流した。にほんブログ村
2011年02月16日
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瑞姫が四男・麗を出産して自室で休んでいると、蓉が部屋に入って来た。「母さん、少し話があるんだけど、いい?」「いいわよ。麗はまだ寝ているから。」そう言ってベビーベッドで寝ている麗を起こさぬように、瑞姫はそっとドアを開けて部屋から出て行った。「どうしたの?」「俺、恋人とデートしてたって言ってたろ? その事で・・」彼が何か隠していることを知った瑞姫は、そっと彼の手を取り、人気のないアウグスティーナへと向かった。「ここでお話しなさい。」瑞姫と蓉が信徒席に腰掛けると、蓉はポツリポツリと話しだした。「その恋人は、男なんだ・・」息子の言葉に、瑞姫は瞠目した。 今や自分と同じような両性具有者や同性愛者が稀有ではなくなった時代となったが、少数派である彼らが差別と偏見を受けていることは紛れもない事実であり、蓉が母親にカミングアウトすることへの葛藤が彼女は容易に想像できた。「相手の方は、どんな方なの?」「俺よりも10歳年上なんだ。結婚はしてたけど、奥さんとの間に子どもが出来なかったから離婚したって。彼は子どもを作りたくなかったのに、しつこく子どもを望む奥さんが鬱陶しくなったんだって。」「そう。それであなたは、彼とどうしたいの?」「出来れば一緒に・・ちゃんと“夫婦”として暮らしたいと思っているんだ。でも・・でも俺・・」「不安なのね? お父様達に知れたらって・・」蓉の震える手を、瑞姫はそっと握った。「この事、父さんには言わないで!」「わかったわ。誰にも言わない。さぁ、安心してお休みなさい。」「ありがとう。」蓉はさっと信徒席から立ち上がると、アウグスティーナから出て行った。(あの子が幸せになれるといいけれど・・こればかりは、親が出る幕ではないわね。)昔は小さかったが、今は逞しいものへと変わった息子の背中が見えなくなるまで、瑞姫は彼の背中を見送っていた。 翌朝、視察から戻ったルドルフと遼太郎は、朝食の席に蓉の姿がないことに気づいた。「ミズキ、ヨウはどうした?」「あの子なら部屋で食べると言ってましたわ。それよりも、視察はどうでしたの?」「普通だったよ。それよりもそろそろ蓉に結婚相手を探さなければな。あいつも18だし、いい年頃だ。」「まぁあなた、そんなに急かしてはいけないわ。あなただって、早すぎる結婚をして失敗したではありませんか?」「それもそうだな。」ルドルフはそう言って一口オレンジジュースを飲んだ。 その時、ダイニングにロシェクが入って来た。「陛下、ヨウ様にお会いしたいと言う方が・・」「ヨウに? こんな朝早くに何の用だ?」「それが・・」ロシェクが次の言葉を継ごうとした時、女性が彼の背後から現れるとダイニングに入って来た。「何処に居るの、わたしの夫を寝取った奴は!」女性の突然の登場と、彼女が発した言葉で、ダイニングは瞬時に凍りついた。「あの、息子に何か・・」「ええ。あんたの息子が、わたしの夫を誑かして奪ったのよ! 彼と話がしたいのよ!」「そうですか、少しお待ちくださいな。」瑞姫が蓉を呼ぼうと椅子から立ち上がろうとすると、ルドルフがそれを阻んだ。「ヨウはわたしが呼んでくる。」「ルドルフ様・・」ルドルフが蓉の部屋に入ると、彼はソファに寝転んでいた。「ヨウ、起きろ。」「父さん、どうしたの?」「お前、男を誑かしたっていうのは本当か?」蓉は、ルドルフの言葉を聞いて絶句した。「どうなんだ?」冷たく射るような目で、彼は初めて父親に睨まれた。にほんブログ村
2011年02月16日
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2030年1月29日未明。「何でこんな時に、お父様は視察なの?」「仕方ないでしょう、お仕事なのだから。」臨月の腹を抱えた瑞姫は、そう言ってぶぅたれる樹(いつき)を宥めた。ルドルフは遼太郎とともにブタペストで2週間前から視察へと赴いており、蓉と双子の姉達はそれぞれ恋人と旅行へ行って居て留守だ。王宮のダイニングには、瑞姫と樹の2人だけが座っていた。樹は、大きく迫り出し、今にもはち切れんばかりの瑞姫の腹を見て、本当に自分が母の出産を立ち会うのかと、父と口論した日の事を思い出していた。 父に突然部屋に呼び出され、母の出産に立ち会って欲しいと言われた後、樹は必死にそれを拒んだ。「どうしてわたしなの? アイリス姉様達に立ち会って貰えばいいじゃない!」「母様にはお前に、と言っているんだよ。そんなに嫌なのか?」「血を見るのが嫌なの!」以前学校の保健体育の授業で、出産のビデオを観たことがあった。陣痛に苦しみながら呻く産婦の股間から滴り落ちる血の赤さに、樹はショックを受けて気絶してしまった。あんな光景を、目の前で見たら吐いてしまうかもしれない―だから出産には立ち会えないと何度も父に言ったのに、“甘えるな”と彼は一方的に言うばかりだった。「ねぇお母様、わたしどうしても出産に立ち会わなくちゃいけないの?」「いいえ。あなたが嫌なら、立ち会わなくてもいいのよ。」瑞姫はそう言って、樹に微笑んだ。「さてと、もう寝ましょうか?」「ええ・・」瑞姫がゆっくりと椅子から立ち上がろうとした時、彼女は下腹に張りを感じて蹲った。「お母様、どうしたの?」樹が慌てて瑞姫に駆け寄ると、彼女の足元には水たまりが出来ていた。破水したようだ。「樹・・部屋に運んで。」「う、うん・・」瑞姫に肩を貸しながらも、樹は何とか叫びだしたい気持ちを抑えながら彼女を寝室へと連れて行った。すると彼女は、下着を脱いで椅子に座ると息み始めた。「ねぇ、何しているの? お医者様呼ばないと・・」「樹、赤ちゃんはあなたが取り上げて。他のみんなはお湯を沸かして清潔なタオルを用意して頂戴。」陣痛に呻きながらも瑞姫は王宮に入って来たばかりの若い女官達にてきぱきと指示を出していた。「ど、どうすればいいの? 今まで赤ちゃんを取りあげたことなんかないの! 無理よ!」「やってみないと判らないでしょう? こっちに来て。」何が何だか解らぬまま、樹は母の前に跪き、子宮口から時折のぞく胎児の頭を恐る恐る見ていた。それが徐々に下に降りてゆくのを感じた彼女は、慌てて両腕を前に突き出した。「頭が・・出て来たわ!」「そう。」次の瞬間、ズルリと母の胎内から赤ん坊が出て来たので、樹は悲鳴を上げた。赤ん坊は耳を劈くような、大きな声で泣き始めた。そのへそには、10ヶ月間母と子を繋いでいた絆が結ばれていた。「皇妃様、博士がいらっしゃいました!」女官の1人がそう言って、瑞姫の主治医を連れて部屋に入って来た。彼は呆然としている樹が赤ん坊を抱いているのを見て、にっこりと笑った。「元気な男の子です、おめでとうございます。」そう言って主治医は臍の緒をメスで器用に切ると、赤ん坊を瑞姫に抱かせた。その瞬間、樹は滂沱の涙を流していた。生命の誕生は、気持ち悪くなんかない、尊いものなのだと、彼女は初めて知った。頭がぼうっとしていて、吐き気も催さなかった。その代わりに、自分も出産を体験したいとさえ、樹は思い始めるようになったのだった。2030年1月30日、四男・麗(れい)の誕生により、甘えん坊だった末娘・樹は少し成長したかのように瑞姫は見えた。にほんブログ村
2011年02月14日
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「俺、アメリカで俳優として活動したいんだ。」聖の言葉を受け、瑞姫はじっと彼を見てこう言った。「・・あなたがいつかそう言うと思っていたわ。」聖がロンドンの演劇学校を首席で卒業した事を瑞姫は知っていたし、その卒業公演を観て彼はいつか必ず広い世界に飛び出すだろうと彼女は予想していた。「この事は、お父様には?」「さっき話したよ。でも黙ってた。」「そう。聖、あなたが本気でそう思っているのなら、死ぬ覚悟で頑張りなさい。どんなに辛くても、周りに甘えても、当たり散らすような事は絶対にしないこと。それが出来る?」真摯な光を宿した義母の瞳を、聖はまっすぐに見つめた。「出来るよ。俺、死ぬ気で頑張る。」「そう・・」瑞姫はそう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がって聖を抱き締めた。「聖、あなたがわたし達の元を離れてしまうのは辛いけれど、あなたが選んだ道を歩くというのならわたし達は何も反対しないわ。アメリカで頑張っていらっしゃい。」「ありがとう、母さん。俺、父さんと母さんに育てられて良かったよ。あの時母さん達に引き取られていなかったら、今の俺はなかった。」聖はそう言って涙を流した。「わたしも、あなたを育てて良かった。あの頃のあなたはいつも怯えて、どこか悲しそうな目でわたしとルドルフ様が子ども達と遊ぶ姿を見ていたわね。夜になるといつも泣いていたわ。」「もう昔の話だよ。」「そうね。もうあなたはわたし達が居なくても大丈夫。」聖は瑞姫と抱擁を交わすと、部屋から出て行った。「聖、本当にアメリカに行くのか?」廊下を歩いていると、遼太郎が話しかけて来た。「ああ。向こうでオスカーを取るまで頑張るよ。」「そうか。」遼太郎はそう言うと、聖に微笑んだ。「たまには手紙をくれよ。あと、映画のチケットは無料でくれよな。」「ああ、解ってるよ。」こうしてホーフブルクから、聖はハリウッドへと旅立った。旅立ちの朝、瑞姫とルドルフは笑顔で聖を送りだしたが、彼の姿が見えなくなると瑞姫は嗚咽した。「割り切ろうとしたけれど、駄目みたい・・」「ミズキ、お前はいい母親だよ。あの子がいなくなる毎日なんて、わたしも考えられないよ。」ルドルフはそう言って自分の胸に顔を埋めて泣いている妻の黒髪を何度も優しく梳いた。 聖がアメリカへ発ってから数日が経ち、瑞姫はルドルフとともに健診を受けに産婦人科クリニックを訪れていた。「胎児の発育は順調ですよ。逆子の心配もありませんし。」「そうですか。」クリニックを出た瑞姫は、妊娠7ヶ月を迎えた下腹を擦った。「あと数ヶ月で産まれてくるな。」「ええ。ルドルフ様、樹に出産に立ち会って貰いたいんですけれど・・」「わかった、わたしから話しておこう。」ルドルフは夕食後、樹を部屋に呼び出した。「お話ってなぁに、お父様?」「イツキ、ミズキの出産に立ち会って貰いたいんだが・・」「嫌よ、そんなの! 血とかうんことか出るんでしょう? そんなの見たくなんかない!」ルドルフの言葉を聞いた樹は、激しく頭を振った。「いずれはお前がそういった体験をするんだよ。」「そんな事、したくないもん! 痛いのは嫌!」そう叫ぶなり、樹は部屋から飛び出してしまった。(困ったな・・)末娘の我が儘振りに、ルドルフは思わず溜息を吐いてしまった。にほんブログ村
2011年02月14日
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安定期を迎えた瑞姫は、ルドルフとの夜の時間を出来る限り作った。 これまで5人の子を妊娠中の時は、皇太子妃としての務めを果たすことなどで色々と忙しく、2人きりでゆっくりと過ごす時間は皆無だった。だが子ども達は手が掛からぬ年齢に達し、時間的に余裕が持てた今、もう一度新婚時代に戻ろうと瑞姫は思い始め、ルドルフをベッドに誘った。効果はてきめんだった。皇帝としての重責に日々プレッシャーを感じつつも、そつなく公務をこなす彼が、実はとても寂しがりやで甘えん坊だと言うことを、瑞姫は知っていた。幼少期に母親の愛を充分に受けられなかった反動ゆえか、遼太郎が誕生して日々育児に追われている時彼は育児に協力してくれていたが、授乳時には時折恨めしそうに自分達を見ていたことを瑞姫は思い出していた。まるで、今まで両親の愛情を独占していた幼子が、突然下に弟や妹が誕生し、自分が蔑ろにされているのではないかと拗ねているようだった。瑞姫自身、母親の顔を知らず、継母や使用人達に蔑ろにされ、充分な愛情を受けぬままに育ったので、彼が異常なまでに自分に執着し、束縛する理由を理解した。 誰にも渡したくない、自分だけのものにしたい。出逢って恋人同士となり、夫婦となり子の親となってから、ルドルフはいつしか瑞姫を母親として見ていた。男は基本的にマザコンである、とよく言われるが、生まれて初めて接する異性が母親なのだから、それは仕方がない事であるが、ルドルフの場合は違った。彼は生まれてすぐに母親と引き離され、厳格な祖母の元で育てられた為、母親の愛情やスキンシップ、母親の手作り料理を食べたこともなければ年相応の来友達を作ることもなく、ただひたすら皇太子としての義務を幼いころから果たそうと努力してきた。しかしその反面で、自身が病弱であることについて皇帝の子なのかと悪意ある噂に常に傷ついていた。そのまま成人し、ベルギー王女と結婚してエルジィをもうけたが、不幸な結果に終わってしまった。彼は40を過ぎても未だ母親の愛情に飢えている幼子のままなのだ。瑞姫はそんな彼を、母親のように常に愛情を持って接してきたし、それは今も変わらない。(あ、動いた。)胎動を感じた瑞姫は、そっと下腹を擦った。今まで5回も妊娠・出産を経験してきたが、無事産まれてくるまで様々な事があった。今回はこれまでの妊娠とは違うのかもしれない―瑞姫がそう思いながらゆっくりと椅子から立ち上がった時、末娘の樹(いつき)が泣きながら部屋に入って来た。「母様~!」彼女はそう言って瑞姫を見るなり、彼女に抱きついた。「まぁ、どうしたの?」「ユナ姉様に結婚を止めるよう、言ってくださらない?」何を言うのかと思えば、どうやら彼女はユナが結婚する事が気に入らないらしい。「何故そんな事を言うの、樹? お姉様の結婚は止められないわ。」「だって・・わたしより先に結婚するなんて許せない! しかもあんな格好いい人と!」父親譲りの蒼い瞳を涙で潤ませながら、樹はそう叫んで瑞姫を見た。「子どもねぇ、樹は。結婚に順番なんてものはないでしょう? いい加減大人になりなさいな。」「何でよ! 中学生になって急に大人になれって言ったって無理よ! お母様の意地悪!」一方的に樹はそう瑞姫に捲し立てると、ワンピースの裾を翻し、乱暴にドアを閉めて部屋から出て行った。「全く、困った子だこと・・もうすぐお姉さんになるというのに。それにまだ大きい子どもも居るし。」瑞姫はそう言って溜息を吐いた。「母さん、さっき樹が泣きベソ掻いてたぜ。」「放っておきなさい、聖。いつもの癇癪よ。」「ったく、あいつは何時まで経っても餓鬼だよなぁ。」聖は溜息を吐きながらソファに腰を下ろした。「母さん、話があるんだけど、いい?」「いいわよ。」聖は深呼吸した後、瑞姫に次の言葉を告げるべく、翠の双眸で彼女を見た。にほんブログ村
2011年02月14日
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