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今日は、午前中は高大の授業に出て、午後はわいわいパソコンの例会に参加した。高大の授業は、歴史中世で、征夷大将軍、鎌倉殿、公武二元体制などについて習った。昼の時間には、高大祭の運営委員の分担を決めた。わいわいパソコンでは、各自パソコン操作の疑問点を出し合い、対策を述べ合った。今日の新しい知識としては、パソコンのSFCardViewerでICOCAなどのカードの内容が読み取れること、パソコンで簡単に録音(VoiceRecording)ができること、デスクトップ画面やスクリーンセーバー画像を変える方法など。その他、ワード16の新しい機能など(例えば手書きマーカー)の紹介があった。画像は、上:高大の講義、下:わいわいパソコンの例会。
2017.05.31
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今日は、昼すぎまで家にいて、小学校同窓会に名簿や近況報告などの資料をまとめ、そのあと、妻と一緒にスーパーへ買い物に行った。今日の画像は、先日大学の同窓会で東京へ行ったときに見た柴又帝釈天の本堂側面の彫刻。彫刻は本堂側面の壁4面に施されていて、どれも見応えのある素晴らしいものであるが、圧巻は3方で10面の法華経説話を描いたもの。下図はその1番目。下図は2番目から10番目まで。これらは法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化したもので、大正11年(1922年)から昭和9年(1934年)にかけて、加藤寅之助ら10人の彫刻師が1面ずつ分担制作したそうだ。彫刻はこれだけではなく、この羽目板の上方には十二支と天人、下方には千羽鶴が彫刻されており、高欄(縁)より下の部分には花鳥や亀の浮き彫りがある。彫刻のほかこの寺の庭もよく手入れされた立派な庭園であった。柴又帝釈天と言えば寅さん映画のロケ地としか思っていなかったが、こんな立派な文化財があることを訪問して初めて知った。
2017.05.30
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今日は、午前中は家にいて、俳句を作ったり、句会資料に挿し絵を入れたり、テレビを見たりしながら過ごし、午後から外出し、ヨドバシカメラで、プリンターインク、A4写真プリント用紙、名刺プリント用紙、BD収納アルバムなどを買った。今日の画像は、一昨日見た中之島バラ園のバラ。
2017.05.29
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今日は一日中家にいて、テレビを見たり、録画した番組を見たり、BDにダビングしたりしながら過した。今日の画像は、昨日東洋陶磁美術館で見た「ヘレンド展」。ヘレンド窯はハンガリーの小さな村ヘレンドで1826年に始まった。日本や中国の陶器を模倣しながらヨーロッパに適合したものに変化させ、独特の洗練された陶器となっていった。展示は次のように分類されていた。第1章 ヘレンド磁器製作所の黎明期ーヴィンツェ・シュティングル製作所 ~1841 イギリスの陶器を真似たものであまり質のいいものではなかった。 1点。第2章1 モール・フィシェル時代ー全盛期 ~1842~1874 29点第2章2 モール・フィシェル時代ー全盛期ー東アジアから得た着想 1850~1875 55点 第3賞1 モール・フィシェルの息子たちの経営になるヘレンド磁器製作所 1880~1890 14点第3章2 モール・フィシェルの息子たちの経営になるヘレンド磁器製作所ー東アジアから得た着想 1870~1890 17点第4章 イエネー・ファルカシュハージ・フィシェル時代ー理想的な後継者 1890~1910 14点第5章 ジュラ・グルデンの時代ーふたつの世界大戦の間のヘレンド 1920~19449点第6章 国有化された磁器製作所 1948-1991年 3点第7章 新たな挑戦ー世紀転換後のヘレンド窯 1990~2002 9点、右:色絵金彩バラトンフュレド・ 図はパンフレットより。左:色絵金彩花卉文獅子飾り蓋八角壺1890、色絵金彩皇帝文コーヒーセット1860、色絵金彩ウェールズ文蜥蜴飾りティーセットのうちポット1874、色絵金彩ハンガリアン・ナショナル文皿1896、右:色絵金彩バラトンフュレド風景図コーヒーセット1860、花弁型鉢アーコ・シュ・タマーシュ1990、色絵金彩ヴィクトリア文ティーセットのうち菓子皿1850、色絵金彩京都文獅子飾り蓋壺1890、仕草シリーズ褐彩壺ラースロー・ホルヴァート1997、色絵金彩ゲデレー文ティーセット1875.
2017.05.28
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今日は、午前中は、中之島バラ園と東洋陶磁美術館の「ヘレンド展」を見に行き、昼前から俳人協会主催の「関西俳句大会」に参加した。バラ園はまだ見ごろで、大勢の見物人が訪れていた。「ヘレンド展」は、ハンガリーの有名な陶器メーカー。18世紀の日本・中国の模倣時代から現代の洗練されたデザイン陶器までの変遷が150点の展示で示されていた。俳句大会の開始はちょうど12時、今回は事前投句をしなかったのが、当日投句をし、開会を待った。開会挨拶、開会の辞と続き、講師紹介のあと、三村純也氏による記念講演「俳句とことわざ」が始まった。俳句とことわざの違いや成立経緯などを興味ある事例を示しながら話された。写真は、会場案内版、会場、司会者、開会の挨拶、開会の辞(茨木副会長)、選者紹介、選者当日句の選のために退席、記念講演「俳句とことわざ」の三村氏、同。講演に続いて、事前投句の披講が行われた。選者は29人だが、講評者は8人人に絞られた。朝日新聞社賞1句、関西俳句大会章8句のほか、各選者特選句3句に選ばれた60名に賞状と記念品が送られた。朝日新聞社賞は次の句だった。 ◎先づ闇を作ることより闇汁会 手塚泰子写真は、事前投句優秀句の評をする選者(手拝、西池、柴田、名村、宮田、大石、山本、茨木、辻田の各氏)と表彰を受ける手塚氏ら。続いて、当日句の披講が行なわれた。6人の選者が各15句と特選1句が選んだ。私の句は誰の選にも入らなかった。6人の選者の特選句の作者には記念品が送られた。写真は、司会者と選者ら、当日入選句の披講者二人、講評する6人の選者(田島、小河、石井、村上、山尾、津川の各氏)、記念品を受ける受賞者6人、閉会の辞。
2017.05.27
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今日は、夕方から買い物・外食などに外出した以外は一日中家にいて、一昨日・昨日の東京旅行の資料整理を行った。写真の整理、パンフレットなどの整理である。写真は2日間で455枚撮り、録音は80分間取った。次の写真は、浅草のあちこちから見たスカイツリー。隅田川を挟んで浅草のほぼ真東にあるスカイツリーは、ビルの谷間のあちこちから頭を覗かせているが、東西に走っている道路の交差点からは特によく見える。25日は曇り空でやや霞んで見えたが晴れた日はもっとくっきり見えるのだろう。上の写真3枚は浅草寺境内から、残り6枚は国際通りを花やしき通りから蔵前まで南下する途中の各交差点で撮ったもの。
2017.05.26
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今日は、同窓会の2日目。朝食はホテルで7時半から和食。9時の出発までの時間を森鷗外旧居跡の見学で過ごす。このホテルは森鷗外の上野の旧居跡に建てられたもので、旧居と庭の一部がそのまま残されていて、宿泊客は自由に見学することができるのだ。鷗外の自筆の書や所蔵の美術品、家具などが展示されていた。鷗外の代表作「舞姫」が書かれた日本間は「舞姫の間」と名づけれている。チェックアウトを済ませ、8時50分に集合したのち送迎バスで京成線上野駅まで送ってもらった。9時発の高砂行きに乗り、高砂で乗り換え柴又には9時36分に着いた。駅前には寅さんの像、さくらの像などがあり、帝釈天題経寺まで帝釈天参道となっていて、寅さんの映画では毎回ロケに使われたところである。帝釈天には9時45分に着き、参拝のあと、本堂の四方の壁に彫られた彫刻を鑑賞した。昭和初期に当時の名人数人によって数年の歳月をかけて完成した見事な作品で、大きな樫の一枚板に彫られている。仏教説話、十二支などを題材にしたものである。写真は、森鷗外宮廷案内、門・玄関、庭、寅さん像、帝釈天参道、同、帝釈天本堂、彫刻の一部、庭の一部。素晴らしい彫刻ときれいな庭を見て帝釈天を出たのは10時10分。参道の延長をさらに東に進むと江戸川の堤防に出る。この辺りが矢切というところ「矢切の渡し」の歌で有名である。柴又と矢切とがこんなに近くだとは知らなかった。今でも渡しは営業されているそうだが、今日は雨なので休航だった。実際には雨は殆ど降らなかったが天気予報が雨だったからである。折角、乗り場まで来たのに残念だった。10時20分から30分まで川べりに滞在。続いて江戸川右岸に沿って下ると10分ほどで、「寅さん記念館」に着いた。近くにある「山田洋次ミュージアム」と「山本亭」の入場券のセットが450円だというのでそれを購入して「寅さん」から見る。懐かしい映画の場面のセットがいろいろと展示してある。最も興味を引かれたのは、故郷駅のセットと、昔あった「帝釈人車鉄道」という、柴又と金町の間を6人乗りの人車(人がペダルをこいで走る鉄道)の模型を見たこと。ここには11時まで滞在した。山田洋次ミュージアムでは、寅さんを始め、山田洋次作品の紹介がされていた。山本亭は、大正末期から昭和初期の和洋折衷の建築で、立派な家の作り、立派な日本庭園だった。縁側に座ってしばし庭を鑑賞した。11時半に山本亭を出て、11時40分に柴又駅に着いた。写真は、矢切の渡し碑、乗船場、江戸川、くるまや、故郷駅舎、鈍行列車車内、山田洋次ミュージアムの寅さんコーナー、山本亭の庭、同室内。すぐに電車が来て、高砂で乗り換え、都電浅草駅に着いたのは12時10分だった。仲見世通りの店を冷やかしながら浅草寺まで歩き、参拝を済ますと12時30分だった。近くの浅草神社にも参拝し、浅草寺に戻ると12時40分。昼食場所の米久牛鍋へ着いたのは、12時45分だった。牛鍋を食べ店を出たのは13時50分だった。これで、同窓会の全行程が終了、解散となり各自帰路に着いた。私は、15時33分東京発のひかりに乗り、18時26分新大阪に、自宅には19時過ぎに着いた。楽しい2日間であった。写真は、雷門、仲見世通り、浅草寺、同拝殿、浅草神社、同配電、米久牛鍋、牛鍋、参加者の一部。
2017.05.25
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今日と明日は、年に一度の大学の学科同期会=工化37会(以下同窓会という)の集まりで、今年は東京で行われた。この同窓会は、15年ほど前から毎年実施されていて、私はほぼ毎年参加していたが、2014年から3回続けてどうしても休めない事情で参加できなかった。今年も、2日とも予定が決まっていたのだが、無理をして4年ぶりに参加した。今日と明日の2日間、東京を観光をするのである。新大阪を9時43分のひかりで出発、東京には12時40分に着いた。東京に来るのは4年ぶりくらい。集合時刻には少し早いので、駅の回りを散策。最初の観光は、はとバスに乗って、靖国神社、スカイツリーを巡る半日コース。14時ちょうどにバスは出発。皇居前広場、日比谷公園、国会議事堂、千鳥ヶ淵などを経由して14時半に靖国神社に着いた。靖国神社は明治維新の犠牲者を弔うため明治2年に東京招魂社として創立されたのを、明治12年に靖国神社を改称されたもので、太平洋戦争の犠牲者まで約二四〇万人の御霊を祀っている。命を落した特攻勇士の数は5843名にのぼる。参拝をすませ15時にバスは出発。写真は、東京駅舎丸の内側正面、南口ドーム天井の飾り、はとバスに乗り込む、バスガイド嬢、大村益次郎像、慰霊塔、靖国神社第二鳥居、神門と拝殿、特攻勇士の像。バスは、昭和館、九段下、神保町、浅草、両国を経て、15時40分にスカイツリーのある押上の駐車場に着いた。駐車場のある1階からまず4階に上がり、そこから地上350メートルの展望台行きのエレベータに乗る。展望台に着いたのは15時50分だった。はとバスの時間が予約されているから待ち時間はほとんどないが、一般で来ると1~2時間待ちとなるそうだ。あいにくの曇り空で遠望は利かなかったが、都内はほぼ見えたほか、対岸の千葉県の海岸も見ることができた。明日訪れる浅草はほぼ真下に見え、柴又、矢切は隅田川、荒川、中川、江戸川などと同時に見られた。1000円を払えばさらに100メートル高い450メートルまで上がれるのだが、今日は曇りで視界がわるそうなので上がらなかった。東京のいろいろな建物や場所を確認しながら約1時間を過した。バスは、17時10分にスカイツリーを出発、上野、日本橋、銀座などを経由して、東京駅には18時に着いた*。バスを降り、今夜の懇親会場兼宿所に行くためJR山の手線に乗った。上野駅には18時15分に着き、宿所「月水ホテル鷗外荘には18時半に着いた。部屋に荷物を置き、懇親会は19時から始まった。各自近況を報告し合い、途中「振袖さん」の踊りなども見ながら会は盛り上がり、一年後の再会を約して、21時半に解散をなった。その後、鷗外温泉に入り就寝した。写真は、スカイツリー4階の待合、4階のエレベーターホール、350メートル階、隅田川アサヒビール付近、同クロースアップ、柴又・矢切付近を望む、ホテル看板、懇親会乾杯、振袖さんの踊り。*東京駅に行くまでの経路は次の通りだった。押上→アサヒビール→隅田川→駒形橋→雷門→河童橋→上野→(高速)→兜町→京橋→歌舞伎座→銀座→数寄屋橋→東急プラザ→帝国ホテル→日比谷→帝国劇場→お堀→東京丸の内
2017.05.24
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今日は、午前中は昨日の句会のまとめを行い、午後からはヨドバシカメラへ行った。また、その帰りに、北区老人クラブへ俳句の短冊の掲示替えに行った。ヨドバシカメラでは、プリンター詰め替え用インクや写真プリント用紙、BDディスク、電子辞書などを見た。電子辞書は、英和と国語辞書だけの簡単なものが無くなってたくさんの辞書が入った高級なものばかりになったような気がする。今日の画像はマンションで咲いている花。サツキとガザニア。
2017.05.23
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今日は句会の日、午前中は句会資料のプリント、出句する6句の選定と最後の推敲を行うのがいつもの日課であるが、今日は少し違った。朝から、メールが開かないし、インターネットも見られないのだ。こういうことは、以前から何度かあり、その都度、モデムの電源の入れ直しを行なうことによって解決していた。ところが今回はそれでもネットに繋がらない。テストメールも送信トレイに入ったままで送信も受信もできない。そこで、インターネット画面の「ネットワークに接続されていません」の下にある「接続の問題を修正」ボタンを押してみた。「問題を検出しています」の画面に続いて、「使用可能なワイヤレスネットワークに接続することが選択されていません」の画面、そして「ワイヤレス接続の問題が解決されたことを確認しています」と出たが、結局「トラブルシューティングで自動的に修正できませんでした」とのメッセージが出た。このあと、システムの復元をするかという文言まで出た。下の画像はそのときのメッセージ。そこで、奥の手としてJ-comのサポートに電話した。すると「無線LAN]の電源を入れ直してみたら」と言うことで試したら、あっさりとインターネットが復活した。これまで、モデムの電源入れ直しは何度もしたが、無線LANの電源は全く触ったことがなかった。一時はシステムの復元まで覚悟したが、やれやれ「泰山鳴動して鼠一匹」の感であった。句会の方は、昨日に続いて今日も全くの不調であった。先生から2句、仲間から1句が選ばれただけで、残り3句は誰からも選ばれなかった。 今日、先生に選ばれたのは次の句。 〇リーダーの夏帽に蹤き町歩き こっぱん(先生ほか2票) 〇岸壁に寄する白波夏きざす こっぱん(先生) 仲間から選ばれたのは次の句。 ・入れ食ひと言ふはこのこと鯖を釣る こっぱん(2票) 今日、先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎夏帽子あれこれ被り決めかねる 和代(先生特選ほか2票) ◎花は葉に人生百年束の間に 隆司(先生特選ほか2票) ◎筍を一本むけば皮の山 愛子(先生特選) 今日最高得票を集めたのは次の句 〇ひと雨に色を深めて樟若葉 昇一(先生ほか7票) 先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎青岬白き灯台直立す 塩川雄三先生(6票)
2017.05.22
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今日は、午前中はテレビでNHK俳句、日曜美術館などを見たり、俳句を作ったり、小学校の同窓生に電話をしたりして過ごし、午後は、俳句21の句会に参加した。句会の結果は、4句にうち1句に1票が入っただけで、あとの3句には全然票が入らなかった。今日、高得票を得たのは次の句。私は、最後の句は選んだが上の4句は選ばなかった。 ◎戒名はお好きなやうに花は葉に 由紀子(5票) ◎見得を切る子役や島の青嵐 敬子(5票) ◎梅雨晴間空に継ぎ目のなかりけり 明子(5票) ◎新樹光身体の水の入れ替はる 青邑(4票) ◎ひと蹴りで五月の空へ逆上がり 青邑(4票)写真は、句会場の前の花壇に咲いていた花たち。
2017.05.21
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今日は、午前中は俳句を作ったり、句会資料に挿し絵を入れたりしながら過ごし、午後から、介護施設に義弟を見舞った。句会は、明日も明後日もあり、10句作らなければならないが、まだいい句が全然できていない。義弟はこの前見舞ったときより少し元気がない様子だったが、見舞いに来たことは喜んでいた。今日の画像は、先日、神戸異人館のうろこの家に行ったとき見た「うろこ美術館」の展示品などより。左上から、人魚の像、入口看板、ガレのランプ、うろこの家の絵、熊谷守一、ビュッフェ、ユトリロ、マチス、キスリング。
2017.05.20
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今日は、録画したテレビ番組のBDへのダビングをしたり、番組を見たりしながら過した。また、俳句の例月提出資料を郵送したり、俳句を作ったりした。今日の画像は、近所で見かけたブラシの木の花。
2017.05.19
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今日は、午前中は、16日~17日の小学校同窓会の写真や資料の整理を行い、午後は、大阪歴史博物館で開催された講演会「戦国武将の名参謀~ナンバー2が歴史を動かす」を聴いたあと、特別展「渡来人いずこより」と、特別展示「なにわの町人天文学者・間重富」を見た。講演会「戦国武将の名参謀~ナンバー2が歴史を動かす」は、静岡大学名誉教授の大和田哲男氏が講師で、トップを助けた名参謀の例をいろいろ紹介された。弟が名参謀であった、武田信玄、豊臣秀吉、毛利隆元、島津義久の例、家臣が名参謀であった上杉景虎、伊達政宗の例のほか、右腕として活躍した軍師、ブレーンなどの例を挙げられた。一方、信長はこうした参謀の意見を取り上げないワンマンだった。画像は、講演会の様子。特別展「渡来人いずこより」は、日本に大きな影響を与えた朝鮮の文化について、それを伝えた渡来人の出身地域(高句麗、百済、新羅、加耶など)別に整理をしたもの。日本とくに大阪近辺で発掘された文物約200点が展示されたいた。展示は、次の6章に分類されていた。第1章 楽浪、東アジアの文明の扉を開く第2章 大渡来前夜ー近畿地方における4世紀以前の朝鮮半島系遺物第3章 舶来品を手に入れてー古墳出土品から見たふるさと探し第4章 新しい生活様式と渡来人ー集落遺跡出土品から見たふるさと探し第5章 角杯と鳥足文ー特徴的な土器から見たふるさと探し第6章 難波と朝鮮半島ー上町台地北端を舞台にした朝鮮諸国との交渉図はパンフレットより。軒丸瓦、金銅製帯先金具、金銅製魚凧、首飾り、角杯、馬形埴輪、鳥足文タタキの甕。特別展示「なにわの町人天文学者・間重富」では、江戸時代の大坂の町人出身の天文学者・間重富の紹介がなされていた。江戸幕府の御用測量師を務め、暦の作成もしていたようだ。図はパンフレットより。間重富像、同図賛、屈折式望遠鏡、駱駝図、天球儀、渾天儀。
2017.05.18
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今日は、岩国東小同窓会の2日目。神戸の町を案内し、夕方の解散まで、いい天気の中愉しい時間を過した。朝7時にバイキングの朝食。8時半にホテルを出発。パールストリート、ムスリムモスク、北野工房、山手幹線、生田神社、生田筋、三ノ宮センター街、南京町、っメリケン波止場、ハーバーランドと歩いた。途中、ムスリムモスク、北野工房に入場する予定だったが、開館前で入ることができなかった。また、三ノ宮センター街も南京町も開店前で人の往来も非常に少なかった。ハーバーランドには予定より1時間早く着いた。みんなで一つの店(トニーローマ)に入り少し早い昼食を取った。海を見ながらのゆったりした食事であった。昼食のあと、旧信号所、赤レンガ、はね橋、プレスリー像、ガス灯などを見ながら散歩した。ループパスに乗り、ホテルに預けた荷物を受け取り、2時半ごろ解散となった。無断欠席者の一人は、家に電話があり、「今日、神戸に行ったが昨日終わっていたことを知った。開催日を1日勘違いしていたとのこと。残念なことをした。
2017.05.17
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今日と明日は、岩国市立東小学校昭和27年卒業生の同窓会。幹事は奈良のIさんと私。同窓会は、これまで岩国、広島近辺で行なわれてきたが、今回はじめて関西で開催することになり、昨年からIさんと私とで準備を進めていたもの。今日は、新神戸に10時に行き、参加者の到着を待った。懇親会の場所は、ANAクラウンプラザホテル神戸。11時30分開始の懇親会に、早い人は10時半ごろ到着。遅い人は、新幹線の乗り換えを間違えて10分の遅刻。随って、懇親会は11時40分スタートとなった。幹事挨拶、故人に黙祷、司会の言葉、乾杯、自由歓談、参加者近況報告、閉会の辞。集合写真撮影のあと、ホテル35階に移動して神戸の景色を楽しんだ。写真は、懇親会の模様。懇親会受付、会場、開会挨拶、乾杯、各自現況報告、食事・懇談、同、習合写真、神戸の眺望。会のあと、宿泊のホテルへ移動、荷物をおいて、一日目の観光、異人館めぐりを行った。いろいろな異人館の外観を見たが、実際に入館したのは、うろこの家、風見鶏の館、萌黄の館の3つだけ。急な坂を上り下りする散策だったが、ゆっくり2時間半ほどでひと巡りした。ホテルに戻り、荷物を置いてから夕食所の「豆の畑」へ行った。豆腐料理のハイキングの店である。2時間ほど経った7時半に店を出て、神戸の夜景を見るためにバスで神戸市役所の屋上へ行った。神戸の北側と南側の夜景を楽しんだあと、またバスに乗りホテルに戻った。 写真は、異人館めぐりと神戸の夜景同窓会には14人参加の予定だったが、一人が無断欠席で13人しか集まらなかった。1人分の料理代は参加者で分担することになった。電話をしても通じなかったが、なせ来なかったのだろう。
2017.05.16
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今日は、一時録画したテレビ番組を見たり、俳句を作ったりした以外は、一日中、明日からの小学校同窓会の準備をした。準備というのは、参加者の最終確認、懇親会の進め方、司会者・乾杯音頭、閉会挨拶者への確認、ホテル等への電話連絡、配布資料の最終チェックとプリント、封筒入れ、持参する荷物の準備などである。夕方までにはすべて出来上がった。天気はよさそうだし、あとは、みんなが無事に神戸まで来てくれるだけである。今日の写真は、淀川河川敷で咲いていたノイバラと西宮ガーデンズ屋上で咲いていた白バラ。
2017.05.15
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今日は、午前中は、淀川探鳥会に参加し、午後は、関西ぱずる会の例会に参加した。探鳥会では、淀川の柴島干潟を中心に鳥を探し、オオヨシキリの声の中、ハマシギの群れやキアシシギなど、25種の鳥を見ることができた。写真は、左上から、ムクドリ、ハマシギ、カワセミ、オオヨシキリ、ハッカチョウ、柴島干潟で鳥を探す参加者たち、キアシシギ、コサギ、ハシボソガラスの番。探鳥会のあと、電車で西宮北口まで行き、食事をしたあと、関西ぱずる会の例会に出た。今日は10人が集まった。珍しいパズルや本がいろいろ紹介された。私は何も発表しなかった。写真は、例会で紹介されたパズル類。写真は、例会で紹介されたぱずる関連図書類。
2017.05.14
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今日は、午前中は雨なので家でテレビを見たり、俳句を作ったりして過ごし、昼前から出かけ、デパートに外食と買い物に行った。小学校の同窓会の日が迫っていて参加予定者に確認の電話をしているのだが、一人だけ先日から難度かけても「ただ今電話に出ることができません」のメッセージばかり。本当に来てくれるのだろうか、心配だ。今日の写真は、帰り道で、見かけた花。桜の実、山法師、白ツツジ、野バラ。
2017.05.13
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今日は、朝7時から朝食バイキング。チェックアウトをして、8時40分に出発し、八日市には9時15分に到着。先に墓参りを澄ませた。法事は10時から始まり、11時30分に終わった。ご住職にお礼をし、お供えを分配したあと、それぞれ帰路に着いた。私たちは、3時ごろに大阪の自宅に帰着した。画像は、引接寺の外観、本堂内、墓参りの様子。
2017.05.12
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今日は、午前中はテレビ番組を見たり、小学校同窓会の準備などで過ごし、午後から出発して、近江八幡の国民休暇村へ行った。明日、八日市で母の二十三回忌の法事があるため、兄弟5家族が集まるためだ。家を12時に出て、休暇村には2時半ごろ着いた。風呂に入ったり、話をしたりしているうちに夕食時となった。会食は、喜寿の私の妻、古希の四弟と次弟の妻がお祝いの記念品を受け取った。また、私の誕生日が近いので、バースデーケーキを準備して誕生祝いもしてくれた。夕食の後は兄弟同士、嫁同士がそれぞれの部屋に集まって2次会をした。明日の法事は、八日市の引接寺で、10時から行われる。画像は、三上山(近江富士)、休暇村の部屋から琵琶湖の眺め(対岸は沖ノ島)、同、休暇村の文書、夕日、大浴場入口、夕食、バースデーケーキ、誕生祝のバラ一輪(休暇村より)
2017.05.11
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今日は、高大5年目の4日目、午後は春麗句会に参加した。高大では、日本史中世の3回目、清水秀司先生から、平氏の発展、欧州藤原氏の発展、中世初期の文化などについての講義があった。資料が前以て配付され、副読本とともに予習していたので、講義は分かり易かった。ただ、人の名前はなかなか覚えられない。午後は、高大の午後のクラス・ミーティングをエスケープして、春麗句会の例会に参加した。5句のうち3句が選ばれた。今日の画像は、高大への通学の途中にある難波宮跡地公園のイチョウの木に寄生しているトベラの木。6年前に、イチョウの幹に股から発芽して小さな命をつないでいたが、遂に今年花を咲かすほどに成長した。左上は5年前の写真。
2017.05.10
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今日は、夕方まで家にいて、夕方から家を出て関西俳誌連盟の常任委員会に参加した。家では、午前中は、昨日の句会のまとめを行い、午後は、録画したテレビ番組で、ヒッチコックの「鳥」を見た。「鳥」は、10数年くらい前にビデオで見たことがあるが、最近NHKのBSで放送があったので録画し、それを今日見たのである。無数の共謀な鳥に襲われるシーンだけは覚えていたが、ストーリーはすっかり忘れていた。1963年の作品だが、特撮がうまくできていると思った。画像は、関連サイトより。
2017.05.09
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今日は句会の日。午前中は、句会資料のプリントと出句する6句の選定と最後の推敲をしたあと、K病院へ定期診察に行った。特に異常はなかった。句会の成績は、先生から3句選ばれうち一句が特選だったが、仲間からはあまり票が入らなかった。先生から選ばれたのは次の句。 ◎気に入りの牡丹次々目移りす こっぱん(先生特選) 〇母の日の天に向ひて手を合はす こっぱん(先生) 〇六甲の青嶺メリケン波止場より こっぱん(先生)仲間から選ばれたのは次の句。 ・更衣明るき色は目に愉し こっぱん(3票) ・夏燕宝塚なら男役 こっぱん(1票) ・薫風の川辺に奏す野外ジャズ こっぱん(1票)今日先生の特選に選ばれたのは上記のほか次の句。 ◎身に合はぬもの皆捨てて更衣 哲子(先生特選ほか3票) ◎白牡丹見てゐて憂さを忘れをり 哲子(先生特選ほか2票)今日、最多得票を得たのは、次の句。 〇寺町の路地を一閃夏燕 茲子(先生ほか5票)先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎母の日に母恋ふことの多くして 塩川雄三先生(3票)今日の写真は、K病院の入口の花壇に咲いていた花。
2017.05.08
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今日は、午前中は、築港定例句会に参加し、午後は、K病院に義弟を見舞った。句会に成績はまずまずで、5句投句のうち1句は先生の特選に選ばれ残り4句とも仲間からは選ばれた。しかし、一句が3票、3句が1票だけだった。今日、先生の特選に選ばれたのは、次の句。 ◎人生の答出ぬまま花は葉に 由紀子(先生特選ほか4票) ◎植木市品選る客を選る主 久雄(先生特選ほか3票) ◎不器用の笑ひ笑はれ粽結ふ 暁美(先生特選ほか1票) ◎しゃぼん玉地球太陽みんな玉 こっぱん(先生特選ほか1票)写真は、句会会場近くの大阪城公園のアヤメの池。まだ早く少ししか咲いていない。写真は、K病院の近くのビルのレストランからの夕日。沈み始めて沈み終わるまでちょうど2分。
2017.05.07
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今日は一日中家にいて、本を読んだり、テレビを見たり、小学校同窓会のための準備をしたり、俳句を考えたりしながら過した。本は、週刊ビジュアル日本の歴史(2001-2002 ディアゴスティーニ社)で、出版時に購読して読んでいたもの。院政の時代から保元・平治の乱まで。今日の画像は、先日訪れた太閤園の庭。ちょうど花の少ないときらしく、黄色の菖蒲のほかには花は咲いていなあった。(マンションの庭では多くの種類の花が咲いているのに)
2017.05.06
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今日は、我々のマンションのすぐ近くの大川端で、恒例の大阪ビッグ・リバー・ジャズ・フェスティバル2017が行なわれた。今年で21回目となる。毎年ほとんど一日中聴いているが、今年は、午後に所要があったので、午前中だけ聞いて引き上げた。写真は、パンフレット・プログラムとジャズ・フェスティバルの模様。上:オープニング・マーチ、中:ODJCマーチング・バンド、司会のクリスと永倉栄子?、下:ニューオールリンズ・フォーティーズ、会場全景、広島ホットキャッツ。
2017.05.05
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今日は、午前中は、テレビを見たり、昨日買った「大坂蔵屋敷」のカタログを読んだりしながら過ごし、午後は、藤田美術館で開催されている「ザ・コレクション」という展示会を見に行った。テレビは、浜口雄幸首相の軍縮条約調印、アニメ100選など。今回の展示会では、館蔵品の中から、国宝や重文を含む館の自慢の所蔵品を厳選したもの。全54点の展示だが、前期・後期の入れ替えがあり、その半分しか見ることができなかった。うち国宝9点だが、今日は4点しか見られなかった。しかし、うまい具合に、学芸員のレクチャーの時間に当り、館蔵品の説明と主な展示品の説明を聞くことができた。画像は、パンフレットより、左:古瀬戸肩付茶入、右:曜変天目茶碗(国宝)、木造地蔵菩薩立像(快慶作)、古今和歌集断簡(高野切)、仏功徳蒔絵経箱(国宝)、春日明神影向図(高階隆兼筆)、紫式部日記絵詞(国宝)、玄奘三蔵絵巻より(国宝)、交趾大亀香合、古瀬戸肩衝茶入。画像は、関連サイトより。上左から、深窓秘抄(国宝)、大般若経(国宝)、曜変天目茶碗(国宝)、大伴家持像、花蝶蒔絵挟軾(国宝)、両部大経感得図(国宝)、同、伎楽面、柴門新月図(国宝)
2017.05.04
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今日は、午前中は、俳句を作ったり、テレビ番組を見たりしながら過ごし、午後は、暮しの今昔館で開催されている展覧会「大坂蔵屋敷」を見に行った。テレビ番組は、「ベーブ・ルース」、「オグリキャップ」、「郷ひろみ」など。ベーブルースの野球万能の技術力、オグリキャップの壮絶な最終レース、郷ひろみの声量維持のための努力などに感動した。大阪蔵屋敷展は、次の4つに分けて展示されていた。第1章 大阪蔵屋敷の成り立ち 天下の台所と言われた大坂を特徴づける資料として、大坂名所絵巻物、新板大坂の図、大坂名所一覧、中之島の図、よど川の図、浪速雀、難波丸綱目、懐宝永代蔵、大坂袖鑑、大坂登り米諸蔵鑑、大坂繁昌詩、米切手などが展示されていた。第2章 描かれた大阪蔵屋敷 佐賀藩蔵屋敷として、浪速勝景帳、大坂蔵屋敷絵図、貼り絵図、など、広島藩蔵屋敷として、広島藩屋敷絵図、大坂蔵屋敷御屋形指図など、久留米藩屋敷として、久留米藩蔵屋敷図屏風などが展示されていた。また、広重の「浪花百景」から蔵屋敷のある風景が十数点展示されていた。第3章 大阪蔵屋敷の行事と暮し 久留米藩蔵屋敷図屏風の38枚はり絵に描かれた藩の年中行事、一般の蔵役人の暮し(夕涼図、さんけい見物遊山命せんだく、造物趣向種、浪速名所独案内など)、蔵屋敷の祭礼、各屋敷跡出土品(佐賀藩18件、広島藩32件など)などが展示されていた。第4章 大阪蔵屋敷と豪商たち 主として大坂の鴻池家と並ぶ2大豪商の一つである鹿島家を中心にその繁栄ぶりと明治維新後の転換について、玉水町絵図、広岡五兵衛家指図、加島屋本宅図面、加島屋と大同生命ビル、広岡家の節句飾り、蔵屋敷と豪商たち、名代、蔵元、掛屋 加島屋から加島銀行へなどが展示されていた。 中之島は今では、蔵屋敷の面影はすっかりなくなっているが、江戸末期まで100もの蔵が立ち並ぶ壮大な光景が広がっていたのを想像し、現状の寂しさに感慨無量あった。図はパンフレットより。
2017.05.03
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今日は、午前中に「山川日本史」を読み終わった。この本は2009年の出版なので、2008年までの歴史が書かれている。太平洋戦争に至る経緯は、明治時代の日清戦争までさかのぼる必要があることが分かった。時の政治家は戦争を避けようと努力をしたが、マスコミや世論が戦争を望んでした事情があったことも改めて知った。午後はテレビを見ながら過した。今日の画像は、車輪梅の花に来る青縞揚羽(アオシマアゲハ)
2017.05.02
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今日は、一時O病院へ検査・診察に行った以外は家にいて、一昨日から読んでいる「山川日本史」の続きを読んだ。検査結果は大したことはなかった。今日は、明治から大正あたりまで行った。残りは65ページで全体の8割まで進んだことになる。今日の写真は、マンションの境界に植えられているシャリンバイ。
2017.05.01
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