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高1自殺、顧問の責任否定 アンケート廃棄「苦痛与えた」 札幌地裁04/26 01:15 更新 北海道新聞 2013年3月に札幌市の道立高校1年の男子生徒=当時(16)=が自殺したのは、所属する吹奏楽部のトラブルで当時の男性顧問教諭から叱責(しっせき)されたのが原因として、生徒の母親が道に約8400万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が25日、札幌地裁であった。高木勝己裁判長は顧問による叱責などの指導に問題はなかったとして自殺に対する元顧問の責任を否定した。一方で高校が自殺の原因を調べたアンケートを廃棄したことで原告に精神的苦痛を与えたとして、道に110万円の支払いを命じた。 判決によると、13年1月に生徒と他の部員がメールのやりとりでトラブルになった際、元顧問は生徒のみを叱責し、全部員の前で謝罪させた。3月にも生徒が行った別の部員に関する発言について「俺なら黙っていない。おまえの家に怒鳴り込み、名誉棄損(きそん)で訴える」などととがめ「他の部員に一切メールをしないこと」を部活に残る条件として要求。生徒はその翌日に自殺し、原告は16年3月に提訴していた。 判決理由で高木裁判長は、生徒のメールは全部員を動揺させ、発言も他の部員の名誉を傷つける可能性があったと指摘し「指導の必要があり、方法も違法とはいえない」と判断。「指導が自殺のきっかけとなったことは否定できないが、原因は複雑かつ多岐にわたる」と述べ、自殺との因果関係は認めなかった。 一方で高校が、在校生アンケートを道教委が定める保管期限5年を待たずに廃棄したことは「自殺の原因に対する有益な情報を確認する機会を失わせ、多大な苦痛を与えた」などとして賠償を命じた。 原告側は「控訴を検討する」とし、道教委は「判決の内容を十分検討し、今後の対応を判断する」とコメントした。(中秋良太、松下文音)関連記事札幌・吹奏楽部指導死訴訟 同級生が証言「顧問は、一切、連絡をするなと言っていた」孤立していく様子が明らかに この時点で裁判所から開示を命令されていたのに、道教委は破棄させていた。顧問や学校側に不利なことが書いてあるから破棄したと考えるのが妥当だろう。ご遺族の悔しさや悲しみを考えると、言葉がない。体罰後に自殺した生徒の先輩らが語る学校・部活の体質―シンポジウム「きょうだいらが語る『指導死』」より(上)恣意的・感情的な指導、配慮に欠けた指導直後に自殺した子どもたち―シンポジウム「きょうだいらが語る『指導死』」より(下)↑この記事に、自殺した生徒の姉が証言をしている。
2019年04月26日
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「哲学の女王たち――もうひとつの思想史入門」レベッカ・バクストン、リサ・ホワイティング 編/向井和美 訳/晶文社プラトン、アリストテレス、孔子、デカルト、ルソー、カント、サルトル……では、女性哲学者の名前を言えますか?明晰な思考、大胆な発想、透徹したまなざしで思想の世界に生きた、20の知られざる哲学の女王たち(フィロソファー・クイーンズ)。知の歴史をひっくり返す、新しい見取り図。男性の名前ばかりがずらりと並ぶ、古今東西の哲学の歴史。しかしその陰には、知的活動に一生をかけた数多くの有能な女性哲学者たちがいた。ハンナ・アーレントやボーヴォワールから、中国初の女性歴史家やイスラム法学者まで。知の歴史に大きなインパクトを与えながらも、見落とされてきた20名の思想家たち。もう知らないとは言わせない、新しい哲学史へのはじめの一書。「……人々は相変わらずこう思っている。プラトンの時代から思想の分野を担ってきたのはほとんどが男性だろうと。まるで、女性も偉大な哲学者になれるというプラトンの予言を、これまでだれも実現してこなかったかのように。」(本書「はじめに」より)【目次】◆ディオティマ Diotima(紀元前400年ごろ)◆班昭 Ban Zhao(西暦45~120年)◆ヒュパティア Hypatia(西暦350年ごろ~415年)◆ララ Lalla(1320~1392年)◆メアリー・アステル Mary Astell(1666~1731年)◆メアリ・ウルストンクラフト Mary Wollstonecraft(1759~1797年)◆ハリエット・テイラー・ミル Harriet Taylor Mill(1807~1858年)◆ジョージ・エリオット(メアリー・アン・エヴァンズ) George Eliot (Mary Anne Evans)(1819~1880年)◆エーディト・シュタイン Edith Stein(1891年~1942年)◆ハンナ・アーレント Hannah Arendt(1906~1975年)◆シモーヌ・ド・ボーヴォワール Simone de Beauvoir(1908~1986年)◆アイリス・マードック Iris Murdoch(1919~1999年)◆メアリー・ミッジリー Mary Midgley(1919~2018年)◆エリザベス・アンスコム Elizabeth Anscombe(1919~2001年)◆メアリー・ウォーノック Mary Warnock(1924~2019年)◆ソフィー・ボセデ・オルウォレ Sophie Bosede Oluwole(1935~2018年)◆アンジェラ・デイヴィス Angela Davis(1944年~)◆アイリス・マリオン・ヤング Iris Marion Young(1949~2006年)◆アニタ・L・アレン Anita L. Allen(1953年~)◆アジザ・イ・アル=ヒブリ Azizah Y. al-Hibri(1943年~)友人が読んで薦めてくれた本。私は43歳の時に通信教育で大学の勉強を始めた時、実は哲学を学びたいと思っていた。しかし、勉強が進むにつれて哲学というよりは社会学に興味を持つようになり、結局はそちらの方向で卒論を書いた。何人かの哲学者の思想について少しずつスクーリングで講義を聞いたり、本を読んだりもしたのだが、ほとんどが男性哲学者であり、私の心に響くものがあまりなかった。哲学の分野は男性が中心なのだなと感じたし、それも理論を突き詰めてゆくような感じで、あまり実生活に当てはめて考えられるものではないようにも感じることが多かった。私自身の知識や理解力・読解力が育っていなかったことが大きかったのだと思うが、何となく哲学は何かの現象などを理論的に筋道をたてる学問のように思ったはずだ。さて、そんな私がこの本を読んでまず思ったのは、女性にも哲学者と言われる人がこれほどいたのかという驚きだ。そして、それぞれの経歴や業績を知るにつれ、女性がこのような仕事をすることの困難さを思い、それでもなお自分の求める哲学を追求した人たちへの心からの尊敬が沸き上がる。女性はどの国であっても男性優位の社会で生きてきた。能力が高ければ高いほど、世の中の理不尽さや女性であるが故の不自由さを感じざるを得ない。どうしてこのような社会なのだと疑問を持たずにもいられない。そして、それを何とか解消する道はないのかと考え続けることになる。それが女性の哲学だと思う。どの人も、自分の取り巻く社会や女性たち、そして次の世代の人たちにとって役に立つ思想を求め続けている。心から凄いなあと思うばかりだ。強靭な精神力と体力のある人だけが、女性の哲学者となれるのだろう。それは、きっと現代においてもそうなのだろうと思う。この一人にでも会うことができて、直接話を聞いてみたいなと思うくらいだ。この本では、彼女たちの思想や業績の紹介程度なので、著作も読んでみたいと思う。
2026年05月02日
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アルジェリア拘束 「ドア開けろ」叫び発砲 邦人殺害のテロリスト産経新聞 1月21日(月)7時55分配信今朝の朝刊で、アルジェリア軍特殊部隊は「ニンジャ」と呼ばれていることを知った。 何とも皮肉なことである。 忍者の本家の日本としては、これから海外駐在邦人の居住地は、忍者屋敷にしてほしい。 今回の事件でも、もしも「忍者屋敷」のように「隠れ部屋」や「どんでん返し」のような仕掛けがあったなら、無事に隠れて逃げおおせることもできたのではないか。 しかし、このことをテロリストには決して知られてはならないので、あくまでも隠密にしてほしい。 この「忍者屋敷」の構造で助かったとしても、そのことを決して知られないような工夫も同時に必要だ。 忍者の歴史を持つ日本人の誇りと名誉にかけて、次にこのような悲惨な結果にはならないように、是非とも関係者にはお考えいただきたい。
2013年01月21日
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鎌倉への旅や帰宅後の諸々で、この間に起きていた事件やニュースについて書いていなかったのでメモしておこう。まずは、(前略)養父の逮捕に衝撃が広がった京都府南丹市の男児遺棄事件/大阪・関西万博の開幕から1年/令和の「働き方」に迫る新企画スタート…4月のニュース振り返り 読売 5/1(金) 京都府南丹市立園部小の安達 結希ゆき 君(11)が行方不明になったのは3月23日だった。府警は、当日正午ごろに父親から110番通報を受け、25日に顔写真を公開した。その後、通学かばんや履いていたとみられる靴が山中で別々に見つかり、不明から3週間後の4月13日、同市内の山林で子どもとみられる遺体が発見された。14日に府警は、遺体の身元を結希君と特定。16日には、死体遺棄容疑で養父を逮捕した。養父は逮捕前の任意聴取に殺害を認める供述をしたという。(後略)この事件は、鎌倉に行く前に発生したので、ずっと気にしていたニュースだった。多くの人がそうだったと思うが、私も事件発生当時から義父が関わっているだろうと感じていたし、ひょっとしたら母親も何らかの関与をしているのではないかと想像していた。しかし、今までの発表では母親は関与していなかったらしい。どんなことがあったにせよ、亡くなった少年のことを思うと胸が痛む。旭山動物園で妻のものとみられるスマホ見つかる 鈴木達也容疑者(33)の供述に基づいて捜索 遺体損壊事件 2026年5月2日(土) 北海道放送 旭川市旭山動物園の職員・鈴木達也容疑者(33)は、3月31日ごろ、園内の焼却炉で妻の由衣さんの遺体を燃やして損壊した疑いで、おととい逮捕されました。 由衣さんは前の日に目撃されたのを最後に行方不明となっていて、捜査本部が容疑者の供述に基づいて園内を捜索したところ、由衣さんのものとみられるスマートフォンが見つかったということです。 また、捜査関係者によりますと、鈴木容疑者が31日午後9時ごろ、車で動物園を訪れ、大きな荷物をおろす様子が園内の防犯カメラに写っていたことも新たに分かりました。 捜査本部は鈴木容疑者が由衣さんの遺体を運び込んだとみて、慎重に裏付けを進めています。これも衝撃的なニュースだった。飼育員として一所懸命に働いていた人だということで、本当に何があったのか。動物用の焼却炉で遺体を焼いたと聞いた時、私は京都南丹市の事件を思い出した。あの時、遺体が発見する前に鳥獣用の焼却炉で遺体を処理したのではないかという憶測が出回った。今回の事件は、そのニュースに動物園内の焼却炉のことを思いついたのではないだろうか。動物を愛して仕事をしていた人が、すぐに人間を処理する場所と思いつかないのではないかと思ったからだ。それは私の勝手な想像だが、人間というものは心の中には常に善悪美醜が混在している。ほとんどの人は、嫌なことや悔しいこと、恨みや妬みを抱えながら生きる。それを上手に発散したり気持ちを切り変えることができる人はいいが、それが苦手な人は自分の内部に抑え込み続けることがある。それがどすぐろい塊となり、いつしか心の地雷となり、何かのきっかけで暴発する。私は、多くの事件がそれに類するものではないかと考えるようになった。上記の二つの事件も、そんなものなのではないだろうか。そして、次の事件も同様の構図に感じている。≪福生マッチョハンマー男・逮捕≫「騒音がうるさいと」とバイク少年を襲った無職男は庭に自力で“離れ”をつくった“子ども部屋おじさん”母は「優しくて頭がいい」と庇うが…5/1(金) 集英社4月29日早朝、東京都福生市の住宅街で起きた殺人未遂事件。高林輝行容疑者(44)は、逃走を続け、5月1日、千葉県習志野市内で逮捕された。高林容疑者は、路上にいた男女7人のグループにハンマーを持って襲いかかり、駆けつけた警察官に農薬とみられるスプレーを噴霧して、計5人に重軽傷を負わせたとされている。高林容疑者が生活していた「離れ」のなか…5月1日午後2時17分、千葉県習志野市の潜伏先アパートの一室で高林容疑者は逮捕された。盗難車を使い、埼玉、東京、千葉県内などで逃走を続けていた高林容疑者は「殺すつもりはなかった」と容疑を否認しているという。逮捕3時間前、取材班は母親のもとを訪れていた。母親は逃走を続ける息子の“自首”を願いながら「優しい子なんですけどね…」と肩を落としていた。「学歴でいえば中卒ですが、賢い子なんです。中学時代は喧嘩ばかりで、せっかく合格した高校からも、入学前にトラブルを起こして『入学を許可しない』と通告されてしまって。後に勉強して大検(現・高卒認定)には合格しましたが、結局、大学へは行きませんでした」父はプロ囲碁棋士で、「頭の回転も速かった」と母親は話すが、どんな仕事も続かなかった。「土木の仕事をしても、先輩に流れを教わった翌日には『先輩、これはこうした方がいいですよ』と口を滑らせてしまう。生意気だと目をつけられるのに、性懲りもなく口答えするから仕事が長続きせず……。でも、頭の中は緻密なんです。何でも自作してしまう人でしたから」一家が現在の家に引っ越してきたのは10年前。高林容疑者は約8年前、自宅の庭に自らの手で「離れ」を建て、そこを拠点に生活していた。(後略)頭も良くなんでも自分で作ってしまうような能力を持っているが、周囲の空気を読めずに人とトラブルになる。最近よく聞かれる「発達障害的な気質」を持っていたのだろうと想像する。幼少期から現在まで、本人にしたら理不尽なことが繰り返され、自分の努力ではどうしようもないトラブルが続き、心の中には重く暗いものが積み重なってきて、今回の事件に至ったのではないか。人に迷惑をかけないようにと頑張って来たのに自分はうまくいかずに苦しんでいるのに、人に迷惑を平気でかけるような若者たちに怒りが爆発したのだろう。これもやりきれない事件だ。それにしても、このような時にどうして一番不安で心配している母親にインタビューなんかできるのか。このようなメディアや、それを期待する社会に対して、私は怒りを覚える。
2026年05月02日
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宮西“川上ってる”好捕締め「ボールが止まって見えた」スポニチアネックス 9月27日(火)7時1分配信 ◇パ・リーグ 日本ハム4―3オリックス(2016年9月26日 京セラD) その瞬間のことは何も思い出せない。それほど、日本ハム・宮西は極限まで集中していた。グラブを反射的に差し出した。1点リードの9回2死一、二塁で中島にシンカーをはじき返されたが、目の前に迫ってきた打球をキャッチ。一打同点のピンチを投直に抑え、グラブを突き上げた。 「たまたまです。でも、ボールが止まって見えた。あのとき、何を考えていたんやろ。リリーフ陣が1点リードで来てくれたので、何が何でも抑えようと思っていた」 「打撃の神様」と呼ばれた元巨人の川上哲治氏の「ボールが止まって見えた」という言葉は有名だ。4年ぶりのリーグ制覇が目前に迫り、守護神マーティンの代役として9回を任された宮西も、その境地へと近づいた。 宮西を支えるのは、今季限りで現役引退を発表した武田勝の存在だ。13年開幕投手を務めた左腕エースも、今季は若手台頭もあって1軍登板なし。ベンチには「俺のために優勝しろ 武田勝」と先輩が記した紙が貼られている。24日の楽天戦(札幌ドーム)の9回守備で右足首を捻挫した宮西は、この日も右足を引きずりながらの投球だったが「こんなのは蚊に刺されたようなもの」と笑い飛ばした。 今季2セーブ目。「投げたくても投げられない人がいる。優勝争いの中で投げられる喜びを感じている」。試合後、宮西はアイシングをしながら食堂でテレビにかじりついた。ソフトバンクがサヨナラ負けした瞬間を見届けると、今度は左手を突き上げていた。陽岱鋼 不敗14号でM1「早く決めたい」スポニチアネックス 9月27日(火)7時1分配信 大谷M1打 M2から西川の携帯動画で鷹劇敗見た日刊スポーツ 9月27日(火)7時55分配信 ソフトバンクのあれよあれよの失速で、とうとうマジック1にまでなってしまった。最近は、ピンチになるとハラハラ・ドキドキで見ていられないことが多い。最後に宮西が劇的キャッチをした時も、私は隣の部屋で「宮西、頑張れ、ミヤニシ、ガンバレ、みやにし、がんばれ!…」と呟いていた。夫の「アーッ、ヤラレタ! トッター!!」の叫びにテレビの前にすっ飛んで行き、リプレイを見たときには、鳥肌が立つ思いだった。人には時々、思いもかけないような力が出ることがある。きっとあの時の宮西さんも、「絶対に抑えるんだ」という気迫と集中力が、あのプレーになったのだろう。あっというまにあと一勝となった。引退する武田勝さんの引退を、晴れ舞台にするためにみんなガンバレ
2016年09月27日
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夫は朝からゴルフ。午前中は庭木の剪定をして、午後からは妹とS市で開かれる某シンポジウムに参加の予定。以前から気になっていた「梅原猛氏」の話を聞くのが主目的。
2003年06月21日
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前日は、朝食後は吐き気と発熱のために、朝食以降は食事をせずに終わる。水分補給だけはしていたのだが、何だかとても喉が渇いて、夜中にも何度も目覚める。熟睡こそはできなかったけれど、横になってうとうとする時間はとても長かったので、朝は暗いうちから目覚めてしまった。幸いなことに、前日の体調の悪さが嘘のように、とても体も軽く頭痛もない。というわけで、快調な一日のスタートとなった。それでも、一応少し用心して、一年生の孫が行きたかった札幌の「青少年科学館」も、四歳の孫が行きたがっていた「温泉」もやめて、近くの大型スーパーのゲームコーナーで遊ぶことにする。お嫁さんが「おばあちゃん具合が悪いから、今度にしようね」と言ったら、二人とも素直に「そうだね」と納得してくれた。行って行けないことはないような気がしたけれど、こんな時に互いを思いやって我慢することも良いことだろうと、みんなの気持ちに甘えることにしたのだ。それでも、二人に500円ずつ渡すと、いつもはそんなにゲームでは遊ぶことができないので、「やったー!!」と大喜び。お金を使い切った後も、ゲームコーナーの一角にある遊びのスペースで、汗だくになって遊んでいたらしい。「らしい」というのは、私は一足先に帰って、昼食のための「お好み焼き」などの準備をしていたためである。そんなこんなで、孫達が帰宅したのは午後三時頃。頭痛や吐き気は無くなっていたが、お腹の調子は今ひとつ。うーん、風邪ウィルスが一気に体を駆け巡って行ったのだろうか。
2006年12月03日
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フィギュアGP 浅田が初V 2位の村主とファイナルへ (毎日新聞) - 12月3日10時25高橋が初V、2位織田とファイナルへ=日本男子も表彰台独占-NHK杯フィギュア2006年12月3日(日) 16時30分 時事通信 女子も男子も表彰台を独占するなんて、かつてのことを考えると信じられない。本当にみんな素晴らしい。ファイナルステージが、本当に楽しみだ。そういえば、表彰式でメダル授与をする橋本聖子・日本スケート連盟会長を見て、あの裏金事件はどうなったのだろうかと思った。ネット検索をしたら、下記のサイトを見つけた。日本スケート連盟裏金事件
2006年12月04日
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しばらくバタバタしていたので、あまりキチンとニュースを見たり考えたりしていなかったのだが、西安市の留学生のことでは、中国の大学生が妙にエキサイトしたらしい。どうしてこういうことになるのだろうと、とっても不思議な気がする。当の学生が非難されるのは仕方がないにしても、無関係の学生たちにまで暴力をふるうことはないだろう。それほどまでに、反日感情があるのだろうか。昨年ツアーで中国を旅行して、西安市にも行った。全般的に中国での印象は、日本人から儲けてやろうという感じを受けることが多くて、なんだか気分が良くなかった。(私たちは、気前良くお金を落として歩くタイプではないので)さらに、歴史的な遺跡や建物も、お金を得るための道具にしているような感じで、先人からの賜物への敬意が感じられないことが多く、中国も何だか危ういな・・という感じがしたことを思い出した。(もちろん、兵馬俑や万里の長城などには感動したけれど)中国人を日本人留学生が侮辱したというけれど、中国人自身がどれほど自分の国への本物のプライドを持っているのかと、少しばかり首を傾げてしまう。もっとも、あれほど沢山の人口を抱えているのだから、中国人だって色々だろう。(日本人も、色々だし・・)だけど、日本よりは知的エリートであるはずの大学生が、あのように簡単にデマに乗ってしまい、群集心理的に暴動に近い行動に走ることには、おバカな日本人留学生同様に憂慮してしまう。ふと、文化大革命の時の「紅衛兵」を連想してしまった。そしてまた、日記リンクしている七詩さんも書いているけれど、外務大臣のコメントも片手落ちだ。中国人留学生の一部が、日本においていただけないことをしていることに対して、中国の政府は遺憾の意を表していたっけ・・?
2003年11月07日
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今までは隠密裏に行われていた訓練が、いよいよ公開された。報道によると、自衛隊員への派遣希望アンケートは8月に行われ、その回答によって選抜されたようである。私が危惧していたような、希望していないのに命令されるという最悪のことはなかったようだ。しかし、アンケート回答の8月時点と、現在の現地状況は変化している。当時の気持ちと現在の気持ちが、変化している隊員もいるのではないだろうか。私の町に住む隊員の中にも、派遣される人がいるのだろう。その家族の今の心中は、いかばかりかと思う。今までにもこの地の自衛隊員は、前回の東ティモールへの派遣などの海外派遣を体験してきたが、今回の派遣の危険度は今までとは比べ物にならない。それなのに、今回はおおっぴらな地元での壮行会の計画も未定らしい。私としても、どうしても行かざるを得なくなったからには、隊員の人達に「日本のために頑張ってきてください」と言いたい。しかし私の心は、「本当に日本のためになるのだろうか」という疑問を払拭できずにいる。だからもし、身近な人が派遣されると知ったとしても、「とにかく無事でお帰りください」と言うしかない。壮行会が開かれても、とても出席する気にはなれないのだ。そう思うと、派遣される隊員には本当に申し訳なく、そして気の毒だと思う。幸いに(隊員の方々、ごめんなさい!)、私の身内には自衛隊員はいないが、もしも私の息子が派遣されるとしたら、私はどう考えるのだろう。人はやむを得ない行動をしなくてはならない時に、必ず自分を納得させる合理性を見つけようとする。だからきっと、無理やりにでも「この派遣は日本のために必要なことであり、正しいことだ」と思い込もうとするだろう。正義のために、イラクの人たちのために、そして日本のためにその命を失ったとしても、その行為は尊くて正しいし、その死も誇りに思って受け入れようと、自分の心をねじ伏せるのではないだろうか。だけど、今の私は、隣人としての自衛隊員を考えるしかない。そうでなくては、冷静に考えることなどできない。その観点からは、やはり釈然としない思いがつきまとう。私の知る限り、自衛隊に「就職」する若者の多くは、「安定した国家公務員」の職場として入隊している。隊員と結婚する女性達も(私の知人にも自衛隊員の妻は多いが)、本当に戦地に赴くことになろうとは考えていなかったと思う。自衛隊に就職したら、給料をもらいながら各種免許を取得できるし、定年は一般企業よりも少し早いけれど、その分だけ再就職への組織をあげてのフォローもあるし、隊員と結婚したら安定した生活が確保されるのだ。自衛隊に入ったり隊員と結婚したら、「良かったねー」と言われることが多いのはそのせいである。きっと入隊してから各種の教育や訓練の中で本人の意識は変化するだろうけれど、家族の意識はついていっていないのが実情ではないか。今頃はきっと、「自衛隊は軍隊で、夫は兵隊だったのだ」と気付き、愕然としている妻も多いのではないだろうか。自衛隊派遣の是非について、私は正直なところわからない。しかし、私の心は「自衛隊のイラク派遣はやめてほしい」と叫んでいる。兵隊は部隊の一つの駒なのだ。その人の価値観、倫理観、人間観をすべてぶっとばして、命令に従うしかないのだ。いくら「人道支援」と言おうとも、銃や戦車の先には人を殺しあう戦争の当事者になる結果があるとしか思えない。民間人が戦争に巻き込まれて死ぬのとは、意味が違うと思うのだ。
2003年12月11日
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「ロード・オブ・ザ・リング」の第二部を借りたくてビデオ店に行ったが、お目当てのものは全部貸し出し中。手ぶらで帰るのも悔しいな・・と、借りてきたのがこの「阿弥陀堂だより」。詳しい内容についてはhttp://www.amidado.com/index.htmをどうぞ。さて、感想は・・。信州の自然の美しさ、自然の中で自然に生きることの穏やかさ、・・そんなものにしみじみとした感動を覚えた。山の中の、村の死者を祭る阿弥陀堂で暮す96歳の老婆・お梅婆さんを演じる北林谷栄の演技や言葉に素晴らしいリアリティーがあって、ここまで生きてこその言葉の力というものも感じた。お梅婆さんの言葉(上記サイトより)「畑にはなんでも植えてあります。 ナス、キユウリ、トマト、カボチャ、スイカ・・。 その時体が欲しがるものを好きなように食べてきました。 質素なものばかり食べていたのが長寿につながったとしたら それはお金がなかったからできたのです。 貧乏はありがたいことです」自分の体が欲しがるものを感知する力が、今の私達にあるだろうかと、ふと思う。世の中にはサプリメントが星の数ほど溢れていて、私たちは「頭」で食物や栄養を摂取している。あるいは、単なる「食欲」というか、何らかの欲望で食べていることが多い。食欲ならばまだ自然に近いけれど、「グルメ」という中には、「珍しいもの、高価なものを食べたい欲」が強く入り込んでいるだろう。一部の欲が肥大化した結果による食欲は、生命体としての人間には不自然で危険なことも多い。私は、今のところ特別に長生きしたいとは思っていないのだが、自然に枯れるように死にたいとは思う。枯れるように死ぬためには、多くの場合長寿が条件になるように思う。病気や災害で死ぬことも「天命」なのかもしれないが、その最期は結構苦痛が伴っている。私は臆病なので、苦しみぬいて死ぬのは嫌だと思うのだ。私の祖母は101歳で私の目の前で死んでいったが、本当にいつ死んだのかわからなかった。二時間前に食事をして、お風呂に入って、呼吸が少し乱れた時間があって、少し大きな息をしてスーッと命が尽きた。全く苦しそうではなかった。あのように死ぬためには、「自分の体が欲しがるもの」を感知する力が必要なのだろうが、同世代人の中ではまだ自然力が比較的あると思われる私でも、かなり弱まっている能力だ。やっぱり、苦しんで死ぬことを覚悟しなくてはならないだろうな。でも、信州の自然の中に抱かれた美智子(樋口可南子)が、徐々に生きる力を取り戻していったように、私達もまた可能な限り自然と触れ合うことによって、生命体としての力を維持することができるのかもしれない。
2004年03月09日
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「愚か者の石 」河崎秋子 小学館〈 書籍の内容 〉生きることは、まだ許されている。 明治18年初夏、瀬戸内巽は国事犯として徒刑13年の判決を受け、北海道の樺戸集治監に収監された。同房の山本大二郎は、女の話や食い物の話など囚人の欲望を膨らませる、夢のような法螺ばかり吹く男だった。明治19年春、巽は硫黄採掘に従事するため相棒の大二郎とともに道東・標茶の釧路集治監へ移送されることになった。その道中で一行は四月の吹雪に遭遇する。生き延びたのは看守の中田、大二郎、巽の三人だけだった。無数の同胞を葬りながら続いた硫黄山での苦役は二年におよんだ。目を悪くしたこともあり、樺戸に戻ってきてから精彩を欠いていた大二郎は、明治22年1月末、収監されていた屏禁室の火事とともに、姿を消す。明治30年に仮放免となった巽は、大二郎の行方を、再会した看守の中田と探すことになる。山本大二郎は、かつて幼子二人を殺めていた。「なあ兄さん。石炭の山で泣いたら黒い涙が出るのなら、ここの硫黄の山で涙流したら、黄色い涙が出るのかねえ」新聞でこの本のことを知り、舞台が樺戸集治監と釧路集治監と書かれていたので、これは読まなくちゃと購入した。いや、興味深くとても面白かった。河崎さんの作品は北海道を舞台にしているのでほとんど読んではいるが、面白いというよりは重くてあくが強く感じることが多くて、その筆力や土着の力強さに感心はするけれど、他の人に「面白かったよ」と軽く言える感じではない。でもこの作品を読んで、作家として一歩グレードアップしたような感じがした。とにかく小説として面白いし、北海道は囚人と言われる人たちの汗と命の代償がどれほどしみ込んでいるのかとあらためて思う。そして、人間の犯罪と裁きの実相や、人間にとっての罪や償いについて考えさせられる。この小説に描かれている集治監での様々な立場や経歴の面々の人間模様や、絶望の中での救いや生きることへの意味など、人によって巡らせる思いは随分違うような気がする。☆五つである。
2024年06月12日
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このニュースには、本当に驚きこの加害者に激しい怒りを覚えていた。下記の記事を読み、さらに怒りに震えるばかりだ。そのうちに記事が消えてしまうかもしれないので、コピーしておく。【詳報】「無罪主張に絶句し泣き崩れた」大阪地検元トップ“性的暴行”事件 被害の女性検事涙ながらに訴え 12/12(木)(前略)■「姑息な主張をして無罪を争うことが性犯罪被害で苦しんでいる方を恐怖や絶望に陥れる」率直な気持ちを話そうと思ったのは、性犯罪被害を申告することが、どれほど過酷で辛いことなのかを知っていただきたかったからですそして性犯罪事件において、どのように主張すれば、逮捕や起訴を免れやすいか、無罪判決を得やすいかを熟知した検察のトップにいた元検事正が主張を二転三転させて被害者を翻弄(ほんろう)し、世にまん延する『同意があったと思っていた』などという姑息(こそく)な主張をして無罪を争うことが私だけでなく、今まさに性犯罪被害で苦しんでいる方を、どれほどの恐怖や絶望に陥れ、被害申告することを恐れさせているか、そして、今後さらに多くの性犯罪者に『同意があったと思っていた』と主張させて、性犯罪の撲滅を阻害し、むしろ助長させることになるかを知ってもらいたかったからです。■「私をどこまで愚弄し、なぶり殺しにすれば気が済むのでしょう」(中略)被告は、初公判で、『罪を認め争うことはしません。被害者に深刻な被害を与えたことを深く反省し、謝罪したい』と述べていましたが、それは保釈を得るための芝居だったのでしょうか。初公判により被告の卑劣で悪質な犯行や犯行後の言動が明らかになったことで、被告を非難する声が高まっていること、せっかく初公判で罪を認めたのに、保釈請求も却下され、また、私が一貫して判決確定まで損害賠償金の支払いに応じないと表明していることから、いよいよ実刑判決が見えてきたことに焦り、さらに、被告が親しい女性副検事に捜査情報を漏洩させるなどしていた疑いがあり、それについても処罰の可能性が出てきたことから、自己保身ゆえに再び否認に転じたのだと思います。また被告の親しい女性副検事が処罰、懲戒処分を受ける可能性があるため、被告が無罪を主張することで、女性副検事が行った行為は、罪に問われるようなものではないとして、彼女の逮捕や起訴を免れさせようとしているのだと思います。被告は事件当初から弁解を二転三転させてきました。たくさん嘘もついてきました。被告の再びの嘘を誰が信用するのでしょうか。検察のトップにいた人が、事件から6年もの間、一度たりとも被害者の苦しみを想像せず、真に罪を償おうと思うことがなかったことは、被害者としてもとても悲しく、検事としてもとても情けないです。被告がどのように主張しようが、真実は一つです。司法の正義を信じます。検察トップが犯した重大な罪と、被害者を傷つけ続ける無反省で無神経な言動に見合った長期の実刑判決を求めます。■「信頼していた検察組織から心無い対応に絶望と孤立を深め苦しんだ」が記者会見を経て支援のメッセージが寄せられる次に皆様に感謝の気持ちを伝えさせてください。令和6年10月25日の初公判後に、会見をさせて頂き、報道各社の皆様方が私の言葉を正確に届けてくださり、私の言葉を聞いてくださった皆様方が温かい言葉をかけて寄り添ってくださっていることに心より感謝申し上げます私は会見まで、信頼していた検察トップから理不尽な性被害を受け、信頼していた女性副検事から裏切られ、女性副検事や信頼していた検察職員らからセカンドレイプの被害まで受け、信頼していた検察組織から心無い対応をされ続け、絶望と孤立感を深め、とても苦しみ続けていましたそれでも今は、検事として目の前の被害者の方々に寄り添うことができなくても、今の私にできることをしたい。会見でお話できることで、理不尽な被害に苦しんでいる方々に少しでも寄り添い、性犯罪の撲滅につなげることができたらと思い、無我夢中でお話させていただきました会見後、面識のないたくさんの方々が「With You あなたと共にいます」という心強いメッセージを寄せてくださり、性犯罪被害者支援団体の方々が、引き続き、応援メッセージを寄せてくださったり、ネットニュースのコメント欄でもたくさんの方々が共感して、励ましてくださりました。私は、そのコメントをスクショにして自分の携帯に保存して、お守りとしています『同じように理不尽な性被害に苦しんでいることをお話してくださり、勇気をもらった。今から警察に相談に行く』とおっしゃっておられた方もいらっしゃいました。■捜査で関わった警察官から「検事の信念と勇気に力をもらえた。これからも被害者の方々のために戦う」とメッセージ友人の元警察官が支援の会を立ち上げてくださり、私をずっと支えてくださってきた現職の検察職員、OB、医師、心理士、友人など大切な方々や、会見を聞いて私だと気づいた現職の検察職員も連絡をくれて「私は味方、ずっと応援し続ける」というメッセージを寄せてくださり、一緒に戦ってきた警察官の方々も連絡をくれて、『検事の信念と勇気に力をもらえた。これからも被害者の方々のために戦う』というメッセージを寄せてくださいました。私は自分の被害を知られたくなかったことや、私の個人情報が特定されることで、検事という職業柄、私や家族に危害が及ぶことを避けるため、ほんのわずかな方々にしか、自分の被害を明かしていませんでした。ですから、今も名前や顔を伏せてお話させていただいております。会見で私が被害者だと気づいた検察職員の方々の中にはそのような事情を汲んで、私への連絡を控えているものの、心配や応援をしてくださっていると伝え聞いています。きのう(10日)の元検事正が否認に転じた報道を受け、このような応援団の皆様方が心配をしてくださったり、新たに性犯罪被害者支援団体の方が、支援を申し出てくださり、心強く思いました。■「一緒に戦ってきた子どもさんとお母さんが『頑張れ』とエール」(中略)■「支援の会」が設立 「傷ついている方々とか報われない方々に『共感・エンパシー』を」知人の元警察官が立ち上げてくださった支援の会のグループメールアドレスをここでご紹介させて頂きます。Unmetempathy@googlegroups.comです。アンメットは、「アンメット」っていうドラマがあったかと思うんですけど、傷ついている方々とか、報われない方々に「共感・エンパシー」をしたいという意味で、「アンメット エンパシー」というアドレスにしています。こちらは、その管理者と私が、こちらに送って頂いたメールを拝見させて頂くことができます。今後私を支援していただきたいという思いはありますが、私自身が苦しんでいる方々の支援をしたいという思いもありますので、そういった意味で多くの方々とつながりたいと思っております。よろしくお願いします。■「司法の中にも同意の意義などを正確に理解していないものが少なからずいて被害者をさらに傷つける」きのう(10日)の中村弁護人の会見で被告人(北川被告)が無罪を主張しました。被告人のそれぞれの主張に対して、私が今お話できること、検事としての知見や知識から客観的に述べられることをお話していきたいと思います。被告人は具体的には、「事件当時、被害者が抗拒不能であったことは、合理的な疑いがある。事件当時、被告人には、被害者が抗拒不能であったという認識がなく、被害者の同意があったと思っていたため、犯罪の故意がない」と主張しました。そして被告人は「自分の記憶と認識に従って主張することにした」と述べています。この「抗拒不能ではなかった」、「抗拒不能の認識がなかった」、「同意があったと思っていた」について、述べたいと思います。報道を見ていると、ほとんどの性犯罪事件で「同意があった」、「同意があったと思っていた」という同意誤信が主張されています。そして残念ながら警察官、検察官、裁判官、弁護士さんという司法の中にも、性犯罪の本質や同意の意義などを正確に理解していないものが少なからずいて、勇気を振り絞って被害申告した被害者をさらに傷つけ、被害申告したことを、後悔させ、一生苦しませるという事態が、多く起きています。そして法律を熟知する検事正であった被告人までもがこのような弁解をしているわけです。そうすると、性犯罪者は皆、同じような主張をするでしょう。このように性犯罪の本質だったり、同意の意義だったりを正確に理解し、国民の皆様方や司法関係者に周知徹底することが必要だと考えています。令和5年7月施行の「不同意性交等」が導入された刑法などを一部改正する法律、令和5年法律第66号を成立させる際に、衆参両議院の各法務委員会において、以下の付帯決議が付されています。抜粋ですが、不同意性交等における同意の位置づけ、及び意義、また地位、関係性要件などの改正法の趣旨及び構成要件について、国民に対する普及啓発を推し進め、十分に周知徹底を図るよう努めること。司法警察員等の関係者に対しても、法改正の趣旨を周知徹底し、十分な研修等を行うこと、とされています。これは、政府及び最高裁判所に求められていることであり、当然検察庁にも求められたものです。長いので、続きは次のブログへ。
2024年12月12日
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楽天ブログには、「昨日読まれた記事のランキング」というのがある。時々、思いがけないものが読まれていて、それでハッと思い出したりすることがある。今朝も2013年02月26日の 長男の言葉 「自分が見えた瞬間を覚えてる」を読みハッとした。その話は覚えているが、ハッとしたのはそのエピソードの中の先生の言葉だ。落ち着つきのない息子のことを「いやー、よく授業を壊されて困っちゃうんですよ。すぐに突っ込み入れるし、聞いてないだろうと叱ろうとするとちゃんと答えちゃうしねえ」なんて言われて、「ご迷惑かけて申し訳ありません」と何度頭を下げたことか。でも、その先生はとても良い先生だったので、「いやいや、元気が良すぎるってだけですから」と笑いながらおっしゃって下さり、という部分だ。その時の先生の表情も私はよく覚えている。恐縮して頭を下げる私に対して、決して責める口調ではなく、「元気が良いってことですから大丈夫ですよ」という私への労わりもあった。きっと長年の教師経験から、このような子は大丈夫という確信もあったのだろう。そのようなゆとりをもって、ちょっとはみ出すような子を温かく見守る先生が今も多いことを願う。ひょっとすると、息子のような落ち着きのない子は今であればすぐに、発達障害かグレーゾーンのレッテルを貼られるのではなかろうか。もう二十数年も前のことだが、某小学校の校長先生と子ども時代の息子のことを話した時、「今なら病院を受診することをお勧めしますね。薬で息子さんのような多動を押さえることができますから」と言われて驚いたことがある。私は、子ども時代はそのようなことがあると言いたかっただけなのに、その校長先生は本気でそのような薬を使う事を容認しているようだった。(そういえばその校長は、「教師の苦労がわかりますか」とも言った)現在ほど「発達障がい」と言われることが少ない時代だったが、その校長は多分勉強熱心で、多動を押さえる薬の処方が効果的だという研究論文でも読んだのではないか。私は反論する根拠もないので「そうですかあ…?」というだけだったが、今では実際に先生の指示を無視する子や多動傾向のある子が、発達障害だと(こともあろうに何の資格も無い)教師から言われて、支援学級を勧められる話などを聞き、危機感を抱いている。私は長男の成長過程を見ていて、小学生時代の数人のやんちゃな同級生を思い出すことが多かった。今ならばADHDと診断され、薬を処方されていたかもしれない彼らは、その後ちゃんと成長し元気な大人になって社会的にも認められるようになっている。だから私は、少しはみ出していても大らかにその子を叱ったり褒めたりして育てたらいいのだと確信しているのだが…。
2024年12月22日
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さいたまの中学校 休みがちの生徒 卒業式で平均台に着席 04月16日 12時30分 NHK 先月さいたま市の中学校で行われた卒業式で、学校側が学校を休みがちだった卒業生6人を式典の間、用意していたいすではなく、別の場所の平均台に座らせていたことがわかりました。さいたま市教育委員会は、「非常に配慮に欠ける行為」だったとして校長を厳重注意し、学校側は生徒と保護者に謝罪したということです。さいたま市教育委員会によりますと、先月中旬市内の中学校で、学校を休みがちだった卒業生6人が体育館での卒業式に出席しましたが、学校側は6人を用意していたいすではなく、2階の後方部分にあった平均台に座らせていたということです。6人は式典が続いたおよそ3時間、平均台に座っていて式の後、保護者から市教育委員会に「配慮に欠けるのではないか」との連絡があり、学校側が事実関係を認めたということです。また、市教育委員会によりますと教員間での情報共有が不十分で周囲に数人の教員もいましたが記録用のビデオの撮影などをしていて気がつかなかったということです。さいたま市教育委員会は、非常に配慮に欠ける行為だとして校長を厳重注意し、学校側も生徒と保護者に謝罪したということです。さいたま市教育委員会の教職員人事課青木貴課長は、「生徒の心を傷つける配慮に欠ける対応だったと思います。このようなことが二度とないように徹底していきたい」と話しています。不登校の卒業生6人、平均台に座って卒業式3時間 さいたま市の中学校 校長を厳重注意4/16(水) 日刊スポーツ(前略) この学校では、卒業式にさまざまな事情で参加できない生徒について、2月から、本人と保護者に意向を確認し、参加のあり方を決めていたという。この意向確認後、学校ではギャラリーにパイプイスを配置して、着席してもらい、参加してもらうことを決定。本来は、ギャラリー中央前部にパイプイスを並べ、生徒に座ってもらう準備を整えていたという。 しかし、卒業式の当日は、準備されたパイプイス40脚は、ギャラリーの両端に20脚ずつ並べられており、ギャラリーの中央前方に横2列になるように並んでいた2台の平均台に、生徒たちが座ることになったという。また、当日以前に行われたリハーサル時も、同じように配置してあったという。ただ、このリハーサルに6人が参加していたかは不明。 市教委によると、学校では、普段の学校集会などに、不登校などの生徒が参加する際にも、ギャラリーの平均台に座って参加させる対応がとられていたという。(後略)お昼のニュースでこのことを知り、本当に驚いた。「配慮に欠ける」なんて書いてあるけれど、そんな言葉でおしまいですか。準備してあったパイプ椅子を片付けて平均台を置くということに、悪意すら感じる。40脚のパイプ椅子を準備していたということは、少なくても40人の不登校気味の生徒がいたのだろう。予定より参加する生徒が少なかったから、「平均台でいいや」ということになったのか。周囲にいた教員はビデオ撮影していたというけれど、全く気付かなかったことも不自然。卒業式は生徒たちを祝福するものなのに、平均台に座っていた生徒たちには目もくれなかったのか。書いていると怒りがこみ上げてくるので、ここまでにしよう。
2025年04月16日
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掲示板での「はくさん」の書き込みに対して、掲示板では字数オーバーになるように思うので、日記に私の考えを書きたいと思います。まず、その人がどのような価値観や人間観を持つのかによって、ものの見方や考え方には違いが出てくるのは当然のことです。同じものを見ていても、それぞれが受ける印象は違うし、見ている部分も違うことは日常的に体験するわけです。それは歴史認識についても同様で、同じ史料を使っていても、正反対の結論が導き出されてしまう事だって多いわけです。私は、絶対的に正しいことはあまりないのではないかと思っています。この世の中のことや人間のことについては、ほとんどが「現時点で相対的にこうである」ということしかできないのではないかと思うのです。しかし、「絶対的に正しいことなどありはしないのだ」と虚無的になり、理想や現実をより良いものにしようという努力を放棄しては、生きていることそのものに意味がなくなってしまいます。ですから私たちは、「過去から学び、今を見詰め、未来に向かってより良い方向を考えながら歩く」ことをしなければ、生の喜びもないと思うのです。そしてまた、私たちは一人では生きられないという存在です。生まれてから死ぬまで、意識しているか否かに関わらず、誰の世話にもならずに生きることなど、一分一秒もできはしません。その意味では、「いつも誰かを自分が生きるための道具として使っている」と言えるでしょう。それは、別の意味では「誰かの道具として生きている」ということでもあると思います。それが、社会的な存在としての人間の「役割」で、「人や社会の役に立つ」ということであり、とても大切な意味を持つと考えています。私は、「戦時中の国家は、国民を『道具としか』考えていなかったのではないか」と書きました。つまり、どんな状況であろうと、人は人を道具としてのみ使ってはいけないと私は考えているのです。カントは「実践理性批判」で、次のように述べています。『あなたの人格における人間性も、他のどの人における人間性も、常に同時に目的として扱い、けっして単に手段としてだけ扱うことのないように行為しなさい』私はこの言葉を、大学の「倫理学(樽井教授)」のスクーリングで知った時、目からウロコが落ちるような気がしました。そのことについて書くと長くなるので、今日はそれをはくさんへの私の考えの基礎としてだけ書いておきます。つまり、道具として(カントの言葉では「手段」)だけ人を使わないようにすることが、人としての基本的な道徳(倫理)ではないかということです。それぞれの役割の中で、時には死ななくてはならない時もあるでしょう。しかしそれが「普遍的な人間社会の幸福のため」に通じるものであれば、人は納得できると思います。また、自分に死への命令を下す人が、「常に同時に自分の存在への敬意・思いやり」を持っていてくれれば、納得もしやすいのです。問題は、国が本当に国民を守ろうとしているかどうかだと思います。権力というものは魔力があるようで、力を持つものはそれを手放そうとはせず、その体制維持のために人を道具としてのみ使い始めます。かつての戦争が、避けることが出来なかったというのも、ある意味ではそうであったかもしれません。日本が植民地化されないようにする「自立」の戦いの側面があったかもしれませんが、その以前に日本がやっていた朝鮮半島などへの行為はいかがなものでしょうか。日本が自立するために必要不可欠のものであったとは、私には思えないのです。そして、戦時中から敗戦まで国の軍事的・政治的リーダー達が掲げていたスローガンは、とてもアジアの他の国の人たちのことを本当に考えていたとは思えませんし、まさに「使い捨ての道具」としてしか考えていなかったと感じていますし、敗戦間近の国民に対しても「使い捨ての道具」だったと感じてしまいます。残念ながら現在も「力は正義」のような考え方が蔓延し、そのリーダーはアメリカのブッシュ氏ですね。しかし、それもまた時代遅れになりつつある価値観だと思います。どの国の人々も、その多くはいつでも平和を望んでいます。理不尽に正当な理由もなく命をおびやかされない所で、日々の糧を得るために働き、家族や友人達と談笑し合える世の中を望んでいます。その生活を守るために、私たちは政治家や社会システムの中にある機構に「自立と平和を守る役割」を委託しているはずです。国民から委託された役割の意味を考えれば、「私的な欲望の充足」を求めるだけにその力を行使してはならないはずです。その意味で、現在の政治家や国家機構のモラル喪失は、本当に危機的だと感じてしまいます。一人一人が、自分の欲望充足のためにだけではなく、自分が現在・未来社会に向けて果たすべき役割を考えつつ行動することが必要なはずです。そのためには、過去の歴史事実からもっと学ぶことが必要なのでしょうが、残念ながら「自国のためにのみ歪曲された歴史」が大手をふるっている状況を見ると、なんともやりきれない思いがします。残念ながらはくさんのベクトルとどのように違うのか、明解に書くことが出来ません。一方的に私の思いを書くことになりましたし、言いたいことも充分書けたとは思えないのですが、一応これまでに致します。
2004年03月01日
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