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隠しカメラ問題で謝罪する大分県警の江熊春彦首席監察官(中央)ら=大分県庁で2016年8月26日、田畠広景撮影下に三つの新聞記事を載せた。毎日新聞も朝日新聞も大同小異だが、ほかの新聞に至ってはネットで見つけることのできない体たらくである。問題は二つ。ひとつは、県警のひいては日本の警察組織の恐るべき闇体質である。もうひとつは、それを十分に追及できない日本のマスコミの弱腰、ひいては記者クラブの体質問題である。県警は「悪いのは、別府署です。ちゃんと所長含めて処分します」で幕をひいた。しかし、そんなことで終わらせることができない問題であることは明らかである。県警は「建造物侵入違反容疑」その一点のみで処分しようとしている。もし、これが公共の建物内から選挙運動をしている人々の映像をすべて撮ろうとしたら、判明しても何らの問題もないということなのか?「選挙運動を禁じられた自治体の特定公務員「徴税吏員」の出入りを確認する」という名目ならば、どんなことをしてもいいのか。そもそもなぜ野党団体だけだったのか。大分選挙区は本来自公の圧勝のはずだった。それが思わず、苦戦を強いられていたのが6月23日の状況で、しかも接戦で野党が勝利したところである。県警のおえらいさんが、選挙違反で逮捕して野党を不利に追い込もうとしていたとみられてもおかしくはない行動である。これは明確な「選挙妨害行為」だろう。県警はそういう法律違反に対して自浄行為もできないのか。本来こういう警察不祥事はなかなか報道されにくい。じっさい全国報道されたのは、問題が発覚して二か月後だった。なぜ、報道されたか。野党側にSDカードという確固として証拠の「映像」があったからである。だからテレビでも報道できた。しかし、それ以上に追及記事はない。そしてこの記事はなんという弱腰なのか。ちょっと考えただけでも、これだけの問題があるのに、おそらく記者クラブで一番突っ込んで追及したのは「記者団から「プライバシーについて県警はどう指導しているのか」と問われて、「憲法に書いてある。きちんと認識している」と補った。」という部分だけである。「さらに本部の責任について記者団から追及を受けた県警幹部は、「本部は今回の問題で報告を受けておらず、本部としては適切な措置を取っている。別府署の判断で行われた事案であり、監督責任を負うのは署長だ」と気色ばんで反論した。」とかいているが、その前提になるような追及をしていないので、三文芝居のような終わり方しかできていない。そして、本来こうも質問するべきだった。「ほかの自治体でも、こういう隠しカメラを使っているのか。調査はしたのですか」。「していない」とすれは「しろ」と詰め寄るべきだし、「報告を受けていない」とすればそれで言質をとったことになる。誰でも考えることのできる質問ができない記者クラブなど、解体してしまえ、と私は言いたい。さらに言えば、またぞろ出てきた「共謀罪」が成立してしまえば、秘密保護法なども駆使してこういう隠しカメラはやり放題になるかもしれない。絶対にうやむやにしてはいけない。隠しカメラ 証拠画像突きつけられ、別府署員「私です」毎日新聞2016年8月26日 23時48分(最終更新 8月27日 01時30分) カメラが発見されたのは、参院選公示翌日の6月23日。大分県別府市の別府地区労働福祉会館で、近くのNPO職員が敷地の端の斜面に背丈ほどに茂った雑草を刈ったところ、木の幹に結束バンドでくくりつけられた縦15センチ、横10センチのカメラに気づいた。職員は「いいカメラやな。会館が設置した泥棒よけのセンサーだろう」と思い、その時は報告しなかった。 ところが翌24日、刈り残しがないか見回った会館の関係者がこのカメラを発見。同じ斜面のブロック片にくくりつけられたもう1台も見つけ、「何だこれは」と騒ぎになった。 会館側がカメラ内蔵のSDカードをパソコンで再生してみると、別府署員がカメラを設置したり、署内で電池を入れ替えたりする姿が映っていた。 連合関係者が署に通報すると、すぐに捜査員が現場検証をしてカメラを撤去。同26日には署幹部が訪れた。しどろもどろで謝罪する署の刑事官に、SDカードから印刷した画像を見せて「これはあなたか?」と尋ねると、刑事官は「私です」と認めたという。 ◆ 大分県警によると、カメラを仕掛けた署の刑事課員2人は、18日午後7時台に斜面へ最初に侵入。午後10時台に2回侵入してカメラ2台を仕掛けた。3回目の時には既に「不法侵入だ」と認識していたという。だがその後も、19日午後10時台▽20日午後10時台▽21日午後9時台−−に侵入し、カメラの記憶媒体のSDカードを交換した。 カメラは2台とも草むらの陰。さらに両面テープで草やコケを貼って見つかりにくく細工されていたが、偶然の草刈りであっさり露見した。【西嶋正法】隠しカメラ問題 徴税吏員の行動確認 別府署員、書類送検へ毎日新聞2016年8月14日 西部朝刊 大分県警別府署が野党支援団体の施設の敷地に無許可で隠しカメラを設置した問題で、同署の目的が選挙運動を禁じられた自治体の特定公務員「徴税吏員」の出入りを確認するためだったことが、捜査関係者への取材で分かった。署に事前に情報が寄せられたが、カメラを設置した参院選公示前後の6月18〜24日の間、この公務員の出入りは確認されなかったことも判明した。 徴税吏員は地方税法に基づき首長から委任され、税金を徴収するなどの権限がある。県警は2013年の前回参院選後、県内の別の市の税務課職員を公職選挙法違反(特定公務員の選挙運動の禁止)容疑で書類送検しており、今回も同様の立件を狙ったとみられる。 一方、県警は週内にもカメラ設置に関わった署員数人を建造物侵入容疑で書類送検する方針を固めた。設置を認めた上司の署長らを含めて懲戒処分を出すことも検討している。 捜査関係者によると、書類送検するのは、カメラを設置した署員2人の他、設置場所の決定に関わった同署の刑事官、刑事2課長らとみられる。同署員2人は民進、社民両党を支援する連合大分の東部地域協議会と別府地区平和運動センターが入居する別府地区労働福祉会館(大分県別府市)の敷地内に、無断でカメラ2台を設置した。【田畠広景】<隠しカメラ>別府署暴走「報告したら設置認められない」毎日新聞 8月26日(金)23時47分配信 大分県警別府署が野党を支援する団体の施設の敷地に隠しカメラを設置した問題は、県警が刑事官ら署員4人を建造物侵入違反容疑で書類送検するという異例の事態に発展した。違法性に途中で気づきながら本部に報告せず、選挙運動を監視し続けた同署の「暴走」も判明。「報告したら設置を認めてもらえない」「上司に逆らえない」--。状況に流されて法を踏み越えた警察の責任は重く、県民の強い批判を免れそうにない。【田畠広景】【隠しカメラはここにあった】 「署の刑事2課長は内心、設置場所が私有地だと気づき、刑事官も私有地かもしれないと思っていた」。県警の江熊春彦首席監察官らは26日、記者団に硬い表情で説明した。 カメラを使った捜査について、県警に内規はないが、本部は参院選公示前の6月2日、「必要に応じて報告を本部に上げる」よう、各署の刑事課長・署長会議で指示していた。今回は報告が義務づけられるケースという。今後、カメラ捜査のガイドライン作りも検討するとしている。 書類送検された4人のうち「より責任が重い」と懲戒処分も受けた刑事官と刑事2課長が報告を怠った理由について、県警は「(違法である以上)本部に報告しても設置が認められないと分かっていたため」と説明した。 カメラによる捜査を発案した刑事官は、県警の調査に「ぎりぎりで許されると思った」と話したが、登記簿などで私有地かどうかの確認を怠った。刑事2課長は事前に敷地を見回ったが、「上司(刑事官)に逆らえなかった」と漏らした。4人全員が違法と気づいた6月19日以降も侵入を4回繰り返しており、ある県警幹部は「選挙捜査で功を焦ったのでは」と指摘した。 また県警は「4人にプライバシー侵害の認識は全くなかった」と釈明したが、記者団から「プライバシーについて県警はどう指導しているのか」と問われて、「憲法に書いてある。きちんと認識している」と補った。 一方、県警は実際に侵入してカメラを設置した刑事課員2人は、懲戒処分ではない本部長訓戒とした。刑事官の上司の署長と副署長に対しては、「設置場所のことは知らなかった」としてそれぞれ本部長訓戒、所属長訓戒にとどめた。刑事官を本部の地域課次席へ、刑事2課長を署の留置管理課長へ9月5日付で異動させる人事も発表した。 さらに本部の責任について記者団から追及を受けた県警幹部は、「本部は今回の問題で報告を受けておらず、本部としては適切な措置を取っている。別府署の判断で行われた事案であり、監督責任を負うのは署長だ」と気色ばんで反論した。
2016年08月31日
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「村上海賊の娘(4)」和田竜 新潮文庫 ー自家の存続。 木津川合戦にかかわった者のほぼすべてが望んでやまなかったこの主題は、結局のところ、誰も果たせなかったと言っても過言ではない。(349p) 和田竜の作品を読むのはこれが初めてだった。しかし、映画は観た。「のぼうの城」である。あの作品は、派手めなところは荒唐無稽に見えて、話の大筋は史実に沿っていたのが、大きな魅力だった。驚いたのは、主人公たちのその後をキチンと史料に沿って説明していたことだ。かなり突き放した感じで、説明していた。のぼうに恋い焦がれていた「姫」の想いが全然叶わなかったこと、わざわざ説明しなくてもいいのに、とさえ思った。 しかし、「史料」には時々裏がある。或いは、彼らの行動の多くは事実だったとしても、行動にうつるその「想い」は史料を書いた著者の意図と離れている場合も多い。私は映画を観て、城の明け渡しを百姓のために拒否したのぼうの想いを疑いはしない。映画や小説で、延々と描かれる細部に真実は隠れているだろう。 和田竜が、小説描写の合間合間に、異様に「史料」を挿入するのは、史実の合間に隠された、想いの真実を、浮かび上がらせたいからに違いない、とこの長編を読んで確信した。 「鬼手」が史実としてあったかどうかが、問題ではない。「鬼手」という秘策によって、海賊たちが、海賊らしい戦いをした「史実」が問題なのだ。 木津川合戦の後の登場人物たちの人生を説明した後に、和田竜はこう書く。それには、ここで説明されなかった真鍋七五三兵衛の事も、当然入るだろう。 ーそれでも、いずれの人物たちも、遁れがたい自らの性根を受け容れ、誰はばかることなく生きたように思えてならない。そして結果は様々あれど、思うさまに生きて、死んだのだ。(349p)
2016年08月30日
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「村上海賊の娘(3)」和田竜 新潮文庫 武吉はうつむき、しばらくの間、黙った。だが、やがてその肩を揺らすと、痛快と言わんばかりの哄笑を放った。 「俺の子だなあ」 ほどなく乱世は終わる。海賊の栄華も終焉を迎えるはずだ。それを分かっていながら自家の存続に汲々として戦するなど、空しい限りだと思っていた。 なのになぜ戦うのか。 その答えを目の前の娘が持っていた。他愛(たわい)もない、限りなく浮世離れした答えだったが、武吉の心は動かされた。それどころか、その青臭い言葉にうなずいている己自身を、どこか見直すような気分になっていた。(244p) 映画でいうと、ちょうど90分経った頃の話がこの巻である。観客はここで「何か」を持って帰らないと、何のためにお金を払って二時間使ったのか、ということになってしまう。 何かとは、「何のために戦うのか」ということだ。 景は、己の現実離れした考えに、とことん嫌になる。なるほど、戦国時代の戦は、何よりも「自家存続」云うなれば「自分の利益」のためである。そのためには忠義もない。単なる情に流されてはならぬのである。 しかし、海賊とは何なのか。もともと武士ではなかった。農民でもない。彼らは自由だった。もともと自由を求めて、生きてきたのではなかったか。そんなことは、この小説には一言も書いてはいない。そして、私は武吉の気持ちが良くわかる。景の気持ちも。 次巻、和田竜による小説版映画作品、果たしてどう決着つけるのか。期待に応えてくれよな。 2016年8月読了
2016年08月29日
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ビッグイシュー293号ゲット。 いくら映画の宣伝だからと言って(今度は女性が主人公の)「ゴーストバスターズ」が表紙とは、がっかりだ。でも、まさかの「なかったことになっている」「ゴーストバスターズ2」が存在していたなんて、知らなかった。 特集は「生き残る技能。ブッシュクラフト」リード文は以下の通りである。 アウトドア真っ盛りの季節。キャンプに比べ、使う道具をできるだけ少なく、素材も現地調達、"自然との一体感"を楽しむ「ブッシュクラフト」(Bush=森、Craft=技能)が静かな注目を集めている。生存術として災害時や日常生活にも役立つ"知恵の宝庫"であり、森の中で道に迷った女性が川のコケを服に詰めるなど、ブッシュクラフトで5日間生きのびた例もある。 そこでジャパン・ブッシュクラフト・スクール代表の川口拓さん、インストラクターの藤井浩美さんに「ブッシュクラフト、初めの一歩」を取材。イラストレーターのスズキサトルさんからも「和式ブッシュクラフト」についてエッセイが届いた。また今回、ビッグイシュー販売者の同行レポートも掲載。身のまわりのものすべてを「自然の恵み」に変えるブッシュクラフト。荷物も気持ちも軽くして、"大人の野遊び"を体験しませんか? 実は、この春に「縄文人になる」という本を買った。ひとつでも、縄文形の技能を試した上でブログ記事にしようと思っていたのだが、私にはそういうことをしようとする情熱がないのか、日にちだけが過ぎている。 川口さんの言うように、一挙に縄文人になるのは難しくても、スウェーデン・モーラ製のナイフのように、簡単なナイフを使って、簡単なサバイバルを体験するところから始めるのもいいかもしれない。川口さんによると、ライフラインが孤立した時には(1)シェルター(宿)(2)水(3)火(4)食べ物の順に確保するのが、人間の智恵と言うモノだと思う。体温の保持が出来なければ数時間で死んでしまう。水は72時間位内に確保しなければならない。火も、食べれなかったものを食べれるようにしたり、夜の作業を可能にしたり、外敵から身を守るために必要。人は何も食べなくても3週間から一ヶ月は生きられるらしい。それは叔父さんの最期を見たら、確かにそうだった。そんなことを、知っているだけでも、知らないよりは生き残る可能性が高まるかもしれない。 ブラジルの貧困層の交響楽団の物語を描いた、映画「ストリート・オーケストラ」は、岡山に来たらぜひ見たい。投げ銭で旅を続ける、家族3人の「野外劇団・楽市楽座」の記事も大変興味深かった。一度観てみたい。
2016年08月28日
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「ビッグイシュー292号」ゲット。 販売者さんに聞くと、やはり「この夏はキツイ」そうだ。 台風が続けざまに襲った東日本に比して、今年の西日本は異常なくらいに台風が来ない。代わりに異常なくらいに連日の猛暑に襲われた。 「部屋にクーラーはあるんですか?」 あるらしい。 「普通はお盆過ぎると、夜は部屋に涼しい風が通るんですけど、今年は全然涼しくならないですよね。」 「部屋に風が通るような部屋じゃないんです」そういえば、以前「販売地点の近くに部屋を借りれたのは、良かったけど、自転車も停めれないような部屋だ」と言っていた。部屋に風が通らないとすれば、それは最悪一人頭一畳もないようなタコ部屋になる。それでなくても、かなりキツイ部屋なのは確かだ。「今年は異常だけど、あと少し、おたがい頑張りましょう!」 根拠のない慰めを言って別れた。 さて、表紙はスピルバーグだ。「ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」を引っさげ、「ET」以来のファンタジーに挑む。 販売者さんにも切実な、特集は「夏こそ眠る」である。 ちょっとビックリしたのは、居眠りは単に無防備というだけでなく、外国人にとっては考えられないカルチャーショックらしい。また、川の字や、雑魚寝もあり得ないらしい。個々に寝るのが、外国では徹底しているとのこと。寝るのも文化なんですね。 レム睡眠、ノンレム睡眠についてのうんちくも、新しいモノが多くて有益だった。 ここ数日は、やっと0時を過ぎて涼しくなった。このまま秋に突入しますように。
2016年08月27日
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「美の考古学 古代人は何に魅せられてきたか」松木武彦 新潮選書従来の考古学は物の機能や技術面ばかりを重視して来たが、心理的な側面も重視するべきではないのか。そこからわかる古代の「謎」があるのではないか。松木武彦氏の、新たな冒険をワクワクしながら読んだ。例えば土器文様は、時代や土地や技術から離れて独自の発展をする。(機能的役割を持つ)「素朴段階」から(社会的なメディアとしての役割を持つ)「複雑段階」へ。そして(物理的機能を優先する)「端正段階」へと変わる。また、人間の指は十進法の発達を促しただろうし、偶数がの「四」が最初に採用されたのは、最も典型的な偶数だからだろう。よって縄文時代前期までは、四の波を打つ土器ばかりだった。ところが、複雑段階になる中期から、四の土器は減らないものの、三や五の波を持つ土器が増えゆく。そして、端正段階に入る晩期から、また亀ヶ岡式土器という波を消した土器が出現し始める。私はこの本に、「四」の持つ物語性を説明してもらいたかった。確かに「四」は安定した数字だ。しかし本当にそれだけなのだろうか。認知考古学と云えども、それ以上は言及出来ないのか。松木氏によると、弥生時代は、稲作の始まりよりも、金属器の導入時(前期後半BC4世紀)の方がインパクトがあったという。金属器には正円と直線が導入される。剣にしても、銅鐸にしても、銅鏡にしてもそうである。墓が参るものから「向き合う」ものへ、巨大モニュメントとして変化したその最初の契機に、吉備の楯築と、山陰の四隅突出墓を挙げている。楯築の二つの突出部は先端に大きな石が並べられているので、登り口としても作用しない。その代わり、墓に対する顔としての意味を持つだろう。しかも、頂上の平坦部には見たこともない特殊器台が置かれている。既に継承儀礼が終わった後の楯築の異様は、仰ぎ見るものとしてのみ作用しただろう。それは、その後の前方後円墳に引き継がれる。数で面白いのは、こういう事実もある。「もともとは偶数の表現が優っていた銅鐸に、奇数表現が現れ、さらには五段や三段の奇数を志向する前方後円墳が現れて発達するのが、紀元後1世紀から5世紀にかけてであることは重要だ。人々の間に階層が生じ、有力者が出て支配を強め、さらにそれらが政治的に結びついて日本列島の王権や国家ができてゆく数百年間に、それは当たっているからである。縄文時代に一度栄えたのち、しばらく鳴りをひそめていた奇数が、中央性や階層性の感覚と結びついたもうひとつの側面を強調されて、再び物の形に盛り込められて行った様子が伺える。」(125p)縄文土器は機能的役割よりも作り手のメッセージを発する手段として機能した。祭り道具だけでなく実用道具としても複雑段階だったことで、縄文時代の人々は科学的思考をする思考習慣(アプリケーション)を持っていなかったとも考えられる。という。なるほど!最盛期の縄文土器に、不均衡・不均等・非対称・奇数など、私たちに「不合理」とも感じられる造形や表現が盛り込められているし、「どうでもとれる」曖昧な表現、煮たき、貯蔵、盛り付けなどの機能性がないことなどから、どういう縄文時代の「理」があったのか。万象の中に隔てや境界、区切り、終始などの線引きをしない、人を自然の中に組み入れる、その中に生と死を繰り返す、独特な価値観があったのではないか。と、松木氏は云う。紀元前400年ごろから紀元前後の日本列島は弥生時代ではなかった。という。弥生時代は、簡単に日本列島にきたのではなかった。199pの図は、私には衝撃だった。朝鮮半島南部と北九州では国境はなかった。それと、水田稲作はもたらされていたが縄文時代の「理」は刷新していなかった西日本、そして金属器は伝わらず複雑段階の縄文土器さえ残っていた東日本とにわけられる、という。なるほど!ただ、松木氏は史的唯物論と認知考古学を対立的に捉えている。しかし、史的唯物論も、上部構造が下部構造に影響を与えることは認めているのだが、松木氏にその認識はないのだろうか。私は認知考古学も史的唯物論で説明出来ると思うのだが、どうだろう。気になったところではある。2016年8月読了
2016年08月26日
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「宮沢賢治怪異小品集 可愛い黒い幽霊」宮沢賢治 東雅夫編 平凡社 宮沢賢治作品集はもう出尽くしたと思っていたけど、「こんな切り口があったのか!」という発見に満ちたアンソロジーです。 まっ黒な家の中には黄いろなラムプがぼんやり点いて顔のまっかな若い女がひとりでせはしく飯をかきこんでゐる。(「女」より) 確かに、詩集「春と修羅」の中には賢治が「幻視」していたとしか思えない言葉に満ちている。最初の童話本の前書きには「私にはホントにあったことだとしか思えないのです」と断りながら、動物たちや自然との交流を見て来たように描いただろう。妹のトシ子が死んでからは、死人との交流も頻繁に出るようになった。それは賢治の類稀な文学的才能だけではなく、「ホントに見えていた」と思う方が自然なことも多々あるだろう。 賢治は感受性が強かったので、確かにホントに見えていたのかもしれない。そういう目で見ると、賢治の描写力の確かさが、さらに増すというものだ。 残念なのは、全集と引比べればすぐにわかるはずなのに、それぞれの短編の定本と書いた年月日が、この本では一切わからないということだ。賢治の人生と比べながら研究しようという姿勢が、この編者にはなく、純粋に幽霊好きの物好きのアンソロジーになっていることである。 2016年猛暑の中読了ちなみに、私には幻視体験や幽霊遭遇譚が一切ない。親が死んだ後には幽霊でいいから出てきておくれ、と何か月も思ったのだが、思っているときには出てこないで、忘れたころの一二年後ぐらいに、夢の中で、若いままで頻繁に出てきた。ところが、この文を書いて気が付いたのだが、ここ五年ぐらい出てこない。忘れているわけじゃないんだけどね。
2016年08月24日
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「家族喰い 尼崎連続変死事件の真相」小野一光 太田出版 わたしは今慄然としている。少なくとも10人以上の連続変死事件が起きたこの尼崎事件の内容を読めば読むほど、わたしが事件を知るキッカケになった北九州監禁連続殺人事件との関連性があぶり出されるのである。北九州は7人の死者を出している。ただ、わたしが気に入らないのは、主犯角田美代子の自殺を隠れ蓑にして、角田ファミリーの7人が、果たして強制されて殺人したのか、或いは進んで自らの親族を殺したのかわからないことだ。その全容の解明がまだ明らかにされていないまま、どうやら次々と結審しているらしいことだ。 この本は、尼崎事件について書かれた詳しいルポの中の一冊である。それでも著者の認めている通り、事件の全容は不明のままだし、角田美代子の生い立ちは分かっても、彼女の人心コントロール方法はヒントぐらいしか書かれていない。読んだあとは、わたしは北九州事件のように裁判で明らかにするのだと思っていた。しかし、少しネットでググると兵庫の検察も裁判所も、兵庫県警や香川県警の失態を隠すかのように早々と幕引きを図ったようだ。それを汲んでか、ほとんどの容疑者が控訴しなかった。もしかしたら、もっと大きな闇が隠されているのかもしれない。 わたしがこのワイドショーネタのような事件に興味を持ったのは、遺族には申し訳ないが被害者に対する義憤からではない。このような、親族が親族を殺すような、しかも連続殺人をする人間の「システム」に興味があるからである。 北九州事件は、究極のマインドコントロールだったと思う。密室性、絶対的な権力者、通電による思考能力をなくさせる環境、それぞれを疑心暗鬼にさせ密告を奨励し孤立化させる仕組み、罪の意識の植え付けと殺人に無感覚になる価値観の変換。小さな綻びで事件は表面化したが、ひとつ間違えれば永遠に事件化されなかった可能性もある。一方尼崎事件は、被害者並びに被害親族が倍化しているし、容疑者も多くなり、「民事不介入」という新たな技も使っているという「新味」もある。しかし、全ての家族が何回も脱走していて、北九州のような徹底的なマインドコントロールではなかったのは明らかである。だから、いつかは事件は表面化したと思う。 わたしが空恐ろしく思うのは、徹底していなくても、子供が親を殺し、親族が姪を殺すような殺人が、この「密室性、絶対権力、環境、孤立化、価値観の変換」というシステムでは可能だったということだ。 わたしの問題意識は何処にあるか。そうです、これは戦時における「兵士の作り方」と同じだと思うのである。教育基本法の改悪、秘密保護法の成立、そして教師の政治活動の密告を奨励するような現政権のもとでは、この本にあるように価値観の変換が起こり、「戦時環境下」での「敵を殺す」事をなんとも思わない時代が来ないとも限らない。いくつかの条件が揃うと、人間という者は「やってしまう」のだ。わたしはホントに身の毛がよだつ想いだ。
2016年08月23日
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「それでも日本人は「戦争」を選んだ」加藤陽子 新潮社文庫 今年の夏はこの本を読んだことで、大きなセミナーを体験したと自分を慰めたいと思う。人生いつ迄経っても勉強ではあるが、優秀な中学生や高校生に混じって「えっ⁉そんな質問にも反応出来るの!」と驚きながら勉強出来るのは、なんか気持ちが若返ったような気がした。 加藤陽子先生も驚いていましたが、満州アンケートで丸山真男も居たあの東京大学で88%の学生が「満蒙のために武力行使は正当だ」と考えていたそうだ。満州事変が起きる直前、マスコミが大宣伝をする直前の科学的な知識を持った人々の認識です。日中戦争から日米開戦に至る道は、ある意味避けられない処まで行っていたのだと、やはり思ってしまう。 現代の国民の意識はそこ迄はいっていない。しかし、じわりじわり近づいている気がする。現代の尖閣諸島問題と非常に似通っているなあと思うのは、例えば以下のようなところです。 「満蒙に対する意図がずれている点は、軍人たち、事件を起こす政治主体たちには百も承知のことでした。国民の中にくすぶる中国への不満を条約論・法律論で焚きつけますが、実のところ、軍人たちにとって最も大切な問題は、対ソ戦と対米戦を戦う基地としての満蒙の位置づけだったのです」(336p) 本当の意図を隠して国民にわかりやすい不満だけを焚きつけるやり方に、我々は二度までも騙されるのだろうか。 ありもしない核攻撃やありもしない中国の武力侵略の前に、我々は戦争というものに対する常識を、ここで大きく変容する必要がある。アフガンにしても、イラクにしても、アメリカは戦争に勝って相手国の軍事力を無力化しただろうか。相手国を搾取しただろうか。もちろん相手国の土地を奪ったり、軍事駐留することが目的ではなかった。ルソーは言う。「相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序(これを広い意味で憲法と呼んでいるのです)これに変容を迫るものこそ、戦争だ」 だから、(加藤陽子先生はこんなことを言っていませんが)北朝鮮や中国から戦争を仕掛けてくることは絶対にないのです。むしろ、アメリカには「動機」があります。アメリカも日本も韓国も、北朝鮮の憲法を変えたい。アメリカは、中東やアフリカや南米でそうしたい国か山ほどあります。それに日本が手助けをしてくれるならば、大賛成でしょう。 と言うようなことをこの本を読みながら、考えました。もっといろいろ考えたのですが、今はまとまっていません。機会があれば整理したい。 2016年8月21日読了
2016年08月22日
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「日本会議の研究」菅野完 扶桑社新書 先ず本書の内容を1000字で要約したあと、わたしの感想を4点述べて、このベストセラー本を冷静に評価したい。 日本会議の主なメンバーは、ほとんど生長の家の学生運動出身である。最初は1966年の長崎大学学正常化闘争が出発点だ。左翼系全学連から学園封鎖を阻止して、自治会選挙で勝ったその運動は、右翼学生から全国的に評価され、、やがて「全国学協」に発展し、社会人組織「日本青年協議会」を生み、樺島有三はそのトップとして君臨し続けている。 1970年代の元号法制化運動で、日本青年協議会は「日本を守る会」の事務局に入る。しかし靖国神社国家護持法案で失敗し閣僚の公式参拝運動に切り替える。97年「日本を守る国民会議」と統合して「日本会議」が生まれる。それをプロデュースしたのは、同じ生長の家会員の参院議員村上正邦である。靖国神社問題の核心は宗教性を保ったまま慰霊行事を行う事であり、日本会議の存立に関わるので、会員たちはは公式参拝にこだわるのである。また、「日本会議国会議員懇談会」を設立し、第三次安倍内閣では閣僚に占める割合は84.2%になっている。首相補佐官に生長の家の出身の衛藤晟一が入っている。 安倍政権の筆頭ブレーンの伊藤哲夫(「日本政策研究センター」)も生長の家出身。伊藤の主張は「歴史認識」「夫婦別姓反対」「従軍慰安婦」「反ジェンダーフリー」。改憲の目標は、憲法9条ではなく、「緊急事態条項」と「家族条項の追加」である。 生長の家本体は1983年に政治運動から撤退したので、それに反旗を翻した信徒たちが作ったのが、日本会議の人々である。彼らの主張は「反左翼」「反ジェンダー」で単純なので、人々が集まりやすく、かつ真面目に草の根運動(選挙前のアンケート、国会請願、署名活動)しているので、組織票目当てに国会議員も結集しやすい。また、高い事務能力も有する。そしてこれらの運動をまとめているのが、長崎大以来の古参幹部の安藤巖である。 菅野完は言う。「日本社会が寄ってたかってさんざんバカにし、嘲笑し、足蹴にして来た、デモ・陳情・署名・抗議集会・勉強会といった「民主的な市民運動」をやり続けていたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ。そして大方の「民主的な市民運動」に対する認識に反し、その運動は確実に効果を生み、安倍政権を支えるまでに成長し、国憲を改変するまでの勢力になった。このまま行けば「民主的な市民運動」は日本の民主主義を殺すだろう。」(298p) 読んで分かったことは二つ。ひとつは、彼らの主張の貧弱さである。脱退会員が言うようにカルト宗教だろう。理論的でないから様々な人々が結集できるとも言える。伊藤哲夫の作ったレジュメを見ても穴だらけだ。そしてもうひとつ、日本会議の歴史はよく分かった。 分からなかったことは二つ。菅野氏は彼らの「市民運動」を高く評価しているが、全く「同じ事」を、めげずに、愚直に、地道にこつこつやって来たのは、当の本家の「市民運動」である事を菅野氏はどうやら知らないらしい。そして署名数でもデモ参加者でも他の数字も、いつも日本会議を遥かに凌駕しているのも市民運動なのだ。それでも「国憲に影響を与える」ところにならないのは何故で、日本会議が安倍政権下で影響を与えているのは何故か、菅野氏は分析しなくてはならないだろう。 もう一つ。日本会議が安倍政権を利用している面と、安倍政権が日本会議を利用している面、両方あると思うが、どちらがパワーバランスで強いのか。それを見極めるのは作戦を練る上でも重要だと思うのである。 2016年8月20日読了
2016年08月21日
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どっこいやっている。 今日は二ヶ月ぶりの「戦争法制反対集会&パレード」でした。 「安保法制反対」「野党は共闘」「安倍は辞めろ」と叫びながら、倉敷駅前をシュプレヒコールして来ました。 今日の岡山県の温度は37度までいったらしい。久しぶりなので、私は元気が出ました。 40数回目の、この集会、37名が集まりなんとか成功しました。 ある青年は集会でこのように発言しました。 「バタフライエフェクト (風が吹けば桶屋が儲かる)という言葉を知っていますか? 私たちのしていることも、やっていることは意味はある。私も蝶々の一匹、 やがては大きな動きへ。」 おそらく、選挙での敗北感が、若い彼にこのようにいわせたのだと思います。 そういう意味では、飛び入りの発言者もほとんどいなくて、猛暑ということもあり、集会は早めに切り上げてパレードに向かったのです。 明日、私は今をときめく日本会議について書いた本を紹介しますが、そこに以下のような記述があります。 「日本社会が寄ってたかってさんざんバカにし、嘲笑し、足蹴にして来た、デモ・陳情・署名・抗議集会・勉強会といった「民主的な市民運動」をやり続けていたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ。そして大方の「民主的な市民運動」に対する認識に反し、その運動は確実に効果を生み、安倍政権を支えるまでに成長し、国憲を改変するまでの勢力になった。このまま行けば「民主的な市民運動」は日本の民主主義を殺すだろう。」(298p) 日本会議の草の根運動に注目した菅野氏の視点には敬意を表するけど、菅野氏の認識は間違っている。本当の「民主的な市民運動」をやって来たのは、やはり「民主的な市民運動」の側なんです。彼らは毎週毎月、国会前だけではなく、こんな地方都市で集会&パレードをしている例はありますか?参議院選挙に向けた署名運動も、結局彼らの倍以上集めています。陳情請願などは、(活動家という自覚もない)私が知っているものだけで、去年の岡山県ではおそらく30位上あります。勉強会の記事はこのブログで、幾度となく取り上げました。 菅野氏は、たまたま日本会議の草の根運動を知ったから、民主的な市民運動が効果あると書いただけで、日本会議よりも遥かに遥かに大きくやって来たのは、やはり「足蹴にされた」市民運動なのです。 でも、私たちは続けるでしょう。私たちは諦めない。 何故ならば、それ以外に、私たちのの命や、私たちの家族や子孫たちを守る術がないから。
2016年08月20日
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(知人のメーリングリストから拝借。赤旗の記事らしい)録画していたETV特集の「加藤周一 その青春と戦争」をやっと観た。素晴らしかった。幾つかの小さな発見と、何よりも加藤の瑞々しい文章と、それを読む学生の瑞々しい感性に触れて愉しかった。死後数年経ってお菓子の缶に保存されていた1937年(17歳)から1942年(22歳)までの、評論や日記、詩などを書いたノートが見つかり、それを学生やいろんな人が読みながら、紹介してゆくというものでした。全体的な感想を云えば、池澤夏樹が言うように、「加藤周一は最初から加藤周一だった。観察者であり、分析者だった。論理的に生きて行こうという"決意"がある」ということになる。しかし、学徒出陣の一年前にノート執筆を已めた加藤の中に、理不尽な死を前に何とかして世界を理解しようとする心が、揺れながら書かなくてはならないという気持ちも併せて観て取れる。論語を模した自叙伝や、後の三題噺を彷彿させるような「東京」という短文、等々。ここにはホントにその後の加藤周一を予見させる文章に満ちている。驚くのは、何処を切っても加藤周一なのに、文章そのものをこの後の分筆活動で「切り貼り」することは一度も無かった、ということ。加藤周一はフランス文学「チボー家の人々」を自ら一部翻訳する。そこには、ヨーロッパの街の中、第一次世界大戦の直前にもかかわらず、人々が平和に無邪気に生きている様子が描かれるだろう。加藤周一は書く。「歴史は繰り返す。1940年はいかに1914年に似ていることか。現代は何度絶望したら許されるのか。」加藤がそう書いたその一年後に太平洋戦争が始まった。歴史は繰り返す。2016年はいかに1940年に似ていることか。現代は何度絶望したら許されるのか。現在95歳の加藤周一の妹の久子さんを、初めて見た。久子さんは、当時叔父の軍人岩村清一(ロンドン軍縮会議にも出席)の影響が強かっただろうという。叔父も戦争には負けると思っていて、戦争には反対だったらしい。加藤周一の同級生の貴重な"生き残り"山崎剛太郎氏も登場。それと同時に、加藤周一がよく言及していた中西哲吉氏の写真も出てきた。今回、加藤が亡くなる直前のメモも紹介される。加藤周一はその親友のことをだいたいこんな風に書いていた。「私は戦争で2人の親友を失った。もし彼らが生きていたならば、日本もが再び戦争の道へといくことを許しはしない。私は親友を裏切りたくない。憲法9条には親友の願いが込められている」中西は池澤夏樹によれば、加藤周一よりも優秀だったかもしれない、という人だった。立命館の学生が加藤周一の青春ノートを真剣に読み込んでいて、嬉しかった。加藤周一を「古代に"逃避"している」とか「傍観者」とか、学生特有の性急な言葉を使いながら、基本的に加藤周一を理解していたように思う。最後のまとめ部分で、加藤周一から学んだ感想を述べて一人の学生の言葉が印象的だった。「歴史は繰り返すのは、"人の弱さ"かもしれないけど、それを乗り越えることがあるとすれば"人の力"かもしれないと思う。そのように生きる力は、"人をつなぐ"ことだと思う」がんばれ。がんばろう。ちょっと急がせますが、再放送のお知らせです。ETV特集「加藤周一 その青春と戦争」8月20日(土)午前0時〜1時(金曜日の深夜)http://www4.nhk.or.jp/etv21c/2/また、ツイッターの「加藤周一文庫」からの情報です。本日のETV特集「加藤周一 その青春と戦争」で扱われる加藤の「ノート」は、インターネット上で全文を公開しています。番組を見て関心を持たれた方は、ぜひこちらもご覧ください。trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U…15:41 - 2016年8月13日
2016年08月19日
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昨年のことですが、7年ぶりぐらいにAmazonの書評レビューを再開した。要はブログに書いた書評をそのまま転載するだけ。昔は実は600近くの書評をここに載せていた。なぜ止めたか。一番大きな理由は、字数制限があったからである(現在はほぼ無い)。800字か1000字で打ち止めになっていたのではないかと思う。もっと前には、一つ一つの書評に内容審査が入って、しかもどうして掲載差し止めになったか理由がわからなかった。それで数年間止めていた時もある。ただ、それは2005年ころになくなっていて再開したのだが、字数のことでやはり止めたのだ。 実は私は、2000年ごろのAmazon発足当時の書評欄ができたころからのレビュアーである。だから、最初の頃は書評を書く人があまりいないせいもあって、ベスト10レビュアー(基準がいまだによくわからないが、書評数と「参考になった」数とを参考にして決めていたようだ)になったこともある。その後ベスト50からベスト100に次第と下がっていって、7年前にやめたころにはベスト1000ぐらいまでに下がっていたと思う。今回再開するときにはベスト2000ぐらいまで下がっていた。 ところが、この下の書評を書いてしばらくすると、ベスト3000ぐらいに順位が下がったことを知った。理由は明白であり、この本に関しては、異常なくらいに★5とかにつけている書評に対して「参考にならない」評価をつける人がいるのである。他のアベノミクス批判の本にもその傾向があるが、SEALDs が関係する本に関しては「異常」が付くくらいに否定「票」が押されたようだ。基本的に一人一票制のはずだが、これはぜったいにそうではなくて、おそらく数人の何か使命を帯びたような気持になっている人か、本当に組織された人たちが、アカウントを替えながら投票しているのだと思う。もちろんそれは私の推測であり、それが何人でやっているのか、もしかして2-3人でやっているのか、それもわからない。特徴は批判の書評を書く人も、否定票を入れる人も、内容がなく機械的だということである。 どちらにせよ、それはものすごいエネルギーのいることだと思う。一人が10投票するのでさえ、大変なエネルギーだと思うのだが、そう仮定したとしても20人以上(私の否定票は遅く書評を書いたので少ない。初期に書いた人はこの倍くらい否定票が入っている)が参加しているのである。 私は雇われてやっているとは思っていない。おそらく、自分の書評に否定票をたくさん入れられて恨みに思った人の仕業なのだろう。ネットウヨだけがこのような「執拗性」を持っているわけではない。左翼同士のコメントのやり取りも、時々いやな執拗性を帯びることがあり、これは匿名のネット社会の持つ性格なのだと私は思っている。 ともかく「243 人中、48人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。」というのは「異常」な状態である、ということをみんなに知らせたくて、この一文を書いた。もしこの文章が本当にひどい書評だったのだとしたら、せいぜい「40人中、2人の方が」ぐらいが本来の在り方だと思うのだ。 SEALDs 民主主義ってこれだ! SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)著エディション: 単行本(ソフトカバー)価格: ¥ 1,620 243 人中、48人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 5つ星のうち 5.0 スピーチを聴こう, 2015/11/13 レビュー対象商品: SEALDs 民主主義ってこれだ! (単行本(ソフトカバー)) 本をめくる。タイトルの次に、「目次」の代わりに「introduction」と銘打たれて、まるでアイドル写真集のように、2人の男女が廃墟のプール(?)で向き合っているカラー写真が載っている。隅にハンググライダーが飛んでいる。目次内容も右から左じゃない、左上から右下、英語半分だ。つまり、こういう「本の編集の仕方」(編集スタッフもおそ雇われてらくSEALDs)からSEALDsなのだ、とこの本は隅々まで訴えている。 つまり、ここには古臭い言い方で云えば「新しさ」がある。 一方で、彼らのスピーチやオピニオン(綱領?)は、古臭い私でも至極真っ当なモノなものと思えるのだ。だから、若者だけでなくいわゆる老人たちも「支持」「支援」したのだろう。12万人国会前集会が実現したのも、そういう訳なのだろう。 三章「Where we are from」の中心メンバー3人による対談で、やっと私はこの3年間の彼らの活動概略を知る。始まりは2012年原発再稼働反対で官邸前に集まっていた若者が結成したサークルみたいなものTAZ(一時的自律空間)だったらしい。2013年12月に特定秘密保護法が可決。そのあと本格的な運動体SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)が結成される。それら最初の時から、彼らは「カッコいい」ことを求めている。「VOTE(投票に行こう)」Tシャツ着て写真を撮ってSNS上で拡散しまくる。やがて「カッコいい」デモのやり方も工夫する。フライヤー(チラシ)やスピーチのクオリティも上がってゆく。そして、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)が今年の5月に立ち上がる。なるほど、ホントに充実した大学生活だったのだ。 しかし、彼らは流行として運動をしていたわけでも、カッコ良さだけを求めてこういう行動を起こしていたわけではないことは、この本に収められているメンバーのスピーチを読んだり、対談の中の「展望」を語っているところからも伺われる。 SEALDsメンバーには「知性」と「覚悟」がある。それらは、次の人たちとは極めて対照的である。ネットで使い古された言葉しか発さず、匿名でしか街頭に立つことが出来ない戦争法を支持する人たち。SEALDsはすべて「自分の言葉」で、必ず名前を明らかにしてスピーチしている。 この本には、この間のほぼ全員分のスピーチが収められている。モノローグも含めて、ほぼ全てのメンバーたちの想いを知ることが出来る。その意味で、SEALDsの全貌を知るためには、これは決定本である。しかし、SEALDsを紹介するためだけにこの本が作られたわけではないだろう。秘密保護法から安保関連法に至る、この国の向かっている未来の危険性に対して、未来を引き受ける若者たちの正面からの彼らなりの「答え」なのだ。スピーチを聴いて欲しい。出来ることならばYouTubeで検索すると見ることの出来るのでそれで聴いて欲しい。文書で読むとただ感心するだけだったスピーチを、生で聴くと泣いてしまったことのある私なのである。 2015年11月7日読了
2016年08月17日
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「吉備の弥生時代」岡山大学埋蔵文化財調査研究センター編 吉備人出版 待望の岡大埋文センターの本が出た。岡大は、岡山県の最も代表的な弥生遺跡である楯築の遺物が展示されている所だ。ここの解説本がないと、楯築遺跡を知るためには専門書を紐解くとしても、その周辺のことを考えるには、様々な本に当たらなくてはならない。 2014年の岡山シティミュージアム会場の「弥生時代を語る」特別展示を二年後にまとめた本らしい。図録ではなく、展示会をまとめてくれたおかげで、とても興味深い本が出来上がった。第一部は、その展示図録のようになっているが、面白かったのは、第ニ部で記念シンポをそのまま記録していて、内容的にも面白かったことと、第三部において、研究者のミニ論文が興味深かったことである。 不覚にも初めて知ったのであるが、弥生時代前期と後期後半の岡山平野南部の地形変化の図(11p)を見てビックリ。いわゆる楯築遺跡周りの土地は、この間に河川の土砂によって作られていたのである。上東遺跡は、小島に陸が繋がった小さな半島の趣だった。 鹿田遺跡の様子は初めて知った。現在の岡大歯学部が上に建っているので、岡大だけが発掘しているようだ。 また、「吉備のマツリとシンボル」として、「分銅型土製品」「黥面」「龍」が取り上げられている。 「人」のイメージは、縄文文化の流れをくみつつも豊穣の祈りの中でリニューアルされ、社会動向に対応するかのように変化しました。また粘土で造形した小さな人形も、この頃の吉備のムラを特徴づける資料です。弥生時代後期後半には、入れ墨を施す人面文様が瀬戸内海沿いに西方から岡山平野にもたらされました。中国大陸由来の龍の形象は、ムラの中では雨をもたらす水神として、壺や器台に描かれました。(28p) 黥面や分銅型土製品の顔の表現から、「頭部重視の思想」について注目しているが、それ以上は深められていない。また、天瀬遺跡から出土した海から飛び出したばかりのような龍の線刻が描かれた土器は初めて見た。これは「水神」として非常に説得力があった。また、龍の抽象的な線刻が描かれた土器の津島岡大遺跡と百間川原尾島遺跡のそれは、兄弟土器といってもいいものだと写真を見て初めて思った。 楯築弥生墳丘墓の詳しい説明がある。その中で埋葬儀礼の復元図は初めて見た気がする(48p)。円礫すい(円礫の集積)をあんな風に盛っていたのか。大型孤帯石はその上にあったのか(おそらく想像)。勘違いしていたのは破砕された小型孤帯石は墳丘に混じっていたと思っていたが、円礫すいに混じっていたのである。それと、あまり注目してこなかったが、円礫すいに他にも混じっていた玉形、人形土製品。特に人形の正体はちょっと大きな謎である。今回鮮明な写真が載っていて、俄然興味湧いた。シンポの中で、「楯築の埋葬者は、リーダーというよりも東アジアまで展望するネットワークのブローカーだったのではないか」と言われていた。大きく頷くところである。 ミニ論文では、島崎東氏の「吉備の手焙形土器」が興味深い。謎の土器だったのだが、島崎氏は「中に炭を入れ、熾火による熱を用いたなんらかの行為、例えば、小形で特殊な細工物などの加工道具としての可能性」(95p)と、踏み込んで言及した。記憶したい。また、松木武彦氏の「楯築弥生墳丘墓と二世紀の吉備地域」では、楯築築造時期を、今までの二世紀後半(180年ごろ)から「遅くとも二世紀の中ごろまで」に引き上げるべきだと提案している。ということは、140ー150年ころと思った方がいいのか?また、楯築と同時の弥生墳丘墓に出雲の西谷三号だけでなく、因幡の西桂見、越の小羽山30号(福井市)を揚げ、その関連性を述べているのは新鮮だった。楯築・西谷・小羽山は鉄剣一振りと玉という同じ品目のセット、楯築と西谷は木槨・木棺・特殊器台という類似性がある、という。「ある種の申し合わせ」があり、楯築は吉備の一人歩きではなかったのではないかということを言っている。特に木槨などは楽浪郡の影響を考えるべきだろうという(126p)。 わかりやすくて、いい本だった。
2016年08月16日
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8月15日になると、ニューギニアで亡くなったとという母親の兄(私にとっては伯父)のことを思う。とっても優秀でやさしいお兄さんだったと云うことぐらしいしか、母親からは聞いていない。南方戦線で亡くなった兵士のほとんどが餓死だったと聞いたのは、それよりもずいぶん後のことである。母方の家は二人の兄が戦死して、一人の弟がずいぶん後に帰ってきた。一人の妹と病気がちになった両親の面倒を12歳になったばかりの母親が一身に背負った。母親が亡くなって初めて聞いたのだが、両親のうち父親は自殺したらしい。そんなことんなで、「野火」は私にとっては特別な作品である。今月の映画評です。「野火」 「観て良かったと思います。でも、もう二度と観たくありません」去年の夏、映画サークルの感想の中で、1人の若い女性がそう言いました。その言葉が、この映画の内容を端的に表していると思います。フィリピン・レイテ島の悪夢の戦場を描いた、昨年戦後70年目の戦争映画渾身の一作です。 冒頭、肺病の田村一等兵(塚本晋也)は部隊と病院との間を二往復たらいまわしされます。それはまるで「上からの命令は絶対」の現代の会社人にも当てはまる理不尽な仕打ちでした。しかし、すぐにその事態は、米軍の機銃掃射によって終わりを告げます。戦争は「日常的な人間関係」をも壊すのです。 そこからは現代人の理解を超えた、非人間性の世界が描かれます。現地人を撃ち殺す兵士、頭を打ちぬかれ飛び散る脳漿、地面に転がる片腕、飢餓で幽鬼になる多くの兵士、サルと称して食人をする兵士。 大岡昇平原作に忠実であっても、田村の独白で話が進む原作とは違い、映画では目の前に鮮明な地獄図が広がります。「俺が死んだら、ここを喰ってもいいよ」と腹を見せる伍長(中村達也)や、何を考えているのかわからないおっさんこと内田(リリー・フランキー)など、共演者も鬼気迫る演技を見せます。「お前も絶対俺を殺して喰うはずだ」と迫る永松(森優作)の顔のアップのあとに、果たして田村はどうしたのか、原作も映画もハッキリは描いていませんが、私は帰国したあとの場面を見せたことで、監督の解釈はハッキリしたと思いました。しかしそれさえもどうでもよくなりました。「野火」はインテリの田村が果たして食人をしたのか、がテーマだとずっと思っていたのですが、そうではなくて、この作品全体が見せる「生き地獄」こそが大岡昇平や監督の見せたかったものだと思いました。 もう観たくはない、けれど一度は観なくちゃいけない。塚本晋也監督は、私と同じ歳でした。20年間準備してきたらしい。この時代だからこそ、使命感に駆られてつくったらしい。私の世代は、小さい頃から戦争体験者の話を直に聞いてきた最後の世代です。監督の気持ちはよくわかります。 部屋を暗くして観ないとよくわからない場面があります。また、戦場と対比的に描かれる、南国の鮮明な白い雲と青い海、緑の山々の自然が印象的で、そこだけホッとします。同時にとても哀しくなります。(2015年作品、レンタル可能)
2016年08月15日
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「玄鳥」藤沢周平 文春文庫 これで文春文庫で未読の藤沢周平作品は未刊行初期短編集の「無用の隠密」だけになってしまった、と私は思った。もちろん困らない。どうせ読み始めれば、初めてのように読んでしまうことを経験的に知っているからだ。これも再読でも構わないと思い買ったのだ。兎も角、ふと久しぶりに読みたくなった。そしたら思いがけず五篇とも未読だった。 「三月の鮠」には「窪井信次郎は胸に簡単に消えない鬱屈をかかえていた。」とある。この短編集は、初期作品を集めたのだろうか。私は疑う。藤沢周平が「胸に簡単に消えない鬱屈」のために小説を書き始めたことを知っているからである。ところが、信次郎の「鬱屈」は青年のかかるいっときの挫折であることが知れる。それは一つの「恋の力」で簡単に解決されるだろう。 「私、兵六さんのお嫁になりたい」 と妹の節が言った。 「どうして?」 「だって、あのひとおもしろいから」 「だめ。身分が違うでしょ」 路は叱ったが、路自身も粗忽でおもしろい兵六の嫁になりたかったのである。路は十五で、節は十三だった。そういう時は終わって、巣をこわされたつばめは、もう来年は来ないだろう。すべてが変わったのだ。(42p「玄鳥」より) 表題作「玄鳥」も、ストーリー的には哀しい話であるにも関わらず、節の物言いに、幸せを取り戻した藤沢周平の家族の姿が見える。愛娘の展子さんの言ったであろう言葉から、おそらく十数年経って、初めて作品として結実しただろう柔らかい空気が読み取れる。 「闇討ち」は定年3人組の友情物語であり、実は非常に現代的でかつ、ミステリー趣向も濃い。 「鷦鷯(ミソサザイ)」は冒頭の季節の移り変わりの描写が上手く、その季節と共に、頑固親父の気持ちも移り変わる。 「浦島」の孫六の、理不尽に左遷させられた中年男のなんとも言えない「面白味」が、最後まで余韻に残る。 決してすべて楽しい話ではないが、全体的に「おかしみ」を描いた、正に藤沢周平晩年の円熟期に達した佳品ばかりを集めた本であった。 2016年8月8日読了
2016年08月14日
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海だ。標高150m。そんなに高くはないが、それなりに汗を流して登ると、次々と絶景に出会った。 この地図でいうと、左回りに回る。 高山展望台から村の1番密集地を眺める。左が海水浴場、右が白石島の港である。 反対を見ると、いわゆる瀬戸内の海の道が通る。 遠く福山のコンビナートも見える。ここからは水島のコンビナートも微かに見える。そうなると、見晴らし台から見る海の道は、天気のいい時、目のいい者にとっては、大きな情報の宝庫だろう。一瞬にして備中から備後まで見渡すのである。白石島、北木島、真鍋島の笠岡諸島を含む塩飽諸島は、村上海賊とはまた違う一族の海賊支配地域である。「村上海賊の娘」をチラリと読んだだけの知識であるが、真鍋島は「村上海賊の娘」で戦った相手の真鍋七五三兵衞の一族の出身地域らしい。真鍋一族は大阪河内に行って頭角を現したのだ。だからこの海もいかにも海賊が出て来そうな、様々な島と、海流の複雑さが見て取れた。 最後に訪れた展望台は民間観音巡りの一つになっていた。 昔はよく行ったことのある海水浴場。 上から見たのは初めて。 その周りは、この島の人たちの最も密な生活空間である。 帰りは日陰になっていてほっとする。 下に降りた。白石島の墓の周りに白い布の一反木綿のようなものが翻っていた。この島の民俗かもしれないが、調べる余裕はない。 松浦邸は、カフェスペースにもなっていて、午後のフェリーの待ち時間ということで、(1時間半もあった)スムージーと豚肉とキノコの変わり丼を頂いた。 13時35分発のフェリーでゆっくりと帰る。
2016年08月13日
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笠岡諸島アートブリッジという企画の一つとして、白石島で何かやっていそうだということで、笠岡の湊から高速船で白石島にやって来た。折からの盆の季節、そして海水浴の季節もあって高速船の中はものすごく混んでいた。 途中でふと思ったのであるが、ノクト島に代表されるように、古代において中継の港は島になることが多い。もちろん、島に真水があるのが最低条件になるだろう。それだけではなく、島の方が山賊や海賊からの防衛上で良かったのかもしれない。ノクト島の海流はきつかった。海を熟知していないと攻めることはできなかっただろう。白石島は江戸時代に沿岸航路の中継地として栄えたらしい。 白石島の港に着いた。 白石島は、源平合戦の死者の霊を慰めたことが始まりとされる白石踊りが有名である。 かつて伊能忠敬も泊まった記録が残る松浦邸では、かつて白石島に滞在した村川源之助という漂白の画家の絵の写真と一部の宿泊代に置いたという絵を展示する。 主に白石踊りの絵を残したようだ。そんなに上手いような気がしない。 白石踊りの服も展示していた。 外に出る。この島は、昭和時代の映画のロケ地に使えるかもしれない。 Yの字形の道路など、無秩序に作られた村の形が残っていて、こういうのを見ると、あゝ島の村に来た、という感じがする。 元理髪店に松岡美江さんの作品展示。このプロジェクトは、どうやら同じ瀬戸内の直島で行っている、「島中が美術館」というやり方を真似た(⁈)もの見たいだ。要は民家の形を残しながら、若者の美術を展示する企画らしい。 これは現役の理髪店。こっちの方が味がある。 「道しるべの家」という家に「しらゆう」という作品を展示。杉原信幸作。島に自生する麻央蘭を用いた家の記憶だそうです。白石踊りへのオマージュらしい(⁉)。 家の遠景はこんな感じ。 河田邸には、清水直人さんの「NOTE_0003_白石島_1965」。「住まわれていた河田さんの時間と島の空間を見つめる」らしい。 そのあと、開龍寺に向かった。参りはしなかったが、やはり隣に真名井の井戸があった。島には至る所に井戸があった。真水の出る貴重な島だったのだろう。 そこからいつもの旅のように1番高い所に登ることにした。すなわち、展望台へ向けての道が整備されていたので、道なりに登る。長くなったので、続きは明日。
2016年08月12日
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7月に観た映画の後半です。まさかの五つ★が出ました。「シン・ゴジラ」です。もしかしら、今年のベストワンになるかも。もう少し考察を進めたい。「シン・ゴジラ」 「現実(ニッポン)VS虚構(ゴジラ)」を最後まで貫き通した監督の集中力に、まず拍手を贈ろう。かつて、巨神兵の実写化を試みた時に、監督はたった五分の映像なのに虚構に飲み込まれた。「エヴァ」は、今も虚構に呑み込まれている。それなのなに、何故この降って涌いた企画に呑み込まれなかったのか。他所様の企画が幸いしたのだとしか思えない。 最初聞いていなかった、新手の怪獣が東京湾に現れる。おお、先ずはこの怪獣を倒して「神獣」ゴジラに向かうのか、とおもいきや、あんな展開を用意するなんて、ちょっとしびれました。 観れば分かるが、この作品は明確に原発事故級の突然の災害時に、閣僚を含めて日本人はどう戦ったのか、をリアルに描いている。 しかも、何が素晴らしいって、日米安保を発動したのは仕方なかったとしても、最終的には日米安保の枠を超えて、日本が新たな安全保障政策に舵を切ったことである。 これまでのハリウッド版ゴジラはおろか、「アメリカの属国扱い」だった平成ゴジラの「限界」を、これで越えることができた。庵野恐るべし。ヤシオリ作戦は、もう一つのパラレルワールドで発動された初代ゴジラへのオマージュであることは明らかであるが、作戦過程がなかなか渋かった。そこに集う人物たちが、この作品の主人公といっていいのだが、庵野らしくおちこぼれ集団に光を当てるというにくい演出。ここにはゴジラに殺される人々はほとんど出てこないが、高橋一生演じる文化省の役人の涙をこらえながら作戦に従事する決意を示す一瞬の場面が、ちゃんと未曽有の悲劇を想像させるものにしていた。 自衛隊全面協力の中でも、最もリアルな映像も撮れた。 あれだけの廃棄放射性物資って、米国由来のものなんだよね。やっぱり良くないよね。 庵野作品なので、批判しまくろうと思っていたのだが、今のところ、批判するべき部分が見つかりません。もう一度観たいと思います。 ■ あらすじ 東京湾アクアトンネルが崩落する事故が発生。首相官邸での緊急会議で内閣官房副長官・矢口蘭堂(長谷川博己)が、海中に潜む謎の生物が事故を起こした可能性を指摘する。その後、海上に巨大不明生物が出現。さらには鎌倉に上陸し、街を破壊しながら突進していく。政府の緊急対策本部は自衛隊に対し防衛出動命令を下し、“ゴジラ”と名付けられた巨大不明生物に立ち向かうが……。 ■ 解説 『エヴァンゲリオン』シリーズなどの庵野秀明と『進撃の巨人』シリーズなどの樋口真嗣が総監督と監督を務め、日本発のゴジラとしては初めてフルCGで作られた特撮。現代日本に出現したゴジラが、戦車などからの攻撃をものともせずに暴れる姿を活写する。内閣官房副長官役の長谷川博己、内閣総理大臣補佐官役の竹野内豊、アメリカの大統領特使役の石原さとみほか300名を超えるキャストが豪華集結。不気味に赤く発光するゴジラのビジュアルや、自衛隊の全面協力を得て撮影された迫力あるバトルに期待。 ■ キャスト 長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、逢笠恵祐、赤山健太、安住啓太郎、ANI、阿部翔平、粟根まこと、飯野泰功、石垣佑磨、石原善暢、石本径代、石山和史、磯谷哲史、市オオミヤ、市川実日子、伊藤慎介、伊藤武雄、伊藤竜也、伊藤美穂、伊藤明賢、伊藤裕一、伊藤祐輝、稲葉義典、犬童一心、猪又太一、岩井堂聖子、イワゴウサトシ、岩崎一洋、岩田明、岩橋道子、岩本淳、植木祥平、浮須一郎、梅中悠介、柄本明、絵理子、遠藤かおる、大内厚雄、大賀太郎、大崎叶、大迫一平、大嶋聖ら、大杉漣、大塚ヒロタ、大槻修治、大根田良樹、大林丈史、緒方明、小川紘司、小川真由美、小倉星羅、小野孝弘、小野瀬侑子、小野塚老、小山田将、皆藤慎太郎、片桐はいり、加藤厚成、加藤貴宏、金井良信、金田誠一郎、金田なお、鎌田健資、神尾佑、神谷真士、蒲生純一、川井つと、川口丈文、川崎誠一郎、川嶋秀明、川瀬絵梨、川瀬陽太、河野達郎、菅野久夫、菊池康弘、岸田研二、岸端正浩、木田毅祐、北山雅康、城野マサト、木下卓也、キンタカオ、國村隼、國本鍾建、隈部洋平、倉敷保雄、倉田大輔、来栖聖樹、KREVA、黒田浩二、黒田大輔、小磯一斉、小出恵介、河野洋一郎、神谷大輔、高良健吾、小久保寿人、児玉頼信、後藤ひろみ、小林健一、小林隆、小林磐ノ丞、コビヤマ洋一、駒木崇宏、小松利昌、近童弐吉、紺野ふくた、サイ・ホージン、斎藤工、斉藤範子、斎藤嘉樹、酒井康行、酒田速人、相良千尋、佐藤一平、佐藤貢三、佐藤五郎、佐藤俊介、佐藤裕、鮫島満博、去石聖、志賀龍美、鹿野優志、信太昌之、志野リュウ、柴崎佳佑、島崎友之、嶋田久作、島津健太郎、下平ヒロシ、白畑真逸、末吉司弥、杉原枝利香、杉山ひこひこ、杉山裕右、助友智哉、鈴木歩己、鈴木淳、鈴木誠克、鈴木里彩、須田瑛斗、須田理央、春原美和、住田洋、諏訪太朗、関幸治、関谷亜矢子、妹尾青洸、大間剛志、高井正憲、高島英里奈、高田和加子、高橋一生、高橋一平、高橋一夫、高橋良平、田川平、竹内義貴、竹下宏太郎、竹森千人、辰巳直人、田中えみ、ダニエル・アギラール・グティエレス、谷口翔太、谷本峰、谷本幸優、塚田龍二、塚本晋也、津田寛治、土屋良太、鶴見辰吾、手塚とおる、藤東勤、とちおとちる、栃原智、豊田茂、鳥山昌克、内藤大輔、中泰雅、永井一誠、仲上満、中島伸、中田敦夫、中田春介、中田裕一、中谷太郎、中西莉子、長沼毅、中野英樹、長橋徳之、中村育二、中村讓、中村尚輝、中村瑞希、中山祐士、中脇樹人、南原健朗、西泰平、西岡秀記、西田裕輔、西野大作、野口雅弘、野沢聡、野田博史、野仲イサオ、野間口徹、野本大樹、袴田健太、硲涼、橋本じゅん、橋本じゅん、橋本拓也、長谷川直紀、花岡翔太、花澤豊孝、浜田晃、浜近高徳、原一男、原知佐子、ピエール瀧、土方鉄、日中泰景、檜尾健太、平泉成、平子悟、広瀬圭祐、深川圭、福井理沙、福吉寿雄、藤岡大樹、藤木孝、藤澤信泰、藤原正和、古川慎、古田新太、古屋治男、古谷佳也、ペロリ、細野哲弘、堀田祥子、堀岡真、堀本能礼、本城雄太、前田敦子、松尾諭、前原滉、松井晶熙、松尾諭、松尾スズキ、松木研也、松澤仁晶、松田七美、松林慎司、松原末成、松村もりす、松本雄大、松山永徳、マフィア梶田、三浦景虎、三浦清光、三浦貴大、三浦舞波、三浦義人、水野駿太朗、水野直、水野智則、水町心音、光石研、満本裕子、南瀬嵩、壬生翼、宮下忠人、三輪江一、村上隆文、村上航、村田佑輔、村本明久、ムラヤマ・J・サーシ、目黒紀史、本山歩、森きゅーり、森優作、森廉、森本武晴、モロ師岡、八木善孝、屋敷紘子、矢島健一、YASUKO、柳英里紗、屋根真樹、山崎潤、山崎真宏、山田将、山中敦史、山中良弘、山村賢、山本修夢、山本カナコ、山元隆弘、山本智康、柚木彩見、余貴美子、横光克彦、吉家章人、由川信幸、吉澤尚吾、吉田ウーロン太、吉田健太郎、吉田美穂、米村莉子、米元信太郎、ラブ守永、若本勇人、和田慎太郎、渡辺哲、渡部遼介、Bob Werley、Charles Glover、Christiane Brew、Dennis Gunn、Don Johnson、Gil、Inge M、MARKUS M、ROBERT Z、SMITH STEVEN、Tom Dolan ■ スタッフ 脚本・編集・総監督: 庵野秀明 監督・特技監督: 樋口真嗣 准監督・特技統括: 尾上克郎 音楽: 鷺巣詩郎 製作: 市川南 エグゼクティブプロデューサー: 山内章弘 プロデューサー: 佐藤善宏 プロデューサー: 澁澤匡哉 プロデューサー: 和田倉和利 プロダクション統括: 佐藤毅 ラインプロデューサー: 森徹 ラインプロデューサー: 森賢正 撮影: 山田康介 照明: 川邉隆之 美術: 林田裕至 美術: 佐久嶋依里 美術デザイン: 稲付正人 装飾: 坂本朗 装飾: 高橋俊秋 録音: 中村淳 整音: 山田陽 音響効果: 野口透 編集・VFXスーパーバイザー: 佐藤敦紀 VFXプロデューサー: 大屋哲男 扮飾統括: 柘植伊佐夫 スタイリスト: 前田勇弥 ゴジライメージデザイン: 前田真宏 ゴジラキャラクターデザイン: 竹谷隆之 ゴジラアニメーションスーパーバイザー: 佐藤篤司 特殊造形プロデューサー: 西村喜廣 カラーグレーダー: 齋藤精二 音楽プロデューサー: 北原京子 スクリプター: 田口良子 スクリプター: 河島順子 キャスティングプロデューサー: 杉野剛 キャスティングプロデューサー: 南明日香 総監督助手: 轟木一騎 助監督: 足立公良 自衛隊担当: 岩谷浩 製作担当: 片平大輔 宣伝プロデューサー: 是枝宗男 宣伝プロデューサー: 稲垣優 B班撮影: 鈴木啓造 B班撮影: 桜井景一 B班照明: 小笠原篤志 B班美術: 三池敏夫 B班操演: 関山和昭 B班スクリプター: 増子さおり B班助監督: 中山権正 C班監督: 石田雄介 C班助監督: 市原直 D班撮影・録音・監督: 摩砂雪 D班撮影・録音・監督: 轟木一騎 D班撮影・録音・監督: 庵野秀明 2016年7月31日 Movix倉敷 ★★★★★ 「教授のおかしな妄想殺人」 隣り合わせた家族の危急を救うために、悪徳判事を殺したらどうなるだろうと、哲学的殺人を実行に移してみる。これは、そのまま「罪と罰」の青年ラスコーリニコフの話ではある。よって、これは「妄想殺人」の話ではなく、「妄想者」の話である。 しかし、ウディ・アレンは教授(ホアキン・フェニックス)のために心優しいソーニャを配置しない。むしろ彼にとっては、運命を操る悪魔と言っていい存在のような娘を配置する。ところが、この娘には、最後の最後まで罪の意識はない。どころか、被害者としてのみ人生を振り返っている。そもそも、彼が悪徳判事の存在を知ったのは、教え子ジル(エマ・ストーン)のせいだ。無意識に犯罪を焚き付け、犯罪が起こるといったん完全犯罪になりかけたのに、頼みもしないのに探偵をして教授の犯罪に気がつき、無意識に教授を強迫する。果ては、最後の最後まで追い詰めるのである。 あの可愛い顔と大きなブルーの瞳で見つめられると、運命は変わるのかもしれない。教授は最後までそのことに気がつかないで逝ってしまった。 ウディ・アレンはコメディとシリアスを交互に作るパターンをこの十数年間続けているが、今回はシリアスでした。しかし何処か滑稽。いつ迄もぐにゅぐにゅ生きる意味を探したり、若い女の子の恋人になったり、気持ちだけはホントに永遠の青年なんですね。アレン監督は。 (解説) “生きる意味”を探して奇妙にすれ違う男女の運命を描く ウディ・アレンのテツガク的集大成たるダーク・コメディ! 人生というものは良かれ悪しかれ、何をきっかけに、どこへ転がっていくのか、誰にもさっぱりわからない。ゆえに私たち人間はどうしようもなく無力な存在であり、目には見えない運命や偶然といったものを受け入れながら日々を生きている。そもそも人間が“生きる意味”とは何なのだろうか。自分自身の存在意義や人生の道標を見失ったとき、都合よく“生きがい”なんて見つかるものだろうか......? 2011年の『ミッドナイト・イン・パリ』でキャリア最高の大ヒットを飛ばした後も、年に1本の製作ペースを保ち、ケイト・ブランシェットがアカデミー賞主演女優賞に輝いた人間ドラマ『ブルージャスミン』、南仏を舞台にした軽妙な恋愛喜劇『マジック・イン・ムーンライト』で世界中を魅了してきたウディ・アレン。この誰もが敬愛する天才監督は筋金入りのペシミストとして知られ、手を替え品を替え、先述の通りの運命や偶然なるものに翻弄される人間の哀しさ、滑稽さを探究してきた。そんな映画界の哲学者が「人生は無意味である」という真理に到達してしまったニヒルな大学教授を主人公に紡ぎ上げた『教授のおかしな妄想殺人』は、まさしくアレンのテツガク的集大成というべき奇想天外なダーク・コメディである。 (ストーリー) 美しいキャンパスに赴任してきた悩める哲学科教授のエイブを 絶好調にさせた“ある企て”とは――? 並外れた変人と評判の哲学科教授エイブ(ホアキン・フェニックス)が、アメリカ東部の大学に赴任してくる。若い頃は政治活動やボランティアに熱中し、世界中を飛び回ったエイブだが、今では学問にも恋愛にも身が入らず、慢性的に孤独な無気力人間になっていた。そんなある日、たまたま立ち寄ったダイナーで迷惑な悪徳判事の噂を耳にした瞬間、エイブの脳裏に突拍子もない考えがひらめく。それは誰にも疑われることなく、自らの手で判事を殺害するという完全犯罪への挑戦。すると、あら不思議、奇妙な“生きる意味” を発見したエイブはたちまち身も心も絶好調となり、ひたすら憂鬱だった暗黒の日常が鮮やかに色めき出す。一方、エイブに好意を抱く教え子ジル(エマ・ストーン)は、まさか彼の頭の中におかしな妄想殺人が渦巻いているとはつゆ知らず、ますます恋心を燃え上がらせていくのだが......。 2016年7月31日 シネマ・クレール ★★★ 「帰ってきたヒトラー」 そうか、「帰ってきたヒトラー」は先ずは緑の党を評価して、ネオナチをけなすんだ。ドイツ国民にとっては、かなり笑える小ネタがあるはずだが、日本国民にはよくわからない部分もある。でも雰囲気はよくわかる。 「ホンモノ」のヒトラーは、案外数日で現代世界に同化する。それなりに優秀だった、という風に描く。そして、彼の「ドイツを救う」という信念は、ありとあらゆるメディアで取り上げられて、「ここは正論」という風に少しづつ受け入れられ始める。 最初は、笑いで。やがてはファシズムがやってくる。 それは笑えない冗談だ。たとえ、「ヒトラー最期の12日間」の絶妙なパロディがあろうとも、ニュース映像を利用した現代ドイツの見事な皮肉があろうとも、笑って彼に気を許した途端に大変なことになる。 映像には、顔出しOKと顔出しNGの人々がいるというのも、物凄くリアル。 そう、これはとってもリアルなファンタジーなのである。 (解説) ギャップに笑い、まっすぐな情熱に惹かれ、 正気と狂気の一線を見失う―。 歴史上〈絶対悪〉であるヒトラーが現代に甦り、モノマネ芸人と誤解されて引っ張り出されたテレビの世界で大スターになるという大胆不敵な小説が2012年にドイツで発売。絶賛と非難の爆風をくぐり抜け、国内で200万部を売り上げた。その世界41カ国で翻訳、権威あるタイムズのベストセラーリストでも堂々NO.1に輝いた問題小説が、まさかの映画化!ドイツではディズニーの大ヒットアニメ『インサイド・ヘッド』を抑えて第1位を獲得した。 主役を演じるのは、リアリティを追求するために選ばれた無名の実力派舞台俳優。ヒトラーに扮した彼が街に飛び込み、実在の政治家や有名人、果てはネオナチと顔を合わせるというアドリブシーンを盛り込んだセンセーショナルな展開と、原作とは違う予測不能な結末は、一大ブームを巻き起こした。 1第二次世界大戦から70年が経ち、全てが変わった現代社会で、あの頃と変わらぬ思想とともに生きる男が繰り出すギャップに笑い、かつて熱狂的に支持されたままの、誰よりも愛国心に富んだまっすぐな情熱に惹かれ、正気と狂気の一線を見失っていく現代の人々の危うさ―。そうきっとスクリーンの前で笑っているあなたも。 モラルと背徳の狭間ギリギリの危険なコメディ、あなたの〈足元〉がグラつく。 2016年7月31日 シネマ・クレール ★★★★
2016年08月10日
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7月中盤に観た三作品です。(自分が立ち上げた焼き肉店で働く内田真由美)「ドキュメンタリー オブAKB48 存在する理由」わかりやすいドキュメンタリー。テーマは次世代。よって、神セブンの映像はほとんどない。次世代は当然必死こいている。しかし、AKB商売への展望についてはとうとう何も無かった。よって、存在の理由などわかるはずもなかった。モモクロプロデューサーが「批判とかいうのではなくて、300名ものメンバーに目を配れるのか、責任を持てるのか」と呟いていたのが、印象的だった。最も根本をなす批判だと思う。まあ、それでいいけど、一つの映画作品としてのドキュメンタリーとしては遠く離れている。あくまで、ファンへのご報告。個人的に1番なるほどと思ったのは、焼肉屋「IWA」で自分の道を見つけた内田真由美が、「どんな状況になっても決してへこたれない、それだけはAKBメンバーは身についていると思う」と言ったこと。今のメンバーに対する、私的には最高の励ましだと思った。モモクロのプロデューサーの一押しが珠理奈なのは納得な気持ちもあるのだが、(珠理奈ファンとしては)やめて欲しい。(解説)AKB48のドキュメンタリーシリーズとして5作目となる今回、満を持して監督に抜擢されたのがAKB48をブレイク前から追い続け、自らのカメラで長年撮影し続けてきた元NHKプロデューサーの石原真。メンバーやスタッフから信頼も厚く、秋元康総合プロデューサーから指原莉乃にHKT48へ移籍を告げられた瞬間や、舞台裏で男泣きする劇場支配人の姿など、石原だけがこっそりとカメラを回すことが許された現場も多く存在してきた。今作では最新撮り下ろし映像のほか、監督自ら撮り続けて来た”石原カメラ”による秘蔵映像の数々を惜しみなく公開。これまで自粛してきた”出せなかった裏の現場映像”まで解禁していく!この10年間でアイドル界をけん引する存在となり、数々の記録を更新し続けてきたモンスターグループ、AKB48。11年目を迎えた今、かつてない勝負の時期に直面している。初代総監督・高橋みなみの卒業と横山由依新体制への移行の裏で起きたドラマとは?HKT48指原莉乃VS.NMB48山本彩など姉妹グループの台頭、新グループNGT48の誕生、そしてライバル乃木坂46の大躍進に、絶対王者AKB48はどう戦おうとしているのか?さらに、インドネシアでもっとも有名な日本人タレントの一人として活躍する者や、焼き肉店のオーナー社長として奮闘する者、女性としてのそれぞれの生き方を選んだ元アイドルたちの実像にも追っていく!自らの烈々たる好奇心を原動力に、多数の現場を精力的に歩き回り、選抜・非選抜を問わず多くのメンバーに密着し、社内外の関係者らに直接取材した、石原監督の執念の結晶ともいえる今作。見えてくるのは、夢を追う少女たちのリアルはもちろん、巨大化し産業化したアイドル界に持っているであろう未来の姿かもしれない。すべてのアイドルファン必見のドキュメンタリーシリーズの金字塔、堂々完成!2016年7月14日TOHOシネマズ岡南★★★「ドクトル‘ジバゴ」(1965)新・午前10時の映画祭初めて観た。ロシア革命版の「戦争と平和」。勘違いしていたのは、ジバゴが根っからのプレイボーイだという印象があったのだが、かなり違った。最初から最後まで、200分の映画を一つの音楽で統一させる。昔の映画の大作は、こういうことができた。現代では聞いたことがない。(解説)ボリス・パステルナークの小説を、「アラビアのロレンス」のロバート・ボルトが脚色、同じく「アラビアのロレンス」のデイヴィッド・リーンが監督した、ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸篇。撮影はフレッド・A・ヤング、音楽はモーリス・ジャール、美術監督はテレンス・マーシュとジョン・ボックス、装置はダリオ・シモニ、衣裳デザインはフィリス・ダルトン、特殊効果はエディ・フォーリー、第2班監督はロイ・ロソッティが担当した。出演は「アラビアのロレンス」のオマー・シャリフ、「ある晴れた朝突然に」のジェラルディン・チャップリン、「ダーリング」で38回アカデミー女優主演賞をとったジュリー・クリスティ、「クロスボー作戦」のトム・コートネイのほかにアレック・ギネス、シオバン・マッケナ、ラルフ・リチャードソン、リタ・トゥシンハムなど。製作は「クロスボー作戦」のカルロ・ポンティ、製作企画は「人間の絆」のジョン・ボックス。なおこの作品は、第38回アカデミー賞の、5部門(脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)で受賞。(ストーリー)19世紀末のロシア。ユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。2人の婚約発表のパーティーの日、近所の仕立屋の娘ラーラ(ジュリー・クリスティー)は、弁護士コマロフスキーの誘惑から逃れるため、彼に発砲するという事件を起こした。彼女は帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ジバゴは医師として従軍した。戦場で看護婦として働らくラーラに再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚したのを知り、自分もまた家庭を持っていたが、ラーラへの愛をどうすることもできなかった。それにパーシャは戦死したとの報告も入っていた。その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰った革命軍の手に帰したモスクワは、飢えと物資の不足にあえいでいた。ジバゴが革命軍のリーダーで、義兄のエフグラフ(アレック・ギネス)に初めて会ったのはその頃だった。義兄の勧めもあって、田舎で休養することにした彼は、旅の途中で白軍のスパイと間違えられ、赤軍の将校に尋問された。この将校は、戦死と報じられていたパーシャだった。彼は変わりはて、今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、ある日突然、彼はパルチザンの1隊にとらえられた。妻に2人目の子供が生まれると知り、ラーラと別れる決心をした直後のことだ。しかし彼は脱走し、ラーラのもとに帰ったが、2人の関係を知った妻が、子供をつれて、パリに亡命したと告げられた。今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラの前に、コマロフスキーが現れた。彼は2人に危険がせまっていると再三話し、ついに身重のラーラをつれて極東に去った。8年後、ジバゴはモスクワの市街電車の中でラーラを見かけ必死に追ったが、かねてわずらっていた心臓発作で倒れ亡くなる。何年か過ぎた。エフグラフはダムの建築現場で働く若い娘(リタ・トゥシンハム)に出会った。彼女は、ジバゴとラーラの間にできた私生児だ。彼は両親のことを話してきかせ、ジバゴの詩集を贈りこう言った。「彼の仕事は党には容れられなかったが、詩を愛する人は彼を忘れない。彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。2016年7月14日TOHOシネマズ岡南★★★★「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」お祭りのような作品。記念すべき第一作から20年が経って、当時5歳だったディランはエースパイロットになっている。マッドサイエンストのドクター・オークンは寝たきりになっていたけど、突然目が覚める。元大統領の娘は立派な兵士になり、エリア51は、立派な防衛基地になっていた。ところが、肝心の侵略場面が、前作と比べて迫力がないのである。予算が削られたのであろうか。俳優の出演料に消えたのか。なんか、都合よく出来すぎていて、予想通りの凡作になっていた。あの侵略で唯一良かったのは歴史上初めて人類が一致して次回の侵略に備えて来たことらしい。各国の首脳の同時会議も普通に行われている。しかし、それでも常に首脳会議の場所はアメリカである。他国の兵士として、月の前線基地の隊長は中国人である。日本人は一瞬たりとも出ては来ない。安倍さん、これが世界標準なんですよ、中国敵視の政策は止めたら?■ あらすじエイリアンによる地球侵略に人類が立ち向かい、およそ30億人もの命を失いながらも勝利を収めてから約20年が経過した。人類はさらなる襲来に備えようと、エイリアンが残した宇宙船の技術を転用した地球防衛システムを作り上げる。2016年7月、そんな人類を試すようにアメリカ全土を覆うほどの大きさを誇るエイリアンの宇宙船が出現。彼らは重力を自在に操る圧倒的な科学力で、ニューヨーク、ロンドン、パリといった都市を次々と襲撃する。猛攻撃は止むことなく続き、人類存続の要であった防衛システムも無力化してしまう。■ 解説地球に攻めてきた侵略者と人類の激突を描いたSF大作『インデペンデンス・デイ』の続編。前作での闘いから20年後を舞台に、地球防衛システムを完備した人類が再び侵略者と対峙(たいじ)する。『ホワイトハウス・ダウン』などのローランド・エメリッヒ監督、『ロスト・ハイウェイ』などのビル・プルマン、『ディープ・カバー』などのジェフ・ゴールドブラムと第1作のメンバーが再結集。新たに『ハンガー・ゲーム』シリーズなどのリアム・ヘムズワースらが加わる。壮大な物語と圧倒的な映像技術に息をのむ。■ キャストリアム・ヘムズワース、ジェフ・ゴールドブラム、ビル・プルマン、ジェシー・アッシャー、マイカ・モンロー、トラヴィス・トープ、ウィリアム・フィクナー、シャルロット・ゲンズブール、ブレント・スピナー、ジャド・ハーシュ、セーラ・ウォード、ヴィヴィカ・A・フォックス、アンジェラベイビー、■ スタッフ監督・脚本・ストーリー・キャラクタークリエイト・製作: ローランド・エメリッヒ脚本・ストーリー: ニコラス・ライト脚本・ストーリー: ジェームズ・A・ウッズ脚本・ストーリー・キャラクタークリエイト・製作: ディーン・デヴリン2016年7月17日Movix倉敷★★★
2016年08月09日
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7月に観た映画は全部で9作品でした。3回に分けて紹介します。この時期はいつもは夏休み映画に切り替わって、いい作品は出てこないのですが、今回は掘り出し物がいくつか出てきました。「日本で一番悪い奴ら」「奴」ではなく、「奴ら」となっているところに、この作品の全て(製作意図)がある。冒頭「実在の事件をもとにしたフィクションです」というキャンプションが入る。これは洋画ならば別だが、邦画ならば、「9割真実です」と宣言したということと同然なのである。それ程までに「実在の事件をもとにした」映画は少ないし、この映画製作者は一割フィクションだという言い訳を隠れ蓑に、洋画ならば普通にあり得る社会悪を告発した映画をつくった。つまり、これは諸星が警察を隠れ蓑にヤクザと連んで好き勝手をした話なのではない。これは「道警の組織犯罪」であり、諸星1人に罪を着せて逮捕者の1人も出ていないのは、それを認めた警察組織全体の犯罪であり、つまるところ、政府の犯罪なのだ。宣伝は笑系犯罪映画であるかのように流していたが、確信犯的フェイクだった。極めてリアルな作品だった。それにしても、単に拳銃摘発の「実績」を挙げるために、日常的にロシアから「買い上げ」を行い、道警も予算を出し、それでは実績を挙げれなくなったあとは諸星たちが覚せい剤のしのぎで買い上げを行っていたのを「黙認」し、最終的には香港から200丁の輸入拳銃を押収するために20キロの覚せい剤の横流しを黙認を組織的に決め、結果的に120キロの横流しを招いたことを、道警は完全に闇に葬ったのである。諸星が逮捕されたのは、あくまで覚せい剤使用・所持によるものであり、諸星のスパイと上司の1人が不自然な自殺をしただけで終わっている。酷いものだ。こういう作品に力演した綾野剛の勇気を誉めたい。■ あらすじ柔道で鍛えた力を買われて、北海道警察の刑事になった諸星要一(綾野剛)。裏社会に入り込んでS(スパイ)をつくれという、敏腕刑事・村井の助言に従い、Sを率いて「正義の味方、悪を絶つ」の信念のもと規格外の捜査に乗り出す。こうして危険な捜査を続けていった諸星だったが……。■ 解説『凶悪』などの白石和彌監督と『新宿スワン』などの綾野剛がタッグを組んだ、日本の警察における不祥事をモチーフにした作品。2002年に覚せい剤取締法違反容疑などで逮捕され“黒い警部”と呼ばれた北海道警察の警部の、逮捕までの26年間が描かれる。脚本は『任侠ヘルパー』などの池上純哉、音楽を『八日目の蝉』などの安川午朗が担当。白石監督の演出と、劇中で体重を10キロ増減させ衝撃的な実話に挑んだ綾野の壮絶な演技に引き込まれる。■ キャスト綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄、矢吹春奈、瀧内公美、田中隆三、みのすけ、中村倫也、勝矢、斎藤歩、白石糸、青木崇高、木下隆行、音尾琢真、ピエール瀧、中村獅童■ スタッフ原作: 稲葉圭昭監督: 白石和彌脚本: 池上純哉音楽: 安川午朗撮影: 今井孝博照明: 金子康博録音: 浦田和治美術: 今村力主題歌: 東京スカパラダイスオーケストラ2016年7月1日Movix倉敷★★★★「ダーク・プレイス」シャーリーズ・セロン様は全編通じてノーメイクで通されました。けれども普通に立っているだけでかっこいい。一家惨殺事件の生き残り。寄付金だけで28年間を生きて来た女性を演じた。ここで私たちは、底辺の人間ばかりが住むアメリカ社会の映像を見ることが出来た。「有益な人生を送って欲しい、とママは言った。これでやっと普通の人生を送れる。」勝ち組じゃない人々にとっては、普通の人生はやはり特別なのかもしれない。クロエが狂気の演技。彼女やはりすごいです。(あらすじ)1985年、カンザス州の田舎町で母親とその娘2人が惨殺される一家惨殺事件が起こる。家の壁には悪魔崇拝を示唆する血文字が残されていた。犯人として逮捕されたのは15歳の長男ベン。ただひとり生き残った末っ子の少女リビーが、兄の犯行を目撃したと証言したため、ベンは終身刑を宣告された。アメリカ全土で注目されることになったこの事件後、まだ8歳だったリビーは親戚の家々を転々とし、いつしか自嘲的で、無気力な人間になっていた。それでも、これまでは善意の人々からの寄付金でなんとか暮らしてきたが、31歳になった現在、その貯えも底もつき、生活費を稼ぐ必要に迫られていた。※PG12監督 ジル・パケ=ブランネール出演 シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト、クロエ=グレース・モレッツ2016年7月7日TOHOシネマズ岡南★★★「団地」「団地てオモロイなあ‥噂のコインロッカーや」まさかのファンタジーだとは思ってなかったので、戸惑ったのだが、それさえも許してしまう、「笑えたんやから、それも、まっエエか」という気になる。韓国のようにホラーにもせず、ヨーロッパのように社会派にもせず、松竹のように人情劇にもしないで、ゆるゆるしょうもない人間模様を描いて、大阪はやっぱすごいで。久しぶりにシネマクレールが二階部屋だけど九割入って盛り上がった。コメディはこうでなくちゃ。その後「思い出し笑い」もあった。質のいい作品にしかないことではある。宇宙人は笑いながら怒っていたのだが、あれは本当に怒っていたのだろうか。(チェック)日本アカデミー賞監督賞やブルーリボン賞監督賞などに輝いた『顔』の藤山直美と阪本順治の主演、監督のコンビが、およそ15年ぶりに再び組んだ異色ドラマ。とある団地に引っ越してきたいわくありげな夫婦と、彼らが抱える秘密を暴こうとする住人たちが騒動を巻き起こす。『正しく生きる』などの岸部一徳をはじめ、大楠道代、石橋蓮司、斎藤工らが結集する。先の読めない展開はもちろんのこと、クセあるキャラたちにふんしたキャストが織り成すストーリー展開も見どころ。(ストーリー)商店街の一角で営んでいた漢方薬店を閉め、その住居兼店舗を売却し団地に移り住んだヒナ子(藤山直美)と清治(岸部一徳)の夫婦。パートに出るヒナ子と散歩ばかりしている清治だったが、ふいに清治の姿が見えなくなってしまう。さらに、彼らの部屋にスーツ姿で日傘を差す謎めいた男が出入りするように。やがて、ヒナ子が清治を殺して死体を隠しているといううわさが流れ、それを聞き付けたテレビ局が取材に訪れる。2016年7月10日シネマクレール★★★★
2016年08月08日
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「村上海賊の娘(2)」和田竜 新潮文庫和田竜の時代小説を読むのはこれが初めてだ。脚本家から出発しただけあって、全編映画用に書かれたが如くであった。3巻、4巻の後半を読んでいないので早計かもしれないが、まるで二時間映画のために作ったようなストーリーと描写が続く。よって、全四作のうちの今作は、前半のクライマックスが描かれる。 要は世に「悲惨」というイメージでしか捉えられていない信長の本願寺攻めを、敵も味方も「海賊」という、未だあまり描かれていないキャラクターを持ってくることで、野放図、野性的、豪快な「明るい戦争」に描き直したのがこの作品なのではないか、と今段階で予想を立ててみる。 当然ヒロイン景(きょう)は、映画化されたならば先ず発表されなければならない。誰もが思い描くのは女優の杏だと思う。小説での描写や彼女の演技力から言って、ピッタリだとは思う(長身である事、日本的な美人ではなく西欧的な彫の深さ)。しかも、彼女の容姿をめぐってのエピソードが本作のストーリーを動かしているのだから、ヒロインは誰でもいいというわけにはいかない。しかし最大の難点は、ヒロイン景はこの時20歳。杏は今現在30歳なのである。これから映画化が決まって撮影に向かってゆくとなると、杏は更に歳をとるだろう。この歳の差はキツイ。となると、まるきりの新人スレンダーモデルを持ってくる方法もある。ただしそれは、かなりの冒険になる。 合戦の場面は、映画化の最大の魅力だろう。海もあって、広い原野があり、お互いが遠くにポツンと見えるほどの所に、大阪本願寺、天王寺砦、木津砦がある。ロケ地選びも楽しそうだ。物語は単純なので、全体の評価はまだまだ読んでみないとわからない。今年の夏の愉しみではある。2016年7月読了
2016年08月07日
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「村上海賊の娘(1)」和田竜 新潮文庫 私の住んでいる所は、かつての平家の水島合戦の古戦場跡の近くだ。ちょっと車を飛ばしただけで記念碑にたどり着く。つまり、ここは中世は海にすこぶる近かった。 わが家から歩いて少し行った所に「この家はむかし海賊をやっていたんだよ。○○大将軍と言っていたんだ」といういわく付きの御屋敷がある。真偽のほどはわからない。そういう「伝説」がまだ成立するような土地が瀬戸内海の周りにまだいくらかありそうだということと、海賊の子孫は未だに地域の大物として残っていることを地域が認めているということと、子ども心に「怖いところ」しかし「尊敬すべきところ」という風に大人に植え付けられたことだけを、ここで指摘しておきたい。 瀬戸内に住む者にとって、「海賊」は特別なのだ。 その最後の輝きの物語なのではないかと、一巻目を読んで思った。一巻目はまだ人物紹介と、物語の発端説明の域を出ない。 次巻を続けて読むことにした。2016年7月読了
2016年08月06日
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日蘭協会等が主催した「初めてジャーナリストと呼ばれた男 岸田吟香」講演会を聞いてきました。岸田吟香研究者の森泰通(豊田市郷土資料館館長)さんの基調講演は、あまり期待していなかった分、とても興味深いものでした。豊田市(三河)は幕末は挙母藩。その藩の飛び地が岡山県の現在の美咲町にあって、岸田吟香はそこで生まれました(1833年)。秀才の甲斐があって、津山や江戸で学問修行をして、当時の若者らしく、尊皇攘夷思想にかぶれます。1859年安政の大獄で、仲間が次々に獄に繋がれますが、岸田は仲間がシラを切ってくれたお陰で罪を逃れる。ここで、岸田は突然「ノンポリ」になるのです。1861年脱藩(28歳)。なぜそうなったかは詳しいことはわからない。その5年後の手紙の中で、彼は「武士であることがイヤでイヤでたまらなかった」とも書いています。「ままよのぎん」になるのだ、とも書いています。市井に入って、様々な職業を転々とする。深川で銀次と名乗り、仲間に「ぎんこう」と呼ばれたために、名を「吟香」と改める。1970年代の全学連闘士の挫折の姿が重なります。眼病を患い、横浜のヘボンを訪れ、治癒、その点薬をガラスの小瓶にいれることを思いつき、のちに大きく成功します。同時にヘボンから和英辞典を手伝ってくれと頼まれ、和漢文と市井言葉に精通していることが活きる。これが日本初の和英辞書となる。同時に、遭難者で米国の通訳になったジョセフ・ヒコと横浜で日本初の「民間新聞」である「新聞紙」を創刊。しかし、これは世に出るのが早すぎて一年で休刊。その後三つの新聞の創刊に関わるが、自分の名前はあまり出さなかった。脱藩以来、政治の表舞台に出るのを避ける傾向。1873年東京日日新聞主筆。1874年(41歳)明治7年、台湾出兵に無理やりついてゆく。「新聞は国家の耳目なり」という信念。日本で初めての従軍記者になる。吟香従軍記事は、絵もついていて文章も読みやすく評判をとる。「論説の桜痴、雑報の吟香」と言われた。1875年、言論規制法。主筆を退く。政治と真っ向から立ち向かわないのが吟香の処世術だと森さんは云う。安政の大獄でよっぽど嫌なことがあったのだとしか思えない。吟香は議論よりも行動。常に庶民目線のわかりやすいユーモアたたえた文章を書く。会場には、吟香のひ孫、岸田劉生の孫、岸田夏子さんもきていて、楽善堂の使用人は、主人と同じ食事をしていたと証言。吟香の庶民目線はホンモノである。私は彼を「初めてのジャーナリスト」と評価するのは保留したい。ただ「日本大衆ジャーナリズムの父」という言い方は出来ると思う。彼の姿勢は、現代週刊誌の目線と全く同じである。ただし、中江兆民のように、全集が存在しない以上、それ以上に彼を日本思想史上に位置づけることは出来ない。彼が日本の政治をわかった上であの態度をとったのか、単に時流に乗るのがうまかっただけなのか、おそらく判断はむつかしいだろう。なかなか惜しいと思う。彼の好奇心は360度に飛ぶ。その他にも吟香が先鞭をつけたことは多く、巧みな広告戦略、石油の掘削(失敗)、蒸気船定期航路の開拓、天然氷の販売、日本広告株式会社(のちの電通)創設に関わる、盲唖学校の設立、楽善堂(点薬や図書の店)の中国進出と日中交流、など。ちなみに四男は岸田劉生。
2016年08月05日
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「ビッグイシュー291号」ゲット。今回も読み応えある記事満載でした\(^o^)/ チェブラーシカ、また新作劇場版が出来たらしいですが、原作のロシア人から引き継いで日本人の中村誠さんが監督しているとは知らなんだ。書きたいこといろいろあるけど、今回は特集のことを主に書きたいので、是非街角の販売者さんから購読してください。買うのに勇気なんて要りません。普通に買えばいいんですよ。 特集「軍事化する日本」リード文は以下の通り。 今、"軍事化"の波が押し寄せている。2012年、JAXA法が改定され、宇宙開発は「平和目的に限る」の一文が削除された。今や宇宙開発予算の大半が"軍事目的"とされる。また、防衛省が15年から開始した「安全保障技術研究推進制度」は、軍事に役立つ研究を行う大学や研究者に対して、6億円規模の資金を提供し始めた。 こうした「軍学共同」の進展に警鐘をならす池内了さん(総合研究大学院大学名誉教授)は「学者に対する"経済的徴兵制"が始まった」と語る。そこで、池内さんに「日本の軍学共同の今」について、金子元久さん(筑波大学教授)に「大学財政の現状」についてインタビュー。 さらに、14年の「武器輸出三原則」撤廃により、日本が世界の武器市場へ参入するなか、反対のアクションを続ける「武器輸出反対ネットワーク」の杉原浩司さん、「KOBEピースiネット」の高橋秀典さん、松本なみほさんにも取材。71回目の敗戦記念日を前に、改めて日本と世界の平和を考えたい。 実は2014年岡山県平和委員会は、この軍事施設の一つを監視調査した。運用を終えた人工衛星など地球の周りを周回する宇宙ゴミの総数が年々増加し、運用中の人工衛星との衝突を回避するための監視(宇宙状況監視・SSA)が、宇宙航空開発機構(JAXA)によっておこなわれている。岡山県の鏡野町にある上斎原スペースガードセンター(レーダー方式)と井原市にある美星スペースガードセンター(光学方式)のことである。この記事にあるように、それが軍事用に利用され、さらには米軍に情報提供され、さらには軍事機密化されることに、県平和委員会は警告を鳴らしてきた。その可能性だけは確実なのですが、今のところ、詳しく知る手段がありません。非常に不気味です。 池内了さんは、現代日本で「宇宙の軍事化」に(批判的立場から)最も詳しい科学者です。ちょっと聞くだけでも知らないことが次々とでてくる。 「日本のスパイ衛星は常に4機態勢で地球上を観測していますが、過酷に使われるため寿命は2、3年と短い。これ迄10機ほどが打ち上げられ、累計1兆円以上が使われてきました。今後さらに精度を上げるために常時10機態勢とする予定であり、1機600-800億円ぐらいするものを毎年3、4機飛ばさないといけない計算です」 「宇宙予算2000億円のうち、科学研究の目的で使われているお金はわずか200-300億円ほど、残りの大半は軍事目的なのです」 いま、おそらくものすごくたくさんの子供たちが、「将来宇宙開発のために働きたい」「将来JAXAで働きたい」と夢を持って日々学んでいる。その夢の行き着く先が、軍事目的だとしたら、大人たちは子供たちにいったい何と言えば良いのか。 防衛省の紐付き研究開発が年々拡大している。去年の募集研究テーマに109件もの応募があり、9件が採用されたらしい。今年の募集研究テーマの中には、「昆虫あるいは小鳥サイズの小型飛体実現に資する基礎技術」というのがあるらしい。ドローンを小型化して軍事目的に使う気満々である。 大学が独立行政法人化して、財政逼迫して、研究者が有期雇用になってゆく、という危惧も書かれている。目先の利益を追って、ホントの利益を逃す、寓話の副主人公にならないで欲しい。
2016年08月03日
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平和新聞8月5日号。機動隊に強制排除され、悔し涙を流す青年を一面トップの記事の写真に持ってきた。今度の平和新聞の一面にはフォトジャーナリストの森住卓さんの写真とルポが載っている。9年間座り込みで闘ってきた200人の住民対、安倍政権から送られて来た500人の精鋭機動隊。真田幸村でも、勝つのは無理だ。沖縄県民は何度も何度も何度も民意でNOの意思を示し、直近の参議院選挙でも民意を示した、正にその直後に国は予定通りとばかりに粛々と権力を行使した。 森住卓は書く。「圧倒的な暴力の前にいったん退いたが、闘いはさらに大きく広がっていくだろう。この局面は負けかもしれない。しかし、高江の地名は全国区になり、住民の声は全国に届いた。問われているのは本土だ。」 この号では、4.5面に「マンガでわかるこれが自民党改憲案!」という、コピーすればそのまま情勢学習会で使える紙面を作っている。 2面では、在沖縄の海兵隊が北朝鮮の内陸まで分け入って、韓国海兵隊共に侵攻することを想定した演習を行っていることを大きく報道。7月の選挙で忙しくて、私も何処かの新聞にあったのを見落としていたのか、初めて知った。そういうことがあった上での、北朝鮮のミサイルパフォーマンスがあったのかもしれない。パフォーマンスで済めばいいのだが。両国ともかなり危険なポリティカルゲームをしている。こんな情報、一般新聞には書かれていない。 8面に月一連載「平和の詩」。今回の荒波剛氏の「未来を造る」も素晴らしい詩でした。 平和新聞は、平和運動を専門に扱う、おそらく国内で唯一の新聞です。なんと月に3回(5.15.25日)発行されて、400円。是非ご購読ください。平和委員会の会員にならなくても購読できます。 お問い合わせは、最寄りの平和委員会に。あるいは、日本平和委員会(03-3451-6377)に連絡してくれれば、おそらく最寄りの平和委員会を紹介してくださるはず。 岡山県の方は、086-224-3787(担当・谷口)へ。
2016年08月02日
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「シンポジウム記録9 吉備弥生社会の新実像 吉備弥生時代のマツリ 弥生墓が語る吉備」考古学研究会岡山例会委員会編 2010年から2011年にかけて岡山大学で行われた考古学研究会のシンポジウム記録である。基本的に例会の中でしか頒布されないので諦めていたのだが、県立図書館内で借りれることを知り紐解いた。研究者たちの純粋な研究報告会なので、テーマは大変興味深いのにも関わらず素人には読むのはむつかしい。 大半良くわからなかったと告白しながらも、テーマは私の最大関心事なので、気になった所をメモする。 ○16pの岡山平野における中期集落の変遷図はとても興味深かった。中期2期では旭川流域(百間川遺跡・南方・津島遺跡?)の方が優勢なのに、中期3期で南方遺跡の縮小が起こるのと同時に足守川流域で急激に集落が増加する。草原孝典氏は丘陵裾部の扇状地での水田経営が成功したからだと述べている。楯築のことを考えるとそれだけとも思えないが、とても興味深い。 ○松木武彦教授は「墓制から見た吉備弥生社会」を報告。近藤教授の「集団墓から個人墓」への再検討を行っている。思ったよりも、弥生集団墓の遺跡があった(前期・南溝手、百間川沢田、雄町、南方)。前期では居住域の一角にある。土饅頭が累々と増殖して行く景観を想定している。また、縄文以来の屈葬がある。九州と違い甕棺はないが、墓の集塊は近畿にはない。ただし、溝を志向する埋葬は近畿以東に類似。 ○墓制の変化は中期後半。住居跡の数を調べて人口が2ー3倍になったことが判明しているが、そのことが影響しているのかもしれない。県北でははっきり墳墓群は居住域から離れる。南部は例えば後期以降の総社前山遺跡では150基の土壙墓や木管墓が裸山になって土饅頭が累々と続く墓山になっている。こうなると、小判形の土壙の屈葬はなくなり、伸展葬の木管墓になって行く。ただし、幼児の墓は居住域に甕棺墓として残る。(→足守川流域の集団墓は見つからないのか?) ○後期後半、楯築に代表される墳丘によった大きな区画墓が出現。楯築は墓山としての機能も持っていた。そして集団墓の消滅。みそのお遺跡の分析がイマイチわからなかったが、とても重要な遺跡だと思う(岡山県埋蔵文化財発掘調査報告87)。 ○四隅突出墓は、死者を埋葬する際に、突出部はまだ出来ていなかった。したがって、突出部は死者が通るための通路ではない。突出部は、埋葬儀礼に参列した人たちの通路と、墳丘装飾の二つの可能性がある。(230p) ○後期後葉になって出雲で吉備の土器が出土するようになる。土器の階層差とかにより、単純な交流ではなく、首長同士の直接交流(しかなかった)。(235p) ○矢野遺跡の住人は西谷三号墳と楯築に最も近い。西谷二号墳の小型器台と壺の胎土は立坂型の胎土と同じ。その特殊壺の胴部には、吉備に例の無い竹管文。これは出雲に向けた特注品だろう。また、二号墳からは吉備の特殊壺や器台の模倣土器の出土もある。三号墳にはなく、二号墳から作られ始めた。→首長間の直接交流は、三号墳の時が最も濃くて、直ぐに薄まった⁈(238p) ○高梁・足守川流域の墓域は後期に大きな変化。集落は低位部に広まるが、墓域丘陵に動いて、集落と墓域が離れて行く。(245p) ○吉備南部における祭祀・儀礼の変遷図(図20)が興味深い。中期後葉・後期前葉に第一の変革。それは楽浪郡の設置(前108)の影響。これにより、青銅器時代が終わり、分銅形も終わって行く。土製高杯に形式変化があり、器台が始まる。後期後葉に公孫氏の台頭(200年前後)があり、特殊壺・特殊器台が始まり、器台が終わり、薄甕が始まり、厚葬墓が始まる。(258p) ○楯築の埋葬者は鬼道を良くした(墳墓への朱の利用、井戸祭祀に桃を利用)。おそらく中国大陸や朝鮮半島、それから北部九州をはじめとした西日本各地にアンテナを貼っていて、入手する様々な情報の意味を熟知していた人物か。肝心なのは、その情報をそのまま直輸入するのではなく、目的や条件に会うように独自に作り変えて採用し、モノを媒介にして、社会の階層化を進めたり、集団を強力にまとめ上げる仕組みを作っていた。(河合忍)(302p)
2016年08月01日
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