全16件 (16件中 1-16件目)
1
3.11。今日から13年前に、東日本大震災が起こりました。昨日は、東日本大震災関連の映画『「生きる」大川小学校 津波裁判を闘った人たち』を観てきました。▼映画『「生きる」大川小学校 津波裁判を闘った人たち』公式サイト https://ikiru-okawafilm.com/昨日の上映会は、亀岡市での防災イベントの一環でした。ずっと観たかった映画です。思い切って、行ってきました。自宅からクルマで行けるところで上映会をしていただけたことに、感謝しています。上映会の冒頭で、主催者の方が、「13年前の今日、この子達は生きていた」と言われました。宮城県の大川小学校では、74人の児童と10人の教職員がなくなっています。なぜこれだけ多くの命が失われたのか。学校に勤める者として、このことは、ずっと考え続けていかないといけないことだと思います。運動場に避難した後、そこにとどまり続けて山に逃げなかったことが、結果的に多くの犠牲につながってしまいました。「山に逃げよう」という子どもや、先生は、いたようなのです。それなのに、なぜ、それが全体の総意にならなかったのか。そこにいた先生たちの合意形成が、なぜはかれなかったのか。非常に、胸が痛みます。せめて、このことを、教訓にしなければならない。そう、痛烈に、思っています。僕は2019年に大川小学校に、家族で訪れています。大川小学校は、今も、震災遺構として、残されています。僕が見学したときの写真を、掲載します。少しでも、大川小学校の記憶をみなさんと共有できるように・・・YouTubeで見られる動画の中には、今回紹介した映画に似た動画があります。そちらも、共有させていただきます。大川小学校ルポ#元NHKキャスターでジャーナリストの堀潤さんの取材報告動画です。▼東日本大震災の避難所で小学生が始めた壁新聞『ファイト新聞』 (2019/03/31の日記)▼YouTubeで「しあわせ運べるように」(歌:にかとま)を公開♪ (2024/02/07の日記)
2024.03.11
コメント(0)
今日は、僕が1年のうちで一番祈りを捧げる日です。阪神淡路大震災から28年。僕は神戸で生まれ育ち、就職を機に再び神戸に住み、小学校教員採用後は2校目で被災校に転勤しました。5時46分に黙祷しながら、亡くなられた方々のことを思い浮かべ、自分は何のために生きているのかを思いました。(写真提供:神戸市「阪神・淡路大震災「1.17の記録」」)勤務校の防災集会はコロナとインフルエンザが流行っているため、急遽リモート集会となりました。開始前に、音声が聞こえているかどうかのチェックを兼ねて、「しあわせ運べるように」の音源をスマホから流しました。▼「しあわせ運べるように」公式サイト http://www.shiawasehakoberuyouni.jp/(関連する過去記事)▼地震・防災カテゴリ
2023.01.17
コメント(0)
阪神淡路大震災から26年目を迎えました。(提供:写真AC)今年は新型コロナウイルス感染症の流行により、震災関連行事の開催があやぶまれました。しかし、「中止にはせず、対策を講じた上で工夫して開催する」としたところが多かったようです。「この日を忘れない。大切にしたい」という多くの思いを感じました。兵庫県民にとっては、小・中学校で震災に関する学習を毎年継続してきたこともあり、若い世代も含めて特別な日となっています。僕も、早朝からテレビで神戸からの中継を見つつ、午前5時46分には黙祷をいたしました。午前中、所属する組合の「追悼のつどい」にオンラインで参加しました。オンラインで中継されたおかげで、初めて参加することができました。同じ部屋にいた息子を膝に乗せながら、一緒に見ました。当時の話をお聞きできるのは、たとえオンラインであろうと、大変貴重です。「避難したのは家庭科室だった」「学校が再開されても校舎が壊れていて教室には入れず、美術室を代わりに使った」などの具体的なお話を聞き、当時の大変さに思いを馳せました。以前僕が勤務していた市の、先輩のK先生のお話もありました。K先生の学校は1.17の今日は登校日ということで、事前にビデオ撮影されたものを視聴しました。(僕の前の前の勤務校もそうですが、1.17が土日にあたるときには登校日にする学校が、被災した地域にはあります。当日に追悼式などを行なうためです。)K先生は、阪神淡路大震災以降に各地で起こった災害に際して、ボランティアに行かれていることを話されました。僕もK先生に誘っていただいて、初めてのボランティアに豊岡まで行ったことを思い出しました。「その場所に、行くということが大切」というお話が、胸に響きました。最後には、小学校の合唱団の歌もありました。澄んだ声と清らかな響き、伝わってくる空気感に、涙がこぼれそうになりました。今、歌が歌えないような状況にありますが、歌の持つ力、心と心をつなぐ力を感じました。最初に歌われた「大切なふるさと」は初めて知ったのですが、とてもいい歌でした。豊岡にK先生とボランティアに行った後、1人でボランティアに行ったのが佐用でしたが、佐用のために作られた歌が、「大切なふるさと」だそうです。いろいろな縁がつながっていることを感じました。最後に歌われた「しあわせ運べるように」は、僕も以前から大好きな歌。本日、神戸市の第2の市の歌として指定されたそうです。(▼「しあわせ運べるように」神戸市歌に指定 震災復興願い歌い継がれ(神戸新聞 1/14))「しあわせ運べるように」は神戸の小学校の先生である臼井先生が作られた歌です。作曲の経緯などは、下の本に詳しく載っています。↓『しあわせ運べるように CDブック』(臼井真)26年目の1.17の日に家族と 今ここにあるしあわせを かみしめました。(関連する過去記事)▼CDブック『しあわせ運べるように』1~「授業ができるだけでしあわせ。」 (2012/03/13の日記)
2021.01.17
コメント(0)
1.17は阪神淡路大震災があった日です。今年は日曜日なので、今日15日に避難訓練や震災に関する学習、追悼集会を行なった学校も多かったようです。小学生の我が子は、学校でペーパークラフトを使った震災学習をしてきました。家に持ち帰って、家でもやって見せてくれました。「こんなのがあるんだ!」とびっくりしました。耐震補強工事の大切さがよく分かります。名古屋大学福和研究室をネットで検索すると、詳しい情報に行き着きました。この簡易的な家の模型は、「紙ぶるる」と言うそうです。ほかにも、たくさんの教材がありました。すごい!皆さんも、ぜひ「ぶるる」のホームページに行ってみてください。↑「ぶるるくんの自己紹介」にリンクされています。↑とんでもなくたくさんの「ぶるる」があります!↑これが、「紙ぶるる」。(関連する過去記事)▼▼本ブログの「地震・防災」カテゴリの記事一覧 ▼阪神淡路大震災の話を、子どもたちに語り継ごう ▼阪神淡路大震災から 20年 ▼阪神淡路大震災から15年 ▼阪神淡路大震災の映像記録 ネットで視聴 ▼阪神淡路大震災、そのとき、神戸新聞は 『神戸新聞の100日』 ▼CDブック『しあわせ運べるように』1~「授業ができるだけでしあわせ。」 ▼おすすめ児童書 震災ドキュメント『あしたは元気!!』 ▼阪神淡路大震災の映像資料 DVD『ありがとう』『[ビジュアル版]幸せ運ぼう
2021.01.15
コメント(0)
日本中のほとんどの学校が休校中の中、9年目の3.11を迎えます。 自分の子には、前日の晩の今日、 「明日は震災の番組をテレビでするだろうから、観てみたら?」 「明日の14時46分には黙祷をしたらどうか」 という提案をしました。 あまり気乗りしない感じだったので、どうするかは分かりませんが・・・ ただ、やはり特別な日だと思いますので、できればこの日ぐらいは、9年前の震災に思いをはせてもらいたいと思います。 昨年、初めて東北を訪れました。 被害の大きかった大川小学校にも行きました。 2020年3月10日の今日、 産経新聞さんが大川小学校の映像記録をYouTubeで公開されています。 ご遺族のお話を聞いたり、当時の詳しい話が載っている本を読んだりしていたので、映像を見ながら、胸が詰まりそうになりました。 まともに観ることができませんでした。 子どもたちの学校生活の跡が、そこかしこに感じられました。 震災は、楽しかった学校生活を、突然に断ち切ってしまったんだな、と思いました。 多くの子どもたちの命が失われました。 本当に残念でなりません。 現在、新型コロナウイルスが猛威を振るっています。 その中で、感染者はどこの誰か、という情報が、とびかっています。 震災後、福島から避難した子どもたちが「放射能がうつる」などと周りに言われて差別されることが起こりました。 今、同じようなことが起きていないか、と大変心配しています。 非常事態という意味では、今も9年前も同じです。 冷静さを失い、思いやりを忘れて、軽率な言動をとってしまわないように、 風評被害を広めたり、感染してしまった方の人権を無視してしまったりすることのないように、 みんなで気をつけていきたい、と思っています。 震災後に、被災地に向けて、多くの歌が作られました。 学校で歌われる歌の中に、「一つの明かりで」という曲があります。 「COSMOS」「地球星歌」で知られるミマスさんが作曲されました。 YouTubeの動画に、この曲ができるまでの経緯を子どもたちが説明し、その後みんなで合唱するものがあります。 これは、全国の子どもたちにぜひ観てほしいと思います。 僕はこの曲が好きで、自分が受け持った子どもに、授業中に歌って聞かせたこともありました。 歌詞も、曲も、本当に、じんと、心にしみます。 動画の再生数がまださほど多くないのですが、もっともっと多くの人に観てもらいたいです!! (2020/3/10時点での再生数は384回でした。公開日は2019/10/7。 こんな素敵な動画を公開していただいたことに感謝します!) 3.11については、過去のブログでも少しふれています。 以前僕がブログで取り上げたのは被災地小学生の作った「ファイト新聞」です。 小学生が震災のことを知るのに、同じ小学生の目線からのメッセージはすごくよく伝わるだろう、と思いました。 この本には僕の住んでいる町の図書館で出会いました。 もし図書館で借りることができたら、この機会にぜひご家庭で読んでほしいと思います。 ▼東日本大震災の避難所で小学生が始めた壁新聞『ファイト新聞』 (2019/3/31の日記より) 『宮城県気仙沼発!ファイト新聞』 [ ファイト新聞社 ] 本来なら3.11の日に各学校で震災に関する学習や追悼式などが予定されていたと思います。 休校でそれらが全くなくなってしまい、代わりのものも何もないとなると、大変残念なことだと感じています。 休校でも、休校だからこそ、 この日には子どもたちに、改めて3.11について、自分なりに学んでほしいと思っています。 身近な大人の方々、もしよかったら、お子さんにここで書いた内容の一部でも紹介していただき、東日本大震災についての話を、一緒にしていただけたら、うれしいです。
2020.03.10
コメント(0)
1.17から一夜明けた今朝。神戸新聞紙上では、阪神淡路大震災関連の記事をたくさん読むことができました。「1.17のつどい」などに行くことはできませんでしたが、新聞でこうしてまとめてくださるのを、ありがたく感じます。今日は土曜日。落ち着いてじっくりと新聞に目を通すことができました。刻む。つなぐ。25年目の1.17。「1.17のつどい」についての報道番組は、以下のサイトから今でも観ることができます。▼阪神・淡路大震災から25年 震災の記憶や教訓の継承 課題に (NHK NEWS WEB 2020.1.17)こうやってブログにも残していき、継承の役目を少しでも負えればと思います。「1.17のつどい」の遺族代表のことば。神戸市東灘区の上野好宏さんが亡くなられたお母さんに向けて語られた飾らない言葉の数々が、とても、胸を打ちました。ネットニュースなどでは部分的な紹介にとどまるところが多いですが、ぜひ全文を読んでいただきたいと思います。▼阪神・淡路大震災から25年 遺族代表 追悼のことば(全文) (NHK NEWS WEB 2020.1.17)このブログの昨日の日記を、今までの阪神淡路大震災関連の日記へのリンク集にしています。よろしければそちらもご覧ください。▼25年目の1.17
2020.01.18
コメント(0)
阪神淡路大震災から25年。時の流れはなんと早い・・・!もうそんなに経ったとは、信じられません。僕は、2校目の勤務校が震災の被災校でした。そこで学んだ震災を語り継ぐ教育は、忘れることはできません。阪神間の学校から管外異動した後も、しばらくは震災を語り継ぐ教育に力を入れていました。今日のNHKニュースの画面で、僕が勤務させてもらった学校の追悼式が少しだけ映りました。遠くからですが、手を合わせたいと思います。震災を知らない世代に、震災の記憶を伝えていくために・・・これまでこのブログで掲載してきた内容が、少しでもお役に立てば、幸いです。しあわせ、運べるように・・・▼▼本ブログの「地震・防災」カテゴリの記事一覧▼阪神淡路大震災の話を、子どもたちに語り継ごう▼阪神淡路大震災から 20年▼阪神淡路大震災から15年▼阪神淡路大震災の映像記録 ネットで視聴▼阪神淡路大震災、そのとき、神戸新聞は 『神戸新聞の100日』▼CDブック『しあわせ運べるように』1~「授業ができるだけでしあわせ。」▼おすすめ児童書 震災ドキュメント『あしたは元気!!』▼阪神淡路大震災の映像資料 DVD『ありがとう』『[ビジュアル版]幸せ運ぼう※この日記の中の画像は、 阪神淡路大震災「1.17の記憶」 震災記録写真オープンデータ からの転載です。
2020.01.17
コメント(0)
『宮城県気仙沼発!ファイト新聞』 (ファイト新聞社、河出書房新社、2011、1300円)▼こうしきさいと (ファイト新聞の中身が写真で見られます。)図書館で見つけた本ですが、「これは買って手元に置いておきたい」と思った本です。被災地の避難所で生まれた、子どもたちによる壁新聞。初代編集長は、小学2年生!大判でオールカラー。子どもたちの笑顔や一生懸命さ、素直さ、明るさ・・・いろいろなところに心打たれます。新聞記事の内容は本当に他愛もないこと・・・食べものや学校のことなど。しかし、今日こんなことがあった!という感動が伝わってきます。励ましに訪れた著名人のメッセージやサインが書かれてあることも。元気になれます!↓こちらものぞいてみてください。 「ファイト新聞」について紹介しているブログ記事さん▼宮城県気仙沼発!ファイト新聞(「きいろとみどり」様)▼『宮城県気仙沼発!ファイト新聞』(浜松市子育て情報サイトぴっぴの防災ブログ様)▼『宮城県気仙沼発! ファイト新聞』(ムーミンパパのシルエット様)
2019.03.31
コメント(0)
1.17が、近づいています。昨晩は寝る前に我が子らに、久しぶりに読み聞かせをしました。読んだ本は、『ほんとうにあったお話 2年生』。その中に収められている10個のお話の中の、「にいちゃんのランドセル」です。私が芦屋市で勤めていた学校に関わる実話で、学校の子どもたちにもよく聞かせてきたお話です。読む知る話すほんとうにあったお話(2年生) かんどうがいっぱいの10のお話 [ 笠原良郎 ]「にいちゃんのランドセル」は、書籍化されている『にいちゃんのランドセル』を短くまとめたものですので、5分ほどの読み聞かせに最適です。『ほんとうにあったお話 2年生』にも、かなり具体的に書かれているのですが、興味を持った子どもたちには、ぜひ書籍版『にいちゃんのランドセル』も、読んでもらいたいと思います。そちらのほうが、より詳しく書かれてあります。にいちゃんのランドセル/城島充世の中への扉 にいちゃんのランドセル【電子書籍】[ 城島充 ](試し読みができます。)==================================◆内容紹介(リンク先より)阪神淡路大震災で亡くなったにいちゃんが使っていたランドセルをせおって、小学校に通っているとても元気な男の子がいます。そのランドセルには家族の悲しい記憶とあたたかな物語がつまっています。「命」ってなんだろう。 ==================================やんちゃな息子も、この話の読み聞かせの時には、珍しく真剣に聞いていました。阪神淡路大震災で亡くなられた、米津さんのご兄妹のことは、忘れられません。ずっと、語り継いでいきたいと思っています。ご冥福を、お祈りいたします。
2019.01.14
コメント(0)
兵庫県に住んでいます。真夜中に防災無線で起こされました。僕の住んでいる市に、大雨特別警報が発表されました。歴史上初めてだそうです。避難指示が出ていますが、家にいた方がむしろ安全なので、自宅で情報収集を行いました。テレビやラジオ、インターネットなどで情報は得られますが、僕が参考になると思った情報の参照先を紹介します。皆様、くれぐれもお気をつけて!▼兵庫県 防災(気象)情報http://web.bosai.pref.hyogo.lg.jp/index.html▼ナウキャスト 高精度雨雲情報https://www.jma.go.jp/jp/highresorad/m_index.html(拡大すると市町村名が表示されます。拡大はPCの場合、Ctrlキーを押しながらマウスホイールを上に回すか、または画面上の「+」マークを押してください。「再生」ボタンを押すと今後の雨雲の動きが分かり、これから雨がおさまってくるかどうか判断する参考になります。)▼Yahoo! 天気・災害トップ > 河川水位情報 > 加古川の水位情報https://typhoon.yahoo.co.jp/weather/river/8606050001/▼『豪雨災害に備えるガイドブック』http://www.npocommons.org/topics/suigai-guide.html(認定NPO法人 茨城NPOセンター・コモンズ)↑実際の大雨災害の時にどう行動したかを克明にまとめてあります。大変参考になります!
2018.07.07
コメント(0)
2011年3月11日から、丸7年。「もうそんなに?」と、ちょっと信じられない気持ちです。震災3日前に生まれたわが家の長男は、7歳になりました。今朝の新聞の復興状況を見ると、まだ開通していない線路もあり、完全復興にはまだ時間がかかることを思い知らされます。ネット上でも、たとえば以下のようなサイトで、復興に関する状況報告を見ることができます。▼データでみる震災復興のいま|3.11企画 - Yahoo! JAPAN(Yahoo!では上のページ以外でも、「3.11特集」をしています。 3月11日にYahoo検索で「3.11」と入力し、検索すると、10円が寄付されます。 ▼Yahoo!3.11企画 特設ページ )一昨日は通級指導の巡回校で「3.11」集会がありました。地元の高校のボランティア部の生徒さんと先生たちがこられて、東日本大震災等でのボランティア活動の報告を小学生にされていました。 ただ、多くの学校では震災から7年を経過し、「3.11集会」などの形で学校全体で東日本大震災についての学習をしたり、亡くなられた方々にお祈りを捧げたりということが少なくなってきているように思います。(学級単位では、道徳の授業時間等を使って行っていても、さらにそのうえに全校統一して時間をとることが難しくなってきています。僕自身の学校も、クラス数の多い大規模校ということもあり、全校児童そろって時間をとることはできていません。)ただ、テレビ番組や新聞記事・ネット記事にふれるだけでは、十分ではないと思います。「3.11」をどんどん忘れていくことになりかねません。そこで、自宅にAmazon Fire Stickを導入したのを機に、東日本大震災のドキュメンタリー映画を視聴することにしました。映画の名前は、「Pray for Japan ~心を一つに~」(文部科学省選定作品。本作品の収益は、東日本大震災のチャリティーに寄付されます。)冒頭10分ほど見て、うちの子供達に邪魔をされて中断してしまいましたが、非常に観る価値のあるドキュメンタリー映画だと思いました。動画配信Netflixで観ることができます。1ヵ月無料体験があるので、今まで利用していない人なら無料で視聴できます。▼Netflix (ネットフリックス) 日本 - 大好きな映画やドラマを楽しもう!映画と合わせて、震災で避難された方の自主制作本も紹介します。「3.11避難者の声 ~当事者自身がアーカイブ~」▼東日本大震災避難者の会 Thanks & Dreamタイトルの通り、「避難者の声」がたくさん掲載されています。「あとがき」から少し、引用します。========================== 本書に登場する避難当事者は、3.11直前までは皆さまと同様に、この国でふつうにあたり前の日常を送っていた、市井の人々です。ただ一つだけ違いがあるとするならば、3.11およびその直後に発生した東京電力福島第一原発事故の影響で、実際に「避難」を決断し、それを敢行した、ただそれだけなのです。(「あとがき」p126より)==========================「避難者の声」の中には、小学2年生の女の子のものもあります。(p22に掲載)わが家にも、現在小学2年生の女の子がいます。自分の子と重ねながら、当時の、当事者のご家族の悲痛な心の痛みが、容易に想像されました。あまりにも切なくて、たまらなくなりました。この冊子は、単に「避難者の声」を集めただけでなく、裁判での意見陳述書や、大学院での研究論文も収録し、非常に貴重なものになっています。「避難者の声」としては放射能からの避難という側面が強いため、それに伴ういじめや差別などの問題も赤裸々に語られています。ところで、東日本大震災の後に、励まされる歌詞だということで歌われていた曲の一つに、今井美樹さんの「PIECE OF MY WISH」があります。その中に、こんな一節があります。「希望のかけらを 手のひらにあつめて 大きな喜びへと 変えてゆこう 愛する人や友達が 勇気づけてくれるよ そんな言葉 抱きしめながら」 この部分を歌うとき、とても心が温かくなります。終わらない復興や、原発の風評被害など、今なお心が重くなるような課題が大きく残っていますが、私たち一人ひとりが「忘れない」気持ちを持ち続けることで、また、当事者の気持ちに寄り添い続けることで、「希望のかけら」を、「大きな喜び」へと、変えてゆきたいと思います。今井美樹さんの「PIECE OF MY WISH」、原曲ももちろんいいのですが、しんみりと聴きたいときは、「リラクシングピアノ」による、ゆったりしたピアノバージョンもおすすめです。僕は、大変勇気づけられました。▼PIECE OF MY WISH : Relaxing Piano(Amazon Musicで、試聴できます。)
2018.03.11
コメント(0)
『神戸新聞の100日』を読みました。阪神淡路大震災発生前から発生後のドキュメント。苦悩と苦労の連続。それでも「新聞を出す」ことを明確な合言葉にし、震災当日の夕刊から、翌日の朝刊まで京都新聞の協力を得ながら、発行し続けた姿勢にうたれます。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】神戸新聞の100日 [ 神戸新聞社 ] 神戸新聞の100日-【電子書籍】===============================『神戸新聞の100日』(一部分、特に印象に残ったところを引用します。)・信号待ちしていたはずのあのトラックが跳ね飛んでいる。 ダーン、ダーン。 4トンの車体は宙に浮いて、着地するたびに、すさまじい音を立てる。 (p26より)・芦屋、西宮など阪神間、神戸対岸の淡路島でも、破壊された街々に火魔が迫り、次々に炎上していた。しかし、火災規模は消防能力を超えていた。消防車両が足りない。人員が足りない。消防職員の多くも被災していたからだ。車両があっても道路陥没や倒壊家屋で前進を阻まれ、火点に到着できない。水道管が破裂し、水が出ない。 (p75より)非常に鬼気迫るものを感じる文体です。 当時の緊迫感が、伝わってきて、戦慄をおぼえました。・「5年後、あるいは10年後に、この街が完全に復興した時、ただ単に元に戻っているのではなく、犠牲者の無念の思いをくみ取った街でなければならないと思う。そのために、この震災でどんなことが起き、だれがどんな思いをしたのかを検証し、記録しておきたい。それが地元新聞の責任だと考えている」 (p179:橋田記者の言葉より)今年で震災20年。ここに来るまでに、防災・減災の視点に立った街づくりが進められてきました。 区画整理により広い道路や公園が多く作られました。 街並みは、場所によっては、すっかり変わっています。 僕は、前に住んでいた神戸市灘区の自宅から、須磨まで歩いて街並みを見て回ったことがありますが、僕が以前記憶していた街並みからかなり変わっているところが多くあり、驚いたものです。地震に強い街は確実にできているような気がします。しかし、「犠牲者の無念の思い」を、今この20年後に生きている僕たちがどれだけくみ取れているだろうか、と考えます。やはり、20年を節目とし、もう一度震災の記憶を思い出し、「どんなことが起き、だれがどんな思いをしたのか」を振り返らねばならない、と思います。・「あれだけ多くの現場で、多くの死に出会っていながら、まだ他人事だったような気がする。親しい人間の死に立ち会って、お前は甘いと思いっきり殴られた気がした」 (p194:ある若いカメラマンの言葉より)知っている人間が死ぬということ。これは想像を絶します。しかし、想像しなければならない。それが、遺族の言葉をお聞きしたり、亡くなった方々のことを知ったり、追悼番組で再現ドラマを見たりすることの意味だと思います。僕自身も、他人事になっていないか、ということを、ずっと考えています。また、子どもたちに震災のことを伝えるときに、他人事にならないように、ということも・・・。実際には、難しいことです。当事者と、時と場所を隔てた者との間には、大きな温度差や、壁があります。それはしかたがないのです。しかし、想像力だけが、その壁を乗り越える力をもっています。==============================明日は、勤務校で全校生に向けて、震災の話、前任校でなくなった子どもたちの話をする予定です。20年の時を超えて、20年前の子どもたちと、今の子どもたちが、心のきずなでつながれるように。 震災について考える土日が終わりました。また明日からは、「普通の」日常がやってきます。普通であることの意味を、考えながら・・・。 いつも見に来てくださってありがとうございます。励みになります。 ブログ王ランキング ▼にかとまの読書メモリスト ▼にかとま日記全件リスト
2015.01.18
コメント(0)
阪神淡路大震災から 20年。20年前に何があったのか、もう一度振り返る、大切なときが来ていると感じます。このブログでも、この震災について、何度か書いてきました。▼阪神淡路大震災 しらべ学習 お役立ちメモ (2006.1.16) ▼1.17 芦屋市の震災を忘れないための取り組み~あしや瓦版~ (2007.1.17) ▼阪神淡路大震災から15年 (2010.1.17)▼阪神淡路大震災の映像資料 DVD『ありがとう』『[ビジュアル版]幸せ運ぼう』 (2011.1.5)▼阪神淡路大震災の映像記録 ネットで視聴 (2011.1.14)▼おすすめ児童書 震災ドキュメント『あしたは元気!!』 (2011.2.12) ▼CDブック『しあわせ運べるように』1~「授業ができるだけでしあわせ。」 (2012.3.13) 今日は、震災を真正面から扱った映画『ありがとう』を観ました。 僕は、同じ映画を何度も観ることは、ほとんどありません。3回以上観た映画は、『4分の1の奇跡』と、この『ありがとう』だけです。阪神淡路大震災当時の様子が伝わってくる、貴重な映像です。また、主人公の生き方に感動できる、大変すばらしい作品です。amazonのDVDレビューに、「毎年1月17日にテレビ放送すべき」という意見がありました。まったく、同感です。ただ、少なくとも阪神地域では、震災20年目を数える今年の放送は、計画されていなさそうです。みなさん、ぜひレンタル屋さんで借りて、ご自宅で鑑賞してみてください。
2015.01.12
コメント(0)
運動会の練習、運よく晴天に恵まれまくりました。8月雨ばかりだったのがウソのようです。毎日運動場で練習することができています。ただ、来週あたり、また天候がくずれそうです。土曜の運動会はなんとかできるかな、といったところです。来週末に大雨に関する防災講話をする予定もあるので、自分自身の知識を深めるために、先ほどある本をネット注文しました。『こんなに凄かった! 伝説の「あの日」の天気』という本です。 『こんなに凄かった!伝説の「あの日」の天気』(自由国民社、金子大輔、2014/7、1620円)こういう本があるということ自体知らなかったので、見つけたときは、びっくりしました。著者はYouTubeで動画を多数公開されています。その動画が検索に引っかかったので、この本の存在を知りました。動画アクセス数がほとんどなかったのでまだ一般にはほとんど知られていないと思います。下の動画は、著者の数多い動画のうちのひとつです。短い時間でわかりやすく解説されていて、勉強になりました。僕がずっと疑問に思っていた、「〇〇ミリの雨」について、イメージができやすいように教えてもらえました。▲雨の強さの話 動画が勉強になったので、本も注文。 本の内容は、============================史上最強の竜巻、超ゲリラ豪雨、グレープフルーツ大のヒョウ、ミニスーパーセルetc…話題になった「あの日の凄い天気」を紙上で追体験! なぜ起きたのか、何に注意すべきかもわかる! 」(リンク先商品情報の「BOOK」データベースより)============================といったものであり、防災上非常に役立ちそうな本に思えます。 地震災害の本はかなり出ていますしけっこう読んだことがあるのですが異常気象に関する本は、今回が初めて。でも、よく考えたら、こういう情報ってニーズがありますよね。特に、8月に何度も大雨にやられている今年は、台風シーズンに備えて、予備知識をしっかりいれておきたいものだ、と思います。
2014.09.18
コメント(0)
9月1日です。防災の日です。なぜ防災の日かというと、関東大震災があった日だからだそうです。僕は知りませんでした。(正確には、覚えていなかった。)でも、テレビで「知らなかった」と言った方は、「信じられない」と非難されたそうです。 ▼9月1日がなぜ防災の日なのか知らない NHKあさイチ司会・イノッチは「無知すぎ」か昔は常識だったのかもしれません。でも、最近は学校でそういうことを教えなくなっているんじゃないでしょうか。 そもそも僕らの地域では9月1日は2学期の始業式です。あわただしく、やることが山積みの短時間決戦のような2学期初日に、防災の日のいわれを子どもたちに落ち着いて語る余裕はなかなか持てません。ともあれ、やはり今日が防災の日であることや、それが関東大震災の教訓を生かすためであることは、知っておいた方がいいと思います。 前回紹介した『風に立つライオン』には、東日本大震災での被災地の様子がとても詳しく描写されています。たとえば250ページからの、「大津波警報が発令されました」という防災無線が放送されるところ。そしてそれ以降の、避難直後から次第に日を重ねていくところ。まるでリアルタイムにその場に居合わせたかのように、震災当時の様子を疑似体験できます。294ページには、こうあります。===========================被災者が暮らしているのではなく、人間が生活している。この言葉は重いです。他の町の人々は常に”可哀想な被災者”という視点でものを言います。被災者が被災者らしくないことを言ったりしたりすると、なぜかがっかりする傾向があります。それは施す者が施される者を見下す視線のような気がします。===========================僕の住んでいる丹波市、それからお隣の福知山市では、先月の豪雨以降、今なお避難所で生活されている方がいらっしゃいます。僕の出身大学の近く、広島県安佐北区・安佐南区でも同様です。 被災地の近くにいると、「被災者が暮らしているのではなく、人間が生活している」ということは、非常によく、実感します。被災地でも、被災地でなくても、人間が暮らしている、生活しているということ、そのことは変わりません。では、何がちがうのか、といったことについても考えてみたい、と思う日です。
2014.09.01
コメント(0)
組合で買った本を借りて読みました。 『CDブック しあわせ運べるように』(臼井真、アスコム、2011/8、1600円)===========================内容: (HMV レビュー(上のリンク先)より)阪神淡路大震災で生まれ、神戸で16年間大切に歌い継がれてきた曲「しあわせ運べるように」がいま、 東日本の被災地で歌われている。作詞・作曲をした音楽教諭・臼井真が、曲が生まれた経緯や広まっていった様子などを綴る。===========================かなりよかったです!CDがついているのですが、「しあわせ運べるように」ができたときの話や当時の話を知ってから聴くと、またずっと味わい深いものがあります。この曲が大大大好きになりました。教師としては、「しあわせ運べるように」ができる前の、子どもたちと臼井先生のかかわりが率直に書かれている部分にも大変感銘を受けました。全国の音楽の先生に読んでほしい本です。=============================『しあわせ運べるように』1(最初からp128まで。 ・以降の太字は本の内容。 顔マークのあとの緑文字は僕の個人的コメントです。)・私の中で、教育という仕事、教えるという営為についての考え方、 感じ方が 根本的に変わった。 授業ができるだけでしあわせ。 究極的に言えば、生きているだけでも しあわせ。 歌が歌えるのもしあわせ。 地震はそういうことを教えてくれた。 この感覚は、全国の音楽の先生にぜひわかってほしい。・いろいろな子どもがいて、 反抗したり 言うことを聞かなかったり さまざまなことがあるけれど、 われわれは 好きな音楽を教えられて、 皆が元気で歌が歌える、 授業ができるだけでも いかにしあわせなことか。つい、忙しい日常の中で、忘れてしまいますけど、 そうなんですよね。 子どもたちとすごすこの時間の一つひとつが、 かけがえのない、大変ありがたい時間です。 それを実感として持てるのは、 震災などの影響でそれが奪われる状況を 痛烈に感じたからだこそですね。 僕は直接震災を経験していないですが、 いつくるかわからない大地震を想定しながら、 子どもたちと普通に過ごせる日々のありがたさも ひしひしと感じています。 すぐに忘れてしまうけれど、 忘れないように、 したいです。 ・「経過音」 当初、歌詞の「亡くなった方々のぶんも」の 「ぶーんも」部分に当たる 「ソーミソド」 のメロディは 「ソーミード」 だった。 先生たちに最初に歌ってもらったときに、 何人かの人が 経過音の「ソ」を入れて歌っていたので、 その場で楽譜に経過音を入れた。 たったひとつの音だが、 これがすごく貴重な音。 それが入ったことで、スムーズに歌えるようになった。 もしこれがなかったら、少し幼い感じの曲になっていた。少し作曲の技術的なことになってしまいますが、 僕も少し作曲をするので、 「なるほど!」と思ったこの部分を メモさせてもらいました。 ちょっとのことのようですが、 大きいことだと思います。 こんなふうに、最初にできたときから 音が少し変わって、完成に近づいていく、っていいですね。 皆の力があって、素晴らしい曲に高まっていく、 その「でき方」それ自体が、大変教育的です。 ・私がオリジナルの歌をつくれたのは、 学校生活の中に「歌うべきテーマ」が たくさん転がっていたから。 オリジナル曲づくりは学生時代からしていたが、 その時代の私には「テーマ」がなかった。 教師になって「子ども」という存在と出会って、 そこで初めて私にはテーマが手に入った。 テーマとは、 「歌いたいもの」ではなくて、 「それぞれの場面で必要なもの」、 「聴きたい」と思ってもらえるもの。 「つくる」のではなくて、 「自然と生まれてくるもの」。 それらが手に入ったとき、 私は歌をつくれるようになった。・歌が出てくるのは、 子どもたちの心理状況や変化、 心の動きを察知した瞬間。 子どもたちをしっかりと見ていないと 歌が出てこない。・子どもの気持ちになって つくることが大切。 子どもたちが書いた文章や絵もよーく見る。 そうすることで、子どもたちの心になりかわって 曲をつくることができる。僕も学生時代から作曲をしているのですが、 「確かに、自分の趣味で好き勝手に作った曲は、 テーマがなかったな~」 と、深く反省します。 そして、確かに、学校の子どもたちに向けて 作った歌は、「今の子の子たちに必要な歌」というような 気持ちでつくると、とてもいい歌になったような気がします。 だから、曲をつくる一人として、 臼井先生の本は、そういう意味でも、とても勉強になりました。(p128(第3章の終わり)まで)=============================「しあわせはこべるように」は、小中学生によってはもちろんのこと、いろいろな合唱団や、いろいろな歌手によっても歌われています。ピアノ伴奏もいいですし、オーケストラ伴奏もいいですし、それぞれに味があるので、聴き比べてみるのも いいと思います。ちなみに、YouTubeで聴いて感動したのはこれです。↓ ▲しあわせ運べるように - Cooley High Harmony Cooley High Harmony(クーリーハイハーモニー)は 神戸を本拠地に活動しているそうです。 とても澄んだ歌声に初めとてもびっくりしました! ブログを読んでいただいて、感謝いたします。 ↓記事がお役にたてましたら、クリックいただけるとうれしいです。 ブログ王ランキング ▼にかとまの読書メモリスト ▼にかとま日記全件リスト
2012.03.13
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1