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監察医の著者が、自殺防止につながる本というコンセプトで書いたもの。美しいと思われがちな青木が原や海での自殺だが、その行く末がどうなるかを監察医の眼で厳しく紹介している。他人にかける多大な迷惑と自分の醜い体を衆目にさらけ出さなければいけないことを知って、少しでも自殺を思いとどまる人が出ればよいのだが、死のうと思っているときは、そこまで考えるゆとりはないだろう。本を読みながら、自殺してしまった知り合いのことを考えてしまった。その瞬間、何を思っただろう・・・とか、どのような姿だったのだろう・・・とか。辛いね。。。自殺防止の目的とは少しずれてしまうが、この本によると、近年、老人の自殺が増えているという。私の母も脳出血で半身麻痺、軽度痴呆の状態となり施設のお世話になっているので老人問題はひとごとではない。自宅介護できないことに対して申し訳ない気持ちを抱いていたが、老人の自殺の大半は三世代同居者であることを知り、施設で暮らすことと自宅で暮らすことと、どちらがいいとは言い切れないのだと思うようになった。難しい問題だけどね。
2003年09月08日
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念願のデジカメ購入!キャノンのIXY400です。今日の読書は、マニュアルになるかな?(笑)
2003年09月07日
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会社でお昼ごはんをいっしょに食べているメンバーは、みんな犬好き、猫好き。私もうちのワンコの動画をCD-ROMに焼いて、ことあるごとに「かあいいでしょ(*^^*)」と見せているが他のメンバーもそれに負けない・・・。スクリーンセーバーにしていたり、フォトフレームに入れて机の上に飾っていたり、毎日写真をとって携帯の壁紙を変えて「今日のワンコ」とみんなに見せていたり。あ、もちろん私もだれでも見えるように、デスクトップの壁紙はうちのワンコです(^-^)お昼の話題も、ペットフードより手作りがいいよとか、トイレトレーニングの話とか、最初から最後までペットのことばかり。大体うちのセクションの上司も猫好きで、家に何匹いるのかが不明なほど。う~ん、みんなでまとめてペット産業に鞍替えして良心的なペットホテルとかペットショップ経営とか、そんなことやりたいねぇ。毎日パソコンに向かっているより癒されそうだ。で、金曜日のこと。カメラが話題になった。ペットの写真をとるためにデジカメを買ったのが一人。デジカメでは不満なので一眼レフを買ったのが一人。まぁ、ペットのためにカメラを買ったのはその二人なのだけど、その話を聞いて触発されないわけがない。我が家にあるデジカメは、カシオのQV100(ふるっ)とSONYのデジビデオに付属したもの。これではいい写真撮れるわけない。というわけで、昨日ヨドバシカメラに行ってみた。あらかじめインターネットでチェックして、光学10倍ズームで400万画素のオリンパスを買おうと張り切ってでかけたが、、、実際に見てみると思っていたより大きくて、気軽にポケットに入れて持ち運びができるというものではなさそう。散歩をしながら撮るというコンセプトなので、軽いものでなければダメ。予算はできれば5万以下なのだけど、ペンタックスのOptio550に今のところ惹かれている。光学5倍ズームで500万画素。http://www.digital.pentax.co.jp/ja/optio550/index_h.html 価格がネックなので、キャノンのIXY DIGITAL 400も候補。光学3倍ズームで400万画素。http://cweb.canon.jp/camera/ixyd/400/index.html 決めかねるので、いっそのこと富士フィルムアクシアにしようかと思ったり。http://www.axia.co.jp/products/mega/index.html 画素数は131万だけど、とりあえずこれを買っておいて、しばらくは我慢してもう少し待つとかね。というわけで、決めかねています。お勧めのデジカメがあったら教えてください。
2003年09月06日
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・週刊文春駅の売店で電車が来るまでと立ち読みしていたら、「立ち読みしないでください」と冷たい口調で言われたので買ってしまった。・「慟哭」貫井徳郎これが読みたい!と思う本が今はないので、面白い本がないかと探した中で、北村薫の「題は『慟哭』書き振りは《練達》読み終えてみれば《仰天》」というコピーに引かれて買った。信じて買ったのだからがっかりさせないでね。・「自殺死体の叫び」上野正彦美しい自殺死体はないというカバーの文字が目に付いたから。我が家の息子たちの自殺予防に目に付くところに置いておこうと思って・・・というのは半分冗談で半分本気。私自身、若いころは自殺願望があったので(今ではまぁったくないよ)、情緒不安定な息子を持つ親として、少し心配。もうひとつの理由として、知り合いが「鉄道に轢かれて死んだ場合は、車輪がスパンと切るので、ぐちゃぐちゃにならずにきれいに切れる」と言っていたことがほんとかどうか確かめたいと思ったから。別に嘘でも本当でもどっちでもいいのだが、列車の車輪はあれだけの幅があるのに、速度があればスパッと切れるものなのかどうなのかという、純粋な(子供じみた)好奇心。地球が自転していることを学校で習ってもにわかには信じられず、ぴょんぴょん飛んで同じ場所に着地するかどうか試した幼い日の私。いまだに納得いかないことがあると、とことん試してみたくなる。我流で間違いだらけであっても。家で本を読んだら電車の中での楽しみがなくなってしまうので、買ってきた本を読むのは週刊文春を除いて月曜日から。
2003年09月05日
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(お食事中の方は読まないでください)私にしては珍しく、朝8時前にワンコの散歩に出かけた。エレベーターで1階まで下り、裏のエントランスに行くと・・・集団登校の待ちあわせをしている小学生が数十人!!子供が小学校を卒業してからは、集団登校というものがあることも、学校へ行く時間帯であったことも忘れていた。実はうちのワンコは、子供が大嫌い。嫌いというよりも恐いのだ。大好きな散歩に出かけられるとわかってワクワクドキドキしながらエレベーターに乗ったワンコ、子供の集団を前にして、今度は違った意味で心臓バクバク。(ああ、情けない)震えているので仕方なく抱っこしたまま集団の中を通り抜ける。アスファルトの道路に出たところで、下に下ろしたが、小学生の集団が恐くて恐くてトイレどころではない様子。まぁ、どちらにせよトイレは室内でもできるからと、隣の公園でしばらく遊び、帰ることに。小学生がみ~んないなくなるのを待って、マンションに向かった。すると、エントランスのドア付近に黄金色の物体が。。。ま・ま・まさか・・・と思いながら近付いてよぉく見ると、やはり例のモノ。子供に踏まれてそこらじゅうに付いているし、あ~あ、お掃除のおばさん大変だ、ちゃんと始末しろよと思いながら、うちのワンコ用にと持ってきていたビニール袋で、拾えるだけ拾う。私はなんてよい飼い主なんだろ。人様のワンコのナニまで拾ってと自画自賛しようとしたが・・・???この感覚は・・・!! うちのワンコの○○○に似ている!!色といい形といい臭いといい・・・。こ・これは、、、もしかすると、、、、尻尾をあげてお尻点検!・・・していないとは言い切れない。。。黄色く濡れている部分がある・・・。もしかして、アナタ、ウンチおもらしした???げーっ、どうしようと思っていると、エレベーターがギュイーンとモーター音をあげて、上から降りてきたではないか。やばいっ。こんなところを見られては、うちのワンコが犯人だと思われてしまう。とっさに、中庭への階段を駆け上がり、エレベーターで下りてきた住人とは、顔をあわせるのを避けた。ううう掃除しておくべきだよね・・・でもうちのワンコではないかもしれないし、会社行くの遅れるし・・・ゴ・ゴメンナサイ(>_<)と、そのまま部屋に戻った。しかし、一日一回は必ずといっていいほどするウンチをその日はしなかったし、、、、やっぱりあなたが抱っこされたままウンチをおもらししたの???(汗)子供に、こんなことありうるだろうか?と聞いてみたら、やはり集団登校と出くわした日に、恐怖のあまりおしっこを漏らしたことがあったとのこと。ウンチが出そうでたまらなかったのなら、もらしたとしても不思議ではないんじゃない?と言われた。あの黄金色のブツの持ち主は・・・やはりうちの犬なのだろうか??抱かれたままウンチをしたワンコは、いますか?
2003年09月04日
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読む本もなかったので、手塚治虫マガジンを買った。ときどき、リアルタイムで読んだマンガも収録されているが、それはそれで楽しい。10月号の中にもはるか昔に読んだことのある「カノン」があった。同窓会の通知を受け取った一人の中年男が小学校を尋ねると、彼を出迎えたのは小学校時代と変わらぬ旧友と先生の姿。そういえば卒業式の日に空襲があり、みんなが死んだことを思い出す。空想とも現実ともつかぬ旧友との会話から、先生の顔がすいかのように破裂したこと、いつもみんなを笑わせていた友達の下半身が吹っ飛んで、もうまたぐら蹴りができないと思ったことなどが淡々と語られ、静かな悲しみを誘う。戦争批判を訴えるものというより、少年の日の驚きと悲しさが素直に綴られているため、心の片隅にすいかの顔の先生や足を吹き飛ばされた少年の姿が焼きついて離れない。次のページをめくる前から、どこにどのような絵があるかを思い出していた。手塚治虫のような漫画家、今もいるのかな?
2003年09月03日
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【読書感想】この本を読んだきっかけは、文芸春秋に収録されていた芥川賞受賞の「ハリガネムシ」を読んだから。数年前から芥川賞より直木賞のほうが好みになっているので、今回も単純に読み比べてみたかったというだけの理由。独立した6つの章から構成され、それぞれの視点から家族について考えさせる。兄妹間の恋愛、幼少時の性的虐待、不倫、いじめ等今の社会が抱える問題に加えて、戦争体験として語られる生々しい生と死。誰一人として心に闇を抱えていないものはいないことを再確認させられるかのようだ。前半はありがちな恋愛小説かと思ったが、最後まで読み通すと、家族というものを通して生き方を問う小説であることが分かる。特に最終章の重之の戦争体験は圧巻。あの時代、なぜ日本全体が戦争に突入していったのか、なぜ誰も止められなかったのか。時代の波に飲み込まれてしまう個人という存在を、うまく描いていると思う。
2003年09月02日
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【読書感想】今年度直木賞受賞の村山由佳の作品を読んだことがなかったので、面白そうなタイトルに引かれて買った。高校2年の「僕」は全校生徒の憧れの的「夕子」から思いを寄せられるが、「夕子」は運命の人ではないという理由のない確信から、その思いに応えることができないでいる。現代と過去とが交互に語られていく中で、前世との因果関係が次第に明らかになるが、ブライアン・L・ワイスの「前世療法」を物語にしたかのような小説。作者が「運命の人」「永遠の愛」というテーマをどこかで信じているため、ちょっとコバルト文庫(古いな)ちっく。今は直木賞を取った「星々の舟」を読んでいる。まだ少し甘い部分はあるものの、10年の歳月を隔てて書かれたこの本は、なかなか読み応えのある内容になっているようだ。明日には読み終えるかと思うので、本の感想はまた明日。【次男の模試の結果】模試の結果が少しよかったのでホッとしていたが、転がっていた成績表を見た長男。「これはダメだね」と一言。偏差値ではなくて、得点比率で見なければいけないという。なるほどね。得点比率だけ見ると、以前と全然変わっていないや。成績集団が低かっただけなのね。いずれにせよ、相変わらず本気で勉強する気分にはなれないようだ。【長男の適職】リクルートのサイトで適職診断をした長男。1番はトリマー、2番は大学教員、3番は大学職員、4番は食品会社の企画だったそうな。トリマーの技術はきっとないぞと思うので、獣医学部に学士入学してもよいのではないかと勧めてみる。結構本気だったりする。我が家の愛犬、遺伝病のせいかチェリーアイ、ヘルニア、脱臼と、かなりの病気持ちなのだ。本人も大学受験時に獣医という選択肢を考えないでもなかったのだけど、手先が不器用だから手術ができないと、獣医学部はやめた経緯があるし。「獣医どうよ?大学院やめて獣医学部受験したら?」「動物を殺すからね」「ああ、手術に失敗しちゃう・・・じゃなくて、助けられないこともあるからってこと?」「いや、実験で殺す動物の数が半端じゃない・・・」「・・・殺すのいやだよね」「解剖するときは気持ちの切り替えはできるのだけどね・・・」漫画やTVでやっている「動物のお医者さん」の裏の面は、やっぱりそうなのだろうな。動物を助けるために、毎年多くの動物の命が消えている。人間の場合も同じだけれど、ひとつの命を救うために、その何倍もの命を犠牲にする。数え切れない犠牲があって、今の医学・獣医学はあるのよね。。。む~ん・・・考えていたらドツボにはまりそうなので、そんなときは思考停止で逃げよう。([後記]昨日メール更新機能を使ってみたけれど、うまくいかないようなので、送信簿から貼り付けた)
2003年09月01日
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雑用は昨日で済ませたので、今日は母のいる老人保健施設でゆっくりと過ごす。入れ歯を昨年末に作ったことを思いだし、ベッド脇の引き出しを探したが、一人では起きあがることも移動することもできない母が、どうやって入れ歯を装着することができようと思い直した。以前いた施設では食後は歯磨きタイムだったので、入れ歯の装着、洗いも、手伝ってもらいながらなんとかできるようであったのではあるが。元々以前いた施設で、食べられないのが可哀想と言われて作った入れ歯なのだが、今度の施設ではそのようなことには無頓着らしい。トイレも、以前の施設は行きたいときに行けていたが、ここではそうはいかない。今日も「おしっこがしたいと言っているのですが」と職員詰め所に行くと、「あと少しでトイレタイムなのですが」と言われたので、少しの我慢と母を納得させそのままUターンして部屋に戻る。しかし1時間待っても、まだトイレタイムではなかった。いったいどうなっているの?人質を取られているようなものなので、家族からは強いことは言えないが、以前いた施設では並んで待たせるのではなく、尿意があればすぐに連れていってくれていた。男性職員も多く、人手があったからできたことなのか? 男性職員による女性の下の世話は、それもまたいくらおばあさんとはいえ、非常に嫌なものらしいので(絶対に嫌だろうなぁ・・・)、男性職員を増やせと言えないのではあるけれど。施設によるサービスの質の差は大きい。それならば前回の施設にまた入ればよいではないかというようなものだが、そこは3ヶ月退所の原則を厳格に守っているので、3ヶ月たてば老人保健施設を転々とするということになってしまう。今の施設は次の行き先が決まって入れば空きになるまでは置いてもらえるので、何年待ちになるかわからない特別養護老人ホームに入所希望を出している母のようなケースでは、あちこち移らなくてよいというだけに、ありがたい。施設の移動は、本人も周りの者も疲れる。しかしここはエレベーターや階段にも鍵をかけ、一人ではどこにも行けない。火事にでもなったらどうするのだろ?去年だったかそんな事件もあったな・・・。部屋も薄暗く、明かりを一人では点けることができない母は、何もすることがない(できないのではあるけれど)ままに、車椅子に乗せられて、一方向をずっと向いている。これが人間の生活と言えるだろうか。軽度の痴呆があるとはいえ、感情は正常な人間と同じ。夢の中に生きているような部分があるので、あのような生活もなんとか続けていけるのかもしれない。しかし病気になってもがんばろうと思えるのは、元気になったら退院できるとわかっているから。母は半身麻痺で、要介護4身体障害者2級である。改善の見込みもない。母の心を思うと切なくなってしまうが、痴呆のおかげ(?)で母の兄(50年前に死亡)から自宅の改築工事をしていて完成したらヘルパーさんをひとりやとって自宅に連れて帰ると連絡を受けているらしく、自分では家に帰られると思っている。かと思うと正気に戻っていて、今の状態を情けないと悲しむ・・・。本人も辛いが周りも辛い。------------------------------次男からメールが来ていた。この前受けた模試の結果、あれだけ勉強していなかったのに、現役のころより少し上がっていたそうだ。上位層が大学入学でごそっと抜け、現役がどばどばっと入ってきた結果にすぎないので、本人がいい気にならなければいいのだけど。夏休みに力を付けた現役が、これからどんどんパワーアップしていく時期。このまま勉強しなければ、最終的には去年と同じかそれより悪くなる。そのことを肝に銘じてほしい。
2003年08月30日
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母がお世話になっている施設に行く。11時半到着。母を探すと、12時開始の食事のために、お年寄りは全員食堂に集められ、待たされていた。することもないので、みんなぼーっとしている。母がどこにいるのかわからず焦ったが、なんとか探し出せた。私を見て母いわく「似ているわね」。だれに似ているというのだろ?食事が始まった。今日はお寿司と聞いていたので、母に「お寿司だって。よかったね」と言ったが、出てきたトレイを見ると母は別献立であった。期待させただけ悪かったな。咀嚼がうまくできないためか、細かく刻んだおかずと雑炊のようなごはん。せっかく作っていただいたのに申し訳ないが、あれでは食べる意欲もなくなりそう。食事時間の間、老人たちのにぎやかなこと!席を離れて違うところに行こうとしたり、がっつくという表現がぴったりなほどごはんをかきこんでいたり、こんなもの食べられないとすねていたり、ひとつのお皿にいろんなものを入れてスプーンでかき混ぜていたりと、体は大きいが皮膚はしなびた保育園児を見ている思いだった。人間は見た目はともかくも、頭の中は確実に若返るものなのだろう。食事が終わったらトイレタイム。トイレの前にずらずらと並ばされ、ドアを開けたままひとりひとり用を足させる。終わるまで待っていなければいけないので、列の最後になった人は悲惨だ。30分か1時間もトイレの前にいるだけという状況。一人につき二人の介助が必要なのでしかたないのだろうけれど、人間の尊厳もくそもなにもないと思った。イヤだなぁ。年は取りたくないなぁ。50年、60年前には、みんな好青年、颯爽とした婦人であったろうにと思うと、複雑な気分。10年なんてあっというまに感じるが、その10年を1ターンとすると、あと2ターンで私もここの仲間入りするのか?2ターンといえば、子供が生まれて今までの間に過ぎない。それだけの期間をもう一度過ごせば、私もトイレの前に並びドアをあけはなったまま用足しをしなければならない老人になるのか・・・。部屋に帰り、母のとりとめのない話を聞く。話は通じるが、過去の記憶が時系列ではなく並列になっている。50年前も昨日も同じ。記憶の順番を司るところが壊れてしまったのだろう。夢で見たことか現実であったのかの区別もできないようだ。夢で見た記憶も並列に並んでしまうので、怖い夢を見ることは目覚めてもああ夢だったと思えないだけに、すさまじい恐怖に違いない。お昼を食べていなかったので、3時ごろ施設をあとにし、バス停近くの喫茶店に入る。外から見て、小さくかわいいと思える店に入ったが、、、おばさんのたまり場であった。知り合いしかこない様子で、大きな声で話している。私も日頃から声が大きいと夫からいやな顔をされるが、ほんと、声の大きいおばさんはうざい存在だ。気を付けよう。。。食事を終えて商店街をぶらつく。時計店、お茶屋さん、洋品店、家具店、雑貨店、書店と、子供の頃の同級生の店の前を通ってみるが、様変わりしていて、中にいる人間が同級生かそうでないのかがわからない。書店だったらぶらぶら入れそうだと思い、本を見ながらそっとレジのほうを伺う。するとそこには、紛れもない、35年前の元悪たれ坊主がいた。「M君?」「らびりんさん?」ひさしぶり~と、お客がいないのをいいことに1時間はしゃべっていただろうか。やはり同級生の話に花が咲く。FS君はビルをふたつも持って、悠々自適で仕事もせずに遊んでいるらしい(うらやましいこった)。FI君はあれよあれよというまに頭がはげた(笑)。G君は家業を継ぎながら(家業が何なのかは私は知らないのだが)、釣り船を貸す仕事も始めたとか。あそこはおかあさんだけが家にいるとかあの人はどうしたこの人はどうしたと聞いているうちにふと小学校時代にいじめられていた女の子のことを思いだし「Mさんは?」と聞いてみた。すると、まるで覚えていないようす。やだなぁ、あれだけいじめていたのに。毎日毎日いじめて遊んでいた女の子のこと、もう忘れたの?当時のいじめは今のようなものではなかったが、「これはMがさわった!」「げっ、汚い!つけるな!」と、男子全員でひどいこと言っていたんだよ。今思い出しても、なぜ彼女がいじめられていたのか、全くわからない。とりたてて容貌が悪いということでもなかったし、活発すぎることもないし、かといっておとなしすぎることもなかった。一人が言い出したのがみんなに広まっただけなのだろうか?いじめって残酷だよね。。。50歳になったら同窓会をすると言っていたので、そのときには知らせてよねと、住所を書いて帰った。M君の住所は聞かなかったけれど、書店の袋に印刷してあるからわかる。寄ったついでに村山由佳の「星々の舟」を買ったのだ。帰りの新幹線で読む本にちょうどいいと思って。M君の下の名前は、家に帰ってから卒業アルバムで調べよう。
2003年08月29日
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今日一日の日記暇だったのでだらだらと書いた日記を掲載します。昨日で終わるはずだったのだけど、CEマシンでも何とか送信できそうなので、やってみることに。-------------------------行き当たりばったりの新幹線に乗る。のぞみにしようかと思ったけれど、2000円の差があるのでひかり。12時20分横浜発16時41分広島着。昼食にサンドイッチ600円とコーヒー310円を買う。アイスコーヒーは紙パックで1リットル200円くらいでどこでも売っていそうなやつだったよ。それをコップ1杯310円だから、いい商売だね。こんなお粗末な昼食で910円。高い高いと文句を言っている社員食堂のランチのほうがよほどかましでよほどか安い。本を持ってきていなかったので、新幹線に乗る直前にホームで買った。先日読んでおもしろかった「症例A」の作者の名前を見つけたので。どんな本か、解説を読む時間もなく、とにかく買って新幹線に飛び乗った。まずい昼食を済ませ、一息つきながら、買った文庫をぱらぱらめくる。うん、おもしろそうだ。最近はおもしろい本と出会うことができず、再読を繰り返していたので、ひさしぶりにわくわくできそうな本との出会いに、期待が膨らむ。昨日読んだ文芸春秋に掲載されていた芥川賞受賞の「ハリガネムシ」は、新人にしてはうまいと思ったけれど、好きという部類ではない。再読したいとは思わない小説だった。講評の中に新しさを感じさせないとあったが、まさにその通りで、20年前に読んでいた小説の世界観が広がる。時代背景も20年前ということで、ますますそう感じるのかもしれないが、いずれにせよ、普遍性のあるものに迫るというより、一時期はやった退廃的な匂いのする文学というところか。直木賞受賞のナントカ由佳さんの「星々の船」が読んでみたくなった。ロマンがありそうなタイトルだから。現実も荒んでいるのに、退廃的なものは読みたくない。「追憶列車」多島斗志之短編集である。短編とはこう書くものというお手本のような内容だった。情に訴える作品が多いが、この作者なら、もう少し違った角度から書けたのではないかというような気がする。うまいけれど物足りないといったところか。マリア観音親子の絆を、幼い頃母と生き別れになった娘の立場から描いたもの。家族を捨てて男のもとに行った母親は決して幸せではなかった。哀れさを誘う。預け物絵を預けていた友人が急死していた。取り戻すために絵の行方を追うが、、、よくいる普通の主婦と思われた主人公の豹変はみごと。予想を覆す結末は小気味よい追憶列車少年の日の郷愁を誘う物語である。他の作品と違って結末のどんでん返しは用意されていないが、良質な物語という感じ。虜囚の寺淡々とした物語。浅田二郎を彷彿とさせる。日露戦争で捕虜になったロシア人将校と彼らを監督する役人のさぐり合いを描いているが、双方真正面から相手にぶつかろうとしているので気持ちがよい。イデオロギーを越えて、人間はこうあるべきといった感じの小説お蝶ごろし結末のどんでん返しは見事である。清水の次郎長の三番めの妻が昔の男を懐かしむ物語で、利用されているとも知らずに、昔の男の居所を探し当てる。やましい気持ちはなくても仁義を重んずる親分の願いは、、、。そんなもんかもしれないねぇ。総評掌小説として、それなりにおもしろい。読み応えがあるとは言えないけれど、時間つぶしにはもってこいの一冊か。歴史に題材を取るものが多く、また描写があまりに生き生きしているために、事実はどうなのよと、資料を漁りたくなる。家に帰ったらインターネットで検索してみるか。JR東海まではそこそこの乗車率であった新幹線だが、京都を過ぎてJR山陽となると車内はがらがら。国鉄民営化のときに、新幹線をどうするかでもめたことを思い出した。これではJR東海以外は赤字に違いない。ガラガラの車内をいいことに、子供二人が遊び回っている。父親は指定席以外の席で横になっている。母親はときどきいい加減にしなさいというが、姿を見せない。走りまわる、大声でしゃべる、椅子の向きをごろごろ変えるとしたい放題・・・と書いていたら、2時間ほどでようやく母親登場。運動靴できゅっきゅと耳障りな音をたてながら席に戻っていった。本を読みながら感想を書き、日記(?)をつづるというスタイルの旅であったため、いつものような退屈さは全く味合わなかった。これはいいね。今度からこうしよう。広島駅から在来線に乗り代える。わずかにあいた座席スペースは、しかしながら座るのには窮屈。そのまま立っていると、息子くらいの青年が「おかけください」と言っている。二人連れだったので先輩に向かって言っているのか思ったら私に向かって言っていた。人なつこい笑顔に故郷の暖かさを感じ、たったそれだけのことなのに目頭が熱くなる。どうやらこちらの電車での座席スペースは東京で二人分のところに3人は腰掛けているらしい。どの座席もそうなので、私が座ったところだけではない。子供を育てるのは都会ではなく地方がいいね。緑も多いし。温かい人間になれるような気がする。大誤算。駅前にあるデパートで夏のバーゲン品を買おうと、服を持ってこなかった。ところがである。店内は秋物一色。夏物なんてひとつもないよー。関東では山ほど夏物が展示されていたけれど、冷夏だった関東だけなのか?これから3日間どうやってすごそう?明日はデパートではなくスーパーに行ってみよう・・・。2003/08/28 23:48:39ライコスさようなら明日(正確には今日)から月末まで帰省してきます。日記を続けるかどうかは不明だし、リサーチもしていないので、とりあえず楽天への移行手続きだけは済ませておこうかなぁ。。。もともと息子とのバトルを綴ろうと始めた日記だけど、腹がたつを通り越して、呆れて何も言う気が起きなくなったこともあって、ここらが潮時かもという気もしないでもないのだけど(^^;ではでは、ライコスさん、一足先にさようなら。2003/08/28 0:52:03
2003年08月28日
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某企業のインターンシップに落ちた長男。研究職志望なので、就職関係のHPで研究職の採用状況について調べてみた。やはり就職への道は厳しいらしいことが分かる。特に製薬会社。中小の会社であれば研究職も入りやすいらしいが、大手製薬会社を狙うとなると、かぁなり厳しい。石橋を叩いて渡る性格なので、狭き門を狙うのはやめて、食品系に変更しようと思い出したもよう。もともと大学院進学を考えているので、就職活動はまだまだ先の話ではあるが、ゼミを選ぶのに、就職に有利といわれている食品系にしようかと考えちゅう。それまでは、自分がやりたいことをやる!と言っていたのにね。母的には遺伝子の研究をやって欲しかった。なぜって、おもしろそうじゃ~ん(笑)。 ただ、就職に強いゼミは希望者殺到なので、学生による話し合いで決めなければいけないらしい。話し合いねぇ・・・。人間関係が壊れそう(^^; 特に院志望だし、食品のこれがやりたい!というものを持っていないので、蹴落とされそうだなぁ・・・。それなりに就職に強いと言われている国立大学に入って、でも実際のところ、そんなにバックアップもないみたいだし、この先どうなるのだろと少し不安。自由気ままに生きている次男のほうが、就職に関しては強いかも・・・という気がしてきた。となると、なんのために大学に行くのだろうと、次男が言っているのと同じことを、私も考えてみたり。就職関係のサイトで見た記事で、旧帝大や早慶の子がエントリーさえもできないと嘆いていたり、そうかと思えば有名大学ではないけれど合格したという喜びの報告などを読んでいると、受験勉強に追い立てるのではなく、好きな道を突っ走る生き方を認めてやるほうがよいのではないかとさえ思えてくる。しかし、だとしたら、勉強もできず、好きなものもなく、ひたすらゲームに生きている三男の将来はどうなるのよ・・・と、またまた不安。母には不安の種は絶えないのであった。。。
2003年08月27日
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昨晩は12時ごろから1時間長男と、そのあと1~2時間次男三男とおしゃべり。落ち込み気味の長男からは、自分は40点の人間だ、何をしても自分より他人のほうが優れていると、自己否定の話。バイト先で寿司の作り方を習ったらしいのだが、だれでもすぐできると言われている軍艦巻きがうまくいかなかったところから、先輩になじられたそう。それを発端として、自分よりひ弱だと思っていた同級生と腕相撲で互角であったことや、テスト勉強を一夜漬けで要領よくやってしまう友人、オール優の秀才君、体格のよい弟と、人と比べていかに自分が情けない人間かを連想ゲームのように思い出し落ち込んだらしい。自己否定は青春の特徴さ・・・と思うものの、自殺しちゃうかもと心配になり、夜中にそっと部屋を覗くとスヤスヤと寝ていた(^^;)その帰り、夜中を過ぎているというのに、次男の部屋でいつまでもグダグダしていた次男と三男に「もう寝なさい!」と小言を言いに入る。。。が。。。私もおしゃべりの仲間になってしまった。そこでも長男の話。「ギャグが寒い」「いつまでも自分を子供扱いにする」など、批判集中。「悪口はダメ。そういうのは本人の目の前で言いなさい」というと「悪口ではなくて意見だよ」だそう。ますます本人に言って欲しいのだけど、本人に言うと傷付くと思って言えないという。そう思っていることが知れたほうがよほど傷付くと思うのだけど。。。長男は確かに繊細で傷付きやすい。弟のほうが、そういう面ではしっかりしている。次男と三男は仲がよい。喧嘩していたと思っても自然に仲直りしている。「友達が家族の中にいるようでうらやましいわ」というと「俺がアホやからええねんて」と次男。「もう寝ようよ」というと「もっと会話しようよ、もっとしゃべりたい」と次男、三男。私も子供としゃべっているというよりも、友達としゃべっているような気分になり、ついつい長居をしてしまった。勉強しなくても、家族で仲良く会話できるのが一番と、なんとなく幸せな気分。でも長男がはずれているのが気になる。。。今日は、兄弟なんとか仲良くできないか、画策してみるか・・・。
2003年08月21日
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昨日息子から頼まれて、会社帰りにデパートに立ち寄りメモを買った。ひさしぶりにデパートの文具コーナーに行ったのだが、かわいいステーショナリーがいっぱいあるのよね(^^; 子供のお使いではなく、自分の趣味であちこち見て回った。手書きの手紙なんてここ数年、、、もしかしたら10年は書いていないかもしれないのに、かわいさに引かれて花模様の便箋と封筒も買っちゃった。こすればマツタケの香りがしてくる便箋などもあったよ(笑)だれに手紙書こうかなぁなんて、少しワクワクしているけれど、書き始めたら自分の悪筆に嫌気がさして、そのままごみばこにポイとなるに決まっている。ほんとに汚いのよ、私の字(>_<)。ミーティングなどでメモ書きしても、あとになって自分の文字が解読できない・・・。あ~ぁ。きれいな字が書けたらなぁ。。。
2003年08月20日
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最近、やる気喪失。体調が悪いせいもあるかもしれないのだけど。昨日、乳がん/子宮ガン検診に行ってきました。産婦人科って待たされるものだとは思っていたけれど、10時に行って帰宅は15時。。。勤務先には午後出社と連絡を入れておいたのだけど、12時になった時点で休むと連絡を入れました。お茶とお菓子も出てきたし(笑)。産婦人科って、客商売だとは思っていたけれど、入院患者(?)だけにではなく、外来にもサービスがあるのねと驚いた。2週間後に結果を聞きに行かなければいけないのだけれど、また数時間待ちかと思うと、今からぞっとしています。乳がんのほうは怪しいらしくて、マンモグラフィを撮るようにと某病院を紹介されました。生命保険、入っておけばよかった。今は家族扱いで入っているだけなので、何かあっても保障が薄いのよね。。◆最近の長男宅配寿司のアルバイトを始めたが、時間と労働の対価が割りに合わないと文句を言っている。教育系のアルバイトは退屈と言っていたが、塾講師や家庭教師の有難さが身にしみてわかったらしい。よいことだ。。。大卒で就職するなら公務員と思っていたらしいが、倍率も高く、また試験に合格しても空きがあるかないかで採用も不確実と説明会で聞き、大学院に進学することに決めたようだ。大学院の入試問題を取り寄せてみると、思っていたよりも難しかったらしく、受験勉強しなければいけないなとぼやいていた。とはいうものの、某企業のインターンシップに申し込んでいた。合格すれば日当がかなりもらえるのでと、本人はアルバイト気分。◆最近の次男弟とまた喧嘩。これで次男は兄弟のだれとも口をきかない状態に。特別不便も感じていないようなので、男兄弟ってそんなもんなのかなと少し寂しい。相変わらず勉強もしていない。昨日も夜中の2時か3時までゲームやらチャットなどしていた模様。一日1時間勉強すればよい方ではあるまいか?◆最近の三男相変わらずゲームゲームの毎日。夏休みの宿題で読書感想文があったので、三男でも退屈せずに読める本をと「十五少年漂流記」を渡す。最初は、こんなのいやだとか文句を言っていたが、「おもしろかった」とのこと。攻略本やゲームブックではなく、フツーの本を読了したのはおそらく初めて。少しうれしかったりする。長男にはこのころには「ソフィーの世界」「人間失格」「こころ」を渡していたなぁと、三男よ、これでよいのかと思いつつ・・・。◆最近読んだ本ヘッセの「デミアン」。初めて読んだのは、今の三男と同じ年頃。そのころは難解で理解不能であったと記憶している(笑)。日本語の訳もよろしくないように思うが、原文で読めないので、ありがたく読ませていただくしか仕方ない。冒頭にもある「私は、自分の中からひとりで出て来ようとしたところのものを生きて見ようと欲したに過ぎない」。関係詞の訳が直訳過ぎるように思うけれど、これは単純に自我と考えてよいのだろうか?「自分自身に達する」こととは、どう生きるかではなく存在の必然性を感じ取りそれを生き抜くことと解釈してよいのだろうか?しかし、それもまた具体的にはと考えると袋小路だけど。現代ではあらゆる宗教が存在するので、善と悪の両方を備えた神、アプラクサスの存在も、それほどの違和感もなく受け入れられる。だから、アプラクサスや夢の中に出てくる鳥、ハイタカなどに固執してしまう姿は若干古臭い。しかし、そう感じるのは私が日本人という宗教にはほとんど無頓着な国民の故かもしれない。ヘッセが神学校に通っていたことを考えると、既存の宗教への批判や反戦のメッセージが込められているのだろうと容易に想像はできるのだが・・・。考えていると遅くなるので、このへんで(笑)
2003年08月19日
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・台風ベランダの鉢やプランターが倒れた。台の上から落ちていたのもあり悲惨。おかたづけは・・・台風が去ってからにしよう(^-^;・仕事の愚痴愚痴一昨日、本当に頭にきた。建設的な方向に議論を進めようと思ったのに、頭ごなしに否定された。それも論理的ではなく感情的に。ミーティングが終わって謝りに来られたけれど、「自分が今まで大事にしてきた部分を古臭いと否定されたことで切れてしまった」と。全否定するつもりはなく、古臭いものであってもその精神は活かした上で生き残りの方法を模索したかったのに、感情的になったマシンガントークで話はうやむやになってしまった。昨日上司から、そういう風にやっていくしか方法はないのかもしれないねと茨の道を示唆されたけれど、もうどうでもよくなってしまった。・転職願望一昨日のぶつかり合い以後、転職サイトをよく見ている。今までの経験なんてもうどうでもいいから、近い職場がいいかも。年齢の壁は、一日ごとに分厚くなるから、決断するなら早い方がいいに決まってる。
2003年08月09日
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「されどわれらが日々」で芥川賞を取った柴田翔の作品だが、今では絶版になっている。「贈る言葉」を初めて読んだのは10代の終わり。友達を待つための時間つぶしにと思って読み始めたのだが、時間つぶしどころか、友達が現れても読み続け、その日は友達との会話よりもその小説から受けたインパクトの方に心が奪われてしまった。自分が吐いたのと同じようなセリフを主人公が、主人公の恋人(という呼び方はふさわしくないのではあるが)が、幾度となく口にしていたからである。こうあらねばならない、こうすべきだという理想主義的な観念に囚われがんじがらめになっていた自分を見つめなおすことができた。「贈る言葉」を読んだことで私の中の何かが変わったように記憶している。若かったころの私がもっとも好きだった小説のひとつ。こうしなければいけないと、理性ですべてを語ろうとし、行動し、亀裂が生じる。理解しようとしているのではなく、すべてを論理的に説明しようとしているだけ。私って、今もそうじゃん・・・。進歩していないなぁ。。。読み返すことで、自分自身の青春の何気ないひとこまをひとこまを強く思い出した。友達とよく行った甘党の店、そこで交わした女の子らしい会話、それとは全く違った男の子たちやクラブの後輩との議論、理想に忠実であろうと好意を寄せてくる男の子たちを厳しく突き放していたこと、服装に気を使わず化粧をしないことで自分のアイデンティティを主張しようとしていたことなどなど。幼かったのね。潔癖といえるほど理想を追求しようとするのは、若い日にありがちなことであるが、果たして今の若者もそうなのだろうか? 次男は到底そのようなタイプではないので、長男にホイッと渡してみた。「読む気はする」と言いながら、本を持って自室に。なんと言ってくるか楽しみである。
2003年08月07日
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恩田陸の同名の書を読んで、ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」がどんな内容であったか気になってしかたなくなり、読み返してみた。私の中では最大級の恐怖小説という位置付けであったが、読後26年たって読み返した同書は、古めかしい本というだけの印象しかなかった。読者の想像力に解釈を委ねる方法をとっているため、柔軟で想像力に富んだ若き日の私には恐怖小説であっても、おばさんの私には訴えてくるものがないのかも。または、当時は怪奇小説は嫌いで純文学ばかり読んでいたので、免疫がなかったのだろうか? それにしても、子供の幽霊が出てきて、愛らしさと不気味さが表裏一体となった恐い小説とばかり思い込んでいたが、幽霊が子供に取り付く話であった。どうして記憶のすり替えが起こってしまったのだろう?両親を亡くした幼い兄妹の家庭教師として、伯父にあたる人物に「わたし」は雇われる。条件は、すべてを自分で解決して、何が起ころうと煩わせないで欲しいということ。田舎の邸には小さな妹と学校を退学になってしまった兄(理由は最後までわからない)の他に、数人の召使がいるのみ。美しく愛らしく素直な子供たちとの日々は申し分ないものであったが、ならず者の召使と前任の家庭教師の幽霊の出現、彼らと子供たちがコンタクトを取っていたことを知るにつけ、子供たちの純真な姿は偽りのものであったことを理解する。そこに詳しい説明はなく、家庭教師の目を通して見ることができるうわべの事実だけを、読者は淡々と説明される。幽霊から子供を守ろうとする家庭教師の孤独な戦いが始まるわけだが、作者が姿を見せないので、幾通りの解釈もできるだろうなと思える小説であった。しかし、スティーブン・キングやポール・ウィルソンなどのホラー小説を読むようになったせいか、100年前のホラーは、かび臭く感じる。私の感性が鈍くなったからかもしれないが。
2003年08月05日
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今日は、大学生の長男と言い争いをしてしまった。彼は努力家だし目的を持って日々生きているのだが・・・ちょっと、ずれているところがある。。。いわゆる、空気が読めないタイプ。どうしてああなっちゃったんだろ?思い起こせば生後10ヶ月のころ、隣に同い年の子供が引越してきた。やんちゃ坊主のわがまま放題。最初は子供らしい子供と思っていたが、気に入らないことがあったとき、ふと思いついたとき(!)に、他人をいじめる癖を持っていたのだ。なぐる、噛む、蹴る、突き落とすと、やり方はさまざま。いつ発作(?)が起きるか皆目わからず、別々に遊んでいたとしても、たとえば親に怒られたらその腹いせに、うちの子供を捜して殴ったり噛み付いたりしていた。1歳にもならないころから、引越すまでの3年間、そういう生活が毎日続いた。初めての子育てで、子どもというものがどのようなものかも分からなかったせいもあり、子供の喧嘩は放っておくべきだと思うようにして、とりたてて言うことは避けていた。でも、今から考えれば、喧嘩ではなくいじめであり、静観しておくべきではなかったのよね。バイバイと手を振っていたよその赤ちゃんの指にかみついて、深い傷をおわせたこともあったK君。うちの子も被害者側であったことから、また、親が騒ぎすぎると言われたくなかったことから、何も言わなかったけれど、今から思えば、それは我が子のみならず、その子の人格形成にもよくなかったのではないかと思う。---しかし、他者を傷付けることに快感を感じる、ストレスを感じたら他者を傷付けることで心の平衡を得るという子供は、仕付けというレベルで性向を直せるものなのだろうか---さて、物心ついたころからそういう隣人が毎日訪れていた長男にしてみれば、なぜ自分が何もしていないのにいじめられるのかが分からなかったに違いない。幼い頭でいろんな可能性を考えただろうか。1歳にも満たない幼児の時期に3ヶ月の月例差は大きい。やり返すということも、当時は思い浮かばなかったに違いない。力による上下関係が出来上がってしまい、鬱屈した幼児期を過ごしていたことと思う。ごめんね。早く気が付いてあげられなくて。いろいろ辛いことも多いと思うけれど、自分の殻を破って、困難を乗り超えていって欲しいです。
2003年08月03日
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明日は模試だというのに、相変わらず遊んでばかりの次男。夜になって少し勉強を始めたのでやれやれと思っていたら、1時間もしないうちに「明日はもう諦めるわ」だって。まぁ、半年以上、勉強らしい勉強をしていないのだから、現役のころより学力は落ちているだろう。本人がこれではまずいと、この模試で気が付いてくれたら、それがせめてもの救い。長男の友達の中にも多浪を重ね、年々学力が落ちている子がいる。現役のころに受かったいくつかの大学にも、今ではもう学力が追いつかない。毎日毎日コツコツと少しでもいいからやり続けなければ、取得した知識は遠く忘却のかなたに行ってしまうものなのに。。。今年の受験に失敗したら、二浪はさせないよ。わかっているだろうけれど。努力できるかできないかが、頭のよさなのだと、最近は思う。
2003年08月02日
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昨日、子供にC++を買ってやった。もう受験生と思っていないので、勉強の妨げになるなどとはちーっとも思っていないのである。買っても買わなくても勉強しないのなら、今興味があることをとことんやらせてみるかという心境。でも、親の気持ちがどっしりしてきたら、子供も安定してきたかも。ここ数年やっているオンラインゲーム、パスワードを変えてログインできなくしてと自分から言ってきた。ゲームをやらなくても3DDGやらプログラミングやらで、いずれにせよお勉強はしないのだろうけれど、ま、少しは進歩かな。ということで、昨日子供といっしょにヨドバシに行った。C++を即見つけて買って帰った息子だが・・・、対応OSがXPか2000以上であったそうな。息子のパソは98(^_^;ぶーぶー言っていたが、XPを買うか親のパソコンにインストールして親がいない間だけプログラムをするか迷っている。さてさてどうするか。
2003年07月30日
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3日前から次男と三男が喧嘩をしている。ことの発端はゲームばかりしている三男に、次男が「遊ぶのはいいけれど、少しは将来役に立つようなことをやったら?」と言ったことがきっかけらしい。あれだけ仲がよかったのに、3日口をきかず、三男は部屋に鍵をかけて閉じこもっている。私への不満ではないので、開けてといえば出てくるが、どこか不機嫌。次男は次男で「人が忠告しているのに、言うこときかへん。腹たつわぁ」と言っている。自分のことは棚に上げの典型だと思うが、口に出すと怒るので、出かけた言葉を飲み込む。次男はギターを弾いたりパソコンいじったりで、相変わらず勉強している様子は伺えない。でも、本人が選んでそうしているので、口出ししないことにした。健康で人に迷惑をかけるでもなし、いい子じゃん。。。と思うことにする。(少々無理ある?)さて、次男と三男の喧嘩、いつまで続くかしら? 長男と次男が喧嘩したとき、ほっとけばそのうち仲直りすると思ったら、仲直りするきっかけを失ってしまい、7年間口をきいていない。次男と三男もそうなったらいやなので、なんとしてでも元通りになって欲しいのだけど。難しい年頃だね。
2003年07月26日
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読書感想:「ねじの回転」恩田陸アメリカ人の作家、ヘンリージェイムズに同名の作品がある。そちらはホラー。二人の子供の幽霊が出てくるのだが、怖くて怖くて眠れなくなってしまった二十歳のころの私。ストーリーは全く覚えていないのだが、異常に怖かったので読み返す勇気が起きない。若かったからなのか、本当に怖い小説か、指摘できる方がいれば教えてください。さて、恩田陸の「ねじの回転」。通勤電車の行きかえりで3日もあれば読めると思っていたのに、今週は寝不足が続いていたためか、立っていてもグゥ・・・座ればもちろんグゥ・・で、思いのほか時間がかかってしまった。最初の1/3はこれは面白い、2日で読み終えるかもと思ったのだが(参考「やり直せないからいい?」)・・・はっきり言って、おもしろくなかった。SFマニアの知り合いが「みんな面白くないと言っているから僕は読まない」と言っていたのだが、彼の読みは当たっていた(>_<)構成に無理があるのだ。パラドックスの処理がうまくない。時間旅行の扱いは難しいと感じさせられてしまった作品だった。あらすじを書くのも面倒なので省略(^^;恩田陸の作品で私が面白いと感じたのは「常世物語」「六番目の小夜子」「ネバーランド」の3冊かな。今まででタイムトラベルの扱いがうまいなと思ったのはクーンツの「ライトニング」。内容は忘れたけれど、「うまい!」と思ったことだけ覚えている(ヲイ)。2003/07/25 21:43:42独立は大変だね昨晩、仕事の関係で業者さんと会ったのだけど、今の状況を嘆いていらっしゃった。収入は1/2~1/3に激減、同業者の中には1/10に減って暮らしていけなくなった人もいるとか。そういえば、私の友達にも行方不明者(?)が何人かいる。バブルの時代に独立し、豪邸を建て、優雅な暮らしをしていたKちゃん。いつのまにか年賀状が宛先不明で戻ってくるようになり、今はどこにいるのかも分からない。独立ってそうそう簡単に成功するものではないよね。甘い夢を見ている次男に仕入れてきた話をすると、最初はフンフンと聞いていたのがだんだんと機嫌が悪くなる。「それで?」「結局なにがいいたいわけ?」「大学は行くってば。でもどこでもいいでしょ」「その人はそうだってだけで、そうでない人もたくさんいるでしょ」「やってみなければわからないでしょ」放っておくことにする。。。今日、C++のアカデミックパックを買いに行くそうだ。予備校生でも割引になるのかな? 予備校に行ってて(籍があって)よかったね(-_-)2003/07/25 7:50:08
2003年07月25日
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昨晩、日記を書いてから、昼夜逆転している次男に「そろそろ寝なさい」と言いに行ったら、自分で作ったキャラクター(スケッチブックにいろいろと書き溜めている)を3Dにモデリング(っていうんだっけ?)していた。2次元ではなく3次元になると、腕を付ける場所、耳を付ける場所と、想像ではなかなか難しいらしく、我が家の愛犬を捕まえては観察。犬もいい迷惑だ。親ばかかもしれないけれど、そのあまりの出来栄えのよさに、立体画像だけではなくプログラミングして少し動かせるようにしてごらんと勧める。「プログラミングするならソフトいるよ」「買ってあげてもいいけど条件がある。プログラミングするのとCG描くのはいいけれど、ゲームはやめてその分を勉強して」「うーん」「友達であれば、今のあなたを無責任に応援できるけれど、私は親だから、そのような不確定な要素が多すぎる生き方を勧めることはできない。才能は認めるけれど、その才能を伸ばしながらきちんと大学に行って欲しいとも思っている。親だから、心配なんだよね。」「そうだろうね」息子と約束しても、その約束は守られることはないであろうとわかっているけど、どうせやるなら究めさせるかなどと思っています。AO入試に賭けられるかもしれないし(^_^;)
2003年07月23日
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やり直せないからいい?今、恩田陸の「ねじの回転」を読んでいる。まだ1/3なのでよくわかっていない部分も多分にあるが、過去に戻って歴史をやり直せるようになった人類は、、、ここの理由がまだよくわからないのだが、、、歴史の転換点として2.26事件のやり直しを選択する。当時の鍵を握る数人の人物にコンタクトを取り(処刑された記憶もあるところから、どこの時点で歴史に介入したのかは不明なのではあるが)、過去への遡及の理解と協力を求めるが、歴史的事実と不整合が起こるような事実が選択された場合は「不一致」といって、再度、その場面のやり直しとなる。しかし、やり遂げたと思った瞬間に不一致が起こり、何度も暗殺を繰り返すことになるとしたら、、、やるせない気持ちになるよね。。。---------------------------- 人生をやり直せたら。 誰もが一度は考えるだろう。だが、一度きりの人生が、どんなに幸福かということについてはあまり考えない。何度もやり直せる人生が、果たして幸せだろうか? やり直したはずであり、今度は成功するはずだった人生が、またも思い通りにならなかったらどうだろう? もう一度やり直すか? ちょっとした間違いや後悔の度に人生をやり直していたら、いつかは嫌気がさすだろう。修正だらけの人生にへとへとになってしまうのではないか。それはもう、人生とすら呼べないのではないだろうか。(恩田陸「ねじの回転」集英社)-----------------------------今まで何度人生をやり直したいと思ったことだろう。あのときああやっていれば、あのときこちらを選んでいれば。その先にあるものは、今とは違った人生、今より幸せな人生を思い描いていた。が、やり直したからといって、今よりベターであるとは限らず、むしろやり直せないからこそ幸せなのかもしれない。人間とは欲張りなものだ。現状に満足しないからここまで発展できたのかもしれないけれど・・・。周囲に踊らされることなく、もう少し自分自身を見つめなおそう。自分はどう生きたいのか? 母としてしか生きられないような生き方はしたくないと思っていた私はどこに行ったのか? しかし、あらゆることに失望した果てに、今の私があるのでもあるけれど。話はまるで変わり・・・今回の異動、仕事がおもしろくなくなりそう。。。おもっ苦しく、面倒くさそうで、それでいて責任だけは付きまとう部署なんだよね。。。またストレスたまりそう。。。まだ全貌はよく見えていないけど。。。今までと同じよりもいいかも。しかし。。。2003/07/22 23:51:26更年期なんだろうな最近の情緒不安定、更年期のせいかも。朝日新聞の特集で「切れる妻」(荒れる妻だったかも)というのがあった。そこのご主人も一時は離婚を考えたが、更年期だということを理解し、危機(?)を乗り越えていかれたらしい。我が夫も、先日私が切れたときには実にうまく立ち回ったものだと今更ながらに思う。男性にも更年期はあるらしいが、お互いだましだましうまく乗り越えて、そうして穏やかな老年期を二人で迎え、いずれはどちらかがどちらかを見送り、、、寂しいね、人生って。種としてのヒトは、子孫を絶やさぬよう生き抜くことが命題だろうから、子供がどう生きようがもうしったこっちゃないんだよね。生命体である子供を生み出したというだけで自由に操ろうと思うのがおかしい。うまく死なないように天寿をまっとうできるように、子供が生きていけばそれでいいのだ・・・と野菜を切りながら考えていた。じゃがいもをスライスしたときに、これはでんぷん質だから生命を切り刻まれるという苦しみは味わっていないのか?芽の部分を取ったときに生命としては終わったのか?などという思いに囚われ、さらにリアルな牛肉スライスを見て・・・そこで思考停止。停止しなければ、食べられない(^_^;)大学生の長男はテスト勉強に余念がない。浪人の次男、高1の三男は、ゲームに余念がない。まぁそれもそれでよしとしよう。それぞれの人生を生きていくのは、私ではなくこの子たちなんだもの。ただ、次男には、「一日のうちで勉強時間ゼロというのはできるだけ避けようね。少しでも10分でもいいから机に向かいなさい」と、小学生に言うようなことを言う。今日から私も復帰。今日は早めに会社に行こうっと(笑)。2003/07/22 8:24:19
2003年07月22日
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スイッチ切り替えなくちゃね最近の私、どうもマイナス志向。バイオリズムが低調なのかな?天中殺かな?占いなんてやらない私が、ふとやってみようかななんて思うときは心が弱っているときかも。今日は会社をずる休みした。いくつか決めなければいけないことがあったので、行かなければまずいのではあったけど、動けなかった。青少年相談センターに電話してみたけれど、結局なんの解決にもならなかった。子供との関係がぎくしゃくしていると、何もやる気が起きなくなる。子供の受験って、子供もストレスだけど親もストレスだよね。長男の大学受験のときは、わたし、禿げました。円形脱毛症が頭のあちこちにできて、隠すに隠せないほどになり・・・でも半年で治ったけれどね。今年はまだ禿げていないけれど、禿げるほどにやきもきはしていないけれど、次男とのバトルにイライラがつのる。白髪が増えた。染めなければ目立つよなーと思いながらも、面倒なのでほったらかし。次男、三男がダブルで部屋に閉じこもってかぎをかけていると、本当にまいってしまう。さあ、大きく深呼吸して、パソコンの前から離れて、やるべきことをやろう。自分は間違っていないし、子供も間違っていない。ただちょっとすれ違っているだけ。すれ違いをお互いに認めるようにならなければいけないのだろうなと思う。あるがままを認め、でも親であることを忘れず・・・といったところかな。明日からはもっと前向きな日記にしたいです。2003/07/18 14:57:15インターネット依存症?今は次男とバトル中だが、次男はまだ自分の思いを私にぶつけてくるからいい。心配なのは末っ子。自分を表に出さず、心を開かない。すべてにやる気がない。中3の夏休みから変わってしまったのだが、どうしてこんなになってしまったのかは、まったくもってわからない。子供のわがまま(?)を認めようとせず、親の考えを押し付けようとするから、離れていくのだろうか?子供に自己管理させていたころは、今のような葛藤はなかったように思う。PCゲームにはまってしまい、規制を加えるようになって、衝突が増えだした。家庭内LANなんかするのではなかったと後悔、後悔。子供もPCの扱い方は心得ていると思ったから、いつでもインターネットできる環境にした。ところが、思ってもいなかった方向に進んでしまった。バーチャルな世界での生活が、実生活より比重が大きくなってしまったのだ。ある意味依存症? 本人が依存症から抜けることを望んでいないので、やめさせるのはかなり困難である。他に熱中できるようなものを見つけてくれたらよいのだけど。。2003/07/18 1:30:38
2003年07月18日
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読書感想:「コンタクト・ゾーン」篠田節子年増の独身OL3人が、南洋のリゾート地に買い物ツァーに出かけ、内戦に巻きこまれるというストーリー。東南アジアを舞台にした同著者による「ゴサインタン」「弥勒」ともおもしろかったので、「コンタクト・ゾーン」もかなり期待して手にしたのだが、ちょっと不完全燃焼気味。紛争に勝ち抜くと思われるグループが次々と変わり、いったい何が正しいのか分からないまま物語は進む。むしろ、正しいものはなにもなく、イデオロギーや民族独立なども所詮は方便に過ぎないと言っているかのようだ。生きることそのものについて問いただす作品かと思うが、少々ご都合主義的なところが「ゴサインタン」や「弥勒」よりも「女たちのジハード」に近いものを感じる。物語の序盤に出てくる軽佻浮薄な3人組と、内戦に巻き込まれた後の彼女たちとの落差が大きすぎて、最後までそこがしっくりとこなかった。リーダーシップをとっている真央子だけはまだ生き生きと描かれているが、理想主義的人類愛に目覚める医師の祝子も、不倫に傷付き現地の青年と愛し合うようになるありさも、その人となりが十分に描き切れていない。欲張りすぎてまとまりを欠いてしまったような感を受けた。2003/07/16 22:27:57?回目のバトル開始宅配生協の荷物も入れず、洗濯物も入れず、頼んでおいたごはんも炊かず、ゲームをしていた次男。そんな次男にむかつきながら、宅配生協から届いた荷物を冷蔵庫に入れる。悪いと思ったのか台所まで手伝いに出て来たが、「水曜日の生協にしてはやけに荷物が多いね」と言うので「金曜日の生協頼み忘れたから多めに注文したの」と言うと「注文し忘れたから多く頼めばいいってもんでもないでしょ。だいたい・・・」と人の批判をし始めたのでカチンときて「あなたの御託は聞きたくないわ」と言った。するとそれにカチンときたらしく部屋に鍵をかけて閉じこもる。ごはんが炊けても出てこないので、LANの線を抜いた。案の定出てきたが、LANを差し込んでごはんをもって部屋に閉じこもろうとするので、また線を抜いた。するとまた出てきて「あなたがしゃべりたくないと言ったからでしょ」と言いながらLANを繋ぎ部屋に入ったので「意味が違うでしょ」と言いながら線を抜く。根気比べだなと思いつつ。。。2003/07/16 21:06:40やっぱりなー今朝、いつまで続く?と書いたばかりだが、今日早めに帰宅すると、オンラインゲームをしていた。やっぱりなぁという気持ちで、もう何を言う気も起こらない。好きにして、受験日にまた後悔してください・・・だよ。2003/07/16 19:47:49いつまで続く?次男が一昨日から勉強を始めた。予定を組み立てなおし、夏休みの間に3ターン繰り返すというスケジュール。しかし、10日ほど全く勉強しなかったため、予定もかなりきついものに。二日目にしてすでに予定をクリアできず挫折しかかっている。「今日は6時間も勉強したんやで」という言葉に苦笑いしながらも、よくやったねと褒める。このままでは挫折が目に見えているので、3ターンはやめて2ターンにし、時間が余れば重点的にやりたい数学と英語に回したら?とアドバイス。今までも勉強する時期を1とすれば、しない時期が5の割合で波があったので、今度もいつまで続くやらと半信半疑。結果としてどこに入る入らないではなくて、この時期に努力を継続する姿勢を経験しておくことが大切と思うので、あまりごちゃごちゃ言わず見守ろうと思う。もちろん、よい結果を残せれば言うことないのではあるけれど。2003/07/16 7:48:11
2003年07月16日
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先週から、風邪を引いている。月~金までは喉の痛みだけ。土~日はくしゃみ/鼻水/節々の痛み、昨日からは頭痛と体のだるさ。だらだらとたいしたことのない症状が続くのも辛いものだ。昨日はお弁当を作る時間とお昼を作る時間を除いて、午後4時まで寝ていた。4時に医院に行き風邪薬をもらう。帰ってまた寝て7時に夕食を作るために起きる。薬を飲んだせいか、以後快調。これは火曜日からは復活かなと思っていたら、今朝はまたひどい頭痛。頓服を飲んで、少し落ち着いてきたところ。今日は面談があるから休めないんだよな。。。お昼から行こうかな。。。休みたいなぁ。。。
2003年07月15日
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一昨日、夫と大喧嘩した。喧嘩というより一方的に私が切れた。きっかけは、どこの夫婦喧嘩もそうであるように、実に他愛もないこと。しかし、いったん切れたら、もう止まらない。言いたいことを言わずにきた長年の恨みつらみが一気に噴出し、夫と傍にいた次男は、半ばボーゼン(^_^;途中で席を立ち、不貞寝してしまった夫に対し、私の怒りはますます膨らむ・・・と思ったら、夫からメールが来た。それを読んだらね、今まで別れてやる、離婚してやると思っていた心がひゅるるる~と溶けていきました。ああ、なんて単純と思いながらも、それまで持ち続けていた不満も怒りも憎悪(?)も、すべてが氷解。コミュニケーションって大事だね。会話することもなくそれぞれが勝手に生きているので、お互いの心が分からなくなっていた。メールという手段がなかったら、すれ違いのままだっただろうな。しかし、まぁあれだけ言いたい放題言ったので、とってもすっきり、爽やか。私が切れるのは数年に一度。休火山もたまには噴火しなければダメだよね(汗)。
2003年07月10日
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自分で自分のことをがんばっているなと思っている。かなり無理している部分もあるので、それを理解せず依存してくる家人への怒りとなってしまうものもあるのではないかと、そんな気持ちでいた私の目に飛び込んできたのがこの本のタイトル。もっと気持ちを楽に持たなくっちゃという気持ちから読み始めたが、諏訪中央病院に勤務することになったひとりの医師の、患者との触れ合い、地域医療へのこだわりの書であった。思っていたものと少し違ったけれど、高校生のころに悪性リンパ腫に侵され、短い生涯を終えたお子さんの話は自分の息子と重なってしまい、電車の中で涙をこらえるのにひと苦労。タイトルは「がんばらない」だけど、、、、、末期医療において周囲から見れば「がんばらなくていいんだよ」と言うことで楽にさせてあげたいのかもしれないが、本人はやっぱがんばっているよね・・・。限られた生であることは、健康体であるときは忘れがちだけど、それを目の前に突きつけられた人の生き様は、がんばっていないように見えてその実ものすごくがんばっているのではないか?何もしていなくても死を見つめながら生きていくことは、精神的にかなりのがんばりを必要とされるのではないかと、そんなことをつらつらと思いながら読んだ。「がんばる」ってなんなんだろうね。
2003年07月08日
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次男は、ついに昨日予定を無視して、画像いじりをやっていた。あとは友達とチャット。その様子を見ていた長男は「あいつはもうダメだね。このままでは現役に追い抜かれるよ」と呆れたように言う。次男に「今のままでは大学行けなくなるよ」というと、「大学には行く。Fランクってあるでしょ。だれでも入れるとこ。そこでもいいじゃん。」「私大受けなさいと言ったのに浪人すると言って私大受けなかったでしょ」「あのころは偏差値の高いところに行きたかったの。今はどうでもいいの」「4月の時点では予備校に行ってがんばると言ったから、予備校の手続きしたんだよ」「人は変わるものさ。あのころはそうでも、今は違う。自分の価値観押し付けないでよね」「押し付けるとかではなくて、自分が言ったことばに責任持ちなさい。Fランクでいいなら、なんのために浪人したの。現役のときにセンター失敗したからと言って諦めないで、私大とか夜間とか受けろと言ったのに、受けずに浪人を選んだのは自分だよね」「じゃぁ大学には行かないよ。専門学校にする」「そういう安易な選択は、自分の将来を狭めるだけだと思うけど」「受験勉強をやることで、狭めるかもしれないともいえるよね」「それはないと思うけどね」「想像でしかないでしょ。何がいいかは後にならないとわからないのだから、あまりぐちゃぐちゃ言わないでほしいわ」本気で腹がたってきそうだったので、その辺で切り上げて、昨晩は寝た。寝る前に「こんなの作ったんだよ」と見せてくれた。そのままの大きさをのっけると大きいので、小さく加工。確かに土曜日にダウンロードしたソフトを、一日でここまで使いこなせるようになるのはすごいとは思うけれどね。最初はプラスチックのおもちゃの剣のように見えていたものがだんだんと本物らしく描けるようになってきている。FF11のような3Dのゲームを作りたいそうだ。その部品ってところか?
2003年07月07日
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それぞれの子供とのバトル(?)、その後◆長男の下宿問題下宿したいと言っていた長男だが、シェア予定の友達が、さっさと外国人寮に入ってしまった。男子寮は一部屋4人なので我慢できなかったらしいが、外国人寮であれば少々割高であるものの個室なので、下宿するよりも結果的には安く付くだろうと寮に決めたらしい。「あなたはどうするの?」と聞くと、「家庭教師のバイトの契約残っているしさ、下宿は難しいだろうね」と言い出した。自立への憧れも現実の前にもろくも崩れ去ったか?◆次男との攻防夏休みの予定を作り、時間ではなく、決めた量の勉強をこなすことにしたらしい。予備校の先生に見せたら、夏休みで1ターンをこなすのではなく、夏休み中に3ターンこなせと言われたらしく、計画を練り直している。計画倒れに終わり勝ちだが、どうなるかな。昨日は予備校から帰ってダウンロードしたフリーの3D作成ソフトにはまってしまい、たった一日で人体やらマウスやらいろいろなものを描いていた。やはり若い子は飲み込みが早いね。母には真似できないワ。◆三男の反抗試験中にゲームしていたのを叱ったことから、ついにちーーーっとも試験勉強をせずに期末を終えた。まぁテストでよい点を取ることより、生活態度を正すのがまず最初だと思うので、成績については目を瞑ることにする。三男とは話し合わなければと思うのだが、話すことを嫌うのでどうしようもできない。リビングに置いていた三男のパソコン(以前もオンラインゲームにのめりこみすぎたことがあったので、部屋から取り上げた)だが、今朝はまた部屋に引き込んでいた。リビングにまた持ってこさせるか、利用規定(?)を設けて監視するか、どうしようかなぁ。。。2003/07/05 14:01:40読書感想:「ネバーランド」恩田陸「六番目の小夜子」とよく似たイメージの学園物である。自分がとおにその年齢を超えてしまったせいか、切ないくらいの郷愁を感じてしまうのだが、これを読んで面白いと思うのは女だけかも。著者もあとがきで書いているように、ここには本物の男の子が出てこない。さわやか過ぎるのだ。だからおばさんにとってはノスタルジーを刺激されるのであろうけれど、本物の男の子が読んでも、違和感を感じるに違いない。舞台は地方の難関進学校の寮。冬休みに寮に残った3人+ひとりの生活を描いていく。それぞれが抱える虚とそれを共有しあうことで育っていく友情というありがちなパターンではあるが、萩尾望都や竹宮恵子が描く少年像が好きな人には、面白い本といえるだろう。スティーブン・キングの「スタンド・バイ・ミー」もノスタルジーに溢れる作品と言われているが、私はあれは面白いとは思えなかった。死体を見に行くという好奇心に共感を覚えなかったからだろうか? 恩田陸の「ネバーランド」は、潔癖、理想、挫折、観念への固執等青年期にありがちのもろもろな要素が盛り込まれているので、彼女が描く男の子像は理解しやすく面白い。あまりにステレオタイプといえばそうなのではあるが、まぁ、娯楽小説だし。タイトルもおばさんにはズシンと響くものがある。どんなにあがいても決して戻ることはできないのだものね、あのころには。悪魔に魂を売ったファウストの気持ちが分かるような気がする今日このごろ・・・。2003/07/05 10:19:15
2003年07月05日
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恩田陸の「ねじの回転」か篠田節子の「コンタクトゾーン」を買おうと思って立ち寄った駅前の書店だが、両方ともなかったので、テレビ等で取り上げられていてなんとなく興味があった「盲導犬クィールの一生」を買う。クィールはおとなしい犬だったそうだが、内容もクィールの性格を表すかのように淡々とまとめられていて、期待したほどの感動のドラマ(?)はなかった。でも、だからこそ、白黒の写真が読み手のイマジネーションに訴えてくるものが大きいのかも。クィールに限らず、犬は純粋で従順な動物であり、また寿命も長くはないため、どの犬の一生を追ってみても、ある種の悲しみは付きまとうのではないか。多分泣いちゃうだろうなと読み始めたが、やはり最後はじわ~と目に熱いものが・・・。電車の中で読んでいたのだが、目は赤くなっても涙は落とすまいとこらえるのに必死。今まで生きてきた中で出会った犬たちとの別れを思い出してしまった。。。帰宅すると、いつものように、我が家の愛犬が笑い顔(本当に笑うのですよ!)で待っていた。抱き上げていつも以上に相手をしてやる。「何かあったの?どうしたの?でもうれしいワン」とでも言っているかのように、いつまでも付きまとっていた。
2003年07月03日
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昨日から部屋に閉じこもっている末っ子だが、7時になっても起きてくる気配がない。期末試験中だけど、学校に行かないつもりかも。意地になると何もかもどうでもよくなるらしいので、困ったものだ。。。さてさて、どうしたものやら・・・。って日記を書いているばやいじゃない。対策を練ろう。。。===修正機能を使って続き===私には反発を感じていても、学校には行かなければいけないとは思うようになったようで、ギリギリに部屋から出てきてさっさと行った。知り合いの中に親子で口論の末亡くなられた方がいるので、子供と意思疎通がうまくいっていないときにはどうしてもそのことが頭に浮かび、必要以上に気をつかってしまう。それにしても・・・子供は勉強する必要はない。遊びなさいと育てて、長男はきちんと自己管理できるようになったけれど、次男以下はどうだろう。ずーっと遊んでいいよというつもりでそうしてきたのではなく、遊ぶ時期には遊び、勉強する時期には勉強して欲しいと思ったから、小さいころには勉強させないほうがいいと思っていたのだけど・・・。その思い、長男はちゃんと受け取ってくれたけれど、次男は頭では分かっていても目の前のにんじんは食べずにはいられない、三男はまるでわかっていない。昨日、全く勉強していない次男が夜中に部屋からふらっと出てきて「プログラム組みてぇ。受験勉強なんかやめてプログラミングしたい」と言った。それなら独学でやるより大学で学んだほうがいいのではないの?と思うが「俺がやりたいのは会計ソフトとかつまんねぇのを作るのではなくて、ゲームが作りたいの。C++とかだから独学でできる。で、それを仕事にしたいなんて思っちゃいない。あくまでも趣味。仕事にしたいのはWEBコンテンツ制作。デザインやりたいので、情報系やめて芸大受験考えるわ」好きにせい・・・。半年前に思い立って受験したくらいで芸大受かれば、へそが茶わかすわい。。。夜遅く帰ってきた長男に、「ねぇ。おかあさんさぁ、勉強しろと言ったことなかったよね。それがいけなかったのだろうか?」と聞くと「いや、そんなことはない。言ってた」「え?そうだっけ?いつ?」「小学生くらいのころ」「え?そんなこと言ってたっけ?教育ママした覚えないんだけど」「いや、言ってたよ。宿題しろとか」「・・・・・。それって、勉強しろと言うのとちょっと違うと思う」同じように育てたつもりでも全く違う三人。子育てにマニュアルはないってことか。。。
2003年07月02日
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末っ子は今日から期末テスト。なのに・・・昨晩帰宅したらゲームをしていたので、注意した。するとね、もう口きかないの。今朝もごはん食べずに出て行った。なんで?上の二人に振り回され、また、小学校低学年のうちからフルタイム勤務となり、あまり親子でのふれあいがなかったためか、末っ子がよく分からない。上の二人は時にはうるさいくらいにお喋りしてくれるのだけど。子供がいることを理由に仕事を疎かにしたくないとの気持ちから、子供と向き合わなければいけない時間を犠牲にしてきたのかもしれない。家と仕事では、仕事を優先してきた。今更あれこれ考えても仕方ないのだけど、子供とうまくいっていないときには、自分中心に生きてしまったかもしれないことに後ろめたさを覚える。理由のない(あるのだろうけれど、親にはさっぱりわからない)反抗に出会うと面食らってしまい、もう、一日中ずっと憂鬱な気分。あ、、、もしかして反抗期というだけかな?(^_^;)手の内にあった「子供」から「大人」への脱皮のための過程にすぎないのかもしれないけれど、渦中にあると親は苦しいものだ。。。
2003年07月01日
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大学生の長男が下宿したいと言い出した。通学に非常に時間がかかり、毎日実験やら何やらで、朝6時半に家を出て深夜に帰宅という日々が続いている。確かに辛いだろうなと思うものの、まだ弟二人いるので下宿させるのは金銭的にちょっと辛い。「3万円くらいの家賃のところを友達と二人で借りるから」というが、そんなボロアパートに男二人で仲良く暮らすの?(^_^;うまくいくのかな?ということも心配だけど、いよいよ出て行くのかと、それもちょっと寂しい。後期からということなのでどうなるかわからないけれど。後期の時間割によっては、少しラクになるかもしれないし、4年になったら今ほどハードなスケジュールではなくなると思うのだけどな。。。なんだかんだといいながら、出て行かなければいいなと思ってしまう私。小さいころには早く大きくなれ、早く出て行けと思っていたのにね。
2003年06月27日
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一人の女性教師が頭を強打されて死んでいたことから、彼女を取り巻く複数の人物の目を通して、事件の真相が探られる。複数の人物による推理が同時進行的に行われるのではなく、疑惑の目を向けられた人物が真犯人は誰かと推理し謎解きを進め、犯人と思われる人物にコンタクトして真相を問いただそうとする→バトンタッチ→犯人と疑われた人物が謎解きをしていき、真犯人と思える人物に真相を問いただすというパターンがリレーのように繰り返される。謎解きについては結末でひとつの可能性を示されてはいるが、それが真実であるとの確証はない。読者がさらに推理を進めてあらたな展開をするのもよし、作者の筆が止まったところが結論なのだとうと思うもよしといった具合に、結論は読者の判断に委ねられる。北村薫の描く探偵物のように、殺人を重苦しい題材としてではなくひとつのパズルとして描写しているところに違和感があったが、読み終わったころにはジグシーパズルを楽しんだ後のような爽やかな読後感があった。とはいえ、やはり私の好みはもっと重苦しい題材なんだよなぁ~(笑)
2003年06月26日
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出社する日は、朝のうちに夕飯を作って出かける。勤め先が、朝は少々遅くなっても構わないけれど夜は何時になるかわからないというパターンなので、いつのまにかそのような習慣になった。昨晩、8時ごろに帰宅すると、机の上にはカレーを食べた形跡。次男と三男に「ごはん食べた?」と聞くと「夕方カレー(レトルト)食べたからあまりおなか減っていない」とのこと。「夕方におなか減ったのなら早めの晩御飯食べてよ・・・」「だって、あまりおいしくなさそうなんだもん」「・・・。」昨晩は肉じゃがとお味噌汁と小松菜のおひたし。そりゃパッとしないメニューだけど、母は栄養のことを考えてどんなに忙しくても作っているんだぞ・・・・長男が帰ってきたのは12時過ぎ。「あまり食べたくないんだけど」夫は12時半の帰宅。「気持ちわりぃ~。もう寝る」んもう・・・。食事作りなんて放棄してやるぅ!(▼_▼")
2003年06月24日
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ヒューゴ賞、ネビュラ賞、ローカス賞受賞のこの作品。「航炉」(コニー・ウィリス)を読んだ知人から、「読んでいないけれど、絶対おもしろいことは保証するから読んでごらん」と変な薦められ方をして読んだもの。下巻の1/4を読んだところでおもしろくなったけれど、やはり結末に不満。結末がうまくまとめられている作品って少ないよね。内容はというと、過去へのタイムトラベルが可能になった2054年。オックスフォード大学で史学を専攻するキヴリンは、研究のために13世紀へのタイムトラベルを志願する。指導教授の安易な進め方に危機感を抱いたダンワージーは、非公式な指導教授になってくれというキヴリンの頼みを承諾する。慎重に計画を進め、万全の体制をとったにもかかわらず、キヴリンを13世紀に送り込んだ直後、タイムトラベルの技術者がウィルス性の疾患にかかり意識不明に。病気はあっという間に広がり、町は封鎖となり、次々と人々が病に倒れ・・・キヴリンをタイムトラベル先から現在に連れ戻すための手段を失ってしまう。一方、13世紀に送られたキヴリンは、到着後すぐに病が発現し、荘園領主と思われる館で看病を受けて回復するものの、21世紀から13世紀にたどり着いた地点がどこであるかが分からない。到着した場所と同じ場所にいなければ、決められた日時に帰ることができなくなってしまう。高熱のために気を失って倒れていたキヴリンを馬の乗せて館まで運んでくれたガーウィンになんとかしてその場所を聞き出そうとするが、時は中世。レディは男の召使に軽々しく口をきくこともできない。約束の日は迫るが、場所の特定もできないまま、館には恐ろしい病の魔の手が・・・おもしろくなかったとは言わないけれど、おもしろい!と感激するほどのものではなかったというのが素直な感想。13世紀の生活を現代人の視点で生き生きと描き出している点は素晴らしいのだけど。
2003年06月23日
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昨日は、いつもより早く仕度ができて10時過ぎには玄関で靴を履いた次男。とにかく追い出そうと「いってらっしゃい(^^)」と玄関まで行くと、「このジーパン、長すぎてヘン」と言い出した。「大丈夫、ちっともおかしくないよ。早く行きなさい」「いや、ヘンだ。切れ目を入れる」と靴を脱いでまたリビングへ。ハサミでチョキチョキ切って「これもおかしい。縫う。針と糸貸して」ここで爆発寸前だった私の頭から湯気が出だす・・・。「遅くなるから」「授業に出られなくても予備校には絶対行くって」「授業に出なさい!」爆発しそうになる気持ちを抑えて、パソコンに向かう。次男のことは見ないようにしよう。。。ジーパンが気に入るように仕上がったのは、午後3時半であった。「予備校、もう行きたくない・・・」そうなるだろうと思った。「もういいよ、行かなくて」このあと、昼寝、ゲームと続き、昨日5分も勉強したのかどうか、私は知らない。「おれが最近少し勉強したいるからといって、期待せんといて欲しいわ」「期待しているんじゃなくて、規則正しい生活をして欲しいだけ」親の心、子知らずだよね・・・ったく。
2003年06月20日
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昨晩、次男に対する愚痴をグチグチ書いたけれど、寝る前にボソッと「おれ、FF11買うのやっぱやめようかなと思ってる」と言っていた。「今は大学なんてどこでもいいと思っているけれど、もしかしたら行きたいところが出てきて、でも勉強していなかったから行けないなんてなるかもしれないし、そのときになって後悔するような今を生きるのだけはやめたほうがいいと思うよ」とだけ言っておいた。「そうだね」と次男にしては珍しく素直に頷く。昨日帰宅した段階で怒っていたら、また半月前のゴタゴタの繰り返しになっていたかもしれないな。揺れる気持ちはだれしもあるし、ましてや中学時代からの近所の仲良し3人組で一人だけ浪人になってしまった次男としては、複雑な思いもあるのかもしれない。高校のクラスメートはたくさん浪人していたとしても。サラッと「スランプだったんだね。今日はできるところまでやっておいで」と、予備校に送り出そう。感情の赴くままに接するのではなく、「母親」をしなくっちゃね・・・と余裕があるときは思えるのだけれど。。。
2003年06月17日
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浪人生の次男。朝、着替えていたので予備校に行っていると思っていたら、今日は行かなかったとのこと。まぁ、予備校に行かずとも自宅で勉強したのならいいかと思ったら、今日は一日FF11の何がおもしろいかどこが面白いかをネットで調べていたらしい(--;)。 大学生の友達に誘われているらしく、貯金を下ろして買うつもりになっている。高校時代の浪人同士の集まりに行ったときは、みんなが勉強している様子から刺激を受けていたが、それからしばらくすると、また怠け虫が顔をのぞかせたようだ。「俺はね、勉強していい大学に行きたいなんて思っていないの。」耳タコになるほど繰り返されたセリフ。数年後に「なんでもっと厳しく言ってくれなかった」と言われないために、ちゃんと書いておこう。昨日言った言葉が今日には覆り、今日言った言葉が明日にはまた変わるといったことの繰り返し。居直りと自己肯定。私が若かったころ「二十歳の原点」がベストセラーであった。あれに代表されるように、内省と自己批判、自己嫌悪が、当時の若者のスタイルでもあったように思う。今の若者があのような思考をしていると、それこそ古いだとか化石なのだろうけれどね。逆の方向から考えると、次男の考え方、生き方はトレンディなのかもね・・・と思うことにしておこう。はぁ・・・(大きくため息)
2003年06月16日
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前任者が精神分裂病と診断した一人の少女を巡り、解離性同一性障害(多重人格)の可能性を主張するカウンセラーとそれを認めようとしない精神科医の対立→衝撃の事実→理解と物語は進む。物語の中で詳しく説明されている「境界例」だが、私はこれを読むまでは正常と異常の境界線上の症状と思い込んでいた。確かにそのように解釈されていた時代もあるようだが、現在では人格障害の一種とされており、医師や看護士にとっては他の精神病より扱いにくいものであるらしい。最後の10ページまでは非常におもしろく引き込まれるように読んだが、最後でガッカリしてしまった。作品の複線として、首都国立博物館所蔵の重要文化財への疑惑が、本筋と複雑に絡み合い、最後に謎解きが終わるという緻密な構成になっているのだが、この終わり方ではそれが全く生かされていないように思う。謎解きをする必要さえなどなかったのではないかとさえ言いたくなってくる結末だ。ミステリーとして読むとがっかりするかもしれないが、精神病への理解は深まることは間違いない。表題通り、ひとつの症例の紹介と医師としての葛藤を描いた物語だと思うと、秀逸な一冊かも。
2003年06月13日
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いろんなHPを見ていたら、潰瘍性大腸症候群について書かれているページを見つけた。ひどくなると大腸のほとんどを取らなければいけないことになってしまうらしい。長男がしきりに訴えていた症状と同じなので、これは一度専門のある病院で見てもらったほうがよいのではないかと、終電で帰ってきた長男を捕まえて、最近の調子を聞いた。「うん?オレのは過敏性大腸症候群だってば。それにもう治ったよ。浪人のころから1年生くらいまではひどかったけど、いつの間にか治った。あれはなんだったんだろうね」という拍子抜けする返事。「カレーを食べているときにそういう話しないでくれる」と言いながら食べていたが、ピタッと手を止めて「ラットの臭いがする・・・」という。カレーがおかしな臭いがするのかと思って尋ねたら、そうではなくて実験で解剖したラットの生臭い臭いが足のほうから漂ってきたとのこと。早くシャワー浴びなさいというと「ごめん、カレー全部食べられない」と言いながら風呂場に向かった。風呂からあがり、ひとしきり解剖の様子を話してくれたあと「慰霊祭はきちんとやらなければあかんよ。今の慰霊祭は人間のためのお祭りだ。実験のために犠牲になる膨大な数の動物のことを思うと、人間はもっと謙虚にならなければいけない」とまじめくさって言い出した。昨日は、胎児のラットを解剖したそうだが、母ラットは先生が解剖し、学生は胎児であったらしい。息子とペアを組んでいる友達は「オレは絶対にやらない。そんなことできるか」と言って手を出さないそうなので、息子が解剖は全部やっていると言っていた。いろんな経験をして逞しくなってきたのかな? 高校3年から浪人にかけては自臭症に悩まされ、浪人から大学1年にかけては過敏性大腸症候群に悩まされと、神経症的な傾向があったので、この先どうなるかと心配していたのだが、子供って成長していくんだね。当たり前のことなんだけど、なんとなくうれしい。長男が部屋に戻ったあと、勉強をしていた次男が部屋から出てきた。残っているカレーを見て「肉が3つも残ってる。なにこれ。食べないなら入れるなよ。おれとA(弟)なんか、後で食べる人のこと考えて、『肉はふたつずつな』と遠慮してんねんで。何考えとるんや」と文句を言うので「今日、解剖があって、途中で食べられなくなったのよ」と細かいことを言う次男に噴出しながらも、長男をかばった。平和な一日でした。
2003年06月12日
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昨日は末っ子が通っている学校から呼び出しを受けたが、何を言われるかひやひやしていたところ、温かい言葉、励ましの言葉、やる気を引き出すような言葉かけを学年主任、担任の二人からいただき、予想外の展開に正直言って驚いた。朝はふてくされて登校した息子だったが、面談時の先生からの言葉かけにはニコニコと答えていた。面談が終わった後は、頑なであった心もほぐれて、私と普通に会話できるようになっていた。夕食後、ゲームは8時までだよと言うと素直に頷き、8時以降はフラッシュを使って何かを作っていた。パソコンに向かいすぎるのもどうかと思うが、面談時に情報処理(今年から高校の課程のひとつになったみたい)はクラストップであることを知らされたので、それが他の科目の牽引になるかもしれないと思い、パソコン弄りについては静観することにする。底辺の公立校に行かせるよりもと思って選んだ私学であるが、ここに行かせてよかったと心から思った。長男が通った高校は、三男とは別の私学でおまけにいわゆる特進コース。入学した直後に担任から「おまえならT大に行ける。がんばれ」としつこく言われて全くやる気をなくし、成績がどんどん下がっていった。子供のやる気を引き出す教師と出会うか出会わないかで、その後の人生が大きく左右されてしまうこともあるだろう。長男と同級生でクラストップだった子の今は、大学に行かず好きな趣味の店で店員さんをしているとのこと。親や先生から敷かれたレールを走るのに息切れしたのかもしれない。。。大学に行くことは必ずしも必要ではないが、店員になるには大卒であっても高卒であってもなれる。大学に行かないことは、自分の可能性を狭めることにもなるのではないかと思うのだけれどね・・・。次男も予備校での面談があり、次第にやる気が出てきた。昨日は1月のセンター試験後、初めて勉強らしい勉強をしていた。といってもトータルで5時間。浪人の受験生としてはまだまだであるけれど。「今からでも間に合うかなぁ・・・」と言っていたので、「十分!」と励ます。一昨日の夜、長男のいうような強硬措置に出なくてよかった。親の権力を行使していたら、おそらく今もまだ頑なな心のままに閉じこもっていたかも。。。やっぱり私はできるだけ子供の目線にたって、子育てをしていこう。いろいろ迷い悩むことはあるけれど。
2003年06月11日
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中3の夏ごろから、性格が変わってしまった三男。それまでは素直すぎるくらいに素直だったのが、何かいやなことがあると殻に閉じこもるようになってしまった。自我の確立における一過程と思ってはみるものの、学校の出席率に響くようになっては、どうしても口やかましくなる→余計に頑なになる、の悪循環。昨晩も、いつまでたってもゲームをやめようとしないので、いい加減にしなさいと怒った。それでもやめない・・・というか親は無視。オンラインゲームなので、仲間と共同作戦で何かをしているので抜けられないというのはわかる。だけど、オンラインゲームに興じているのはほとんどが20代以上。君とは立場が違うんだよ。。。親を無視してゲームをし続けるのを見ていた長男から、スパルタでビシビシしろと言われた。長男は厳しく仕付けたが、そのおかげでいまだにトラウマがどーたらこーたらこの前まで責められていた私。なのに今では厳しくしなければいけない、厳しくされてよかったということは後になって分かると言う。でも、どう育てたらよかったのかは、その子が老人になってトータルで見てみないと分からないのかもしれないよね。。。今ではしっかりとした大人になった長男だが、彼も中学・高校のときはものすごい反抗期があったように思う。反抗されても押さえつけようとせずに暖簾に腕押しで通してきたからそれほどの衝突もなかっただけのこと。三男の場合も作戦を練って乗り切ろうと思っていたけれど、学校を休むという行動に出るのが怖い。今朝もふてくされて起きなかったが、ギリギリの時間に起きてきて朝ごはんも食べず、作ったお弁当も持たず、フラッと出て行った。行かなければいけないということだけはわかってくれているようなので少し安心。親にはどんなに反抗してもいいから、大きく人生を狂わせるような行動だけは取らないでねと祈るのみ。親業って修行ですなぁ・・・
2003年06月10日
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昨日、高校時代の友人と久しぶりに会ってきた次男。浪人生4人の集まりだったので「みんな君みたいにやる気なくして勉強していなかった?」と聞いたら、「いーや。みんな勉強していた。」と苦笑い。「俺も明日から9時には予備校行って勉強しようかなぁ」と呟いていた。「うん。やる気が出てきたのなら、明日定期買いなさいね」と言っておいた。で、今朝だが・・・まだ寝ている。起こしに行ったら「8時に目覚ましかけているんだよ」とのこと。それでは予備校に9時に行くのは無理だろうとは思いながら、とやかく言うのはやめる。今までも待ってきたんだもの。親はきっとこの子ならやるさと信じて待つしかできないよね。一方、学校から呼び出しのかかった三男は、進級できなくなるよとの脅しが効いたのか、素直にさっさと行くようになった。中学時代と同じだろうとタカをくくっていたんだろうな。自分でどうすればよいかを考えて、自分なりの道を見つけ出してくれるならそれでいいってこと、わかって欲しい。レールを敷こうとしているのではなくて、自力で走っていって欲しいだけなんだけど、それが子供にはレールを敷こうとしているように見えるらしい。だから、同じことを言っても、友達の言葉のほうがスッと入っていくんだろうな。ちょっと悲しいね、親って。
2003年06月09日
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昨日、結局あのまま学校を休んでしまった末っ子。学校に「起きられませんでした」と連絡したところ、担任から電話がかかってきた。「学年主任とも話し合ったのですが、すでに欠席が10日ですので、一度おかあさんとご面談したいのですが」とのこと。ずーん。。。。。重くなるココロ。。。。。学校に行かなくてもそれなりに生きていけるのは農業だ!と、昨日は農業をするにはどうやったらよいのか調べていた←気が早い性格進級できなくなるかもしれないという言葉に、さすがにやばいと感じたのか、今日は不機嫌ながらも定刻に家を出た。次男はというと、昨日は10時半に家を出て、おなかの調子が悪いと2時に帰宅。それから後は寝ているかパソコンを弄っているか。夜中の1時にもまだパソコンで友達とチャットしたりお絵かきしていたもよう。キーボードのカシャカシャという音に目が覚め、少々ぶち切れ気味で次男の部屋に行く。また喧嘩。。。それを見ていた終電で帰ってきた長男。「オレ、厳しく育てられてよかったのかもしれないと思うようになってきたよ」とぼそっと一言。
2003年06月06日
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次男が少し前向きになってきたかと思えば、今度は高校1年の末っ子。学校に行きたくない、勉強が面倒くさいと2~3日前からしきりに言っていたが、ついに今日、ずる休みをしそうな雰囲気。いやなことがあると引きこもるタイプなので、いつまでこの状態が続くか、いささか不安である。行かなければもうパソコンもゲームもしたらダメだよときつく言ったら、畳の上でゴロゴロしながら鼻をグシュグシュ言わせている。学校が楽しければ休みたいとは思わないだろうから、きっと楽しくないんだろうな。でも、こればかりは、母はどうにもできないよ。自分の力で乗り切っていかなくては。高校に行かなくたって、いろいろと生きる道はあるさと、今日も自分を納得させる。欺瞞かなぁ。。。本音は、がぉ~っと叫びたいよ(>_<)
2003年06月05日
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昨日、息子が友達から怒られたと言っていた。同じことばでも、親から聞くのと友達から聞くのとでは、雲泥の差らしい。このままではいかんと自分でも思い始めたようだけど、いかんせん、約半年遊び癖(といってもパソコンだけど)の付いた体では、机に向かえないもよう。勉強がいやだからパソコンに逃避するのではなく、スケッチでもしたら?とスケッチブックを渡してやると、素直に描き始めた。次男はマルチタイプ。大学進学も理系にするか文系にするか、あるいは美大でも・・・と、的が絞りきれない。突出してできる教科がなければできない教科もないというのは、進学においてはマイナスになってしまうようだ。いまだに自分の進むべき道を絞りきれない。今日もまだ起きてこない。
2003年06月04日
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