まいかのあーだこーだ

まいかのあーだこーだ

2021.09.09
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遅ればせながら、先週のプレバト。
お題は「実家の柱」。

今回は、
季語選びの難しさを考えさせられました。



東国原英夫。
秋暑し 柱は饐 えた父の臭い


後述のとおり、
フルポン村上は季語で落とされたのですが、
東国原は季語で評価されました。

村上はほのぼのした平和な光景を詠んでいますが、
東国原は、ある種の「不快」を句材にしていて、
時候の季語が、
その具体的な嗅覚や皮膚感覚と巧みに結びついています。

ちなみに下六の字余りです。

梅沢なら、きっと下六を嫌うだろうし、
わたしも 「父の臭 しゅう じゃダメなの?と思ったけど、
あえて感覚にうったえる部分で字を余らせるのが、
東国原のしたたかさかもしれません。



フルポン村上。
車庫入れの誘導は父 秋日和


直しはないけど、季語でダメ出し。

個人的には、
「これ以上の季語があるかしら?」とさえ思ったのだけど、
逆にハマりすぎていて意外性に欠けるのかもしれません。
音楽でいうところの「フックが足りない」感じ?

正直、
どんな季語を選べばいいのか分からないけど、
たとえば 「柿の秋」 なんかはどうでしょうか?
庭の光景とか、息子の成長とか、父の老いとか、
そういう具体性に結びつくかもしれません。

…いずれにしても、
このレベルの季語選びはとても難しい。
名人だからと言わず、平場の句でも、
こういう季語の吟味をどんどんやって欲しいです。



貴島明日香。
秋の日に母の枕香薄れゆく
秋の日や 母の枕香うすれゆく
(添削後)

これが今週の1位。
「枕香」という古い日本語があるのを知りました。
もともとは、ややエロティックな言葉なのかもしれません。

薄れゆくのは「母の記憶」なのかと思いきや、
本人の説明によれば、
たんに「涼しくなったので臭いを放たなくなった」という物理的な話。

添削では「や」を用いて季語を強調していますが、
わたし的には、
これも季語を変えたほうがいいんじゃないかと思う。

…というのも、

そもそも枕香がうすれていくのは、
「秋の日」という1日の時間経過ではなく、
もっと長い時間経過においての話であって、
夏が過ぎて以降、すこしずつ消えていくのだと思うから。

そうした長い時間経過を描くのなら、
むしろ 「夏逝きて」「夏去りて」 などのほうが妥当だと思います。



かまいたち山内。
盆休み 久々の足の指の敵
また指をぶつける柱 盆の家
(添削後)

添削では、
大人になってもまた足をぶつけることになってます。

しかし、説明をよく聞くと、
「もう指はぶつけぬ柱」 とするのが本人の意図に近いはずだし、
そのほうが子供時代との対比が見える気がします。



村上佳菜子。
疲れたなあ 追い込む季節 冬隣
練習終え スケートシーズンは間近
(添削後)

原句は、意味も分からないし、映像も見えない。
添削では完膚なきまでに直されています。

ただ、わたしとしては、
もうちょっと作者の意図に寄せた添削に出来ないものかと思う。

「スケートリンク」「フィギュアの演技」といった映像、
「試合への追い込み」「最後の仕上げ」といった状況、
それらをうまく折り込んで添削してあげたいところだし、
フィギュアに固有の単語を使えば、きっと経済効率も良くなる。


スケート場を意味する「リンク」が季語に当たるのか微妙だし、
アラビア数字を使うのも一般的には禁じ手ですが、

ためしに、
"3ルッツ"仕上げる冬隣のリンク

としてみました。



かまいたち濱家。
明日急かし 日めくり揺らす秋の初風
日めくりを揺らして秋の初風は
(添削後)

原句のほうは5・7・7という短歌風の調べでしたが、
これは良い添削になったと思います。



和田アキ子。
今年酒 我が膝さする小さき母
吾の膝をさする母の手 今年酒
(添削後)

新酒のことを「今年酒」というのですね。

かりに「1年に一度の母との時間」を描いてるのだとすれば、
この季語選びは、かなり効果的だと思います。
季語選びにかんしては、今週のトップと言ってもよいのでは?

問題なのは、中七ですね。

下五を読む前に、
中七の「我が膝さする」というフレーズを見たら、
その時点で「自分の膝をさすっている様子」が見えてしまうので、
それが混乱を招いてしまう。

”誰が誰の膝をさするのか”を明示するために、
添削では「吾の膝」と「母の手」を対置しつつ、
あえて手の映像をクローズアップにしています。

ただし、
厳密にいえば「手」と「さする」は重複情報になるので、
吾の膝を母がさすりし 今年酒

のようなやり方もあるとは思う。

さらに、
「膝を母に さすられる 」「母が さすってくれた 膝」
のように動詞によって自他の関係性を明示すれば、
「吾の」という説明すら不要かもしれません。



キスマイ横尾。
父からの返球身に入む黄昏
返球の身に入む黄昏に 父は
(添削後)

「身に入 む」が秋の季語なのですね。

原句のほうは、
父からの返球身に入 む / 黄昏

とも読めるし、
父からの返球 / 身に入 む黄昏

とも読めるし、
父からの返球身に入 む黄昏

と、切れ目なくすべてが「黄昏」に掛かるようにも読める。

それによって、季語がどこに掛かるのか、
何が「身に沁みている」のかが変わってきます。

添削では、
「返球の身に入む黄昏」をワンフレーズにしているので、
意味も明快だし、季語も映像化されています。




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最終更新日  2021.09.09 10:20:05


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