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2017年の最後にとっても悲しいことがあって、自分の為に綴っています。2.のつづきある日突然、友達と会えなくなるなんて想像したことがなかった。でも、一番びっくりしているのはYちゃん本人だと思う。かわいい娘さんを2人残して、まだまだ子供たちのこれからを見守りたかったよね。友達の葬儀に参列するのは初めてのこと。何かできないものかと、自分のアルバムの中から思い出の写真を探した。6人で一緒に行った場所、過ごした時間・・・いっぱいあったね。写真を印刷して、葬儀の式場に置かせてもらうことにした。懐かしい写真をたくさん選んで、Mちゃんが1冊のアルバムを作成してくれた。最後に6人で集まれたのは2016年8月のこと。それ以降は、みんなの予定が合わずになかなか集合できなかった。あの日もみんなでいっぱい喋って、笑って、お店の閉店時間まで居座ったね。そして、Yちゃんの通夜で1年半ぶりに6人が集合できて、みんなで泣いた。通夜も告別式もましゃの曲に優しく包まれていた。娘さんが私と一緒に行くはずだったライブチケットを見つけて持ってきてくれた。思い出いっぱいのアルバムと、一人ずつ書いたお手紙とTシャツとチケットを棺に入れた。ご家族と一緒に最後の最後までYちゃんを送ることができた。それで、これは現実なんだということを認めるしかないと思うようにした。葬儀が終わった次の日に福山雅治ライブの当日を迎えた。Tシャツもチケットも準備万端だったから、Yちゃんはがパシフィコ横浜へ行けてたらいいな~私は行けなかった。やっぱり、行けないよ。悲しくて、辛くて、寂しくて、胸がきゅーっとなる。私の手元に残ったチケットはYちゃんの形見としてずっと大切に持っていることにした。Yちゃんが教えてくた。突然の別れがこんなに辛いということ。もし、その日が来ても、後悔しない毎日を送れるようにすること。自分は、家族や友達に支えられて生きているということ。Yちゃん、今までありがとう。またいつか、一緒に福山雅治ライブへ行こう。Yちゃんと出会えて、友達になれて、ずっと仲良くできて本当に幸せでした。また、思い出して泣いてしまうけど、思い出すYちゃんはいつも笑顔。だから、私も笑顔で頑張る。Yちゃんに会える日まで精一杯生きる決心をしたよ。またね!
2018年01月15日
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2017年の最後に悲しいことがあって、自分の為に綴ってます。1.のつづきYちゃんと病室で対面し、自宅に帰ってからも、涙が止まらなかった。なぜ、こんなことになってしまったの?そればかりが頭の中をグルグル回る。12月22日 職場へ行く気持ちになれなった。とりあえず出勤したが、Yちゃんが心配で仕事にならず、半日で早退した。あまりにも私が泣いていたので、夫が仕事から早く帰ってきてくれた。病院までちゃんと運転できるかわからないからと、一緒に病院へ行ってくれた。Y ちゃんの息は少し落ち着いていた。手を握ると少し熱いが、高温だった熱は下がっていた。事前にネットで購入し、「福山雅治」ライブで一緒に着るはずだったTシャツを持っていた。2人で行く約束を何としてでも叶えたい。「ライブに行くんだから!早く目を覚まして!」と声をかけてYちゃんが目覚めることだけを願って、病室をあとにした。が、その願いも空しく、数時間後に、Yちゃんは息を引き取った。お姉さんから電話をもらって、その現実を受け止めるしかなかった。悲しみがどっと押し寄せた。次の日、6人グループの中の友達2人と一緒に、自宅へ戻ったYちゃんに会いに行った。とても安らかで綺麗なお顔だった。親友の顔をこんなにちゃんと見たことがなかった。あんなに一緒の時間を過ごしていたのに、気づいてなかった。Yちゃんの肌はとってもきれいで、シミもしわもなかったってこと。ちょうど葬儀屋さんが来ていて、「遺影」の写真をご家族が探していた。娘さんが私たち6人で撮った時の写真を使いたいと言ってくれた。とってもかわいい笑顔の写真だった。次の日、別の友達が自宅を訪ねたのはクリスマスイブで、Yちゃんが家族の為にクリスマスケーキを予約しておいてくれたことを娘さんが思い出した。ケーキを食べる気分ではなかったけど、ママからの最後のプレゼントだと思ってケーキ屋さんに受け取りに行ったそうだ。本当に優しいお母さんだったね。Yちゃんは夏のギラギラ太陽ではなくて、春の窓越しに感じるようなやわらかな日差しで周りを温かい気持ちにさせてくれるような人だった。今までたくさんツライことがあったYちゃんだったけど、いつも明るく接してくれた。幼稚園からの付き合いだから40年以上も・・・ずっと。私の人生のどこを切り取ってもYちゃんがいる。これからもずっと何でも話せるかけがえのない人だったのに、こんなことになるなんて!思い出しては泣いて、だけど、やっぱり信じられなくて、毎日、不思議な気持ちで過ごしていた。つづく。
2018年01月14日
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悲しいことがあって、自分の為に綴っています。12月21日 午後5時いつものように愛犬カレンと公園を散歩していた。知らない電話番号からスマホに着信があり、迷ったけど出てみた。その相手は私の親友Yちゃんの娘さんからだった。なぜ?娘さんから電話?「ママが職場で倒れて・・・」その後の会話はよく覚えていない。娘さんが、親族を呼ぶように言われて、私にも知らせなきゃ!っと電話をしてくれた。わかったのは、Yちゃんが職場の休憩中に意識がなくなって、救急車で病院へ運ばれたということ。何が何だか?もう、パニック状態だった。他の友達に連絡をとりたいけど、手が震えてうまくスマホを操作できない。私が泣きながら電話をしたので、友達がすぐに迎えに来てくれた。行ってみないとわからない。どうなっているのか?病院へ行くと、親族のみなさんが駆けつけていた。病室へ入ると、ご主人が茫然としている。病室のそばでは、娘さんたちが泣いている。やっぱり、ただ事ではない。Yちゃんは意識がない状態で荒い呼吸をしていた。手を握ると、とても熱くて、息が苦しそうだった。今まで病気らしい病気をしたことがない。病院で検査を受けたという話を聞いたことがない。いつも元気で、明るくて、ツライ表情をみせたことがないから、別人のようだった。目を開けることもない、返事をすることもない。現実だとは受け入れがたい状況に涙が出た。とにかく、ガマンできずに泣いた。私の泣き声で目覚めてくれるなら、もっと泣きたい。最後に会ったのは、11月18日の同窓会。みんなの家に車で迎えに来てくれて、帰りは最後に車を降りたのが私。「じゃ、またね!」っといつものように軽く笑顔で別れた。LINEで連絡を取り合ったのは12月16日。12月30日には二人で「福山雅治」のライブへ行く予定だった。「チケットが届いたよ~」という画像を送ってくれて、「後で待ち合わせ時間を決めようね」っと短い会話だけだった。あの時、もっとたくさん話すべきだった。意味のない後悔のような気持ちが沸き上がって、あの時もっとこうしていたら、こんなことにならなかったのではないのか?っと考えた。Yちゃんは幼馴染の6人グループの一人で、福山雅治ファンとして毎年ライブへ行く「ましゃ友」でもあった。私がクリーニング店をやっていた時、出産でお休みしなければならない間、代わりにお店を切り盛りしてくれた。息子のラグビーの試合があれば、応援に来てくれた。私にとっては「友達以上、家族未満」いや、家族同然の信頼関係で何でも話せて、私を理解してくれていた大切な人。どうしても失うわけにはいかない。「また来るね」っとYちゃんに声を掛けて病院をあとにした。つづく。
2018年01月13日
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2018年が私にやってきてくれたことに感謝です。m(__)m 熊谷市の荒川と初日の出 橋の上には、ご来光を拝みに来ている人がたくさん! ついに、今年は子供たちとは来れなくなってしまい、夫婦二人ぽっち。熊谷市久保島の「久保島大神社」にて。午前10時なので、絵馬もあったし、くじ引きもできました。なんと、2等で「パイの実 チョコレートパイ」をゲット。無料でいただける甘酒も「くまサブレ」も最高に美味しいです。今年、初めてお目見えした絵馬形お守り(200円) かわいい!っと、お正月にいつも恒例だった初日の出と初詣・・・当たり前のように明日が来ることが奇跡だということを痛感しました。12月21日、私のこれまでの人生で、こんなに悲しいことは今までなかったかもしれない出来事が起きました。大人になって人前であんなに大きな声で泣いたことがあっただろうか?今でも信じられなくて、受け入れるしかないと分かっていても、ふと思い出してしまう。誰かに話すと泣いてしまいそうになるけど、ブログに残しておくことが私が生きている証だと思って書き留めたいと思っています。 つづく。
2018年01月01日
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