くまんちゅな日々♪
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亡くなった父のこと。自分の覚書の為に記しています。②からのつづき5月16日(水)10時半に息を引き取った父。心残りがないと言えばウソになるけれど、悔いなく最後の時を迎えれられたと思う。父に毎日会いに行ったことを、父はどう思っていたのかわからないが、私の中では満足だった。自己満足でしかないのかもしれないけど、父からもらった最後の時間には感謝しかない。特別な出口で主治医の先生、看護師さん、介護士さんに厳かにお見送りいただき病院を出て、やっと自宅に帰ることができた。が、悲しみに浸っている暇などない。忙しい現実が待っていた。葬儀会社の担当の方と葬儀の内容、斎場の手配、綿密な打ち合わせが連日続いた。通夜、告別式まで1週間の猶予があるものの、すべてが初めてのこと!一つ一つの意味を確認しながら、細かい打ち合わせを重ねていたら1週間なんてあっと言う間だった。他にもアルバムから父の子供の頃~最近までの写真を選び、コルクボードに貼って斎場の入口に置かせてもらう事を思いついた。斎場のBGMは父の大好きなカラオケにしようと大量のカセットテープを聞いてみると、父のナレーションと歌声が入っていた!父が趣味で録音していたカラオケを参列者の方に聴いてもらうことにした。葬儀までの1週間は84年の父の生涯を振り返る良い時間にもなった。今どきの葬儀は20年以上前の祖父母の頃と大きく違っていた。遺影の写真は普段着のスナップ写真で、お棺の中で着る衣装もお出かけする時の恰好で、かしこまることなく「いつも通りのお父さん」だった。映画でもっくんが演じていた本物の納棺士さんを目の前にして、父の旅支度を見せていただき感動だった。父が母の次に心配していたのは趣味の「畑」のことだった。兄が畑に野菜を植えてくれ、そのナスが育ち、父が旅立つ朝に「ナス」を3つ収穫することができた。父の棺には農作業するための新品の作業ズボンと採れたての「ナス」を入れた。「5月にナスが収穫できるってすごいな~」ってきっと父は言ってくれていると思う。余命宣告された父と過ごした103日間は、学ぶことがたくさんあった。自宅で介護、看病する難しさを実感した。一時は罪悪感を感じることもあったが、病院でお世話になったおかげで100日以上もの「お別れまでの時間」を過ごさせてもらえたのだと思う。脊髄に転移したガンが大きくなるにつれ腰の痛みが増していたが、テープ式の麻酔薬は父に効果があってそれほど痛みで苦しむことはなかった。麻酔の量が極端に多かったわけではないので、亡くなる前まで意識がしっかり保たれていたのは幸せなことだったと後で知った。たくさんの人に支えられ、父を看取ることができて、本当に良かった。私は小さい頃から自由奔放に生きさせてもらって、父から何か強制されたことはなかった。いつも父を驚かせてばかりだった。私はお父さんにとってどんな娘だったのか?最後まで聞けなかったな~(・´з`・)旅立つ父に最後にかけた言葉は「またね。お父さん!」次にまた会える日まで、わがままな娘を見守りくだされ♪
2018年07月03日
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