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4月1日から、道路交通法の自転車に関する法規が変わったこと、毎日のようにテレビなどで聞きますね。最大のトピックスは青切符なるもののようで、自転車の違反にも違反切符が切られ、5,000円以上の罰金が課せられとか。中でも一番重いのは、スマホなどのながら走行で、罰金は12,000円だとか。他にも、信号無視、一時停止違反、傘さし運転、通行区分違反(右側走行や歩道走行等)など、100以上あるそうです。わたしは自転車通勤だし、休日の買い物もほとんど自転車で行くので、一年にのべ350日くらい自転車に乗っていると思うけれど、上に書いたことくらいならわかっているから毎日大体守って走行しているけれど、100以上も項目があるとなると困ってしまいます。そんなにたくさん覚えきれないし、知らずに違反しちゃいそうです。今日も整体の予約があったので、温かくてお天気も良いし、自転車で出かけました。実は走行区分については今まではほぼ守っていませんでした。整体に行く時も、家を出てからの道のりはほとんどが都道と国道で〇〇通、〇〇街道と名前のつく広くて車の通行量も多い道なので、今まではほぼ歩道を通って行っていました。でも広い道には自転車専用道路があるので今回からはそういうわけにはいきません。自転車通路があるときはそこをを走らないといけないのですものね。途中に交番もあるし、ね。ということで、家を出るとそこは片側2車線の広い都道です。まず反対車線へ渡り、右方向に直進。大きな交差点を3つ渡って、そこで右折するのですけど、そこまではいつもスムーズです。右折する少し前から国道になって、交通量も、信号もさらに多くなります。この信号が曲者というか、自転車には鬼門なのです。車を運転なさる方はご存知でしょうけど、信号手前で、右左折用の車線が出現する場所がありますよね。だからと言ってそういう所の幅員が広くなるわけではないので、大抵その分自転車専用通路が細くなっていき、しまいに交差点で消滅してしまいます。青い塗装で区切られた路面に自転車専用通路と書かれた通路を気持ちよく走ってきたのに、その通路がいきなり消えてしまったら、あらわたしはどこへ行ったらいいのってなりますよ。路面を見ても脇を見ても、なんの表示も標識もないのです。歩道に上がったほうがいいのか、車より前に出て信号を待ったほうがいいのか?でも、信号の前に止まっている右折(左折)車から路肩までは隙間がほとんどなく、そこをすり抜けるのもなかなか怖いです。通行区分違反は罰金というのなら、あれ、なんとかして欲しいと今日何度も思いました。自転車専用通路に駐停車している車も困りものです。停っている車を避けて、自動車の車線にはみ出して走るのってすごく怖いですから。荷卸ししている車もあるし、仕方ないと思うことも多いですが、今日はなんと、駐停車禁止の道で自転車通路を塞いで止まっている車があって、運転席に人がいるのが見えたので振り返って見たら、その人、カップラーメンを食べていました。そんなの、家でしなさいよって言いに行こうかと思っちゃいました。コンビニの駐車場に車を入れて、イートインコーナーで食べれば誰の迷惑にもならないのに、あーいうのこそしっかり違反切符を切って罰金取り立てて欲しいと思いました。
2026.03.31
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世間では学校や会社の多くも今日が年度の最終日ですね。mamatam社は12月が年度末なので今日はそこまで忙しい日ではないのですけれど、今月は仕事が忙しくて、今日の月末処理はとても大変でした。この1ヶ月、あまりにすることが多くて、いつもなら締め日に向かって少しずつ準備をしておくのですが、今月はそれがあまりできなくて、今日になってバタバタしていたら、あれこれ調べないといけないことなどが次々と出てきて、締めの作業が全く捗らず、もう徹夜しても今日中には終わらないと分かったので、むしろ普段より早く帰ってきました。それにしても明日からは4月なんですよね。なんと一年の四半分が終わってしまいました。振り返るとまさに「一月(げつ)往ぬる、二月(げつ)逃げる、三月(げつ)去る」の3ヶ月でした。仕事が忙しいのは悪いことではないはずなのですが、「はず」の通りにはいかないのが世の常、身体も頭脳も従いていけなくなってきている今日この頃、細かなミスとかやり忘れが増えてきたのを誤魔化し誤魔化しやり過ごしていますが、忙しい日が続くとそれが更にひどくなります。1月からの3ヶ月を振り返ると、特に忙しかった3月は疲労困憊で終える一日が多かったと感じます。忙しいのは結構なことだなんてとても言えません。4月からはもう少し楽ができるといいなあと思うものの、イランでの戦争の風向きによっては、あらゆるものの値段が上がったり、物流が滞ったり、最悪の場合資材も原料も入ってこなくなって仕事ができなくなる可能性すらありますから、「楽ができすぎて苦しい」になってしまうかもしれません。やはり、中庸が一番です。そんなに都合よくいかないことはわかっていますが、そんなに都合よくいって欲しいとやはり思ってしまいます。
2026.03.31
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いきなりですが東京の桜っていう感じでしょ?東京墨田区の錦糸町駅に程近い錦糸公園という公園(桜まつり開催中)で撮りました。27日(金曜日)、28日(土曜日)とお出かけが続き、ちょうどその辺りが東京の桜が満開ではないかとの予報でしたので、満開の桜を見られるといいなあと思いつつお出かけしていました。27日は3年前に亡くなった友人のお墓参りで、早稲田のお寺にいくことになっていました。お寺って桜の大木があるイメージでしかも早稲田はとてもお寺の多い地域なので素晴らしい桜が愛宕地で見られふことを期待して出かけたのですが、なんとお墓のあるお寺は、山道の脇に芽吹いたばかりの紫陽花が並んでいたものの桜の木は一本もなくて、周りのお寺や街からもほとんど桜は見えず、早稲田は地下鉄の駅なので沿線の桜も望めず、盛大な空振りでした。最初の写真は28日でした。この日も行く先は早稲田と同じ新宿区ですが、地下鉄ではなくJRの総武線を使う予定でした。その数日前にブロ友のMoMo太郎さん(お散歩写真家)が錦糸公園の桜まつりを紹介していらしたので、錦糸町駅から電車に乗ることにして、早めに家を出て公園に行ってみました。公園入り口です。良い感じに咲いているように見えます。期待大!中に入ると芝生にはブルーシートがたくさん敷かれ、かなりの数のテントも張ってありました。祭り提灯も吊られていました。スカイツリーとのコラボがいい感じです。咲き具合はこのように満開に近いものや八分咲きから二分咲きくらいまで様々。枝垂れ桜もあって綺麗でした。枝垂れ桜。もう一株あら、写真もあるのですが、大きすぎるのか何度トライしてもエラーになり、残念ながらお見せできません。この後、新宿まで車窓から、お濠端の桜、上智大学の土手の桜、新宿御苑の桜などをちらっとみながら行きました。その後も暖かい日が続いていますが、我が家の近くの桜はまだ全然で、公園の桜も、桜並木も二分咲きくらいでした。(昨日の写真です)今週はまた何度か雨が降るような予報ですが、今これくらいの咲き具合だと、雨が降っても、今週末まで持つかもしれませんね。
2026.03.28
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毎朝の通勤路(何故か帰りは別の道を通るのです)に面したお宅の玄関脇にユキヤナギが植わっています。毎年枝いっぱいに白いお花をつけて目を楽しませてくれます。ただ、ユキヤナギという名前を聞いて頭に浮かぶのは、こんな感じかこんな感じだと思うのですが、でもね、そのお宅のは違うんです。どう違うかってこうなんです。別の2方向から写したのがこれ。枝はあまり枝垂れていないし、樹高ときたら、2階の窓の途中くらいまであって、2mはゆうに超えていそうなので、もしかしたらユキヤナギではないのかもと毎年思うのですが、お花はまさにユキヤナギだし、Googleレンズで調べてみてもユキヤナギと出て来ます。Google先生もそう言われてることだし、やっぱりユキヤナギなのかなあと思う。。。それをこの10年近く春になると繰り返しているmamatamです。
2026.03.24
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第二部後半の、ご紹介。六月九日 瓜献上の段都へと急ぐ久吉の陣に2人の男が現れ、久吉への取次を願い出ます。仔細ありと見た久吉が会ってみると、百姓と僧の二人連れで、2人が語る以前久吉と出会った時の出来事は久吉にも覚えのある話でした。百姓の男は、光秀の軍が自分の村に陣を敷き久吉の命を狙っているが、知り合いの久吉が光秀なぞに討たれるのは残念なので、久吉を村に案内し、そこで光秀を討ち殺せば良いと思い、久吉を連れに来たと言うのです。そして、家の空地(あけち)に生ったのを持って来たから切って食べてしまってくださいと、真桑瓜を二つ差し出しました。幸先が良いと喜んだ久吉は2人に褒美を取らせようとします。その時武智方の兵が久吉軍の陣に切り込んできます。2人は久吉をせき立てますが、彼らが光秀の家臣四王天とその家来であることを見抜いた久吉は僧の袈裟衣を奪い馬で駆け出します。田島頭は奮闘しますが、猛将加藤正清に討たれてしまいます。六月十日 夕顔棚の段光秀の許を去った母さつきをを嫁の操と孫の許嫁初菊が訪ねて来ました。さつきは喜びながらも妻は夫の側につくべきで、出陣を控えた夫を措いて姑に孝行など筋違いだと2人を叱ります。2人は、祖母さつきから孫十次郎の初陣の許しを得ようとやって来たと言います。それを聞くと頑なな皐月も涙を見せます。そこへ旅の僧が一夜の宿を求めてやって来ます。その僧を物陰に隠れて光秀が窺っています。旅僧を不審に思い覗き込む光秀と、母さつきの目があいます。さつきは何かを思ったようで、僧に風呂を勧めます。孫の十次郎が、現れ出陣の許しを求めます。さつきは、出陣するならその前に許嫁の初菊と祝言を挙げるように言います。十次郎はこの初陣で討ち死にする覚悟で、祖母に挨拶の来たのですが、その思いを知らずに喜ぶ姿を見て、涙は見せないものの心の裡で泣いています。女達3人は嬉しそうに支度を始めます。六月十日 尼ヶ崎の段1人残った十次郎は「母様、祖母様にお別れを言えたし、出陣の願いも叶ったので思い残すことはない。しかし初菊殿は祝言をしない方が幸せだ。わたしのことは忘れて他家へ嫁いだ方が良い。討死したと聞けば悲しむだろうから気の毒だ。」と呟きます。それを立ち聞いた初菊は物陰から転がり出て討死を思い留まるようにとかき口説きます。しかし十次郎の覚悟は固く、初菊は急かされて泣く泣く出陣の支度を手伝います。祝言が済み、十次郎は出陣して行きます。女達が泣き崩れていると、旅の僧が、風呂が沸いたので誰か入るようにと言いに来ます。さつきは僧に入るようにと勧め、僧は湯殿へと立って行きます。湯殿の外では、僧を久吉と見抜いた光秀が竹を切って作った槍を構え、風呂場の中へと突き刺しました。「わっ」と聞こえたのは女の悲鳴で、引っ張り出してみればそれは母のさつきでした。光秀の企みに気づいたさつきは、主殺しの罪を我が身で償おうと湯殿の中にいた久吉と入れ替わって身代わりとなったのです。操は親殺しとなった光秀に、母の命があるうちに善心に立ち帰ってほしいと懇願しますが、光秀は「尾田春長は三代相恩の君主ではない。私の諫言を聞き入れず、寺社仏閣を破壊し悪行を重ねるので、天下のため民の安寧のために討ち取ったのだ。」と取り付く島もありません。そこへ、負傷した十次郎が刀を杖に息も絶え絶えに戻って来ます。戦いは、最初は光秀軍に有利だったが、加藤正清が現れ全滅させられたと言います。親の身を案じ立ち戻った十次郎でしたが、すでに虫の息、目も見えない中、父に本国への退去を促します。「自分も傷を負いながら極悪人の親を思う孝行な息子を不憫とは思わないのか、親のせいで逆賊無道と言われて殺されるとは何の因果か。」と嘆くさつき。18年育てた息子を失う操。祝言をあげただけで二世を誓うことすらなく夫と死に別れる初菊。3人の嘆きを聞いてさすがの光秀も心を締め付けられ、滂沱と涙を流すのでした。その時再び戦いの音が激しくなり、光秀が松の木に登り見渡すと敵が攻め寄せてきています。奥からは煌びやかな衣裳に身を包んだ久吉が現れます。光秀が詰め寄るのを、さつきは押し留め、息子を思い、その罪が少しでも軽くなるようにと命を差し出したことを久吉に告げ、孫の十次郎と共に息絶えるのでした。久吉は、「義は自分にあるが今ここで光秀を討っては勇がないと謗られよう。日をおかず山崎で雌雄を決しよう」と言い、山崎天王山での戦いを約して2人の勇者は別れて行きました。この最後の場面、想像してみてください。玉男さんの光秀、勘十郎さんの久吉ですよ。もう本当に、筆舌に尽くし難いかっこよさでした。そして、それよりすごかったのは、光秀が死にゆく母と息子を抱きしめ、妻と息子の嫁と共にハラハラと涙を流す場面でした。あなたのせいで息子も死んでいく。それも忠義だ健気だと言われることもなく、逆賊だ非道だと汚名を着せられて。瀕死の傷を負いながら極悪人の親を思って戻って来た親孝行な息子を可愛いとも可哀想だとも思わないのかと母さつきから光秀は詰られます。妻は、修行ばかりで楽しむこともなく、それでも父や祖母に褒められたいと笑っていた顔が忘れられないと泣くのですよ。そりゃどんな光秀だって泣きますよね。4列目の席だった第一部同様、この日もわたしは前から3列め(!)に座っていたので、人形遣いさん達のお顔もよーく見えていました。だから、この時、光秀を遣う玉男さんの瞳が心なしか潤んでいたのは、決してわたしの目の錯覚ではないと思います。
2026.03.23
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だいぶ間が空いてしまいましたが、ようやく令和8年2月文楽東京公演第二部をご紹介させていただきます。 実は第二部の後半部の紹介文が消えてしまったので、未完成なのですが、ごめんなさい、きょうは前半部だけアップさせていただきます。第一部は本能寺の光秀の謀反、そして久吉の中国大返しまで、それに続く第二部です。 「六月六日 妙心寺の段」 光秀が砦を構える妙心寺。武智家の武門の血筋を誇りに思う光秀の母さつきは、光秀が謀反を起こし主君春長を討ったことが許せず、砦を立ち去ります。 その日の夕暮れ時、光秀の態度に不審を感じた家臣四王天田島頭(しほうでんたじまのかみ)は物陰から光秀を見守ります。光秀は硯を引き寄せ唐紙に「順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元」と書きつけます。「武道には順逆(是非)はない。心を貫く大道があるのみ。55年の人生は一夜の夢だ。夢から覚めれば元の土に帰る」という辞世の句です。 書き終えた光秀が双肌脱いで刀を抜くと、四王天と息子十次郎が飛び出して止めます。 田島頭に、春長は神社仏閣を焼き払い民を苦しめる暴君で、春長討伐は天命、天誅だと諭され、息子にも励まされて吹っ切れた光秀は、田島頭と十次郎に中国から戻る久吉との戦を命じ、自身は久吉討伐の勅許を得るために宮中へと向かっていきます。 辞世の句(漢詩)を、作家の吉川英治さんが訳したものを見つけました。 転載しますね、 たとえ、信長は討つとも、順逆に問わるるいわれはない。 彼も我もひとしき武門。武門の上に仰ぎ畏むはただお一方のほかあろうや。(これは天皇のことを指しているとおもわれるとのこと。つまり信長は光秀にとって「主」ではないということのようです。)その大道はわが心源にあること。知るものはやがて知ろう。 ――とはいえ五十五年の夢、醒むれば我も世俗の毀誉褒貶に洩れるものではなかった。 しかしその毀誉褒貶をなす者もまた一元に帰せざるを得まい。… この先、大きな山場「六月十日夕顔の段」、「六月十日尼崎の段」へと続きます。光秀と久吉との戦いの火蓋がいよいよ切って落とされ、夫婦、親子、祖母と孫との哀切な別れが描かれて行きます。 吉田和生さんが遣う光秀の母さつきの、武家の女としての頑ななまでの誇り高さと強さの一方で我が子我が孫を想う悲しさ、吉田玉男さんの光秀の、逆賊の謗りを受けてもなお自分の信じる正義を貫き通す意志と母・妻・子を苦しめることへの葛藤と涙、愛する夫・息子を失う操と初菊2人の女達の悲しみ。 人形達がまるで生きて涙や血を流しているかのように、胸の締め付けられる舞台でした。そこの部分を半分ほど書いてあったのですが、なぜか消えてしまいました。続きを書き上げてからアップするのが良いとも思いましたが、とりあえずここまでで一度アップさせていただくことにしました。長くなりますが、続きは明日?明後日?ともかくなるべく近いうちにアップしたいと思います。(なんて、大見え切っちゃって、大丈夫、わたし?)
2026.03.22
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2月に見た文楽のリポートを早くアップしなくちゃと焦りながら、まとまった時間が取れなくて、気にはなりつつもなかなか仕上がりません。連休初日の昨日も、昼間は、ほとんど使っていない三階の部屋を片付けて、そのあと掃除に手をつけたところでお出かけの時間になってしまい、リポートは進捗なし。面目ないです。おでかけは弟の誕生日の会食でした。実際には来週末の27日なのですが、休みの日が良いいうことで今日開催の運びとなり、弟、わたし達夫婦そして息子家族3人の計6人で夕方ここに集まりました。ioriさ藤という和食屋さん。初めてのお店です。以前からお料理の評判を耳にする機会は多く、それもほとんど例外なく高評価でしたが、お値段もそれなりということでなかなか敷居が高くて、気にはなりつつもこれまで行けていませんでした。でも、近くに住んでいる息子家族が来月には引っ越す予定で、そうなると遠くなってしまうので、その前にとこちらに決めました。しっかり気合を入れてお店に伺いましたが、いただいたものはどれも評判に違わぬ美味しさでした。孫は2歳にしてお魚大好きな、いっぱしの和食党なのですが、そんなに食べて大丈夫?と心配するほどの食いつきっぷりでした。この日いただいたのは、まずお通し(中)で、貝の煮物、ホタルイカ、あん肝のポン酢。最初のこれでもう夢心地でした。で、上が5種のお造り盛り合わせ(マグロ中トロ、鰹のたたき、つぶ貝?、マグロ赤身、しめ鯖、エビ)、下はシマアジのお造りです。お造りはどれも美味しかったですが、海老、貝類は生だと手をつけない夫が、甘エビなので小さいとはいえ2本も食べたのでびっくりしました。全く臭みがなくて甘い海老で、「新鮮なら食べられるんだよ。」と何故か威張る夫なのでした。息子はカツオを大絶賛。弟のリクエストのシマアジもとても新鮮で、身が良く締まって甘みがあり、弟も大満足でした。お造りはどれもとっても新鮮で美味しかったです。まだ生物を解禁されていない孫は「食びた〜い、食びた〜い」を連発していました。生物未許可の孫が大喜びしたお料理達は、エビと里芋の炊き合わせに天ぷら盛り合わせ(食べかけでごめんなさい)、ホタテと海老の焼きサラダ(これがめっちゃ美味しかった!)。そして、カニの炊き込みご飯(上)、サーモンのカマ焼き(左下)、だし巻き卵(右下)です。 カニの炊き込みご飯は、カニがたっぷりで食べ応えあり。ご飯の一粒一粒が全部美味しくて、ご飯の硬さといい、味といい香りといい、最高でした。サーモンは、孫が「ピンクのお魚!」と大喜びでした。もちろんビジュアルだけでなく味も文句なしで、孫が半分以上食べてしまいました。だし巻きは関西風の甘くない卵焼きで、ふかふかフワフワで噛むとしっかりとした味わいの出し汁が染み出して食べ応え満点。孫はもちろん、大人達も大満足でした。他にも、牛肉大根とか、タラの芽と行者ニンニクの天ぷらもいただきましたが、写真を撮り忘れました。どちらもとっても美味でした。牛肉大根は、夫のリクエストでしたが、普段は野菜もお肉も食べない孫がパクパク食べていました。天ぷらは山菜の味と香りがしっかり生きていて、素材の良さを感じました。特にタラの芽のほろ苦さがたまらない味わいでした。どれをとっても素材の良さと料理人の腕の確かさがしっかり伝わってくる、本当に満足なお料理で、お値段も身構えていたよりはだいぶお安くて、すっかり気分を良くしたわたし達、帰りはタクシーで帰って来ちゃいました。
2026.03.21
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春が来たんだなあと感じる瞬間ってありますよね。皆さんにとってそれはどんな時ですか?ブロ友のnaominさんは今日のブログ「新じゃが、新玉ねぎ、絹さや。」でお店で新じゃがと新鮮な絹さやを見つけたことを、そして、「春ですねえ。」と書いていらっしゃいました。わたしも今朝、春が来たのねと感じることがあったばかりだったので、スマホの画面の中のnaominさんのブログに「ホントにねえ!」ってお返事しちゃいました。でも、わたしが春を感じたのは、naominさんのようなほっこりする場面とは程遠い、血圧を測った時でした。過去にも何度か書いていますが、わたしは、主治医からの指示で毎朝起き抜けの血圧を測っています。若い頃から低血圧で、70代の今も数値的にはほぼ問題ないのですが、そんなわたしでも冬はガーンと血圧が上がり、ビックリ血圧の日が続くことも珍しくありません。3月の血圧カレンダーなるものをご覧ください。こんな具合です。青い丸はOKで赤はNG、赤の色が濃いほど悪いデータを表しています。たとえば濃い赤の3月6日はこんな具合。冬の起き抜けは寒さで血管が縮こまっているせいか血圧が高いけれど、体を温めると血圧も正常値まで下がることが多いので、エアコンの温度をあげ、ストーブの前に貼り付いて体や足元を温めるのですが、この日はいくら温めても血流が回復しないようで、全然変化なしでした。よほど寒かったのでしょう。グラフが正常値の日も、実はもこもこに厚着してストーブの前で20分くらいもじっとしていてようやく測定値が下がったという日が少なくありません。でも今日は、エアコンだけで、ストーブを点けるのを忘れていたのにこう↓でした。超優等生です。思わず、春が来たのねと呟きました。naominさんも書いていらっしゃいましたが、3月って雪が降ったりすることもあり、そんな冬の戻りのような日には少し高い値が出るようなことも、まだあるかも知れませんが、赤のマークが続くようなことはもうないのじゃないかと思います。そろそろ桜も咲きそうな様子ですし、ホント、春なんですね。
2026.03.19
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この頃、楽天ブログがすごくご機嫌が悪いです。わたしはほとんどスマホで見てるのですけど、なんていうか、「嫌々付き合ってくれてる感じ」なのですよね。他のアプリを使っていて移るときより、電源を入れてすぐに始めた時に不機嫌になることが多いです。アプリがなかなか立ち上がらず、イヤだ、繋がりたくないと言ってるみたいに、グルグルの画面が1分くらい続いたりすることもあります。大体そこまで行かないうちに一度切ってやり直してしまうので、ずっと待ってたら繋がるのかどうかはわかりません。やり直すと、大体拍子抜けするくらいすんなり接続できることが多いです。他のアプリから移動するときに、リダイレクトという画面になって、IDとパスワードを要求されることも最近すごく多いです。この一手間、結構面倒です。プチフリーズ?も増えている気がします。画面が何秒か何十秒か固まるヤツです。我が家の地域の電波状況はあまり良くないみたいなので、そのせいなのかも知れませんが、以前はこんなことなかったし、ここ最近という気がするので、もしかしたらわたしのスマホに原因があるのかも知れないと思ったりしています。どうしたら確かめられるのか、調べてみようと思いますが、それもまたどうしたら調べられるのか調べないと分かりませんから、堂々巡りになってしまうかも。頼りないですね。追記他のアプリはどうですか?というコメントをいただきましたが、他のアプリは以前と変わらずで、気持ちよく繋がります。最近調子悪いと感じるのは楽天ブログだけ、な状態です。
2026.03.12
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休日の朝、ってつまり今朝のことです。のんびりコーヒーを飲んでいたら、スマホに見たこともない電話番号からの着信がありました。わたしのスマホには、営業時間外に会社にかかってきた電話が転送されるので、知らない番号でも、0800とか0120以外の普通の固定電話や携帯電話の番号だと出ることもあるのですけど、今朝の電話は怪しすぎる番号だったので出ませんでした。切れてからモニターに表示させたら、こんな電話でした。よく見ると、トルコからの電話なんですよ。トルコ?トルコから電話?何それ!?ですよね。しかも、留守電の文字起こしによれば、荷物の確認だとか。この内容で、担当者と話してみようと思う人はほぼいないと思いますが、もし話してみたら、この担当者とやらは日本語を話したのかしら?って、わたしの方こそ、何言ってるのかしら?ですね。まあ、ともかく怪しすぎるから出なくて正解だったと思いますが、野次馬根性旺盛なわたしは、ついつい色々想像して、ちょっと話してみたかったかもなんて思ってしまいました。危ないおばあさんです。
2026.03.07
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実は、日曜日から仕事の大トラブル中でした。河津桜を見た日です。そのあと会社に行ったら、超バッドニュースが待ち受けていました。前の週に製造した製品の品質検査を依頼した検査機関から、問題ありという報告書がFAXされて来ていたのです。簡単に言えば、検査で検出されてはいけないものが出てしまったということでした。後ろからでっかい木槌で殴られたみたいな、そんな衝撃でふらつきながらも、客先の担当の方に連絡を入れ、条件を少し変えた何種類かの検体を再検査のために検査機関に送り、夫に話し、息子にもLINEしました。そうやってバタバタ動きながら、原料受け入れから製造、検体発送までの経過を何度もたどってみましたが、いくら考えても、原因が思い当たりません。今まで20年、製品は違っても同じ作業を行なってきて、そんな結果が出たことは一度もなかったのです。もちろん、わたし以外のスタッフも行いますが、というより、もう今ではわたし自身は作業と呼べるようなことはあまりしていません。でも、作業の過程で何をどういうふうにするか、しないかは把握していますし、今回も同じ事に同じように注意しながら作業したし、これまでと違うことは何もしなかったし、起きなかったということは把握しています。それなのに、この結果です。納得できないし、ショックだし、頭の中が真っ白でした。週が明け、社内全員で考え話し合っても、やはり、誰も何も思い当たりません。不思議!おかしい!あり得ないんだけど、などと言い合いますが、きちんとした検査機関に依頼した検査の結果なので認めるしかないのも確かです。暇さえあればあーだこーだと考えるのにも疲れてきて、次第に、原因究明よりも、ことの顛末をどう説明したらエンドユーザー(製品の発注元)に納得してもらえるだろうかとか、弁償するとしたらどの範囲までで、どのくらいの金額になるだろうかとか、思いはどんどん逸れて行き、それにつれて心は重く暗くなるばかりでした。そして今日は再検査の結果が出るはずなので、いつもより早めに会社に行くと、FAXが来ていて、結果はやはり検出あり、と。仕方ない、と切り替えて客先に電話とメールでその結果を連絡し、善後策を相談したりしていました。検査機関に検査結果の内容について質問したりして、顛末書を書く準備を進めたりしていた午後の早い時間に客先の担当者から電話があり、そちらの会社でも、お送りした製品サンプルを検体に別の機関に検査依頼をしてくださっていたそうで、その結果が出たという連絡でした。で、結果というのが、なんとシロ!不検出だというのです。製品の出荷もOKとのこと。顛末書も弁償もなかなったんだ!と思ったら、ここ数日の肩の重荷が一瞬で軽くなりました。調べてみたら、同じ目的の検査でも、検査方法は何種類かあり、また、検査機関により検査時間に違いがあったりするので、今回のようなことがないとは言えない、のだそうです。納得できたような、できないような、正直複雑ですが、まあ起きたことは仕方ありません。終わり良ければすべて良しとする事にしました。今回のことで、気づいた事、わかったこともありましたので、高い授業料と辛い修行でしたが、見返りはきちんとあったと考えようと、そんな気持ちになっています。ことの最中は、胸の中が真っ暗で、こんな思いをしたら寿命も縮んじゃう!と思いましたが、少し勉強して賢くなったし、心もなんだか前より軽くなったから、逆に寿命が伸びたかもしれません。
2026.03.05
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前回は豪邸の梅の花でしたが、今回は公園の河津桜です。我が家から歩いて2-3分のところにある、小さな児童公園に植えられているのでけど、なかなかの風格ではありませんか?毎年、このくらいの季節になると思い出して、そろそろかしら?なんて夫と話したりします。ただ、大通り沿いでもなく、通勤で通る道の一本南側にあるので、うかうかしているうちに時機がすぎて、見逃してしまう年もあります。今年もそうなりかけたのですが、昨日美容院の予約がとってあって、その後でちょこっと会社に行くつもりだったので、最後とチャンスだろうと少しだけ回り道をしてみることにしたのです。行ってみて良かったです。お天気も良くて、最高のタイミングでした。それにしてもこの正面のお宅こちらもなかなかの豪邸でしたが、何よりロケーションがすばらしいですね。この木も最初からこんなに素晴らしい咲きっぷりではなかったかもしれませんが、だとすれば先見の明ありだったということでよね。素晴らしい!ホントに、うらやましいです。また、来年、忘れずに見に来ようと、守れそうにない決意を固めているわたしです。
2026.03.02
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だいぶ引っ張ってしまっていますが、ようやく令和8年2月文楽東京公演第二部をご紹介させていただきます。第1部は本能寺の光秀の謀反、そして久吉の中国大返しまで、それに続く第2部です。「六月六日 妙心寺の段」光秀が砦を構える妙心寺。武智家の武門の血筋を誇りに思う光秀の母さつきは、光秀が謀反を起こし主君春長を討ったことが許せず、砦を立ち去ります。その日の夕暮れ時、光秀の態度に不審を感じた家臣四王天田島頭(しほうでんたじまのかみ)は物陰から見守ります。光秀は硯を引き寄せ唐紙に「順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元」と書きつけます。「武道には順逆(是非)はない。心を貫く大道があるのみ。55年の人生は一夜の夢だ。夢から覚めれば元の土に帰る」という辞世の句です。書き終えた光秀が双肌脱いで刀を見ると、四王天と息子十次郎が飛び出して止めます。田島頭に、春長は神社仏閣を焼き払い民を苦しめる暴君で、春長討伐は天命、天誅だと諭され、息子にも励まされて吹っ切れた光秀は、田島頭と十次郎に中国から戻る久吉との戦を命じ、自身は久吉討伐の勅許を得るために宮中へと向かっていきます。辞世の句(漢詩)を、作家の吉川英治さんが訳したものを見つけました。転載しますね、たとえ、信長は討つとも、順逆に問わるるいわれはない。彼も我もひとしき武門。武門の上に仰ぎ畏むはただお一方のほかあろうや。その大道はわが心源にあること。知るものはやがて知ろう。――とはいえ五十五年の夢、醒むれば我も世俗の毀誉褒貶に洩れるものではなかった。しかしその毀誉褒貶をなす者もまた一元に帰せざるを得まい。… この先、「六月十日夕顔の段」と「六月十日尼崎の段」に続きます。光秀お久吉との戦いの火蓋がいよいよ切って落とされ、夫婦、親子、祖母と孫との哀切な別れが描かれて行きます。吉田和生が遣う光秀の母さつきの武家の女としての頑ななまでの誇り高さと強さの一方で我が子、我が孫を想う悲しさ、吉田玉男さんの光秀の、逆賊の謗りを受けてもなお自分の参じる正義を貫き通す意志と母、妻、子を苦しめることへの葛藤と涙、愛する夫、息子を失う操と初菊、2人の女達の悲しみ。人形達がまるで生きて涙や血を流しているかのように、胸の締め付けられる舞台でした。そこの部分を半分ほど書いてあったのですが、なぜか消えてしまいました。もう一度書きなおしますが、気力と体力が。。。再度頑張り切れるか心許ないですが、やるしかない!けど、やっぱり心配。書き上げてからアップしようと思っていましたが、とりあえずここまでで一度アップさせていただきます。長くなりますが続きはまた近いうちにアップします。
2026.03.01
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