ウンとかスンとか mamatamの日記

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2019.02.24
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カテゴリ: 文楽
前の日記に書きましたが、夫は普段食事のあとはリビングでテレビを見るのですが、エアコンのスイッチを入れて温まるまでの時間が待てなくて、最近キッチンのテーブルにおいてある小さなテレビに寝るまでかじりついているので、わたしはブログを更新する暇がありません。
ラップトップなんだからわたしがリビングに持ち込めばいいとは思うのですけど、台所でいろいろなことをしながら細切れにPCを入力するので、時間も無駄、電気も無駄で、何よりその2-3mの移動で、何を書こうと思っていたのだったかわからなくなってしまったりして、結局更新が滞ります。
そんなわけで、先日、じぇりねこさん、まるさんとのオフ会のあと、国立劇場で文楽公演第3部の「ひばり山姫捨松(ひばりやまひめすてのまつ)」」の内「中将姫雪責(ちゅうじょうひめゆきぜめ)の段」と「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」」の内「阿古屋琴責(あこやことぜめ)の段」を観たことを書いた時、詳しくはまた今度と書いたままになっていました。
その時に簡単に粗筋などは書きましたが、大変に素晴らしい舞台だったので、自分の心覚えのためにももう一度詳しく書いておきたいと思います。
あまり興味がないという感じの方は、今日はスルーしてくださいね。

「ひばり山」は、奈良の當麻寺に伝わる蓮糸の曼陀羅にまつわる物語で、その主人公中将姫は日本古来のスーパーアイドルらしく、20代の若さで極楽往生したと伝わり、當麻寺ではその極楽往生の有様を練供養として千年以上も演じ続けているそうです。
蛇足ですが、有名な漢方薬に「中将湯」というのがありますが、あの商品にもこの中将姫にまつわる逸話があるようです。
この日の演目「中将姫雪責の段」は、先日も書きましたが、いわゆる継子いじめものです。
あらすじはー
長屋王子は今上天皇を弑して自分の息子を天皇に即位させ、権力を得ようとしています。
中将姫の父で右大臣の藤原豊成はこれを阻止しようとしていますが、豊成の妻、姫の継母で、王子の息子春日丸の乳母だった岩根御前は、その企みに加担しています。
岩根御前は中将姫を憎んでいたこともあって、企みを知られたと思い白状させようとしますが、中将姫は母をかばい、口を割りません。
業を煮やした岩根御前は仲間の大弐広嗣と謀って中将姫に罪を被せ、その調べの最中に死んだことにしようと企み、雪の中、上着も剥ぎ取り、奴二人に姫を割り竹で打たせます。
むごい拷問で姫の命も危ういかと思われましたが、ふたりの女房が喧嘩のふりをし、姫がそれに巻き込まれて死んだふりをして、姫は窮地を脱します。
岩根午前と大弐広嗣は姫が死んだと思い込み逃げてしまったそので、そのすきに3人でひばり山へ逃れるため出発しようとしていると、豊成卿が現れ、岩根御前の企みは知っていたが、天皇を守るために岩根午前を止めることはできなかったと、大義のために娘を犠牲にする親の辛さを切々と語り、二人の女房に娘の身を託します。
毎日のように報じられる「親の虐待によって命を落とす子どもたち」が、虐待する親をそれでもやはり心の底では慕っているという姿と、自分は死んでも母をかばおうとして、女房てが継母の企みを明るみに出して姫を救おうとするのを固く禁じさえする姫の姿が重なって、涙が出て仕方ありませんでした。
そういう現実があるからか、父親豊成卿の言い種は言い訳にしか聞こえず、「こんなにダメダメなのに、それでも姫はそんなあなたを愛しているのですよ。恥を知りなさい。」と心の中で詰ってしまいました。
分かっていて娘を見殺しにする父の辛さを、豊成を遣う玉也さんはとてもよく表現されていたと思いますが、いかんせんタイミングが悪い。
現代だったらあなたは逮捕です、という悪態が胸の内から溢れそうでした。
中将姫を遣ったのは人間国宝の吉田簑助さんでした。
初々しく清楚ながら大変に芯の強い中将姫を、素晴らしく繊細に表現されていました。
ただ、歩みや動きがやや弱々しく感じられて、体調が少し心配になりました。

後半の演目「壇浦兜軍記」の「阿古屋琴責の段」は、清盛の敵を討とうと頼朝を狙う、神出鬼没の平家の武将景清の馴染みの傾城阿古屋をとらえた源氏の武将が、景清の居場所を白状させるため拷問にかけるお話で、その詮議を担当する代官重忠が奇想天外の拷問方法を考え出し、観客はその拷問を楽しませてもらうという趣向でした。
この段のヒロイン阿古屋の人形遣いは、主遣い、左遣い、足遣いの3人全員が頭巾をかぶらない「出遣い」で、主遣いが桐竹勘十郎さん、左遣いが吉田一輔さん。足遣いは多分勘十郎さんの息子さんかしら?一輔さんは、中将姫雪責の段で中将姫を助ける女房桐の谷を遣ったばかりでの再登場で、びっくりしてしまいました。
阿古屋はこれまでの重忠の自分に対する処遇に心打たれていて、景清の行方を知っているなら言いたいけれど、知らぬことは言いようがない、いっそ殺してもらいたいと言います。
重忠はこれほど言っても白状しないなら拷問をすると言って、阿古屋に琴を弾かせます。
阿古屋は琴を弾きながら景清の名を歌詞に入れて景清を想う心を歌います。
実際の琴は床で、鶴澤寛太郎さんが弾いています。
その曲に合わせて阿古屋の頭と右手を勘十郎さんが、左手を一輔さんが操ります。
手の動き、指の動き、頭と体の動き、どれもが曲とぴったり合って、また。好きな男と会えず、その行方も知れない阿古屋の悲しみがちょっとした表情からにじみ出ます。
琴の調べと阿古屋の歌をじっと聞いていた重忠は「行方は知らないのか。知らないなら知らないとして、景清とのなれそめは?」と尋ねます。
五条坂の傾城である阿古屋が、清水の観音様に毎日お詣りに来ていた景清と、顔見知りから親しくなり馴染みとなったけれども平家の都落ちで縁が切れたと語ると、重忠は今度は三味線を弾けと言います。
阿古屋は三味線を弾きながら夫と別れた寂しさ、虚しさを歌う歌を唄います。
重忠は、「そんな暗い別れをかこつ歌はもういい。」と止め、「だが、西海の合戦で命を拾い、近頃はまた折々に都に姿を現す景清と、度々会っているのだろう」と尋問します。
阿古屋が、「平家の世であった時でも周囲に気を遣っていた方です。まして日陰の身となった今は、格子と編笠越しに、元気だったか、はい、あなたもとたった一言だけ、お別れをいう暇さえありませんでした。落ちぶれた身は哀れ。」というと、重忠は「なるほど。では、胡弓を弾け。」といいます。
阿古屋は、胡弓を弾きながら「多くの名所の美しい景色も時が過ぎれば夢が覚めたように消えてしまう。化野、鳥辺野の火葬の煙は絶えることがない。これが人の世の真実だ。」と景清との交わりのはかなさを歌います。
重忠は感動して、「阿古屋の拷問は済んだ。景清の行方を知らないことは明らかなので、解き放つ。」と宣言します。
阿古屋を自ら拷問にかけて何としても景清の行方を白状させようとしてこの場に来ていた岩永左衛門はこの判決を承知せず、そこで重忠は、「阿古屋が偽りを申し立て、曲がった心で弾いたのなら、琴、三味線、胡弓のどれも音色が乱れ狂ったはずだが、この度の演奏には、どの曲にも音の乱れはなく、メロディもリズムも合いの手もどれも正しく、知らないから知らないと言ったというのが真実だということが顕れていた。だから詮議は終了とした。」と説明をします。
これを聞いた岩永は一言もなく引き下がります。
実はこの岩永、最初は「拷問だなどといいながら、実は自分の楽しみのためだろう。」と憎まれ口を利いていましたが、曲が進むごとに首を振ったり、手あぶりの火鉢のふちをたたいて拍子を取ったり、阿古屋の芸に惹き込まれ浮かれた様子になっていきます。
観客は、寛太郎さんの見事な琴、三味線、胡弓に合わせて桐竹勘十郎さんと吉田一輔さんが操る、頭、身体、右手、左手の鮮やかで表情豊かな阿古屋の動きと、吉田文司さんの操る軽妙な岩永左衛門の動きに、左を見たり右を見たりと大忙しでした。
一方の重忠は、ある曲では腕を組んだり、またある曲では立てた刀の上に重ねた手に顎を載せたりと少しずつ姿勢を変えるだけで、演奏の間はほとんど身動きせず、ただ聞き入っているのです。
人形遣いは吉田玉助さんでしたが、阿古屋と岩永の眼を惹く素晴らしい動きに左と右を挟まれて、これはこれでとても難しいのだろうと、エラそうに言ってしまいますが、いわゆる難役ってヤツなんじゃないかと思いました。
短い演目でしたが、とっても濃い内容で、本当に堪能しました。

次回は、東京では5月の公演になりますが、名作「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」、15年振りの通し上演になるそうです。
全部見たいと思うと、1部、2部を通して1日がかりの観劇になるようで、さあどうしようかと、今から悩んでいます。





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最終更新日  2019.02.24 21:13:47
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