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なぜだか理由はわからないのですが、ヒロキは大分前から魚釣りに興味を持ち始め、最近の愛読書は「きほんがわかる つり」「川づり入門」・・・両方とも補習校が廃棄したリサイクル本。 ことに、学校のフィールドトリップ(遠足)で、サザンコネチカット大学へ行き、「ハックルベリー・フィンの冒険」の劇を見てからは、自分も一緒にミシシッピ川を冒険して釣りをしているつもりになっています(笑)。 そんな話をしていたら、最近知り合ったYさんが、「それなら、うちへいらっしゃい、庭で釣りができますから。」と誘ってくださいました。自分の家で釣りができるなんて、どんな家なんでしょう? ニュー・ヘイヴンの東へ30分ほどの、ギルフォードという町の、大きな湖のほとりに家がありました。リビングルームの外側にウッドデッキが2段あり、大きなバーベキューコンロがおいてあります。そこから小さな橋が自家用の桟橋につながっています。自家用のカヌーとカヤックがあります。家は、地下室と屋根裏をいれれば4階建ての豪邸ですが、「この辺では、小さな家、と呼ばれていますよ・・・。」確かに、隣の家はお城みたいに大きい・・・。 最初に訪問したのは6月19日でした。ヒロキは新品の釣り竿を持参し、Yさんのご主人に教わりながら組み立てて、張り切って竿を振り込んでいました。しかし、釣れませんでした。ところが、私がYさんの釣りざおを借りて、ちょっと釣りの真似をしていたら、なんと釣れてしまったのです。生まれて初めてです。ヒロキは大いに悔しがりました。キャンプにも釣り竿を持っていきましたが、やっぱり釣れませんでした。 あまりに悔しがっていたので、Yさんがまた釣りに招待してくださいました。今度は家の周りの林の落ち葉の下からミミズを掘り出して持参、用意万端です。 ミミズを針につけて、ちょこっと流したら、さっそく一匹かかりました。記念すべき、釣果第一号です。 魚の名前は、サンフィッシュと言います。食べられますが、これは小さいので、また放流します。キャッチ アンド リリースですね。 この時は私がちょっと竿を支えていたので、完全に一人で釣った、と言うわけではないのですが、その後数分後、ヒロキが突然変な大声で歌を歌いだしたので、「そんな大声出したら魚が逃げちゃうよー」と振り向いたら、また釣れていました。ヒロキ、オオイバリです。 その数分後、「また、釣れた!」。3匹目は赤ちゃんのような小さい魚でした。 Y家の隣の家のリアン君がやってきて釣りはじめたら、ヒロキが釣ったのより大きい魚が釣れました。ヒロキは悔しくて、ちょうどそこにやってきた釣り名人(近所に住んでいるアメリカ人)に教わりながら、何度も挑戦したけれど今度は全然釣れませんでした。 Yさんの奥様はとても料理上手で、たくさん御馳走になって、さあ帰ろう、という夜の10時過ぎ(いくら夏時間でも、すでに真っ暗)、Yさんのご主人が、「魚がはねてるよ、また釣りに行こう」とヒロキを誘います。喜んで夜釣りに挑戦したけれど、やっぱり釣れませんでした。 ちなみに、ミミズを使うとサンフィッシュはよく釣れますが、これは「外道」です。本命のカワカマスやマス(トラウト)は、ルアーで狙うものだそうです。最後の夜釣りで、Fさんが小さなマスを1匹釣り上げました。 お父さんはカヤックを借りて、Mさんと沖まで釣りに出かけましたが、まわりでたくさん大きなマスがはねているのに、結局釣れませんでした。お父さんはまだサンフィッシュすら釣ったことがありません。釣りの才能はないみたいです。
2004年07月10日
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今日はヒロキがキャンプから帰ってくる日です。お父さんは朝5時に目が覚めてしまいました。まるで子供みたいです(笑)。あんまり早く迎えに行くと、「早すぎる!」と怒られそうなので、8時に出発、I-91でマサチューセッツ州のスプリングフィールドまで行き、そこからI-90に乗り換え、2番の出口で降りました。意外に時間がかかってしまい、10:45到着。 もうみんなすっかり帰る仕度をして、カフェテリアに集合していました。リーダーのお兄さんが「ヒロキ、お迎えだよ。」と声をかけたら、すんなりと出てきました。でも、荷物をすっかり積み込んで、お兄さんお姉さんが、口々に「さようなら、また来てね!」と声をかけると、「帰りたくない・・・」と泣き出してしまいました。家に着くまで、ときどきキャンプの話をしながらも、ずーと不機嫌でした。曰く「すごーく楽しかった、みんなと兄弟みたいに一緒に遊んだんだから!」 最初の晩は暑くて、真っ暗で、はじめての2段ベッドに興奮したか、さすがに寝付けなかったようです。みんなでおしゃべりをしていて、ディレクターの先生に叱られたと言っていました。 午前は「ライフル」(その実態はBB弾)、午後はテニスと水泳を毎日楽しんだようです。ボートにも乗りました。 火曜日はハイキングに行き、アメリカで2番目に有名な山「マウント・ワシントン」の中腹のイーグル・ポイントまで行って、「すごくおいしいサンドイッチ」を食べたそうです(ふだん、ヒロキはサンドイッチは嫌いです)。イーグルもたくさん見えたようです。 待望のつりは2度やって、ディレクターの先生曰く「プロのようにさおを振っていた」そうですが、結局釣れなかったそうです。 夜は、「楽しいゲーム」をしたり、「夏祭り」でマシュマロを焼いてたべたりしました。これは「スモアー」と言って、アメリカのキャンプの定番です。 そして最後の晩にはキャンプファイヤーをやって、優秀なキャンパーにはご褒美がもらえました。かたずけが上手とか、いつもニコニコしているとか・・・そして、ヒロキも「返事が大変よい」という理由でご褒美がもらえました。ヒロキのグループ(2-3年生)では一人だけだったそうです。 キャンプで習った歌もいくつか歌ってくれました。中には「コーコケコッコ、夜が明けた・・・」など母の知っている歌もあり、懐かしく思い出しました。落し物や忘れ物をして、リーダーに見つけられてしまうと、バツゲームをしなくてはならず、その踊りも披露してくれました。ヒロキは一度水泳のゴーグルを忘れたけれど、リーダーに見つかる前に自分で回収して、セーフだったそうです。 朝の掃除にも、先生が点数をつけて、あまりに汚かった部屋(4~6年生)はバツとして朝のジョギングが2倍になりました。 辛かったのは、朝6時45分に起きることと、朝の「楽しいジョギング(1.1マイル)」と、食事のサラダを食べることの3つだったそうです。 シャワータイムは一人3分で、結局1週間一度も石鹸を使いませんでした。バスタオルをシャワールームの床に落としてビショビショにして、自分では絞れずにぬれたまま洗濯物の袋に突っ込んで、他の洗濯物が濡れて臭くなっていました(笑)。 心配していた食事は、大好きな牛乳が自由に飲めたので、口にあわないときには牛乳で流し込んでいたようです。時々おかわりがなくなって、「御飯に、カニ玉の汁だけかけて食べたの・・・」。 ヒロキは一度もホームシックにならなかったそうです。「友達のK君はハイキングしながら『ホームシックになっちゃった・・・』と言ったけれど、顔は全然ホームシックみたいに見えなかったヨ。」と言っていました。一人だけ、ずーっとつまらない顔をしていた子がいて、その子は最後の晩だけとっても元気になったそうです。 部屋は男女別にきちんと分かれていて、女子の部屋は廊下のカーテンの向こうで、男子は決して覗いてはいけません。なのに、女子はしばしばヒロキたちの部屋を覗くので、「水着に着替えるときには、ドアをしっかり閉めて着替えた」そうです。一度など友人のK君はシャワーのあとフリチンで走りまわったので、「女に見つかったら、ぶっ飛ばされるぞー」とみんなで取り押さえたんだそうです。 日に焼けて、しゃべり方も少し大人っぽくなって、信じられないことに胸に少々筋肉もついて、一回りたくましくなったヒロキです。でも疲れたのか、家に着いて昼食を食べたらソファで眠ってしまったのでした。
2004年07月09日
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マサチューセッツ州の西部はバークシャー(Berkshire)地方と呼ばれ、ニューヨークやコネチカットの大金持ちの別荘や、超々高級リゾートホテル(一泊、$1500とか)がたくさんあります。また、多くの芸術家が住んでいて、あちこちにアート・ギャラリーがあります。 バークシャーの真中へんにある小さな町、レノックス(Lenox)郊外で、毎年夏に開催されるタングルウッド(Tanglewood)音楽祭は、超一流の音楽家が集まるアメリカ最大の音楽祭として、世界的に有名です。ことに、指揮者の小沢征爾がウイーンに移るまではここで大活躍していたので、日本人には超有名です。 昨年も是非訪れたいと思っていたのですが、ついに行かれませんでした。ヒロキをサマー・キャンプに預けたので、今年はチャンスです。昨日のキャンプ場から、少し道に迷いながら1時間強、タングルウッドの森に到着しました。 今日は午前10時から、「タングルウッド・ミュージック・センター」という、ボストン交響楽団が夏に開く、学生のための音楽学校のメンバーによる演奏会があります。 会場は、その名も「セイジ・オザワ・ホール」と言い、外側はレンガの倉庫のようですが、内部は木を多用した、東南アジアのリゾートホテルのようなつくりです。ホール後部は全開できるようになっていて(まるで、日本の雨戸のように)、後方の芝生からも演奏会が楽しめます。ピクニック用の椅子を持ってきたり、敷物の上に寝そべって音楽が楽しめるのです。本格的な演奏会のときは、内部の良い席は$100、芝生席は$15くらいで売り出しますが、今日は学生演奏なので、どの席でも$10です。開演時間までにほぼ席は埋まり、芝生席にも人はたくさんいました。 学生なので、レベルはどうかな? と少し心配していたのですが、すばらしい演奏でした。たった$10で、バッハの「ブランデンブルグ協奏曲3番」、メンデルスゾーンの「弦楽四重奏(Op.87)」、ストラビンスキーの「2台ピアノによる協奏曲」、アイヴスの「歌」、ストラビンスキーの「ダンバートン・オークス」と2時間半もの充実したプログラムでした。 まだ、開演まで時間があるので観客がまばらですが、最終的には結構いっぱいになりました。写真左側が芝生席です。 今年はこの「セイジ・オザワ・ホール」の10周年記念で、8月1日に小沢征爾が来ます。ピアニストのユンディ・リーも共演するので、きっと日本からのおばさまツアー客でいっぱいになることでしょう。(それにしても、この組み合わせ、商業主義みえみえですね。) その他にも、、五嶋みどりや、ヨー・ヨー・マや、パールマンなど、超有名人のコンサートが目白押しです。 さて、タングルウッドをあとにして、隣町ストックブリッジ(Stockbridge)へ行きました。ここにはアメリカを代表するイラストレーターの、ノーマン・ロックウエル(Norman Rockwell)美術館があります。彼はこのストックブリッジの町を気に入って、晩年の25年間住んでいたので、町の英雄です。彼が1967年に描いたストックブリッジのメイン・ストリートは、今も全くそのままでした。 特別展では、「Mississippi Murder(ミシシッピー殺人事件?)」という作品が展示され、ロックウエルがモデルをどのように使ってこの作品を仕上げたか、習作も並べながら説明してありました。 しかしこの作品、白人二人と黒人一人が銃で撃たれて殺されている絵なのですが、何を意味しているのでしょうか? 家に帰ってから調べてみました。この事件は公民権運動が盛んであった1964年、ミシシッピー州の地方都市フィラデルフィアで、ニューヨークから来た白人の活動家二人(白人)と地元の活動家(黒人)が、地元の保安官(実は彼はKKKのメンバーであった)によって多数のKKKに引き渡され、射殺された事件だったのです。この事件は「ミシシッピー・バーニング」という映画にもなっているそうです。おそらく、事件から40周年を記念して、特別展をしていたのでしょう。 また、1960年ニューオリンズの白人の学校に初めて入学を許可された黒人の少女「ルビィ・ブリッジス」の登校風景・・・4人のU.S.マーシャル(連邦執行官)に護衛されている・・・の絵が印象的でした。 ロックウエルは、顧客のニーズに忠実な「職業画家」であったようで、彼自身が「社会派」だったわけではなさそうですが、とても人気の画家でしたから、社会に与える影響は大きかったことでしょう。 帰りは州道183号、州道23号と、田舎道を時速35マイルで1時間走って、やっとOtisという町につき、そこから州道8号に乗り、コネチカットにはいって8号のハイウエー経由、I-84、I-691、I-91と時速70マイル以上出せるようになり、あっという間でした。地図上では遠回りに見えても、なるべくハイウエーを通ったほうが、結果的に早く着きます。しかも日本と違って、ハイウエーは原則的に無料です。 ヒロキのいない、ちょっと大人の休日でした。
2004年07月04日
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補習校の後、ヒロキをサマー・キャンプに送っていきました。場所は、ニューヨーク州とマサチューセッツ州とコネチカット州の、3つの州の州境に近いマサチューセッツ側の、マウント・ワシントンというところです。1週間のお泊りキャンプです。 せっかくアメリカにいるのだから、アメリカらしいサマー・キャンプを体験させてやりたいと思っていたのですが、アメリカ人のキャンプに入れるには、年齢も小さいし、英語力も今ひとつだし、性格的にもどうかな? と思案していたら、ぴったりのキャンプが見つかりました。日本人のご夫婦が主催するキャンプで、日本語が主体、日本からのキャンパーも受け入れています。説明会を聞きに行ったら、日ごろの現地校での言語や文化のストレスを発散させてください、と言うのです。とてもシンプルで、あまり商業的でないのも気に入りました。費用も、他のキャンプに比べて安いほうです。 ヒロキはもうずいぶん前から大はりきりで、「早くキャンプにならないかなあ。」と心待ちにしていました。 一方、お父さんは、「大丈夫だろうか、心配だなあ、さみしいなあ。」とうるさいのです。そして、研究室の仲間に、「息子が来週からサマー・キャンプに行くんだ・・・」と訴えたところ、若いアメリカ人の学生にはそんな父親の苦悩がわかるわけはなく、みんな自分の少年時代を思い出して、「いいなあ、サマー・キャンプか、また行きたいなあ・・・」と遠い目をしてたそうです(笑)。 ことに、出かける前の二・三日はあまりにお父さんが構う(押さえつけたり、耳を食べたり、からかったりすること)ので、ヒロキは、「もう、今日からキャンプならいいのに! お父さんと離れられる!」と怒っていました。でも、前日は一つのベッドで仲良く眠っている父子なのでした。 さて、補習校から思いのほか遠くて、集合時間に少々遅れてしまったのですが、到着すると若いサブリーダーのお兄さんがすぐやってきて、「こんにちは、荷物はこびます!」と、とてもさわやかに、そしてきびきびと動いてくれます。ヒロキはさっそくサブリーダーさんに教わって、ベッドメイクしたり、同じグループ(1.2年生で7人くらい)とゲームを始めたり、すっとキャンプになじんでいます。心配で、横をうろうろしているお父さんには目もくれません(爆)。こうやって、子供は親離れしていくのですね。お父さんも、子離れしないといけませんよ! この地域にはキャンプ場がたくさんあると聞いていたので、私たちもキャンプをしようとテントを持っていきました。しかし、一番近くにあったのは「プリミティブ(原始的な)・キャンプ場」、つまり「本格的な」装備と経験が必要な、お手軽でないキャンプ場で、しかも駐車場からキャンプサイトまで1km以上も歩かなければならないのであきらめました。「お手軽」キャンプ場を探して、ニューヨーク州に抜けようと走っていたら、道を間違えたらしく、コネチカット州に出てしまいました。また、未舗装の道を30分も引き返して、ニューヨーク州に向かい、ほとんどあきらめかけたとき、偶然にも捜し求めていた「お手軽、オートキャンプ場」を発見しました。受付で尋ねると、幸いなことに70区画のうち2区画だけ空いていました。1区画、手数料込みで$15です。日本のオートキャンプ場と違って、隣の区画とは10m以上離れていて、バーベキュー用の炉や、テーブル、ベンチもついています。湖があって、泳ぐことができて、プレイグランドもあって、温水シャワーの設備もあります。家族連れで、キャンプ場は満員です。 夜中に大騒ぎしているグループがあって少々うるさいのと、明け方かなり冷え込んだことをのぞけば、おおむね快適なキャンプ初体験でした。何しろこの辺はお金持ちの避暑地でもあり、ホテル代はものすごく高いので、一泊$15は魅力的です(笑)。Copake Falls Campground(Taconic State Park)Phone 518-329-3993
2004年07月03日
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