マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2009.01.18
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カテゴリ: ウルトラマラソン
宮城UMC掲示板へM仙人が書き込んでくれたお陰で、昨日行われた「宮古島100km遠足」への仲間の参加状況が分かった。我が走友会からはKさん、Y広さん、T脇さん、E名さんの4名と千葉へ転居した旧会員のT野さん。それに宮城UMCの3熟女K村さん、K藤さん、H多さん。合計8名のアマゾネス軍団だった。

昨日の宮古島の天候は最低気温が15度で最高気温は22度の晴れ模様。星峰さんのブログによれば、適当に風があってとても走りやすかったようだ。雲峰師匠の掲示板に「宮古島100km遠足は、ひょっとしたら今年が最後になるかも知れない」と書かれていた。寂しい話だが、海宝さんの事情もあり、止むを得ないのだろうか。

サトウキビの白い穂が風になびく道。風の強い池間大橋。絶景の西平安名岬と東平安名岬。岬の突端にある巨大な風車や灯台。アップダウンの多い坂道と珍しいアダンの実の並木道。昨年走った宮古島の風景をつい思い出す。そんなコースを星峰さんは13時間14分でゴールしたようだ。腰痛や膝痛で苦しんでいる彼女が良く最後まで頑張ったと思う。我が8名のアマゾネス軍団は果たしてどんな結果だったのだろう。

さて、昨夜「オーラの泉」と言う番組を観た。胡散臭いのでいつもは観ないのだが、昨夜は間寛平が出演すると言うのでチャンネルを切り替えた。番組は「アースマラソン」に出発する前に撮られたもので、江原某から寛平の挑戦に対する懸念も表明された。ヨットで海を渡る際、「霊がどうのこうので心配」とか言っていたが、この世界一周の旅ではヨットで航海する海が一番の弱点であることは誰が考えても明らかだろう。

寛平が走り始めたきっかけが、自分がイカンガーになって瀬古とレースで競った夢を見てからと言う話は面白かった。そして驚くことには、夢を見た翌日からタバコを止めて、早速走り始めた由。高校時代に野球をしていた彼は、先輩からバツとして良く走らせられたようだが、そんなこともランニングの素養を培ったのだろう。

若い時分「もし青梅マラソンを3時間以内で完走したら給料を倍にする」と言われ見事2時間20分で完走した話は有名だが、吉本の社長は寛平だけでなく当時の芸人全員の給料を上げてくれたそうだ。また、連日朝まで飲んだり、友人の保証人になって莫大な借金を作ったりしたそうだが、その借金を返済出来たのは当時のマネージャーだった比企さんのお陰。今回の「アースマラソン」の企画も全て彼が立案してくれたのだとか。まさに縁とは不思議なものだ。

さて、後輩のさんまのスターターで昨年12月17日に大阪の「なんばグランド花月」を出発し千葉の鴨川港までランニングした彼だが、今年の元旦に同港をヨットで出航し、時化のため3日千葉県内の港から再スタートしたようだ。現在は太平洋をロサンゼルスへ向かっている途中で、テレビには比企さんと2人ヨットを操縦する姿が写っていた。

その後のコースだが、ロスからニューヨークまでは北アメリカ大陸を横断してのラン。そして大西洋をヨットでポルトガルのリスボンへ。リスボンから地球上で最も大きいユーラシア大陸を一路中国の青島(チンタオ)まで気の遠くなるようなランニング。東シナ海をヨットで横断して鹿児島まで。そして大阪までは最後のラン。実に壮大な旅路だ。

江原某いわく。「今回のアースマラソンは延暦寺の「千日回峰」に似てる」と。走る距離もかかる日数もあまり変わらないらしい。ウルトラマラソンがある意味で修行に似てることについては、私自身もずいぶん前から気づいていた。だから江原某もそれくらいの知識は仕入れていたのだと思う。

大変なのは裏方の比企さん。例えば寛平がリスボンからチンタオ目指して走っている間に、ヨットをチンタオまで陸送して修理しておくのだそうだ。また、「24時間テレビ」で芸能人が100km走る時のトレーナーをしている宮本某が今回も陰で色々と協力し、寛平の様子を毎月ランナーズ誌上で紹介するとか。やはり偉業を達成するために色んな人の協力が必要なのは、当然のことと思うのだ。





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Last updated  2009.01.18 19:47:09
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