マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2009.09.27
XML
 神様の馬鹿~っ!! > 

初めは団子状態だったランナーの群れが、次第にばらけ出す。アップダウンを繰り返すうちに先頭グループは遥かに前へ行った。2番手が秋田のJunさん。その後ろ姿がカーブの向こうに消えた。彼の姿を島内で見たのはそれが最後、合わせても5分間もなかった再会だった。歩くような速度のランナーが気にかかる。後で一緒に走ることになる横浜のA津さんだった。

3km地点で春日崎を過ぎる。過去の2回はいずれも夜で、景色は見えない。それが今日は漁港や岸辺に打ち寄せる波が見えた。何だか不思議な気持ち。約5km地点が相川。ここにはコース上唯一24時間開いているコンビニがある。朝食を摂ったばかりで実感がないのだが、やはり何か食料を確保しておこう。

店内はランナーで混雑している。私は素早くアンパン1個と野菜ジュースを手にしてレジの片方に並んだ。ところが1人のランナーが私に「フェアじゃない」と言う。どちらにも並ばずに、空いた方に進むのがフェアなのだとか。「良いじゃないかそんなこと」。私はそのまま並んだ。事実彼の方が早く順番が来た。これから48時間近く走るのに、わずか数秒くらいの違いでフェアもへちまもないだろう。どのレジに並べば早いかなんてのは運のうちと思うのだがねえ。

6km過ぎには前後に誰も見えなくなった。左手の海を見ているうちに、何故か急に寂しさがこみ上げて来た。思わず我を忘れて叫ぶ。「R子の馬鹿~っ、何で死んだんだ~っ!!神様の馬鹿~っ、何でR子を死なせたんだ~っ!!」。だが誰も答えはしない。相変わらず朝風が吹きつけ、波が岸に打ち寄せるだけだった。

新潟のYちゃんの姿を発見したのは7km過ぎ辺りだったろうか。近寄って彼女の右手を握る。「R子ちゃん死んじゃったね」。私が言うと「私もビックリしました」と彼女。皆第1回の佐渡を走った仲間だ。案内の標識も、ASで配給される食糧も不備だったあのレースを共に走ったことで、心が強く結ばれたように思う。その大切な仲間の1人が、もう会いたくても会えない世界へ行ってしまったのだ。

Yちゃんと別れ、再び一人旅になる。海辺の集落の小さな畑に植えられた野菜や花々。そして道端のお墓には色鮮やかな供花。そうか。今は秋のお彼岸。昔からこうして島の人々は先祖の墓と日々の暮らしを守って来たのだろう。揺れるコスモスや干されている唐辛子に、少しずつ心が癒されて行く。

12km地点の手前から姫津港方面へ。言ってみればここは盲腸のような場所。極力佐渡の様々な風景に触れさせようとする主催者の考えで、時々「迷路」が現れるのだ。小さなアーチ橋が見えた。沖の岩礁から港へと押し寄せる高波。港を一周して県道に戻ると、真っ直ぐ通過して行く3人のランナー。追い着いて訳を聞くと、港への標識を見落とした由。まあ206kmの道程にはこんなこともある。

21km地点。南方辺トンネルには入らず、海岸へ向かえとの矢印。今では人も車も通らない厳しい旧道だ。ここを通るのは初めてのこと。草は茫々だし、道路は荒れている。岬に近づくにつれてアップダウンが厳しくなる。先ほどまで元気だったパキスタン人のBさんが、ついに歩き出した。彼はどうも登りが苦手らしい。彼の姿を見たのはそれが最後だった。<続く>





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.09.27 14:55:53
コメント(8) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: