マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2014.02.27
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カテゴリ: 読書
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 ベルリン映画祭で女優の黒木華が銀熊賞を受賞した。銀熊賞は主演女優賞に当たり、対象の作品は「小さなおうち」。妻が観たいと言うので映画館に行ったのだが、内容は何と戦時中の不倫の話だった。夫のいる若妻が夫の部下である若い社員を好きになり、彼の下宿先で密会を重ねると言うものだ。黒木華は、その「小さなおうち」に雇われた女中さんで、最後の密会を策略で阻止する。妻は多分こんな内容とは知らずに観たがったのだと思う。

 黒木華はくろき・はると読む。彼女を初めて知ったのは、NHKの朝ドラ「純と愛」だった。ヒロインの純と同じホテルに勤務する意地悪な従業員の役だった。監督は「寅さんシリーズ」の山田太一。オーディションで監督の目に止まった理由は、田舎から出て来た女中さんの役が務まるのは彼女しかいないと感じたためらしい。若妻役の松たか子をも凌駕する演技が、国際的な映画祭で認められた訳だ。表彰式の会場では突然自分の名前を呼ばれ、慌てる彼女の様子がおかしかった。



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 このところ第二次世界大戦をテーマにした映画が多い。昨年観た「少年H」、「終戦のエンペラー」や今年に入ってから観た「永遠の0」などがそうだ。「永遠の0」はNHKの経営委員として発言が注目されている百田尚樹氏の小説が原作。過激な発言が目立つ同氏だが、映画は特に戦争を賛美するような内容ではなく、とても感動的だった。イラストレーターである妹尾河童氏の少年時代の実話である「少年H」も、戦時下で必死に生きる家族の話で好感が持てた。



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 戦争と言えば、NHKの朝ドラ「ごちそうさん」では、戦時中の大阪のある家族の暮らしがテーマ。厳しい状況下で、人々が食べるためにどんな苦労を強いられたかを、面白おかしく描いている。同じ頃に生まれた私に当時の記憶はないが、戦後の窮乏生活を体験をしただけに、戦争がどれだけ悲惨なものかは知っている。フィリピンで戦った父は片足を失い、戦後無理を重ねたこともあって40歳の若さで死んだ。それが以後の生活に暗い影を落とした。

 幼時に母と別れたため、私は家庭の暖かさを知らない。それにも戦争の影響があったのだ。だから私にとって戦争は忌むべき存在で、二度と悲惨な体験をしたくない。だがその反面で、国の防衛は絶対に必要だと感じる。それは昨今の東アジア情勢を見ても明らかで、我が国の平和と安全を脅かす恐れのある国家が、現実に存在してるからだ。



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 さて、今日の本論は読書の話。昨年の10月半ばから読んでいた小松左京の『日本沈没』上下巻及び第二部の上下巻を先日ようやく読了したばかりだ。第一部は今から30年以上も前に発表され、映画化もされている。残念ながら私は映画を観なかったが、今回古本屋で買った原作を読み、この作家が大変な構想を抱いていたことに気づいたのだった。

 題名が表わすように、この小説は日本列島が沈没する話。単なる空想ではなく、地球科学に基づいた科学小説で、実に良く研究されていた。私が読もうと思った直接の動機は、近く起きると推定される東海地震、東南海地震、南海地震が連鎖して起きるとされる大地震の存在だ。小説では日本海溝の深部で始まった異常が、やがて日本列島全体を太平洋へと飲み込んで行く。必死で国外への脱出を図る日本人の運命はどうなるのか。



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 第二部は日本列島が海中へ没した25年後から始まる。世界各国に別れて暮らす日本民族の必死な努力が続く。パプアニューギニアやアマゾンでの開発。カザフスタンの奥地で開拓民として暮らす日本人。1億2千万人のうち4千万人は犠牲になったが、8千万人が国外へ脱出した。国土を失い、「国家」が形だけ残る。日本政府が置かれるのはオーストラリアの北部。この政府が日本民族の再起をかけて取り組んだプロジェクト研究が第二部の中心的なテーマだ。

 第一部は小松左京自身が執筆したが、第二部では構想だけで、谷甲州に執筆を託した。新たな執筆者によって描かれた第二部は、がらりと趣を変える。この小説で描かれるのは、日本人とは何か、民族とは何か、国家とは何か、人類とは何か、そして地球や宇宙は人類にとってどんな存在なのかだ。まさに地球的、宇宙的な規模での科学小説だが、最近の国際情勢まで取り込んだ描写に驚かされた。そして日本人とは本当に凄い民族だと知らされた思いがした。


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 その後に読み始めたのが吉村昭の『三陸海岸大津波』。出版は2004年だから、東日本大震災はまだ起きておらず、明治29年、昭和8年、昭和35年の大津波が事実に基づいて丹念に描かれている。3年前の大震災による津波被害とあまりにも良く似ていることに驚いたのだが、読んでる途中で止めた。私の気持ちが暗くなり過ぎたためだ。そこで同じ著者の短編小説を一つだけ読み、別の本を探した。



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 私が選んだのは柳美里の代表作である『命』四部作。彼女は在日三世で、名前は「やなぎ・みさと」ではなく、「ユウ・ミリ」。処女作『石に泳ぐ魚』の実在のモデルとされる女性から訴えられ、裁判で出版を差し止められた曰くつきの小説家だ。不倫の結果妊娠して産んだ我が子を虐待し、精神的な治療を受けたこともあるようだ。その子の妊娠中、かつての恋人だった東由多加の闘病生活を支える。それらの経緯が第一幕から明らかにされて行く。これは単なる私小説と言うよりは、文字通り命をかけた闘争だと感じた。

 読んでる途中に「後書き」や「解説」を読んでしまうのが私の悪い癖。今回も解説を読んでみた。解説者はマルチタレントのリリー・フランキー。彼はこの本の存在は知ってたものの、作者に解説を依頼されるまで読んでなかったらしい。その彼いわく。「この小説はスキャンダラスではあるが、不真面目ではない」と。それは著者自身の生き方とも言える。映画『そして父になる』の電気屋さん役だった彼の顔を思い出した。あれはとても自然な演技だった。



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 岐路に立たされた時、人はどう生きるのか。柳はそれを小説の中で生々しく語る。彼女がこれまで歩んだ道は決して平坦ではない。在日と言う出自がそうだが、それはさほど表面には現れない。だが精神の最奥部には、「意識しない意識」が存在するのだと思う。彼女が書く文章は実に明快で潔い。それは開き直って生きている彼女自身にも似ている。白日の下に全てを曝して生きる者にしか書けない文章だ。

 問題が生じてもそこから逃げようとしない彼女。私にとっては初めて読んだ彼女の小説だが、真直ぐな生き方と文章に、強い魅力を感じている。今日は映画の話からテレビドラマ、そして最近読んだ小説の話と変わったが、どれも「実存と虚構の芸術」であることに変わりはない。最近読んだ、あるいは読みつつある小説が私の心に潤いをもたらすことはないが、人間とは何かを改めて考えさせる良いきっかけになったことだけは確かだ。





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Last updated  2014.02.27 10:05:55
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