マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2018.11.02
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カテゴリ: 文化論
~いよいよ最終回になりました



 これまで10回に亘って紹介して来た仙台市博物館の特別展『古代アンデス文明展』ですが、今日がいよいよ最終回になりました。古代アンデス文明と言っても、相当古い時代から比較的新しい時代まで、色んな国や文化が興り、素晴らしい芸術作品などを残していることを学びました。最終回の今日は、南アメリカ大陸で最大の文明、「インカ帝国」の紹介です。



 インカ帝国は15世紀前半から16世紀の後半まで、約150年間に亘って栄えた帝国で、優れた文明を持つ国家でした。



 インカ帝国は現在のコロンビア、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、チリにまたがる広大な領地を持つ帝国で、1人の王が支配していました。国民は1千万人もいたと伝えられています。領土は海岸部の平野、砂漠、山岳からアマゾン川の上流部のジャングルまであり、亜熱帯、温帯、寒帯と様々な暮らしが営まれていました。当然言語も幾つかに分かれます。それを補っていたのが左上のキープ。文字に代わる通信手段でした。


             <険しい谷を縫うインカ道>

 王の命令を各地に伝えるためには、当然道路の整備が必要になります。何せ領土は海抜0mから標高4000m以上の高地までと広範。険しい谷や山々を縫って作られたのが「インカ道」です。写真を見ても、相当険しい地形に、道が造られたことが分かります。恐らく総延長距離は6千kmを超えるはず。この厳しく細い道を、専門の「飛脚」がキープを持って走って行ったのです。つまり古代の駅伝です。



 強大な権力を持った王の元へは、各地で精錬された金や銀などの貴金属や、生活に欠かせない各種の金属が集まって来ました。後にキリスト教伝道を名目にやって来た西欧人、中でもインカの財宝が目当ての冒険者に、豊かな富を奪われる原因ともなったのです。




 いずれも豪華な装飾品ですね。恐らくは王の権威を示すためのものと思われます。




 この他にもたくさんの金製品や貴重な資料が展示されていたのですが、残念ながら撮影禁止で撮ることが出来ませんでした。号泣



                    インカの象徴的なアリバロ壺です。    


 スペイン人に征服された後の地味な土器。



 強大なインカ帝国にもやがて衰亡の時が訪れます。インカには帝国が滅亡する時、白い人が馬に乗ってやって来て、自分達を救ってくれると言う伝説がありました。そんな時にスペイン人が馬に乗って攻めて来たのです。弓矢やこん棒で戦ったものの、鉄砲と言う近代兵器を持った相手には全く通じず、莫大な富を奪われてしまいます。そして敵に従ったり、ジャングルの奥地に逃げ込んだりしました。



 ピサロなどスペイン人に奪われた金や銀製の工芸品は、やがて鋳つぶされてスペイン本国へと送られました。インカの財宝が、スペイン王国を支えたと言っても過言ではありません。そして「新大陸」にとっては、まさに受難の時代の幕開けになったのです。だが、インカ文明の象徴とも言える、マチュピチュ、ワイナピチュは発見されないままでした。現代の我々が、こうして今も素晴らしい景観を見ることが出来るのも、高地文明だったからかも知れませんね。





         特別展を観覧した小学生たちが描いた絵の紹介です。

 最後に貴重な資料にも関わらず、快く撮影許可を与えてくださった関係各位に深甚なる謝意を表し、このシリーズを閉じさせていただきます。最後までどうもありがとうございました。<完>





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Last updated  2018.11.02 13:07:56
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