マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2020.10.13
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カテゴリ: 歴史全般
<遥かなる旅と謎の道草>



 外は雨。まだ青いユズの実が雨に濡れている。私は窓際の机から外を見ながら、思案を繰り返していた。さて、どんな風に今日のブログを書き進めるか。写真の整理は済んだが、話の展開が問題。何年か前から良く「字」を忘れる。パソコンで変換する場合は問題ないが、自筆の場合はそうも行かない。そんな時は先ず横線を一本引く。それをきっかけに「字の形」を思い出そうとの寸法だ。文章もそれと同じ。何でも良いから取り敢えず入力する。その先は気分次第。ケセラセラ。



 前回分の翌日は、新聞のTV欄を確認した。夕方の6時から放送があると分かった。その時刻が来てリモコンのボタンを押して映ったのがこの画面。ほほう。今日がいよいよ最終回か。しかしなぜ「長安に還る」なのか。しかも長安(現在の西安)に行くのに、なぜ長江(揚子江)なのだろう。番組が進むにつれてその謎が次第に明らかになるのだが、それは全部観終わってからの話で、途中はびっくり



 現在地は長江河口に近い上海付近。どうやら西安へは黄色い文字の「京杭大運河」経由で行くみたいだ。何のためかはまだ分からない。中国の南北を貫くこの大運河は北の北京と南の杭州を結ぶもの。それで「京杭」なのだ総延長約2500km。日本列島がすっぽり収まる。そして完成後1300年ほどになるだろうか。「南船北馬」の言葉を思い出す。中国の南部は河が多いから移動は船が便利。しかし広大な北部は馬での移動が一般的だった時代の話だ。



 長江ですれ違う船は巨大だ。そのデッキに大勢の人が見える。確かにこれだけの大河だと、大型船の航行が可能なのだろう。しかし取材チームが乗った船は揚州から運河へは入らずに、ひたすら西へと向かう。まだまだ謎は解けない。



 上を車が通り、下を列車が通る二重方式の「南京大橋」。しかし川の濁りが半端じゃない。黄河なら分かるが、ここは揚子江(長江)のはずなのに。そして南京と聞いて思い浮かべるのは例の「南京大虐殺」。日本軍が南京市民30万人を虐殺したと主張して歴史遺産にも登録され、残虐な人形を陳列した博物館も建っている。すべては中国のプロパガンダの嘘。偽りが今では真実の歴史と認められてしまった悔しさ。



 突然画面に映ったこの湖の名前は、今年知った。長江の中流から下流にかけては大小20以上もの湖沼がある。いずれもかつて長江が氾濫した河跡湖なのだろう。中には琵琶湖の20倍も大きいのまである。今夏長江の大洪水の際、「三峡ダム」の崩壊を防ぐためダムの水を放水したため増水。大都市を洪水から守るため土手を爆破して、農村部を「遊水池」代わりにした一つがこの湖だったと記憶している。



 しかしなぜこの湖へ入ったのだろう。これじゃ西安へ行くには遠回り。と言うか、まるきり方向が違うではないか。取材クルーが乗った船は湖からさらに一本の川に入り、やがてとある川岸で停まった。目の前にはたくさんの工場らしき建物と、煙突から立ち上る黒い煙。おいおい。これは中国の大気汚染を伝える番組じゃないんだよ。「海のシルクロード」なんだけどなあ。心の中で叫ぶが、謎は深まるばかりだった。<続く





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Last updated  2020.10.13 18:03:18
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