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わけあって朝のネットタイムがずっと取れなくて久しぶりの日記になってしまった。おかげさまで、以前に比べれば随分と心穏やかな暮らしになってはいるが、聞いて欲しい話はまだまだ結構あるんで、この数日うぐぅ~という感じだった。さてさて・・・最近の小姑さん、JAでのローン借り換え完了以後日中とんと姿を見せなくなった。(とは言っても、帰って来てないわけじゃないんだけど(笑))。帰って来ても日中なら私らが出掛けてる時とか(見計らった様に帰って来て、私らが戻ると速攻姿を消す)夕方になってあたりが暗くなってからとか・・・。お泊りはここ2週間くらい全く無い。「実家に帰るの悪いなんて思ってない」とか「そんなに帰って来てねぇぞ」とか親娘して大威張りで言っていたわりには、えらい気の使い様。私らが出て行ってからのご近所や親戚への言い訳時に「うちの娘は、そんなに帰って来てないのに」等々心おきなく言える様素地作りしてるつもりだろうね(爆笑)。私らが出て行くって話をした時に真っ先に「出て行くにしても近所や親戚には絶対に挨拶して行くな」なんてバカ事を平気で言う様な人間だもんなぁ(普通、親なら挨拶はきちんとして行けって言うのが道理だろうに、その逆。)自分らの顔作りの為なら何だってするし何だって言う。今だに来客時には平気な面で、我が家と和気藹々を演じ(お客の居る前では、だんなに笑顔で声掛けて来たり我が家宛ての郵パックなのに受け取りに関わろうとしたり)その神経には寒気を覚える程だ。無神経さはさらに・・・で、姑がダンナに聞いたそうだ。「今度の家はここより広いのか?」だってさ。親なんだから知って当たり前ってか???ぞぞぉぉぉぉぉぉぉ~(極寒!!!)頼むから私たちの新居に関わろうとしないでくれ!!!身震いが止まらない。
2005年01月29日
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一昨日の夜、舅、小姑2夫婦&主人がJAに行きローンの借り換え手続きが終わった。小姑2夫婦のローン審査の結果はとっくの昔に出ていたのに、こっちが一番知りたかったその結果をここに来るまで知らせて来なかったなんて・・・本当に根性悪すぎ!!!!!!!主人の話によれば、小姑2は大きな買い物をするって事で舞い上がり、はしゃぎまくって、見るに耐えなかったそうだ。JAの人に「住宅ローンのことはご存知ですか?」と聞かれ「わかんな~い、初めてなんで」とかわいぶって言った時にはその横っ面を張り倒したくなったとか(笑)。その後、書類に捺印する時には、「ここ!」「ここ!」と偉そうにダンナに指図し、ダンナはいわれるがままヘラヘラしながら、印鑑を押していたのだそうだ。後で聞いた話だが、このバカだんな、この時も小姑2の隣に座り、言いたい事言ってる小姑2の話を黙ってヘラヘラしながら聞いてたそうな。全てにおいて、自分の妻が何をしようが何を言おうが、なすがまま・・・って、正直ここまで腑抜けな男とは思ってなかったけど結婚してまだ1年だからねぇ。色眼鏡の色もさめてきて、色んな事が見え始めるのはこれからかもしれない。まぁ、せいぜい頑張んなさいな(大笑)でもまぁ、これで一安心である。ここで吐き出してスッキリしたら、ぐちゃぐちゃ考えるのはやめにしとこう。って事で・・・やっと、ここまで来れました。励まし、支えてくださった皆さん本当にありがとう!!!これからもよろしくお願いします♪
2005年01月20日
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今日は我が愛する息子の3歳の誕生日。夜中の3時過ぎに破水して、今頃は病院(年齢の事もあり総合病院だった)のベッドで朝食を食べていた頃かな(手配が間に合わず、産科用ではなく普通の地味な食事だった)。予定日は1月31日だったので、当然陣痛は起きていないため促進剤を投与され、時々起こる痛みに「これが陣痛というものか」なんて、気楽に思っていたが、朝いち来てくれた先生が「笑って話せてるようじゃ、まだまだだな」と言っていた意味を後々知る事になる。この先生、結構若い男の先生で、クールというかちょっとさめた感じのある先生だった。内診がとてもとても苦手な私は、この先生から「そんなんじゃ自然分娩は無理ですよ」と冷ややかに言われた事がある。さてさて・・・それから数時間してもなかなか本格的な陣痛がつかず、かといって破水しているので今日中には産まないとと言う事で、「このまま陣痛がつかなかったら帝王切開します」と言われちょっと不安になっていたが、主人が仕事を終え駆けつけてくれた7時頃には、これが陣痛というものか~という痛みが波のように押し寄せては治まって・・・。そんな繰り返しがしばらく続いた後、私より一足後に来ていたもう一人のママと並んで分娩台の上に居た。「痛~い、ひぃ~、助けて~」結構ダイナミックに声をあげる隣のママに先生も助産婦さんもかかりっきりになり、私は何と主人のリード(ヒ、ヒ、フってやつ)で痛み逃しをやっていた。たった数度、講義を受けただけなのに良く覚えていたなぁと本当にびっくりした。当然その時はそんな感心をしてる余裕もなかったが、先生も助産婦さんも主人のリードぶりに安心していたようでほとんど子供が産まれる直前まで主人に任せっきリだったので私は正直、不安でたまらなかったんだけどね(^^;)。そうして・・・分娩台に上がってから2時間ほどだったか、午後9時48分に元気な男の子が誕生してくれた。先生に「自然分娩は無理」と言われた時、絶対に頑張ってその言葉見返してやる!とか思っていたけど、子供の誕生という感動の中で私は先生に「ありがとうございます。ありがとうございます」とひたすらお礼を言っていた。(なんか書いててウルウルしてきてしまったわ)翌朝、病室に運ばれた食事に、1枚のメッセージカードが添えられていた。「おめでとうございます。ご主人と力を合わせてのとても静かなお産でした。」感動の涙が一気に溢れてきた。愛すべき素敵な子供を授けていただき、本当にありがとうございます(感涙)。
2005年01月17日
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「土曜日の7時に話し合いするから来い」そう主人宛てに姑に電話させたのは、なんと小姑2だった。大事な大事な娘の言いなりになって兄である主人を手下の様に呼びつけた母親。その2人が今日の話し合いの相手だったそうだ。そして小姑2は言ったそうだ「アパートなんかでも出る時は出る人がハウスクリーニングをちゃんとやるんだから、そっちでちゃんとやってもらって」と。それを聞くやいなや、当然私は怒り狂った。「何がハウスクリーニングか!だったらボロボロになった私の神経と身体をきちんと元通りにしろ!!!!!!」と泣きながら怒鳴った。主人もその通りだと悲痛な顔をした。もう気持ち悪い!気持ち悪くて吐き気がする!そこまで汚らしい人間とは思わんかった!いや人間じゃねぇ!主人の身内だという遠慮など全くできずにどんなに罵っても気持ちはおさまらなかったがひとしきり怒ったら虚しくなった。落ち着いた私に主人はさらに小姑の言い分を話してくれた。「実家に帰る事を私は悪いなんて全然思わない」「(小姑2の)ダンナの親が「うちの子が養子になって跡取になったんじゃお兄さんが帰って来辛くなるんじゃないかって心配してるからその辺の気持ちをきっちりさせて欲しい」「自分達のアパートの契約更新が9月だから、明渡しが9月以降になるならアパートの更新費用を負担して」手にしたメモを見ながら、言いたい事を言うだけ言ってそれら全てについて念書まで用意しており、主人に記名拇印させたそうだ。もちろん、いつもの様に同席していた姑は娘の言いたい放題に何も言うことなく、その場に座っていただけだったそうである。話を全部聞き終えて、「あんたが可哀想でたまらん」私は思わずそう言った。涙が出て仕方なかった。主人の家族である○○家。その○○家という家族を見て来た5年間。全てが、私の中にあった家族とはこういうものという像とは、かけ離れたその在り方にただただ驚くばかりである。親が考えているのは子供のことより自分達の世間体。色々用事は言いつけるのに兄をたてる事のない妹たち。「○○家」と威張りながらその○○家をまとめる力も無く、親として一家の長として言った言葉に責任を持つどころかコロコロと体よく変える家長。自分達は礼も詫びも言えないのに何かと言えば人に土下座を強要する舅姑。親として子供をかばう事もせず、ダンナの間違っている事に意見もできず私は反発した事のないいい嫁と威張る姑。そして・・・親子、兄妹の間での約束事を念書などという「形」にしなければという考えに至る家族。これは田舎だからとか農家だからとかいう事が関係しているのだろうか?そのへんは、私にはわからないが「全てが私の家族には考えられない事」それだけは間違いなく言える。「うちは何でもとことん話し合う家族なんだ」姑が何度も何度も私に言ったその言葉が「嘘」などと言う以上に薄っぺらく情けなく思い出される。主人は言った。「俺こやぴぃ家の息子になってもいいぞ」と。本当に・・・かわいそうでたまらない。
2005年01月15日
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わけのわからん連中がこの家を中古だなんだの言ってるらしいが今住んでいるこの家。私が嫁いでから建てたものではない。就職して間もなく、主人が一人で住むために建てた家である。そして、この家が出来あがると同時に、その一室に小姑1も住み始めた。1階にある唯一の部屋であり、南向きの、この家で一番良い部屋と言っても過言でない、その部屋に小姑は、私たちの結婚後も約1年間住み続けた。「○○がずっと住みたいと言うんだけど良いか?」と結婚前に聞かれ「嫌だ!追い出して!」と言える人間では無かった事を私が後悔したのは言うまでもない。結婚後、私は気を使って1階にあるトイレは一切使わず台所を使う時、入浴する時以外は、ずっと日の当たらない2階の北側の部屋で過ごしていた。小姑の出入りが、いつあるのかもわからず、鍵を掛けない土地柄だった事もあり、玄関の鍵も自分の意志では掛けられず2階に居ていつも不安な気分でいたりもした。(「何で鍵なんかかけてんだ」って言われるんだからびっくり)そして何より・・・小姑の住んでいる部屋は私たちの寝室の真下だった。そんな1年間の暮らしの中姑は私に何度も「子供はまだか」と言い、あげく「こやぴぃちゃんの身体、どっか悪いんじゃないか?産婦人科で診てもらえ」とまで言われた。(ちなみにこの姑、自分の娘が嫁ぐと、「大姑に子供はまだかといつも言われて可哀想だ」と私に泣いて訴えたりした)そして小姑1も言った。「私寝たら何にもわからないから、気にしないで」デリカシーのかけらも無い親娘。・・・っと話がそれてしまったが。私がこの家に入った時、この家は既に中古だったんだよ。私が新築で入居して中古になったわけじゃない。そんな事すらも、都合の悪い事はあっさり忘れていんねんつけてくる。その恥知らずぶり・・・見事なまでだ。
2005年01月14日
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人間、話せばわかるもんだと思っていたがそうでない人間ってのも本当にいるんだねぇ。関わる度に虚しくなる、暗くなる、うんざりする。昨夜、私と息子がお風呂に入ったのを見計らった様に電話がかかってきたらしい。(本当に盗聴機でも仕掛けられてるんじゃないかと思うことが今までにも嫌って程あった)「土曜日にまた話し合いするから来い」だそうだ。はぁ??????????である。今更また何が話し合い??????????主人がまだ正月休みだった4日だったか・・・。車庫で探し物をしていると両親揃ってやって来て「名義変更に金がかかってしょんねぇ(仕方ない)」と言われたんだそうな。また金の話・・・主人も私もうんざりした。そして昨日の電話では「中古住宅(私らの家)なのに」とか「名義変更の印紙代に2万もかかったんだぞ」とか言われたらしい。自分らが娘ともども言いたい放題やりたい放題して長男夫婦にこの家を手放させ、中古住宅にしなきゃならない原因を作ってる事など全く思ってもいない上に、土地の名義変更をするべき時にやらず今になって、ごたごたしてるのさえ私らのせいだと???ここまで頭が悪いとは(いや、悪いのは人間性か)。ちなみに小姑2夫婦が既に実家に住んでいるというのは、主人の勘違いだったらしく、ここ数日は実家に寝泊りしていないんでどうやらネグラは別にあるらしい。しかし、今だ毎日帰って来る。昼飯の時間、親の仕事が終わった頃を見計らっての夕飯の時間。食ってしゃべって帰って行く毎日。自分達夫婦宛てに届く荷物の送り先を「母屋方○○」としてるんだから、どれだけここを拠点にしてるか、わかっていただけると思う。「留守なんで預かって」と我が家に持ってくる、宅配業者さえ憎くなる程だ!「娘が帰って来るのがここを出て行く原因になるのか?」とか「うちの娘はそんなに帰って来てないぞ」と威張り腐って怒鳴った姑をぶん殴ってやりたい程だ!!しかも昨日は珍しく1時間ほど割烹着を着て小姑2がプラプラしてたと思ったら、昨夜の電話で聞いてもないのに姑が主人に「○○(小姑2)は手伝いに帰って来てんだ」と言ったんだそうだ。(ほんの1日のたった1時間で今まで帰って来てるのは全てそういう理由・・・って、これもいつもの呆れる言い分)と・・・。こんな状況下で何が話し合いだ???一家の長が「出て行ってかまわねえ」と言ってから何度話し合いだの金がどうだのごねてんだか。立ち止まり引き戻されなんてもういい加減勘弁して欲しい。そんなに色々見せてくれなくても、私はとっくにあんたたちの事が大嫌いだよ!安心してくれ!!!
2005年01月13日
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明るい年にしたい、今年最初の日記をこんな話題で始めたくなかったんで、今、慌てて1日の日記を書いた。日記の通りの公園での楽しい時間の後家に戻り、遅い昼食の支度をしていたらなんと、姑がやって来た。手に「お年玉」の袋を2つ持っていた。ムカッとしたが、主人が受け取らずにいてくれたので成り行きを見ていた。姑は引き下がらず、主人と押し問答を始めた。私たちはこの家を出て行くと決めてから、米も野菜もましてや金銭は絶対に受け取らないと夫婦で決めていた。なぁなぁでやっていけるなら、ここを出て行くなんて事はするはずもない。それが、ここで暮らすべき長男夫婦が、出て行くという事態にまでなったと言うのに、姑は無神経にもそんなものをニコニコと受け取ると思っていたらしい。私はついにキレた。絶対に口をきかないと決めていたのはわけのわからん事を平気で言う奴らを相手にしているとエキサイトするとわかっていたからで、もう子供に親のそんな姿を見せたくなかったのだが・・・。「どこまで人の気持ちをわかろうとしないんですか!」はなから怒鳴った。すると姑。「自分の孫に小遣いやって何が悪い」嫁は切り捨てていても、息子と孫は自分達のもんだってああねぇ・・・やはりそんな最低な考えの持ち主だったかって今更言う事でもないけど。思った通りの人間だった。「嫁とも思わねぇって言ったんでしょ!もう終わってるじゃないですか!人の親の事までさんざん侮辱して!うちの父親に何かあってもそちらには連絡など一切しませんからご安心ください!!!」餅を焼いていたトングを握り締める自分の手がワナワナ震えているのがハッキリわかった。すると姑。「嫁とも思わねぇなんて私は言ってない」あ~あ、また始まった。都合の良い自己弁護。言ったのは舅で自分じゃないってさ。でも、舅がそう言っているその場に居合わせて反論するでもその嫁をかばうでもなく、黙ってたって事は自分も認めてるって事だろ!意志表示をせずに、それを都合の良い様に利用するって本当に最低の人間だ。しまいには「娘が家に帰って来るのがそんなに悪いのか!こっちは全然気にしてねぇのにそっちが勝手に気にしてるだけじゃねえのか!」だって・・・開いた口がふさがらねぇっつーの。異常な程の頻度で帰ってくるのを「嫌だ嫌だ」って何度も訴えたのを気にもしないで帰ってくるから、ここまでになったんだろう!本当に頭が悪い!悪すぎる!!おまけに「うちの娘はそんなに帰って来てねぇぞ」ってさ吐き気さえしたよ。その後は「私たちがいてこそ、○○(主人)がいるんだ」とか「○○(主人)がそんなになっちまったのはこやぴぃちゃんのせいなのか」とか「いっぱい金かけて育てた子供なのに(嫁いで以来、主人にどれだけ金をつぎ込んだかをしつこいくらい聞かされてきた)」とか今、娘夫婦がこの家に住むにあたって、ここの土地が曾おじいちゃん名義になっているのを舅のものに変更しなくちゃならないらしく親戚の印を集めてるのも「おまえらの為に印鑑もらいに走り回ってやってるのに」だって・・・私らじゃなくて自分らと娘のためだろ!(しかも、私が嫁ぐよりずっと以前にすべき土地の名義変更をしてなかったから、ややこしくなってるだけのこと)まぁとにかく。相変わらず自分らの弁護と人をコケにする言葉ばかりを吐いて(「自分がヒーローと思ってたら大間違いだ」とかも言われたけどソックリそのままあんたら家族に返してやるよ!)極めつけは「私は義親にそんな怒鳴ったりなんてしなかったぞ!そういう性分の嫁とは思わなかった!何でそんなになっちゃまったんだ!きっと子供もそんな風になっちまうわ」と捨てゼリフを吐きながら去って行った。「ああそうですか、(ご忠告)ありがとうございます!」とその背中に怒鳴りつけてやった。(人を脅すなど最低だ!!!)後半年・・・後半年の辛抱・・・。しかし・・・こんな奴らの側で暮らしていかなければならない状況ははっきり言って辛い。
2005年01月05日
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あけましておめでとうございます。旧年中は色々と本当にありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願いします。今年は雪のお正月・・・人に踏み荒らされていない公園の雪で親子3人で雪遊び。雪玉を作ってユジン気分で飛ばして遊んでいたら主人が雪玉を投げて来た。砕いてみたら中にプレゼント。500円玉一つ・・・(笑)。
2005年01月01日
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