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新居ができるまで、まだまだこの家に居なければならない。その間、小姑に引き継いだローンの返済分を我が家が小姑に支払う事になっていて、昨日主人に持って行かせた。母親(姑)に渡すつもりが、当然の様にその日も帰って来ていた小姑がその場に居合わせたそうだ。お金を渡す際、「うちが払ってた時より返済額が多くなったみたいで大変だな」と言ったら、小姑「いいの、いいのハイ」と手を出してお金を受け取ったそうだ。その高飛車ぶりに腹が立ったと主人。(あらためて言うまでもなくそういう人間じゃないですかあんたの妹は・・・)そして、その日は小姑1夫婦もご帰宅。夕方になって、私が洗濯物を取り入れようとベランダに出たら、ちょうど帰ろうとしていたところらしく、運悪く母屋全員庭先に集まっているのに出くわした。当然、向こうも私の姿を見とめ・・・。始まった。仲良し親子劇場。人が見てる聞いてると思うとこれ見よがしに笑い声話し声が大きくなり、私たちはこんなに仲良し、こんなに幸せとアピールが始まる。(この時に限らずいつもそう)帰ろうとしてたんだからさっさと帰りゃいいものを和気藹々のお喋りは私がベランダに出てる間中続きしまいには話す事も無くなったのか孫を相手に「また来てね」と姑の猫なで声、「また来るねって」と娘に言わせようとする小姑1の声・・・その繰り返しが延々続いた。そして、私が家に入り下に降りると既に小姑どもの車は消えていた。私たちがここを出ると決まってからますます小姑の里帰りも激しくなり、気持ち悪くて吐き気のする様々な状況もエスカレートしている。しかし・・・以前、細木数子さんがTVで言っていた言葉がずっとずっと気にかかっている。どちらもある相談者からの悩みに答えたものだったが(詳しい内容は長くなるので書かないけど)「家を継ぐべき長男を差し置いて妹なんかがしゃしゃり出て養子をとったりなんかすれば、他人の血が家を継ぐってご先祖様が怒り、長男に災いが起こりますよ」そしてまた別のケースでは「先祖様をないがしろにして新築の家なんか建てたら3年以内に絶対に悪い事が起こって当然なの」これまでも、この日記に書き切れないほど、ストレスの溜まる事がたくさんあった。あんまりな奴らに我慢しきれず、ある日母屋に向かって包丁を投げつけたくなった。包丁を見るのが怖くなり、自分という人間まで怖くなった。そして心底ここを出るしかないと思った。そうしてようやくたどり着いた答えだった。それでも、常に長男に嫁いだのにという罪悪感を私は抱えている。片や向こうは親娘ともども「私らは何も悪くない」と開き直っている。それでも長男とその嫁は何が何でも我慢して、ここに留まらなければならなかったと細木さんは言うのだろうか?辛抱するのが当たり前、嫁の心や身体は犠牲になっても仕方ないって???だとしたら長男とその人に嫁いだ嫁には救いはないよね。
2005年02月28日
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ちょっと前の、みのもんさんの生電話に「年末のちょっとした出来事がきっかけで嫁が口を聞いてくれなくなり孫とも会えなくなった」というような相談があった。相談者は50代の姑(その嫁さんのダンナの母親)。年末の出来事とはこんな話だ。姑、小姑(ダンナの姉)、ダンナ&嫁&子供で年末の買い物に出掛け、小姑が子供(確か、まだ1歳にも満たなかったベビーカーに乗せてる赤ちゃん)を預かり夫婦は別行動する事になった、姑も小姑とは離れた場所に居たらしい。小姑は困った事態になっている別の買い物客を見つけ遠くに居る母親(姑)に目で合図ができ、事態を確認してもらったものと思い、ベビーカーごと子供を置いて、その客の元に走ったという。けれど、母親(姑)はその合図を全く見ていなかった。そんな中、夫婦が戻り大事な子供がベビーカーごとポツンと置き去りにされているのを発見というわけだ。それ以後、嫁さんの態度が急変でどうしたらいいかって相談である。さらに話を聞いて嫁さんの気持ちがわかってきた。姑はみのもんさんに言った。「こんなご時世ですからねぇ、何事も無くて本当に良かったって、その時はただただホッとするのが先でその時は謝らなかったんです」みのさんも何も言わず、姑も立派に言い訳できたと思っていたかも知れないが、私はこれを聞いて最低だと思った。その事態で即、謝らなかったって???まず真っ先に「ごめんね」だろうが!!!こういう状況で「すまない」って気持ちの言葉が真っ先に出ない信じられない人間・・・まさにうちのダンナの親妹どもと同じである。多分嫁さんはそのとっかかりの姑小姑の態度にこれまでの鬱憤が一気に爆発したに違いない!と思っていたら、まさにそういう姑の話だった。その後、嫁から「義姉さん(小姑)はなぜ謝らないんです」と言われ、なんとその姑は娘(小姑)に嫁さん宛てに詫びのメールをさせた。が嫁さんは受け取り拒否。その嫁さんの対応は姑には不満だったらしくさらに嫁が「お詫びならメールでなく電話で直接するべきじゃないか」と言うんですとみのさんに訴えた。まだ二十歳だというこのお嫁さんに拍手!!!である。(ちなみに姑50代、小姑25歳)しまいには「向こうの親まで出てきて、言いたい事言われて」と姑。姑の話が進めば進む程、このどっかのバカ親娘にそっくりな親娘に呆れるばかりだった。自分達は全く悪くないのにってか???コメンテーターは嫁さんをバカ嫁と言い、嫁さんの母親まで出てきた事に呆れると言っていた。が、その姑と小姑は最初からタッグを組んで自分らを守りあっているのだ、しかも揃って嫁さんの気持ちを分かろうともしないのである、まともな考えの人間のいない、味方のいない悔しさの中で実の親に頼ってどこが悪い???ややあって・・・みのさんは言った。「子供を預けるんなら何があっても文句はいいませんってくらいの覚悟で預けろ。預かったんなら命がけで守るって覚悟で預かれ!」と。アホなコメンテーターの意見を一掃する気持ちのイイ言葉だった。けど、みのさん。預けた方にも否はあるって言うのはわからないでもないけど。嫁っていうものは「こんな奴らに子供を預けたくなんかない!」と思っていても姑小姑と仲良くやっていくには、泣きの涙で預けざるを得ないって事が絶対にあるんです。さてさて・・・私にもこんな経験がある。子供が産まれて1ヶ月後の母子揃っての検診。「こんな世の中だから・・・」と何が何でもと姑が付いてきた。「こやぴぃちゃん1人じゃ心配だ」と言って付いてきた姑に嫌々子供を預け、自分の身体の検診を受けて戻って見ると・・・。姑は居眠り。私が戻った事にも気づかない。しかも子供を抱いているわけでもなく、それどころか子供が乗っているベビーカーに手さえかけていなかった。しばらく私はじっと姑を見ていた。ようやく目を開けた姑は何事も無かった様に世間話を始めた。当然謝りもせず、寝ていた事に気づかれて無いと思っていたようである。それもまた、どんなにしつこくノイローゼになりそうな程「孫の面倒をみさせろ」と言われても私が姑に子供を預けなかった原因の1つである。
2005年02月25日
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想像していた時間をはるかに超えてローンの引継ぎが完了した。一件落着ではあるが・・・。その際、主人が変な書類を書かされて来た。「売買契約書」我が家をバカ娘どもに売ったという内容の書類である。JAがお金を貸すのに小姑どもが家を買ったとしてこういう書類を作成したのかもしれないが問題はその内容である。ローンの残債の総金額で主人が小姑に我が家を売ったという内容になっているのである。JAローンを借りた時、この家の新築と同時に行った母屋の改築のお金もひっくるめて借りている。小姑どもに引き継いだローンの残債にはもちろんそれが含まれている。総額の1/3はそのお金である。が、そのお粗末な「売買契約書」によると我が家を建てた費用以上の金額で小姑どもが主人から家を買い取った事になってしまっている。要するに、家を手放す事で利益が出ている格好になってしまっているのだ。当然この件については税務署に申告しなければならないと思うのだが、実際は負担付贈与であるこのやり取りが、この「売買契約書」なるものの馬鹿げた内容によって私たちが「贈与益」を得たようなおかしな形になってしまっていて、税金を課せられてしまう可能性も出てきてしまった。税務署に問い合わせたが、確定申告で忙しい時期でもあり「詳しい事は確定申告の時期が終わってから書類一式持って直に聞きに来て」との事だったが電話で話した限り「売買契約書がそうなってるんなら利益が出たって事になると思いますよ」との話だった。しかも・・・新しい我が家が建つまで、小姑に引き継いだものの、この家のローンは引き続き我が家が払う事になっていて詳しい支払い金額を知る由もないが、母屋に言われた金額を支払う事になっているのだが。昨日その金額を主人が知らされて来た。当初借りた金額より300万程、残債は減っているはずなのに何故か支払い金額が今までより多くなっていた。まさに踏んだり蹴ったり。何がどうでもここを離れられるんだからイイや!って諦めるしかないけどね。
2005年02月24日
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1週間が経ち、産婦人科に行って来た。先生に経過を話し、念のために子宮の状態を調べてもらった。前回は陽性だった妊娠反応も今回は陰性に変わり「厚かった子宮内膜も薄くなってますね」という先生のお話だった。結果を聞くまでは、ひょっとして、しっかり袋が見えますよなんて事もあるのでは・・・なんて思いもあった。今回の出来事、そしてそれをきっかけに聞く事のできた色々な人の体験談によって、新しい命を授かるって事が私の中でさらに神秘に奇跡に感じる様になっていたから・・・そういう奇跡もあるのではなんて思ってしまっていた。そして、あらためて長男を授かった時の何の問題もない順調な妊娠生活そして出産こそが何よりの奇跡だったんだと感謝の気持ちでいっぱいになる。本当に色んな事を考え、色んな事を教わった。そしてそして・・・前向きに、また新しい命を授かれる日を楽しみにしている。
2005年02月22日
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久しぶりの日記になってしまった。長い1週間だった。2月7日の日記から期待は続いていたがまだまだ・・・と時を待った。そして10日。少量の鮮血が・・・あ~ぁ。期待していた分ガッカリして、元気付けに洋酒入りの「ラミーチョコアイス」を食べた。けれど、いつもと違い、来たかと思ったのに出血はすぐに止まった。ネットで調べて、ひょっとしたら「着床出血?」とまた期待が戻った。けれども時々現れる生理痛の様な痛みが気にもなっていた。「妊娠初期に下腹部痛を伴う事は結構ある」というネットの中の話にホッとしたりもしながらも、不安はぬぐえなかった。出血は止まったが茶色のオリモノが極少量、下着に付いたりするのも気になって仕方なかった。でもきっと「着床出血」の続きと自分に言い聞かせ13日の朝、妊娠検査薬を使ってみた。うっすらと陽性のサイン。嬉しかった!「主人にも多分できたみたい」と報告したが不安もさらに大きくなった。でも、日曜日なのでその日は産科に行く事ができず月曜日の朝「不安で仕方ない」と主人に訴え、風邪気味の息子を見ててもらい、産科を受診するため火曜日に半休をとってもらう事になった。けれどもその日・・・茶色いオリモノがまた出始めた。見間違い???と何度もトイレに行った。間違いなかった。怖くなって、かわいそうだったが息子を連れて当初行くつもりだった総合病院から予定変更して個人の産婦人科に行ってみた。スタッフの方が要所要所で息子を見ていてくれてゆっくり受診できたが・・・。「5週と4日経つのにまだ袋が見えませんね。おそらくこのまま自然流産という可能性が強いと思います。ごくごく初期の流産っていうケースも最近は多いんですよ。」と先生は言った。そんな話を聞いて、家に帰って直後、鮮血が出た。「おめでたです」と言われた後というわけじゃなくずっと不安を抱えたままでいた事もあり、冷静に受け止められた気がした。けれども・・・自分の中から流れてくる、赤いものを見る度に涙が止まらなくなった。「出血しない事には子宮の中がきれいになりませんから」その先生の言葉からするとその血が流れ出す事でホッとする部分もある事がたまらないジレンマだったりもして言い様のない複雑な思いが続いている。でも、きっと。私たちの元にやって来ようとしてくれてたのに今のごたごたしている状態を見て「まだちょっと時期が早かったかな」って途中できっとそう思ってくれたんだろう。おかあちゃんが入院なんて事になったらおとうちゃんやおかあちゃんやおにいちゃんがきっと困るだろうってきっとそう思ってくれたんだろう。ありがとう、本当に親孝行な子。落ち着いたらきっとまた絶対におとうちゃんおかあちゃんおにいちゃんの所に来てね!!!本当に本当に待ってるよ!!!
2005年02月17日
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ここまでくれば、相手が何をしようと何を言おうとくってかかるわけにもいかずただ黙って我慢するしかないんだけどね。正月に現れた姑の「うちの娘はそんなに帰って来てないぞ」という言葉だけは訂正させたくて、いつも頭の中をグルグル駆け巡っている。小姑2、今までも今も変わらずほぼ毎日帰って来てんじゃねぇか!(さすがに最近お泊りはめっきり減ったがね決まって帰ってくるのは昼飯時と夕飯時)ムカツクのはそれだけじゃなく日中は私らの留守中とか狙って帰って来て私らが帰宅すると直後に小姑の車は消える。あるいは日中、私らが家に居る時に帰ってくれば私が家から外に出ると(おのずと小姑の車を見る事になる)直後に小姑の車は消える。夕方は我が家が雨戸を閉めると見計らった様に小姑の低位置でテールランプが光り、車が入って来たのがわかる。それはいつも同様の時刻ではなく、うちが雨戸を閉めるのが遅れると小姑のお帰りも遅れるっていう気持ちの悪さ。雨戸を閉めて車が見えなくても、入浴中に奴らの話し声が聞こえ、夜10時近くに「じゃね~!」とか言って帰っていく声も、まる聞こえだとは思ってないらしい。「帰って来て何が悪い!!!」親娘して開き直ってるわりに何を姑息な事してんだか。それで「そんなに帰って来てないぞ」って言葉に恥じないぞとでも思ってるのか???って・・・いやいや、自分らの言った事なんて全て都合良く忘れる人間どもだもんなぁ。「今でもこんなに気を使ってる」とかって言いたいのか???つべこべ考えても全て無駄とわかってるはずなのに一度だけでも「私たちが間違っておりました」と言わせてやりたい気持ちはずっと消えない。そう言ったって何が変わるわけでもないけどね(笑)。
2005年02月09日
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引越しする事が決まった時、真っ先に思った事がある。ここにある家財道具は全て置いて行こうと・・・。もちろん、私が嫁いだ時に既にあった物をという事だ。結婚して間もなく、姑小姑どもから聞かされていた。「あの家の壁紙は全部私たちが選んだのよ」「あの家具は私が選んだんだ」等々。たとえ出資者が主人であろうと無かろうとやつらの息のかかった物は全ていらない!!!私が嫁いだ時には既に使い古しだった、やたらと電気を食う冷蔵庫もガタガタ妙な振動をする洗濯機も例外なく「置いて行くから」と話し合いとやらの時主人に言わせた。すると小姑2が、すかさず言ったそうだ。「今使ってるのがあるからいらない」と実家に入り浸りの生活してたのに、そういうものは一人前に揃えてあったらしい(大笑い)。「あっそ、だったら私らも金銭的余裕があるわけじゃないから持ってくわ」内心怒りながらも主人にそう言ってやった。その時の話で「エアコン3台は金をやるから、今付いてるの置いてけ」と姑に言われたとの事。一昨日、主人が何かの話のついでに、そのお金の事を切り出したら「3台のうち1台は○○(小姑1)が買ったって言ってたぞ」と姑が言ったそうだ。「結局2台分しかもらえねぇ」と主人。当然私は怒り心頭だった。エアコン代が2台分しか入ってこないからではない。「引越しまでに、私が来る前からこの家にある物全部どれどれ置いて行けばいいんか全部確認しときよ!」「あれはうちのだ」「これはいらん」「こうしろああしろ」私らが出て行くについて、自分らには一切否は無いと開き直っているあつかましいヤツらは、全てにおいて主導権を発揮するつもりらしい。そして、血の繋がりかなんだか知らないが、言われっぱなしの主人にも正直腹が立って仕方ない。
2005年02月08日
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4○歳になった今でも、2人目はあきらめていない。ここだけの話。今月来るべきものがちょっと遅れていて、ちょっとだけ期待したりもしている。(この年になると更年期のせい・・・?って思いも、つきまとうんだけどね)この3年近く、重くのしかかっていたストレスも主人の家族と離れる事で解放され、環境も変わればひょっとしてなんて期待もある。長男を産んだ時には既に高年齢出産だった私。第2子を40代で授かったみなさん。あなたは何歳で2人目のお子さんを授かりましたか???
2005年02月07日
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土曜日なのに主人はまた仕事。洗濯物を干していたら小姑1夫婦が帰って来た。まもなく小姑2夫婦も。庭で姑も交えて大はしゃぎする声が我が家にまで聞こえて来た。1時間半ほどの事だったが、でかい話し声や笑い声は聞くに耐えなかった。ここを出ていく事については、正直に言って罪悪感が無いと言ったら嘘になる。世の中には、私よりもっともっと酷い境遇に耐えて辛抱しているお嫁さんがたくさんいる事を知っている。舅姑小姑どもには言われる筋合いじゃないがそういう頑張ってるお嫁さんたちに「甘い!わがまま!」と言われてしまうと反論はできないと思う。でも・・・今日の事しかり、私はやはり、この場所では正常な心理状態で暮らしていく事はできないと実感する毎日だ。私らが出て行く事が決まった途端、小姑たちの里帰りがわざとらしく「毎日ほんの数時間だけ」になっても私にはなんの意味もない。
2005年02月05日
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昨夜9時ごろ。庭先で女の叫び声がした。姑の声だった。何事???喧嘩???時間も時間だし、何度も続く尋常じゃない大きな声にぞっとして思わず耳をそばだてた。「・・・・・・」どうやら豆まきをしているようだった。恐怖すら感じるような気迫のこもった豆まきの声。よっぽど退治したい鬼がいるらしい。あ・・・もしかして私???
2005年02月04日
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うちの実家の場合、私が里帰りすると母に必ず言われる。わかってるってのにいつも言われる。「着いたって姉ちゃんとこに挨拶しとけ。特に義兄への挨拶をきちんとしろ」と。(ちなみに姉夫婦は実家から1時間ほど離れた場所に住んでいる)口うるさく、そう言われるからと言うより母の兄姉(伯父伯母)たちをずっと見てきた中で「義理の仲の人間こそ大切に」と言う事を自然に学んできた気がする。しかし・・・。主人の実家の考え方はまるでその逆なようだ。小姑たちはどんなに頻繁に里帰りして来ても、実家に隣接した場所に住んでいる我が家に挨拶になど来た事が無い。(ちなみに小姑たちの実家と我が家は数歩の距離)私たちが出かけるのに庭先に出て、運悪く鉢合わせてもこっちから頭を下げるという状況だ。(私たちは○○家の娘だからってか???)時にはうちの主人の車庫に車を止めたりもしてそれでも「車置かせてね」の一言も無い。(自分ちの土地だからってか???)おまけに母親は娘たちに挨拶しろと叱るどころか自らやって来て「○○(娘)は~だから、しょうがなく帰って来てんだ、かわいそうに」と弁護に現れる。(娘思いの優しい母親ってか???)そうして、いよいよ私たちが我慢できなくなり出て行くとなった時、小姑1が言ったそうだ。「こやぴぃちゃんに声をかけなければ、いくらでも(実家に)帰って来て良いと思ってた」おえらい人々って・・・理解できない。さてさて・・・お礼についてもそうである。私の実家の場合、たとえば主人の親から何か送ってもらえば、私にも「ちゃんとお礼を言いなさい」と電話が入り、実家にしてくれた事に対して母からも私からも礼を言う。しかし、○○家はうちの親が何か送ったりしても私には一切礼を言わない。ある時、我が実家からのお歳暮の事で姑から声が、かかったが・・・「こやぴぃちゃんのお母さんから、洗剤が届いたけど洗剤いっぱいあるから使わねぇか」だと。そうそう・・・挨拶といえばこんな事もあった。小姑2の結婚が決まった時、主人がちらっとそんな事を言っていたが「同棲するだけだ」とか、わけのわからん事を言うので直接、小姑2に聞いてみた。すると第一声「お兄ちゃんに聞いてない?」そう言っただけで、結婚する事になりましたという挨拶&報告は一切私には無かった。あまりに失礼だと思い、それを親どもに言ったら「きちんと報告してないはずが無い」の一点張り。自分達が「してないはずがない」と思えば「してなく」たって「してる」になってしまう。そんなおえらい○○家の人々。はなから理解も和気藹々もできるはずが無かったのだ。
2005年02月02日
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おかげさまで日曜日に工務店と銀行に行って契約をして来ました。ここまで本当に長かったけど、くじけずに頑張って来られたのも、皆さんのおかげです。本当に感謝です!!!**********************さてさて・・・ここからまた愚痴日記(笑)。昨日の夜、台所の蛍光灯がパチパチと点滅したりで取り替えなきゃという話になった。私が冗談混じりに「後半年このままで辛抱しようと思ったのに」と言ったら「こんなんじゃ○○○(小姑2)がOK出すわけないだろ!」といきなり主人が怒り出した。蛍光灯の不調くらいのこんな小さな事でも小姑に、とやかく言われたら「ハイハイ」と改善するつもりでいるのだろうか?「ローンの借り換えが済むまではへいこらするけどそれさえ済めば豹変してガツンと言ってやる!」とか言っていたわりには何だか妙に弱気で私はかなり不安になった。さらに・・・「俺たちが出て1週間で○○○(小姑2)がチェックして気にいらねぇとこは直してくれって言われてるんだから」などと言い出して不安に追い討ちをかけた。その事も「そんな事知るか」と蹴るって言ってなかったか???当然、その後ひともめあって、落ち着いたら主人が言った。「今回の事で俺は親を親とも思えなくなった。育ててくれた恩を返せと言われるなら、盆と正月に、お茶飲みながら1時間くらいいるのが精一杯だ!」と。「対妹なら別だけど(下手にでる必要なんか無い!!!怒)親を思う分には私は何も言わんよ。帰ってやりたい時にいつでも帰ればいいわ」私は主人にそう言いつつも、結構あっさりと親のことを見限ってるのね・・・なんて思っていたが。しかし・・・今朝出がけに庭先のちょっと離れた所に舅姑がいた。無視して通るかと思ったが、主人は2人にペコリと頭を下げた。まぁね・・・。舅姑と大した付き合いも無い私の様には、あっさり「関係無い人間」とは思えないんだろう。きっと、それが血のつながりってやつで、私にはわかるようでわからない絆ってやつなんだろね。そんな絆で結ばれた息子にした親たちの仕打ち・・・親たちはそんな息子の心がわかっているのだろうか???
2005年02月01日
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