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「ひまわり」の作り方1、均等に3つ輪を作る2、ふさ2本を右から1つめと2つめの輪の間に折り上げる3、一番右の輪を2つめと3つめの輪に間に折る4、真ん中(2番め)の輪を下へ折る5、一番右(3番め)の輪を折り上げた2本のふさの輪に通し左へ折る よく締めておく。いげたができている。6、以下同じようにいげたにそって折っていく。まず、ふさ2本を下へ折る。7、左の輪を右へ折る8、下の輪を上に折る9、右の輪を左に折り、下に折り曲げたふさの輪に入れる。10、いげたができ、小さい輪が3つ、大きな輪が4つ、 バランスを整えて裏返してできあがり! ふさが下からでる状態が表になります。 できたかな~~?脳トレにど~ぞ!携帯ストラップにど~ぞ!!次回は「とんぼ」です。。。
2006.10.31
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昨日は、着付け教室の着物を着てお食事会という催し物があり京都駅まで出かけてきました。お着物はグリーンの友禅訪問着袋帯で二重太鼓を結んでお出かけははじめて。前回教室で復習をする機会があったので思ったほど時間はかからずできました。練習用にも使っている帯なので少々くたびれぎみで折れ線が。。。袋帯は使う機会が今のところあまりないので、購入して仕立てずにほってあっるものが何本かある。仕立てなければ。。。そのあと教室のお友達と四条まででました。着物好きの行く所に京都はこと欠きません。お気に入りのお店を見つけてしまいました。よく知られていはいるようですが、あまり誰にも教えたくないお店です。ブログに来て下さる着物好きの方にのみ内緒で。。「だいやす」特に2階はお店の人とおしゃべりしながら一日中でも居たくなるようなところ。漬け物屋さんではありません。帯締め2本、道行きコート、黒系の名古屋帯をゲット。お友達とお店の人に帯選びを手伝ってもらう。やはり私は地味なのを選ぶ傾向があるらしい。年いってきたら派手なのえらばなきゃと言われ、そうか自分の年齢を自覚していなかったのかと反省。お友達は紗の道行きコートをゲット。素敵な色でした。お茶をしに大丸の「イオリ」へ。抹茶パフェで一息。パフェの横に一人一人異なるしおりが添えられていました。「十月 神無月 諸国の神々が出雲大社に集まる所から神様が留守になるので神無月。出雲では神在月となります」出雲で神様の会議か学会でもあるのでしょうか?10月ももう終わりですね。
2006.10.29
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昨日のお着物。ピンクの格子と黒の半幅帯。(地味じゃないでしょ~。)格子柄はおはしょりのおくみ線だけでなく、格子の横の線も真っ直ぐにそろえないといけないので難しいと言われました。この日は近くの老人ホームへ音楽療法の演奏のお手伝いに。おおかた認知症の方なのですが、よく覚えていてくださり、楽しみに待っていてくださいました。無表情な顔がにっこりと笑ったり、普段歌等歌うことの無い方がよく歌っていたので驚いたと、誰より日頃身の回りのお世話をされているスタッフの方が小さな変化に気づき表情が明るくなるのが印象的だった。スタッフがその変化により接し方も変わり相乗効果になるのではとふっと思った。病気が回復するように数値的な判断や評価の基準がなく難しい点、音楽療法はまだまだ社会的に認知度が低い。そして反対に善意と思って行うボランティアの活動が仕事としている人の足を引っ張っていることにつながると思うと、複雑な気持ちにもなる。芸術性の高い歌や演奏を受動的に一方的に聞くだけより、音楽に参加していく能動的活動の方が体や記憶に刺激し、認知症の高齢者の方にとっては有意義な音楽の形であるとも思う。馴染みのない高尚な芸術より、生活になじんだ人生の一部である歌える歌1曲の方が価値が高い場合がある。うまく考えがまとまらないけれど、人間として生きているかぎり動物として動き続けること、にっこりと表情が和らぐ瞬間、、そしてどう年をとっていきたい、どうありたいと思うのか、を考えさせられる時間である。
2006.10.28
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いいお天気ですね。。。昨日のお着物。先染め、花織。地味ね~と、どこへ行っても言われました。八掛けが紫だし、50になっても60になっても着れるわよと。。そうか地味なのかぁ。。。この日のお教室では、飾り紐の「ひまわり」と「とんぼ」を習いました。それから補正下着の作り方の説明で、1ヶ月後までにお針仕事で完成させるようにということです。飾り紐の記録と、先週のセミナーの内容を時間みつけてアップしたいと思います。
2006.10.26
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昨年ラマチャンドラの「脳のなかの幽霊」を読み「共感覚」という言葉に、学生の頃興味を持って読んだ本、中村雄二郎の「共通感覚論」を思い出した。後者の方が哲学として概念が広いのだがその原点・根拠が脳科学で科学的に解明されてきているということなのだろう。幼児にピアノの鍵盤の位置、或は音程(ドレミ)を教える時、ドは赤、レは青等シールを鍵盤や五線紙に張らせたりする方法があるが、ずっと疑問に思っていた。ラマチャンドラの本には脳のモジュールが、遺伝子の突然変異によっても、別々に隔離されず誤ってクロス配線され、共感覚が生じ、特定の音を聞くとドのシャープは赤、ファのシャープは青など特定の色が換気されるとある。もし共感覚をを持っている子供に一方的にの色を決定して与えてしまえば混乱してしまうかもしれない。ハーモニーを色に置き換えることもある。トニックの1度の和音を青、ドミナントの5度を赤、サブ・ドミの4度を黄等、また提示部、5度調への転調や展開部など構成を調性で色わけしたり、ポリフォニーの声部をそれぞれ色わけしたりもする。講師の都合で、教材の都合で一方的に色を決めてしまうことは親切でないように思うし、効果的でないのであろう。この仕事で練習をしてこない生徒のレッスンが一番つらい。ストレスになる。その原因もこの本に書かれていた。フロイトの防衛機能の1つ否認であり、サルの「ピーナッツつかみ」らしい。防衛機能の否認は意固地に嘘を言っているのかと、認識の問題より嘘をつきたくなる精神的な基盤のほうが問題なのかと思っていたが違うらしい。体に麻痺のある患者が腕を動かして下さいと言うと動かしたと答え、さらに病態失認のある患者が他の麻痺のある患者の障害をも否認する例を挙げている。これはサルの「ピーナツつかみ」のニューロンの発火と同じだと。サルが特定の運動をする時に発火するニューロン群があり、サルが手をのばしピーナツをつかむ時にニューロンが発火し、別の細胞は何かを引き寄せる時にまた別のニューロンが発火する。そしてリゾラッティという人がこれらのニューロンの一部が他のサルが同じ行為をしているのを見ると発火することを発見し、これを「ミラー・ニューロン」と名付けた。別名「サルまねニューロン」。生徒と同じ楽譜を見ながら私の頭の中では、バーチャル・リアリティーとして内的にシュミレーションで両手が動き、この「サルまねニューロン」がピカピカ発火しているのに、なるべき音が鳴らず、なるべきタイミングに音が鳴ってくれないので多大なるストレスを感じるのだ!(なんと因果な商売。。)反対に試験の審査で受験者が思い描いたニューロンの発火にそって音を、音楽を鳴らしてくれると特別にいい点数をつけてしまいたくなる。それまでの受験者の演奏がニューロン発火にそわずストレスを与えてくれるものであればあるほど。。最近、初見をレッスンに取り入れるようにしている。ストレス値が最大になる一瞬だが。練習をしない、できない人の原因のひとつに初見が弱いことが多いからだ。片手ずつならすらっと弾けても両手になるととたんに金縛り状態になる。フラッシュ・カードで瞬時に音名と鍵盤の場所が認識できても、どの指で弾くか、前からの流れでどの指を使うかを判断できず、一定の時間内で音を処理する(一定のテンポで)ことができず、とまり弾き、つっかえ弾きがおこる。大人の生徒さんに今悩んだのは右手左手?音?鍵盤の場所?指番号?と質問して流れを止めた原因は何かを尋ねている。これは子供のレッスンではやりにく。結果子供の場合には練習してきて!とお題目を唱えるだけになってしまう。大人のレッスンを中心にやっているいことに感謝してしまう今日この頃だ。頭の中で何が起こっているのか少なからず言葉を通じて観察できるから。ドレミと楽譜が読めると右手のどの指を動かすか自動的にわかるが、左手の場合へ音記号の音が読めても指番号に結びつきに人が多い。真ん中のドに親指を置くとソの音は4の指(薬指)で弾くと判断が、ニューロンが発火してくれない。楽譜を読み鍵盤を弾くという作業には多くの置き換え作業があるとペース・メソッドの講座で聞いたのを思い出し、今更ながらなるほどと納得する。置き換え作業のどの段階でつっかえているのか、それを探るのが講師の仕事でもあるのだ。大人の生徒さんの中には、ボケ防止にと思ってピアノをはじめたという方が多い。はじめは「そうらしいですね~」なんてお茶をにごしていたけれど、脳トレが流行だしボケ防止のピアノに「どうぞどうぞ」の大歓迎状態。脳の使っていない所をどんどん使って指、手、体を使って,なおかつ素敵な音楽がすこしでも弾けて、ピアノの音で安らぎ、いいわねぇとでも最後に他人から言ってもらえたら、こんなに健康にいいことはないじゃないですか!ラマチャンドラの本は面白い!「脳のなかの幽霊、ふたたび」を借りてきて読んでいるところ。翻訳者を見ると「共感覚者の驚くべき日常」と同じ人だと今気がついた。本棚のどこかにあったなぁ。。さがそっと。読みながらストレスを知的好奇心で癒す、、というかまぎらわす日曜日。
2006.10.22
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明日になれば忘れてしまいそうなので、「梅」の作り方を記録しておきま~す!太い方がわかりやすいと思い、帯締めで作ってみました。1、ひもを半分に折り,さらに半分にし、輪の部分を双葉のようにします。 写真の下はふさの部分。2、下になっているふさを2本とも上に折りあげます。 輪になる部分には指をいれておきます。3、双葉の左側を、下から折り上げたふさの上をとおり右に折る。4、次が少し難しい!双葉の(もともとの)右側を、上から斜め左下に折り、輪の中にとおす。5、上向きになっているふさ2本を下向きに折る。6、左側にできている双葉の1つをふさの上から、斜め上に右に折る。7、右側にある双葉の1つを下から斜め上に左側に折り、ふさを下に折った時にできた輪にとおす。 (写真では団子状態になっていますが、、わかるでしょうか?)8、梅の花びら5枚をバランスよく広げてできあがり!こんな説明で伝わるでしょうか。。是非作ってみてねぇ~!追記:ごめんなさい!最後の写真は間違いです。裏返しにしてふさが下にくる状態が表で、できあがり。 最後は裏返してね!
2006.10.18
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久しぶりの着物でした。今日のお着物は、銘仙の袷です。いつものように、、安易に、困ったときの黒の半幅帯です。行きは2枚のお文庫にしていたのですが、帰りは先生がアレンジして下さいました。羽を上と下にずらした蝶でしょうか?なんという名前かは聞きそびれましたが。いつも楽しそうに結んでくださいます。生徒さんには優しくて、、幸せに人生を歩んで来られた方なんだろうなとふっと思いました。今日は一反の布をセットしてピンワークで着付けをしました。反物では分かりにくい着物の雰囲気がピンワークで仕立てたようになります。もうひとつ、飾り紐を使って「梅」の作り方を習いました。脳トレにいいかもぉ~。(復習しておかないとすぐ忘れてしまいそう)お天気もよく着物日和な一日でした。
2006.10.18
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懐石料理の会は今日で最後のお料理でした。霜月の料理 先付 秋茄子ずんだ和え 向付 ヒラメの薄造り 焼物 秋刀魚幽庵漬 御飯 栗ご飯師範代のうつくしい盛りつけ。いくらが天盛りされるだけで500円アップ!なんて言っていました。細かいお仕事、これが料理屋さんのお仕事ですって。今日は3名で作業しましたが、私たちが作ると、、内容はほぼ同じなのですが,器や盛りつけ、飾り付けの違いでこうも異なるものに。味は同じなんですよぉ!先付は茄子以外に里芋でもよい。昨晩の里芋の煮物が次の日にはスライスしてオーブンで焼いて、白和えに枝豆を粗切り、すって「ずんだ和え」にして鞍がけに。茄子は小鉢の時には横長に、盛り合わせの時には輪切りで。向付のヒラメは5枚おろしにする。真ん中の骨に切り目を入れ表2枚、裏2枚と中骨の計5枚に。薄造りはポン酢でいただくとおいしい。市販のポン酢にかつおとこぶを入れて三日間寝かすと,ポン酢の酸味がまろやかになる。黄菊は酢を入れてよく湯がくこと、花びらなので湯がき方が浅いとアクがでるので。焼物のさんまは3枚おろしにしてかざり包丁を入れ,幽庵汁(だし汁、濃口、みりん、酒同量を加熱後さます)に1時間浸けておき、つまおり(尾を丸めて)オーブンで8分間焼く。栗ごはんの栗はくちなしの実を入れて堅湯がきにすると色がきれい。やっぱり懐石料理は家で作る物ではない!食べにいくもの、と最後のお料理でもつくづく思いました。でも素材を手を変え品を変えいろいろな料理に変わっていく発想はたいへん勉強になりました。ごちそ~さまでした!
2006.10.16
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先週の金曜日、きもの文化検定対策セミナー第2回目に参加してきました。仕事を終え特急に飛び乗り、まず着付け教室の合同授業「染と織」に参加し、それからのセミナー参加でした。早めに会場に着いたのですがもうすでにまだクローズドした教室前には列ができていました。四国や名古屋からの参加者も。興味のあること、知らないことを知るというのは年齢に関係なく楽しいことなのでしょう。前の席を確保しようと熱心な方が多く、教室がオープンと同時に前列めがけて駆け出していました。。昼のコースは150名で、夜は約300名。立ち聞きによるとすぐ参加者がいっぱいになってしまったので大教室に人数を増やしたとのこと。ということで今回も熱気ムンムンで始まりました。この日の講師は安田多賀子先生(小笠原流礼法三十二世直伝師範)で、講義内容はテキストの以下の章立てと広い範囲に渡りました。第15章はビデオ、第16章は時間切れでした。 第 8章 ゆかた 第 9章 コーディネート 第13章 きものを着る時に必要な物 第14章 各部の名称 第15章 収納と手入れ 第16章 マナー第 8章 ゆかた ゆかたの由来は「湯帷子(ゆからびら)」からきていいる。昔のお風呂には2種類、蒸し風呂(サウナ風呂)と湯につかる風呂があり、蒸し風呂に入る時に1枚着て入ったもの、また江戸時代に風呂屋ができ湯女などがいる社交場として機能し、そこでスローブのように湿り気をとるものとしての「ゆかたびら」が現在入浴後夕涼み等に着られるようになり「ゆかた」となった。素肌に直接着るもので、本来白地、紺地だったが現在では色彩豊かなプリントものがたくさんでている。「長板中形」という長い板に張り付け染め、柄の大きさが中型のもの、「紅梅」という生地(地が透けて見えるように格子に太い糸が織り込まれているもの(綿、絹どちらもある)。街着として着るには柄を選び、半襦袢に衿をつけ足袋を履き、草履を履けば可能。帯は半幅帯が一般的。兵児帯は以前は子供や男性用の帯とされていたが、最近は洋服地でカラフルなものを市販され大人の女性向きの兵児帯も増えている。男性と女性のきものとの相違は、おはしょりがない、衣紋をぬかない、帯を腰の位置で締める。男女とも左前があたりまえですが、先生の関わられたテレビで視聴者からクレームがあり「女性が左前の着付けで間違っている」と、デレクターも何も知らず驚いて伝えてきたというエピソードをお話されていました。そういえば着付け教室のお友達が、若いお母さんが子供に男の子の浴衣は左前で、女の子には右前に着せていたので教えてあげたという話をしていたのを思い出しました。第 9章 コーディネートコーディネートの項目では、1、素材の調和、2、柄の調和、3、ストーリが必要という3点からお話がありました。素材の調和:紬、小紋という説明は本来同一の基準では並べられないものである、なぜなら紬とは先染め(織りの着物)ということの説明で、小紋というのは小紋柄という柄の説明だから。紬はカジュアルな素材である。まずは素材の選択で「着物ありき」で着物が決定したら、八掛けの調和、帯、帯揚げ、帯締め、伊達衿との調和が決まる。柄の調和:古典柄、モダン柄か。着物に柄があり、帯にも帯揚げなどすべてに柄がありこれらをうまく調和させているのが日本文化の特徴であるという興味深いお話をされていました。例えば日本料理では料理毎に器の柄が異なるが、西洋料理では統一した柄の大きさ形態の異なる皿などで出される。(ウ~~ンそうだなぁ。。)ストーリ性:花には蝶というように関連のある柄を自分なりにストーリを作ってみましょうということでした。また色の組み合わせの点からの調和では1、同系色の濃淡、2、同系色、3、反対色、4、着物の柄の中の1色を合わせる、という4種の点から、着物、八掛け、帯揚げ、帯締めの調和のお話がありました。品格のある合わせ方をしたければ同系色の濃淡でというのはよくわかりますが、2番目の同系色とは何か?同じ赤でもリンゴとトマトでは異なるということ。リンゴは青みが強く、トマトは黄みが強いので、リンゴの赤には青を合わせ、トマトの赤には黄を合わせるということでした。(知らなかった~)フォーマルには品格高く同系色でまとめ、パーティーではモダンにつまり反対色などで。(パーティーは派手な方がいいということ?代名詞だったんだぁ。。)着物と洋服では分量が違うので必ず着物の上に実際においてコーディネートすること。履物は、色の濃いものだと足元が目立ってしまうので薄めの方がよい。フォーマルな時はもちろん白、薄い色。赤い振り袖に赤い草履は足元に視線がいってしまい主張してしまうのでやはり白の方がいいとのお話もありました。第13章 きものを着る時に必要な物*下着や小物類は生涯使えるのでよいものを。*足袋は綿が一番気持ちがよい。ナイロンの伸びる足袋は足の形もあらわになってしまうし、絹の着物にナイロンでは摩擦で着物にはよくない。*裾よけは一番汗を吸う上のみ綿である。*半襟は塩瀬。肌に一番触れる物は不愉快でないものを。ウールは不愉快。*伊達締めと伊達巻きの違い:前者は両端が柔らかく、後者は全体が硬く細い紐がついている(私は伊達巻きって知りません。食べ物しか。。)着崩れの一番の原因は凸凹があることで、それをカバーするため補正をしたり、伊達締めが必要である。特に帯を巻くのに着物がずれないことが伊達締めの役目である。長襦袢に伊達締めが必要なのは裾を安定させるため。ただし、伊達締めや腰紐などの結び目のかさも計算しなければならない。*えり抜きはその人の個性である。平安時代はたれ髪で帯も巻くだけで、必然的に衿は抜けなかったが、江戸時代まげを結いお太鼓を締めはじめたことで、それ以前詰まっていた衿が抜けてきたとのお話でした。つまりえり抜きは髪型と帯結びの変化によって変わってきた。(う~んなるほど~)*そしてこの日もまたでました、綿芯のお話。安田先生も綿芯が一番楽だと。それも洋服の衿のようにバイアスの綿芯を特別に注文されているとのお話、でもそのお店がなくなりどうしよ~かと。。*腰紐はモスリンが使いよい。ゆるまず、かさばらず、色落ちしないものを(汗を一番吸い取ってしまうので)*前板は本来巻きながら挟むのものだった。色々種類はあるが高い位置で帯を結ぶ場合長めの柔らかい前板がよい。*帯枕もいろいろあり、どんな帯を結ぶかにより選択すること。日本舞踊をされる方は大きなお太鼓を使っていることが多い。留袖は大きめ、小紋は小さめ、旅行用には長枕が楽、といろいろ持っていると便利。パンストのような地はくい込むのでガーゼのほうがよい。*末広:結界として自分と相手との間に隔たりを置き、礼をつくすためのものである。立礼の時には右手で持ち、帯の左に親骨がが見えるようにさす。昔,結婚する時に「金銀からす」といって金銀黒と3本の末広を準備したが現在では、1本で片面金、もう片面銀の1本のみになった。紙の面が見るようにはささないが、親骨の金銀どちら見せるかは好み。白無垢の時は銀、色打ち掛けの時は金~これもコーディネート!第14章 各部の名称和裁をされている方にはなんてことないんでしょうが、若葉マーク付きの私には。。棒衿、広衿、ばち衿の説明、女性の着物、長襦袢のほとんどは関西仕立て、衿と裾までが続いたものが関東仕立て。着物とは一反12mを8つに切り、洋服のように切り落とした部分が一切無い。一反の反物にもどすことができる、合理的工夫がいっぱいある日本文化のすばらしいところだと。男性の着物を女性物にすることもでき、おじいちゃんの大島紬ががおばあちゃんの着物に仕立て直すことが可能なので絶対に捨てないでというお話でした。着物を通して日本文化の工夫、すばらしさが再認識させられたお話でした。あと2回頑張ってお話を聞いてきます。
2006.10.15
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第4回目の練習に参加。これで参加最低回数をクリア。3週間ぶりだったので声もあまりよく出なかった。高音部が出にくい。。年だぁ。ハートフル・メッセージ「2006年、私が、がんばったこと!」を書くカードをもらった。『ことしどんな1年でしたか?日々の努力から大きな挑戦まで、今年頑張れた!自分をほめてあげたいな!と思うことを綴ってください。』と書かれている。毎年自分なりに頑張っているつもりだが、今年はあまり頑張りが実を結ばなかった。努力しても自分一人ではどうもならないこともある。違った方向に頑張りすぎてへとへとになってしまうこともある。無駄だったとは思いたくない。幻に一喜一憂し、つらいことによく耐えたね、とほめてあげようか。。1つだけいいことがあった。昨年、8mmの胆石が見つかり、食事には気をつけて様子を見ていたが、先週1年後に再度検査し全く消えていた。「胆石はこれで一様卒業ですね」と言われ,安堵感。他の検査で想定外で見つかり、思いがけず消えていた幻のような胆石だった。つらいことと一緒にさよならの幻、胆石でした。
2006.10.15
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2日前のお料理教室。このコースの最後のお料理でした。ど~~んとおいしい「豚の角煮」でした~~!メニュー 豚の角煮 炒り豆腐 かぶのアチャラ漬け きのこ汁豚の角煮は絶品!!!是非得意料理の1つにしたい!豚バラをひたすら60~90分下ゆでし、調味料を入れ煮て最後にしょう油を入れ焦がさないように煮詰めるだけ。 豚バラ 600g おから 50g(豚の脂を吸い取る) 水 カップ3 酒 カップ1/2 砂糖 大さじ3 しょうが ひとかけ(15g) ネギ 20g しょう油 大さじ3かぶのアチャラ漬けのアチャラとは甘酢に赤唐辛子を加えたものをいい、ポルトガル語のアチャーラ=野菜、果物の漬け物が語源だそうです。かぶはひげ根のところからリンゴのようにむくといいらしいです。(私は反対から剥いていた。。)薄くしすぎると歯ごたえがなくなるのでくし形1cm位で塩をふっておくと案外柔らかくなる。豚の角煮のこってりしたお料理にはかぶのアチャラ漬けは酢が利いていて口の中もさっぱり。いい組み合わせです。 ~甘酢~ 砂糖 大さじ1 酢 大さじ2 塩 ひとつまみきのこ汁はにぼしで出汁をとる。にぼしはしっかり乾燥したものを選び、頭と腹をとり冷凍室で保存可。水3カップに対しにぼしは手のひらにのる分。水に前もってつけておく。(前の晩から。。)きのこ類は使う直前に水で振り洗い。水に長く浸けすぎないこと!出汁を取るときは臭いがこもるのでふたをしない。なめこは最後に。みそは煮えばな(=鍋のふちがふつふつとわき上がる状態)が一番おいしい。今日、早速「豚の角煮」「大根のアチャラ漬」「きのこ汁」を復習しました。どれも家族には好評でした!!これから得意料理はと聞かれたら迷わず「豚の角煮」と答えたい。けど誰も聞いてくれない。。さびし~。でも、ごちそ~さまでした!
2006.10.12
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アップするのが遅くなってしまいました。神無月の懐石メニュー 先付け 糸南京白和え 煮物 野菜飛龍頭 酢の物 かます緑酢がけ 御飯 蛸飯糸南京という素材ははじめて使いました。たぶんいただくのもはじめて。つま等にも使うそうです。飛龍頭はできあえのものを使うことが多いので、手づくりは初めて。ボリュームもありおいしかったです。れんこんは湯がいてから剃るとそのまま丸めてお団子にできるので湯がくこと。すり身の量が多いと硬くなる。豆腐でもよい。ごぼうは笹がきにして油で揚げ天盛りに。飛龍頭は黒くなってしまうので高温では揚げない。揚げたらすぐに油抜きをすること。飛龍頭を炊き合わせする時は必要は無い。あんについて、片栗粉はかためのあんができるが時間が経つと流れる、吉野葛のほうがよい。れんこんで「花れんこん」と「雪輪れんこん」との包丁の入れ方をおそわりました。花びらのようにするか雪輪にするか。。酢の物は、かます以外に太刀魚、さんまでもよい。みぞれは大根で、緑酢はきゅうりを剃る。かますは3枚におろして,塩をふるのではなく、玉酒(水と酒同量、塩少々)につける。みょうがは中の白い所のみ針状に切る。湯がいてざるにあけ、冷まして甘酢につけると色がつく。蛸飯のたこはするめ状のたこでもおいしい!ごちそ~さまでした!
2006.10.12
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先週金曜日に「きもの文化検定対策セミナー」の第1回目の講義に参加してきました。18:20からの受付と記載されていたので15分くらいに着くように行ったのですが、もうすでに開場していて席は半分位までうまっていました。お着物の人が多いのではと思っていましたが,お仕事帰りの参加だからでしょうか、お着物の方は数える程でした。年齢もさまざま業界の方か男性もいらっしゃいました。わたしの隣は着物は2~3年前から着はじめて着物関係の会社に今年入社した若い女性、そのお隣は着物は成人式くらいにしかまだ着た経験が無いが興味でセミナーに申し込んだ方、わたしの前方は若い男性でした。そのお隣は年配の女性の方、いろいろと熱心に質問されていいた年配の女性のグループはおそらく着付けの先生方、離れた所に男性2~3名で座っていたのは業界関係者?、あと西陣の関係者など、会場は熱気にあふれ、講座は始まりました。第1回目の講師は「三宅てる乃アカデミー校長」三宅てる乃先生で、『きものの基本』というテキストにそって第1章から第4章までの講義で、壇上にはお着物帯、小物などいろいろと展示されて、前面のスクリーンには大きく画像が映し出され、先生のお話は興味深くあっという間の3時間でした。第1章 着物・帯・小物 *きものの種類:素材着物の種類には、先に染めてから織る「先染め」、白地を織ってから後で染める「後染め」があり、紬は「先染め」。<紬(正絹)>糸はどのようにできるのか?かいこを熱湯につけると分泌物を出しそれが空気に触れると糸状になり、それを引きいったん真綿状にしたものをこよりのように手で紡ぎ、一反の反物にしたものが「真綿紬」というものである。手で紡ぐ時に大きな節になったり、細くなったりするのでこれは難物ではないですよと。玉糸とは2匹以上のかいこが一緒になってひとつのまゆを作った少し太めの糸のこと<お召し(正絹)>西陣が産地で西陣の帯の組合とは別にあったくらい盛な時期があったが、一時下火になり最近またいろいろなものが開発され市場にでてきている。お召しは「先染めのちりめん」のこと。ちりめんは一般的には後染めで使う生地が多いが。11代将軍徳川家なりが好んで着たもので、庶民には着ることを禁じたりお召し料をとったというところから「お召し」といわれたという説、高貴な人が召したから「お召し」といわれるという説がある。西陣の絣お召しなどもある。<木綿(綿)>木綿を代表するのは「久留米がすり」。久留米のお米屋さんの娘で機織り上手な井上伝さんが何か変わったものを作りたく思い、自分の着ていた着物をほどいて、すり切れた糸で織ったところに色のかすれたところができ、これをヒントにかすりを作ったらしい。普段着、野良着として使われ,藍染めにすることであぶや虫除けになった。ところどころ斑点ができたもの、かすったものがかすりである。*着物の種類:染め上がった状態での種類;着物の格による種類格が難しいので着物を着るのがいやになることがあるが、常識程度に知っておきましょう、特に留袖と喪服について絶対間違わなければいいとのことです。<黒留袖>の特徴は、黒字で5つ紋(背に1つ、両袖2つ、胸に2つこれを抱き紋という)、絵羽裾模様、江戸づま、比翼仕立てであること。<色留袖>は、黒以外の上品な色、正式は5つ紋、用途に合わせ3つ紋、比翼仕立て<訪問着>は、仮絵羽にして全体に柄が続くように描かれ染められた絵羽模様。一番分かりにくかったのが「付け下げ」。<付け下げ>は付け下げ風の染め柄のこと。柄が逆さまにならないように柄が付けてあるもので、胸や脇までで柄がとまっている。絵羽模様のように胸から肩の後ろにかけて花の柄が続き,後ろで花が逆向きになることがない。代表的な物が「付け下げ着尺」で、脇まで柄が続いているものは「付け下げ風訪問着」、青海波がある箇所逆になったようなものは「付け下げ風小紋」という。(「付け下げ風」って付け下げ??ますますわかりにくなってきた???)詳しい説明がいろいろありましたが以下特に面白いなと思ったのは、(あまり本道ではありませんが)大阪で喪服は親族以外は着ないということ、もとを辿れば業者が決めたことに行き着くようですが風習なので、お世話になった知り合いのおじいちゃまのお葬式にお着物の喪服で行くと「故人のいい人」と思われるそうでやめたほうがいいようです。滋賀には白喪服というものがあり、故人の奥様は黒喪服、小姑は白、血の濃い人は白喪服と会場のある方は「6人白喪服」を着ると言っていました。(知らなかった~)帯のところでは、飛び柄(お太鼓柄、わたしの行っているところではポイント柄と言っています)では前にくる柄とお太鼓の柄との寸法が重要。特に染め帯、刺繍帯の場合にいい加減な寸法のことが多くたれ先が長過ぎうまく巻き込めないことがあると。そういえばオークションで買った帯で長過ぎてお太鼓に収まってくれない帯が何本かあったけ。これが原因だったとは。。。お太鼓柄からたれ先まで80cmあればいいがそれ以上だとこういうことになってしまう。染め帯、刺繍帯の時には要チェック!!!名古屋帯で九寸を買う時には芯が必要であるということ。8寸の場合は芯無しつき合わせとかえり分の仕立てのみでよいので、自分でもできるかな?それから開き仕立て(鏡仕立て)といって裏は別の裏地で仕立てたものもある。京袋帯は名古屋帯!しゃれ袋は、業者が勝手に作ったもので定義が無く礼装、正装以外に使える。(先生も嘆いておられました)色無地は慶弔どちらにも使えるが色目はもちろん地模様に気をつけてどちらにもさしつかえないものを選ぶ必要があるということ。亀甲の地模様はお祝い事にいいが、蓮はお悔やみの時のみ。先日色無地を購入するお友達に付き添いましたが、地模様があるほうがゴジャースよね、なんていって選んでいましたがどんな地模様だったか確かめてなかったような。。衿芯のお話もありました。9分通り長襦袢の襟元で着付けは決まってしまうので衿芯は綿芯がいいとのお話でした。ナイロンの衿芯だと素材の性質上立ってしまうのでどうしても胸元が空いてしまう。また衿にしわができるのは芯と衿幅の長さがあっていないから中で動きしわになってしまうとのこと。(わたしのことだ。。。ナイロンの衿芯で中で動くのでしわになり浮き立つ)このお話の時会場はどよめいていました。私の行っている教室でもこのあたりの美しい半襟の付け方のことは秘伝のようでインターンの方もなかなか教えてくれず、絶対学院以外の人には漏らさないようにという雰囲気です。(おぉっ、こわ~)男性には喪服が無く、第一礼装が喪服でもあるということ。黒紋付・羽織り・袴で結婚式もお葬式も大丈夫。(知らなかった)講義の最中,終わってからも活発な質問がでていました。主に年配の着付けの先生らしきかた方からでしょうか。。知らないことがいっぱいで。テキストにでてくる「袖無し羽織り」は陣羽織のことかと質問があり、おしゃれ着と書かれているが陣羽織は格式が高いのでは?とか。3時間、中休憩10分間の講義、眠たくなるかなと思っていましたがノートを採るのに必死で、なれない漢字がすぐにでてこないし、、海外での着物ショーで外人さんに着付けをされたこと、松田聖子や郷ひろみにも着付けをしたお話、アイドルは自分で足袋も履けないのよなんて、、(松田聖子って自分の着物ブランドもってましたよね?)また山口百恵にはじめて着物を着せたなど、お話上手で面白くあっと言う間のセミナー1日目でした。これからあと3回、たのしみです!
2006.10.08
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久しぶりに友人と会い「コリス」というお店でおいしいランチをいただきました。アンティチョーブのくるみサラダにはじまり、パテ、ハンバーグとサーモンのフライ、ブルーチーズのリゾットとどれもおいしくてボリューム満点、話もはずみ楽しい時間をたっぷり過ごすことができました。マスターも奥様も素敵な方でまたいろいろなメニューをいただきたい、でも誰にも教えたくな~い内緒にしておきたいお店でした。雑誌に載るお店はどこも長い行列か予約すらできず、でもここは地元の人が楽しみにやってくるそういう雰囲気を大切にしているようなお店でした。いいお店に出会えたことに感謝!このお店にたどり着く前に目に入った「幽霊子育て飴』を売る小さなお店、気になりもう一度確かめてみようと行ってみた。今日のあの世とこの世の入り口をのぞき見る大きなきっかけとなった看板である。子育て飴の伝説は落語にもなっているそうだ。六道珍皇寺の門前にあった飴屋に、夜遅く青白い女が一人戸を叩き一文銭を差し出し飴を売ってくれといい、それが六日間続いた。あれはただものではない、明日銭を持ってきたら人間だが持ってこなかったら人間じゃない。死ぬ時三途の川の渡し銭として六文棺桶にいれるから、それを持ってきたのではないかと。七日目女はやってきて銭は無いが飴をひとつと言う。飴をわたしそっと後をつけると高台寺の墓原に入っていき消えた。幼児の泣き声が聞こえ掘り起こすと、お腹に子を宿したまま死んだ女の墓で子どもが産まれていた。母親の一念、飴で子どもを育てていた。飴屋が引き取り育て高台寺の坊さんになったと言う。子を思う母親の一念で飴を買って子を育てた。それもそのはずこの場所は「こおだいじ(子を大事=高台寺)」(お後がよろし~ようで。。)その由来を聞き、六道珍皇寺へ行ってみることにした。8月の五条坂の陶器市に行った時、この陶器市のはじまりが毎年8月7~10日にこの寺で先祖の霊をお迎えする「六道まいり」に関係があることを知った。この六道珍皇寺の東、清水寺の南辺りを鳥辺野といい、化野、蓮台野と同様、当時の習慣であった風葬するためこの寺の門前を通る松原通りは亡骸を運ぶための通路であり、最後の法要を行った場所だったということです。また六道珍皇寺のあたりは「六道の辻」と呼ばれ、「六道」つまり仏教でいう「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天人」というこの世での行いによりあの世に生まれてくるところを閻魔大王によって決定される6つの道の交差点、この世とあの世の境といわれていたのです。そしてその閻魔大王のもと閻魔庁にて冥府の官吏として勤めていたのが小野篁。遣唐使に命ぜられるも批判的であったため隠岐に流罪の刑になるが武芸に秀で、漢詩人、学者、百人一首にも採られる歌人という秀才ぶりに官吏にかえりざくほどの人物であり、昼は現世の官僚として働き、夜になると地獄の冥官として働いていたという伝説がある、嵯峨天皇につかえた平安初期の官僚です。「わた原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ天のつり船』(百人一首)は小野篁の句。六道珍皇寺の閻魔堂には閻魔様と小野篁像がまつられていました。格子からのぞくと閻魔さまのガッと見開いた目にたじたじ。。この小野篁が閻魔庁の官吏として現世と冥界の間を行き来するのに使ったのがこの井戸でした。亡き母の霊に会うためこの鳥辺野にある六道珍皇寺を訪れ、冥土に通じると言われるこの井戸を使ったのが最初だったようです。冥土通いのために往来した、その帰路の出口として使いこの世に戻ったところが嵯峨の大覚寺南付近の六道町の一郭に明治の初め頃まであったとされる福生寺の井戸であったという説もあるようです。今はその寺は無く、井戸の伝承は清涼寺西隣の薬師寺に引き継がれている。嵯峨の奥、化野も当時葬所であったのでここにも「六道の辻」が存在していて篁が冥府の帰路に出口としていたとする説もうなずける、と解説されていた。近くまではいけず、格子の間からそっとのぞいて見ていました。あそこから異次元へ。。。今日のおみやげ。幽霊子育て飴。阿闍梨餅。友人からいただいたブルーベリー・ジャム。五条坂の陶器市が催され、清水寺へ行くのによく通る五条通り、昔は松原通が五条通りだったそうだ。地図を見るとこの松原通の方が川を渡り真っ直ぐ清水寺にのびている。一件の洋食屋さんを訪れたことで、あの世とこの世の境めを見に歴史の中に迷い込んだ時間でした。
2006.10.02
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