MoMo太郎日記

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2023年07月25日
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カテゴリ: 下町


墨堤通りに出て、首都高速の向島ランが見えてきたところで、



こちら )のお店があります。



こちらの説明板「正岡子規仮寓の地」によると、近代日本を代表する俳人の正岡子規は、向島周辺の景色を好み、大学予備門の学生だった子規は、長命寺桜もち「山本や」の2階を3ヵ月ほど借り、自ら月香楼と名付けて滞在して歌を詠んだそうです。



こちらの説明板も長命寺桜もちのお店の横にありました。「三浦乾也旧居・窯跡」です。
三浦 乾也(みうら けんや)(→→→ こちら )という人、江戸幕府の御用人の家に生まれ、ckb@ 陶業を始めたのですが、長崎で造船術、金属加工技術などを学び、安政3年には仙台に招聘されて総棟梁として帆船「開成丸」の建造に携わった人物です。
明治に入って居を東京に移し、明治8年(1875)年54歳で向島長命寺に移り、境内の一隅に築窯し、根付、印籠、帯止めなどの創作に励み、68歳でなくなったそうです。特に簪(かんざし)の珠は「乾也玉」の名で流行したそうです。
また、明治時代に言問団子で使用されていた皿は、乾也が焼いたものだそうです。



墨堤通りを歩いて長命寺の方に向かいます。
そうすると、こんな石碑を発見。



「墨堤植桜の碑」というそうです。


墨堤の桜は享保2年、八代将軍吉宗による植樹がその始まりだそうです。文字は全く読めませんが、明治20年建立のこの碑にはその桜の由来が書かれていて。てん額は榎本武揚の書だそうです。



こちらにも石碑が建立されていました。



文字がかすれて読みにくい説明板。



苦労して読んでみました、


都鳥さへ夜長のころは水に歌書く夢も見る
ここに刻まれた都鳥の詩は、日本童謡民謡の先駆、巨匠野口雨情氏が、昭和8年1933)、門下生の詩謡集の序詞執筆のため当地に来遊の折、唱われたものである。
東京都民の心のふるさとである隅田川ぞいを飾るにふさわしい作品として、記念に刻し、永遠に保存する。
 昭和63年(1988)10月9日 墨田区



ということで、達筆すぎて文字が読めなかった石碑には「都鳥さへ夜長のころは水に歌書く夢も見る」という歌が刻まれているんですね。





(両国から向島を歩くコース)



【つづく】


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両国~向島文学散歩(その13) 長命寺桜もちと正岡子規仮寓の地





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最終更新日  2023年07月25日 00時10分13秒
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