



曳舟川の由来
曳舟川の名は、江戸時代中期から、明治15年頃まで、篠原村(現四つ木)~亀有村間の28町(約3km)でサッパ船という小舟に乗せた人を、船頭が土手から舳先につけた縄を引いたことにちなんでいます。
曳舟川は江戸時代当初は、干拓・埋立が進んだ葛西領沿岸部の本所・深川地域へ、飲料水を供給した水路でした。成立は万治3年(1660)で亀有上水・本所上水などといわれていました。水源は、元荒川に設けられた瓦曽根 溜井 (現埼玉県越谷市)で、亀有以南は 古墨田川 から引いた東側の中井堀と四つ木付近まで並んで流れていました。
享保14年(1729)、葛西領の用水溜井が、小合溜井(現水元公園)に変わると、すでに享保7年に廃止されていた上水路は 葛西用 水の水路として再利用され、古上水堀と呼ばれます。曳舟は、江戸東郊の風物として人気を呼び、多くの紀行文や初代歌川広重の「名所江戸百景」などに描かれています。
昭和33年(1958)中井堀と古上水堀が一本化されて以降は、曳舟川の名のみが残り、げんざいの曳舟川親水公園へと受け継がれています。




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