




神田および千住とともに、江戸三大市場の一つであり、幕府の御用市場であった。
起源は、元和年間(1615~24)といわれている。初めは、近郊の農民が、野菜をかついで江戸に出る途中、天栄寺境内の“さいかちの木”の下で毎朝休むことを例とした。すると、付近の人々が新鮮な野菜を求めて集まったのが起りといわれている。土地の人々は“駒込のやっちゃ場”と呼んで親しんだ。また、富士神社一帯は、駒込なすの生産地として有名であり、なす以外に、大根、人参、ごほうなど、土のついたままの野菜である“土物”が取り引きされたので土物店ともいわれた。正式名は“駒込青物市場”で、昭和4年(1929)からは“駒込青果市場”と改称した。
街道筋に点在していた問屋は、明治34年(1901)に高林寺境内(現駒本小学校の敷地の一部)に集結したが、道路の拡幅などで、昭和12年(1937)豊島区へ移転して、巣鴨の豊島青果市場となって現在に至っている。






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