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2014.12.13
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力、というのは、それを担保するものがあってこそ利用できるものです。
現代社会でいう「力」というのは、行使する側とされる側の、意識・無意識にかかわらず、双方の同意の上で成り立っているものの方が多いと思うのですね。

ま、その同意の一番の基準となるのは、いわゆる「法律」ではないでしょうか。
よくも悪くも、法治国家であれば、同じ条文のもとに力は行使されます。その条文に解釈の仕方は数々あるかもしれませんが、法律による統治が行われているのであれば、この力が一番強い。


つまり、法律はあっても、その法律による統治ができていなければ、法律は力を持たない。

お金、もそうです。
紙幣である以上、金額が印刷された紙に価値があることを、双方が認めていなければ物品やサービスの対価として流通できません。
ま、これも法律という力で「これはお金という、価値のあるものです」と保証しているからですよね。

法律で保証しても、価値がなくなってしまうことはありますが。


では、その法律という「力」は、何を担保に力をもっているのか。

法律そのものは、ただの文章だったり、慣習です。それに力を与えるのはいったい何なのか。



国家権力による逮捕・監禁・罰金・長期間にわたる強制労働や禁固。
という罰則という力を背景にする場合もあります。財産や個人の時間の拘束ですね。
こういう力が背景にあるから、その法律を遵守しよう、とするのかもしれません。
罰則なけりゃ、人類は法律など守らない、という前提でもあります。性善説なんて、建前ならともかく、もしほんとにそうならマナーとエチケットだけで世の中ことはすむはずです。

でも、つきつめちゃうとね。
いざとなった時に、行使できる武力(暴力と言い換えてもいい)の強さが、双方の合意の上に成り立つ力、というのを支えているのだと思います。
でないと、武力や暴力だけを「行使できる力」と考える集団が現れた場合に、それを上回る力があることを想像させなければ、もし敵対した側が「武力や暴力」だけに頼った場合に、抑えることができません。

「法律違反だ!」って言っても「へえ、そうなの?」って、やめようとしなかったら、その法律はなんの力ももっていないことになります。法律に頼った側も、法律に力がないのなら、なんの抑止力ももちません。
でも「やめろ」の一言で、やめなければ自らの身に危険が及ぶことを認識させられれば、その行為はやめるものです。
やめなければ、その「身の危険」で、その行為を継続できなくすればいいのですから。

いわゆる世論というやつもですね。
世論に「力」があるという世論側と世論を受け止める側の双方の同意があってこそ、成り立つ力なのですよ。
ペンは剣よりも強し、のペンはその「世論」という力があってこそです。世論がなぜ力を持つか、って言えば、かつて、世論は、そのまんま暴力へと変化したことが歴史上なんぼでもあるわけですね。フランス革命とかって、権力握って暴力を行使した、ちゅう話ですよね。

この、世論ってやつをまるっきり気にしないほうからしたら、世論なんてのは暴力化しない限り、つまり身の危険や消滅の恐れが無い限り、なんの力ももたないわけです。
正しい神様の教えに導かれているんだから、神様以外の言うことなど意味を持たない、って考えに対しては世論は意味をもたない。ちょっと反撃されるとやだなー、って思ったら恐怖心とかでやめるかもしれないけど、その恐怖心すら振り払ってるんだったら、力など意味をもたない。そうすると、「あの人は変わった人」ということで、遠巻きにながめるわけですよ。神様という目に見えない力に屈するわけですね。

ただ、もしもそんなところが、少なくない「暴力」を手に入れて、神様がその暴力の行使を許しちゃったらどうなるか。

神様が許されることなんて、ないと思うんだけど、神様の言葉を人類につなげてる人が、神様の言葉を受け止めて人類に伝えちゃったらどうなるか。

法律では止められません。だって、法律より優先される指示が伝えられたんだから。
法律を守るものを尊重する必要はありません。神様を尊重しなければならないのだから。
止められるのは、屈服する(つまり支配下にはいる)ことで暴力の行使に意味が無いことを認識させるか。つまり、降伏による敵対行為の終了です。あるいは、敵対することは破滅につながることを知らせるか。つまり、明らかに破滅にいたらしめるだけの暴力をみせること。見せても効かなければ、行使して破滅させること。


かつて、ヒトラーは出現しました。
あの独裁者は、多分、人間です。アーリア人は特別だのなんだの言ってましたが、人間のひとりであることは異論の無いところでありましょう。

ちゅうことはですね。ああいうのは、人間の中からでてくる、ちゅうことなのです。
話してわかる、なんてのは幻想にすぎません。

たとえばね。

あなたは保育所の教室の真ん中に立っています。
まわりでは幼児が30人くらい遊んでいます。

その時、ひとりの幼児が立って、向かってきました。
「今からひとりに一個ずつ、大きなケーキを食べさせることを要求する!」

その声は、だんだん広がって、教室中に響き渡りました。


…これが世論です。
まあ、リーダーの子のところにいって、言い聞かせますよね。おやつの時間になったらお菓子あげるから、とかなんとか。
世論を「幼児の言うこと」と同じように考えてたら、気にも留めないことでしょう。
でもって暴徒化すると面倒くさい、ってことくらいはわかる。


いっちばん手っ取り早いのは、張り倒してだまらせる。

つまり、暴力でだまらせる。

つまり、だまらせる方法を持っているのであれば、なだめすかすことはあっても、要求に屈することは無いのです。





幼児が「オトナ」に変わったときに、つまり、暴力が通用しないことは、実は大変なことなのです。



力を持つ国家って?
ぶっちゃけ軍事力ですよね。じゃ、経済力はなぜ力なのか。経済は軍事力を動かすことができるからです。暴力をつれてくることができるんですよ。







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最終更新日  2014.12.13 07:57:39
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