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来年の夏くらいの引っ越しに向けて不用品を少しずつ捨てて行かなければならない。母の沢山の物たちを捨てて(まだ沢山あるのだが)むなしさを感じさらに子供のいない私たちが物を残すことの意味の無さを感じバンバン捨てられそうな気がしてきた。ウエディングドレスの箱をみつけたので旦那に見せて、日記にアップしてそして、捨てる事にした。タヒチでの挙式までは教会に何度も通い講習を受けウエディングドレスを作ってくれるところを探すのに苦労した。(汗染みが出ていた。)このドレスは私のデザインで作ってもらった。花の沢山ついた袖で前の方がミニスカートで後ろは長くなっているのだ。式は、タヒチの小さな教会で挙げた。立会人はホテルのスタッフとフランス人のカメラマンそして町の奥さんたち。奥さんたちが讃美歌を歌ってくれた。本当は小舟でホテルの船着き場まで帰るという事になってたんだけど雨が降ったので駄目になった。でもホテルの色んな国のお客さんたちがみんなで手でアーチを作りライスシャワーで祝ってくれた。舞台に上げられ、ケーキのカット。スタッフが長淵の「乾杯」を歌ってくれた。ディナーはカジキマグロ丸ごと一匹のお刺身姿造り。それにカレーを作ってくれて。ビールやワインを飲みまくった。すごく素敵な結婚式だった。でも、汗染みのドレスを取っておいても仕方ないのでキッパリ捨てることにする。
2012.11.29
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永いこと日記をお休みしてしまった。実家の母が亡くなった。80歳。突然だったのでいまだに本当の事なのか実感がわかない。若い頃の写真にコンチネンタルタンゴ「碧空」それが母の遺言だったので、それでお葬式をしてあげた。「おくりびと」におくられ花に埋もれた母。13人きょうだいの末っ子だった母。きょうだいはもういない。私には大勢のいとこたちがいるのだが8人のいとこが集まってくれた。私が一番年下のいとこなのでみんな年寄りたちばかり。こんなことでもなければ集まらない。1人暮らしで周りの方たちにずいぶんとお世話になって来た母だがそんな方たちも沢山集まってくれた。良いお葬式だった。母が残した多くの物たちを片づけるのが大変だった。物を集めて溜めこむのがどんなにむなしいか、知った。自分の物も、もうバンバン捨てられそうな気がする。そして、旦那がどれだけ大切な人かあらためて知った。旦那がいなかったら、何もできなかったと思う。旦那とは来年、新しい所に住んだら、面倒くさくても周りの人たちとのコミュニケーションを大切にしようと話し合った。今度のことでコミュニケーション上手な母の長所を思い知ったから。人はひとりでは生きられないという事をこの齢で知った、私。
2012.11.22
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鮭のすじこは、大きくなればなるほど固くなっちゃう。だから早いうちに、買ってイクラの塩漬けを作って冷凍しておかないとお正月に好きなだけ食べられない。で、滑り込み10月中に買って作ったんだけどやっぱりちょっと遅かったよ。塩の代わりに塩麹に漬けて冷凍したけどいまいち固かった。残念。~~~~~~~~~家の方は、ついに我が家を「作り始める(工場で)」という契約をかわすところまでたどりついた。家を建てようと思い立ってざっと10年あまり。私の中を通り過ぎって行った HMや設備屋たち・・・・・・ いったい何人の男や女たちに会ったことだろう。どれひとつ取っても、無駄だったものはひとつも無かった。この数年ずっと頑張って来た。デザインも私がした。狭いけど、まあかなり理想に近い。来年早々良き日に地鎮祭。あともうちょっと。と、思っているんだけど60歳で辞めると言っていた旦那、会社から執拗な慰留で、気持ちが揺れている。週に三日でも良いので「残ってくれないか」と言われたらしい。私は、「もういいんじゃないか」と思うんだけど。
2012.11.07
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