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私は活字がまともに読めなくて、新聞にすら目を通さなくなっていました。本が読みたいと思っていても、活字を目にするとそれだけで気分が悪くなっていました。私はこうでも、主人も娘も本好き。娘に付き合って本屋に行くのはしょっちゅう。娘が自分の本を探している時、私も何と言うわけでもなく本売り場を眺めていました。以前は三浦綾子さんが好きで、はまっていたのですが、今の私には彼女の本は難しすぎて読めません。何気なく手にした本。恋愛ものの本だったのだけれど、最初のページの文字がスーッと頭に入ってきました。(これなら読めるかも。)そう思ってその本を買いました。今までの活字拒否は何だったのだろう。最後まで一気に読みました。同じ作家の書いた本を買い集めました。そう、一日に1冊程度のテンポだけれど、読書が楽しくなってきました。どこにでもあるような、恋愛ものの本だけれど、それすら読む気にならなかった私が、楽しませてもらっている。これをきっかけに読書の幅が広がってくれるといいな。
2005年11月11日
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ここのところ、ずっと昔の事ばかり考えていました。それは、今ある状況を直視出来なかったから。だんだん、現実を見つめる事が出来てきました。そう、受け入れなければならない状況を。これから身体が弱ってくるお姑さんの介護。私に出来るかどうかはわからない。逃げ出したくなることもあると思う。でも、この状況から逃げるという事は、主人と娘との別れがある。それだけは出来ない。どんなことがあっても、二人が私を支えてくれると信じて、やっていこうと思う。
2005年11月08日
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結局はお姑さんを受け入れる事が出来ない自分が居る。だから、この15年間を飛び越えて昔の思い出に心がいってしまっている。でも、私にはこれをどうする事も出来ない。また、鬱の闇に身を潜めるのか。それとも全てを投げ出すか。どちらも出来ないのだ。家族で暮らしていくため、ただそれだけのために私は現実を受け止めなければいけないのだ。
2005年11月07日
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相変わらず現実逃避してます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・表面的には今はお姑さんとうまくやっている。でも、心の底でお姑さんを許してはいない自分がいることに気が付いた。今まで嫁姑の争いは、やるだけやっている。4年間の絶縁期間もあった。でも、お姑さんが来る事を喜んでいる私もいる。家族が増えて賑やかになるだろうし、第一金銭面で何かと助けてくれるだろう。そう、前向きに考えなくちゃ。お姑さんの身体の自由がきかなくなった時に、介護をするのは私の役目。それはどうやっても動かしようがない。今はそれも受け入れる覚悟は出来ている。心の底で許していない。だから現実逃避してしまうのかもしれない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とかちゃんには婚約者がいた。彼のアパートと私の住んでいた実家がわりと近くて、みんなで飲みに行ったあとは、彼のアパートの前でタクシーを降り、家まで送ってもらっていた。全く恋愛感情は持っていなかった。別の男性に騙され、もて遊ばれたとき、相談に乗ってもらった。話を聞いてもらった。そんなことで、彼のアパートで話をする事が多くなった。すっかり帰りが遅くなってしまった時に、そうなってしまった。抵抗はしたけれど、ダメだった。それから二人でいることが多くなった。でも、彼は結婚式をひかえていた。彼にとっても私は遊びの対象でしかなかったのかもしれない。考えてみれば、結婚式の前日も彼とホテルで夜を明かし、そして彼は急いでアパートに帰り、準備をして結婚式に行ったのだ。結婚してからは暫く何もなかった。ある日こっそり私のところに来て、「電話して。明日は俺しか家にいないから。」と耳打ちされた。会ってドライブを楽しんだ。そして「もう、これで終わりにしよう。」と言った。彼は暫く何も言ってこなかった。そして「聞いていいか?今、いるのか?」その言葉を聞いて、所詮2番目にしかなれない自分が惨めだった。「教えない。」そう言ったことが私のプライドだった。彼と過ごした日々は何だったのだろう。彼にとっては遊びでしかなかったと思う。でも、私にとっては傷を癒してくれる優しい彼だった。何故か彼のことが頭から離れない。もう、会うことはないだろう。彼にとってはもう記憶にもない存在でしかない。何故今頃になって彼の事が頭から離れないのかわからない。
2005年11月06日
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何故だろうか。最近昔の事を思い出す。結婚した事、娘が生まれた事、ここを建てた時の事・・・。もう結婚して15年。いろんなことがあったのに。それを全部通り越して若かったころの事ばかり考えている。こんな事って今までにない。これも一種の現実逃避なのだろうか。昨日は受信日だった。医師にお姑さんとの同居のことを話したら、強く反対された。でも、このことは私が意見を言える立場にはいない。もうちょっとこの辺を医師に説明すれば良かったのかもしれない。医師のいったことに、「でも・・」「でも・・」・・・と答えるだけで、本当のことが伝わったかどうか定かではない。医師に不快感を与えたのではないかと不安だ。いつまで続くのか。この現実逃避。
2005年11月03日
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今、お姑さんが来ている。うちの土地に自分専用の家を建てるのだそうだ。お互い、生活の部分には口を出さないという約束で。そのうえ、音楽合宿ができるようなホールも建ててくれるそうだ。どこまで本気で言っているのかは解らないけれど、悪い話ではない。お姑さんの方から、生活には入り込まないと言ってくれたのは嬉しかった。でもね、何でも口出ししないと気がすまない性格。いろいろ言ってくるのだろう。でも、あまり悪い方に考えるのはやめよう。全くの同居という形をとらずにやってくれるというのは嬉しい。あとは相手のことは悪く考えず、一緒に仲良くしていく事を考えよう。
2005年11月01日
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