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乳井神社(弘前市)概要
乳井神社は青森県弘前市乳井外ノ沢に鎮座している神社です。乳井神社の創建は延暦年間(782~806年)、坂上田村麻呂が津軽に七社建立した内の1つで毘沙門天が勧請され武器が納められたと伝えられています。伝承によると津軽の地は京都から見ると本州最北端の鬼門(北東)にあたる事から坂上田村麻呂はその鬼門鎮護の為、北斗七星に模った位置に 大星神社 (青森市)・ 浪岡八幡宮 (青森市浪岡)・ 猿賀神社 (平川市)・ 熊野奥照神社 (弘前市田町)・ 岩木山神社 (弘前市百沢)・ 鹿島神社 (西目屋村)・乳井神社(弘前市乳井)を勧請したと伝えられています。
その後衰微しましたが、承暦2年(1078年)に養寛が福王寺を開山したことで神仏混合し乳井神社も再興されました。福王寺の別当だった乳井氏が武力的にも大きな勢力となり戦国時代には乳井玄蕃が猿賀神社の別当にもなり寺運が隆盛し「津軽法師三大名」や「沙門大名」などと称されました。
乳井神社は永禄8年(1565年)、玄蕃が大光寺城主滝本重行により暗殺されると一時衰微しましたが江戸時代に入ると弘前藩主の祈願所として庇護され社領8石5斗が安堵、現在の社殿である旧毘沙門堂が明暦元年(1655年)に弘前藩(藩庁:弘前城)三代藩主津軽信義によって再建され、五代藩主津軽信寿が梵鐘を寄進しています。
天明5年(1785年)と寛政8年(1796年)には江戸時代後期の紀行家で民俗学の祖とも云われた菅江真澄も当社を訪れており、由来や境内の様子を記録しています。
明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され、境内にあった本尊(弘前市にある 盛雲院 に移され稲荷毘沙門天として祀られています。)や仁王門(仁王像は黒石市の 浄仙寺 に移され黒石市指定有形文化財に指定されています)、鐘楼などが撤去され、社号も毘沙門宮 (嘉承山福王寺大福院) から乳井神社と社号を改称し、明治6年(1873年)に郷社に列しています。
現在の乳井神社拝殿は明暦元年(1655年)に毘沙門堂として造営されたもので木造平屋建て、入母屋、鉄板葺(元こけら葺)、平入、桁行5間、梁間5間、正面1間向拝付、外壁は真壁造、素木板張、棟梁は弘前藩お抱え大工竹内彦太夫(伝)、内部は外陣が拝殿、内陣が幣殿の役割を果たしていたとされ、江戸時代初期の御堂建築の遺構として貴重な事から平成10年(1998年)に弘前市指定有形文化財に指定されています(神仏分離令後は乳井神社の拝殿となり背後の高台に本殿が造営されています)。又、境内には"乳井神社の板碑群(13基)※鎌倉時代末期から南北朝時代に建立"や"乳井神社の五輪塔(1基)※乳井氏の墓碑の伝承が有りますが形状などから鎌倉時代に製作されたもので、乳井氏が活躍した時代とは異なります"など中世からの神仏混合の名残が多く見られ、何れも平成8年(1996年)に弘前市指定有形文化財に指定されています。
津軽大北斗七星。
祭神:武甕槌命、経津主命、天手力男命。
例祭:8月3日。

















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