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八幡宮(蒲野沢)
勧請年月日:寛永年間(1624~1644年)
御祭神:誉田別命(十五代応神天皇)
御神体:甲冑に弓矢を携えた乗馬の御姿(唐金)
神職々氏名:小笠原壽美宮司
氏子総代名:畑中長之助、賀佐吉男、石田豊明
例祭日:10月15日
由緒
・宝永3丙戌年(1706年)再建
・天保11庚子年(1840年)機失
・大正11壬戌年(1922年)再建
田名部神社蔵の「神社々数調」によると、
一、縁記等無御座候得共寛永年中上云傳而己天保十一年燒失二付不詳
と、ある。
本殿の造りは、切妻造妻入りで幣殿へと続いている。拝殿の形式は、入母屋造平入りで向拝は唐破風で飾っている。
拝殿の正面には、登高欄を組み、三面に回縁と組高欄をめぐらしている三間社である。回縁奥には透かし彫りの彫刻を刻んだ脇障子を組み込み、屋根裏は二軒繁垂木で柱間の柱上を斗横で組んでいる拝殿である。向拝の水引虹梁の上の空間には、龍の透かし彫りの彫刻をはめ込み、唐破風には鳳凰の懸魚を置いている。
一の鳥居から三の鳥居まで両部鳥居が建立されているが、二の鳥居は遷宮前の社殿から移築したもので百年以上経った鳥居であると言われている。
社殿の前には、大きさ60㎝位の狛犬が一対奉納されている。
神社地には、戦没者の石碑が1基建立されていて、あたり一面に芝生が敷かれ、回りに桜の木が植えられている小高い丘に鎮座している八幡宮である。
八幡宮の再建の様子について、沢田豊八氏(93歳)のお話
「八幡宮の再建は、大正11年であったと思う。自分は27歳頃であった。村では再建にあたって、人足の事や建築費の相談で何ヶ月もの間寄り合い(相談)を開いたりした記憶がある。再建には、自分も手伝いをしたものだ、遷宮式は盛大で学校も休み、部落総出でお祝いしたものだ。その時初めて御神体を拝見したものだった。」
・・・。
八幡宮の遷宮は、大正11年(1922年)であるが以前は、現在の児童館のところに鎮座していた 。




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