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2026年04月05日
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岩手県岩手町御堂。かつての奥州街道、その名残りである国道4号沿いにある小村です。
地名からも分かる通り、この村には1つの仏堂があるのです。前九年の折、源義家公の軍を渇きから救い、勝利に導いたとも伝わる清水も、境内の杉の根元から湧き出し、当に神秘の霊場といった風情があります。
・・・而して皆様、前九年の舞台となったのは一関市藤沢町周辺・以南であり、おそらく官軍がここまで上ってくることは無かったんではないかと思われます。
岩手県も盛岡周辺には源義家関連の開創譚を持つ霊場が幾つかあるんですが、それよりも北では稀となり、代わりに坂上田村麿関連の開創譚が増えてくるのです。事実かどうかは怪しいですが、この様に開創譚に採られる人物が、地域によって偏りがあるというのは面白い事だと思います。当時どんな人間ドラマがあったのかは、今では若草の根の更に深い所に埋もれてしまっているのです。



2025.7.20
奥州三十三観音霊場三十二番札所:北上山 正覚院


ちょっとした公園の駐車場に車を停めて境内に向かいます。木々生い茂る境内の入口には、これまた古めかしい寺門が建っております。



正面から見てみましょう。飾り気のない伽藍は、山岳寺院の趣があり非常に好みです



門の先には石畳が伸び、観音堂(本堂)へと誘います。



参道両脇の狛犬は珍しく玉眼です。
狛犬:阿形!



狛犬:吽形!
巡礼笠をかぶっているのがカワイイ!!



奥の方には鐘楼。今撞くことは出来ないようです。



参道から見上げるは楼門。脚部に外壁を付けないタイプの門ですね。造りは割と簡素ですが、規模はかなりのものですよ。境内の説明書きによると、大勧進 田村竹松氏の発願によって、昭和11年8月9日に建立されたそうです。



山門の壁面には、時宗総本山 藤澤山 清浄光寺の僧 遊行上人(十五~五十七代・1418~1849年)が詠んだとされる御詠歌が、幾つか奉納されています。2つは御詠歌部分が分からなくなってしまっていますね。
何でも、三戸町の教浄寺を訪ねる途上に立ち寄ったんだとか。全部で2枚の額に納められていますので、それらの後にまとめて記載します。

1枚目。



2枚目。




 時宗総本山 藤澤山 清浄光寺(藤沢市)から南部氏の旧城で町(現 三戸町)にあった教浄寺を訪ねる途中、遊行上人が御堂観音に立ち寄り御詠歌を奉納しています。

第十五代遊行上人 尊敬
梓弓 本の心を日とはつに 引かへて身の里 *の衣手
応永25年(1418年)9月27日奉納

第二十五代遊行上人 仏天
法の水 此川上のそこひなく 末とおき迄 絶じとそ思ふ
大永4年(1524年)9月24日奉納

第三十二代遊行上人 普光
絶じとの 法の流れの筆の跡 見聞に猶も 頼しきかな
慶長17年(1612年)7月7日奉納

第三十五代遊行上人 法爾
*****
寛永15年(1638年)7月25日奉納

第三十八代遊行上人 卜本
*****
慶安5年(1652年)奉納

第四十二代遊行上人 尊任
世々の師の 跡を志たひてきたかみの 佛のちかひ 猶たのむ可那
寛文10年(1670年)3月28日奉納

第四十三代遊行上人 尊真
*****
貞享4年(1687年)4月26日奉納

第四十九代遊行上人 一法
*****
正徳3年(1713年)3月吉日奉納

第五十一代遊行上人 賦存
*****
延享元年(1744年)7月20日奉納

第五十三代他阿上人 尊如
阿ふけたた 世をすくふとて身を分ち 於しゆ御法の ふかき誓ひを
明和9年(1772年)2月13日奉納

第五十四代他阿上人 尊祐
うつします 御かけに見へて御手洗の 絶ぬ流の 末も濁らす
寛政4年(1792年)8月吉祥日奉納

第五十七代遊行上人 一念
みた之世の 阿か能流も清き水 くみてささく流 法の衣手
嘉永2年(1849年)4月吉祥日奉納

 この御詠歌は、時宗の本山 清浄光寺・盛岡市の教浄寺・岩手県立図書館・国立国会図書館の御協力をいただき、遊行上人の歌を奉書することができました。

大工:日廻久男・日廻栄八
奉書:橋本壽美男
令和5年5月吉日



神奈川県から遠く離れた岩手県の北部まで、数百年に渡り時宗の僧の往来があったのは面白いですね。なぜこのように恒例行事となったのかは不明ですが、関東でも御堂観音は知名度が高かったんでしょうかね。本当に多くの歌が残っています。

他にもこんな額が。こちらは​ 三十一番札所:白坂観音 ​~​ 三十三番札所:桂泉観音 ​までの御詠歌を掲げたものです。ここの御詠歌の詠み人は天野竜栄という者みたいですが、いったいどなたなんでしょうか。もしかすると、再興巡礼の際の僧侶かも知れませんね。詳細不明。



本当にカッコイイ山門でしたね。脇に見えるは寺務所ですが、普段は無人です。カウンターに差し替え用のページが置いてありますので、お金を納めていただきましょう。参拝者にはわらじ型のチャームが用意してあり、僕も少し前まで御朱印帳袋につけていました。足腰健康のお守りです。



観音堂の御前に到着です。香炉の屋根が大きく、正面からの撮影は至難でしょう。まずは周辺の小堂などから見ていきましょうか。



観音堂の右手前にある小祠です。
内部には八幡堂再建の棟札や、権現頭などが収められていました。



隣にももう1社。こちらには南無八幡大菩薩と刻まれた棟札が収められています。おそらくこちらも八幡堂でしょう。



観音堂右側には、件の清水が湧いております。



落雷か火災かは不明ですが、御神木は先が焦げてしまっています。傍らには祠が置かれ、北上山水神として水の神格を祀っていました。



隣の石碑です。
北上川の源泉となっているのも凄いんですが、北上川の長さに改めて驚いてしまいました。ここから石巻の河口までは247㎞・・・!何て長いんでしょうか。
北上川には白髭水の伝承も伝わっており、人々の脅威であったことは確かでしょう。ですが半面、里に水をもたらし、実りを助けるものとしての崇敬もかなりのものだったでしょうねぇ。東北の大河川はこの泉から始まるのです。



歌碑も奉納してあります。



大杉の反対側の杉からも、水が滴り落ちていました。これらが寄り集まり、この泉を形成しているようです。



泉の水はこの様に澄んでおります。神聖さマシマシです。



次は境内左側。何やら意味ありげな石碑が置かれていますが・・・。



近くに説明書きなども無く、本当に何の石碑なのか分かりません。経常的に”アレ”を表したものである可能性もありますが・・・。一体何の石碑なんでしょう。



観音堂です。これ以外に堂宇が無いので実質の本堂です。大きさは中規模、装飾も簡素です。



ご由緒です。
北上山 正覚院

天台宗
開山:了慶
開基:坂上田村麿
中興開基:源義家
本尊:十一面観音 → 千手観音

 子授けやぐ安産にも霊験あらたかな御本尊。明治天皇が二度も拝礼れた有名かつ由緒ある観音様。
 奥羽三十三観音巡りもいよいよ大詰め、三十二番札所正覚院は、IGRいわて銀河鉄道御堂駅から北に4㎞ほど山あいに入ったところにある。門前の道路から37段の石段を上ると本堂があり、石段の中ほどに二層の山門、その山門の左側が庫裏になっている。
 「御堂観音」の通称で親しまれているこの観音様は、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が奥州平定の折、敵味方の戦没者の慰霊と天下泰平、五穀豊穣を祈願して一宇を建立して木彫りの十一面観世音菩薩を安置し、一族である僧了慶を開山として護持せしめたのがはじまり。しかし、この十一面観世音菩薩は後に紛失。
 その後の天喜5年(1057年)の前九年の役の際、 源頼義・義家父子の軍と、安倍頼時・貞任・宗任ら一族の軍とがこの地で対峙したが、炎天続きで沢の水がかれ、地の利に疎い頼義・義家の軍は飲料水に事欠き苦戦を強いられた。万策尽きた大将義家が観音堂に籠もり祈願したところ、満願の夜に霊夢があり、弓弭をもって霊夢の示した杉の木の根もとを掘るとたちまち清水が湧いた。水を得た将兵たちの意気が上がり、勝利を収めたという。
 この霊験に感動した頼義・義家父子は観音堂を改築し、義家が陣中護持仏としていた黄金の千手観世音像を安置し、堂名を新通法寺正覚院と命名したと伝えられている。弓弭をもって掘った泉は「弓弭の泉」と名づけられ、今なおかれることなく北上川の源泉となっている。
 その後、戦国の世を迎えた元化・天正年間(1570~1591年)の頃、世の乱れのどさくさで御本尊千手観音像は行方不明となり、それがいかなる経路でか豊臣秀吉の手に渡り、秀吉自ら護持仏としていた。家臣の蜂須賀小六が功をたてた折、恩賞としてその観音像を秀吉から賜ることとなり、以来蜂須賀家の家宝として代々の崇敬を受けてきた。宝永7年(1710年)、徳島藩主であった蜂須賀隆長公が息女春子姫の南部藩輿入れの際、形見の護持仏として与えたため、奇しくも百数十年の時を経て観音像は再び南部の地に戻った。以来、南部家の家宝として護持され、正覚院にはその分霊が奉安された。
 この御本尊は「はらみ観音」とも言われ、子授けや安産に御利益があるということで子宝に恵まれない夫婦や妊産婦に崇敬され、若い夫婦連れの参詣者も多く見受けられるという。
 本堂は、三間(5.4m)四面、朱塗りの欄干のある二尺五寸(75㎝)の濡れ縁がめぐらされている。昭和40年に火災により焼失、45年に再建された。
 堂内には、義家がその昔観音堂改築の際に寄進したという直径約1mの陣中釜が伝えられている。また、霊泉「弓弭の泉」は本堂の裏にあり、「弓弭の泉」を霊示した杉の木は樹齢1,600年を超える老木となって、町の天然記念物に指定されている。明治天皇はこの地をことのほかお気に召されたようで二度もこの観音様を拝礼され、休憩なされている。
河北新報出版センター 「岩手・宮城・福島 奥州三十三観音の旅 改訂新版」 140~143ページ より引用

坂上田村麿の開創に始まり、源義家の中興に続きます。
北上川の源流という神秘性も相まってか、南部氏はじめ様々な僧侶からの崇敬も受けていた様です。かつては十一面観音を祀る寺院だったようですが、源義家の参拝時には千手観音を納め、本尊にとって代わっています。
岩手県でも平安後期の十一面観音像などが見つかっており、かつては十一面観音信仰の文化圏にあったんですね。この十一面観音像が現存しないのが、本当に悔やまれます。

扁額です。



斜めから。
相当に歴史のある観音堂でしたね。開創譚の真偽は知れませんが、こうした清水が湧く場所と言うのは、古来より神聖視される向きがあります。そうした霊地から始まって後に仏教化したのか、それとも桂泉観音のように当初から仏堂だったのか・・・。何れにせよ、奥州札所の中でも、特に印象的な寺院でした




良し悪しを なにといはての岩つ辻 迷いを照らせ 九世の誓ひに
よしあしを なにといはてのいわつつち まよいをてらせ くぜのちかひに

本尊:御堂観音(千手観音) सहस्रभुज

以前貰った御朱印です。



以上です。

次の記事です
・三十三番札所:八葉山 天台寺 みちのくの果て、御山に居わす観世音

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調子に乗って撮った写真ギャラリー

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最終更新日  2026年04月05日 19時02分26秒
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