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アグラアグラフォート、タージマハル、ファテープルシークリー、世界遺産のオンパレード。この街もはずせないと思う。印象深かったことは二つ。タージマハルは高い、ということ。僕が見たこれら3つの世界遺産の中で、一番しょぼくみえたのに、入場料は高かった。でも、歴史的価値がそれだけ高い、ということなんだろうな。それからファテープルシークリー。着いた途端に「政府認定証」を証明に全うなガイドを自任するガイドに遭遇。やれやれ、と思いながらもそんなに高くなかったから、ガイドをお願いする。楽しかった。ガイドもかなりしっかりしていたし、途中いろいろ物を買うようにせがまれたけど、丁重に断らせてもらった。何より、丁寧に応対し、遺跡やガイドはそれなりにすばらしかったので褒めたら、このガイドは本当に喜んでくれた。言い寄ってくるのは、すぐぼったくりだから、といってむげに扱うのは良くないんだな。if you are happy, i'm also happy.とは現地の、外国人を相手に商売する多くの人が言う言葉だけれど、それは実際嘘じゃないんだな、と気づかされる。どんな相手でも認めてあげることが、すべての始まりということを再認識。一緒にビール飲んだ、たのしかった。ここら辺で旅の仕方、みたいのがほんのりわかってきた気がした。中央左がガイドさん。ガイド代、チケット代含めて260ルピー。チケット代が250ルピーだから、安いと僕は思う。ファテープルシークリー1ファテープルシークリー2アーグラフォート1アーグラフォート2中からタージマハルが見える。アーグラフォート3タージマハル1タージマハル2タージマハル3タージマハル4でかいね。タージマハル5タージマハルから見たアグーラフォートこんな感じ、かな。
2008.07.30
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あ、暑い・・・。ガンジス川のあるバラナシという町から、タージマハルのあるアグラという町につきました。バラナシでは少々思うこともあり、日記に書こうと思ったのに、あつい!!今僕のいるネットカフェに、電器がきてないらしく、なぜかネットはできるのに、ファンが回ってない・・・。もうネットやってられないので、また次回!
2008.07.29
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バラナシお金をぼろうとする外国人目当ての街にかなりうんざり、というのが最も印象的。外国人ずれしてるし、全体的に。今、振り返れば一番嫌いだった街。でも、それをそれとして受け止めればかなり面白い街であるには違いない。ちなみに僕はスズキサムライとか名づけたバイクを持つ自称22歳(後に本当は31歳と判明)のゲストハウスで働くおじさんに、4時間ほどのバイク案内で、600ルピー(1500円)を支払わされる。ま、高額じゃないけど、現地で600は大きな額。また兄弟(友人だったか?)の友人が大沢たかおであるあんちゃんには、ある場所を教えてあげたという理由だけで、チップを要求される。その人曰く、マリファナをやれば、どんな暑さも吹っ飛ぶらしい。学生を名乗ったり、片言の日本語を話す人、家族や友人に日本人がいるという人には要注意。なにはともあれ、バラナシガンジス河が流れる街。インド旅には絶対はずせない街。火葬場で自分の目で人が焼かれるさまを目にすれば、死というものが身近になるのは間違いないと思う。今、さがしてみたけれど、バラナシの街を象徴するような写真がない。バラナシ、汚いですよ、とっても。でも、ガンジー河沿いの風景は、さすが。ボートに乗れなかったのが残念。↓沐浴をする人々↓ガンジス河で説法を聞く人々↓ガンジス川沿いの町並みはこんな感じでも外国人目当てじゃないローカルの人々は僕にはとってもほっとに接してくれました。どこでも、それは同じね。バラナシとサールナートは、ぜひパックで。バラナシの上に書いたような街から離れ、サールナートで癒されましょう。インド貨幣ではなく、海外のコインを欲しいとたかりに来た人たち(これ、本当は裏ありそうなんだけど)、それから歩いていく中で、笑顔で写真に応じてくれた人たち、午前中で授業を終わり、サールナートの遺跡内でぼーっとしてた先生など、悪意のない人たちがいた。中に、北京語言文化大学(僕が一年いた大学)で中国語を学ぶインド人と話す。まさかこんなところでインド人と中国語をしゃべることになろうとは。おぉ、わが後輩よ。懐かしい北京の話が聞けました。中国語経験半年なのに、お上手でした。サールナート、いいですよ。僕は、好き。遺跡内部は日光浴+睡眠に最適。お時間のある人は、ぜひ。ベンチで寝ながら取りました。バラナシのたびに関してはこんな感じかな。
2008.07.28
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23日の夜にダッカを出発して、24日の昼にインドのコルカタに到着。陸路で国境を越えたのは初めてなので、なかなか不思議な感じがしました。コルカタは、結局いろいろなインドの若者に囲まれ、じっくりと見る時間を取れませんでした。まぁそこそこ楽しい時間、すごせたとは思うけれどね。でも、なんかコルカタは退屈だなぁ、という思いをぬぐいきれず、二日で街をあとにしました。まぁ、よくわかってないし、また行くかもしれないけどね。寝台列車に13時間ほど乗って(久しぶりの寝台列車、しかも一人でボーっとする時間はかなり落ち着きました)、現在はガンジス川のあるバラナシという町にいます。ここでは、僕が今まで見られなかったものがたくさんみられそうなので、ちょっと時間をとろうかなぁ、と思ってます。ということで、ここ3,4日は特に書くことなし。何か書きたいことができたら、またかこっと。
2008.07.26
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インターンシップという名の社会化見学、無事終了。本日僕たちがフィールドトリップで見学したBRACのプログラムについて、他のインターンにプレゼンテーションをして、とりあえずインターンシップは終了。やっぱりインターンシップって言う言葉は、始まる前から終わった今に至るまで、違和感のある言葉だった。そんな格好いいこと、立派なことやったわけじゃないしね。それとの関連で、ここで何が見られて、何が学べたかなって考える。できる人って本当に毎日濃密な時間をすごしていて、決してそうじゃない僕は、それでもいろんなことを感じ、学ぶことはできました。それと、やっぱり、英語。英語、英語、英語。英語うまいね、なんていわれてみたいものです。英語をうまくなりたい、って心底思ったのはひさしぶり。目指すものがあって、よかった。プレゼンの後は、バングラデシュからインドに渡るロードパーミッションというのを取りに行く。陸路でバングラデシュからインドに渡る人は、必要だという情報をネットで得ていたから。ということで、ロードパーミッションを得た僕は休むことなく、今から約2時間後に、バングラデシュからインドに移動。バスで、12時間・・・。へろへろなのにね。あ、何でバングラデシュからインドに渡るかっていうと、僕のバングラデシュビザが1ヶ月×2回の滞在ビザになってるのね。で、1回目の滞在が1ヶ月に迫ってるから、一回出国しないといけないんです、変なの。ということで、インドを二週間くらい歩いて、またそのあとバングラデシュに戻ってきます。ということで次回の日記は、インドから。
2008.07.23
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バングラデシュとは関係ないけれど、以下、友達の日記から。---------------------電車のなかで 早朝のラッシュ前の電車に乗り込みました。 全席うまってるなぁって見わたしたら、足元で倒れてる人が!! びっくりして直立不動。。。 顔色はよくって呼吸もしてるみたい。寝てるのかな? でも洋服がきちんとしてるから、酔っ払いではなさそう。 まわりには普通に腰掛けてる人々。 足元にはたぶんちょっと前から倒れていただろうお兄さん。 なんだろうこの空気?見てみぬふり?? 電車の中でおそわれている女性を誰も助けなかった事件が頭をよぎる。 ・・・でも、私もその場で声をかけられませんでした。 無関心をよそおう人々と同化して、隣の車両へ歩いていきました。 結局、次の停車駅でホームにいる車掌さんつかまえてお知らせ。 その1分間が生死の境目になるかもしれないのに。 ただ大丈夫ですか?って声をかけるだけのことができませんでした。 ものすごい後悔。 誰もが声をかけない不気味さにも気持ち悪くなりました。 会社に行って同僚に話したら「先日線路に飛び込んだ人を助けたよ」って。 まわりのおじさんたちにも声かけて、その人を線路からホームに連れ戻したそう。 そこまではできないかもしれないけど・・・ 私も声をかけられる普通の人になりたいと強く思いました。--------------------以上、転用終わり。この友達とは、日本は知らない人同士がもっと気軽に話せる社会になればいいのにね~、見たいな話で共感したのを覚えてる。僕も似たような状況に立ち会ったこと、あります。そのときは他の協力的な人とその人を起こして、次の駅で降ろしました。でも、一方で、似たような状況でそ知らぬ顔をしたことも何度もある。自分の前で異常が起きているのに、見てみぬ顔をすることの多い日本の社会、異常だとおもう。日本の社会、と書いたけど、他の国のことはよくはわからない。他の国もそうかもしれない。でもそんなこと関係なく、人同士がもっと関心を持ち合える、そういう社会になれば、日本はもっと良い国になるのに、と思う。他に関心を持つことが半ば禁じられているような日本の社会は結構不思議だと思う。外国人ということでじろじろ見られるバングラデシュもなかなか不思議だけど、僕は後者のほうが心地よい。(ありがちな自己結論・帰結で見てる人はうんざりするかもしれないね。)みんなは似たような状況に立ち会ったら、どうしてますか??
2008.07.20
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バングラデシュニュージェネレーションこっちに来て、バングラデシュの将来を担う若者によく出会う。一昨日だったか、こないだフィールドトリップ(インターン活動の一環で村に行く活動のこと)に僕らの通訳として参加してくれた男子の誘いで、ある集まりに参加してきた。それは約30人規模ほどの、彼らいわくNPOとのこと。活動はバングラデシュ国内の人間にバングラデシュのそれぞれの町の良さを彼らのウェブサイトを通じて、紹介していくというものらしい。まぁコンセプトはそんなに詳しく聞かなかったので、上みたいにあやふやなものだったけど、出会った人たちが面白かった。自分で観光業をやっており、50カ国以上を回った人、オーストラリアに留学後、独学でプロのフォトグラファーを目指している人、その他、建築士、グラフィックデザイナー、ジャーナリスト、創造性豊かな職業についている人に多く出会った。あぁ、こんな世界がバングラデシュにもあるんだな、と、そんなの実は当たり前だけど、でも新鮮な驚き。彼らの仕事内容や関心事、趣味などの話をしていると非常に面白い。特に印象的だったのが、上に挙げた、オーストラリア留学経験の彼の写真。独学であそこまでできるか!という綺麗な写真。上の集まり以外にも、英国で博士課程を卒業し、ダッカの大学で英語の先生をしている女史、クウェートで10数年幼少時代を過ごした後、アメリカに移住、現在自分のビジネスを軌道に乗せるため奮闘中のサラなど、(実は、僕と同じインターンチームの女性)いろいろなバングラデシュの若い人たちに出会った。日本で抱かれている、バングラデシュは貧困国、そんなイメージからは程遠い、もう一つのバングラデシュという顔。僕はこの国では、こういう人たちが今、確実に増えていると思う。もちろん経済的貧困という問題は、根強く残っているけれど、力強く、伸びていっている、そういう印象がなお強まる、バングラデシュに対する印象。この国は、というより、日本では貧困国としてしか位置づけられていない多くの国が、実は今大きな変化を遂げていて、大きく伸びてきているんじゃないか、と思うようになった。新たな世界を見るのは、やはり刺激的で、面白い。
2008.07.17
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書くことがどんどんたまり続け、気づいたらもうバングラデシュに来て2週間。えっと・・・どうしよ。何、書こ。こないだは貧困にスポットを当てすぎてしまったけれど、実際その貧困というものはバングラを語るほんとごく一部に過ぎないということに気づかされたこの約2週間。彼らは僕らなんかが思ったより、ずっと力強く生き、発展を遂げ始めている。この国の潜在能力に驚かされる。つい10日に帰ってきたフィールドトリップでは、BRACから支援を受けた村人たちの経済活動を主に見せてもらった。特に印象に残っているのは、マイクロクレジットという融資をもうけられない最貧困層にある人たち。家庭に働き手がおらず、子供も学校に行っておらず、物乞い以外に食いつなぐ方法がないような人々が家畜という資産の提供を無償で受ける。BRACは、その家畜を育てる方法のみでなく、病気衛生、健康面について、Family planning(家族計画)についてなどの教育も同時に提供しながら、彼らの自立を援助していく。BRACのやっていることは、単なる金銭的融資や資産提供ではなく、当事者の自立を、様々な面から支援していくこと。上に書いた以外にも、男女差別を防ぐために人権教育を村の女性にしたり、家庭内暴力の仲裁にも力を注いだりしている。これが貧困からの脱出のみでなく、本当の意味での、一人ひとりの自立を促していくことになる。実施例を見ても驚かされることが多い。僕が訪れた村では、バイクの部品を安く買って、高く売るというビジネスをやっているおばちゃんがいたり、以前やっていたビジネスで儲けたお金で、自分の住まいの隣にある小さな湖(池?)を買い、そこで小漁業を始めたおばちゃんもいた。また、つい先ほど訪れたダッカ市内のおばちゃんは、バングラ伝統衣装の製造業のみでなく、BRACから受けた融資で海外の製菓のバングラ国内での卸業をやっていた。恐らく最後の例にもなると、さすがに貧困層の脱出という色合いがだいぶ薄まっている感じがしたけれど、この国の人たちは、男性女性に関わらず、自分たちの身は自分で守るといわんばかりに、ビジネスを自分で考え、それにトライしている。そしてそれに対してBRACなどの現地NGOは少なからぬ貢献をしている、と思う。ぶっちゃけマクロ的にどれだけ貢献できてるのか、しっかり調べてないからわからないけれど。でも彼らのこういう動きは無視されるべきではないし、この動きが僕がバングラで感じた、潜在能力の強さを物語っているんだと思う。この国は力強く伸びる、そして今もう伸びはじめているというのが僕の実感。
2008.07.13
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やっと心身共に日記を書く状態になりました。今日もあまり時間がないので、簡単な日記になってしまうけど、ちょっとだけ。NHKスペシャルでもダッカの特集がやったとのことだけど、確かにここは沸騰してる。国民一人ひとりの熱気がすごい。それは恐らく誰も助けてくれない、自分で何とかしなくては生きていけない、という思いからきているのかなぁ。でも、こういった熱気は中国で経験済み。何より衝撃を受けたのは貧富の差。↓ダッカ市内にボナニ湖という湖があるのですが、その周辺にはこういった子供たちがよく見られる。↓そしてこういった住まいそして、こういった貧困層を海外からの援助に頼りすぎることなく、自分たちの手で救い出そうとしている団体が、僕が今インターンとして参加させていただいているBRACであったり、グラミンバンクだったりするのです。書きたいこといっぱいだけど、今日は時間がないのでここまで。
2008.07.04
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