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今朝目を覚ました時にはすでに激しい雨が降っていた。気象庁は昨日から「今までに経験したことがないような大雨が降る可能性がある」とアナウンスしていたが、さすがにそこまではないだろうとなめていたら、(激しい雨が短時間に降ることは今までにも経験したことがあるが)丸一日、さらには予報では明日も降り続く雨の量としては、大げさではなく生まれて初めて経験するような、豪雨というか激雨だった。鉄道や高速道路には規制が入ったし、さらには道路もところどころで冠水していて市内の渋滞も激しく、最低限の仕事だけをして早めに帰宅した。今週はもう12km残っているが、走るどころではない。今夜は昨日作った豚スペアリブとタマネギにニンジン・厚揚げの煮込みがあるし、切っただけのサラダも昨日作ったものなので書くこともないが、雨が降って涼しかったので味噌汁を作ろうと思ったのだが、具材がなくタマネギを切って使う。現在両親には仮住まいを強いていて、俺的には年寄りに慣れない環境で生活させるのは心苦しいのだが、こんな日は目が届く隣に住んでくれていてよかったと思う。まあ、だから同居のために家を建てているんだけれどね。今の時間は小降りになっていて、このまま雨が上がってほしいものだ。
2018年07月06日
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今日は早起きしたつもりはないが、運転していて信号で停まるたびに眠かった。と言っても市内だったので、車に乗っているよりも歩いている時間の方が長かった。昨日は帰宅が遅くなって走っていないので、今日こそは走らなければならないが、15~20分昼寝(夕寝だけれど)してから走りに行こうかと思ったほどだ。寝起きに走るのもつらいので、結局そのまま走りにいったけれど。そんな日は当然体が重い。なぜか腿も張っているし、左のアキレス健は相変わらず痛いし、結局ノルマに追われて距離を走っただけだった。とりあえず今夜のおかずにするべきものは買って来ていたが、走って酒を飲む(当然アテも食う)ともうあまり重いおかずは必要ない。とはいえ、ご飯を炊いて味噌汁は厚揚げを具に作ったので、味噌汁に余った厚揚げとウィンナー1本をフライパンで焼き、キャベツの千切りを添える。これに納豆を加えれば今夜はもう十分だった。さて、2015年12月のNAHAマラソンは、坐骨神経痛を発症して走ることが出来なくなり、ゴールに5時間以上掛かるという、当時は大失態だったが、今にしてみれば俺にとって思い出深いレースとなった。その時に記念に、第31回NAHAマラソンのロゴが入った琉球ガラスのカップを買い、毎晩焼酎を飲むのに愛用していた。初めの頃はNAHAの失態に、このグラスを見るたびに心が痛んだが、その後、静岡マラソンを完走したあたりから、NAHAの思い出は美しいものに昇華した。ところが、今朝このカップを見たらヒビが入っていた。何かに当てた記憶はないが、洗い物を扱う時にはほぼ酔っ払いなので、まあ現実のこととして受け入れるしかない。まだ水漏れはしていないがかなりヤバい状況なので、今日からグラスとして使用するのを止めて、ペン立てになった。
2018年05月24日
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今日の昼前、傘を差すほどでもなかったがすでに雨がポツリポツリと降っている中、天神の北のはずれを中洲中島町方向に歩いていたら、日本銀行福岡支店の前で、行員というのか社員というのか、止まれの旗を持った人に止められた。歩道だけではなく車道にも出て通行を止めていた。俺は急いでいたこともあって、平時に(準)公務員ごときが交通を遮断する権利はないだろうと文句の一つも言ってやろうと思ったら、日銀の門から、パトカーに先導された見たこともないトラックが出て来た。所属(日本銀行等)も書いていないし、色もいかめしくないし、一台だったら気づかなかったかもしれないが、同じ車両が3台連なり、前後をパトカーで挟まれているならば、間違いなく日銀の現金輸送車であろう。これは文句を言うどころではなく、いいものを見せてくれてありがとうとお礼を言いたい。しかしこの中にはいくらくらいの現金が詰まっているんだろうね。ちょうど日銀のサイトに一億円の大きさの見本があったが、これで一億円ならばこの大きなトラック3台で、下手したら「兆」が入るんじゃないと思ったけれど、前後にパトカーが付く厳重さからすると、2台はダミーで実際に積んでいるのはどれか一台だけってこともありうるかもね。さらには積んでるのは現金ではなく、例えば「在位30年記念」とか「即位記念」とかの金貨を作るために、各支店に分けて保管していた金を造幣局に集めるとかいうこともあるかもしれんなと思ったが、どうせ俺の銭じゃないしどうでもいいか。でもまあ、めったに見られないいいものを見させてもらった。
2018年03月15日
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今朝は断続的な衝撃音で目が覚めた。なんの音かはだいたい想像がついたが、外を見ると思った以上に雪が積もっていて、屋根に積もった雪が重さに耐えかねて地面にすべり落ちる音だった。実は先週末から父がインフルエンザに罹患しているので、週末は実家との間を行ったり来たりしていた。もちろん今までも実家の買い物を頼まれることはあったが、基本は父が自分で買い物に行くので、俺は足りない物を頼まれる程度だったのだが、今回は本格的に実家の買いだしに行き、80歳間近の両親のキャッシュレス化に驚かされる。まあ、相手(店舗)の言いなりってことなのかもしれないが、スーパーは系列ごとに自社のクレジットカード払いだし、ドラッグストアは電子マネーで、ガソリンスタンドで灯油を買うのもスピードパス(クレジット決済)だった。俺自身も現金決済をすることは格段に減って来ており、昔は金曜日にはある程度の現金を下ろしておかないと不安だったが、今や財布を忘れて出掛けても、なんとかなってしまう世の中だ。もちろん今でもかたくなに現金決済しか受けつけないお店もあるが、今後キャッシュレスはもっとハードル(手数料)が低くなるだろから、最終的には現金は必要なくなるだろう。後はコンビニでの公共料金や各種チケット等の支払いなんだよね。現金以外で支払うと、店舗は金額に応じてパーセンテージで決済会社に手数料を支払わなくてはいけないが、払込票の各種支払いは店舗の決済手数料が50円とか100円とかの定額なんだよね。20,000円の決済をして50円しか手数料をもらえないのに、電子マネーの決済手数料が3%で600円ならば赤字だ。そこを解決できれば本当に現金が必要ない時代が来るだろう。俺的には、Edyやnanacoで電車やバスに乗れるようにしてほしいけれどね。さて、昨日買ったスキレットがあるので(リコプテラさんにさっき教えてもらったので、さっそく名称を使ってみた)、せっかくだから今夜もこれを使おう。なんでもそうだが、初めは張り切って使うのだが、飽きた頃に一旦仕舞うと忘れるんだよね。今夜はジャガイモを買って来て、ウィンナーと共にオリーブオイルで炒めて、とろけるチーズを掛ける。本当は、ジャガイモは事前にレンチンして下ごしらえしているが。今日はレタスを1/4で100円(税抜)という価格で買って来た(白菜やキャベツはもっと高い)。本来ならばレタスの1/4玉は1日の消費量だが、貧乏な俺は半分を今夜使う。昨日用意した汁があるのでそうめんを1把湯掻いて、にゅうめんを汁椀代わりにして、在納も豆庫があるので食う。
2018年02月12日
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今週末は蔵の移築の案件で、ガッツリ土木のつもりだった。実際、朝の一時間は漆喰を剥がす作業をしていたが、急きょイベントに呼び出される。 イベントは災害からの復旧ではないが、子どもが笑顔になり、街が明るくなるならば、間違いなく復興ではある。 なによりも、付き添いの若いおかあ… 間違えた、子どもたちの笑顔を見ると、こちらも元気になる。 今日は子どもがポケットティッシュ用のボックスを作る作業の補助だった。 これはキットの仕込みが99%だよね。木工のプロが作られたらしい、非常にクォリティーが高いものだった。 合間に自分たち用も作ってみる。 出来上がったものは車の中で使おうと思う。これ一つで、街角でティッシュ配りのおねえさんから、ポケットティッシュをもらうことさえ、きっとうれしくなりそうだ。 明日は土木の予定。
2017年12月09日
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気がつけばマラソン旅行からもう一週間が過ぎてしまったが、今日ちょっと思いだしたことがあるのでついでに書いておこう。自宅の直近のバス停ではないが、歩いて行ける範囲内のバス停から福岡空港国際線ターミナルまでの直行バスがある。平日の朝は渋滞に巻き込まれかねないが、土日だと運行予定通りに走る。国際線と国内線ターミナルの間は、4~5分間隔で無料の連絡バスが運行しており、最初と最後だけは一般道に出るが、途中は管制区域内を走るので時間を読める。その国際線→国内線の連絡バスだが、乗客の会話はもちろん、車内のアナウンスや中づり広告も、唯一の日本人乗客である俺は地元なのにAwayだった。俺に理解できたのは、運転手さんの「停車します」「発車します」というやる気のないアナウンスのみ。さて、博多港は海外からのクルーズ船の寄港が日本一多いらしいが、「爆買い終了」のニュースが流れた頃は、確かにアジアからの旅行者が減った。 (参考のために貼ったけれど、手前に軌道敷が見えて、これは長崎港で撮影したもの。)でもここ最近、福博の街でアジアの旅行者をよく見かける。クルーズ船の客は市内にキャリーバッグを持っては来ないのだが、キャリーバッグを持ち小さな子どもを連れた家族連れもよく見かけるので、個人的な旅行も多いのだろう。そういえば先日も、キャナルシティの清流公園側で、驚くほどきれいな(たぶん)韓国人のお姉さんに「ワシントンホテルはどこですか?」と流ちょうな日本語で尋ねられた。ワシントンホテルはそのちょうど逆側にあるのだが、GPSが遮断されるビル内をスマホの地図を見ながら歩いても見つけられなかったのだろう。「中を歩いても行けますが、外からビルに沿って歩けば確実です」とバリバリの日本語で答えたが、理解できたようで「ありがとうございます」と日本語でお礼を言われた。俺の中に民族蔑視はまったくなく、最近の特にネットを中心とした隣国憎しの風潮を「為政者はよほど内政に目を向けられたくないとみえる」としか思わない。福岡の経済が、アジアからのトラベラーのおかげで潤っているのは、間違いない事実なんだよね。それは観光業とは直接関係がない俺にも、周りまわって恩恵を及ぼすはずだ。さらに言えば、俺だってつい先日までケツの青い若造だったわけで、それは俺がモンゴロイドである証拠だ。俺の祖先はアジアの遙か内陸から、冬でも凍らない安住の地を求めて南を目指し、海に当たっても諦めずに、今の俺からみれば笹舟みたいな小舟で海に繰り出し、やっとこの島にたどり着いた冒険者であるだろう。という話とは何も関係がなく、今夜は炊いたご飯がないタイミングだったので、焼きそばでも作ろうと、豚バラ肉と野菜を切ってから買い物に行った。ところがスーパーに行くと、18時過ぎの早い時間なのにすでに刺盛が半額だった。思わず刺盛をかごに入れたが、よく考えたら酒のアテでは多すぎる。そういうわけで、帰って来て慌てて昆布飯を炊き酢飯にして、手巻き寿司にする。焼きそば用に切った豚バラ肉とタマネギにニンジンは、イモ類の代わりになすを加えて豚汁となり、千切りキャベツを添える。
2017年10月07日
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皆さんはどのタイミングで冷蔵庫を買い替えます急に異音や激しい震動が出だしたり、冷蔵機能がなんとなく弱くなったなと感じると、冷えなくなる前に買い替えるかもしれないが、今朝起きたら、なんの予兆もないまま冷蔵・冷凍共に機能が失われていた。昨晩ビールを飲んだ時には冷え冷えだったので、それ以降に故障したのだと思う。冷凍庫に氷はまだ溶けつつも残っていたので、本当に冷やさなければいけないものは冷凍庫に移し、今日は朝一番に一件だけ仕事があったので、その後売り上げを競い合っている大型電器店の一つに向かう。冷蔵庫なんてみんなが壊れてから買うものだと思っていたので、当然当日配達してくれるものだと思ったら、最短でも配達日は明日だと言う。それじゃ間に合わないから、思っていたのよりも少し小さなサイズにして自分で持って帰ると言ったら、在庫は配送センターにあって店舗にはないと言われた。大型家電店って、自店では冷蔵庫の在庫も持っていないのか。結局俺の好みや価格には一切の選択肢はなく、たまたま自店に在庫があった、一人で据え付け可能な冷蔵庫を買わなければならなかった。この一年、散々冷蔵庫の移動をやって来たが、皆さんが思っているサイズより一サイズ大きくても、一階で開口部があれば一人で移動可能で、現に今日壊れた350ℓの3ドア冷蔵庫は、俺が一人で実家から移動したが、それは実家のお下がりだからで、さすがに新品の大きな冷蔵庫を一人で移動するのは、いきなり傷つけるとテンションが下がるので買えなかった。壊れた冷凍庫でどうしても冷やさなければいけなかったのは、昨日の残りの刺身で、ちょっとやばいかなと思いつつも、昨日の残りの酢飯で海鮮丼になる。今日畑に行ったら、隣の畑に植えられているスナップエンドウが生っていた。さっそく5鞘ほどパクって来て一茹でして、2つは冷やしそばの上に乗せ、3つは昨日と同じレタスと新タマに、かつお節と味ぽんのサラダになる。たぶん大型家電店は「今日の今日」に臨機応変に対応できないから、メーカーや問屋の倉庫まで商品を取りに行って、当日配達してくれる街の電器屋さんが生き残れているんだろうね。
2017年05月02日
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ここ一年ほぼ毎週末ごとに熊本に通ったが、益城熊本空港インターを降りて西原村に直行するだけで、他の市町村に行くことはほとんどなかった。西原村に一軒にしかないスーパーで買うお惣菜に飽きて、隣町の大津町のスーパーには何回か行ったし、同じく隣町で熊本地震の被害が大きかった益城町の、クリーンセンター(共同の可燃物廃棄場)には何十回となく行ったが、街中には今年に入って西原村のボランティアニーズで、引っ越し先が益城町という案件が何度かあって、やっと何度か本当の被害の大きさと現状を知った。俺たちのキャンプ場は益城町にあるし、時々泊まるボランティア用簡易の宿泊場は御船町になるし、先日の野良ボラ(行政の管理下にないボランティア活動)も御船町だった。熊本市にも、西原村からの引っ越し先が熊本市内というニーズで2回、その他には活動中に携帯が壊れて、活動後に市内の携帯ショップに行ったことが2回ほどあるが、全部合わせても一年間にその程度だった。さて今日はボランティアニーズはなかったが、そのボランティア簡易宿泊所の大掃除をしようとことで、昨夜はその仲間が集うボランティア用宿泊所に泊まった。そこにここしばらく常駐しているボランティア仲間と、その宿泊所のマネージャーは、俺が仲良くさせていただいている西原村の災害ボランティアセンターで知り合った友人だが、今日の大掃除前にボランティア仲間が、俺があまりにも西原村以外の現状を知らないので、南阿蘇村周辺を案内してくれるという。彼らは自らもボランティアだが、その他にも学生ボランティアを本州以東から受け入れ、その活動をコーディネートしている。その際に、熊本地震の被害の大きさと復興具合を知ってもらうために、今回の地震で大きく報道された場所に、学生を連れて行っているので詳しい。俵山トンネルが仮開通したことは何度も書いたが、実際に俺が俵山トンネルを抜けて南阿蘇村に入るのは、熊本地震以来初めてだった。熊本地震(本震)の深夜、大きく山肌が滑り落ちたり、学生用アパートの一階がつぶれた映像を見たと思うが、あれがまさに南阿蘇村の被害を象徴していたのだろう。阿蘇大橋のたもとに立ち、そのえぐれた山体、流失した対岸の国道57号と豊肥本線、そこにあるはずの橋が渓谷に落ちて、荒涼とした荒れ地を目の前にしたとき、本当に言葉もなかった。もしかしたら南阿蘇村が一番復興が遅れているのかもしれない。たぶんそれは、西原や益城は木造や軽量鉄骨の民家の倒壊が多かったので、被害軒数は多かったが、公費解体が進んでいるからだろう。一方、南阿蘇は、地震の直接の倒壊被害とそれによる土砂崩れの被害があり、阿蘇大橋に象徴される鉄筋の復旧には時間が掛かり、また学生マンションは直接解体しなければいけないほどのダメージは受けなくても、学校が再開されない限り人の住まない(言い方はよくないが)ゴーストタウンになってしまう。また山崩れの危険がある老人向け施設群も、建物は立派なのに(たぶん永遠に)静まり返ってしまっている。宿泊客お二人が亡くなった山荘は、今もほぼあのままで、ボランティアがその現場で活動していて、俺の知り合いも数名入っていて、俺も誘われているのではあるが、今回初めて現場に行った。南阿蘇村の災害ボランティアセンターはすでに閉鎖されており、それはボランティアに出来る範囲の活動はほぼ終わったとの判断であり、ここは地滑りが起こったままの場所で重機と共に活動するという、俺から見れば災害ボランティアを超えた活動と判断せざるを得ない。俺等はボランティアだから、自由意思で参加・撤退出来るが、案内してくれた友人は学生に対する責任があるので、どこにボランティアに入るか、リスクとのバランスに絶えず苦労しているようだった。活動する現場がないと、「俺たちは何のために熊本まで来たの」となるしね。とここまで書いてきたが、前にも書いたことがあるように、俺には俺のポリシーがあり、被災地(この言葉も好きではない)の写真は撮らないので、ここに貼る画像はない。代わりに途中で寄った、南阿蘇鉄道長陽駅の画像を貼る。南阿蘇鉄道も熊本地震で大きな被害を受け、現在この区間は運行停止中である。復旧には50億円だか掛かるという話もあり、採算が取れないからJRが撤退して第3セクターが引き継いだのに、そんな金額はとても出せないだろうと言われている。大掃除をすると張り切っていた割には、雨が降り霧が立ち込めていたこともあり(霧は関係ないか)、朝飯を食ってダラダラ、少し掃除をして昼飯を食ってマッタリしてしまい、あまり役には立たなかった。帰りにボランティア仲間(関西出身で地震以来、地元と熊本を行き来している)が働く牧場に寄る。今日はあまり楽しい話ではなかったので、生まれたての子牛でも見てください。左の子は額にハートマークを持って生まれた。そしてこの子が4月3日だかの生まれたての子。
2017年04月09日
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今日は熊本で活動だったが、雨でもあり、外仕事ではなく、室内での組み立て作業だった。 その仕事も14時には終わり、明日は活動はないので、帰ってもよかったのだが、そのまま仲間とスーパー銭湯に来た。 銭湯に入るとコーヒー牛乳を飲みたくなるのは、世代なのか、すり込みなのか…
2017年04月08日
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昨夜走っている時から風が冷たかったが、天気予報通り今日は冬並みの寒さに戻ってしまった。今夜は昨日作ったテールとこんにゃくの甘辛煮があるので、これと言って書くこともない。昨日のレタスとオニスラのサラダが、今夜はレタスとツナ缶のサラダに替わったことと、味噌汁の具がエノキダケになったことくらいが違い。さて、一昨日阿蘇の野焼きについて書いたが、地面に下ろされたナセルの画像だけではなく、羽根の画像もあるので貼っておこう。さらに、阿蘇的な画像がいくつかあるのでついでに貼っておく。まずは「特急あそぼーい!」。本来は豊肥線を走っている観光列車だが、熊本地震による豊肥線の線路の流失で肥後大津~宮地間を走れないので、今は臨時列車として博多~門司港間を走っている。これは博多駅に向かう前に、竹下駅のホームで待機中の「あそぼーい!」。肥後大津~宮地間はルートも少し変わるようだし、復旧というよりほぼ新設に近いのだろうが、是非またいつか「あそぼーい!」を走らせてほしい。遠景だとカッコいいが、シーラ―を見ると結構やっつけ仕事だったりする。これはワンオフだから仕方がないことかもしれなくて、例えば話題の「七ツ星」も、近接でよく見ると表面がボコボコだったりする。さらに、海上保安庁の1,000トン型巡洋艦あそ(PL-41)の画像もあるから貼っておく。データを見ると、巡洋艦あその画像は2011年に撮ったものらしい。なんの目的で撮ったやら。
2017年03月07日
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今年俺は散々人様のお宅を大掃除して来た。そこから学んだことは「いつか使うかもと仕舞ったものは、たいがい二度と使わない」だ。俺もどちらかと言うと捨てられないたちで、特に1Kから3DKに引っ越してスペースに余裕が出来たので、2階の2部屋は生活にまったく使っていないが、そのうち一部屋はすでに荷物で満杯だ。基本、俺が明日コロッと死んで、後を片付ける人が欲しいと思わないものは、取っておく必要がないものだろう。さて、年末にあたり、我が家も大掃除をしなければと昨日今日で掃除をしていた。結構溜まっていたデパートの紙袋なんかは、この際思い切って捨てる。どうしても紙袋が欲しければ、108円で売っているからね。それから、過去の遊漁券なんてものが大量に出て来た。俺には記念だが、俺が死ねばただのゴミだから、処分してしまう。2日でだいたい大掃除は完了して、1年ぶりに風呂に入る用意もできた。1年ぶりに体を洗うという意味ではなく、普段はシャワーのみで風呂は年に2回、大晦日の夜と正月の朝にしか入らない。今日は走らなければならなかったが、掃除をしていてなぜか足の親指の腹を切ってしまった。出血が止まれば問題ないと思うけれど、自分に優しい俺は今日は許してやる。頑張れ明日の俺。画像がまったくないのも寂しいので、一応クリスマスケーキはありますよ的な画像。毎年言われるから書いておくが、チーズケーキがクリスマスデコレーションされているのは俺が頼んでいるから。デコレーションありとなしを選べるが(確か+300円)、どうせならつぶらな瞳のサンタを楽しんどけ。
2016年12月24日
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西原村の災害ボランティアセンターは、今月11月から週一の活動になった。すでにこれまでも土日だけの活動になっていたが、平日も急ぎかつ少人数で解決できる案件があったり、西原村には災害ボランティアだけではなく、いろいろいなボランティアが並行して走っており、例えば動物ボランティアは毎日の散歩が必要なので、長期滞在支援者の皆さんは、災害ボランティアセンターでの活動がある日以外は、自分でそういう仕事を探していらした。しかし、今月は週一のみの活動となり、今月いっぱいで災害ボランティアセンターが閉まるので、さらには今週は変則で今日3日(祝)に活動して次は来週12日(土)になるので、先月末、もしくは今日で撤退する長期支援の方もいらっしゃる。先週は所用で欠席したので、先月末で撤退を表明をしていらした方々とはすでに別れを済ませたが、今週で撤退される方と別離の酒を酌み交わすべく、仕事を終えて昨夜のうちに熊本に入った。火の国熊本も急に寒くなり、気温は夜には一桁に落ち、最後には火の周りに集まる。そんな中、西原でボランティアをしたことがある方ならば誰でも知っている彼が、ガレキ集積場でハーモニカを拾った(洗って消毒した)と言いながら、突然ブルースハープを弾きだす。彼にそんな才能があるとは知らなかった。とはいえ彼と2人で車に乗っていると、ご機嫌な時は上手に口笛を吹いているもんな。昨夜は20時過ぎに熊本入りしたので、テントは張らずに車中泊をしたが、寒いだろうというのは想像できたので、スリーシーズン用寝袋の着脱可能なインナーを付けて行ったが、それでも明け方は寒くて寝袋にしっかりと潜り込んだ。そして今日は、活動後にその場にいた皆さんで記念撮影をした。4月の末からの長かった活動も、もう後3回だな。Photo by 西原村復興支援災害ボランティアセンター
2016年11月03日
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鷹の祭典と言われても、福岡以外の人にはピンとこないだろうけれど、7月のこの時期にソフトバンク・ホークスは、主催試合の数試合を鷹の祭典と銘打ってイベント化している。最大の特徴は、レプリカユニフォームを入場者に配るだけではなく、バスやタクシーの運転手さん・宅配便のセールスドライバー、コンビニの店員だけではなく、お堅いはずの銀行のフロントまで、みんなこのレプリカユニフォームを着て仕事をしている。俺らには見慣れた光景だけど、たまたま鷹の祭典の時に帰省した妹が、「博多駅でJRの駅員がみんなホークスのユニフォームを着て仕事をしていたけれど、あれは問題ないの?」と聞いたほどだ。まあね、勝てば問題ない。ところが今日は今年3試合目の鷹の祭典で、俺の今年2回目の観戦だったが、いいところなく鷹の祭典3連敗を喫する。勝てばどこかで祝杯でもあげようという気になるのだが、昨日に続き(昨日は仕事をしていたので、経過確認だけだったが)2試合続けて完封負けだと、すごすごと家に帰るしかない。もちろん球場で散々ビールを呑んだが、納得いかないので、家に帰って引き続き塩ピーで焼酎を呑む。
2016年07月19日
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朝6時前にウォーキングに出たが、俺が思っていた以上に歩道には雪が残っていて、危ないので散歩に切り替えた。車道の雪はもうなかったが、昼過ぎまでは歩道はところどころがアイスバーンになっていて、今日は走れないかと思っていたけれど、夕方にはその氷もほぼ溶けた。俺の新しい(新しくても中古車)車はまだ来ていなくて代車に乗っているが、友人の車屋から俺の前の車を姥捨て山に捨てに行く(もちろん合法)ので付き合えと電話が入る。オーバーヒート気味の車なので、通行量の減った時間にしようと20時過ぎに出発する。その前に、昨日に比べて寒さは緩んだとは言え結構寒かったが、とりあえず6kmを走る。そういうわけで、帰宅は22時になり、その時間からビールを飲み始めた。晩飯は昨日作ったハンバーグ&コンソメスープの残りを食うので、別に書くこともない。ところで、家の給湯器は今朝9時過ぎにやっと使えるようになった。日曜は不在だったので、昨朝帰宅して丸一日使えなかったことになる。木造建物は災害に弱い。給湯器本体は凍結防止ヒーターが付いているので、保護材が巻かれた給水管が凍ったのだろう。シャワーは実家に行った際に使ったのでよかったが、それがなければ、雪で車を使えない中、歩いて行ける銭湯もない。(浴槽はお湯を溜めるだけで、追い炊き機能は付いていない。)調理は米を研ぐのも野菜を洗うのも、基本は水を使うから変わらないけれど、調理具や食器を洗うのは、給湯器が凍るほどの寒さの中、結構大変だった。うがいは水でやるからいいけれど、歯磨きはお湯が欲しい。とか思っていたが、考えたらいわゆる瞬間湯沸かし器と言われた給湯器が、一般家庭に付き始めたのっていつ頃だろうね。俺の記憶だともの心がついた時にはもうあったのだが、当然戦前にはなかっただろうから(給湯器自体の歴史はわからなかったが、電気給湯器はGHQの指示で、昭和23年に製作されたらしい)、全てを水でやっていたのだろう。その前は川に洗濯に行っていたくらいだから、野菜や食器も、川や井戸等の屋外で洗う時代があったのかもしれん。そう考えると、蛇口を捻ると飲むことが出来る水や、お湯まで出てくるってすばらしいね。福岡でここまで冷え込むことはめったになく、実は給湯器が使えなくなったのは、この家に引っ越してきて2度目だ。前回は半日で使えるようになったけれど。たぶん、給湯器のスィッチを切って、少量の水を蛇口から流し続けるのが一番の凍結対策なんだろうけれど、次にそのような事態になるのは、きっとまた数年後だろうから、絶対に忘れている自信がある。
2016年01月26日
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金曜くらいから週末の九州は積雪で大変なことになるから、2~3日分の食料を用意しておけとアナウンスされていた。そう言っても経験上、北部九州では最高気温がマイナスになることはないので、夜に降り積もった雪も路地には残ることがあっても、幹線道路は昼前には雪がなくなりノーマルタイヤで走れるようになる。ところが昨日は最高気温が氷点下の予報だったので、さすがにやばいかと身構えていたが、朝5時に実家で目を覚ました時には、拍子抜けするほどだった。吹き溜まりではアイスバーンになっていて、風が冷たく耳がちぎれるくらい痛かったが、それ以外は普通に散歩できたし、道行く車もノーマルタイヤで走っていた。いや、問題はその状況で散歩した奴がいたってことが・・・結局雪はたいしたことないじゃん、でも最悪の事態に備えて注意喚起は必要だったよなと思ったのもつかのま、7時頃から降り出した雪がどんどん積もって行く。普段ならば降雪が激しい瞬間は積もることがあっても、昼間の積雪は徐々に溶けて行くはずなのに、さすがに最高気温が-2℃の昨日は、積もった雪が溶けることはなかった。近所のスーパーまで歩いて買い物に行ったが、路地はもちろん幹線道路もアイスバーンになっていて、ノーマルタイヤでは走れない状況だった。その状況で、チェーンも巻かずにスタッドレスでもない、もちろんAWDでもない車をのん気に運転している奴がいるのは、さすがに九州だなと呆れて見ていた。というか、それは歩行者に対する殺人行為だろうと怖い。スーパーに行ったのは16時頃だったが、スーパーも来客が少なかったのだろう、その時間すでに総菜に半額シールが貼られていた。ちなみに父は、無事宮崎県でハーフマラソンを完走したらしいが、帰りの特急が信号故障で動かなくなってしまい数時間列車に閉じ込められ、なんとか最終の新幹線に乗り継いで博多駅に着いてもタクシーを拾えず、博多駅から走って深夜1時過ぎに帰宅した。凍結路面を走ると危ないって心配をしなければならないところだろうけれど、ハーフを走った後でまだ数キロ走れるなんて、やるじゃん78歳と笑ってしまった。結局昨日もそのまま実家に泊まり、車を動かせる状況ではないので、今朝歩いて帰宅した。凍結の路面をチェーンも巻かずに走るつわものや、軽のFF車の後輪にチェーンを巻いている車までいて、歩道と車道が分離されていない路地では、前後から車が近づいてくるたびに突っ込まれたら嫌なので、避けて車をやり過ごしていた。バスは本数を減らして走っているのか、満員通過のようで皆さん雪道を歩いて出勤されていた。さらには自転車やオートバイで走っている人までいたが、雪慣れしていないから逆に恐怖心がないんだろうね。今日は今のところ仕事の予定がなかったんだよね。ちょうどよかったんだけど、25日(民間の給料日かつ1月最終週の週初め)に仕事がないってどうなのよ
2016年01月25日
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世間じゃゴールデンウィークだね。俺の仕事はカレンダー通りだけれど、さすがに客と面談するような仕事はない。電話はたくさん掛って来たけれど。明日から5月だが、毎年GWになると、そろそろこたつ布団は片づけなきゃと思う。これは地域差があるだろうけれど、ここ福岡で鉄筋に住んでいた頃には、すでに3月末には片づけていたような気がする。ところが木造(一応モルタル)の一軒家(借家だから)に引っ越してきて以来、こたつの使用期間が前後1カ月ずつ延びた。数日前から、5月になる前には片づけようと決めていたが、実は今朝も寒くてこたつのスイッチを入れた。いつまでもずるずるしていても仕方ないので、今日こたつ布団上下を剥いでしまう。こたつの筺体というかフレーム自体は、年中テーブルとして使うんだけどね。ここまで書いてきて、「片づける」という言葉が頭に浮かばなかった。「片づける」ことを福岡では「なおす」というが(この場合「こたつ布団をなおす」)、さすがにそれは方言だと気付いたが、言い換えとして浮かんだのは「仕舞う」だった。「仕舞う」で書き進めていたが、「仕舞う」という言葉も共通語なのか不安になり、検索したら国語辞書に「仕舞う 片づけるの意味」と出てきた。そこで初めて、ああ、「片づける」が一番伝わりやすいのかと気づく。方言は文化そのものだから大切にしたいけれど、さすがに意味が伝わらなければね。今夜は、さっき隣の畑からパクッてきたスナップエンドウと、昨日作ったたけのこと厚揚げの煮物で呑み始める。昨日炊いたアサリとたけのこご飯と、アテで余ったたけのこと厚揚げの煮物だし、これも昨日妹からもらったポテサラに、最近毎晩出てくる新タマスライス。551蓬莱のエビしゅうまいを帰省した妹から少しだけもらっていたのだが、2個だけ余っていたのでおかずに参戦。たけのことスナップエンドウの吸い物だけは、今日新たに作ったと言えるが、中の具は変わり映えしない。
2015年04月30日
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昨日たけのこを掘って帰宅後、自転車で実家にたけのこを届けに行ったのだが、その帰り道、雨がポツポツ落ちてきた。本降りになる前に家に帰ろうと、あわてて自転車を漕いでいたら、ギャップに乗り上げて制御不能となり、顔からアスファルトにたたきつけられた。まあ、傷だらけの顔を写してお見せするのもいかがかと思い、とりあえずメガネはこんな感じ。たたきつけられたって大げさではないでしょう?左顔の、耳やこめかみから目の周り・頬から口の傍にかけて、そして首と両手の甲に、一晩経っても乾いていない擦過傷があり、目の周りはどす黒く腫れ、口も開きにくい。さらに、両ひざ上に打撲による痛みがあって、首はむち打ち状になっている。こんなんで寝れるのか?と思ったが、さすがに一晩ぐっすりとではなかったが、人間なんとかなるもんだね。病院に行くほどのことではないような気がするが、顔がちょっとみっともないので、一応病院に行った方がいいのかなと思いつつ、日曜だからやっかいだ。結局昨晩は何も食わずにそのまま寝たので、この時間お腹も空いているが(俺の基準では、どんな時でも食欲さえあれば大丈夫)、近所のコンビニとはいえ、この顔で行くのはどうかと思い、在庫は冷蔵ご飯かカップラーメン・乾麵のパスタやそばくらいしかない。まあ、男だからこれくらいの傷は勲章だが(いや、おっさん、自分でこけただけやで)、29日は大野城いこいの森ロードレースで10kmを走る予定だったんだよね。擦過傷は乾いてしまえば問題ないが、ひざの打撲痛とむち打ちがどれだけ取れるかだな。この状況で、ひとつ前のピザの記事をのん気にエントリーするあたり、俺もだんだん目先のささいな物事に動じなくなってきた。(そういう問題か?)
2015年04月19日
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もう4年なのかまだ4年なのか、今年も3月11日がやって来た。昨日に引き続き寒い日だったが、天気はよくて雲ひとつない青空だった。4年前の今日は金曜日で、翌12日が九州新幹線の全線開通日だったはずで、ブルーインパルスが展示飛行をすることになっていて、前日11日はデモ飛行だった。俺は13時前に、博多駅前のビルの屋上でそれを見ていた記憶があるが、今日と同じように雲ひとつない青空だったが、福岡では今日ほど寒くなかった。東北はまだ寒い時期だっただろうが。俺個人の話でいえば、東日本大震災がきっかけで歩き出し、その2ヶ月後には走りだし、翌年の2月には、いわきサンシャインマラソン(福島県いわき市)を走っているから、俺の人生に於いても、東日本大震災は想像もしない転機だったのは間違いない。いわきで始まって、松島(宮城)・旭(千葉)・宮古(岩手)で走ったが、行く前に動画サイトで、自分が行く場所のあの日がどうだったかを検索するが、津波の遠景でも、その瞬間失われている多くの命があるわけで、観るのは結構つらい。そんな時、この動画を何度か見た。これはこれで、泣くようなサイレン音が怖いと同時に、少し勇気をもらえる動画だった。タイトルにあるように、3月14日の仙台市青葉区で撮影された動画で、確かコメント欄に詳細が書いてあったと思ったんだけど、見当たらないのでうろ覚えで書くが、すでに被災地で救助活動をしていた兵庫県隊に、14日になって、やっと南三陸の被害が甚大だとわかり、消防庁から転換命令が出て、移動しているところだったと思う。(違ったら指摘してください。)14日の時点で兵庫県隊がすでに一仕事していたということは、11日夜からさっそく編成に入ったとしても、出発できたのは早くて12日の昼過ぎ、普通は12日の夕方だろうから、夜通し走って、翌13日から活動していたのだろう。その移動距離を考えると、これだけの陣容が、翌々日には活動していたのはすごいね。と同時に、街が壊滅状態になってしまったようなところの被災状況は、丸3日経たなければ、情報が伝わらなかったということなんだよね。すでに一昨年のことになるのか、宮古サーモンハーフマラソンを走って以来、しばらく東北に行っていないが、また遊びに行かなくっちゃね。いわきの貝焼き も、(外国産冷凍物ではない本物を)食いに行かなきゃいけないし。
2015年03月11日
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月曜の朝、少しだけ早起きして、車を走らせ友人に会いに行く。First contact10分前ほぼ毎日ここを通じてお互いの動向は確認しているのだが、実は初めて会う。優しそうな奥さんと、彼そっくりだけど真面目そうな長男君、いつもブログの写真では目線が入っているからわからないけれど、目元が涼しげな美人さんのお嬢さん、ご家族みなさん揃っての、正味5時間の九州旅行だったようだ。来福の目的などのレポートは、そのうち彼のブログで書かれるだろう。昨日彼のブログで「今日巻いた」と書いていたお尻の赤いフライは、今日俺の手元にある。次回の釣行はこの5本のフライのみで勝負だな。
2014年07月28日
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俺の周りでは、昨日ブログタイトルに「危険な雰囲気」ネタが流行ったようだが、遅ればせながら俺も参加する。昨日の日曜の夕方、スマホを音楽プレーヤー代わりにして、ヘッドホンで音楽を聴きながら、雨の中を歩いて買い物に行った時のことだ。気持ちよく山下達郎氏を聴いていたら、突然音楽が止まり、操作していないのに勝手に電話を発信しだした。しばらく「プップッ」と電波を探し(auだもの)てからコールし出したので、慌ててパンツのポケットに無造作に入れていたスマホを引っ張り出し、3コールで発信を止めることが出来た。相手が出る前にキャンセル出来てよかったと、一応発信履歴を確認すると、これが、電話をしてはいけないというか、電話することがないはずの人だった。いやー、相手が出なくてよかったよ。しかも携帯と自宅が登録してあったが、自宅の方へ発信していてよかった。携帯なら着信履歴が残るもんね。今時は固定電話も着歴が残るやつがあるが、俺の知る限りそれではないはず。なぜ突然その人へ発信したのかを、昨日今日ずっと考えていたんだよね。単純にポケットの中でボタンが押され、偶然その方へ繋がったのかと思ったが、「相田」(あいうえお順の先頭?)や「渡辺」(同最後?)ならわかるが、あいうえお順で言うと、中盤あたりの名字を偶然押すだろうかと考えていたら、一つ思い当たる節がある。電話帳をスマホに乗せ換えてから、電話帳のメモリーナンバーがどこにも表示されなくなったのだが、前のガラケーの時には、その人がメモリーナンバー001だったような気がする。そして、今回は着信ボタンがない純粋なヘッドホンをジャックに挿していたが、前のケータイの時には、着信ボタンがあるハンズフリーシステムで、応答ボタンを長押しすると、自動でメモリー001に発信したような気がする。実際、よく掛ける電話番号だったから、そういう使い方をしたかもしれない。たぶん、ヘッドホンのコネクトが完全ではなくて、誤信号が発信され、メモリー001へ発信せよと指令されたのではないかと思う。「こいつストーカー気質」と思われたらいけないので、もう二度と間違いが起こらないように、そのメモリーはとっとと消去した。世の中はどんどん便利になっていくけれど、どんどん厄介になっていく。そんな一日中大雨だった今夜は、仕事で帰宅が遅くなったが、19時過ぎにはなぜか陽が射していた。これなら走れたかもと思ったが、今さらどうしようもない。冷蔵庫には肉類が何にもないので、帰りにスーパーに寄ったが、時間が遅すぎて総菜もピンと来ず、かといってそれから作る気にもならず、おかずとして貧相な刺身2品盛を買ってきた。解凍であろうホタテと、明らかに「クロ」ではないマグロ。汁物代わりに在庫のそばを湯掻き、雨のせいだろう少し寒いので、温そばにした。しいたけが一枚あったので、汁で煮込んで、しいたけそばにする。
2014年07月07日
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タイトルを見ただけでピンとくる人もいるだろうが、俺は今年は運転免許証の更新年なのだが、5年前の誕生日40日前から、今日免許更新年の誕生日41日前までの5年間(法律でいう誕生日40日以前の5年)を、無事故無違反でやり過ごした。今夜はもう酒を呑んだので運転することはないから、事故や違反は起こらない。そういうわけで、今回の更新もゴールド免許証が確定した。(はずだ。)無違反と書いたが、違反を検挙されなかっただけで、実際は結構してると思う。前にも書いたが、俺は一旦停止を比較的しっかりと止まっていると思っているが(元バイク乗りなので、一旦停止で「足を着く程度の時間」を体が覚えている)、たまに気になって、ドライブレコーダーの映像を見ると、微妙だったりする。まあそれでも、結果的にゴールド免許証だと、更新講習の時間が短く、費用が安く済み、更新スパンが長いし、自動車保険も安いのでお得感は満載だ。そんな気分がよい今夜は、炊いて3日目のご飯(冷蔵していた)なので、卵をごま油で溶いて炒めて一旦上げて、ウィンナー1本とニンジンタマネギを炒め、炒飯にする。本当はこれにインスタントラーメンを付け合わせる予定だったが、そこまでは食えそうになく、インスタントのワンタンスープを買って来て、スープ自体は粉末全部をお湯で溶いたが、ワンタンは半分だけ茹でる。(もちろんスープも半分だけ使い、残り半分は明日に残している。)キャベツの千切りと、昨日大家の畑からパクって来たキュウリのサラダを添える。
2014年07月05日
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94歳の叔父がいて、身の回りの世話をさせてもらっていることは何度か書いた。叔父と言っても、母の姉(故人)の配偶者だから俺とは血縁はないんだけれど、母が学生の頃から(母と姉は一回り違う)義兄(叔父)に世話になっているので、母の代わりに俺ができることはしようと思う。ところが、叔父にはもれなく叔母(と呼ぶ/以下同じ)が付いてくる。叔父とも血縁はないのに、その叔父の弟(故人)の配偶者だから、「叔母(と呼ぶ)」と書いたけれど、実際は叔母にはあたらず、事務処理上はそう呼ぶしか仕方がない。その叔母は10年近く老人ホームに入っているが、その施設にしても、叔父が通うディサービスにしても、数ヶ月に1回は介護方針の説明を聞いたり、しょっちゅう料金改定があるので、その都度書類に捺印の必要があるのだが、叔父の子(俺の従兄)はすでに亡くなり、叔父の弟夫婦には子がいなかったので、現状、身軽に動いて、説明を理解して、意思表示(捺印)する人が俺しかいない。仕方ないから、俺が続柄欄に「甥」と書いて署名・捺印して凌いできた。まあ、それは責任を取る覚悟が俺にあればいいだけの話なんだけどね。さて、詳しいことは書かないが、その叔母がここ数日という時期に来た。毎日施設の看護師さんから状態の報告を受けていたので、外出を渋る叔父を連れて、昨日見舞いに行って来た。そしてその帰りにお寺と葬儀社に寄って、今後の手配をしてきた。「まだ頑張っているのに用意を始めるなんて」と眉をしかめるかもしれないが、94歳の叔父が身元引受人なのだが、俺と叔父が一緒に関係各所に行って、身元引受人がすべてを了解して、実務は俺に任せているということを、見せなければ事がスムーズに進まない。それは夜中に起きるかもしれないからね。超高齢社会の昨今、きっといたるところでこういうことが起きているのだろう。俺は地元に残って、かつ自営業で時間を調整できるから身軽に動けるが、事務系のサラリーマンなら、こんな場合半休を取ったりしないといけないだろうし、子供がみんな地元を出て行って、誰も残っていないこともあるだろう。叔父には何度か成年後見人の話もしたのだが、90歳を過ぎてそんなことを言われても、ピンとこないみたいなんだよね。俺に財産を取り上げられると思っているのかもしれん。成年後見人制度を利用した方が、裁判所の管轄下に入るから安心なのにね。話がずれたけれど、そういうわけで、何かがあれば葬儀社が行ってくれるのだが、さすがに他人に任せて、親族が誰も顔を出さないというわけにはいかないので、昨日今日と酒を飲むことができない。(昨日は元々週に一度の休肝日だけど。)まあ、俺が叔父や叔母の身の回りのことをするのはいくらでも構わんが、自分もいつか行く道だけど、自分を考えると、俺には子がいない(はずだ)し、妹も子がいないから、そういうことをしてくれる人が誰もいないんだよね。そう考えると、普通に一日を過ごして、夜寝て、翌朝起きて来ないのが一番幸せな終わり方かもしれん。後始末をする人には迷惑を掛けるけれどね。こんなことを考えながら、昨日の残りのバームクーヘン約205円分。コーヒーは、今日からトラジャブレンド・ロイヤル。
2014年06月20日
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恥ずかしながら、家族旅行中だったりする。昨晩、家族で旅行っていつ以来だったろうという話になって、大阪万博以来じゃないという結論に達した。年寄りを連れてうろうろするのもしんどいので、まだホテルの部屋でぐずぐず中。とりあえず、オーシャンビューの眺望は十分に堪能した。暇すぎて、ブログを書くくらいしかすることがない。
2014年05月04日
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どうでもいい話だが洗濯機が壊れた。壊れそうな前兆はあったので覚悟はしていた。「何年くらい使ったんだろう」と考えてみたら、買ったのは多分、マンションを買って引っ越した時なんだよね。そのバブルの塔はすでにはるか昔に手放し、その後、賃貸マンションにかなりの期間住み、今の家に引っ越して来てからも数年が経つ。気になって、どこかに製造年が記されているだろうと探したら、1994年製だった。じゅ、19年も使ったんだ。 さすが国産 日立製だな。まあ、家族が多い家では洗濯機の使用頻度も多くて、毎日や、1日2回転したりもするのだろうが、俺は夏で週3回・冬は週2回程度だからね。そう考えるとトータルの使用回数は、そんなに多くはないのかもしれないが、それでも、電化製品の天敵である水を使う洗濯機が19年も壊れなければ、日本の家電メーカーが斜陽していくはずだと納得した。この洗濯機(4.2Kg)は19年前に3万円で買ったのだが、昨日、大手電気店に見に行ったら(まだ買ってはいない)、国産メーカーの5Kgで、さらに簡易乾燥(送風)まで付いて22,800円だった。こ、これが失われた20年ってことなのか
2013年04月26日
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昨日は今年初めての渓流釣りで、張り切って一人で宮崎県椎葉村まで行った。そのことはまた今度書くとして、午前中釣りをして、平家本陣でそば定食を食って帰途に就く。14時頃だったと思うけれど、高速に近づいたら「上下線とも通行止」の電光掲示板が。もう少し早く知ってれば黒川周りで日田に迂回したのに、すでに熊本市内だった。それから行けるところまで高速で行って、植木ICで下道に下りたんだけど、高速の下り口も下道も大渋滞になっていた。高速の通行止なんて、なるべく早く事故車両を排除して再開されるべきものだし、数十台が絡む事故でもない限り、そんなに時間はかからないと思っていたんだよね。ところが一向に再開されない。これだけ長引いた上に上下線とも通行止になるのは、事故車両が対向車線に飛びだしたとかの大事故なんだろうと思っていた。渋滞の中、国道を時速10km未満で動いたり止まったりを繰り返す。俺の予定じゃ、16時には家に着く予定だったのに、その時間にはまだ熊本市内だった。車の中で煮詰まっていたし、疲れていたし、さらには少し熱まで出て、コンビニに寄ってソフトクリームを買ってしまった。(多分、今年初ソフト・アイス系)ナビのVICSをずっと読みこんでいたんだけど、18時前に通行止が解除されたので、高速のインターを検索してやっと高速に乗った。ところが再開されたばかりの高速も、交通集中で時速30kmで動いたり止まったりだ。5時間以上運転しっぱなしだったので、さすがに疲れてあくびも連発で出だして、ここで俺が事故を起こしたらシャレにならないので、SAで車を止めて1時間ほど寝た。車の中で寝たので、微熱があったのがはっきりと風邪になってしまった。途中で寝たこともあって、結局家に帰り着いたのは21時半過ぎだった。もうその時間から何をする気力も残っていなかったが、ウェーダーだけは洗って干しておかないと、臭いとカビで大変なことになる。でも、ウェーダーを洗う気力もなくそのまま物干し竿に掛けて寝る。まあ、事故を起こした人も事故を起こそうと思ってやったわけじゃないと思おうとしたが、家に帰って通行止の原因を知って唖然とした。熊本県警の現職警察官が、休日に嫁と1月に生まれたばかりの子供を乗せて走行中、植木IC下りの流出分岐に乗り上げて横転、車の中に嫁と赤ちゃんを残したまま、下り側の高速2車線を歩いて横断、中央分離のガードロープを乗り越え、上り2車線を横断しようとしたところで、通行してきた車にはねられて死亡している。赤ちゃんを乗せていて、分岐に乗り上げるような運転をするのがそもそも不思議だが、それはまあ、親が責任を取れればいいことなので、俺が口を出すことではない。問題は、なぜ高速道路上で車に閉じ込められたままの嫁と赤ちゃんを置いて、ふらふらと高速道路を歩いて横断したかなんだよね。普通は、携帯で110番や、高速の非常電話を使ったり、後続車両に通報を頼んだりして、車内に閉じ込められた赤ちゃんを、自分一人では技術的に救出できないとしても、車の後ろで「突っ込んでくるトラックがあったら俺が受け止める。」ほどの勢いじゃない?その答えは植木ICの上り線の横に高速交通機動隊があることだと思う。俺はこの人を知らないし、死んでしまった人の気持ちはわからないけれど、乳児を高速道路で横転した車の中に置いてまでその現場を離れたのは、俺だったら「内々で済ましたい」ってことだと思う。あくまでも俺だったらだよ。110番や非常電話は記録が残るからね。俺が警察官だったらペナルティーで、パトカーや捜査車両の運転を禁止されることを心配するかもしれない。まあ、現実的には高速で車がひっくり返っていれば後続車が通報するだろうし、レッカーも出動しなければいけないし、内々で済ませることなんて無理なんだけれどね。そもそも、「下り車線で事故を起こして、上り車線をまたいだ交機までどこを通って来ました?」って話になるくらいわかりそうなものだが。普段は椎葉村往復で、満タンで出発した俺の車のガソリンタンクは空にはならないのだが、昨日は途中で給油ランプが点いた。多分何万台の車が数Lずつガソリンを無駄遣いした。その原因が現職警察官の一人芝居だと知って、なんとも言えない気持ちだ。嫁と赤ちゃんが軽傷で済んだのは幸いだったけれど、対向車線でこの人を轢いてしまった運転手は一生心に残るトラウマだろうね。遊びに行って風邪をひいて帰って来たことだけは、事故に関係なく100%俺の責任だから、今日は歯を食いしばって仕事をした。
2013年03月18日
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本当は12月8日が「一日飯を食わず、甘い物を飲まずに、Johnが俺に伝えたかったことを考える日」なのだが、今年は翌9日にハーフマラソンを走ることになっていたので延び延びになった。まあ、俺が一日飯を食わないくらいでこの世の中は何も変わらないし、俺だって明日になれば日々に流されて忘れてしまうのだが、一年に一回くらいはそんな日があったっていいだろう。固形物は食べない、甘い物は飲まないけれど、カロリーを摂らないわけではなく、朝飯というか朝液体は、トマトジュースとコーヒー。昼はブラックの缶コーヒーとか水をこまめに飲んでいた。晩液体は、トマトジュースと牛乳にカップのポタージュスープ。今年は、トマトジュースやカップスープなどのカロリーが高めの物も摂取したので、今現在、腹は減っているが死にそうと言うほどではない。死にそうになる前にもう寝る。選挙の結果が民意なのかもしれないが、「出戻りのお坊っちゃん」の言ってることは、威勢はいいかもしれないが、ちょっと危なっかしい。国家の右傾化なんて、ヒトラーや戦争に突き進んでいった戦前の日本を見るまでもなく、一旦坂道を転がりだしたら本当にあっという間の出来事なんだ。為政者側は情報や言論を都合よく統制できるからね。そして戦争に行くのは「出戻りのお坊ちゃま」や俺たちみたいなおっさんではない。死ぬのは若い奴等なんだぜ? そしてどこにも逃げられない弱い子供たちなんだ。パワーバランスによって作りだす平和なんて一瞬の幻想にすぎない。そんなことは暴力団にだって出来る。貼りつけたYOUTUBEが上手く見られないので今年はこちらから見て。War is over, if you want it War is over, now (John Lennon)
2012年12月20日
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面倒くさいので書かなかったが、3/23日のオープン戦(対広島)を観に行った。ここ3年ほど実働がない新垣が先発し、5回途中まで1失点で投げた試合で、翌日のマスコミは「粘って投げた」みたいなことを書き、本人さえも「シーズン前にやり残したことはない。」みたいなコメントをしていたが、とてもそんな感じではなく、相変わらずの暴投ありのヘロヘロの状況だった。そしてシーズン開幕3戦目、今年俺が初めて見に行く公式戦も新垣が先発なんだよね。俺はしがない孫請けに過ぎないけれど、年に1度くらい親会社からスーパーボックスのチケットが回って来る。まあ、接待されているのかしているのかよくわからん、多分どっちもの状況なんだけれどね。そういうわけで昼から結構ハードな弁当を食った。もちろんケチな俺は金を出した(飯代は自前)以上残さずに食う。昼からこの量の弁当を食ってビールを呑めば、晩飯はもう食えるはずもなく、昨日作ったエッグサラダと、今日の帰りに実家からもらって来た、鶏のミンチとササガキごぼうの巾着しめじ添え。今日の試合に関して新垣を中心に言えば、ホークスにいた頃に可愛がっていた弟分の寺原との投げ合いに勝ち、同じ日に義兄(嫁同士が姉妹)の杉内も巨人移籍後初勝利を挙げたんだから満足だろう。ファンにすれば、去年からローテーションの軸の3枚(杉内・和田・ホールトン)が抜け、どう考えても先発の枚数が不足気味の今シーズン、新垣さんには給料分(丸2年登板がないのに推定3,300万円)は働いて貰わないと・・・
2012年04月01日
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もう、ぐちゃぐちゃ言うのはやめようと思っていたんだよね。俺がいちいち言っても仕方ないし、言うより自分が行動する方が大事だと思うからね。でも、「震災がれき」の件に関しては、言わずにはいれないというか、日本人ってそこまで馬鹿なのまず、「震災がれき=放射能汚染がれき」ではない。東北の太平洋沿岸は広いよ。福島第一原発なんて西の端だもん。新たな風評被害を招いてもいけないけれど、青森より関東の方が断然近い。しかも、本当に放射線量が高いところには現在も人が入れないんだから、当然そこからのがれきは出てこない。それでも心配かもしれないし、なにより政府や役人の言うことは信じられないかもしれない。でも、がれきを送る前に政府や現地が放射線量を測定し、さらには受け入れる側も測定するわけだから、自分が投票した都道府県市町村長・議員や地元の役所は信じられだろう(もちろん民間の団体も測定することになると思う。)えぇ 選挙に行ってない 問題外。えぇ 自分が投票した人はみんな落選した それは残念です。がれきのみを心配したところで、人は日々動いているんだぜ。現に俺は1ヶ月前に福島第一原発から5~60kmのいわき市まで行って、鼻の穴をおっ広げ、「ぜいぜい」言いながら息をいっぱいに吸い込んで走ってきた。俺は福岡に帰ってきてすでにいろんな女の子とチューしたぜ俺は遊びに行っただけだけど、例えば明日、電車であなたの隣りに座る人は、えらく背筋が伸びてるなあと思ったら、福島の最前線で闘った自衛隊員さんかも知れんぜ。あなたが明日昼飯を食うレストランのコックさんや弁当屋の従業員さんは、休日のたびに福島にがれきの後片付けに行っているボランティアの方かも知れないぜ。前にも書いたけれど、鳥は県境など知らずに飛び回る、魚も県境など知らずに泳ぐ、風は県境など関係なく吹く。人は福島で生活し、また福島の地を率先して訪れている。この国の原発はもう事故ってしまった以上、過去の原発事故や核実験の結果を見る限り、リスクは福島も福井も福岡も変わらない。(単に「福」つながりで並べてみた。)震災がれきの心配をするより、明日もまた1ヶ月前に福島に行った俺が、新たな女の子とチューすることを心配してろって。今日書いた日記の中に一つだけウソがありますが、難しすぎて多分誰にもわからんよね。
2012年03月18日
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えっと、今日は起きて寝るまで何も食わない・甘いものは飲まない日なんだよね。当然、酒も呑まない。年に1回くらいそんな日があって、いろんなことを考える1日があってもいいだろう。それがたまたまJhonが逝った日だったってだけの話。いつもYOUTUBEは著作権問題をクリア出来ないから貼らないと書いているけれど、今夜は自分の責任で貼ります。(数日で削除するね。)目を逸らすことはとても簡単なことです。でも、目を逸らしても現実が消えてなくなるわけではない。動画へのリンクは削除しました。また来年の12月にお借りしたいと思います。『 If you want it. War is over. Now 』 (John Lennon)
2011年12月08日
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すっかり秋になってしまった。今年の渓流の漁期も(休日は)明日で終わりだ。数日前に9月の「電気使用量のお知らせ」がポストに入っていた。先月8月は前年同月対比33.8%の削減で驚いていたが、今月は、前年同月比-47%をたたき出していた。 凄すぎる俺・・・正直なんで前年同月の約半分にまでなったのかわからないんだよね。待機電力のカットっていうのはやっていない。そもそもテレビがないから。まあ、今月はエアコンをまったく使わなかったのと、こまめに電気を消しているからだろう。きりがないので「電気使用量のお知らせ」をここに貼りつけるのはこれが最後。もちろん、原子力発電は止めるべきだと考える俺は、これからも節電が大事。ついでにこの夏の決算だから書いておく。体重が10kg以上落ちていいことばかりかというとそうでもなく、まず、手足が冷え症になった。車の運転中エアコンが直に当たるとつらい。それから、同じ姿勢で長時間いるとケツが痛い。ケツのいわゆるほっぺたね。ケツの皮が薄くなってしまったからだろう。同じ理由で長時間同じ姿勢でいると腰が痛い。普通肥っていたら腰痛が出るものだけど、痩せて腰が痛くなるとは思わなかった。今日夏物と秋物の衣替えをしたんだけど、去年以前に買った夏物は全部処分する。サイズがまったく合わなくなっているもん。秋冬物もサイズが合わないので大胆に処分する。特にパンツ(ズボン)がダメなんだよね。ここ数年作ったスーツや礼服がブカブカだ。礼服はパンツのウエストにアジャスターが付いていて調整できるし、上着もダブルだから何とかごまかせるかと思ったが、アジャスターはすでに最小だった。(まだ肥ってもいいようにと大きいサイズを買っていたみたい。)上着もダブルどころかトリプルでもまだ・・・スーツの上着だけはジャケットとして着ようと思うが、礼服は買い直しだな。ところが昔穿いていたウエストの細いパンツやスーツがたくさんあって、とりあえずデザインの問題はあるかも知れないが、品数的には困っていない。デザインの流行は10年ごとに繰り返すものだから。肥った時にはまた痩せるはずだからと洋服を取っておくが、痩せた時にはもう絶対肥らないハズだから大胆に捨ててしまおう。(パンツは股下のサイズがあって、それが人より短いものだからリサイクルには向かない。)これだけ痩せたのにまだウエストがキツキツのパンツがあるのには驚きだ。そんな今夜は、昨日の残りの里芋と鶏肉の煮物に、実家からもらってきた本場鹿児島のさつま揚げ。涼しくなってきたから、明日の分まで2食分作って置いていても問題ないだろうと、麩の味噌汁を作る。
2011年09月24日
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昨日の夕方、家に帰ってきたら「電気使用量のお知らせ」がポストに放り込んであった。7月20日~8月21日の使用期間だから、ちょうど夏の電力が一番危機の期間になる。我が家にとってこれは結構頑張ったんじゃないと思い、去年の8月分を引っ張り出してみた。(自宅の一部を事務所とし、電気代の極一部を経費にしているので、税法上保管している。)う~ん、やるじゃん俺。去年の8月は31日で295kwh(9.516kwh/日)だったのが、今年は33日で208kwh(6.303kwh/日)になっている。9.516×2/3=6.344だから、本当に電力消費量2/3を達成したじゃん。俺の人生に於いて、これくらい有言実行なのも珍しい。ところで、この前俺の家でキムチ鍋をしたじゃない 俺はくそ暑いのにキムチ鍋と聞いて、暑い中窓を開け放って汗だくでキムチ鍋を食い、キンキンに冷えたビールを呑む会だと思っていた。ところが俺が目を離しているすきに、奴らはエアコンの設定温度を16度にしていやがった。まあ、世の中いろんな奴がいるから面白いと思うんだよね。「すでに作ってしまった電気は無駄にせず使うべきだ。」と考え方もありだと思うし、「俺一人が節電しなくても大丈夫だろう。」と考えるやつも当然いるわけで、全体で電力不足によるパニック停電が起きなければよかっただけの話だったんだから。九電にしても、際限なく広がって行くであろう東電の賠償の一部を肩代わりすることになるだろうから、少しは潤ってもらわないと。(現在の請求は過去に対する請求で、日常生活に戻れない以上損害は日々拡大している。)まあ、電力会社は代替の利きにくいインフラだし、ここでつぶせば即税金で賠償せざるを得ないから生命維持装置をつけられているだけで、収穫期を迎える農業・長期に渡る避難で再建を諦める企業・今も再開できない学校や幼稚園、それに「この際だから」と外国まで請求書を回してくるかも知れない。第一義的には東電が鼻血もでなくなるまで、それだけでは当然足りないから他の電力会社が、直接的に間接的に金を入れなくてはならなくなるだろう。例えば、電力各社が出資して第2J-POWERみたいなのを作り、東電から発電施設を買いあげ、東電はその会社から電気を買って細々と送配電するだけの会社になるとかね。東電が鼻血も出なくなるまで全てを、さらには電力各社もこれ以上絞り出しようがないくらい拠出した先に、もうお金の出所がないし、被害者の方を救済するために、仕方ないから足りない分は税金を投入しようって話になるのだろう。まあ、そんなことは俺の知ったことじゃないけれど、ただ俺が胸を張って言えることは、「俺が使わなかった1/3の電力は、原子力発電所で作られる電力に相当する分です。」(緑の枠は燃料調整費だ。去年はマイナスだったのに本年はプラスってことは、 電気代ベースで比較すると、去年よりハードルが高くなっているってことだ。)
2011年08月23日
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まあなんと言うか、松本龍氏の発言は、彼そのものだな。あまり書くと彼の発言通り、俺も「終わり」になるんだろうな。松本龍氏は福岡1区選出だけど、福岡の1区はいわゆる他府県の1区とは違って、十分に都市機能が形成された後に福岡県庁が移転していったんだよね。そういうわけで、旧県庁(現アクロス福岡)があった福岡2区が他都府県の1区に相当し、福岡1区は2区とか3区に相当する。都市型の選挙区ではなくドブ板の縁故型選挙区だ。ちなみに福岡2区は山崎拓氏が落ちたり落ちたりしていた選挙区なんだけれど、郵政選挙の時に、時の総理大臣小泉氏が事情がわからずに、ずっと社会党・民主党に議席を取られっ放しの福岡1区に、ホリエモン氏を刺客として立てようとしたのだが、山崎氏に「松本氏は・・・」 (立派な人だから 俺も訴えられたくないから・・・)俺は名もなき一般人なんだよね。こういうことはマスコミが勇気を持って書くべきで、一般人の、簡単に「終わり」になってしまう俺が書くべきことではない。俺が言えるのは、どうか震災の被害に遭われた東北地方の(首長を含めた)方々、チンピラ大臣との面会に、事前に部屋に入って待っているような無駄な時間を割くより、地域の復興を優先してください。
2011年07月04日
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ここ数日とても暑い。と言ってもまだ5月だから扇風機を回せば寝つける。俺は一戸建て(賃貸だから)の一階の窓際で寝ているんだけど、去年まではエアコンを1時間タイマーで入れて、窓を閉めて寝ていた。でも、今年はこんな状況だから、なるべくエアコンを使う時間を短くしなければと思う。そうなると窓を開け放って寝るってことだろう俺はいい年こいたおっさんだから貞操にはなんの不安もないが、やっぱり世の中物騒だから、ベッドサイドに竹刀か金属バットでも用意しておくべきだろう。もちろん、俺は人を傷つけたいとは思っていないのだが、万一の時は、俺も怖いので金属バットをフルスイングすべきだろう。と、思っていた。ところが昨日、早朝のルーティンの散歩に出ようとしたら、家のカギが付いたカギ束がない。家中探しても見つからないので、「もしや」と思い玄関のドアの表側を見るとカギが挿さったままだった。いや、窓を開けっ放しとかいう問題じゃなく、いくら内側からカギを閉めても、表から開け放題じゃん・・・ (もちろんチェーン《U字》ロックを掛ける習慣なんてない。)家には入られなくても、車のキーも付いているから、目の前の車を盗み放題なんだよね。その状態で一晩安眠した奴が、泥棒に備えて金属バットなんて言ってるのは笑止だ。今夜から安心して窓を開け放って寝ることにする。泥棒が来るなら命がけで来やがれ。俺もタダでは盗ませないぜ。
2011年05月21日
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背筋が凍るほどのとても恐ろしいものを見た。その名をコタツ(ヒーター)ユニットという。参考 コタツユニット(もちろんこちらは新品)壊れたわけではないんだけれど、ユニット部分を台(コタツ)から外す機会があって、結構ホコリが付いていたので網目から掃除機で吸おうとしたら、後から後から出てくる。これはちょっとちゃんと掃除した方がよさそうだぞと分解してみた。恐ろしい・・・ これでよく今まで発火しなかったものだ・・・どう言ったらいいのだろう 基本はホコリなんだろうけれど、それに汗や空気中の水分が付着して、コタツの熱で乾燥し、再凝固したのだろう。恐ろしすぎて写真を撮る気にもならなかったよ。もう壊れてもいいからと思い、すべてのネジを外して中身をバラバラにして、丁寧に掃除機でホコリを吸い取って、さらにクロスで拭きあげた。ユニットだけならもし壊れて買い直しても5,000円もしないけれど、火事になると何も残らないからね。思い出も下手すりゃ未来も奪っていく。多分ね、一シーズン使い終わったら分解して掃除した方がいい。扇風機は外からホコリが見えるから分解掃除するけれど、コタツユニットはコタツ布団の中だし、夏はテーブルの下だし、普段目にしないもんね。
2011年02月18日
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昨日、書きかけて止めたんだけど、やっぱりちゃんと書くことによって俺自身が考えなきゃと思うので、今夜もう一度書く。一昨日、福岡県内で飲酒運転の車に高校生2人がはねられて亡くなった事故があった。元気に家を出て行った高校生の子供がもう帰って来ないなんて、親にすれば堪らないだろうし、受け入れられないだろう。俺自身の高校生の頃を考えれば、夜11時の外出は責められるべきことではない。多分県外の人は(県内の人も)現場をイメージしづらいと思うが、実は東西にも南北にもJRが走っていて町内に交差駅がある、県内でも公共交通機関に恵まれた町なんだよね。現場からでも歩いて5~10分でJRの駅のはずだ。そしてその時間、まだ電車はある。こいつの頭にはJRで移動するなんて浮かびもしなかっただろうけどね。数年前に福岡市職員が小さな子供を3人も海に突き落とす事件があった。まあ、俺があまり夜間に車の運転をしないからかもしれないけれど、俺はあの日以来一度も飲酒検問に遭っていない。数日前に俺は21時過ぎに、自宅から40km離れた場所から帰って来たんだから、その間に一回くらい検問に出会ってもよさそうなんだけどね。もちろん警察に言わせれば、たえずやっているというんだろうけれど、今回の事件も、いわゆる繁華街ではなく郊外の生活道路なんだよね。なにより福岡の運転マナーの悪さは、俺もその中の一人なんだが、ひどい。たとえば2車線の道路が先で1車線になる時なんて、車間を詰めて譲り合わないもん。バスがバス停で路側に寄って停車すると、次に発車しようとしても誰も入れてくれない。だからバスは道路の真ん中で乗降停車する。結局は渋滞して悪循環なんだよね。福岡市役所の看板を背負った公用車が、仲間があんなひどい事件を起こしたにも関わらず、いまだにルールやマナーを理解せずに走っているくらいだからね。他県の、小都市の交通量の少ない道路は別にして、福岡と同規模やそれ以上の都市、たとえば熊本や広島の中心街を走るとイライラする。いや、イライラするのは俺たちの普段の運転が荒すぎるからだ。飲酒運転とは直接関係ないと思うかもしれないけれど、ルールやマナーっていうのは結局そういうことの積み重ねなんだよね。警察には今まで以上にガンガン飲酒検問をやってもらうとして、この街の未来を変えて行くのは政治屋や警察やましては福岡市役所ではない。いま、俺たち自身が変わらなければ、失われた命に対して申し訳が立たない。(絡みづらくて申し訳ないね。今夜食ったものは明日にでも書くよ。)
2011年02月11日
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昨日、与謝野経済財政担当大臣が「国民年金の支給年齢引き上げ」の検討を示唆したらしい。まあ、現行65歳だから5歳上げて70歳からにしたいのだろう。ついでに「役職停止で定年の5年延長」あたりを整備したいんだろうな。今まで生命保険の営業のおばちゃんは散々、「公的年金はいつもらえなくなるかかわからない。」と不安を煽って個人年金を売ってきた。多分、皆さんも一度くらいはこのフレーズを聞かされたことがあるはずだ。俺は法律家じゃないからよくわからないけれど、本当はこれは、「不確定な情報で」・「やみくもに不安を煽る」ことで自社の商品を売ろうとするんだから、法律上も、企業の姿勢としてもOUTなんだろうけれどね。ところが実際は、旧大蔵省(財務省・金融庁)や旧社保庁(年金機構だっけ?)の役人より、政治屋より、経済学者よりも、生命保険のおばちゃんの言ってることが正しかったわけだ。もう生保のおばちゃんに国家経済や国会を運営してもらって、役人や国会議員が生保の営業をして回ればいいよ。多分、1契約も売れずに首くくんなきゃならなくなるだろうけれどね。
2011年01月22日
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去年のクリスマスの早朝3時、我が家にサンタがやってきて、俺は禁煙した。クリスマスのことだから1年の計算が楽でいいよ。禁煙1年を総括しておこうと思う。喫煙者なら誰でも、「俺は他の奴とは違う。俺がその気になればいつでもタバコなんて止められる。」と思っているはずだ。俺もそうだったもん。そして「でも今はその時ではない」と。そう思っている限り永遠に止められないんだけどね。禁煙は簡単に出来る。でも、それを持続するのは非常に難しい。俺は今でも、運転中に渋滞にはまった時なんか、無意識に左手が、胸ポケットやコンソールボックスにあるはずのタバコを探している。そんな時に前の車の運転手が、美味しそうに紫煙をくゆらせるとたまんない。今タバコを吸いたい欲求はほんの十秒程度だから我慢できるけれど、このタバコを吸いたい気持ちが止めて1年経っても薄れずに、これからどれだけ時を経ても永遠に続くのかと思うと心が折れそうになる。そんな時は、「俺は今ちょっと禁煙しているだけだから。たとえば75歳になった時・余命6カ月と診断された時・留置場に入った時にはまた吸おう。」と心に誓ってやり過ごす。(刑務所や拘置所は喫煙不可だが、留置場の段階では可らしい。)そんな俺に今年残念なニュースがあった。昔から(確か小説なんかにも出てくると思う)、「死刑場の祭壇には羊羹とタバコが供えられていて希望すればどちらかを最後に所望出来る」という都市伝説があった。(その都市伝説では羊羹とタバコの両方ともは不可らしい。)ところが今年、例の死刑に関する議論から死刑執行施設が公開されたのだが、どうやら羊羹(和菓子)は本当だがタバコはないらしい。ちぇっ、絶対に死刑にならないようにしようと堅く心に誓う。タバコを止めた一番のメリットは、のどの具合がいいってことだろう。俺は気管支があまり強くなかったので、季節の変わり目とかの夜中に、呼吸困難で目を覚ますことがあったのだが(起き上がれば呼吸できる)、それが全くない。お上品な話ではないが、この季節タンが絡むこともない。そして、金銭的なメリットもあったはずなのだが、それが全く実感できなかったので、遅ればせながら10月から1日300円をつもり貯金することにした。まあ、小銭がない時は、3日分として千円札を入れて100円お釣りをもらうとかね。で、間違わないようにお金を入れたら日数分カレンダーに赤丸を付けている。これは1年満期の予定で、1年貯めたら残さず使い切る。一応100円ごとに目的が違って、100円×365日は釣り道具を買うとか、100円分は年に一度の旅行の小遣いとかね。タバコを止めてお金が貯まるというのも、心の安定というか、励みだな。一方デメリットは、これはなんと言ってもズボンのウエストが・・・つい最近、冬パンツを1本買ったのだが、ウエストを1サイズ上げようか悩んだもん。ここで上げたらずるずる行くと思ってこらえたけれどね。そしてタバコを止めて一番驚いたのが、取引先の会社の人から、「最近書類がタバコ臭くないですね。」と言われたことだ。えぇ 書類にまでタバコの臭いって付くものなのと思っていたが、先日久しぶりに都市MAPを引っ張り出したら(最近はナビばかりだから)、確かにタバコ臭いんだよね。その時、「煙草の匂いのシャツにそっと寄り添うから」(赤いスイートピー 作詞/松本隆)が、本当に非喫煙者にはわかるんだと納得した。
2010年12月25日
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今日は休みだったんだけど、午前中出かけようとして車のエンジンを掛けたら、頭の上で「ピー」っと異音がなる。ドライブレコーダーからだ。話は少しそれるけれど、俺が付けてるドライブレコーダーは、一定の衝撃の前後16秒を撮影するタイプだけれど、どんなに気をつけて運転しても一日に1回は撮影されてしまう。まあ、急ブレーキとはいえない程度の強めのブレーキを踏んだとか、段差がある道路を速度を緩めずに行ったとかね。仕事で約束の時間にギリギリで焦っている時なんか、連続で3回くらい撮影音がして、さすがに「これはいかん。」と思い直して、遅刻してもいいから安全運転で行こうと・・・まあ、そういうわけで、1万円もしないほんのおもちゃみたいなカメラなんだけれど、それでも(今まで幸いに事故に至らなくても)一定の役割は果たしていると思う。暇な時に撮影された画像をまとめて見ることがあるけれど、自分では比較的一旦停止はきちんと止まっている方だと思っていたけど、あらためて見ると微妙。で、そのドライブレコーダーから警告音がしている。いろいろいじってみたが、記録媒体のSDカードを外すと音が止まるから、SDカードが悪いんだろう。SDカードを取り外してパソコンで読み込もうとしても反応しないし。SDカードなんてどう考えてもネットで買った方が安いので、夕方ゆっくりネットで探そうと、とりあえず出発したんだけど、ドライブレコーダーがないだけで思いっきり不安だ。俺が一生懸命安全運転しても、どこかのバカが一旦停止を無視して突っ込んで来るかもしれないじゃん。そして、そんな奴に限って「自分はちゃんと一旦停止した。」とか言い張る。一旦停止してそのスピードでぶつかってくるって、ニトロでも積んでる みたいな。そう、言ってみれば、ドライブレコーダーなしでドライブするのは、裸でバイクに乗って出かけたような不安感だ。あれ それは不安感じゃなくて羞恥心の方だろうかそういうわけで、急きょ行き先を変更してパソコンショップでSDカードを手に入れた。うんうん、安心して運転できるよ。さらには俺も撮影されているから安全運転しなければとあらためて思う。来週以降年末まで車は多くなる一方だし、みんな気持ちが焦っているだろうし、もうなるべく仕事をせずに、家でじっとしていようと思う。休日に、朝飯も昼飯も食ったら、もう晩飯は軽くでいいや。13分も茹でなきゃいけない乾麺の讃岐うどんが一把残っていたので、今夜はこれを食う。先日は惣菜のかき揚げを買って消費に苦労したが、今回は既製品のかき揚げを買う。2枚入りだけど、個包装だし、余った1枚は年越しそばに回せるはず。ここ数年、年越しそばを食わずに寝てるじゃんというのは禁句です。レタスと大根のサラダ付き。手前の微妙な写り方をしている木製っぽいフタはゆず七味。週末だし、今日は遊んだし、今夜はこんなもので勘弁してやるけれど、明日は大掃除だ
2010年12月18日
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12月8日というのは、俺が起きてから寝るまでの間、なにも食わない日だ。と言っても変な宗教に入信したわけじゃないから心配はご無用です。食わないからこまめに水分は摂らなきゃいけないんだけれど、午前中トラブルがあってバタバタして忘れていた。(俺のトラブルじゃないんだけどね。)そうこうしているうちに、昼前に強烈な空腹が襲って来た。それでも忙しくてしばらくなにも飲めなかったら胃がキリキリと傷みだした。そして最後には腰まで痛くなってきた。空腹のあまり腰痛になったのは俺くらいだろう。これはさすがにいかんということで、無糖の缶コーヒーを飲む。この胃の状態で一気に流し込むと大変なことになりそうだったので、10分くらいかけてチビチビと飲む。とたんに胃痛も腰痛も収まったよ。「今までこんなことなかったのにな」とよく考えたら、去年の今頃はまだ喫煙者だった。たぶん喫煙って空腹を抑えるというかまぎらわす効果があるんだと思うんだよね。夕方に寄った客のところでコーヒーとお菓子が出てきた。コーヒーだけ頂いたけれど、あのスィートポテトみたいなお菓子は貰って帰って明日にでも食いたかったなあ。さらに仕事も終わろうとする頃、ちぼりチボンの詰め合わせまで貰ってしまった。福岡のスーパーでも置いているところもあるのだが、結構いい値段だし・食い出したら止まらないし、わざわざは買わない。うぅ、美味そうだ。神が俺を試している・・・ 俺的には舟に乗ったあじし野がお気に入り。そんなわけで、起きてると腹が減る一方なので俺はもう寝るよ。俺は明日になれば腹いっぱい食えることを知ってるから、1日くらいなら我慢できるけれど、明日も食べる物を手当てする方法がないとするならば、ましてそれが自分だけではなく、子供にも食を与えてやれないとするなら、本当に身を切られるほどの痛みだろう。それはほんの65年ほど前にこの国のいたるところであった風景。そして世界のどこかでは今夜も途方に暮れる母子がいるのかもしれない。『 If you want it. War is over. Now 』 (John Lennon)
2010年12月08日
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広島に行ったのは一週間前のことになるんだね。書くべきことはもう書いてるんだけど、自分用に、忘れてはいけないチラシの裏的なことを・・・写真じゃよく写っていないけれど、小さな路地が(車道を横切って)延々と続いてる。これは呉市内で、多分ここから南西方向へのこの小さな路地を撮ったのだったと思う。漁村ではない(呉市だけどかなり山側/漁村の場合、長い路地は海と平行に続く)・古くからの門前町でもない場所が、これだけきれいに町割りされているのは、いかに軍港呉の空襲がひどかったかってことではないかと思う。大和ミュージアムの窓から、ちらちら停泊している自衛隊の艦船が見えたんだよね。俺的には現役艦の方が興味をそそられる。という話をしたらみんな付き合ってくれて、海上自衛隊第101掃海隊の掃海艇を見に行ってきた。2艇入っていたから、まさにこのホームページの「さくしま」と「いえしま」だろう。最新鋭のイージス艦ではなくて、掃海艇や補給艦こそがこの国を代表して、国際平和のために、海外で日章旗をはためかせている船(隊)なんだよね。広島市の繁華街は、真っ暗な早朝5時から女の子が1人とか2人でうろうろしている。安全なんだろうな。もちろん仕事帰りのお姉さんもいるけれど、ほとんどが普通の女の子。そして朝5時のラーメン屋は満席だった。(俺は食わないけれどね。)突然だけど、「平」の姓を持つ女性と離婚した奴がいると思ってください。元嫁もよく知っているのだが、友達になるのに先祖なんて何の関係もないから、俺はどちらの「平」さんかは知らないし、興味もない。(たとえ、近衛さんや松平さんだって、友達になれば「お前」呼ばわりだろう?)その「平」さんと離婚した男が「平家の守り神」厳島神社で引いたおみくじは、何の迷いもなく「凶」だった。そりゃあそうだろう。以上、広島の覚書。今夜はマルタイの四海楼監修 長崎皿うどんを買って来た。四海楼なのに炒麺じゃないのって前に言ったっけ豚バラ・エビ・丸天(さつま揚げ)・キャベツ・タマネギ・ニンジン・しいたけ・もやし・にんにく。四海楼監修だから、もちろん金蝶ウスターソースをかけて食う。サツマイモのレモン煮は、一応昨日もう一度火を入れた。よく見て、匂ってみたけれど大丈夫そうなので試しに食ってみたが、元々酸っぱいので(レモン煮だもん)よくわからん。全部食ったけれど、今のところ大丈夫。どうせエビも長期冷凍品だったし。明日は日曜日だからいろいろなところで地方選挙がある。俺はもう投票権がないけれど福岡市長選とか、新宿区長選や新潟市長選とか・・・政府や検警察が一番嫌なのは、sengoku38氏が一定数の票を取ることだろう。
2010年11月13日
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NHKの記者が家宅捜査情報を捜査対象者の時津風親方に教えたってのはひどいね。暴力団に「明日お宅の賭場にガサが入ります。」って教えたってことと同じだ。NHKは死んだに等しい。しかも自社の記者の言い分をそのまま信じて、「スポーツ新聞の記者から聞いた情報だ。」って言い張ってるらしい。スポーツ紙の記者は持っていた情報を、前日の深夜(正確には当日の早朝)になっても掴んでいなかったって言い張るのなら、NHKは報道としての、記者は記者としての、その体をなしていないじゃん。マスコミが前日にガサ情報をそれとなく捜査関係者から聞き出せるのは、マスコミの利得のためではない。警察が暴走しないようにマスコミを通じて国民が監視する権利だ。実際に、(他所との一斉ガサを企図してタイミングを図っていたら)捜索差押許可状の期限が切れていたのに気づかず、そのままガサに入ってしまった。なんてこともある。もっとひどいのになると、容疑とはまったく関係ない、捜査対象者の娘の下着を パクった 差押さえたとか。そうでなくてもここ10年ほど日本は急速に警察国家になっていっている。昔は「転び公妨」なんてコーアンしかやらない、「コーアンはなんて怖いところだ」とのイメージを語られるのに使われた手段だけど、今はケージでも平気でやる。逮捕の原則は「『逃走・証拠隠滅・再犯』の恐れがある」ことだと思うんだけど(殺人なんかの凶悪粗暴犯罪は問答無用で再犯の可能性がある)、今は微罪で、さらに罪を認めているにも関わらず、とりあえずパクッて勾留して、マスコミを使って名前や個人情報を晒して、結局不起訴や起訴猶予ってことがよくある。警察の能力が低下してしまっているんだな。少し話はずれるけれど、逮捕した容疑者の名前を警察が公表するのも、マスコミに容疑者のプライバシーを暴かせるためではなく、警察の暴走を国民が監視するために他ならない。容疑者は犯人ではない。検警察(及び逮捕状を発付した裁判官)が「容疑がある」と言っているに過ぎない。本来、推定無罪の原則に則って、その人権は有罪確定まで保護されるべきなんだけれど、それだと気に入らない奴を秘密裏にパクッて、拷問で自白強要なんてことになりかねない。(この国で、ほんの数十年前まで普通に行われていたこと。)それを抑止するために、警察は「この人をいつのどの容疑で逮捕した。」と発表している。ところがマスコミは勘違いして、自らが全能警察になった気で、逮捕事実だけではなく、容疑者やその家族の、事件とはなにも関係がないプライバシーまで晒し、時には成人の犯した犯罪でその両親までカメラの前に引きずり出し謝罪させてきた。郵便不正事件で無罪になった公務員の方の(容疑者でもなんでもない)ご主人の職業を、そのご主人とは一面識もない・事件とも無関係の俺が知っているって異常なことじゃない?その一方で、情報をくれそうなおいしい奴には証拠隠滅のタイミングまで教えてやる。(教えられた方が情報の重大性に気づいていないところがいと哀し。)この事件をいいことに、警察は今まで以上に公表すべき情報を公表しなくなり、さらには必要だけど公表はできない情報をリークしなくなるだろう。それは結局、国民にとっての不利益であり、この国がいつか来た道なんだよね。もうNHKは「千害あって一利なし」だからとっととつぶれてください。と、 っとだけ主張してみました。
2010年10月10日
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「おっさん!いきなり何を言い始めたんだ?」って感じなんだけど、まあ終戦記念日だから、直接戦争とは関係ないけれどそんな話でも。日々凶悪な事件が起こってしまうので、少し前の事件は記憶の外に追いやられていく。今だと、仙台の高校教諭殺人事件のドロドロした人間関係がマスコミの格好のエジキだろう。平成20年の10月の話だからもう約2年前の話なんだけど、大阪の梅田で3kmも人を引きずったまま車を走らせてひき逃げした事件があった。悲惨な事件で、容疑者が事件後無反省にホストになって逃げ回っていたりしたから、当時はかなりワイドショーでも騒がれたが、日が経つにつれて日々のニュースに押し流されて思い出すことも少なくなってきた。この事件の裁判が今年8月の頭にやっと求刑までこぎつけて、検察は懲役20年を求刑した。刑期(求刑)は一般人の俺にはいかんともしがたいからとりあえず議論の外に置いて、この被告が最終意見陳述で興味深いことを言っていた。ご存知のように、こいつは自動車保険の保険金詐欺で有罪判決を受けて執行猶予中の身で、しかもこの事件の数か月前に酒気帯び運転等で免許取り消しになっていたのに無免許で飲酒運転を繰り返すような犯罪傾向の強い奴なんだけれど、そんな奴でも、<以下、産経新聞 8月4日8時39分配信記事より引用>「自分が車で引きずられる夢をみて目が覚めることがある。 生涯忘れずに償い続けて生きていくことしか私にはできない。本当に申し訳ない」<引用ここまで>という精神状況になる。少しでも刑を軽くするために「言わされている」可能性もあるが、それだったら前段は必要なく後段だけで事足りるので、これはこの被告の本心だろう。自分が車に引きずられる悪夢にうなされて、寝汗びっしょりで飛び起きたら、そこは鉄格子の中で誰にも助けを求められずに一人きりだった時の恐怖は、気が狂った方がましだと思うくらいの孤独感であり、戻れるなら事件の数時間前に戻りたい後悔だろう。こんな犯罪傾向が強い奴でも人を殺す(死なす)とこうなる。実はこれは「教育」なんだよね。人間は本来、他人を殺してはいけないという本能は持ち合わせていない。だから教育次第では平気で人を殺せるようになる。戦時中は軍部・政治屋・新聞社・教師・役人が寄ってたかって敵を殺すことを礼賛したし、今でも教育次第では自爆テロを行うような人間を作りだすこともできる。(純粋に家族や故郷を守るためだと信じてあの戦争を戦った人を責める権利は俺にはない。)でも幸いにして俺たちは「人を殺してはいけない」という教育を受けてきた。極論すればこの世の中にはたった2種類の人間しかいない。人を殺した奴と人を殺さずに一生を終える奴だ。人殺しには鉄格子の中で自分が殺される悪夢にうなされる未来しかないってことを絶えずいたるところで、誰もが語っていかなきゃいけないと俺は思うんだよね。ちなみに、じゃあ、連続殺人犯なんかはどうなのってことを思うかもしれないが、あれこそ人を殺した重みに耐えかねて壊れていく(もしくは初めから壊れている)典型だから。どんな理由があるにせよ人を殺してしまったら、もう人を殺してない自分には戻れないことを、俺たちは何度でも子供たちに(そして自分自身に)語っていかなければいいけない。決して「リプレイ」は効かないってことを。そんなとりとめのないことを思い、あの事件の被害者の方とそのご家族にお悔やみを申し上げつつ、終戦記念日の日記。
2010年08月15日
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俺の親父の車は新車登録から13年を超えていた。今ならエコーカー補助金で、新車に買い換えると25万円の購入補助なんだけれど、親父も70歳を過ぎてるし、今の車も13年超の割にはたった走行6万kmで、どこも悪いところはなくエアコンなんて俺の車より効くくらいだから、「この車を乗り潰して、もう運転は卒業だろうな。」と俺は勝手に思っていた。ところが急に「補助金があるうちに買い換えるからお前が差配しろ。」と言いだした。まあ、自分の金で買い物するのに俺が口をはさむことじゃないからいいんじゃねぇしかも、「俺がもしこのメーカーの車を買うとして、この車だけは『なし』だな。」と思っていた車がいいと言う。まあ、乗るのは俺じゃないから別にいいし・・・今乗っている車は車検の関係で今日までに廃車にする必要があった。そして今日までに新車の納車が間に合うはずだった・・・しばらく前に「日産が半導体を手当てできずに、工場を一時休業した。」ってニュースがあったのを覚えてる?あれはリーマンショック以降世界的に消費が落ち込んで、半導体も減産していたのを、新興国の景気が回復してきたため、一気に半導体の需要が高まって、世界中で半導体の取り合いになっているってことらしいんだよね。その波をもろにかぶったのが親父で、新車はやっとラインオフしてこちらに向かっている。仕方ないから「なんかつなぎに乗る代車はないか?」と聞いたら、「エアコンの壊れた車しかない。」と言う。それって、今年の春にエアコンが壊れたから買いなおした、釣りに行くときに俺が散々運転していた相棒の元愛車ラルゴなんだよね。(車検が残っている間、荷物運びに便利なので、廃車にせず残しているらしい。) 2007/4月のエアコンが効きし日のラルゴ年寄りをエアコンの全く効かない、しかもでかい車に乗せるわけにはいかないので、俺の車を親父に運転させて、俺が今日からエアコンの壊れたラルゴに乗っている。そう、俺が今、エアコンの効かない車の窓を全開にして、汗をかきながら運転しているのは、世界経済のとばっちりを受けたからに他ならない・・・俺は今から、「エアコンなしドライブでエコ&ダイエット」って本を執筆するから。
2010年07月20日
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ご存じのように俺の車はハイブリッドだ。えっ、ご存じなかった4気筒1498ccガソリンエンジンと単気筒49ccガソリンエンジン、そして1 馬力 人力 の3つのハイブリッドね。冬の間はどうしても屋根がある車ばかりに乗って、原付と自転車はほったらかしになる。そろそろ暖かくなってきたので自転車を整備してみよう。整備と言ってもエアを入れて、オイルや潤滑油を注すだけなんだけれどね。カブ号は所有者が2年ぶりに帰国するので、来週あたり整備して返さないといけない。ところで、俺の車はちょっとだけ古いから、市内だと10km/Lくらいしか走らないんだよね。たとえば、月間2,000km走るとして、この10km/Lを15km/Lに改善するためには、1/3の670kmくらいを自転車で走らなければいけないってことだな。それはちょっと無理。しばらくは車と自転車のハイブリッドになるけれど、そのうちまたバイクを買わなきゃ。本当は250ccくらいのバイクが欲しいのだが、街中の駐輪場って原付しか止めれないところが多いんだよね。中型と原付の2台持つほどお大尽ではないし。実は自転車って燃費はいいけれど、燃料費が高いんだよね。自転車に乗って、環境にも財布にもエコだった俺へのご褒美に、家に帰り着いたらキンキンに冷えたビールを飲みたいもんね。そんな3連休最終日の晩飯は、食パンがダブついているので、トーストに俺のレタスを敷いてマヨネーズエッグ乗せを2枚。サラダも俺のレタスにベーコンとウィンナー。
2010年03月22日
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あれは去年の12月25日のことだった。12月25日といえば晩飯とは関係ない、皆さんにはわかりづらい日記を書いたけれど、そういう日記を書くときは何かしらの意図があるんだよね。公式には25年間・1日30本ずつし続けてきた。(一応、この国では20歳以上じゃないと喫煙できないらしいから25年。俺達が子供の頃は15歳以上じゃなかったっけ?)その間喫煙しなかったのは、10年ほど前に潰瘍で病院に担ぎ込まれて、点滴に繋がれっぱなしだった3日間だけだった。その時でさえ4日目に点滴スタンドで動けるようになると、せっせと喫煙所に通った。まあ、長いこと喫煙しているから大体自分の喫煙ペースはわかっている。夕方、帰宅するときに12本以上・夜寝るときで5本以上残っていれば、翌朝出勤するまでの必要本数は足りるんだよね。ところが25日は深夜3時に目が覚めてしまったので、前夜ちょうど5本しか残っていなかったタバコは朝5時には吸い尽くしてしまった。寒いしまだ暗いから「タバコを買いに行くのは面倒だなあ」と30分くらい逡巡して、「いっそ、止めちゃえ」という結論に達した。今まで25年間以上も吸い続けてきて、一度もを企図したことはなかった。自分の金で、順法行為を、なるべく非喫煙者の迷惑にならないようにやってきたんだもん。それがこんなに簡単に、苦痛もなくあっさり止められるとは思いもしなかったよ。禁断症状という程のイライラもなかったので、気合と根性だけでいけるような気もしたが、一応、ニコレット・ガム(1箱48タブレット)4,620円を買ってきた。ほら、俺はケチだから、経済的に攻めるのが一番効くことは俺自身が知っている。1日30本吸うってことは、1箱20本で300円だから毎日450円の出費なんだよね。ニコレットが1箱4,620円だったから、10日と6時間24分以内にタバコを吸ってしまうと4,620円をドブに捨てたに等しい。5,000円稼ぐために俺が、どれだけ下げたくもない頭下げていると思っているんだ(誰にキレてる?)もちろん美味しいものや釣りの道具に4,620円を払うのは痛くも痒くもないが、美味しくもない、おまけに口内炎を刺激するだけのガムごときに4,620円も払って、それをドブに捨てるのはケチとして許せない。そしてついに今日1月4日の昼過ぎ、禁煙10日と6時間半に達した。元はとったぜ。本来俺くらいの喫煙量だったら1日6~9粒のニコレット・ガムが必要らしいけれど、使ったのは最初の3日間で15粒だけで、33粒も余っている。禁煙に成功した後に使わなかったニコレットを捨てるのは、ケチな俺でも全然構わない。禁煙するためにのみニコレットが必要だったんだから、必要がなくなればそれはもう、「美味しくなくて口内炎を刺激する」不要なものに過ぎないからね。禁煙3日目に、煙突みたいにタバコを吸う奴等と一緒の車に乗って釣りに行ったし、5日目には酒を飲みながらみんなで餅つきをしたけれど、なんてことはなかったよ。隣でバカスカ吸われても、別に吸いたいとは思わない。まあ、今でも朝起きたときと飯を食った後には、吸いたいというか無意識にタバコを探しているけど、それもほんの一瞬。他人が決めた法律に従う必要はないけれど、自分で決めたルールを守れないなら生きている価値がないもんね。そういうわけで、明日からは毎日450円の純利益だ。1年で164,250円だぜ。タバコは今年10月、1箱100円程度増税の予定らしいが、値上げ以降は、400円×1.5箱=600円(1日)×365日=年間で219,000円にもなる。う~ん、おベンツ様買っちゃおうかな5年スパンで考えたら、今より100万円分、何かに贅沢していいわけだからね。俺はもうタバコに関する税金は払わないから、国鉄の借金(たばこ特別税)だけじゃなく、JALの借金もタバコの税金に上乗せしていいよ。もちろん俺は今後も、JRが旧国鉄の借金を切り離して適正運賃で運行できているのは、政治屋やJR・ましてや嫌煙団体の努力ではなく、喫煙者のおかげであることを忘れない。嫌煙団体の人も、喫煙者に感謝しながらJRに乗っている、もしくはJRには乗らないはずだ。俺の家に出入りする方々には残念なお知らせです。我が家にはそして我が愛車にも当然灰皿はございません。俺の家でタバコ吸ったらグーで殴るそしてもう一つ残念なお知らせです。タバコをやめると食事が美味しくて肥るというのはどうやら本当の話です。
2010年01月04日
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クリスマス・イブの夜というか、クリスマスの朝というか、深夜「ゴトゴト、チャリーン」という音で目が覚めた。俺がロマンチストならサンタの足音か と思うのかも知れないが、現実主義者の俺は絶対に泥棒だと思ってベッドの中で拳を固めた。まあ、結局はキッチンの照明器具を吊っているチェーンを留めていたフックが片方外れて、照明(3連蛍光灯)が落ちそうになっていただけなんだけどね。これがシャンデリア並みに重いから、支えきれなくなってフックが外れたみたいなんだけど、転居後ちょうど1年、よく支えていたなあ。そんなわけで、午前3時に泥棒と闘う気満々でアドレナリンを出しまくり、その後、脚立を持ち出して天井にフックを打ち直した俺は、それから眠れずにずっと起きてる。さすがに眠いや・・・
2009年12月25日
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「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」を観てきた。「THIS IS IT」は観る必要ないけれど、アンヴィルは観ないといけない映画のような気がしたんだよね。(ずーっとメタルとは一番遠いところにいたんだけどね。)そう思いつつものんびりしていたら、どうも上映打ち切りになりそうな気配だ。上映時間を確かめていたら、今夜レイトショーをやってたので慌てて観に行ってきた。自分が見た映画のストーリーをここで語るほどバカじゃないけれど、公式サイトの予告編を見れば、この映画の全てがわかると思う。観てよかったよ。ドキュメンタリーだから作りは粗かったけれど、まあ、面白かった。レイトショーだから1,000円で駐車場が600円分割引だから、実質400円ユナイテッド・シネマ・キャナルシティから橋を一本渡れば中洲なんだよね。しかも一番ディープな場所。一瞬惹かれたけれど、雨が降っていたし、車だったからおとなしく帰宅。
2009年11月13日
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仕事中に携帯で撮った画像だから、わかりにくくて申し訳ないけれど、赤色灯を回したパトカーの後に軽自動車が一台止められていて、軽自動車の運転手はパトカーに乗せられている。まあ、街でよく見る取締りの風景なんだけれど、もう少し引くと、左端にかの有名なこっそり堂が写っている。 ・・・んだけれどわかりにくいね。ここは田園部のゆるい坂道だから知らず知らずにスピードが出る道路だ。しかも40km/h制限で、パトカーを視界から隠す路側もちょうどいい具合にあるので、ノルマに追われる警察官がちょいとパトカーを止めて、休憩がてらスピード違反のネズミ捕りをやるのにうってつけのポイントだ。まあ、スピード違反で捕まったんだろうけれど、これじゃあどう見ても、こっそりエロ本を買いに来たところを捕まったみたいだ。ちなみにこっそり堂の全景は、photo by てんっ♪さんこんな感じだ。やだよ、俺ならこんな店の前で警察に停止を求められても逃走するな。警察も場所考えてネズミ捕りやんないと・・・晩飯は、春菊が残っていたから水炊き。 とうとうフォトの容量が49.9MBまで来てしまった。決断しなくっちゃなあ。
2009年10月13日
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今年の夏、インクジェットプリンターが壊れたから買いなおしたんだけど、最近のは本体は安いんだけど、フォト対応でインクが高いじゃん?しかも5色も6色も入れなければいけない。インク6色純正で揃えていたらプリンター本体が買えるって。どうしてもカラーが必要なときがあるけれど、普段仕事で使うのはモノクロだから、インクジェットの他にレザーも1台買おうと思った。インクジェットは急を要したので近所の量販店で買ったけれど、レザーは楽天で探したら、最近はカラーのレザーでも2万円切ったやつがあるのね。でも、カラーはまたトナー貧乏になるし、インクジェットで出せるのでモノクロでいいや。そんなにたくさん印刷するわけじゃないし、クオリティーの高い印刷も求めていないし、そこそこのやつでいいやと探したら、あったよ、9,980円しかも送料込み。レザープリンターはリサイクルトナーの価格も重要だぞと検索したら、そこそこの値段であったので、これにしたよ。【15時までのご注文完了で当日出荷可能!】【送料無料】【在庫あり】RICOH IPSIO SP4000 515310型落ちだけど新品だからメーカー保証が付いて、九州の片田舎まで重たいもの配達してもらって、9,980円なら文句のつけようがない。USBケーブルが別売りだったのだけが不満だけど。というか気づかなかった俺が悪いんだけどね。まあ、インクジェットのケーブルと兼用してるからいいや。ってどんだけケチやねん。
2009年10月03日
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久しぶりに仕事をした。と言ってもbusinessではなくworkの方ね。とある旧家に上がりこんだのだが、やっぱり旧家ってすごいね。お宝が。こんなものや 精工舎の時計あんなものが その辺に転がっている。家自体が江戸期だし。砲弾の薬きょうには花を生けているらしい。 「由来はわからない」とのことだった。お尻に刻印された消えかかった文字を見える範囲で読むと、「KARLSRUHE」はドイツのカールスルーエだな。家に帰ってきて検索したら、ここには戦前に大きな兵器工場があったらしい。もう一つは「PATRONEN」まで読めるけれどその先が読めない。「ハトロン紙」は弾丸の薬きょうを包む紙のことだから、「PATRONEN」はそのまま薬きょうだろう。(たぶん)こんなものがあるとは思っていなかったからメジャーを持ってなかったんだよね。もう一度メジャーと石ずりの用意して行かなくっちゃ。そんな日曜日の夜は簡単にパスタ。ソーセージ・ベーコンとシイタケ・タマネギ・島にんにく。トマトソース トマトケチャップ。お湯を沸かして食材を切った後でストッカーからパスタを引っ張り出した。どうも掴み心地が少なかったので計ってみたら65gしかなかった。なんでこんな中途半端に残ってるねん 仕方ないから35g分だけ小食な夜。
2009年09月13日
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