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手をつなぎ、そのコンクリートの区切り線の上をなわとびをするようにたわむれキム、さぁそっちの陣地へねムン、どうぞボクたち、ようやく目が覚めたかもねぇずいぶんと代理戦争させられたものだねぇ一つになれるねボクたちが決意さえすれば!
2018年04月28日
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グループホームに週1度のお手伝いに行くようになって、四年目を迎えた。そこの青年たちもボクも、一緒に3つづつ歳をとった。行く度に感じることは、青年たちの際だった個性だ。きらきら、きらきら と輝いている。ありのままの人間エデンの園のアダムたちキミたちと一緒にいると、ボクもありのままになれる。ありがとう。
2018年04月27日
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「岡村の泉」第90号が届いた。ボクの手元には最終号となるのだろう。安藤師はこの春、任期満了で、横浜岡村教会を退任されたようだ。先月だろうか、このレターが届いて一読し、デスクの上に置いていたがまた手にして、再読した。牧師のメッセージから始まり、信徒の皆さんの証詞などが続く。皆、良い文章だ。率直な人柄がにじみ出ている。熱血漢な安藤師が、愛し抜いて信徒を育てて来られたのだなと、思わせる。任期満了、おめでとう!安藤師とは、聖書学校の同期の桜ある時からお互い別々の道を選んだ。それからは、10年に一度ほどしか、風の便りを聞けなかった。熱血漢がゆえに、きっと苦労を重ねられたのだろう。それだけに、岡村の教会に彼のすべてをかけて来られたのだと思う。ほんとうに、よかった。ほんとうに、よかった。
2018年04月26日
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「命がけで逃れよ」創世記19:17「山に逃げなさい」ルカ21:21家庭内暴力で、命の危険にさらされるより逃げることが良い。職場で苦しみに遭い、心崩れそうになる前に逃げていこう。また帰る日もあるかもしれない。神が連れ戻してくださるなら。逃げ込んだ場所で、新しい生活が始まるかもしれない。神がゆるしたまわば。
2018年04月23日
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モーツアルトって、教会音楽家だったのだ。オペラとか、交響曲、ピアノソナタや協奏曲に心が向かいがち。この春先から、寝付けない夜とか早朝とか、ミサ曲を聞き続けた。人の声を聞くと安らぐ。ミサ曲はみな変化に富んですてきだった。清らかで美しいソロもふんだんにある。「キリエ」とは、ミサ曲の始めの曲だと思うが「キリエ」だけの曲があることもわかった。キリエ・エレイソン(主よあわれみたまえ)キリスト・エレイソン(キリストあわれみたまえ)祈りの言葉これだけの歌詞が繰り返し歌われていく。清楚で天国的に美しいなと思った。モーツアルトの隠された宝!ここにもモーツアルトの本領があると思った。
2018年04月21日
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「イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。」 ルカによる福音書9章1節「十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。」同6節イエスが使徒にお与えになった力は、まだ残っているだろうか?使徒への使命を受け継ぐ教会に、その力は息づいているのだろうか?若い頃、ボクよりさらに若かった神父とそのことで語り合ったことがあった。結論は、「ありますよ」ということ。祈りによる癒しは、しばしばあると言うことだった。(当たり前だよね)若い頃ばかりの話で恐縮だが信徒さんの危篤を聞きそこに駆けつけただただ夢中で癒しを祈っていたら隣のベッドにおられた病者のかたが、わっと泣き出したことがあった。その信徒さんは持ち直された。肝心なのは、「今」だ。ボクにはもうそのように祈る力は残っていない。
2018年04月20日
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体の痛みに耐えている友がいる。「神様がお癒やしくださいますように祈っています」と声をかけると、顔を明るくして「うれしいです、そう声をかけてくださって」「神様がくださった “とげ” ですね、とか 試練を忍ぶ人は幸いです、とか言われるよりも 痛みが無くなるようにお祈りくださることが 一番うれしいのです。」
2018年04月16日
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先週はボクたちの群の神学校の入学式がありました。若者が二人年格好が似ているので双子の兄弟のようです。よかった! きっと仲良しになれるね!あなたがたの肩にこの国が懸かっているかも?
2018年04月09日
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受難週は、キリスト様の魅力に、あらためて感じ入った期間だったと振り返る。たったお一人でゲツセマネの園で祈られるお姿。お一人で十字架への丘に向かうお姿。主にとっては、当然のことだったのだけど。人におもねない。頼らない。群れない。りんと、屹立して、動かず余分な言葉は一切ない。アウグスチヌスは、膨大な書物の後に饒舌を恥じ、ゆるしを主に請うているのだが、神の栄光のために執るペンは仕方のないことだとしても主キリストにはそれが一切ない。きっと心の思いは、今にも吹き上がりそうに、愛に燃えていたのだろう。しかし静かに、あまりに静かに、その丘へ道をお辿りになる。
2018年04月05日
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お魚印を手書きした帽子をかぶって電車に乗っていたら、はす向かいのアメリカ人がボクに合図した。彼を見ると十字架があるシャツを着ていた。乗換駅が同じだったので、彼に近寄り声をかけた。日本を旅行しているらしい。「わび」とか「さび」とかが好きと言った。レアな外人だこと!スマホ内の写真をボクに見せる。桜満開の大木がたくさん写っている。こんな帽子をかぶっていて、初めて良いことがあった!
2018年04月02日
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イースターおめでとうございます。イエス・キリストを信じあがめるすべてのクリスチャンと共にご復活を喜び、感謝します。「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」マタイ28:6「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」ルカ24:5-6
2018年04月01日
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