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今日の話題は、「南極と風船」です。 南極観測隊の気象隊員は、毎日気球(風船)を放球しています。直径約2mですのですから一人で放球することが可能です。これにより高層気象(気温・湿度・風向・風速・気圧などの高度分布)を観測することができます。 いっぽう、年によっては、大型の気球を打ち上げることが時々あります。この気球は、ポーラーパトロールバルーン(極周回気球)といいます。直径は10m以上もあります。上空に上がるとその直径は数倍に膨れ上がるといわれています。また、観測機も大きく数10kgあります。 これでは、簡単に一人というわけにはいきません。放球には、ランチャーという大型の気球の下をつかむ装置があって1・2の3で放ちます。このときには、風向・風速を良く見て放ちます。 気球の中には、ヘリウムガスが入っています。一定の高さで気球が南極を一周するようにするため高度を調整できるようにガス抜きや重さの調整などがついており自動で調整できるようになっています。 こうして南極を一周する風にうまく乗るとさまざま地球物理情報を得ることができます。■PEN□
Oct 31, 2006
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今日の話題は、「南極と鳥」です。 南極で見かける鳥には、「ペンギン」の他に「大盗賊かもめ」と「雪鳥」がいます。 「ペンギン」って鳥?と疑問に思っている人はいませんか?ペンギンは、地上にいるときはヨチヨチ歩きか、腹ばいで滑って進みますが、海の中では魚のように早く泳げます。ペンギンの羽は魚のひれのようです。 また、ペンギンは水中を泳ぐためか、他の鳥に比べて骨の比重が重いそうです。つまり、空を飛ばなくても良いので骨の中を空洞にする必要は無く、水中を泳ぐためより頑丈にできているそうです。体は頭の上から見ると丸く、寒さに耐えるようになってますし、その体は水の抵抗も少なくしているのでしょう。 体の背の部分は黒く、腹は白くなっています。これは水中にいる時、敵から見つかりにくくする色のようです。また、外にいるときは体に熱を吸収しやすくするために背が黒くなっているようです。 「大盗賊かもめ」は、ペンギンの卵や子、アザラシの子を餌にしています。そして自らの子にその餌をあたえて生きています。よく昭和基地のごみをあさりにくることから、カラスのような鳥だ!と観測隊員は言います。 「雪鳥」は、あまり南極で生息していることが知られていません。ペンギンのように群れていませんし、大盗賊かもめのように大きくありませんので目立たないですし、あまり見かけないので知られていません。雪鳥は、はとぐらいの大きさです。子育ては、他の鳥達と同じようなところでしています。時折、数百キロも南極大陸の内陸で見かけることがあります。内陸は、餌がないのに何故いるか不思議です。■PEN□
Oct 30, 2006
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今日の話題は、「南極と洗濯」です。 南極昭和基地での洗濯は、水が貴重なため「中水」と観測隊で呼ぶ脱塩をしていない水を使って洗濯をします。その中水を使うことにより、最近では毎日洗濯ができるようになりました。ただし、なるべく少ない水で洗うのが常識となっています。 洗濯は基本的に毎日行っても良いのですが大物は控えています。下着のみの洗濯におさえることが常識です。作業服やダウンなどは汚れても洗うことはしませんので、ほぼ使い捨てになります。 洗濯物は、洗濯機の置いてある発電棟の中に干します。ここは、発電機の熱で暖かく乾燥していますのですぐに乾きます。干す場所は、-20度の外というわけにいきませんから室内しかないわけですね!日本でも寒い地方は同じようなことをされていることでしょう。 昭和基地に滞在している越冬隊員は、全員単身赴任で寮住まいをしているようなものですから少し想像がつくかと思います。洗濯してくれる寮母さんがいると良いのですが!■PEN□
Oct 29, 2006
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今日の話題は、「南極とまぐろ」です。 日本は、食欲の秋ですので「餃子」の話題に引き続き「まぐろ」の話題にします。 越冬が始まって「南極昭和基地には、まぐろの刺身がない!」と初めて知ったときには、ちょっぴりがっかりしました。まぐろの刺身は日本ではあたり前のようにいつでもスーパー買えて、みなさんの食卓に良くあがることと思います。 しかし!昭和基地に生のまぐろは持っていけません。だから、冷凍なら良いじゃないか、どうせ南極は寒いだろうし…とお思いでしょうが、冷凍まぐろは-60度の低温でないと保存ができないのです。 よって、昭和基地は冬の時期寒いとはいえ最低気温が約-40度、普通で-20度ですから外に置いておくことはできません。また、一年中、一定の温度を保つには冷蔵・冷凍庫が必要となります。昭和基地には冷蔵・冷凍庫があるのですが、まぐろを冷やす低温の冷凍庫まではありません。 それゆえ、昭和基地ではまぐろの刺身が食べられないのです。他の白身系のお魚の刺身は食べられるんでしけどね…。ちょっと寂しい気分になります。■PEN□
Oct 28, 2006
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今日の話題は、「南極と餃子」です。 南極昭和基地での楽しみは、「食」につきます。通常は調理隊員がおいしい料理を作ってくれます。しかし、手間(時間)のかかる料理は、あまり食卓に上がりません。 調理を少し手伝わせていただきましたが、2人の調理担当で40人の食事を作るのは重労働です。チャーハンのなべふり(業務用大型フライパン)などは、手首とひじが痛くて地獄の様です。また、40人分の揚げ物は、鼻について食欲がダウンします。 そこで、餃子の時などには、「餃子オペレーション」という名の全体作業が入ります。「手空き総員」のアナウンスでこの重要な任務につかなねばならないのです。しかしながら、半分は楽しみでもあり「わいわい」言いながら作ります。 「餃子オペレーション」の他にも非常食の仕分け、内陸旅行のためのパンつくりや夕食を多めに作って旅行用パッキングもしたりします。全員で行うと早く済むような仕事は、人を集めて実行してしまうのが南極方式です。 こうやって、仲間意識は強くなり、帰る頃にはみんな仲良くなれます。■PEN□
Oct 27, 2006
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今日の話題は、「南極と訓練」です。 南極観測隊員は、隊員になるまでに国内で2回ほど訓練を受けます。1回目は3月頃に冬の訓練を雪山で行います。2回目は夏の訓練として6月頃に高原で行います。 冬の訓練は、雪山登山です。私などは、スキーが苦手な上に体力も無いですし、雪山も経験したことがありませんでした。スキーは山スキーで普通のスキーとは違いシール(毛皮)をスキーの裏につけて雪山を登ります。帰りは山を下りるという感じです。かかとが上がるようになっているので、スキーがなれていない人にとっては大変です。また、ちょっと大げさかもしれませんが、靴は山スキーですのでかかとがすれて皮がはがれて血がにじみました。 雪山に登るとルート工作(方位磁石と地図を使って目的地を探す)の訓練や外にテントを張って寝る訓練を行います。ここで、こういった環境に対応できるか、コミュニケーションが取れるか見られます。最後に隊長らに面接されて南極に行く意思を確認されます。 夏の訓練は、高原で行います。朝は、体操や軽いジョギングが行われます。昼間は、オリエンテーリングや消化訓練等を行います。最後には打ち上げパーティーがあります。この時点でも本当に南極に越冬する気持ちがあるか試されています。 そして、7月に正式に隊員として採用されます。そして、必要な観測物資や食料などの調達が開始されます。南極に行くと訓練の話題も時々でます。「冬の訓練ではロスト(行方不明)しそうになりそうになった」とか、「よほど越冬中のほうが楽だ」とか言う声が聞こえます。■PEN□
Oct 20, 2006
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今日の話題は、「南極と救出」です。 第一次隊は、南極観測船「宗谷」に乗り日本の基地を建設するためリュッツホルム湾へと向かっていた。しかし、海の氷の壁は厚くビセット(船が氷に閉じ込められて身動きできなくなること)されてしまいました。 当時の連絡手段は無線や電信にたよっていました。政府の正式ルートで救助を求める前にアマチュア無線家(ハム)によって、近くにいる砕氷船に救助を得ることとなりました。それがソ連の「オビ号」です。オビ号は宗谷に比べると一軒家とビルぐらいの違いほどに大きくたくましく見えたそうです。 当初はソ連に助けられた日本の観測船も、約20年前に就航した観測船「しらせ」が2年目の第27次隊の航海(1985年12月)では、オーストラリアの観測船「ネラダン号」を救助しました。「しらせ」がロープで「ネラダン号」を引っ張って牽引するさいネラダン号の杭が抜けてしまうハプニングがありましたが、無事救出することができました。 その後、オーストラリアのシドニー港に入港する時「しらせ」は、港で一番良い場所に横付けされ、手厚い歓迎を受けました。まさに英雄となったわけです。■PEN□
Oct 19, 2006
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今日の話題は、「南極とタロージロー」です。 映画「南極物語」で有名になったタロージローは、ご存知のかたが多いと思います。第2次南極観測隊(昭和33年)は、第1次南極観測隊が越冬した後交代をして越冬する予定でした。しかし、南極の気候は厳しく当時の観測船「宗谷」や搭載航空機の機動性はあまり良いとはいえませんでした。十分な物資の輸送ができず越冬を断念すると共に1次隊のつれてきた「犬」達は、置き去りするしか方法はありませんでした。 そして一年後の昭和34年の第3次越冬隊が昭和基地の上空から飛行機で見えた動く動物が、タロージローでした。彼らは、樺太犬でしたのでその性格は荒く首輪をはずし餌をあさったりペンギンを襲ったりして飢えをしのいだものと考えられています。 もともと、極寒の地でも力強く働く犬を連れて行ったわけですから、彼らの性格はかなり個性的であったと聞いております。「やんちゃ」ではすまないほど言うことを聞かなかったようです。タロージローは秋田犬のような体つきを想像する方もおられると思いますが、実際は毛が長く黒い色で大きく、小熊のような感じだったようです。 こうして、「やんちゃ」だったタロージローは生き延びたのです。人間も少々「やんちゃ」方が成功するかもしれませんね!■PEN□
Oct 18, 2006
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今日の話題は、「南極と人口」です。 日本の南極観測隊の越冬人数は、約40人です。南極観測船「しらせ」には、乗組員を合わせると約300人弱です。日本の人口は、約1億2000万人です。世界人口は約63億人と言われています。私達の生活は、世界の人々や日本国民全体のお世話になっています。 この、1億人の日本人コミュニティの中に暮らしていると「光熱水」のお世話は、契約をし、お金を払えば誰でも利用でき文化的生活をいとなめます。そういった面では、医療や教育などの仕組みはうまくできていると思います。 文化的なレベルを人口やコミュニティーの人数の割合で言えば、日本→観測船→昭和基地では、その文化レベルやコミュニケーションのあり方がずいぶん違います。昭和基地では文化レベルはかなり高い水準にあると思いますが、一歩南極大陸の内陸旅行に出かけますと急激にレベルは下がります。内陸旅行隊は約6人程度ですからそこでのコミュニケーションは、深いものになります。 昭和基地においてもコミュニケーションは重要でしばらくすると一人一人の行動パターンがすべてわかってしまい、さぼろうものならいっぺんに知れてしまいます。小さいコミュニティーほど個人レベルの情報交換は密になり、帰国時は、昭和基地→観測船→日本と情報や人が増えるにつれ個人的な関係は薄れてしまいます。 日本に帰り久しぶりに観測隊員と会うと話題に花咲くことは想像がつくことでしょう。どこか戦友に似たような面もあります。観測「隊」ですから!■PEN□
Oct 17, 2006
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今日の話題は、「南極とやさい」です。 南極では、やさいは貴重です。特に葉物やウリ等は腐りやすく保存がききませんので越冬の最初の時期しか食べられません。逆に缶詰や冷凍にできるやさいは豊富にあります。春菊やさやいんげんは大量にありました。 ほうれん草・レタスは、まったく最初から無かったので帰国したら食べたいと思っていました。キャベツとたまねぎ・にんじんは、半年ぐらい保存がきくので時々食べられました。生では食べられないので調理して食べたかと思います。キャベツの保存方法は、石灰を芯につけ新聞紙でくるんで涼しいところにおきます。これで長持ちします。 ジャガイモや穀類は、保存がきくので越冬最後まで食べられました。長く置くとジャガイモは芽が出ますけどね(笑)。ホールトマトやアスパラガス・たけのこ等の缶詰にできるやさいは、大量に持ち込んでいました。食事の中でトマト味は多かったように思います。冷凍物は、業務用で売っているやさいが多く使われていたのかと思います。 こうして、越冬交代になると次の隊が、生やさいを持ってきてくれます。生たまねぎとキャベツ・生卵を食べられ、観測隊員は一年の至福を味わいます。■PEN□
Oct 16, 2006
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今日の話題は、「南極とロケット」です。 南極とロケットにどういう関係があるのでしょうか?と疑問に思われる話題ですが昭和基地ではプロジェクトを組んで、オーロラを直接観測したり高い高度の気温や風を測定するため、ロケットを打ち上げます。 オーロラ観測用ロケットは、約100km~200kmの高度まで打ち上げオーロラが発光する元となるイオン化した空気の密度などを計ります。この高度まで上げるために長さ約10m直径約30cmのロケットを打ち上げます。この大きさになると打ち上げ時には地響きがします。打ち上げは、オーロラがちょうどロケットの軌道と一致しなくてはなりません。また、一般的に地磁気が荒れていないとオーロラは出現しませんし、天候が良くなければ発射できませんので、発射待機をして打ち上げない毎日が続きました。 もういっぽうの気象観測用ロケットは、約70kmまでの高度の大気の温湿度、風向、風速などを測定します。このロケットは、長さ約2m直径約15cmですので鉛筆に似た形をしていることからペンシルロケットとも呼ばれます。打ち上げ時にはミサイルのような感じで高い音とともに打ちあがります。このロケットは、年間に10数本を打ち上げ南極の高層の気象現象を解明するため使用されました。 ロケットは、いづれも固体燃料を搭載しています。発射するときは固体燃料に点火球と呼ばれる点火装置が接続され電気を通すと破裂して燃料に引火して発射されます。この点火球はたった1Vの電圧(電池一個分)で破裂しますので取り扱いは、きわめて慎重を要します。静電気には特に注意が必要となります。 しかし、ロケットを打ち上げる以外の隊員は、高みの見物で花火を見るような騒ぎです。■PEN□
Oct 15, 2006
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今日の話題は、「南極とアンテナ」です。 昭和基地のあるオングル島は、ダム工事現場の様でもありアンテナ島でもあります。基地についてダム工事現場と思う次にビックリするのがこのアンテナの多さです。日本との通信用の短波帯(少し前まで電報は電信で行っていました)のアンテナ、小型ですがインマルサット衛星用のアンテナ、電離層観測アンテナ、電波オーロラ観測用アンテナ、イメージングリオメータアンテナ、衛星受信用アンテナ(黒い丸型のドームに入っている大型のパラボラアンテナ)、アマチュア無線用アンテナなどがあります。 こういったワーヤーを張ったアンテナの支柱やTVアンテナのようなエレメントが沢山あるアンテナが数多く並んでいます。私は職務上、アンテナを見るとおおよそどう言った目的で、どういうアンテナかは理解できるのですが、医者や調理担当には、何故こんなにアンテナが必要なのかと思われていたことでしょう。 アンテナ建設作業にもたづさわりましたが、アンテナの数がたくさんあればより良いデータが得られることは頭の中ではわかっているのですが、それにしてもその数は、多く大きいのです。また、建設にはプロのトビの親方も夏隊員として参加してもらっていますが、その他は、工事などしたことがない観測隊員です。 こうして、素人が建設したアンテナは毎年増え続け、昭和基地のアンテナ群となっています。時には、ブリザード(地吹雪)によって倒れることもあります。そういたときは建て直しです。こういった苦労をして良い観測成果を生み出しています。日本の観測隊は、研究者、観測者、設営の隊員らによって世界に負けな良い観測成果を出しています!■PEN□
Oct 14, 2006
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今日の話題は、「南極とダム工事現場」です。 観測隊員は、南極観測船で約1ヶ月、真っ白な氷山や氷海を見て心はもうすでに「白銀の世界南極」のイメージでいっぱいです。そして、ヘリコプターで上陸。ようやく到着した南極ですが「あれ?雪がない!」ヘリポートはアスファルト、周りは岩だらけ。スキー場のイメージでいたもののどちらかというと月面に近いといった感じが第一印象です。 そして、昭和基地のメインベースまでは、トラックの荷台に揺られて到着。前の観測隊と交代するまで夏宿舎に仮住まいです。建物は断熱効果の高い壁でできていますがプレハブのような建物ですし、ベットは簡易式の2段ベット!これじゃここは「ダム工事現場!」の様なもんじゃないの!と誰かが言うようになりました。まさに、外は砂ほこりだらけの中ですし、宿舎は2段ベット。ロマンチストの隊員(自分?)はちょとがっかりです。 基地の周辺は、夏の建設作業のため次の越冬隊が来る前に砂巻きをして雪解けさせていたのです。ですからタイヤで走行するトラックは通りやすくなっています。そして、昭和基地は建設ラッシュを迎えたダム工事現場と化すのです。建物用の鉄骨やパネル、アンテナの鉄塔から食料、はたまた雪上車まで大きなものから小さなものまで基地に運び込まれます。 建設の合間に食料の搬入が行われます。その中に一際目立つ大量の物資、それは何と一年分の観測隊員用ビールの箱の山です。「誰がこんなに飲むの!」と文句が出るぐらい大量の缶ビールの箱が運び込まれますがこれが無くなってしまうから不思議なものです。夏作業が終わる頃には日焼けして顔だけ真っ黒です。 ちょっと、昭和基地や越冬隊の印象悪くなったかな?■PEN□
Oct 13, 2006
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今日の話題は、「南極と流しそうめん」です。 「流しそうめん」は日本の暑い夏の楽しみです。竹を割って節をとりそこに水とそうめんを流して食べる。何とも日本的風物ですね。この流しそうめんを南極でやってみようと考えた人がいるのですから、すごいことです。しかも、南極観測隊の伝統行事になってしまっています。 さて、南極ではいつどのようにして流しそうめんをするのしょうか?実は春ごろ(10月ごろ)に氷山からつるはしを使って氷取り作業を行います。作業が終わった後にご苦労さん会で行います。その際に流しそうめんをします。10m高ぐらいの小型の氷山の上から溝を掘ってそこに水とそうめんを流して食べます。 水やそうめんは昭和基地から海の上の氷山まで持っていって流します。すぐに冷たくなり、氷とり作業後の食事には最高です!寒いのですが汗をかく位になってますのでこの冷たさが心地よいのです。 しかし、そうめんばかり食べていると最初はいいのですが段々体が冷えてきますので、バーベキューも同時にして暖をとります。これまた、おいしく楽しいものです。この行事の後のバーは、流しそうめんの話でもちきりになります。■PEN□
Oct 12, 2006
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今日の話題は、「南極とお祭り係」です。 南極観測隊は、職務の他に生活の為の居住棟の暖房用燃料の補給等の当番、皿洗いや掃除などの日直、それに加えて色々な係りを持っています。今までの話題でお話しました様に、バー係、スポーツ係、映画係、ソフトクリーム係、新聞係、等があります。 係りの中で一番大変なのは、「お祭り係」です。お祭り係は、観測隊のイベント係で観測船が赤道を越えるときに行う赤道際の出し物の準備や調整、各国が行う真冬(冬至)の祭典であるミッドウインター祭の余興や内容の準備、毎月の誕生会の進め方等々です。 お祭り係は、お祭り事が好きなだけではなく、イベントの企画能力が無いといけません。よって、日本にいるうちから隊長はこの人が観測隊のイメージキャラになると見抜いてお祭り係を選びます。冬の厳しい気候の中をこの人が観測隊のイメージアップするのです。 ミッドウインター祭は、最大のお祭りです。秋田の男鹿半島で有名な「なまはげ」の姿で基地内をねり歩いたり、青森のねぶた祭の踊りをしたり、はたまた女装してみたりと暴走する隊員を横目にお祭り係は楽しい雰囲気を作っています。■PEN□
Oct 11, 2006
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今日の話題は、「南極とスポーツ」です。 昭和基地の個室の中にいると気がめいりますし、汗を流さないとストレスもたまります。観測隊の中には、いろいろな係りがもうけてあり「スポーツ係」があります。スポーツ係は1ヶ月に1度ぐらいは何かスポーツを楽しもう!といろいろ企画します。 一番人気があるのはソフトボール大会です。冬は、暗いしブリザードが吹くので夏の天気のいい日に行います。場所はヘリポートです。昭和基地のある東オングル島は岩だらけで意外と平坦なところがありませんのでアスファルトをひいたヘリポートが一番都合がいいのです。 その次に人気があるのは、遠足です。オングル島は、東と西に大きな島があって、遠足コースは2島をまわると約10kmぐらいになります。岩場が多いのですが、小高いところにアップルハウスとよばれる小屋があったり、風化した穴だらけの大きな岩があったり、氷山を間近にしたり、橋を渡ったりとアスレチック気分で遠足ができます。 その他には、凍った池でスケートをする人もいます。外で運動ができない越冬中は、室内で卓球もできます。しかし、外気温と同じ部屋に卓球台があるので球が硬くなってしまい、あまりうまく弾まずまなくて今ひとつでした。冬の間は、スポーツに変わるイベントを「お祭り係り」が考え楽しませてくれます。■PEN□
Oct 10, 2006
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今日の話題は、「南極と暴風圏」です。 暴風圏とは、風が常に毎秒25メートルで吹き続ける領域を言います。南極大陸の周りの南緯50度付近にはこの暴風圏があります。100年以上もの昔には、この暴風圏の先には人が暮らせるようなところは無いのではと思われていました。また、近年でも捕鯨やまぐろ漁をする場合でも、この荒くれた海はかなりの驚異です。 南極点に人類で初めて到達する栄誉をかけて競争したアムンゼン・スコットの話は有名ですが、この暴風圏を抜けることが一番最初の難関であったようです。日本でも白瀬中尉がその頃、南極点到達を考えていましたが上陸だけにとどまりました。そうせざるをえなかったのも、この暴風圏のすごさがあったからです。 南極観測隊においても昔も今も自然は全く同じです。南極観測当初の南極観測船「宗谷」では、暴風圏にはいると揺れが大きく、観測隊によってはとても耐えられなかったのではないでしょうか。今の18000トンもある「しらせ」でも船の揺れ止めのスタビライザーが無いため横揺れ(ローリング)で37度にもなったことがありました(私の経験)。最近では45度以上ローリングしたこともあったそうです。そうなると壁と床がどちらかわからなくなります。 ウィスキーのビンは割れ、風呂の水は無くなり、食事はとれなくなります。軽い揺れですと食事のさい濡れたふきんをテーブルに引き茶碗などが倒れないようにします。また、囲碁や将棋をしているとコマが盤上から無くなります。キャロムというおはじきのようなゲームがあるのですがコマをはじくと揺れに沿って曲がります。 このような暴風圏を通過して南極に向かいますが、船酔いする人は大変辛いようです。それでもお酒好きの人は揺れてもビンを抱えて飲んでますけど…。■PEN□
Oct 6, 2006
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今日の話題は、「南極とバー」です。 昭和基地の「バー」には伝統があり、毎年バー係の担当が決められバーテンダーを応募して「バー」を開いています。担当者は、店長で仕入れからサービスまで担当します。また、「バー」の名前を決めることができます。 私の越冬した隊では、「しのぶ」とか「南十字星」という名前をつけています。「しのぶ」の由来は、店長の地元のなじみのお店の名前?にした様です。「南十字星」の由来は、南十字星をサザンクロスとも言いますし、この隊は第33次隊でもあったことから、別名サンザンクロウスルというしゃれで名づけられました。ちなみにこの隊の店長は、自分で決められなかったので公募により決定しました。ユニークな由来ですよね! さて、私が行った時代のバーの中はどんな感じかといいますと、基本的にはカウンター席になっているプールバーでした。飲み物は、各種ありましたがバーテンダーの腕の見せ所はカクテルつくりです。本を見て作ったり、独学で作ったりして楽しんでいます。中には隊員持込の焼酎のかめが置いてあることもありました。 他にはパチンコ台やスロットを持ち込んでいます。景品は出ないのでスリルはありません、よってほとんどインテリア代わりです(ちなみに、観測隊ではギャンブルはご法度です)。プールバーですのでビリヤードは良く楽しんでいました。このようにして、毎夜楽しい日々は過ぎていきます。■PEN□
Oct 5, 2006
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今日の話題は、「南極とアザラシ」です。 アザラシといえば「ごまふアザラシのたまちゃん」を想像する方が多いかと思います。北極にもアザラシはいますが南極にも生息しています。ところで、南極に白熊がいると思っている人はいませんか?実は白熊は北極にしかいないんですよ。 さて、南極での大型の生物としてアザラシがいます。昭和基地近くに住んでいるアザラシには、「ウェッデルアザラシ」と「カニ食いアザラシ」がいます。大きいので乱暴もののような気もしますが、性格はおとなしいです。ただし、子育てをしているときに近寄ると怒ります。イヌ科の動物だそうで、子の顔つきは犬にそっくりです。 南極の夏(11月頃から2月頃まで)には、ペンギンと同じ時期にアザラシも子育てをします。ペンギンとは違いアザラシは、海氷上にいることが多い様です。親のアザラシは海氷の割れたところから海にもぐって餌をとって、乳や餌を子にあげるようです。 自然は厳しいため、アザラシの子は親とはぐれるとすぐに死んでしまいます。観測隊員は自然の摂理を壊してはならないので、あきらかにはぐれたアザラシであってもそのままにしておきます。後日、その場所に行くと子が死んでいることもあります。また、それを餌にする盗賊カモメなども生息しています。■ PEN □
Oct 3, 2006
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今日の話題は、「南極観測船」です。 昨日の南極への往復の話題でもふれましたが、南極観測船(防衛庁では砕氷艦と呼ぶ)は、宗谷(海上保安庁)、ふじ(防衛庁)、しらせ(防衛庁)が運用してきました。現在は、しらせが現役です。 しらせは文部科学省が持っておりますが、海上自衛隊が運用しています。砕氷艦という名前で呼ばれるということは、他の海上自衛隊の護衛艦などの艦艇と同じ扱いです。平たく言うと軍艦のようなものです。1歩外洋へ出ると日本国の軍隊といっても良いでしょう。 太平洋からインド洋に抜けるときにインドネシア海軍が近づいてきてラッパを吹いて挨拶したり、時には、ライトでモールス符号をだしたり、ルールがあるようです。オーストラリアへ入港するとき等は、海士が甲板に整列して儀式を行います。軍艦扱いですから軍港と併用している港にしか基本的には入港できません。よって、緊急時以外は、一般の港に入港できません。 海上自衛隊の隊員は、下士官が上陸時は征服着用です。街中ではよく海士らを見かけることになります。買い物もお酒を飲むのも水兵さんです。観測隊員はお気楽なものでルールがありませんので短パンなどラフな格好で街中を歩けます。海士の征服もなかなかかっこいいですね!■PEN□
Oct 2, 2006
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